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2011/02/25

いま「木」が必要な理由

自著のタイトルをもじるようになったらオシマイかもしれないが……。

最近、気に入っているCMは「贅沢微糖」。とくに、大森南朋さんの、このシリーズ。

あるシンポジウムで、壇上でエキサイトしているパネリストのテリー伊藤さんら。
「言いわけばっかりじゃないですか。改革するって言ったんだから、今すぐ改革してくださいよ!」
それに対して、真っ向から反論する討論相手。
そこに突然「ぜいたく言うな!」という声が。
「色んなことがこんがらがってこうなっているんだから、今すぐはムリだ!改革すればしたで、それを批判するくせに。ぜいたく言うな!」

なんとなく、今の民主党政権が言いたがっている本音みたい(^o^)。

本当に現代社会は、いろいろなことがこんがらがっている。コチラを立てればアチラが立たず。それだけの覚悟を持った上でないと、何も始められない。

たとえば国産材を振興したら、これまで外材を提供してきた国との貿易が落ち込むかもしれない。林業をさかんにしすぎたら、山の動物が困るかもしれない。皆が嫌う原子力発電を止めたら、電力供給だけでなく、雇用が落ち込み地域が疲弊するかもしれない。裏金や汚職を根絶したら、夜の繁華街が壊滅するかもしれない……。

本当は、その根源を一つ一つ見極めないといけないのだけど、みんな目先の改革という名の変化を求めているだけ。その変化が、本当に必要なものか考えなくなっている。

そんでもって、このブログで森林のことや林業のことや地域のことなどを書き散らしてきたが、一体何を求めているのか、必要なのか、改めて振り返ってみようと思う。

実際、森林とか林業というのは、非常に裾野が広くて、こんがらがる要素はたっぷりある。産業だけ、自然だけ、山村社会だけを見ていては、全体像がつかめない。仕事も森づくりだけ、伐採だけ、搬出だけ、製材だけ……ではいけない。きっと誤解する。

それで原点に帰ってみようと思う。

まず「木」、つまり木材は、人間にとって本当に必要なのか。

そう考えると、木材という素材は、いくらでも代わりがある。仮に建材として考えると、寸法と強度が同じかそれ以上で、重量や耐震・耐火、何をとっても木材より優秀な素材はいくらでもある。商品として求められる安定供給とか、耐久度、加工しやすさ、価格、リサイクル性なども同じ。
見た目がいいと言われても、実は見た目がまったく区別がつかないほどそっくりの木目を印刷した新建材だってある。

自然素材としての価値を見出したい人もいるだろうが、では布がある、漆喰がある。だいたい自然素材と言っても、自分が目にした森林から取り出すことはほとんどなくて、海の向こうの見知らぬ森から伐りだされた木が大半なのだ。

もちろん、木材の優秀な点もチラホラある。とくに水との親和性がよく、人が触ってもべとつかないとか冷たすぎず、熱すぎることもない。これは木材以外では難しい。

だが、それが決定的な木の優位性にはならないだろう。

結局、木の良さは、人々の抱く幻想ではないか……。そんなことを考えてしまった。しかし、その幻想を持つ根源はなんなのか。そこには木を木繊維の集まりとは見ず、樹木の一部と感じ取る人の心があるように思う。命を感じる、なんていうとイヤらしいかもしれないが。

ただ少なくても、木材はあらゆる素材の中で絶対にいい、なんて思い上がらず、木材もいいよ、私は好きだけどな、程度の謙虚さを持ちつつ、世間に勧めたい。

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森林学・モノローグ」カテゴリの記事

コメント

木の良さは、人々の抱く幻想ではないか……。>

と言うと、世の中殆ど幻想で成り立っているのでは
ないかと思います。
良さは良さなので変に迷わず押していってよいので
は無いでしょうか?
木にしかない利点は確実にあります。

木の絶対的な良さは確かに幻想でしょう。

でも木以外の素材にも全く同じことが言えるとも
思います。

木も良いじゃんで良いし、
何もそこまで木じゃなくてもというものだって有りでしょう。

先週行ったゲレンデのレストランのコンクリートの壁に、かわいい木のアクセントがいっぱい入っているのに嬉しく思いました。

「木」がなくても壁の役割は果たしてるだろうけど、「ソレ」を目にするのとしないのとでは気持ちが違うんだろうなって思いました。

自然とそういうのに目がいくのは、単純に好きだからなのですが、子供の頃、木登りしたのが楽しかったからかも・・です☆


木の良さは、謙虚さ、なのかもしれません(笑)。

必ずしも必要ないけど、あるといいよ。
だって木が好きだから。
目にすると、触ると心地よいから。

そんな気持ちで向かい合いましょう。

田中様
お世話になります。

木材に絶対の優位性はないけれど・・・。
樹脂製やステンレス製には、ある面は、敵わないかもしれませんが、木材の良さをもっと使う人に立場で考えていきたいと思っています。

リハビリ用に交通事故で身障者になった方のご自宅の廻りに木製の手すりをとりつけました。

通常屋外は、ステンやプラスチックですが、あえて、木製にしました。

夏場のリハビリで汗で滑らない。熱くないと大変喜ばれました。

管理がしやすいという面だけで素材が選ばれているとしたら、何も言えずに使う側は不幸です。

おそらく、謙虚に木の良さを勧める。
謙虚にステンレスではなく木製にすべきなのか語る。
謙虚に木を使うことで広がる未来を伝える。
謙虚に木製道具の管理維持について教える。
謙虚に……木を押しつける(笑)。

この心がけでしょう!!

 そういえば、去年からずいぶんと謙虚に木を押し付けました。
 幼稚園や保育園には各園1760個づつ(220個づつの茶箱入り)積み木を配り、体育館と文化会館にはスギのベンチを、富士山静岡空港には富士山をデザインしたベンチ。子育て施設にはベンチ8台。
 個人的には、贈答品にスギの桶と茶箱を・・・・。
 町の宿泊施設も3月からスギの桶を使います。コレは、支配人にそっと押し付けました。
 来年度は学校にベンチを5台づつ設置。

 そっと、押し付けています。意味を伝えながら・・・・。

 一方で、「それに続くこと」をそれぞれの施設や個人でやる人が出てきていたりして。ホントちょっとづつ、ちょっとづつ拡散するものです。
 そういえば、町議会議員で国会議員に持っていく土産にスギのミニ茶箱を使ってくれた人もいましたっけ。
 あと、スチール(ステンを含む)とスギは意外なほどマッチしますね。組み合わせることが出来ます。デザインと機能に幅が出ますね。
 そんなこと思いました。

鈴木さんって、謙虚な方ですねえ……(⌒ー⌒)。

そう、その謙虚な押しつけが、じわりじわりと周りに拡散していくのです。新しい発見を生み出し、「裸踊り」を伝染させるのです。

これこそThink global, Act local!ですよ。

私が知りたいのは、「木材を今何に使っている為に輸入しているのか?」ということです。

自分で調べなさい、それぐらい。

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