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2011年4月

2011/04/30

もう一つの「仮設住宅」構想

私が東北へ旅立つ前日、地元の建築家から電話があった。

先日、奈良の建築家協会に招かれた際に知り合ったのだが、なんでも被災地の仮設住宅に関する腹案があるという。

彼の考案した構法なら、極めて簡単な部材を使うことで、迅速に住宅が建てられる上、その増改築も簡単、2階建て3階建ても可能で、また分解もできる。そして共有スペースを設けて仮設住宅地全体を街にできるのだそうだ。

そのアイデアは、すでに以前からあり、愛知万博にも出展する計画だったが、万博の計画自体が変わったために実現しなかった。それでも、今は京都大学で耐力試験をお願いしているし、建築家協会や地元の政治家を通して政府にもアプローチするという。そこで私にも助力をお願いできないか……というのである。

私、明日から東北なんですけど…というと、向こうも驚いて、すぐにお会いして資料を受け取った。

使う部材は木造でOKで、鳥居型をしている。そこにパネルと組み合わせるものだ。

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こんな感じ。

4つの部屋を持つ住宅となり、真ん中にリビング的な場所も存在する。

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それを組み合わせて広がっていく。
このように、拡張が可能なのだ。


たしかに、この構造だと、仮設住宅地の中に公共空間も作れる。何といっても建設が容易だろう。細かな仕様や長短などはわからないが、魅力的な発想ではある。

……とはいえ、火急の仮設住宅建築が必要な中では、まったく新しいシステムを取り入れるのは大変だ。みんな慣れた仕事をしたがる。

もっとも、今回の仮設住宅に限らず、木造住宅の新しいコンセプトになりうるように思う。

どうだろう? 興味をもたれた方は連絡を。データを転送します。

2011/04/29

住田町・仮設住宅の「秘密」

さきに「ニッポンの底力ってある?」で記したが、岩手県の住田町は、隣接した被災地のために、独自に仮設住宅の建設を進めている。今回の東北行脚でも、もっとも見たい地域の一つだった。

まず訪れた建設現場。

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元小学校の跡地で建設が進んでいた。3つの地点で110棟の仮設住宅を建設している。隣接する陸前高田市や大船渡市、釜石市の被災民を受け入れる予定だそうだ。車で20分くらいの距離だから、受け入れやすいだろう。

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基礎はなく、太い杭の上に乗せる形。杭とはボルトで止めているが、それほど強いものではない。仮に地震があったら、揺れで外れることで、家屋部分だけが動いて振動を吸収して破壊を免れるかもしれない。
2年間の限定だから、できるのだろう。


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全部一戸建てで、見た通りの木造住宅。壁も全部木。キッチン、トイレ、風呂にパーテーションで分ける部屋がある。

少し狭いが、とりあえず家族が安心して住めそうだ。

これを見て、同行者の一人は「私も住みた~い」といったが、その発言はマズいぞ(^^;)。

もともと住田町は「森林・林業日本一」の町を標榜して、FSCの認証を取った森林から木材生産まで一貫して行っていた。そして住宅建設に乗り出していたのだ。町内に原木の調達から製材、プレカット工場まで揃っていたわけである。

私も、仙台のハウスビルダーが、住田町と組んで住宅販売をしていることを聞いていて、その点でも注目していた。工務店と山の連携は、今後の林業界のモデルになる。
また、バイオマスエネルギーでも知られていて、私が以前関わったガシファイヤーという薪ボイラーの研究でも、住田に視察が行われている。

ところで、住田町が素早く独自の仮設住宅を建設できた秘密を聞いた。

驚いたのは、この仮設住宅は、今回の震災のために用意されたものではなかった!

昨年から「災害地に建てる仮設住宅」という事業プランを用意しており、それを政府に提案していたのだ。そのため設計図から生産計画まで、全部プランニングできていたという。

仮設住宅供給プランの認可が下りる予定が、3月22日だったという。これが下りたから、プレカットまでした仮設住宅部材を備蓄しておこうという計画だったのではないか。
だから、天の配剤というか、びっくりするタイミングだ。

結局、認可が下りる直前に震災が起きたわけだが、すでに準備はできていたのだから、素早く動けたのだろう。

このように仮設住宅建設の好条件が揃っていたのはたしかだが、それでも最大のポイントは、やはり町独自の予算で仮設住宅を町内に建設する決断だろう。震災発生後3日目には、ゴーサインを出している。国や県の補助が出るのを待って動いたのではないのだ。

当面は約2億5000万円を注ぎ込む計画のようだ。1棟250万円~見当らしい。が、その後の展開は前回も記したとおり。

まずNPOのmore treesが支援を申し出た。まだ寄付金を集めている段階なので、どの程度の支援規模になるかわからないが、坂本龍一のネームバリューもあって、住田町の決断は、世間に大きく知られることになる。本日で1053万222円集まっている。これで4棟建つ。最終目標は、3億円を集めて97棟分を支援したいそうだ。(ちなみに、私もそれなりの金額を寄付させていただいた。)

そして、国と県も、援助を決めたようだ。17棟分を出すらしい。当初は被災地ではないので仮設住宅と認めないと言っていたそうだが、もはや「お役所仕事」は通じない。英断をくだしたところ、先に動いたところには、周りがほっておかない好例である。

この調子なら、自腹を切るつもりだった建築費の大半は、回収できるのではないか。それどころか地域の評判、いや全国的に林業地としての評判を上げたことによって、計り知れない価値を得ただろう。

同じことは、阪神大震災でも私は見てきた。国や行政の方針決定や助けを待っている地域や個人の復旧は遅れていく。まず自分たちで動いたところが、復旧から復興へと駒を進めることができるのだ。

ちなみにモアツリーズは、「完全に便乗です」と言っていたが、それで十分。ただ、あまり坂本龍一の名が表に出すぎると、モアツリーズ主導のように誤解する人も出て、不協和音がおきかねない。気をつけてね。

※住田町の取材では、地元(石巻・岩手)のライター(自称・半農半筆)の渡辺征治氏にお世話になった。彼の協力がなければ、短時間にこれほど見て回れなかっただろう。

2011/04/28

『森林異変』書評・朝日新聞

東北より帰って、ようやく溜まっていた新聞も読み、整理がついてきました。ま、机の上はまだですが。

で、4月24日(日)の朝日新聞に拙著『森林異変』の書評が掲載されました。

といっても新刊新書のコーナーだけど。

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やはり注目したのは、「外資が森林を買収……」に関する件ですか(笑)。食いついてくれて感謝です。

ほか、雑誌系では、いくつか「載せますよ」との返事はいただいている。期待しております。ネット時代とはいえ、今でも書評欄の力は大きいのだ。

ちなみに、自著を書店で見かけた際は、書棚に背表紙を見せた1冊だけであった……。

新刊なんだから、平積みしてほしいなあ。これは書店の広さや出版社の力関係もあるのだが、やっぱり目立たないとね。そんな書棚を見かけたら、そっと1冊を引き抜いて、平積みの本の上に置こう(^o^)。

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どこにあるのか、探さねばならん。隅では目立たない。この場合は、書棚の真ん中辺りに移しました。

2011/04/27

被災地の連続性と断裂

東北の被災地を巡った報告を待たれている人もおられるかもしれない。

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陸前高田郊外。津波に田畑は流れれたようだが、桜は咲いた。
わずかに再び目を伸ばした野菜も見える。

が、今更マスコミがイヤというほど報道してきた様子を語ったり風景を紹介するのも気が引ける。ある意味、新味はなく、すでにテレビなどの画面を通じて見知ったところを回ったに近いと言ってもよい。事実、テレビで見たことのある光景もあった。ただ、目の前に広がる圧倒的な現実に五感を通して感じてきたということだ。

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陸前高田の海岸線にあった松原で、たった1本残った「奇跡の松」。付近のコンクリートの電柱がもぎ取られているのに、よくぞ残った。

どうやら保存するらしく、そのために根元で柵が作られつつある。






そして、多くのことを話し、聞いた。その相手は旅の同行者であり、現地でたまたま声をかけた人、かけてきた人である。あるいは、現地を離れて会った人と情報交換を通して知ったこともある。そこから連想したこと、考えたことこそが収穫だったのかもしれない。

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気仙沼郊外か。。
高台にもかかわらず、根こそぎやられている。住宅も建ち並んでいたと思う。

おそらく、ここに花壇があったのだろう。水仙が咲き始めていた。




一点だけ指摘すると、報道による情報を頭に描くと、陸前高田、南三陸町、気仙沼、石巻、仙台若林区、そして南相馬……と、各地の被災地か浮かぶのだが、それでは所詮、点として見てしまうのである。

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おそらく、地域の集落で「美化運動」などがあって、道沿いに水仙を植えたのだろう。

この道も確実に津波に洗われたのだが、水仙の球根は無事だったらしい。


しかし海岸沿いに南下すると、圧倒的な広さが根こそぎ津波にさらわれた光景を目にする。そして車が進むと、道は一度山手に入り、緑の中を走るのだが、すぐに隣の入り江に下りる。すると、その谷も根こそぎ津波に襲われた世界が広がっている。
そこを通過して、また山に入るが、次の谷にはまた津波の傷跡が広がっている。おそらく、いずれの谷や入り江にも集落はあったはずだが、どこも完璧に破壊されている。

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この地区も平地部分は、津波に一掃されているが、2本の杉の大樹だけは残った。

ちなみに津波は、手前の水仙の咲く高台にも押し寄せている。撮影場所のバックにある墓地も、墓石が散乱していた。




報道された各被災地は、点で存在しているかのように(いつの間にか)思い込んでいたが、実は延々と連続していることに気づかされるのである。

その連続性は、福島に入ると、より顕著だ。

なぜなら、見た目の被害は、ずっと少ないから。なんら異常のないような街角に人気がなく、不意に立入禁止になる。目に見えない放射線は、被災地とそうでない所の区別を見えにくくしてしまった。

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福島県田村市に設けられた立入禁止ポイント。奥に自衛隊?が駐屯して、裏道も全部抑えて通行を止めている。



震災地をゾーニングすることの正否を考えさせられてしまった。

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石巻の市街地。実は、この川辺も津波に襲われているが、被害は川を境に、ガラリと変わる。手前は、ほとんど影響なく、日常生活が送られているのだ。そして桜も咲いている。



が、川向こうでは、住宅・商店のほとんどが水に浸かり、ゴミが散乱している。さらに海岸に近づくと、壊滅状態だ。

ここでは、被災の線引きがなされたかのように感じた。

2011/04/26

帰宅

本日、東北より帰宅しました。

何を見てきたか……言われると、すでにあふれている震災に関する映像とは違うものがあったわけではありません。むしろ、現場を見て何を感じたか考えたか、と問うべきでしょう。が、それはおいおい。

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この写真は、岩手県住田町の仮設住宅を作っているプレカット工場前の警官人形。

なんの意味があるって?

ないです。

2011/04/25

立ち入り禁止区域

立ち入り禁止区域
福島県田村市の道にあった20キロ圏内立ち入り禁止区域のガード。結構厳しく、奥には自衛隊。侵入を断念する。

これで東北被災地行を事実上終わり、東京に向かう。帰宅は明日の予定。

2011/04/24

今晩の夕食

今晩の夕食
被災地を回る日々だが、毎晩の食事は、気をつけている。現場を見て、めげる気持ちを盛り上げないと。

昨日は寿司だった。今夜は友人宅で宴会。鍋である。もちろん酒はビールとワインと吟醸日本酒。
飲み続けてるなあ。

2011/04/23

石巻の製材所

石巻の製材所
陸前高田市から気仙沼、南三陸町、そして石巻と回る。

石巻では壊滅した合板工場を訪ねた。また杉の製材所を発見、中を覗いたが…。
商品の製材はあっても、これでは出荷できないなあ。

2011/04/21

私の見た菅直人氏の素顔

4月に入って、これまで政府発表を垂れ流していた大マスコミが、一転原発は危険だとの記事を連発し、さらに菅首相批判の大合唱。

いやはや、もはや菅首相は、何をしても批判され、箸の上げ下ろしまで注文がつきそうだ。ここまで貶されるのを読んだり聞いたりすると、つい擁護したくなるほどである(^^;)。

私は、過去に幾度か菅氏にお目にかかったことがあるが、話したのは一度だけ。もちろん野党時代だ。わずかな経験だが、その時の印象を。

当時の菅直人と言えば、颯爽としていた。イメージは、にこやか・さわやかな笑顔と、舌鋒鋭い弁舌……といったところだ。

私が言葉を交わしたのは、日吉町森林組合の視察時という特殊な場だったが、彼は団長で多くの議員と秘書が同行していた。
その中の美人秘書(^o^)と話したところ、やはり菅氏の人気は絶大で、彼と並んで写真を撮りたがる人が多いという。思わず「私も一枚撮りたいな。次に市会議員選挙にでも出るときに使えるかも」と戯れ言を口にしたほどだ(ちなみに生駒市市会議員選挙は、現在展開中。間違っても私は立候補しておりません)。

とはいえ、林道を並んで歩いて、言葉を交わした時の印象は、全然違った。

その時の菅氏は、何やら口ごもって話題に困ったような、会話をはずませるのが苦手な様子だったのだ。あれ、この人、案外、コミュニケーション下手? というのが私の受けた印象だった。

そして、その後森林組合内で挨拶したり、職員に声をかけたりするのを見ていても、イマイチ下手くそ。
政治家なら、とりあえず誰とでも話すのが得意で、他人の気を引く会話がうまく、よくしゃべるもの……と思うのだが、彼は全然ダメなのだ。

その後もウォッチしていると、どうも内輪の仲間以外と、面と向かって人と話すのが苦手のように感じた。


首相になってから、そして現在の震災対応でも、そのコミュニケーション下手が、もろ出てしまったようなところがある。他人の気持ちを汲んだり、心をつかむ作法を知らない。おかげで、どうでもよいことまで突っ込まれる。大連立のチャンスも逃す……おそらく自民党は乗りたがったはずなのに、菅首相のアプローチの失敗で御破算になったのではないか。彼のコミュニケーション能力を見ていると、アスペルガー症候群を疑うような面もある。

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日吉町森林組合での挨拶。この時も、ポケットに手を突っ込んだまま話しているなあ。




今日もニュースを見ていたら、被災地の避難所を視察していたが、あまりにも対話が下手で、被災者を怒らせてしまった様子があった。会話の際に腰に手を当てているのも反感を呼ぶだろう。

この対人関係の弱さが、政策がどうのという以前に、菅内閣を行き詰まらせたのではないかなあ。

ちなみに、同じようなコミュニケーション下手を感じさせる政治家をもう一人。それは小沢一郎(笑)。彼も下手だなあ。あのしゃべり方や人との接し方で、常に敵を作っているように見える。そして側近が離れていく。もっとも、地顔が仏頂面だから、あまり意外感はない。むしろ、たまに話す内容がよかったら、「意外といい人」とほれ込みたくなる(^o^)。



ところで、菅氏のもう一つの特徴は、他人任せが嫌いで、なんでも自分で抱え込み、自分が先頭に立ちたがることだろう。目先の課題を解決するために動くのは得意なのだ。だから、震災時も、すぐにヘリで現場視察した。
すると、トップが最前線に出てはイカンと、またもや批判の的になっている。

私からすると、まず現場を見たいという気持ちはよくわかる。私もそうだからだ。でも、トップになったらいきなり先頭に立つのは慎重にしないとね。

いっそ、菅氏は、震災復興担当大臣になったらいいのではないか。好きなだけ現場に足を運べるし、そうした方が褒められる。そして実力を発揮できる。
その代わりに全体を統括する総理の座は、もっと静かで座りのよい人に譲りなさい(^o^)。

さて、私もトップに座って満足するタイプではないので、今回の震災でもやはり現場に行きたい。自分の目で見て感じたい。その現場感覚を得てから、考えたい。

ということで、明日からしばらく東北に入ることにした。プログの更新が滞ることもあるかと思うが、ご容赦を。

2011/04/20

ニッポンに底力ってある?

東日本大震災以降、テレビを始め、各所で大合唱されるのは「ニッポンの底力」であり、「がんばろう、ニッポン」である。次に「日本は強い国」と来た。そして幕末動乱や太平洋戦争後の復興を例に、日本は常に立ち直ってきたことを示す。

まあ、それが悪いとは言わん。少々ナショナリスティックだが、めげる気持ちを「国」という集合体の団結を示すことで奮い立たせる必要もあるだろう。

だが、本当に日本の国に底力はあるだろうか? 傾いた国勢を立て直すことはできるだろうか……。

私は、そこはかとない不安を感じる。不愉快かもしれないが、あえて語る。

それは、長く地方を見てきた経験から来る感覚だ。根拠はないが、精神的なものである。

それは……日本人の依存体質。とくに地方の……。

私の見立てだと、江戸時代から明治に入って、日本は大きく中央集権国家に切り換えられた。そして戦後はさらに中央集権が増したように感じる。とくに地方は、中央政府のばらまく金と官僚の指導(命令)に依存するようになった。

自分で決め、自分で動く意識がどんどん希薄になってきたように思う。

私が接触ある地方とは、主に田舎であり、林業がらみの山村が多いわけだが、そこでは何かにつけて依存体質を如実に感じる。林業だけでなく、道も観光も福祉もみんな「助けてくれ」の大合唱だ。

これが林業を衰退させたんだな……と常々(口に出さないで、心の底で)思っていた。おそらく、自民党政権時代からの紐付きバラマキが、日本人の骨の髄まで依存体質を植えつけたのではなかろうか。もはや戦後の復興を支えた日本人とDNAか違うのではないか。そんな気さえする。

たしかに今回の未曾有の震災は、一個人、一組織、一自治体レベルで復興できる規模を超えている。とくに原発災害は、桁違いで次元が違う。

とはいえ、テレビで「国は早くなんとかしてくれ」という言葉を聞くばかりだと、そこはかとない不安が私の心に広がるのである。

これで、本当に底力はあるだろうか。あったとしても発揮されるだろうか。……不安である。

まず、自分で動く。動く姿、悪戦苦闘している姿を周囲に見せつけて、周りの人や行政が応援する……というのが本来の政治だろう。首長や議員を通じたり、コネを活かして国に申し入れる、というのは古い依存型政治体質である。
提案も、国家が選んだ識者に任せず、現場からどんどん提案したらどうだろう。

国も人間がつくり動かしている機関だ。一生懸命頑張っている所には応援したくなるが、脛をかじる奴は蹴飛ばしたくなる(^^;)ものではなかろうか。

たとえば岩手県の住田町は、国や県を待たずに、自力で仮設住宅の建設に乗り出した。この町そのものは内陸部だから、あまり被害はないそうだが、隣接する大船渡市、陸前高田市、釜石市など甚大な被害を受けた海岸部の町に向けて動き出した。もちろん、使うのは町内の森から伐りだした木材である。
すると、NPOのmore treesが、地域の木材、地元の工務店が主体となる木造仮設住宅の建設に向けた支援をスタートさせている。町が自腹を切るつもりの建設資金を、援助するようになった。

http://life311.more-trees.org/

ほかにも集落で避難所を自主運営している地区もあるという。本来、田舎は、自主独立の気概が強かったはずだ。中央から遠いゆえの自立意識が行き渡っていたのだ。
それが戦後の情報社会の進展と交通網の整備で、自主的に行うより中央との直結が自慢になってしまった。

国の東日本大震災復興構想会議を待たずに、各県レベルで将来の絵を描けないか。それを見た国が焦って調整するくらいの気概で取り組めないか……と夢想するのである。

2011/04/19

復興バブルか、デフレ脱却か

『森林異変』でも触れたが、国産材の価格がなかなか上がらない理由の一つに、過剰供給がある。

「林業打ち止め伐採」と「官製伐採」(遠藤日雄・鹿児島大学教授)により、市場原理に基づかない木材の供給がなされているからだ。山主は、市場の動きを無視して、自分の都合で木を伐る。それを補助金が後押しする。

また相対取引により、安定的に引き取ってもらえる代わりに安値で抑えられるケースもある。そもそも合板などは、安いB材を使うという前提だ。そこに行き場を失ったA材が流れ込んで、結果的に全体の価格を引き下げる事態さえ起きている。

供給過剰は、デフレーションの原因となる。世の中のデフレが進めば進むほど、当然木材価格も下がるだろう。

だが、ここに震災復興により、巨大な需要が作られようとしている。とくに木材は、復興素材の中心的役割を担うだろう。

ということは、過剰供給が解消して、デフレ脱却が可能になるかもしれない

ただし、それが復興バブルになる可能性だって秘めている。供給が逼迫して、今度はインフレになるか。
だが、バブルの元の資本は、おそらく国の財政出動だろう。国債か、増税か(私は海外からの投資を呼び込めばいいと思っているのだが。担保は、日本の森林や水資源にしてもいい(^o^)……いや、デフレを脱却した復興後の経済成長期待を買ってもらうべきだろう)、いずれにしても、長続きしない。

復興バブルが弾けた時の対処の仕方を誤ると、また林業は改革を忘れて壊滅する。

山の木を伐り尽くして、木材需要も落ち込んだら、もはや何も残らない。

林業界も正念場ではないか。

今、ようやく森林林業再生プランを作って、改革の動きが見え始めたばかりだ。細部の問題点はさておき、変わらねばならないという空気は生まれている。

これまで地域振興や地球温暖化防止などを口実にしてジャブジャブ注ぎ込まれた補助金が、改革を忘れさせた。今度は震災復興バブルが林業の改革機運を潰した……といわれないようにしてほしい

2011/04/18

『森林異変』に影響? 森林法改正

先に『森林異変』を執筆するのを最初のうち渋った理由に、「最近の動きは早すぎて、出版するうちに古びてしまう」ことを上げた。

まあ、そうならないよう、過去から現在までの流れを重視して、その上に「今」があることを押さえた。だから、少々時間がたっても、古びないと信じたい。

……が、さっそく新たな事態が進展している。

その一つが、森林法改正だ。

『森ヘン』では、外資が日本の森を買う噂と、森林境界線や所有名義問題などを取り上げている。私としては、外資問題なんぞは導入のつかみであり、境界線や所有者行方不明の重大さに力点を置いたつもりだ。それは、悲観的なニュアンスだ。

今回の森林法改正は、この問題に対応している。

改正内容はいくつかあるが、林業関係者が注目しているのは、「所有者不明森林の適正な森林施業を確保する為の施策」だろう。かみ砕けば、所有者がわからない山林であっても、市町村長の判断で調査のために立入ったり、林道・作業路の整備や間伐などの手入れが実施できる……としたことだ。

これまで林地の集約化を阻害していた大きな要因を乗り換えられるようにしたことになる。

早くも古びたか、『森ヘン』! 

が、実はそんなにたいした改正だとは私は思っていない。そもそも、こんな改正で、所有者不明森林が、整備されるだろうか。

だいたい、これってマジメに捉えたら、日本の土地制度というか、所有権とか財産権の根底をゆるがせかねないことだ。所有者不明と行政官が認定したとして、その後「所有者」が名乗り出てきたらどうする? そして勝手に木を伐りやがって、道までつくりやがって……とごねて賠償請求したらどうなる? 

なんか、その筋の人ならやりかねない。

つまり認定には非常に勇気がいるのだ。結果的に、この森林の所有者は不明だから勝手にやります、と決断すること自体が進まない気がするなあ。

仮に、この方法で森林の団地化を進めたとしても、所有者不明森林なんて、全体のうちわずかだろう。所有者はわかっているが、境界線の不確定問題や、所有権の分散問題(何世代も前の亡くなった人の名義のままで、土地がその子孫何十人の共有になってしまい、意志決定ができない)は解決しない。

ところで、林業関係者が思うほど、この項目は注目されていない。むしろ法案づくりに動いた議員の多くは、全然別の目的をめざしていたことをご存じだろうか。

それは「外国資本の森林取得を制限する」ことである。主に自民党議員が騒いだ。不思議なことに、所有者不明の森林は、外国人に買われてしまう! というのだ。どうやったら、売買できるのだろう。むしろ、所有者が不明で、境界線が確定していないことの方が外資のみならず森林の売買を抑制できると思うが。

そのために「新規森林所有者の届出制度」などが入っている。なんで届け出るようにすることで売買の規制になるのか理解できない。だいたい、これまでだって1ヘクタール以上は届け出義務があった。
ちなみに、かの有名な熊森協会が、外資取引を規制できると評価している(~_~;)。この点だけで、今回の改正をうさん臭く感じてしまうのは、私だけだろうか。

というわけで、どちらも現状に影響はなさそうだ。というわけで、まだ『森ヘン』が古びたとは言えないよ。


2011/04/17

『森林異変』HP公開

忘れられているかもしれないが、私は自分のホームページも作っている。

そこに『森林異変』のページも作成した。

かなり急ごしらえだが、とりあえず読めるようにした。この後も手を入れていくつもり。

内容は、すでにブログで書いたことと重複する分も多いが、一つ違うのは、実際の本の中身を公開していること。まず、序章の一部だが、もう少し付け加えようかと思っている。終章も載せようかなあ。それともど真ん中の1章を脈絡なく、とか。

ちなみに、Amazonの「なか見!検索」でも、冒頭のページが読めるらしい。これは発行元が設定したもので、私はまだ確認していないのだが……。

ともあれ、明日からスタートダッシュだね。今のところ、平凡社新書の中では7位(Amazon)とか。4月の新刊の中では1番かも。5,6冊しか出していないけど(^o^)。

2011/04/16

『森林異変』発刊!

『森林異変』(略称・『森ヘン』)が、発売された。

といっても、私はまだ書店で確認していないが(生駒の書店はなあ……)。ネット書店では注文を受け付け始めたようだ。
そして私の所にも、とりあえず注文した50冊が届く。これで、私も本格的に動ける。

まずは取材などでお世話になった人に贈らねばならぬ。数えると、結構な数になる。
もし複数冊をご希望なら、私の所から直接送ってもいいが、送料も時間もかかるので、できればサイドバーをクリックしてください。3冊以上だったら、送料無料で送れるかな。その代わりにサインつきにしよう(^○^)。

今だから記すが、今回はなかなかの難産だった。

最初、出版社側からまた森林関係の新たな動きをウォッチしませんかと打診があったとき、私は渋ったのだ。なぜなら、今の林業界は動きが早すぎるから。

当時、目についていたのは木材自給率の上昇とか、集約化施業とか新生産システムなどの新しい施策だった。しかし、始まったばかりで、今後どう展開するのか読みにくかった。
書籍は、私の場合、取材・執筆に半年近くかかる。そこから編集を通して刊行されるまでの時間を考えると、取材した内容が古びる心配をしていた。それほど、展開が早かったのだ。

私は林業界の変化を「森の時間、樹木の時間から、人の時間へ」と口にしていたが、ゆっくり進むジョギングのような林業界の動きが、いきなり全力疾走を始めたイメージがある。

私の書籍執筆に関するポリシーとしては、「10年後も新鮮に読める本」である。
とくに『森林からのニッポン再生』では、それを意識して、すぐに変わりそうな話題はなるべく避けて、森林・林業・山村の「基本のキ」を押さえ、そこから導かれる普遍的な意味を描くことに最大の力を注いだくらいだ。

それだけではない。内容が業界的で面白くないのだ。林業政策の変化の話とか、森林組合がどうたらとか、木材加工や建築の分野は、あまり一般読者の興味を引かない。ただでさえ狭い(^^;)私の読者層がさらに薄くなる。

最近、私は林業界ライター的になりかけていることを自戒していたので、あまり業界ネタは扱いたくない。だから、私は編集者に説明した上で「そんな話、売れんでしょう」と本を出すことを諦めるよう説得したほどだ。

それが心変わりしたのは、「前回は10年不変の本を書いたのだから、今度は『今』を切り取る仕事をしてもいいんじゃない?というへそ曲がり精神からだった(笑)。

常々、日本の政局や経済界の裏側をレポートしているようなジャーナリストを見て、「その時期だけ興味持つ人は多いだろうから本も売れるだろうけど、3年前の総理大臣の名前もすぐに出てこない時代なんだから、あっと言う間にその本も忘れられるよな」と斜交いに見ていた。そんな本書きたくないや……。

だが、その手の本も、忘れられていく現代政治の動きを切り取り記録することで、将来的な政治史を描く資料にもなるのかもしれないと、またもやへそ曲がりに考えた(^^;)。そして、私も「現代の林業界の動きを記録しつつ、昔から今までを総括してもよいのではないかと心変わりしたのである。

問題は、面白く書けるか、だ。さもないと、「今」も売れない(^^;)。一般読者が興味を持つ視点を押さえねばならない。

最初は、『だれが日本の「森」を殺すのか』の路線を考えたが、この本は木材・建築業界に偏っていた。一方で、これまで描いてきた林業は、森林・山村側に寄り添っている。どちらかと言えば森づくりから伐採までだ。

すると、抜け落ちていたのは伐採後から製材までの間だと気がついた。それこそ、新生産システムを含む、今大きく変動している分野だ。木材流通というもっとも地味な世界。よし、ここを中心に置こう。

そこを、いかに一般読者に通じる言葉で描けるかが、腕の見せ所だ。かくして悪戦苦闘の末に書き上げたのである。正直、最初のうちに書いた原稿のかなりの部分は捨てた。

さあ、その試みが成功しているかどうかは、読者の皆さんの判断を仰がないといけない。

2011/04/15

未来型のログハウスを小径木で

ログハウスと言えば、今やオシャレ?な洋風の家のイメージが強い。まるで「男のロマン」を体現するような住まいである。(私は嫌いだけど。)

だが、ログハウスを日本語にすると丸太小屋。これは、本来は仮設住宅だ。伐採した木を斧(いまではチェンソー)で簡単な加工をするだけで、横に積み上げると、耐力壁になる。開拓時代のアメリカなどで盛んに造られた小屋なのだ。

もともと仮設だから、丸太が乾燥して、重みで沈下してしまうから、決して長持ちはしない。が、当面住むには十分……というコンセプトである。

だったら、今東北の被災地で仮設住宅が求められているなら、山の木をどんどん伐ってログハウスをつくったらどうかな~と、考えていた。

だが、それを喜ぶ被災者は少ないだろうな……。

で、まったく別のことを思いついた。

そもそも丸太は、非常に強度がある。なぜなら巨大な樹木を立てていたほどなのだから縦の引っ張り・圧縮強度は鉄よりずっと強いのだ。
だが、それを利用しやすいように角材の柱や板に製材すると、どうしても繊維を切断するし、もっとも年輪が密で強度もある辺縁部を切り離すことになる。また表面は、切断面がむき出しになる。その分強度は落ちるだろう。
ただ現在のログハウスのように横に丸太を積むと、せっかくの強度が活かされない。むしろ重みで横面が圧縮されてしまう。

何より角材への加工と、手間もエネルギーもかかる。

そもそも古代には、住居も丸太のまま造るものだった。縄文式も弥生式も、竪穴住居に使っているのは丸太である。
その後の飛鳥時代や奈良時代も、今に残る寺院を見ると丸柱だ。大仏殿を思い出してもらってもいい。
そして平安時代の寝殿造だって。

角材を使いだすのは、ずっと後世なのである。日本の住居は、当時ほとんどがログハウスだったのだ! ただし、丸太を縦に使ってるが……。

と考えているうちに、今の世の中に新しい丸太の建築物を開発できないのだろうか、と思いついた。

小径木の間伐材丸太を縦に使って、今風の住居などを作り出す。その方が、木材の加工度が低くて楽だし、繊維を切断していない分強度だって強いのではあるまいか。
円柱同士の隙間を埋めるためには、土がまずかったら、今風の素材があるのではないか。樹脂系なら、より強度が増すだろう。

これぞ、木材から端材を極力出さない未来型建築様式の新ログハウスにならないかなあ。

2011/04/14

商店街と林業の相似

地方都市の商店街。そして、衰退の一路である小規模林地の林業。ふと、両者には共通点があるような気がした。

都市の人口は、郊外に広がっている。なぜなら郊外にニュータウンが建設されたためである。そして買い物には、ほとんど車で出る。スーパーマーケットなどの店舗は、駅前からどんどん離れる方向に移転するから仕方がない。まさに郊外化だ。それに反比例するように、駅前などの既成の商店街はさびれて行った。

郊外に大型店舗が移った理由は、店を中心部に出したくても、駅前など中心部には十分な敷地がないこと。とくに駐車場の設置が至難であること。
そしてモータリゼーション。多くの世帯が車を持つのが当たり前になった……などが上げられる。が、その陰には、商店街側の怠慢・失敗もあったと思う。

消費者の要望に十分応えられなかったのだ。空き店舗があっても容易に他人には貸さず、駐車場の整備もできず、大型店の進出には反対するが、大型店にあるような品揃えやオシャレな雰囲気の演出はない。また決済やサービス上の便利な新システムを求める消費者のニーズにも応えなかった。

そして駅前商店街では、どんどん店が閉じ、シャッター通りとなる。

では、林業界はどうか。

大型のショッピングセンターに相当するのは、外材・国産材を含めた大型製材所であり、合板工場だ。スピーディでニーズに合った商品を揃えてくれる。ただ、こうした施設は山間部ではなく、平野部や海岸部に建設されることが多い。いわば郊外化が進んだ。
そして駅前商店街は、小規模な林業地と、地場の小さな製材所。昔の成功体験に胡座をかいて、木材の量も質も、消費者の求めるものは出せなかった。

かくして地場の木材産業は、大手にシェアを奪われていく。。そして駅前など既成の商店街地域は、疲弊する。

大型化進む製材業界によって林業地が疲弊するのと似ていないか。いわば林業界は、商店街がたどった道を数十年遅れて歩んでいるようなものだ。

ところで、商店街の再生例も、ところどころに起き始めた。
それは当事者の努力の賜物だが、基本は特徴ある品揃えとサービスの展開だった。大型スーパーのような全国一律の品とは違った商品を提供できた店は、根強い顧客をつかむことに成功している。

そしてもう一つ。住民の高齢化もあるのではないか。高齢化によって、自動車の運転ができない層は、郊外のスーパーマーケットにいけなくなる。そこで歩いて行ける商店街にもどりつつある。
さらに郊外のニュータウンから駅前のマンションに引っ越すケースさえ出てきた。坂が多くて公共交通機関のない街に高齢者は住みにくいのだ。

このケース、林業界にも当てはめられないか。つまり地場の小規模林業地、小規模製材所の再生のヒントにできないだろうか。

大手にはない部材やサービスを揃えること。オーダーメイドできること。小ロットの注文にと応えるサービス。いろいろ考えられる。
そのうえで高齢化にともなうニーズも考えてみたい。一般に高齢者はお金持ちで、その代わり他者の持ち物とは違ったものを求めたがる。

たとえば、リフォームや日曜大工を含むDIY用の部材や道具、そしてノウハウを提供するような教室の開催はどうか。時間を持て余した老後に使える木工である。
同じく、定年後に始める森林ボランティア向けの森林と作業用具・ノウハウ販売。そして講習会を主催するとか。

勘違いしてはいけないのは、大型店と敵対するのではないこと。あくまで併存であり、住み分けである。

商店街の衰退と再生を、林業の先行モデルとして当てはめると、将来展望しやすいかもしれない。

2011/04/13

震災と緑化利権

今回の震災は、「地震」と「津波」、そして「原発」の3つである。この災害に見舞われた土地は、今後どうなるのか。

このうち、地震は、余震がそれなりに収まれば復興の道が開かれる。地割れや山崩れなどの修復・治山など、やることは山ほどあるが、問題は後二者。

津波被災地に関しては、そのまま復興するわけには行くまい。もはや防潮堤を嵩上げするだけですむのか。いくら高い堤防を築いても、それを超える津波が来たらひとたまりもない。総理も、住宅地は高台に移すと発言している。海岸付近の低地をこれまでのように街にもどせない。

もちろん、高層避難所をつくるとか、さまざまな案もあるが、おそらく一定の土地は、国が買い上げるかどうかはともかく、残されるのではないか。

一方、原発の放射能汚染を受けた地域も、放射線レベルが高ければ復興困難な地域が出てくるだろう。短期間ならともかく、長く住めない可能性がある。その土地もどうなるか。

こうした復興困難な土地は、どうするか。おそらく公園化、緑地化にするしかない……。

というわけで、実は緑化会社では、密かに動き始めているようだ

海岸部の緑化は、芝生や花壇がいいのか。それとも防潮の役割も期待して森林造成もあり得る。

放射能汚染地は、そう簡単ではないが、放置して荒れない程度の緑化は必要となる。それなら手間のかからない天然林施業案も出てこよう。そこに自律した生態系を作らねばならない。それも100年以上かけて巨木の森に仕上がるような造林を行う必要がある。

タイトルに利権とつけてしまったが、何も悪い意味ではない。今後必要な施策を読み取り、自らのノウハウを活かせる場を握るのは、重要だ。もし素人がむやみに手を出したら森林化や緑化どころか、無残な荒れ地にしかねない。

そして林業家も、森づくりのプロとして、この緑化利権に手を延ばしてもいいのではないかな。

2011/04/12

割り箸輸入の動向

中本製箸さんからの情報。

今年に入って、割り箸輸入は激減しているそうだ。

その資料を送ってもらった。輸入は相変わらず中国が圧倒的だが、木製の割り箸は、1月は前年同月比125,9%と高かったのに、2月は59,3%に激減。

何が原因かわからないが、竹箸は若干増えて106,2%であることを考えると、何か木製割り箸を輸出に回せない理由があったのだろうか。

3月は、おそらく震災の影響でさらに減るだろう。船積みに影響があるうえ、日本でも外食消費が減ったに違いないからだ。。。被災地では、割り箸が必要になっているのに皮肉な話である。

ちなみに、『森林異変』にも割り箸の章を設けているが、そこでは割り箸需要の現象と樹脂箸普及の裏側について触れている。

先日は、10割蕎麦を打つ店に行って、結構高価な蕎麦会席をご馳走になったのだが、そこでも樹脂箸を出された。店に割り箸はないのか、と問うと用意していない。

そこで吉野杉の利休箸を取り出して、これ見よがしに食べてやった。

蕎麦屋、それもこだわりの店が樹脂箸かよ……。

ちょっと飛躍するが、震災後の建築では、木材需要そのものも減る可能性がある。当面は復興需要が高まると見られているが、その後の新築住宅に、木造が採用されないかもしれないからだ。それは津波被害の影響だ。

阪神大震災の時も、木造家屋の倒壊が問題となり一時期木造住宅の建築が減ったが、倒壊が多かったのは、古い建築物の構造の問題だと反論できた。
だが、津波の映像を見ると、木造住宅がどんどん流された。基礎と柱の結合が弱いからだ。木造が横からの圧力に弱いのは間違いなく、今後の建築主の心理にどんな影響があるか気になる。

2011/04/11

『森林異変』の目次

今晩は、花見に誘われている。

が、雨模様。困った……。

というわけで(何が?)、出かける前の一仕事。せっせと小見出しを掲載紹介します。

結構、複雑な構成なんだよね。序章がいやに長いし。時系列も前後するし。でも、読みやすさにこだわって、林業用語から換骨奪胎?したから、林業の素人にも向いていると思う。しっかり「外資が森を」とか「割り箸の減少」なんて項目も入れたし。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

序章 日本の森は、どこに行くのか

一〇〇ヘクタールの皆伐現場から  
売れない国産材が森を荒らした  
急反転上昇した木材自給率  
森が街に出るとき  

第一章 かくして国産材は消えた

1、「安い外材」はどこにあるのか  
「安い外材に押されて」という嘘
木材価格は誰が決めるのか

2、空前の木材バブルと「空気売り」 
細い丸太の方が高い?
不合理な木材のビジネス慣行だらけの木材業界

3、外材が演出した役物の時代 
外材輸入解禁の影響
美しい役物に活路を見出す

4、産地偽造と木材市場の囲い込み  
木材の産地擬装問題
囲み込みと補助金が没落を招く

5、プレカットを推進したハウスメーカー 
外材を用いたプレカット工法
残された和室に役物人気

6、消える和室、変わる構法
木肌を見せない洋室の増加
建築主のニーズと林業界のずれ

第二章 森が変わる、林業が変わる

1、国産材時代の幕開けとなるのか 
20世紀末からの世界的な木材需要の高まり
資源ナショナリズムと木材輸出制限

2、合板業界、国産材にシフトする
合板業界が間伐材を活用
林野庁の「新流通・加工システム」登場

3、巨大製材工場と新生産システム
日本最大の国産材製材所・協和木材
トーセングループ母船式木流システム

4、日吉町森林組合の挑戦  
森林整備進める「森林プラン」
組織と意識の改革が森林組合を変える

5、機械化による大増産時代  
驚異的な生産性誇る八木木材
「林業は儲かる」への転換

第三章 混迷する森の現場・街の現場

1、国産材時代の落とし穴 
林業は立ち直れるのか
林業現場は機械化でどう変わるか
製材工場の大型化がもたらしたもの

2、木材価格が下がっても伐採が進む理由  
国産材時代でも木材価格は上がらない
林業打ち止め伐採と官製伐採

3、林業従事者が結婚退職する理由 
続かない新規就業者たち
進まない改革と意識のずれ
Iターン者の感性

4、「外貨が森を奪う」の陰で
「外資が日本の山林を買収」の真偽
噂話を元に蠢く山林ブローカー
森林の境界線と所有名義問題

5、割り箸の激減が意味するもの 
割り箸こそ林業のシンボル
樹脂箸の普及と割り箸批判

6、バイオマス・エネルギーの幻想 
バイオマス・エネルギーが林業を救う?
袋小路に陥った日本のバイオマス利用

第四章 森が街に向かう道  

1、伐採ガイドラインと「学び直し」 
ひむか維森の会による「伐採搬出ガイドライン」
鹿児島大学農学部の「学び直し」講座

2、長期伐採権制度で再造林を
急速に増加する禿山
伐採と造林をセットにする「長期伐採権」
造林する伐採業者・佐藤木材

3、木材の本領は「見栄え」にあり
人の官能に働きかける木材
木材が街の景観を変える

4、フェアウッドを求めて  
ワイス・ワイスのグリーン・プロジェクト
森林認証制度の国際的な広がり
森林環境に配慮した家具・住宅づくり

5、森と街を結ぶ人々  
伝統構法の家の設計コンペ
川上から川下までがバラバラな材業界
株式会社西粟倉村・森の学校の挑戦
NPO法人サウンズウッズの木材コーディネーター

終章 美しい森から考える「大林業」  

森林に関わるトータルな世界
森と山里への思いが林業に重なる
「森林・林業再生プラン」に抜け落ちたもの
森の美しさを見極める「子供心」

おわりに

参考文献
  

2011/04/10

タイトル『森林異変』

『森林異変』の見本が届いた。

1










帯が光っているぜ(^o^)。

どうやら書店に並ぶのは16日ぐらいになるという知らせ。

それにしても、今回の拙著のタイトルはシンプルだ。もともと、これまでの数々の書名が長すぎたというか、話言葉じゃん、てなタイトルだった。だから、略称も生まれていた。

『「森を守れ」は森を殺す』『森・森』、
『伐って燃やせば「森は守れる」』
『伐・森』、
『だれが日本の「森」を殺すのか』
『森コロ』、
『日本の森はなぜ危機なのか』
『森・危機』、

上記のとおり、どれがどれやら(著者でも)区別がつかないことがある(^^;)。

そこで前回は、『森林からのニッポン再生』にした。ようやく体言止め。でも長いので、略称は『森ポン』とした。語感が一気に変わる(^^;)。なんだかなあ~。

ところで、書名は、どのように決めるか。

通常は、出版元と相談の上決める。決して著者の一存ではない。それどころか出版元の編集会議で決められてしまい、著者は一切口を出せないこともある。幸い平凡社は、かなり著者の言い分を採用してくれるが、その分売れ行きに響くタイトルを決める覚悟が求められる。

私の考えるタイトルの基本は、ミスマッチだ。言葉のつながりがおかしく“ざらついた”印象を与えるもの。その方が、記憶に残りやすい。かっこよくて、すらすらと内容を説明したものは、逆に印象に残らない。

まあ今回は、私の方が過激で、平凡社の方が平凡……いやおとなし目であったりするのだが。

というわけで、今回も双方からアイデア出しをした。最初は思いつくまま、連想ゲームのように出す。質より量、内容より言葉である。ちょっと並べてみると、

日本の森に未来はあるのか
日本の森を元気にする
森が変わる、林業が変わる
森と街をつなぐ
森、街へ行く!
森と木と街と
森と街をつなぐ
木の国ニッポンの真実
森林大国ニッポンの正体
日本の森はダメかもしれない
日本の森が救われないわけ
日本の林業がダメな理由
林業栄えて、山村滅ぶ

……

まだ原稿を書き上げていない頃から始まり、初校の頃まで折りを見ては、こういう作業を何度も繰り返していた。だから実際に出たタイトル候補は、この倍くらい。ただ、このままでは、どれもこれもイマイチというか箸にも棒にもかからない。

そのうち、私が目をつけたのは『森が変わる』というフレーズ。これは編集者側の出したものだが、あまりにも平凡すぎる。インパクトがない。
だから本来なら真っ先に落とすのだが、ちょっと遊び心で

『森が変!』にしてみた。「変わる」だとつまらなくても「変!」だと、なんか語感が変(^^;)。
そもそも意味まで違ってくる。怪しげになる。そこが面白い。
しかし、ちょっと軽い。そこで「森林が変!」にする。やっぱ、面白みがない。

でも、幾度か変変変と口にしていると、異変という単語が浮かんできた。気象異変、知覚異変とか使うな。

これを森林とドッキング。森林異変。おお、ありそうでない言葉だ。

という私の提案を、編集部が受け入れてくれたのである。そしてサブに、林業という言葉を入れることに決まった。さもないと通常の森林問題の本と思われる。かくして、

『森林異変 ~日本の林業に未来はあるかと決定した。

略称は、まだ決めていない。え、短くしなくていいって? でも、せっかくだから。やっぱり『森・変』かなあ。森ヘンとカタカナにするか。ご意見、募集します。

2011/04/09

日本一の薪

郡上八幡城の天守閣、最高階に展示されていた、この薪。

割れ口をよく見ていただきたい。

2



墨痕淋漓と、「日本一」の文字が。

これ、人が書いたり彫ったものではない。(という。)




由来書によると、安政3年(1856年)、当時の八幡城主である青山幸哉藩主の江戸屋敷(小石川)にあった槙の木が、倒れて折れた。それを薪にしようとすると、その割れた樹芯に「日本一」の文字があったのである。これは吉兆だ、ということで積翠神社に、御神体としてお祀りした。

つまり、偶然にできた文字だというのである。たしかに、その文字の木肌そのものは、虫食いに似ている。しかし、あまりに達筆、端正な字ではないか。

時あたかも幕末。大政奉還後、郡上藩そのものは朝廷に恭順を誓う。しかし江戸屋敷の江戸家老は若者47人によって凌霜隊を結成させ、幕府軍につかせたという。彼らは会津の若松城にこもって白虎隊の一員となり戦いにも参加している。つまり朝敵だった。
ほどなく幕府軍側は壊滅したが、次代藩主青山幸宣公は、幸いにも朝廷から郡上藩知事に任命されたという。これも、薪の御利益だろうか。

おそらく御神体になった薪は、これぐらいのものだろう。だから、文字通り「日本一の薪」、いや、「日本一の槙」かな?

2011/04/08

景観の真贋

昨日まで、郡上八幡を訪れていた。

オフシーズンだが、なかなか楽しく、街の見学をした。街の人々も観光客との接し方になれているようである。(ただホスピタリティとは違う。宿では???な部分もあった。)

郡上八幡と言えば、郡上踊りのほか、水と共生する街として有名だ。古い町並みが残る中、用水路が網の目のように延びており、生活に活かされている(いた?)。
そして、その景観も観光対象になっている。

5






こんな裏路地もある。ゴミ一つ落ちていないが、雑草が繁っていたり、隣接する民家の壁がトタンで覆っていたり、なかなかの風情だ。といかにも、水と生活が溶け込んだ感じがした。






1

で、こんな通りもある。
「やなか水のこみち」、通称美術館通り。
なんでも、手づくりで町並みづくりの表彰も受けたとか。



両者は、なんか、違うような気がする。いや、どちらも美しい景観を形作っているのだ。とくに下は、今風でオシャレでもある。しかし、どちらが落ち着くかと言えば、断然、前者だ。
後者は、いかに作りました!  という意図が浮かんでいて、生活感がない。いや前者だって、観光向きに整備したのは間違いないよ。ただ両側の家は、一般民家だし、そこには長く暮らしてきた人の歴史や生活感が滲む。

2

こんな小屋が設置されている水路もあった。
いかにも、観光的デザインに作られていたが、小屋が何かに使われているわけではない。景観のためのものだ。

実は、景観論を考えるに当たって、前から気にしていた違いである。

里山を例にとると

07_3

これこそ、典型的な里山の風景。周りの農地は本物だ。
手前の家屋は、お寺の庫裏らしい。





Photo


一方、こちらは大阪の高層ビルの合間に作られた「里山」。

畑や水田があり、雑木も植えられている。いかにも、な造園だ。
路は、計算し尽くしたように曲線を描き、しっかり舗装されている。背景の高層ビルは抜きにしても、何か違和感が浮かんでいるように思えた。

いつか、里山写真の第一人者・今森光彦さんだったと思うが、昔ながらの農業と結びついて生まれた里山と、森林ボランティアが整備した里山とは、ファインダーを覗くと違いが出る……といったことを語っていた。森林ボランティアが、どんなにていねいに仕事をしても、そこに生活感は生まれないのだ。

それと同じことを、郡上八幡でも感じた。街を活かそうと、生活に立脚した景観と、デザインをそれらしく水との共生ぽくした景観とは、どうしても違う。

それは、客への対応を洗練させることが、ホスピタリティの向上には直接的にはつながらないことに通じているように思う。

ちなみに街でもっともホスピタリティを感じたのは、街角で「今日は温かいね」と声をかけてくれたおばあちゃんであった。

2011/04/07

ゴルフ場で林業

ゴルフ場で林業
ゴルフ場内には、意外と人工林が残されている。結構太い木があるし。
そこでゴルフ場で林業を行うことになる。

なかなか良いものだよ。景色いいし(*^^*)。

2011/04/05

出版界の震災影響

ほとんど話題に上がらないが、今回の震災では、出版界もそれなりの問題を生じている。

一つは、東北地方への出版物の流通。すでに発行された雑誌などが、なかなか届かない事態がまだ解消されていないようだ。そもそも現地の書店やコンビニなども被害を受けて、雑誌や書籍の小売り窓口が細っているのだ。

それに、東北で被災された人数が膨大なだけに、購買力および購買意欲が衰えたのではないか、ということも心配されている。

だが、本当にやっかいなのは、東京における出版物の印刷が、まだ平常にもどっていないこと。というのは、紙の仕入れがうまくいっていないのである。

紙は意外と在庫が少なくて、常に仕入れと発送を繰り返している。そこに地震で東北地方の製紙工場がストップしてしまった。また多くの問屋では、倉庫で紙の山が崩れて、出荷できない状態らしい。

そのため印刷できなくなった少年ジャンプなどのマンガ雑誌が発行を延期のやむなきになり、待っている読者のため連載の一部は、ネットで無料公開を始めた。このことは多少ニュース記事にはなったかな。

ほかにも通常とは違う紙質で発行している雑誌もあるという。

そのほか、世情も変化したので、企画自体が合わなくなった記事、書籍もあるだろう。

ま、そんな状態で、私の出版予定本も、多少危ぶまれたのだが、幸い今日連絡が来て、予定通り4月15日配本が決まった。

平凡社新書

書名  森林異変 ~日本の林業に未来はあるか~

定価  798円(本体760円)


え? なんだ、自分の出版物の宣伝かって?

ハイ、そうです(^o^)。

2011/04/04

2010年木材輸入量と林業界のレゾンデートル

林野庁が、2010年度の木材輸入の統計を発表している。

以下、引用しよう。

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1.木材輸入額【9160億円(前年比113%)】
木材輸入額は2年連続で1兆円を下回りました。第1位の輸入先国は中国で木材輸入総額の14%を占めました。

2-1.丸太【輸入量 476万m3(前年比115%)、輸入額 880億円(前年比115%)】
カナダからの輸入量が前年から大きく増加しました。北洋材は輸入量減少が止まらず、総輸入量に占める割合は1割を下回りました。

2-2.製材【輸入量 642万m3(前年比115%)、輸入額 2018億円(前年比114%)】
主な輸入先はカナダ、欧州で、総輸入量の71%(カナダ36%、欧州35%)を占めました。

3.合板【輸入量 265万m3(前年比108%)、輸入額 1242億円(前年比115%)】
マレーシアとインドネシアが主な輸入先国で、それぞれ合板の総輸入量の54%、32%を占めました。

4.木材チップ【輸入量 1212万トン(前年比116%)、輸入額 2194億円(前年比111%)】
第1位の輸入先国はオーストラリアで、次いでチリ、南アフリカ共和国、ベトナムと、主な輸入先国は近年ほとんど変化していません。

5.集成材【輸入量 69万m3(前年比123%)、輸入額 338億円(前年比123%)】
主な輸入先は欧州と中国で、特にルーマニアからの輸入が大きく伸びました。

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結論は、すべての品目で、2009年度より伸びた、ということだ。

これを、どのように見ればいいのだろうか。

この年は、リーマン・ショックがあって大きく下がっているから、その反動と見ることができる。実際、全体で2009年より13%増だ。
もっとも伸びたといっても、2008年より高くなったわけではない。2008年比では21%減なのである。いかに09年の落ち込みが大きかったか、ということを示しているにすぎない。木材自給率は大きく動かないのではないか。

ちなみに輸入額をドル換算すると、円高が進んだため08年より20%増加している。

為替がどう動くか、円レートがどうなるかは、プロだってわからんだろう。東日本大震災の直後、なぜか猛烈な円高が進行した。どうやら日本の企業が海外資産を決算期に合わせて国内に引き上げる……と投機筋が読んだためと言われるが、どうもわかりにくい。国際的な介入に救われたが、何が起こるかわからない。

ただ長期的には下がるだろう。震災被害の影響はジワジワ効いてくると予想できるからだ。
もし日本の国債格付けが落とされでもしたら、ハイパーインフレになり円安に振れる可能性が高くなる。すると輸入品の価格も上がり、外材輸入はやりにくくなるかもしれない

今後の木材輸入は、そして国産材はどうなるか。

まず復興需要によって、木材需要が膨れ上がる。そのため木材輸入量が増えることが考えられる。しかし、国産材だって増えるだろう(ちゃんと供給できればの話だが)。国産材のシェアを削って外材が増えるとは考えにくい。
ただし、短期的には、東北の生産量が落ちる分、国産材のシェアは落ちるかもしれない。

幸い東北の山の現場に、たいした被害はなさそうなので、素材生産は行える。ただ、日本有数の合板・製材工場が軒並み傷ついているから、それをカバーしなければならない。東北の生産量は全体の4分の1あったというが、西日本などの工場がその穴を埋められるかどうか、である。私は、生産設備的には大丈夫だと睨んでいるが……(ちょうど各地に大型工場が新増設されてきたところだし、そもそもフル稼働していなかった)。その代わり、東北の木材を各地の工場に搬送するルートづくりが急務だ。

早い復興のためには、国産材にこだわらず、資材を投入すべき、という声もあるが、それに負けない速度で国産材商品を供給することに期待したい。今こそ林業界にとってのレゾンデートル〔存在意義〕が問われているのだ。そして同時にチャンスでもあるのだから。

2011/04/03

新・世界最大の木造建築物

タイトルどおり、「世界最大の木造建築物」は? と問われれば、やはり「東大寺の大仏殿!」と答えるだろう。いや、正確には東本願寺の御影堂も、世界最大級と言われている。

まあ、何を基準にするのかによるのだが、高さか幅か、面積? いや容積か。

が、そんなところに伏兵が現れた。

スペイン・セビリヤに世界最大の木造建築物が誕生したのだという。ユルゲン・マイヤー・Hの設計によるセビリアの「Metropol Parasol」である。

http://www.gizmodo.jp/2011/04/spain_lwood.html

見て、笑ってしまった。

う~ん、これは予想外だ。でも、これは……。

なんでも、もともと駐車場にするところが、ミュージアム兼ショッピングセンターにしたのだとか。でも、どの程度木造なのだろうか。構造材も全部木なのか? 使っているのは、やはり大規模集成材なんかねえ。

高さは26メートル、150×70メートルだという。大仏殿は、高さ48メートルあるから、この点では勝っているかな(笑)。

でも、やはり名前のとおり、これはパラソルではないのかなあ。ほとんどの部分が屋根だけに見える。

建築中も含めて、もっとちゃんと写真で見たければ、こんなサイトもある。

http://www.archdaily.com/97661/update-metropol-parasol-j-mayer-h-architects/

しかし、こういうのと大仏殿を比べたらダメだよな。

2011/04/02

「森付きマンション」で考えるコモンズ

千葉県習志野市に、“家族の森プロジェクト「Green Green」”というマンションが売りに出されている。

総戸数270戸、間取り3LDK~4LDK、平均専有面積85㎡台、販売価格2300~4900万円台を予定……だそうである。ちなみに京成本線実籾駅(東京駅まで35分、船橋駅まで10分)から徒歩11分に位置する。
こんなこと、書き写していると、なんだか不動産業者の宣伝作ってる気分だ(笑)。せめて、マンション名を書かずに抵抗しよう。

ともあれ、このマンションの特徴は、森が付属していることである。マンション前に、1ha程度の森がある。そこにはケヤキ、モミジ、サクラ、リンゴ、竹林など。散歩できるようになっているほか、バーベキューコーナーもあるとか。ここを居住者が森林浴を楽しむ場、交流の場、子どもの遊び場にしてもらおうという発想である。

主なターゲット層は、20代後半から30代の小さい子供がいる若夫婦らしい。

しかも森は、鍵付きのセキュリティゲートの内側にあり、居住者専用となっている。子どもだけで遊んでも安心できるように、ということだろう。

なるほど、と思った。ようするにこの森は、マンションの住人専用なのだ。おそらく土地代、その維持費もマンション価格と管理費に上乗せされているのだろう。

このニュースを読んで思い出したのは、かつて(20年以上前)私が取材した兵庫県西宮市の行政が仕組んだ開発構想。
西宮と言ってもかなり山手で、周りは農村風景が広がる一帯にニュータウンを建設する計画なのだが、そこで一軒一軒の敷地が目茶苦茶広いのだ。

ただし、住宅建設部分は道路沿いにある程度集中させる。そして裏山を、そのまま分譲してしまうというのである。購入者は、住宅地とともに裏山を手に入れられるわけだが、その管理もしなければならない。実際には、山の管理は開発区域全体でまとめて別にやってもらう形になるだろうが、とにかく山を我が物にできる! という魅力?があった。

たしか販売価格は1億~2億円くらいじゃなかったかな(~_~;)。

だって、これはバブル景気の真っ只中の話ですよ。これを行政が作ったというのが面白い。つまり、このままでは里山地域が業者の手によって切り刻んで売買され、ズタズタに破壊される。それなら、新住民によって里山環境を守る枠組みを作れないか……という発想だったらしい。

もちろん、バブル崩壊で、構想は全部吹っ飛びました(笑)。今、この地域はどうなっているのか私も知らない。里山のままなのか、虫食い開発されたのか……。

まあ、構想というより夢想であったわけだ。

ただ、私が気に入ったのは、里山環境を守るためには個人の所有物にした方がいいんじゃないか、という点だ。

単に開発規制などやっても、地主は喜ばない(怒る)し、維持管理を放棄して荒れるだけだろう。また公的機関が買収したら、税金を投入してドツボにはまるのが目に見える。あるいは誰のものでもなくなり、これまた無責任に放置されかねない。

実は、その典型が生駒市にあるんだけどね(-.-)。

所有権を持つことによって、真剣に管理しよう、美しく利用しよう、という気持ちになることを期待する。ただ個別に分譲してしまうと、個人の都合で売却されたり、勝手に伐採して小屋建てたりとヘンな開発もおこりかねない。

その点、今回のマンションのようなマンション住人の共同所有というのも、一つの手かもしれない。(270戸で1haというのはしょぼいが。全員が森に入ったら過密だろう。)コモンズ(共有地)の悲劇~過利用による荒廃~も起こらないとは限らないが、同じマンション住人という点で、何らかの縛りをかけるのだろうか。あるいはマンション以外の周辺住人とどのようにつきあうかも興味深い。

今後10年ぐらい、このマンションの森がどうなるか、追跡してみたいね。

2011/04/01

松と杉の融合

昨日で考えるのは疲れたので(~_~;)、今日は軽いネタ。

Photo

これ、実は先に紹介した伏状台杉の近くにあったのだけど。

なんか、変。

そう思って観察すると、スギとマツが混ざっている。

いや、当然並んで立っているのだと思ったよ。

でも、よく観察すると、写真ではわかりにくいけど、幹が1本しか見当たらなかったのだよ。

もちろん一本の木からスギとマツの葉が出るわけなく、おそらく並んで生えた2本が融合したか、絡まったまま生長したのだろうけど。

こんな現象もあるのだな。

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