日本一の薪
郡上八幡城の天守閣、最高階に展示されていた、この薪。
割れ口をよく見ていただきたい。
これ、人が書いたり彫ったものではない。(という。)
由来書によると、安政3年(1856年)、当時の八幡城主である青山幸哉藩主の江戸屋敷(小石川)にあった槙の木が、倒れて折れた。それを薪にしようとすると、その割れた樹芯に「日本一」の文字があったのである。これは吉兆だ、ということで積翠神社に、御神体としてお祀りした。
つまり、偶然にできた文字だというのである。たしかに、その文字の木肌そのものは、虫食いに似ている。しかし、あまりに達筆、端正な字ではないか。
時あたかも幕末。大政奉還後、郡上藩そのものは朝廷に恭順を誓う。しかし江戸屋敷の江戸家老は若者47人によって凌霜隊を結成させ、幕府軍につかせたという。彼らは会津の若松城にこもって白虎隊の一員となり戦いにも参加している。つまり朝敵だった。
ほどなく幕府軍側は壊滅したが、次代藩主青山幸宣公は、幸いにも朝廷から郡上藩知事に任命されたという。これも、薪の御利益だろうか。
おそらく御神体になった薪は、これぐらいのものだろう。だから、文字通り「日本一の薪」、いや、「日本一の槙」かな?
« 景観の真贋 | トップページ | タイトル『森林異変』 »
「木製品・木造建築」カテゴリの記事
- 日本橋に木造ビルが建ち並ぶ?(2026.06.01)
- 木材技術開発は……パネル化?(2026.05.24)
- 木橋の腐朽(2026.05.15)
- 公園木で薪生産は可能か(2026.05.12)
- ドラゴンの村にて(2026.04.23)






























え、人によるものではないってされてるのですか!?
個人的にはそうであってほしいです☆
御柱様ならぬ、御薪(槙)様、見てみたいです!!
投稿: イツカ | 2011/04/09 12:15
ぜひ、御神体を拝んでください。
鑑定なんて、野暮なことせず、信じて拝むのが一番。
そして郡上と福島のつながりをたどってみてください。
投稿: 田中淳夫 | 2011/04/09 12:42
郡上にいらっしゃったのですね。
ご連絡いただければよかったのに。
でもお仕事ならそんなわけにもいきませんね。
と言っても、この週末は被災地に行っていました。
建設業界だけでなく、林業界も何ができるのか。
被災現場ではグラップルが活躍できるはずです。
投稿: つうくん | 2011/04/11 08:05
つうくんさんには、ご連絡しようかと思っていたのですよ。ただ、どうも時間が取れそうになく……(と言いつつ、郡上八幡城に登っていたって?)、またの機会に譲ることにしました。
9月はよろしくお願いします。
投稿: 田中淳夫 | 2011/04/11 09:56