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2011/05/07

「どんと晴れ」と「もしドラ」から林業を考える

なんと、NHK「どんど晴れスペシャル」前編を見てしまった。

4年前のNHK朝の連続ドラマのスペシャル版で、舞台は岩手・盛岡の老舗旅館。ここでは、「もてなしの心」が強調される。

そういえば、このブログで、「献身によるおもてなし」のうさん臭さを語った記憶がある。そうか、4年以上このブログを続けているのか。

今回も、まず同じ感想を持った。どうやらスペシャル版のテーマは、「エコビジネス」や「癒しビジネス」であり、そのアンチテーゼとして「形の見えないおもてなし」をすえているようだ。(後半をまだ見ていないけど…。)

そこでは、「おもてなし」をマニュアル化しようという話が出てくる。お辞儀の仕方を定めたり、接客マニュアルを使うというのだ。そして旅館のバリアフリーや自然エネルギー利用の話も登場する。これこそ、顧客満足度を上げる、というセリフもあったように記憶する。

たしかに「おもてなし」をマニュアル化することには、違和感がある。が、身体で覚える「心からのおもてなし」にも気色悪さを感じる。従業員に、仕事の枠を超えた役割を期待しているようなところがあるからだ。ようするに給与以上に働け、という経営者満足の追求にすぎないのではないか。

……が、その両極端の間を取り持つ部分がわからない。

そう思っているうちに、いよいよ「もしドラ」の最終回

いやあ、見終わった時は、うっすら涙が浮かんだぜ(^^;)。「もしドラ」は、ドラッガーの「マネジメント」を紹介するための作品と思われがちだが、事実そうだが、実はストーリーも面白い。読者(視聴者)の感情のツボを押さえているのだ。ヒットするわけだなあ。

そして、「どんど晴れ」を見たときの違和感の一角を崩されるような気がした。

ドラッカーはいう。「他から得ることができず、どうしても自ら身につけていなければならない資質がある。才能ではなく真摯さである

そうか、マニュアル化すると、真摯さが欠けてしまうのだ。お辞儀を頭の下げる角度で学んでしまい、なぜ頭を下げるかを体得できない。真摯さに欠け、使命感が生まれない。

そして真摯さこそが、労働満足につながる。そして真摯さを持った組織にすることが、「形の見えないおもてなし」を支えるのではないか。

実は、エコビジネスや癒しビジネスも、真摯さ、使命感に欠けると、形だけの行為となり、真の意味での環境や人の心をないがしろにする。植林ツアーや森林セラピーがよい例だ。

先に、現在の林業は、顧客満足も労働満足も欠けていて、わずかな経営者満足しか得ていないのではないかと触れたが、林業界にイノベーションを起こすとすれば、真摯さを求めることにあるのかもしれない。

顧客満足を引き出す仕事が、同時に労働満足につながるには、どうすればよいか

もちろん労働が報われるシステムも必要だし、そこそこ儲かることも不可欠だ。が、満足する山仕事とは……美しい森づくりもその一つにならないだろうか。

そこには時間軸が必要だ。

植えた苗が育ち、新しい森ができる将来を想像できること。

木を伐ることによって残された樹林が大きく元気に育つこと。

伐採跡地に、次の世代の森をデザインする面白さを感じること。

伐った木が誰の手に渡り、どんな使い方をされるか知ること。

それらが、結果的に美しい森へとつながるのだ。

よし、林業界のドラッガーになる一里塚だぞ(^o^)。

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林業・林産業」カテゴリの記事

コメント

おお。
腑に落ちました。

樹木の生長は時間がかかるので
先のことは分かんねー。
という言い訳が存在するところが(まだ)
ある世界かとは思うのですが、
年をとらなきゃ年寄りを理解できない。ってことはありませんし。

想像力を高めるには、まず、いろんな場面に遭遇することが、
(遭遇するようにすることが)大事と思います。

このブログも、そんな「場面」ですね。

一里塚。
そうか。道標を作る人だったんだあ。
本人は迷子になっても、
後の人は迷子にならん。。よかった。

ここで林業界のイノベーションを語れば、いつか「林業界のドラッガー」として名を馳せることができる……という真摯さに欠けた野望の一里塚です(^o^)。
後の人は迷ってもよろしい( ̄ー ̄)。

 田中さんの著書「森林阿片」基い「森林異変」にも書かれていた、「最も美しい森林は、また最も収穫多き森林である 」というドイツの著名な林学者アルフレート・メーラーの言葉を改めて思い出しました。
 また、このブログの中にあるドラッガーの言葉と同じような意味の話を、杉山さんという自伐林家の方から飲み会(しかも、後半で)で切々と説かれたことがあります。ドラッガーというよりは2人ともドリンカーの状態でしたが・・・。
 泥酔状態でも、今でも心に残っている話です。

そうか、私も「林業界のドランカー」をめざした方がいい……というより楽だなあ。

面白いのは、一方で森林美学に足をツッコミながら、ドラッガーにも興味を示すと、ちゃんと両者が交差することですね。

「最も真摯さのある経営は、また最も利潤多き経営である」
ということですかね。

引用開始■植えた苗が育ち、新しい森ができる将来を想像できること。

木を伐ることによって残された樹林が大きく元気に育つこと。

伐採跡地に、次の世代の森をデザインする面白さを感じること。

伐った木が誰の手に渡り、どんな使い方をされるか知ること。■引用終わり

・・・苗、その周りの環境、苗の生育の様子、森林手入れ、樹の生育様子、伐採、木工・建築での利用、・・・一連の所謂トレーサビリティということでしょうか。

ここにGISも関わるようにした『中学校の野外活動の一環としての皮むき間伐』がまもなく始まります。間伐材は『技術家庭での木工品制作』に使います。
技術家庭とGISと、理科と地理や地学、社会科、これらを組み合わせた『総合学習』にまで繋げられれば良いなぁ、と。

もちろんトレーサビリティも関わりますが、簡単に言えば想像力であり林業に夢を持てること。

収入という対価ではなく、そうしたものに使命感や満足を感じれば、「そこそこ」の利益でも、仕事する気になるんじゃないかと。
それがないと、真摯さは生まれない。

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