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2011/05/15

獣害報道から原発報道を連想する

昨日、神戸で開かれた講演会国産材が進むべき道~外材に破れた本当の理由」(荻大陸・成美大学教授)。

非常に示唆に富んだ内容だった。ただ、その中で私の心に引っかかった一つは、1980年代のカモシカによる獣害問題の話。実は、これ自体は全体のテーマから少し外れた余談の部分である。しかし、現在起きている原発問題に相通じるところがあるように思った。

当時、岐阜県を中心に山に植えられたヒノキの苗が、カモシカに食べられてしまう問題が頻発していた。
実は、私も当時学生として興味を持っており、一時卒論に取り上げようと山に入ってカモシカを追いかけたことがある。結果的に、卒論に使える数カ月の調査では、とてもデータが集められないことに気づき断念するのだが……。

ともあれ、食害により、いくら植林しても次世代が育たなくなるわけで林業界では大問題だったのだが、世間的には全然別の目で見られていた。というのは、当時ニホンカモシカは、特別天然記念物に指定されており、絶滅危惧が叫ばれていたのだ。

そのため文化庁を始めとして、自然保護団体、学者、そしてマスコミまでが、総動員で、カモシカ無害説を唱えたのだ
「食害はカモシカじゃない、カモシカはヒノキを嫌って食べない」と大合唱し、その世論づくりに奔走した。
それでもカモシカがヒノキを食べていることが証明されてしまうと、今度は「カモシカが食べるのは、人間が拡大造林で食べ物を奪ったから」という論法で、カモシカ擁護に走った。この点で、行政・自然保護団体・学者・マスコミは、鉄のスクラムを組んでいた。

その頃の状況は、私もよく覚えている。多少とも林業・林学をかじったものとしては、カモシカが増えており、ヒノキを好むことは疑問の余地がなかったのだが、世間はそれを信じなかった。

なぜ、彼らは「鉄のスクラム」を組んだのだろうか。文化庁は、自分たちが指定した動物を守りたいというより、カモシカが加害者だと認めると、特別天然記念物の指定が間違っていたと言われかねないからだろう。

一方で、自然保護団体は、ヒノキよりカモシカが可愛い……というか、自然保護のお題目を唱えるのに向いていたからに違いない。実際のところ、彼らはカモシカをほとんど見たこともなかったのである。
マスコミは、単に頭の中が空っぽで、何も知らないから、行政やNPOが訴えたことを聞いて、丸飲みでそのまま報道しただけである。それにカモシカを守る方が、世間受けする。

しかし、学者は何を持ってカモシカを擁護したのか。学者と言っても、本当の専門家はいないのだが、ようするに行政の求めることを代弁する御用学者だったのだろう。

いずれも潜在的にカモシカを殺したくないという気持ちが強いから、なんとかカモシカを加害者にしたくなかったのだろう。もっとも自分が当事者ではないから言えるのだ。

ところで現在は、ニホンジカ、エゾジカが爆発的に増えている。いや、ツキノワグマだって増えているのは、調査結果から間違いない。

だが、クマは減っている、クマを守れ!と大声をを上げ、「飢えている」クマに餌を与えると称してドングリをまくアホバカ集団もあるし、シカだって、なかなか自由に駆除できない。(一定期間、妊娠中のメスシカを駆除したら、一気に数を減らせると思うけどね。)

この構図は、なんだか現在進行する原発報道でも見られる。

東電、保安院(行政)、学者、マスコミが、鉄のスクラムを組んで、原発擁護、安全を訴え続けた。さすがに原子炉が崩壊していることが確実になると、今度は「この程度の」放射線なら浴びても大丈夫……と言い始めた。

私の目からはあきらかに御用学者と思える某人物は、○○ミリシーベルトくらいなら無害、大丈夫と連呼し、安全安全の大合唱だ。
だが、まともに考えれば、通常の数千倍以上の放射線を浴びて安全なわけはなく、1年や2年で解決するわけもないことが想像できるはずだ。ましてや対象が子供となると……。

それを信じている人も少なくないようなのだが、指摘するのも不憫になる。

ようは、人は信じたいことを言ってくれる人を信じる性向があるのだ。カモシカを駆除したくないという思いが、観察結果をねじ曲げても「無害論」をぶったように……。

結局、カモシカは数を爆発的に増やしていて、ヒノキを食べていることが随分遅れて認められた。しかし、手遅れである。
そして、当時カモシカ擁護の論陣を張った学者やマスコミなどは、口をつぐんでいる。自然保護団体なんぞは、もう解散して我関せずだ。

おそらく、放射線被害があきらかになった頃には、放射線「大丈夫」論をぶった御用学者も口をつぐむのだろう。

同じことを今後も繰り返し続けるのか……。

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コメント

 私も、自分が信じたいだろうことを言ってくれる人のことを信じちゃう性向をひしひし感じます。
 しかも、増幅までしてしまうことがよくあります。さらに、自分の根拠にしてしまう事だってざらです。
 一部分そうなると全部そうなっちゃうときもあったりして。
 気をつけます。
 しかも、田中さんのことも信じています(笑)。
 改めて、気をつけつつ・・・・。

>だが、まともに考えれば、通常の数千倍以上の放射線を浴びて安全なわけはなく、

 ここがよくわかりませんね。通常の数千倍だろうが数万倍だろうが安全な物は安全でしょう。逆に通常の1倍でも有害なものもあります(塩とか)。
 ある量で安全か危険かは疫学調査でしかわからないのでは?
その疫学調査の内容を批判するならわかりますが、通常の数千倍以上だから安全ではないというのは筋が悪い批判です。

 的外れな批判をして批判派の評判を下げる批判派も鉄のスクラムの中に入ってしまっているのでしょうね。

この欄で、放射線の安全性について議論するつもりはありません。
賛成・反対双方の意見が飛び交っているのですから、その中で自分なりに咀嚼して納得できると思うものを見つけてください。

すべての言説をまず疑い、その中で、自分なりに納得できるものを見つける、あるいは自分で構築するとよろしい。結果として、私は「御用学者」の安全論を納得できず忌避しているだけです。貴方が、もし安全派なのなら、どうぞ、お好きに。

ま、「田中淳夫も疑え」と言っておきます(笑)。

水俣病の歴史を見ても、熊本大の有機水銀説を否定する論文を発表した学者はいろいろありました。東京工大の清浦雷作とかね。熊本大より東京工大の方が有名だし入りにくいから、内容はインチキでも清浦が正しいかもしれんと思った人は多かったようです。

放射性物質による被害は晩発生で時間がかかかるから、「因果関係を証明するのは難しい」という枠に逃げ込めるのでしょうね。それを晴らすのに水俣では被害者がさんざん苦労したので、今回はそういうことのないように制度を作らないといけませんね。

ラジウム温泉を例に、「多少の放射能は身体によい」とのたまう学者?までいるのですから。

素人でも、コツコツ議論を読み解けば、そんなに的外れな結論を得ないと思います。ただ、一方に肩入れしないこと。自分がそうであってほしいと(潜在的に)願う事項は,より厳密に疑うこと。

安全派の言い分も疑うが、危険派の言説も疑うべし。そのうえで自分の感性を信じたい。

あがたしの場合,周囲には「行政がそう言ったとしても,筋が通らないものはボツだ.私は私の意見を言う」という研究者だらけでしたので,御用学者という概念自体がまだ実感できていません.

ただ,

>だが、まともに考えれば、通常の数千倍以上の放射線を浴びて安全なわけはなく

には非常な違和感を感じますし,「と」さんの意見に賛同します.この文は「普段の何倍」ではなく「何々Sv」浴びたら危険という閾値を必死になって追い求めている研究者に対する重大な挑発であり,それは論争をふっかけていることになるからです.そしてそれは「と」さんのおっしゃる通り「筋が悪い」物言いです.

でもぼくがもっと衝撃を受けたのは,そうやって論争を仕掛けた上で,その後に

>この欄で、放射線の安全性について議論するつもりはありません。

と議論から逃げてしまったことでして(少なくとも「と」さんの論議には何も答えていない),「田中さんってこんな人だったの?」と唖然としたものです.

データに基づき冷静な議論を展開する,田中さんの
立脚点を僕は支持してきましたし今もそれは変わりません.その田中さんですら,原発・放射線に関してはその立場があやふやになっている.そのことに対して,原発問題が言論家に及ぼした影響の大きさを感じざるを得ません.

先日、某研究機関の人と飲んだのですが、そこでも「御用学者論」が出ました(^^;)。

この欄で議論する気はない、というのは、文字通り、このブログのコメント欄で放射線に関した意見の応酬をするつもりはない、という意味です。ここが、そうした場だと思っていませんので。

ただ「疫学的調査をしなければわからない」というのはそのとおりで、今の時点では誰の意見が正しいのかわからないのでしょう。
ここからは科学ではなく、政治です。
疫学調査に何年、何十年かけるのか? 福島県民はそのための検体か? そもそも検体の条件(年齢や生活場所、内部被爆まで)多岐にわたり、果たして統計的に処理できるのか? 答えが出るまでの期間の指標は、どこに設けるべきか? 
それらの点から考えるべきではないでしょうか。

暫定基準が現在の指標の何十倍というのは、直感的にアンフェアだと感じます。つまり、科学ではなく、政治としての判断です。

ことは、カモシカの食害ではないのです。いや、カモシカ問題をしっかり片づけなかったことが、現在のシカ害につながっているかも。

追記・上記「政治」としたところは、「倫理」、もしくは涙の学者さんのいうところの「ヒューマニズム」の方がイメージ近いかな。

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