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2011/05/14

巨大組織のワーカーは粗雑化する?

北海道の旅の途中で読んだのは、『働かないアリに意義がある(長谷川秀祐著・メディアファクトリー新書)。ただいまベストセラー中だ。

社会性昆虫(ハチやアリなど)の社会の研究から、組織・集団と個人の関係を示唆する素敵な本である。

その中で、私がドキリとした点がある。

コロニー(巣)とワーカー(働きアリ、働きバチなど)の観察なのたが、小さなコロニーのワーカーほど、動きはゆっくりで、活動も一匹ごとに行う。言い換えると一匹でなんでもこなす。
ところがコロニーが巨大になると、情報伝達手段(フェロモンなど)が発達し、ワーカーの動きは早く、仕事も分担して行うようになる。

ただ、注目すべきは、小さなコロニーのワーカーの身体はボディパーツの狂いが少なく、巨大コロニーのワーカーはボディパーツの誤差が大きい……粗雑なつくりだというのだ。

これを人間社会に置き換えて考えてみた。

小さなコロニーとは田舎社会だ。巨大コロニーが都会。
小さな集団の中の一人は、自分でさまざまな仕事をするが、ゆったり暮らしている。労働能力も高い。その代わり効率が悪くて、対価は少ない。
巨大組織になると、指揮系統が整備され、情報伝達手段も発達し、各々分担した単純仕事をスピーディにこなす……ことになる。ただし、ワーカー一人一人は、取り替えのきく未熟労働者でもよい。

うなってしまった。この図式を、さらに林業界に当てはめてみよう。

昔ながらの林業は、一人で何役もこなさなくてはならない。自分で伐って運んで、植えて……。その能力を身につけ、習熟度も高い。ただし仕事はゆっくりで効率も悪いので、利益は少ない。
今進められている林業の大規模化は、そうした状況に対するアンチテーゼだろう。高性能機械などを動員して役割分担が行われ、仕事全体の効率を高めているが、労働者の質は、あまり問わなくなる。誰でもできる仕事にしようとしている……。

ボディパーツが粗雑なワーカーというのは、ようするに使い捨てできる人材ということになるのだろうか。ワーカーを使い捨てしつつ、巨大組織としては繁栄するのである。

もしかすると、マクロな林業の繁栄のために、個別の地域や個人を使い捨てする社会に突入しようとしているのかもしれない。そう考えると、欧米の機械化林業の現場で、過重労働が増えているのも、理解しやすい。

しかも、これは昆虫も人間社会も同じなのだが、巨大コロニーほど進化形なのだ。小さなコロニーの種族ほど原始的で、進化した種族ほど巨大組織をつくる。いわばグローバル化が行われる。
情報伝達手段の進歩も、ハチは尻ふりダンスからフェロモン物質の利用に進んだように、人間も言語、書、電波と進み、いまやインターネットである。

もはや組織の巨大化と、それにともなって個人を粗雑化する「進歩」は、止まらないのかもしれない。

  

もちろん、昆虫の世界を安易に人間社会に置き換えることの危険性は承知の上だが、暗示的ではないか。

ちなみに社会性昆虫の中には、女王ハチ(アリ)もいず、クローン・ワーカーだけの種族もいるそうだ。遺伝子の差異さえ消えて、社会=個人となるのだとしたら……。

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森林学・モノローグ」カテゴリの記事

コメント

巨大組織のパーツがある意味で単一化されていないと組織運営は難しいのかも。また、単一的な人材が組織に組み込まれたがる、と言ったらゲリラ過ぎかも。(^^)

田中様

いつも楽しく読ませんて頂いております。

例えていえば、田舎社会は自転車で、都会は自動車でしょうか。

自転車は速度は遅いですが自分の力で動くし、整備された道路がなくても人が歩ける道なら自由にどこでも行けます。

一方、自動車は速度は速いですが、整備された道路上を走り回ります。どこでも自由に移動出来るわけではありません。
また、運転席には自動車のハンドルを操作する部品としての人間がパーツとして組み込まれています。
パーツであるので、誰でも運転出来るように作られた機械です。

したがって、粗雑なパーツが運転すると事故が起きます。
もちろん自転車でも同じですが、事故の程度が違います。

私たちは、進化した?と思う便利な社会(蟻のコロニー)に住み慣れているので、速度が遅いとイライラするようになりました。

何でも自分でこなさないと行けない田舎社会(川上村の辻谷さんのような方)は、不便で遅れた社会であると考えがちですね。

あまり、いいたとえではありませんが、いかがでしょうか?

さまざまなたとえ方があるでしょうが、巨大システムほど、個人の働きを単純化-効率化を求める。小さな組織は、個人に多様な働きを求めるが、利潤では常に負ける……このように解釈すると、世の中の仕組みが透けて見える気がする。

ご指摘の通り、巨大組織が個人をパーツ化する状況を裏返しに見れば、粗雑な未熟連者は巨大組織に入りたがる……と言えなくもないですね。

でも、昆虫社会は、必ずしもすべてが巨大化には向かっていないらしい。なぜか?

昆虫は何百万種もいて、その内のアリやハチなどごくわずかの種類のみが巨大な組織化=進化?しており、その他の大多数は組織化されずに地球上で生活しているのではないでしょうか。

哺乳類の1種であるヒトも、最も進化した種でしょうが、今後の地球の異変で生き延びる保証はないでしょう。
今後、現在進化したと思われる種が生き延びる保証はない訳です。もっと原始的な、組織化されていない種が大きな環境異変で生き延びるチャンスがあるかも知れません。

私たちはどうしてもヒト中心に生物進化を考えがちですが、最近の研究成果からも分かるように、現在のホモサピエンスは偶然の結果として生き延びたのであり、将来は私たちの子孫が生き延びるかどうかわかりませんね。

今のような生活を何千年も経過したら、生殖能力はもちろん生活能力も減少していき、あるとき突然に子孫が出来なくなるかも知れませんから。

近年、日本人男性の精子数が激減しており、10組に一組は不妊症に陥っている現象も、そのことを示唆しているのかも知れません。
環境ホルモンやら、いままでの原爆実験や原子力発電所から放出され続けている環境中の低濃度放射能の影響で男性の精子数が次第次第に減少してゆけば、いずれは人工授精が当たり前の世界が100年後か200年後には訪れるかも知れませんから!

妄想に取り付かれた男より?


この本にもあるんですが、たしかに巨大コロニーをつくる昆虫ばかりではないし、またチーターと呼ばれる「働かないワーカー」を一定程度許容する社会でもあるらしい。

そこに救いを求めたい。
巨大企業ばかりでは社会が成り立たないはず。

日本人男子の精子数を減らさないためには、小規模社会をつくって、非効率でテキトーにさぼることです(^^;)。

そうです!

実は、適当で、いい加減な生活をしていた生物が実は偶然訪れた地球環境の激変により、偶然生き延びてきたのかも知れません。

環境にあまりにもしっかりと適応することで、かえって環境が激変した時に絶滅してしまうのではないでしょうか。

ある程度、いい加減に環境に適応していない生き物の方が、環境が変化しても生き延びる可能性が出てくるということでしょうか。

そのような事例が多分、地球上のあちこちにあるんでしょうね。

社会にあまり適応しすぎるのは、滅びの道……。
多少はいい加減に生きることが大切なのです。

この言葉を糧に、世の中から外れて生きる楽しみを理論武装しましょう(^-^)。

 人間の集落の様子を見ると、全体で何かの取り組みやイベントをやろうとするときには、20戸から70戸ぐらいが適当なサイズなのかもしれません。この規模だと、普段は都市部に住んでいる帰省家族を含めても、普段どおりの活動ができちゃったりします。それ以上だと全体ではなくて一部の人でもできてしまう、それ以下だと集団的活動というより個人の集まりという感じでしょうか。
 私の実家は70戸の集落ですが、催し物をやるときに役員が適当に各人に役割を振り分けても、自己判断やそれぞれのコミュニケーションでコトをこなしているような気がします。それ以上の集落だと割りとシステマチック(まあ、集落で言うシステムの程度ですが)にしておかないと、伝達が上手くいかなくなるような気がします。
 過日、20戸の集落全員参加の新茶摘採イベントに参加しましたが、それはそれは全員家族ではないかというくらい楽にやれていました。
 昆虫の状況を即人間に当てはまらないでしょうし、その集落や団体の組成(年齢構成や歴史や文化)も大きく関連するとは思いますが、指示をきっちりやらなくてもテキトーに計画して、テキトーにみんな動いて、テキトーに楽しむことができるサイズは、コミュニティ単位としてはこれぐらいかもしれません。
 いい加減は「よい」加減なのかもしれませんね。

そういえば、以前学童保育の保護者で地元の祭に出展したとき、誰も指揮を撮らないのに各自自分で判断して動き、実に見事に仕事を分担・成立させているのを見て感心したことがあります。ある規模と、親和性のあるメンバーが揃っていたら、それが可能なんですね。

この本には指揮系統がなく、みんながテキトーに動いているのに、全体としては実にうまく機能している社会性昆虫のことが書かれています。
人の社会も、それが常に成立したら、どんなに生きやすいだろう……と思わぬでもない。

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