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2011/06/11

住田町その後

岩手県住田町の仮設住宅を巡る動きは、以前も紹介したが、最近はまた別の動きがあるようだ。

まず住田町内に建てていた110棟は、すでに完成した。そして今は陸前高田市内に60棟を建設しているらしい。

そこへ兵庫県姫路市の日本工科専門学校が支援を申し込んだ。この学校の建築工学科などの1、2年生14人が講師ら6人と建築支援に現地に行くことになったのだ。学校では、被災地への学生ボランティアの派遣を検討していたところ、住田町の動きを知り、協力を打診して決まったのである。18日から24日まで滞在らしい。

学生と言っても、すでに木造建築の基本は習っているので、十分戦力になる。もっとも単に支援と言うよりは、学生たちにとっては就業体験にもなるのがよい。どちらにも意味のある活動だろう。学生たちの中には、阪神大震災で自宅をなくした人もいるそうだ。

それにしても思うのは、住田町が自ら動き出したことで、次々と支援の輪が広がっていることだ。やはり支援側も、相手のやる気を見て、意気に感じて動くものなのだろう。

仮設住宅を建てるのに必要な資金約3億円は、モア・ツゥリーズが頑張っているし(11日現在で2190万円)、その資金集めを支援する動きも起きている。

実は、私のところに某森林関係者から「老人でもできる支援はないか」と問い合わせがあったのでモア・ツゥリーズを教えたら乗り気になってくれた。

  

このところの政界で起きたゴタゴタを見ているとうんざりするが、いかなる言い訳をしようと、政治家はみんなで被災地復興の足を引っ張っているとしか言わざるを得ない。
が、気になるのは中央のゴタゴタに引き込まれるように、被災地でも前向き・後ろ向きの差が生まれているように感じることだ。

被災を期に新しい取組を行うチャンスにすれば、と思うのだが、多くの人は以前のままにもどす復旧を望んでいるのではないか。それは、資金的にも時間的にも無理がある。そして関係者も既得権を手放そうとしないために、計画を前に進まなくしている。結果、利害がぶつかって何も進まなくなるだろう。

もちろん現地の難しい事情はあるのだろうが、このままだと被災地内にも勝ち組・負け組が出てきてしまいそうな気がする。あえて前に進むところと、ぐずるところと。自力で歩みだすところには、回りが支えようと寄ってくるが、助けが来るのを待っているところは忘れられていく。今は目立たなくても、5年後10年後、それは大きな差になるだろう。

実は、この状況は林業全体でも以前から感じていたこと。

今後は林業全体の活性化というよりは、地域差、いや事業家の差が如実に出るのではないか……と思っている。同じ林業地なのに、片や元気で利益を上げる業者と、まったくどうにもならなくところが出るだろう。(いや、出ている。)

今は、踏ん張りどきだよ。

  
 

ちょっと脱線すると、西日本は、国全体を俯瞰するのに向いているな、と思う。東日本大震災に対しても、皆なかなか冷静に見ているからね。被災地の動きを覚めて見ている人が多い。

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木製品・木造建築」カテゴリの記事

コメント

私も住田町を見て強く感じたのは、内発的というか、独立独歩の覚悟ですね。この点が岩手と福島の大きな違いのような気がしています。あぶくま関連の地域づくりをしていて、震災前もこんなに緩くて間に合うのか(あらゆることに)と思う場面があったのですが、気候風土に恵まれて人も寄ってくるから他力本願チックになっている、というのは短絡的すぎるかもしれませんが。だって誘致しなきゃ原発も出来なかったんだよね。(私は25キロ地点の当事者であります)

どの被災地も、皆さん頑張っているとは思うのです。が、「残念な人」という言葉があるとおり、空回りする可能性がある。
ぜひ、一歩自分で進みましょう。そうしたらアホな政治家も後ろからついてくるかもしれない(^^;)。

はっきり言って、「震災前と同じ」を望んじゃ前に進まない。
覚悟の覚は、覚めて悟る、と読めるからね。

自分が住田町の一番すばらしいと思ったところは「日本中で同じようなシステムが出来ると良い」と言っていた所です。

「組手什」による被災地の自立支援も、国土緑化推進機構が入ってきて振り回されて、当初目的の「現地での生産拠点を増やし木の駅の創設をする」という目的から方向が変わってしまいました。(栗駒製材が5000本生産するみたいですが、後が続くのか?)
「組手什おかげまわし東海」は当初目的どおり9月末まで細々と支援を続ける予定です。がやはり最後は「資金問題(細々と募金集め)」です。

千葉から熊本に移った私としては、
当初周りの人々の震災に対する見方が冷めているのが
どうにも気になって、孤独感を感じていましたが、
3ヶ月過ぎた今はその「客観視」が
逆に心強く感じられるようになってきました。

私にできることは、地震のとき体験したことを
周囲にも伝えて、防災意識というものについて
考えてもらうことくらいかな・・・・。

FSCジャパンも頑張ってますよ。

奇妙な言い方ですが、災害が起きたときに、ちょうど最適のリーダーがいて、みんなが最適の救援・支援活動をする……ということはありえないんですね。
むしろ残念なリーダーと、救援活動を邪魔する輩が頻発することを前提に計画を立てねばならない。
今回の震災は、それを如実に感じさせてくださいました(苦笑)。

まあ、そんなことを感じるのも西日本にいるからかも。東京の人々も浮足立っている感じがするから、あまり冷静な判断をくだせないのではないかな。
被災者は、2~3週間、西日本に退避したらいいと思う。心身ともに休んでから、冷静に復興に取り組んでいただきたい。。

はるばる東北遠征、たいへんご足労さまでした。
宮城ではここへきて、仮設住宅がすべて中央の大手建設業に一括発注されることに「地元の雇用と活性化につながらい」と不満が吹き出し、知事が慌てて「スピード優先のため。以後は地元業者も考慮し優先する」ととりなしている感があります。
住田町が突っ走った意義を、改めて評価したいところです。

こちらこそ、住田町ではお世話になりました。

もちろんスピードも大量供給も必要ですから、大手に発注する意味もわかりますが、今後の復興を考えれば地元の雇用を生み出す必要性は重要でしょう。
本当は、被災地各地および周辺各自治体が「突っ走って」ほしいのですが。その方が、こちらも応援しがいがある。

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