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2011/07/28

森林を守るのは宗教か、それとも……

小松左京が亡くなった。

せっかく実家から「日本沈没第2部」を発掘して持ち帰ったのに……。そして、古本屋で「未来図の世界」(1966年刊)を見つけて、購入したばかりなのに。

東日本大震災が起きたのに、小松さんのコメントが出ないので、ご病気かな、と思っていたのだが、一昨日、肺炎のために亡くなられたそうだ。80歳。

いまさらながらに小松さんから受けた影響を振り返る。彼の本のほとんどを読んだが、それはストーリーではなく、思想を学ぶものであった。
彼は、小説家というより文明誌家ではないかと思っている。「人類と文明」をテーマに、小説より大説を書いていたのではないか、と。



 

さて、私は幾周りかスケールが小さく、「人類と森」について考え続けているのだが、この前、大阪で行った講演&対談で、思わず口にしたことがある。

対談のお題目は、「日本の森を救う処方箋」だった。一応の打ち合わせをしてあったのだが、話がどの方向に行くかはわからない。そこで、森を守るために必要なことを話し合った。

ただ、ここで混乱しがちなのは、森を守るには、二つのレベルがあることだ。

一つは、今目の前にある森を守る技術や、施策を考え、つくり、実行すること
これは、いわゆる処方箋だ。今、そこにある森を、林業を救う方法である。これは、みんながあの手この手として考えている最中だ。

しかし、それだけでは無理だ。もう一つ、いつの時代にも森を守る共通の意志を受け継ぐことが求められる。
森は、すぐ変化する。林業も、経済に合わせて変化する。林業をシステムとして、いくら完璧なものを築いても長続きしない。経済は日々変化して、森も常に遷移し、環境に合わせて変化する。刈った草は伸び、樹木は太くなって枯れる。そして人は、世代交代する。

では、変化しない意志をどのように維持するか。共通の意志はいかに受け継ぐか。

それは教育とか経済理論ではないだろう。いかに優れた教育を行っても、どんなテキストを用意しても、あっと言う間に陳腐化するだろう。理屈も、時代を前にして長続きしない。

何百年と変化する時代を飛び越えて変わらぬ気持ちを維持する手段とは何か。

一つは、宗教だろう。
宗教なら、世代も人種・民族も越えて教義を守り続けられるかもしれない。だったら、森を宗教にするか?

もう一つ考えられるのは、文化だ。
文化は人と人の間を越えて広がり受け継がれるものだ。人々の心に根ざした気持ちに、森の大切さを焼き付ければ自然と共通意志が生まれるのではないか。

森林文化なくして林業を活性化しても、それは資源論でしかない。木材に変わる素材が現れたら、消えてしまいかねない。理屈抜きで、残すべきものとしての森に対する思いを醸成し、その思いを支える経済としての林業を維持しなければならない。

……とまあ、対談しながら、そんなことを考えたのである。

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コメント

10年ほど前と記憶してますが、冷夏で米の大不作に見舞われ緊急輸入した年がありましたよね。その時に農民作家の「山下惣一」さんの書かれた書物に「俺はタイなど新興国の農民を救うために米を作り続ける。日本国民なんかみんな餓死すればいいんだ。」と書かれてました。
今朝の情報 <インドネシア、10年間で17%の熱帯雨林が消失.>
http://www.morningstar.co.jp/portal/RncNewsDetailAction.do?rncNo=512870
には「・・・~とパルプ生産による・・・」とあります。

「日本人のために日本の森を守る」ではなく、「熱帯雨林を守るため、日本の森を・・・」
ってなイデオロギーはお仲間には入れないでしょうか。

エセ環境人のMY箸人も熱帯雨林を守るならばせっせと国産割箸を浪費すると思うんだけどが・・・。

山下さんらしい、過激な書き方ですね(~_~;)。

海外の森を守るために、日本の森を利用する、そしてその利用が日本の森を守ることにもつながる……という理屈が広がればよいのですが。

ちなみに小さなことですが、日本の熱帯木材の輸入は、今や激減しているはず。チップ用なのはアカシアやユーカリなど植林木が多いのではなかったかしら。
やはり多いのは、油ヤシなどの農園開発でしょう。

でも、日本はオーストラリアなどで天然林からのチップを購入していますけどね。

森林に対する不変の思いを維持する手段。。
う~む。難しい。

しかし、コビトはその一端を担っておる。( ̄^ ̄)
。。。。。。byコビト

コビト、ですかぁ。

コビトからすると、日本は大森林に覆われているのだろうなあ。

今回は教育システムのリサーチでしたが、本質的にはそれを知りたくて渡欧しました。結論は、、今度お会いしたときにでも…。

おお、それは楽しみ。

教育以上の、世代を超えた森林哲学を受け継がせる仕組みは、ヨーロッパにはあるでしょうか。

昨日、ドイツから帰ってきました。
改めて日本人が山に関わる文化を取り戻さなくてはならないと強く感じました。
山村の復興、人と山とのかかわりを取り戻すことが大切です。

こちらはドイツですか(^o^)。
ドイツで日本の山の文化の重要性を感じるというのもいいですね。

やはり森林を引き継ぐ文化のヒントはヨーロッパにあるのだろうか。そして、日本にも還ってくるのだろうか。

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