「れいほくスケルトン」の危機から考える
「れいほくスケルトン」をご存じだろうか。
高知県の嶺北地方で考え出された林業と建築の連携による木造住宅キットのことだ。スケルトンというのは、構造材が見える真壁構法の家という意味だろう。
ごく簡単にまとめれば、林業家と製材所と工務店が結びつき、注文に応じて山から木を出し、設計図どおりに製材して納品する。中間マージンが少ない上、ロスが出ない。だから山元に多くお金を還元できる仕組みであった。
それが、今や存続の危機にあるという。
直接の原因は、その推進者であった製材所である森昭木材の社長が急逝して、会社も倒産してしまったことだ。さらに「れいほくスケルトン」システムを動かす協議会も解散したという。森昭木材以外に、住宅一軒分の木材を全部製材できる製材所が、この地域には少なかったということもシステム瓦解の理由に上げられるだろう。
http://mytown.asahi.com/kochi/news.php?k_id=40000001108300002
私は、『森林異変』にも記した通り、今後の林業の生きる道として、「大林業構想」を提言している。それはとりもなおさず、林業は山だけを考えていてはダメなのであり、建築などエンドユーザーまで見据えた生業にするということだった。つまり、林業と建築業の緊密な連携が重要だということである。
その幾つかの例のうちの一つが、この「れいほくスケルトン」だった。
しかし、たった一人の中心的人物の逝去で瓦解する。せっかくのシステムも、実際に動かすノウハウと熱意のある人物が動かしていたのだ。システムは見かけであり、動くエンジンは人物であったということだろう。そして、小さな組織では、往々にしてそれは少人数が背負っている。それは「れいほくスケルトン」だけでなく、会社自体が倒産したことが示している。
田舎の人材不足(人口不足というべきかも)ゆえの悲劇かもしれない。
これは一般論だが、組織とは一人のカリスマに頼って運営すべきではない。国家がカリスマ的な指導者を求めたら、それは独裁者だし、小さなNPOだって一人に頼ると、ほかのメンバーは受け身になり思考をストップさせる。そうした中からは後継者は生まれない。
先に本ブログに書いた「多様な林業を知れば考える」も、実は同じことだ。国とか林野庁とか県など上部機関の指導を仰ぐ経営者は、思考をストップさせやすい。
震災対応に関して、国は何もしてくれない、という批判があるが、それを口にするのは、自身も何もしていないからかもしれない。一人一人があの手この手の経営を考えねば、生き残れない。
それは、フリーランスも同じだけどね。。。。
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