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2011/08/16

超文化論「山の景観を知らない新日本人」

近頃、環境考古学や環境民族(民俗)学などという分野が生まれてきている。

ようは、自然環境が人類・民俗の文化に与えた影響を追っているわけだ。

たとえば日本人は、森林環境に育まれ、木の文化を育てた。欧米人は沙漠の環境に鍛えられ、石の文化を築いた。とかいう類。

実は、私も昔はハマった。熱帯・極地・乾燥地帯と、農耕民族・狩猟民族・遊牧民族の文化を体験的ルポで描いた「極限の民族」(本多勝一著)なんかも、大いに影響を受けた。

もっとも、だから日本人は温厚で自然と共生する文明を育て、欧米人は森を破壊し闘争と拡大の市場原理主義を生み出した……と主張されると困る。

そもそもヨーロッパが石の文化だとするのも怪しい。もともとゲルマンの民は森の民族だった。その後の発展過程で森林の多くを失い、仕方なく石造建築物を増やした歴史がある。そして今はまた森林が増えている。木材も日本以上に使っている。
日本も、森を大切にしてきたというのは幻想だ。常に日本列島は森林破壊が続き、ただ気候が森を救ってきた面は否めない。

とはいえ、森や山が間近にあることによる情操への影響は、少なくないだろう。木を使わなくなると、木を大切に思う情操をも失う恐れがある・・・と警告を発しているのは、そのためだ。

森があることの影響に触れたが、これを山に置き換えてみたい。

日本では森と山は同義的に使われるが、正確に言えば、森は木が3本、森林は5本あれば平地でもいいが(^^;)、山は地形としての盛り上がりが必要である。そして、森林以上に広がりがなくてはならない。つまり山の景観とは、視界が広いのだ。

 

実は、関西人が東京に移り住むと、一時期ノイローゼになる、とまことしやかに言われているのだが(^^;)、その理由は山が見えないことである。

東京は(日本としては)広大な関東平野のど真ん中にあり、少々見回しても山が目に入らないのだ。実際、私も北関東へ列車で移動中、いつまでたっても山が見えないのでなぜか焦った。こんなの、景色じゃない! ぐらいに思った(笑)。

同じ地形をしているのは、日本なら北海道くらいだろう。だから関西だけでなく、たいていの地方から関東圏(もしくは北海道)に行くと、山が視界にないことで落ち着かなくなる。
大阪なら、都心でも見渡せば生駒山と六甲山は絶対にある。神戸はもちろん、盆地の京都だって山が目に入らないということはない。それなのに、東京では、山がない!

山が視界にないと、ふとしたことで心が落ち着かなくなり、心細くなる。眼の片隅に山があるから、心の拠り所を設けることができるのだ。ただでさえ東京は地についた文化がない地域なのに、山がないためノイローゼに陥るのだろう。
一説によると、東京の大学に進んだ新入生の7割、江戸に転封になった徳川家の三河出身の家臣の大半は鬱に苦しんだという。 ・・・勝手につくって書くなよ\(-_-メ;)

おそらく昔は、山がないと言ってもそれなりの地形の凹凸があり、視界に曲線が伴っていたと思うのだが、近年の開発で高層ビル街では、人工的な凹凸だけとなり、地形は見えなくなった。かくして起伏のない土地で生活するために、三半規管が退化して頭がおかしくなるのである。

三代東京暮らしの江戸っ子は、生まれ育った時から山を見ていない。山がないという環境に染まった新日本人である。
そのため、山を間近に知っている日本人とは精神文化の根が違うのだ。きっと。

山を感覚的に理解できない。森も、平地の孤立した存在として体感しているから、急斜面に立地する広大な森林を元に生まれた森林文化がわからないのである。

……こんな文化論を展開してやると、なんか気持ちよいなぁ。

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コメント

一瞬トンデモ論ですが、
実はあってます。

盆地にすんでいるので、
関東平野の田んぼ地帯などは
見ていると、とくに不安になる景色です。

やっぱり山を背負っていないと
落ち着かないのですよ。

山が見えない不安感。。。この感覚、わかる人にはわかるのですね(笑)。

日本人には2種類ある。山が視界に入る人と、入らない人だ。
……なんてことハードボイルドに呟いてみたい。

全く同感。
私も大阪、京都で育ち、そのご関東に。

東京や埼玉では、遠くに山並みは見えても
山肌はわからない。その違和感がすごくありました。

関東人と関西人が分かり合えないのは、山の景色に根本原因があった! 
なんて、文化論を書いたら売れるかも(笑)。

東京は関東平野のむしろ縁辺部で,この規模の都市にしては異様に坂が多い(どこが平野だどこが!と,初めて東京に移り住んだ人はツッコミを入れる)のですが,しかし,たとえば中央線の高架から郊外の住宅地を見たときに,「のっぺりした平面に地平線まで家が続いている」ような印象を受けるのは確かですね.

ちなみに私は逆の体験があります.初めて神戸に行ったとき,六甲の威圧感に気圧されそうになったのです.「絶対に方向感覚を失わず済むからこりゃ便利だ」と実用的なことも思ったのですが.

絶対、あがたしのツッコミがあると思ってました(笑)。

昨夜、録画していた「ぷらタモリ」を見たのだけど、渋谷がいかに谷地形であるかを強調していましたね。
でも、そうした地形では、山の稜線は感じられないのですよ。あくまで大地を包み込む規模の景観としての山がないと、真日本人ではないノダ。

まぁ,せいぜい高低差20mですからね(横浜の方にいくと40mになる.横浜の急坂は半端じゃないです).それにスカイラインが水平(段丘面なので)というところが山っぽさを減じていますね.

「斜面としての威圧感」を少しでも感じるのは,国分寺崖線(世田谷区~国分寺市)と根岸の崖(横浜市南部)なんだけど,一般的には山というより丘のイメージですね.

ところで,東京が都市化しなかったら,渋谷は里山的景観になっていたのかもしれない…と考えるとちょっと面白くなってきました.

関東の知人(千葉湾岸)と話をしていた時、林や森の事を「山」と呼ぶといってました。稜線を感じられないにしても、モコッとした感じが山なんですかねえ。

その関東の知人は、きっと真正関東人ではないのです。きっと血筋は、山が身近な地方なのです。
森を山と呼ぶのは、東北に多い言葉ですから、東北系関東人だったのに違いありません(笑)。

微妙にオフトピですけど

東北って,山の名前が「○○森」であることが珍しくないですね.

私は元大阪人。今は岐阜にいますがたまに名古屋に出かけるととても違和感があります。
おっしゃる通り、大阪は中心部でも六甲、箕面、生駒と山が見えるのに名古屋は見えない。
名古屋には住めないと思いました。
またドイツに行ってきて、森と山は違うということを改めて感じました。
私は山=森という概念ですが(普段の会話で森という言葉をほとんど使わない)、ドイツは森です。

東北の山は、○○山とか●●岳ではなくて、**ヶ森というのが多いですね。
そもそも森(もり)は、「盛り上がる」から来ているという語源説もある。

その点からいくと、ドイツ北部は山がなくて、あくまで森ですね。フォレスト、ヴァルトの語源なんだろ?

その方は、20代近く続く生粋の江戸漁師の筋なのですが、どこで東北文化が混ざったのか・・・なぞですねえ。

20代! 初代はざっと400年前としたら、江戸の町はなかったでしょうね。

東夷(あづまえびす)の住む板東の地……てとこですか。ちょっと遡りすき(~_~;)。
室町時代は、東北と関東の境はゆるかったと思いますよ。

いま山と日本人のかかわり合いという論文を書いてる。。全然。。。TT

頑張ってください(~_~;)。上記のトンデモ論をマジな論文にしてほしい。

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