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2011/11/13

『焼き畑の環境学』から連想する

『焼き畑の環境学 ーいま焼き畑とは

(佐藤洋一郎監修・思文閣出版  9450円)

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この本を版元より贈呈を受けた。おそらく、私が焼き畑に関して幾度となく著作やブログで記してきたからだろうから、やはり紹介しなければならないだろう。とはいえ、600ページに渡る大部な作であり、基本的に論文集のような内容である。付録CDも付いているというすごさ。価格もすごい(^^;)。

先に「植民地林学」について触れていることについては紹介したが、なかなか全体を紹介したり、論評するのは難しい。だいたい、私はまだ全部読んでいない。簡単に読める代物ではないのだ。そこで、私自身の焼畑への思いとともに思いつくことを記したい。

とりあえず、大枠は、以下のリンク先で知ってもらいたい。

http://www.shibunkaku.co.jp/shuppan/shosai.php?code=9784784215881

目次は、
http://www.shibunkaku.co.jp/shuppan/pamphlet/9784784215881.pdf

これは現時点で日本の焼畑研究の成果を網羅的に結集したものと言ってもよいるだろう。

私も、かつて焼き畑に凝った時期に、せっせと焼畑文献を集めた。量的にはそこそこあるのだが、内容は民俗学分野に偏っていたり、研究対象地域が絞られており、全体像をつかむには難しかった。
本書では、(やはり民俗分野は多いが)日本から世界までかなり幅広い。蝦夷地のアイヌの農耕から椎葉、白山、対馬、山形、四国、そして台湾、ラオス、アフリカ……と広がっている。また農耕に止まらず、牧畜や林業にも目を配っている。

ただ、できればもう少し植物学や生態学的な視点も増やしてほしかった。一部で触れているものの、火が土壌におよぼす影響や、植物の生長に関わる研究、さらに微生物から鳥獣にまで考察する詳しい研究はなかったのかと残念に感じる。いや、全文を読んでいないのだから、もしかしてもっと触れている箇所もあるかもしれないが、残念ながら大テーマにはなっていないようだ。

私は、四半世紀前(こう書くと意味深(^^;)。25年くらい前ということ)から焼畑に興味を持っていて、椎葉村はもちろん、ボルネオのイバン族まで訪ねて焼畑を見てきた。少し火をつけさせてもらったこともある。焼け跡に種子を撒いたりもした。

また京都府北部で焼畑再現を試みて、休耕田を焼いた時にも参加していて、焼ける際の“畑の声”を聞いたこともある。

ただ、民俗学的な視点からの興味は薄く、生態学あるいは産業技術として注目していた。その視点から本書を見ると、総説が重要である。

本書の総説では、「焼畑」の定義を「火の利用と休耕」だとしている。私も同感だが、さらに一歩進めて、私は必ずしも火が必要か、焼くことが必須条件か、と疑問を提起したい。

焼かない焼畑もありではないか。

焼畑は、英語ではshifting cultivationを使う。これを訳すると、切り換え畑になる。(今、翻訳機能を使うと、焼畑は、Slash-and-burn agricultureになった。)
つまり、火を利用することより、休耕する=耕作する土地を次々と切り換える、移動することに大きな意味があるように思える。

そして、焼畑とは農耕の一技術と思われがちだが、実は林業や牧畜も含めてさまざまな形態のある土地利用体系である。しかも、行う場所を移動することでいくつもの生態系を地理的に並列させるうえ、時間的な系列も作る。

そこに新しい科学の視点が生まれないかと夢想してみる。

伐採と燃焼により、植生遷移を人工的に引き起こすことで時間的多様性をつくり、それが比較的狭い地域にモザイク状に配置することで植生多様性をコンパクトに作ることになる。
また、時間をかけて有機物を部生物に分解させて無機質の成分になることで植物の栄養となる自然界の仕組みを、有機物を燃焼させることで短時間に無機化することになり、それがどんな影響を与えるか……と考えると、時間生態学もありえるのではないか。

もちろん農林畜産業など多様な生産物を同一の土地で扱う点からは、産業多様性とか産業遷移なんてことを考えたら面白いだろう。いかに産業は移り変わるか、ヒントが生まれるかもしれない。

現代社会は、「安定」という名の固定化を願いがちだが、そもそも移り変わるものだという思想を持つことで、遷移社会学、焼畑文明論だってありえる。盛者必衰の産業学である。

休耕部分を取り上げて、バイオマスの時間的蓄積と消費論を取り入れたら休むことの哲学になるかもしれない。

 

 

ただ、現実世界にもどると、焼畑というシステムは、滅びつつある時代であることは間違いない。もともと焼畑民は、クニが肥大化していく中で片隅に追いやられた民族の技術・文化であった。そして、いまや風前の灯火である。

再び焼畑を見直し、現代社会に適応した焼畑技術を確立できないだろうか。そして焼き畑を復興する。全国各地に休耕地があふれる中、利用価値はあるはずだ。

いっそ焼畑専用農場を設置して、機械化焼畑を行うとか、焼畑専用機械を開発する……。

ちょっと悪のりか(笑)。

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コメント

“機械化焼畑”・・・は、ちょっと。ですけれど。w(゚o゚)w
わたしは、“焼き機での桑栽培と養蚕”のことがあるので、同書には、とても注目していまして、先日注文を入れたところです。

わたしは、農学のことは詳しくないですが、焼くことによる土壌殺菌と害虫の駆除、そして土壌のアルカリ化がポイントとなるのでしょうか。
施肥を加える場合は、養蚕の副産物の蚕糞を溜めておいて発酵分解が進行したものが用いられていたようですね。

いまは、森林酪農とか、いろんなことが試みられていますから、仰られますような事も含めて、今後、そのような単発的な試みを複合的に組み合わせた、山村での新しい農業の形が生まれれば、閉塞的になりがちな山村の将来にも期待が芽生えます。

まだ頭の中でまとまらないまま書いた「思いつき」ですが、焼畑とは、生態系から産業まで総合的な発想であり技術だと思いますね。
そして、その技術や思想は、今の時代に合いそうな気がする。

薄く広く存在する資源を、無理なく利用する体系を、焼き畑から構築できないか。人口減社会に向いているかもしれません。

 私はあまり詳しくないので情報提供程度です。
こちら北東北太平洋側地域はヤマセの影響により、米が取れず雑穀の文化が広がりました。

 雑穀→焼畑→アカマツ林→南部アカマツ

 ヒエ、アワ、ソバ、キビ、ダイズ、アズキ、コムギそしてカブ(有名なわんこそば、南部せんべい、最近有名なせんべい汁、ひっつみ(すいとん)、他様々な料理お菓子があります。大阪とは違う意味ですが、まさに「粉モン文化」です。

 年寄りに聞くと焼畑には作物を作る順番があるそうです。焼畑用のニンジンの品種がある?って噂もあります。

 軽米町は雑穀で町おこしをしております。八戸市の南郷区では山の楽校で焼き畑をしております。

 私も本を買って勉強したいと思います。

 

ああ、こんなに高い本なのに需要はあるんだ(^o^)。サイドバーにリンクしておこう。

雑穀のコナモン文化というのは面白いですね。せんべい汁は、B-1でも上位に入ったし。雑穀農耕文化も見直すべきでしょう。

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