軟らかなリーダーシップ
日経ビジネスオンラインだったかで、面白い記事を読んだ。
大震災時に各省庁の若手が集まってチームを組んだのだが、縦割り組織のうえリーダー役は任命されていなかった。その時、全体をまとめてリーダーシップをとったのは誰か。
現場から派遣されてきた若い自衛隊員だったのである。
何をやるべきか、どこがやるべきかを洗い出し、それぞれ担当者を決めてプロジェクトチームを組ませたのだ。さらに利害対立が起きたら調整したり、休養などの指揮もとった。おかげで組織は機能し始めたという。残念ながら、他省庁出身者にそれだけの度量はなかったらしい。
もはや文民統制の時代ではない。軍人の指揮こそが日本を救うのである。
……なんて、主張するつもりは毛頭ない。そもそも自衛隊出身者だからといって、彼が武力にものを言わせて他者を従わせたわけではないのだ。もちろん、威圧的な態度も取らなかった。むしろ反対だ。
やさしく語りかけ、理を尽くして説明することでみんなをまとめたのだそうだ。
そして太平洋戦争で、旧日本軍が戦いに破れたのは陸軍と海軍の対立に遠因があったことを例に出し、争いを止めた。さらに無駄に頑張りすぎて燃え尽きないよう、順番に休養をとらせるなど、人事とロジスティックに当たる面も指導した。
チームマネジメントの鑑みたいな話である。
自衛隊の将校全員が、そうした能力を持つのかどうかはわからないが、少なくても作戦遂行のために必要な全体の要素を把握して、そのマネジメントを行える人物だったのだろう。過去の失敗を分析し、論理立てて考えることができたのだ。考えてみれば、軍事作戦の参謀は、あらゆる分野に通じて目を配れないと、作戦が組めない。
今、日本に必要なのは、本当の意味でのゼネラリストかもしれない、と思う。各分野を広く把握して、それを総合的に見る能力。そしてマネジメントする能力。いわば、力によるリーダーシップではなく、柔らかなリーダーシップではないか。
日本社会は、もともとゼネラリストの養成ばかりやっていると言われてきた。官僚が典型で、2、3年ごとに部署を移動させるのも、省内の仕事全般をわからせようという意図からだろう。
スペシャリストが育たないことが、官僚の弱点でもあったのだ。
しかし、本当は広く浅く各部署を知っているだけなんて、ゼネラリストでもなんでもない。省庁内の異動だけでは、中途半端なゼネラリストと、中途半端なスペシャリストの間だ。
必要なのは、もっと広く様々な分野をまとめ上げることだから。その能力がなければ、素人に毛の生えた「生兵法は怪我の元」人材にしかならない。
そして、本当のスペシャリストを働きやすくする役割がリーダーシップである。コーディネート役の重要性を知るべきだ。トップダウン型のリーダーは、必ず失敗するだろう。
林政を例に取れば、日本各地、世界各地の林業事情を把握して、それを分析した上で、日本全体として林業を成り立たせるために、各地に落とし込む作業が必要だ。
数々の失敗にパニックとなり、何をやっていいのかわからず、部分的な成功例だけを見て「ドイツだ、ドイツがいい」と飛びついて真似ることではない。
ドイツもいいが、その応用が効くのは、この地域だけ。こちらはスイス式を、あちらはフランス式で、この中山間地は東南アジアのアグロフォレストリーが似合うのではないか……と、振り分けたうえで、それらの生産物を流通させる全国規模の市場をつくる手立てが必要だ。そのうえで、各地を指導する。説得する。後方支援もする。
補助金ぶら下げて、言うことを聞かせようというのは、武力をちらつかせて従わせようとするのと同じで、下の下の策だろう。説得する際の一要素にすぎない。
もし自衛隊に、軟らかなリーダーシップが採れる人材が育っているのなら、国の政治を任せたい誘惑にかられるね。
« 奉天会戦と土倉家 | トップページ | 四半世紀の時を越えて »
「森林学・モノローグ」カテゴリの記事
- 本日も…呪いの廃神社(2023.03.22)
- 最凶パワースポットの呪い(2023.03.21)
- 離島の思い出~黄島(2023.03.16)
- 読まずに書く「マザーツリー」論(2023.03.14)
- 木馬の再現実験をした頃(2023.03.12)
元ネタは,会員登録していないと全文は読めないかもしれませんが
「池上彰 学問のススメ」(池上氏のインタビュー連載)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20111212/225122/">野田首相は化けるかもしれない?御厨貴・東京大学先端科学技術研究センター教授に聞く
ですね.例のくだりは2,3ページ目なので読めない人もいるのかも.
日経ビジネスは役人を叩きまくってきたという個人的な印象があるのですが,いくらなんでも政治主導をスローガンとした官僚排斥ばかりではうまくいかんだろう,というインタビューを載せることもあるんですね.
投稿: あがたし | 2011/12/20 18:59
このインタビュー全体に賛意を示すわけではない(とくに野田首相の評価は首を傾げる)けれど、情報として面白いですね。
東大生に官僚指向がなくなったというのも本当ですか?
投稿: 田中淳夫 | 2011/12/20 21:21
この自衛隊員のエピソード、マネージャーとしては当然のレベルでは無いでしょうか。
この程度の働きがニュースになるって、現状は暗いなというのが感想です。
このエピソードの切り口は、「ゼネラリスト or スペシャリスト」ではなくて、「マネージャー or プレイヤー」だと思います。
マネージャーとしての能力を体系的に教育することが求められているのではないでしょうか。
MBAは、高級なマネジャー教育というのが私の認識です。
投稿: か | 2011/12/20 22:49
官僚に、自分がマネージャーという役割を担う意識はないでしょうね。スペシャリストになりたいんじゃないですか。
投稿: 田中淳夫 | 2011/12/20 23:20