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2012年1月

2012/01/31

林業は、性善説か性悪説か…

現在、日本の林業が成り立たないのは、木材価格が安すぎるためと言われている。

一方、今の木材価格は国際標準で、高くなることを期待できないとも言われている。

どちらも事実なのだが、では、どうしたらよいのか。日本の物価水準だと、国際価格と同じ額では、林業家の生活は成り立たないし、山村経済は疲弊するし、再造林も進まず山も荒れる。無理に低コスト施業にしたら、より荒れる。

そこで、木材商品価格を上げることを考えねばならない、というのが私なりの結論であった。

素材としての価格は上がらないが、最終商品の価格は商品の出来次第で変わる。それが住宅にしろ家具にしろ小さなグッズにしろ、デザインがよくて機能も高ければ、それなりの価格を付けても売れる。また加工コストの中に木材生産コストを紛れ込ませることも可能だろう。

だが、ここで壁にぶつかるのだ。

もし山主と造林-伐採搬出の施業担当者、さらに製材から商品加工までの工程を、同じ業者がやっているのなら可能かもしれない。自分の山から木を出して、商品化して販売するまでのコストをトータルで計算し、利益はオーナーのさじ加減で各分野に分配すればよい。
それを「大林業」構想として提言した。

実際、その路線を取ったのは、根羽村のトータル林業や、西粟倉村の「森の学校」などだ。山の管理から伐採搬出、そして住宅建設までをつなげて見せたのだ。これは、小さくまとまりのある村だからできた面はある。同じことは、潜在的には住友林業のような山林を所有し、住宅など最終商品づくりもしている大企業も可能だろう。

が、ほとんどの山主、林業家は、そうした大林業化に到達できていない。小規模・個人では、森づくりから伐採搬出、建築木工までを網羅する人材が足りないのだ。ある程度の規模がないと、物理的に大林業化できない。

そこで、提携してネットワークをつくるという道がある。自身で全分野を仕切るのは無理だから、上流の森づくりから伐採までの担当者、下流の製材所、建築家などが提携して木材を扱う。

優秀なデザイナーが、高く売れる住宅や家具を設計し、そこで上げた利益を、山元に還元する……。

本当にそうなるだろうか? デザイナーなり販売業者は、商品を高く売るノウハウを持っているとして、その利益を提携した各業者にちゃんと分配するだろうか? 自分の利益を削って……。

それって、ものすごく性善説に立っているよね(~_~;)。

最終商品の売り先を握っている者が、素材や加工業者に高い金を払うインセンティブはない。木材も安く買いたたいて、加工も幾社も見積もりで天秤かけて、もっとも安くできる業者に発注すればよい。そうしたら、高く売って得た利益は、多くを自分の懐に入れられる

これは、性悪説だ(⌒ー⌒)。

もちろん、高く売れる理由に、産地や加工技術も加味されていたら、一定の抑制要因にはなるが、それだって抜け道はいっぱいある。やっぱり、私は性悪説かな。

山主、造林業者、素材生産業者、製材業者、建築業者……みんなを、絶対的に信じ合える関係にする方法はあるだろうか。仲がよいというだけではなく、ギブアンドテイクの関係を築いて、諸条件を契約に詰めて守らせるだけの強制力を持たせなければなるまい。

今は、それぞれが相手を出し抜くことばかり考えているように思える。

 

林業は、性善説と性悪説、どちらに立つ?

2012/01/30

本多静六の「赤松亡国論」

今いじっている自らの原稿は、あまりに分量が多すぎて、約半分に削らなくてはならないことになった。

半分だよ、半分! 涙、涙、である(;_;)。

これは少々の文章の書き換えでは、間に合わない。そこで、バッサリ伐り捨てる部分が必要となる。書くのに何日もかかったところを、バッサリである。涙涙涙。

もったいないので、少しだけ、ブログに要約転載することにした(^o^)。

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本多静六の「赤松亡国論」

きっかけは、一九〇〇年(明治三三年)に「東洋学芸雑誌」に発表した「我国地力ノ衰弱ト赤松」と題する一文である。これは学術論文とは違って、世間に警告を発する意見書の類だった。これがセンセーションを巻き起こしたのである。

その示すところは、日本の土壌と植生の関係を解説しつつアカマツが繁茂することの意味を説いたものである。

本多の説く植生学に沿って要約すると、一般の森林は水平分布と垂直分布があって、本来そこには気候に合わせて暖帯地域ならシイ・カシ林、温帯地域はブナ・ミズナラ、シオジなどが繁る。こうした本来ある森林の林相を第一期天然林相と呼ぶ。

ところが、この天然林が乱伐されると、暖帯地域の場合は常緑広葉樹は減少してクヌギ、コナラ、ハンノキなど明るい土地に育つ陽樹の落葉広葉樹が生えて雑木林になる。これを第二期林相とする。

 この雑木林がさらに乱伐されたり、落葉や下草を採取されると、腐葉土が失われ、土地は乾燥して地力が減退してしまう。そのため雑木林が衰えて林相は疎になる。また野火によって度々焼かれて木々が失われる。そこに生えてくるのがアカマツだ。
 アカマツは、明るい痩せた土地を好むが、本来は岩の上や土砂崩れの跡地などにしか生えない。ところが山が荒れて土壌が失われてくると、アカマツが盛んに生えるのである。これを第三期林相という。

 このアカマツの第三期林相も、乱伐と野火を防げば、再び第二期林相、そして第一期林相へと復旧することができるが、アカマツ林をさらに乱伐したり、落葉・下草の採取を続けると、アカマツそのものも衰弱して生長が止まってしまう。そして病害虫などでわずかに残ったマツ林も枯死していくと、土壌は流出して河川を埋め、水源枯渇するなど土地は荒廃してしまう。これがアカマツも生育できないほどの禿地の露出した第四期林相だ。

そうなると毎年洪水と旱魃に見舞われ、農工業も成り立たなくなる。そして国土の荒廃と国家の疲弊が進む……。アカマツは、そうなる一歩手前の林相なのだから、決して喜ぶ状況ではない。

長く「赤松亡国論」は有名になり、本多の肩書にさえなった。一時期は、本多アカマツ氏というニックネームまで付いたという。

そのため妙な誤解も生れたそうだ。アカマツを残しておくと国が滅びると、庭や小学校や神社などにあるアカマツの大木を切り倒す例がたくさん報告されている。なかには地方の大地主が、四〇町歩ものアカマツ林を伐り尽くしてしまうようなことまで行われた。

もちろん本多が論じたアカマツ問題は、アカマツという樹種に問題があるのではない。アカマツしか生えないほど乱伐を続けた日本の国土を問題としているのであり、アカマツ自体は有用であり植生回復の重要なアイテムであることに触れている。

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興味深いのは、「アカマツは荒れた土地の象徴」というのが記事の意図だったのに、世間に広まるに連れて「アカマツが土地を荒らす=国を滅ぼす」に変わってしまった、というか反対の意味に理解する人が絶えなかったこと。原因と結果を取り違えている。

なんか、今でもあるなあ。

地球温暖化問題から林業不振、ツキノワグマの里出没まで、何が原因で、何か結果か取り違えた対応が。

2012/01/29

「今日も林業日和~ナカシマ・アヤの現場日誌」到着!

本当は、じっくり内容を読んでから、満を持して紹介しようと思っていたのよ。

そうしなきゃ、贈呈受けたのにモッタイナイでしょ。

でも、善は急げ、ということで(笑)、届いたその日に紹介してしまおう。

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今日も林業日和 ~ナカシマ・アヤの現場日誌
     (全国林業普及協会刊 1800円+税)

海外まで公演に出かけるダンサーという華麗な?過去を捨て(^^;)、林業の世界に飛び込んだ女性が、まさに現場で見たこと体験したこと感じたことを記したブログ3年間分をまとめたのが本書である。(ただしブログは途中で移転しているから、前半を今もサイトで読めるかどうかは知らない。)

本書を読んでいないのに、紹介するのかよ、と思った人もいるかもしれないが、私は彼女のブログをほぼ全部読んでいる。しかも本人に取材して、ブログに書けないような裏話も聞いている(^^;)。もしかしたら本にまとめるときに改変した部分もあるかもしれないが、そんなに外していないと思っているから書いちゃうのだよ。

それにしても、若い女性が林業……というだけで、少し前までは異色だった(今でもか。林業が好きです!という「林業女子」と名付けられた女性は増えたけど、まだ林業現場で働く人は極めて少ない。そして縁もゆかりもなく、林業を職業として選んだ人はさらに少なく、その点では、彼女こそ正真正銘、本家本元の林業女子だ)。

だから、生で林業の仕事内容を知ることができるだけでなく、若い女性が田舎で独り暮らしをすることも含めて、バイブル的な役割を果たすだろう。

だから、彼女(のブログ)を通じて、林業に興味を持った人、就森しようと思っていた人、田舎暮らしに憧れを抱いている人……などに与える影響は大きいのではないか。彼女に憧れて林業に就きたいと思った人もいるだろう。が、やっぱり私には無理……と踏みとどまった人もいるに違いない(笑)。

ただひと言付け加えるなら、彼女は安田林業に勤めて、たった3年でものすごく幅の広い仕事に就いている。下刈りや伐り捨て間伐だけでなく、苗づくりも経験しているし、重機を操縦して造材・搬出もやっている。トラックに丸太を積み込んで市場まで運ぶ。また森林施業プランナーの研修も受けているし、チーム・ナカシマを率いて売上計算までしている。決して、チェンソーで木を倒したらオシマイの仕事ではない。

ついでに冬の間は、スキー場でも働いて、インストラクターまでなってしまった。また今年の冬は、木材市場に2週間研修に行くそうだ。これは、もちろん本人の希望である。「材に埋もれたい」というのだから、筋金入りの林業女子だ。

多分、3年程度でこれほど林業全般の仕事を網羅した経験は、男子にはいないだろう。その意味では、幹部候補生待遇だ。いや幹部というより、林業家に育てる強い社長の意志を感じる。仮に、Iターンして林業に就いても、彼女のような仕事が全部できると思わない方がいい。

その意味では、林業そのものを知るためにも、一読オススメする。机上の林業ではない世界が浮かび上がってくるだろう。

……まあ、これぐらい宣伝しておいたら、いいでしょうか。なんたって、ナカシマさん本人の手紙に、ハートマーク付きで「宣伝宜しくね♡」と書かれたんもんだから。。。

ともあれ、興味を持ったら、サイドバーの最上段・「今日も林業日和」をクリック。Amazonに飛びます(^o^)。

※追伸  彼女が「お婿さん募集中」という記事を、何年か前に本ブログに書いたところ、いまだに反応があって立候補者が現れる。立候補したければ、まず本書を読みなさい。

2012/01/28

『森林異変』書評・グリーンパワー

忘れたころに・・・と言っては失礼だが、『森林異変』の書評が、「グリーンパワー」2月号に載った。

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最近、自著の書評チェックを怠っているので、偶然読んでいて見つけて驚いた(笑)。

でも、驚いたのは、書評に紹介されている『森林異変』の内容を、私は感心しながら読んだことだ。オイオイ

へえ、こんなこと書いてある本なのか……。

すでに自分が執筆した内容を忘れているんじゃないかと、ふと我に返って怖くなった。
いかん、アルツハイマーであるまいし。

ついでに面白く思ったのは、

林政ジャーナリストの肩書で、井原俊一氏の記事が、

林材ライターの肩書で、赤堀楠雄氏の記事が載っていたことだ。

で、森林ジャーナリストの肩書の私が……。

どうやら、「日本唯一の森林ジャーナリスト」の肩書は、守られているようだ。

2012/01/26

ツキノワグマの生息数が激増?

以前から幾度か記してきたが、ツキノワグマの生息数が怪しい。

一般には減っているとばかり喧伝されて、ウルサイ熊の保護団体もたくさんあるが、実際は増えているんじゃないか、と言われてきた。

そこに出た、長野県の調査結果。

それによると、昨年2011年の長野県内のツキノワグマの推定生息数は、3624頭。この数は、10年前の8割増だという。2001年は1913頭だったのが、06年が2771頭になり、とうとう3000頭を超えたわけだ。

http://www.shinmai.co.jp/news/20120125/KT120124ATI090012000.html

実は、各地で増えているという報告は多いのだが、具体的な生息数の調査結果があまり出てこない。これを機に、全国で進めてほしい。そして、そろそろクマ問題の基本的前提をはっきりさせてほしい。

被害が多いのはクマの数が増えたからか、クマが奥山に棲めなくなり里に来たからか。

ただ、気になるのは推定方法だ。どうやら捕獲数や目撃情報を基に算出するらしい。あんまり精度が高いように思えない。たくさん捕獲したら、自動的にたくさん生息していることになるが、それこそ某クマ保護団体の思うつぼである。

もっと、しっかりした目視やDNA鑑定も含めてやってほしいものだ。

もし、全国でやっている地域があったら、教えてほしい。

2012/01/25

工芸系の里山資源と植生

先に里山資本主義という言葉を紹介したが、これは里山という近隣の資源を資本とする、という考え方に成り立っている。

実際、里山とは人間の活動で生まれた地域であり、またその植生を始めとする生態系も、人間の生産活動に随分影響を受けている。

とくに米作・畑作を始めとする農業は間違いなく大きかったほか、雑木林の草木が、薪や木炭、そして落ち葉などが燃料と肥料として使われたことが知られている。

が、意外と忘れられがちなのは、工芸用の樹木系資源だ。今は、ほとんど姿を消した里山資源がたくさんある。

たとえば、漆工芸は、英語で「japan ware」と言う。漆器は、縄文時代から生産されており、世界最古だ。そしてかつて日本のお家芸の工芸品であり、海外にも多く輸出されたのだ。それだけにウルシの栽培も盛んだった。
江戸時代はとくに漆栽培がさかんで、里山には漆がたくさん植えられていたから、それが植生としての意味かあっただろう。

そして、明治以降は生糸生産が盛んになり、そのための養蚕用のクワ栽培も盛んになった。こちらの最盛期は、1930年の71万4000ヘクタールである。この面積は、国土の2%ほどを占めるのだから、植生としては大変な割合を占めていたことになる。

そのほか、和紙の原料であるコウゾ・ミツマタ、ガンピなども里山で生産された。こちらは人工林の林床でも栽培されたから、面積がわかりにくいが、生態系への影響は小さくないだろう。

このように考えると、江戸~明治時代の里山で大きな割合を占めた植生が、現代の里山にはほとんど消えていることに気づく。クワなど5000ヘクタールくらいしかない。当然、植生がすっかり変わったことになる。

そうすると、どこの里山の潜在自然植生は、落葉樹林か照葉樹林か、なんて議論する前に地域の生産作物について考えないといけないのではなかろうか。

そして、もう一つ重要なのは、需要が高まると、原材料の輸入が始まることだ。たとえば、現在の和紙は、ほとんど中国産の材料を使っている。そして漆もそうだ。

最近の研究によると、江戸時代には漆器の大量生産のため、東南アジアの漆(チチオール)を輸入していたらしいことがわかっている。日本の漆(ウルシオール)と成分が違っている。

そして、現在生産されている漆器のほとんどはチチオールやラッコール(台湾、ベトナム系)の漆を使っているらしい。国産漆は、ほとんど生産されていないのだ。

もしかしたら、「里山」という括りで一つの地域を見ると、とんでもない勘違いをしてしまうかもしれない。これまでは、気候や人為で破壊された後の代替え植生という面でみていたが、もっと積極的に人間が植生を意識して変化させたことも考えておかねばならない。

2012/01/24

ホームセンターの吉野杉

雨の日は、散歩に出られない。が、家に籠もっていると気が滅入る。

で、考えたのが大店舗巡り(^o^)。

スーパーマーケットやホームセンターや電器店や本屋など、できる限り大型店舗を訪ねて、店内を歩き回るのである・・・。まあ、人もいるし、何より商品が並んでいて目に入るから、いろいろ雑念が浮かんで、街の路地や森を歩いているようにはならないが、とりあえず運動にはなるだろうという、いじましい試み。

で、ホームセンターで見かけたのが、吉野杉の板であった。

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わざわざ吉野杉と名打っているし、価格もほかの木材より高めだし、吉野杉ブランドは健在なんだなあ、と感心するものの、この木、本当に吉野杉……? という気持ちもチラホラ。

見てのとおり、赤身というほど色はよくないし、木目も巨大な節があるうえ荒いではないか。

ホームセンターで、あえて偽物を並べる必要もあるまい。おそらく吉野のスギ材(少なくても、吉野の木材市場を通している)であることに間違いはないだろうが、元は間伐材か手入れ不足の森から伐りだしたものだろう。

吉野からも当然ながら並材が出荷されているが、そうした品質のものは、これまで吉野杉を名のらなかったものなんだが、ホームセンターは、あえて「吉野杉!」 と呼ぶのだろう。

しかし、樹齢100年以上の国産優良材と言われるとなあ……。

それにしても、(赤特一等)だそうだ。そして<おすすめポイント>として

・無塗装で使用できる高い耐久性

・水気に強い赤身(心材)の天然乾燥材を使用

・国産のレッドシダー材としてオススメ

と並ぶ。うーむ。国産のレッドシダー材って???

ホームセンター業界は、まだまだ謎が多い(笑)。

2012/01/23

書店2列陳列!

北海道の友人よりメールで写真が送られてきた。

紀伊國屋書店札幌本店の2階林業コーナーだそうである。

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わかるだろうか。なんと『日本人が知っておきたい森林の新常識』が、表紙を2列に陳列されているのである!

出版して数カ月たって、この扱い。嬉しいなあ。

えらいぞ、紀伊国屋書店札幌本店!!  ありがとう、書店子!!

この棚には、ほかに梶山恵司著の『日本の林業はよみがえる』なども並ぶが、隣の『木育の本』にも注目。実は、この写真を送ってくれたのは、この本の著者(の一人)である。

で、彼は、また新著を出版したそうだ。

・タイトル:『一生つきあえる木の家具と器  関西の木工家26人の工房から
・著者:西川栄明
・発行:誠文堂新光社
・発売:2012年1月20日ごろより、全国主要書店やアマゾンなどのネット書店で発売
・定価:1890円(税込)
・体裁など:B5判変型、本文176p(オールカラー)
・内容:
関西地方に在住し、木を素材にしてものづくりしている人たち(木工作家、木漆工芸家、クラフト作家、木のおもちゃ作家、楽器製作者など)の、作品への思い、人となり、ものづくりの考え方などを紹介。
http://www.seibundo-shinkosha.net/products/detail.php?product_id=3310

まだ私は、書店で発見していない。やっぱりこの手の本は、ネットでは様子がわからないから、手にとって見たいものだ。

2012/01/22

ブータンと林業機械

昨秋の国王来日以降、ちょっとしたブータンブームが起きている。次々とブータンに関する本は出版されるわ、ブータンに行く観光客は倍増しているそうだ。

私にとって、ブータンは高校時代の「秘境ブータン」(仲尾佐助著)以来の憧れの地である。

ブータンは照葉樹林文化の原点であり、日本文化の起源? みたいなところもあり、青いケシが咲き、何より山間に隠れたシャングリラみたいな位置づけも興味をそそる。もちろん、昨今知られ始めたGNH(Gross National Happiness 国民総幸福量)という発想も、近代文明に大きなテーゼを投げかけたかもしれない。

私も幾度か訪問を考えたことがある(数年前、知人がシルバーボランティアで赴任した時が一番チャンスだったのに、私は諸般の事情であきらめた(T-T)。それに、入国手続きの難しさであきらめた記憶がある(^^;)。今は簡単になったそうだけど。

さて、そんなわけで私の心の中では、ブータンはわりと昔から比重が大きいのだけど、そんな私に、突然ブータン関係で問い合わせが寄せられた。

それはブータンを支援するNGOからなのだが、箸づくりの機械とか、辺境の集落で使える機械についてのものだった。

それで、はっと気がついたね。ブータンは山国であり、森林資源もある。そこで日本向きの木材商品を作らせることで、フェアトレードの可能性があるのだ。また隔絶した山間の集落には、林業機械が役立つのではないか。

ブータンで割り箸づくりができるかどうかは別として、現地の木工技術を調査する価値があるのではないか。もしかしたら掘り出し物が見つかるかもしれない。

そして、道路のない(引けないような地形の)隔絶集落には、索道やモノレールが役立つのではないか。
ケーブルや貨物・乗用モノレールは、物資輸送だけでなく、人の移動にだって役立つだろう。無理に道を開削したら、自然破壊になることを現地は恐れているようだ。

もちろん重機だって、単なるブルドーザーより幅広く使えそうだし、木質バイオマス機器で効率よく熱を発生させたり発電できるかもしれない。

林業機械は、山国の生活機器としての可能性を秘めている

日本の林業機器メーカーも、縮む国内林業需要を狙うより、海外援助に目を向けないだろうか。もちろん大儲けできる事案ではないが、発展途上国の山間部に援助することで、大きな人的交流を生み出すことになる。それは、ビジネスとしてもチャンスを生み出す可能性もあるが、もっと大きなモチベーションやGCH(企業総幸福量)を大きくするのではないか(笑)。

企業も、売上や経常利益、純益ばかりではかるのではなく、経営者・従業員の幸福指数を計測したらよい。やる気の出る仕事は満足度の高い仕事であり、それは会社の質と利益率にも影響を与えるはずだ。

ところでツイッターの世界でも、ブータンの首相フェローを務めた@mtamacoこと、御手洗さんのツイートが面白い。とくに最近「ブータンの人が本質を見極める力が強いのは、適度ななまけものだからかもしれない」という発言には目からウロコ。

、「適度になまけものだと、大事なことはなにかをよく考えるようになる気がする。なにが本質的で、なには瑣末で表面的なことか

そして、日本の教育は、例外を覚えさせたり、細かい誤りを探させることばかりしているから、全体像がつかめなくなる、という指摘はすごい。

先に学者のプレゼン下手は、例外まで注釈して、間違いを口にしたくない意識が話をわかりにくくする……ということに通じるのではないか。そう、完璧をめざすことで全体像・本質が伝わりにくくなるのだ。

ともかく、林業機械を林業だけでなく利用することを考えれば、別の世界が広がるような気がする。

2012/01/21

木材は建築からの撤退を

林業を抜本的に改革する、という言葉を耳にすることがある。

その場合、何を改革するべきか。既成の概念を打ち破るのか。

たとえば林業の造林方法を変えるのか、伐採・搬出方法を変えるのか。いやいや流通を変える?そもそも林業で生産するべきものを見直す?

そう考えているうちに、林業界の主要な目的を建築材の生産とする思い込みが間違っているのではないか、と思いついた。

言い換えると、木材の主な使い道は建築だという思い込みが、林業を衰退させているのではないかと推論するに至ったのである。

たしかに古来の林業は、常に建築物に使われるものとして想定されてきた。もちろん燃料としても重要だが、その場合は枝葉でよかった。ある程度の太さを求めて木を伐採&育てる場合は、やはり宮殿なり神社仏閣なり住居の建材としての需要だったのだ。

それは今に至るまで続き、世界中で木材の利用法と言えば、まず建築物だった。それが量的にもイチバン多かったのだ。石造の建造物も、木材がないから仕方なしに石を代用したものであった。(ギリシャのパルテノン宮殿などエンタシス型柱も、本来は木製だったとか。)

だが、もはや木材の建材としての優位性は崩れている。石よりはるかに使いやすいコンクリート(セメント)が生まれ、鉄骨など金属建材が生まれ、合成樹脂やらも新しい建材として広がってきた。

それらの素材が木材と張り合うと、木材は素材として負ける。寸法は限られているし、強度もイマイチだし、加工できる形にも制限がある。何より生産に長時間かかって安定しない。それらの欠点は、コンクリートや金属素材にはなく、むしろ得意分野だ。

結局、素材としてのライバルが増えれば増えるほど、価格は落ちていく。世界中で木材は、価格下落の波にさらされているのだ。
これまで森林が減少したら木材の供給量が落ち、その分価格が上がるだろうと期待?する向きもあったのだが、資源量が減れば減るほど安定供給できないだろうと見捨てられ、逆に価格は落ちていったのだ。

では、今後どうすべきか。

まず、木材の使い道として、建築業界から撤退しよう。コンクリートや鉄骨や合成樹脂素材などと同じ土俵で戦ってはダメだ。

代わって、木材が得意な、木材しかできないような用途の分野に特化する。それは、おそらく五感と情操面に関わる分野だ。そのうえで価格を上昇させる。

たとえば包装紙(木)に特化する。紙ではなく、木を折って畳んで張り付ける商品にする。あるいは布の代わりに木で服飾をつくる。世間にあるものを何でも木で包み込んでしまう。
そうなれば木目が町に溢れて、常に木に触れるようになる。その裏はコンクリートや金属であることを忘れるだろう。

そして、伐採する木の量は少なく、高付加価値高利益の分野に育てることだ。
そうすれば、森林を減らさず十分な利益を得ることができる

経済のグローバル化の中で、業界NO.1のメーカーだけが市場を握れると指摘された。価格決定権を持ち、業界ルールを決めるのは、NO.1企業だけなのだ。

なんでも製造できます、というのは自慢にならなくなった。小売店も、デパートや総合スーパーは衰退して、専門店が勢いを増している。家電もパソコンもみんなNO.1だけが利益を出しているのだ。

 

そこまで極端でなくても、木材も進むべき道を変えるべきではないか。

……そして、建築構造材から木材が消えたとき、初めて世間は木材の建材としての価値に築くのかもしれない。

2012/01/20

講演稿起こし

このところ、私が呼ばれた講演の主催者から、講演のテープ起こしが届くことが続いている。

ようするに「講演録」を製作するから、原稿のチェックを、という依頼である。

私は、原則として講演では、「その場限り」ということでしゃべっている(~_~;)。記録を残すとなると、声が震える……いや声が出ないかもしれない。オイオイ

いやはや、困るんだよなあ。結構口が滑っているからなあ。

でも、このように原稿をチェックできるなら、当然、読める内容に直さないといけません(^^ゞ。
まあ、ゼロから書き直すわけには行かないのだけど、それなりに内容を吟味して、間違いを残さないようにしなくては。

それにマジメな話。講演ではパワーポイントを使ってヴィジュアルもあるから、原稿だけで説明するのは厄介だ。もちろん写真などの挿入が可能なら、ある程度は入れるが、全部は無理だから、文章で補わねばならない。

というわけで、大変なのだよ(^o^)。稿料入る原稿でもないのに・・・。

2012/01/19

クスノキの鳥居

今日は、NHKで興味深い木に関する番組が2つもあった。

一つは、夜の『地球イチバン』。タイトルは「イチバン広い杉の森とふしぎな暮らし」で、中国のトン族を紹介している。もう一つが、『あさイチ』。

今日は、『あさイチ』の方を紹介したい。このNHK番のワイドショー、なんかぶっ飛んでいて最近のお気に入り(^o^)なのだが、そこで取り上げたのが、広島の厳島神社。この海に浮かぶ神社は、木造建築の点からも、非常に興味深いことを紹介していた。

なかでも、鳥居はすごい。木製鳥居としては日本最大、ということは世界最大なのだ(^o^)。

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高さは16メートル。重量は約60トンだそうだ。とくに根元は埋めてあるのではなく、自重で立てている。言われてみれば、単に2本の柱だけでなく、袖柱があってバランスを取りやすくしているし、横木の中に、石を詰めて加重しているそうだ。

が、私にとって注目したのは、材質が無垢のクスノキだというのだ。主柱は樹齢500~600年のクスノキの自然木で作られているという。たしかによく見ると、柱部分は凸凹。海水に浸かっても、よく長持ちしている。
樟脳を含むクスノキは腐りにくいが、それでも数百年に1度は建て直すため、現代は8代目にあたる。

しかし、そんな簡単に20メートル近いまっすぐな幹のクスノキは見つからない。クスは、枝を横に伸ばしやすいから、単に巨木なだけではないのだ。現在の鳥居を建立するときは20年近く材料を探したという。たしか100年以上経っているとか言っていたかな。

日本唯一の木造鳥居の専門店の方、クスノキの鳥居は扱っていますか?

そのため、今は300年先を見据えてクスノキの植林を始めているそうだ。苗を育てて、それも側枝を伐ってまっすぐ育つようにしつけてから、山に植えるらしい。

根気がいるというか、通常の林業よりはるかに長伐期・・・・。

クスノキの材は、その香りから香木扱いされたうえ、材も緻密なため、仏像の材料にされてきたことは知っていたが、建造物の素材としてはあまり考えなかった。しかし、腐りにくく香りもよく、強度などもよいだろうから、なかなかの逸材ではないか。

街路樹や公園などに太いクスノキがあるから、今後はそれらの利用も視野に入ってくるのではないか。

そういえば、先日、戦前の沖縄ではクスノキが植林されていたと聞いた。また、土倉庄三郎の次男・龍治郎が、台湾で展開した樟脳生産事業の資料を読んだ。天然のクスノキを伐採して、枝葉や材から樟脳を抽出していたのである。樟脳は、単なる防虫剤ではなく、貴重な薬剤だったのだ。

そんなわけで、俄然クスノキに興味が湧きだしたのである。

2012/01/18

学者と一般人の相互誤解

このところ、学者のプレゼンや研究発表を聴く機会が幾度か会ったのだが、概してわかりにくい。そして、気分が盛り上がらない(-_-)。

その原因を考察してみると、まず専門用語が多すぎることがある。かろうじてわかる言葉だったとしても、その言葉の意味を頭の隅で反芻したりするものだから、妙に引っかかって全体の理解を妨げがちだ。

だが、もっと根本的な理由に気がついた。

それは学者の言葉が、あまりに事物・現象を正確に示そうと、数々の例外事象まで触れて、回りくどくなることだ。
研究に従事している者は、断言することを恐れるのだ。一つの事象を説明しようとして、でも条件がちがうとそうじゃない場合もあるよな、と思うのか、それにも触れて「~~の条件下では●○なりますが、そうでない場合は△▲になります」なんて、やたら複文節を繰り返してしまう。結果として、わかりにくいうえに、迫力がなく、テーマが拡散しがちだ。そのうえ、「~という場合が見られる」「~になる可能性がある」「~が考えられる」などと、婉曲に表現されると聴く方は、どこまで信じてもいいの? という気分にされるのだ。

実験・研究の現場では、数々の条件を設定した上で、比較対象しつつ理詰めで結果を導こうとしているからだろうが、このような展開のプレゼンは、一般人にとってつまらない。条件ばかりが示されて、今回の実験結果はたまたまで、普遍化できませんよ、と言われている気になる。

これは、学者が、外野から「そうでない例もある」と突っ込まれるリスクを負わないようにしているからではないだろうか。物事をきっちりしたい性分の人が多くて、大雑把な表現もイヤなのだろう。自ら提示した研究に間違いや異論を指摘されたら、学者として失格だという思いもあるのだろう。しかし、さまざまな可能性を吟味しているうちに、結論を示すのはどんどん遅くなっていく。

 
ここで話を変えるようだが、近年の一般人が求める情報は、事象の明快な答であり、それに対する処方箋である。細かな経緯や分析などは興味を持たなくなっている。

マスコミ業界に顕著だが、長々と研究の過程と分析内容を説明するような本は売れず、テレビは視聴率を稼げない。ずばり、処方箋はこうです、貴方はこのように行動すべきです、と断言することを求めている。

放射線は危険なのはコレコレのわけで、このような場合は危険で、というプロセスを書くより、危険な放射線から身を守るためには、このように行動しなさい、と断言調に書かれた本・記事が求められるのだ。

本当にそれが正しい方策なの? と疑問を持つのはダサイ。事象はこうだから、どうすべきか自分で考えようと提案されるのもカッタルイ。理解しようとするのではなく、自分がどうすべきか全部、教えてくれ! と要求しているのだ。

だから、断言型の政治屋が人気を呼ぶ。今の世の中が悪いのは、このせい。だからこうするとよくなる! と断言されると、すっきりする。ああ、その意見に従おうと思考停止できる。
その政策には、こんな副作用があるから慎重に考えねば……などという政治家や学者は嫌われる、というより無視される。ときにかみつかれる。
どうせ、政策の結果が出るのは数年後だから、すぐは白黒はっきりしない。だから、その場では強く断言した者の方に支持が集まるのである。




さて、リスクを取りたくないから断言を避ける学者と、すっぱり処方箋を示して断言してほしがっている一般人。両者が相まみえたら、学者に勝ち目はない。
一般人は、細かな点にこだわって条件をつける学者のいうことを信用しない。
一方で学者は、過程を無視しがちで、専門用語が通じない一般人を厭う。

かくして相互理解どころか、相互不信、相互誤解が進むのである。

……と、まあ、断言調で書いてみました(^o^)。

 

2012/01/17

未知生物の魅力

ここんところ、マジメな思索ばかりしているので……。

ミャンマーのカチン州で、新たなサルが発見されたそうだ。正確には2年ほど前に確認された。発見というか、現地で確認したのは、イギリスの自然保護団体「ファウナ&フローラインターナショナル(FFI)」の調査チーム。

白く薄いあごひげや耳毛、長めの尾などに特徴のあるシシバナザル属の新種で、体長は約1メートルほど。正式名称はまだない。

http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=2011121501&expand#title

http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=2012011603&expand#title

傑作なのは、雨が降るとくしゃみが出るという独特の習性を持つこと。このサルは、唇が分厚く鼻が上を向いている。だから雨粒が鼻の穴に入りやすく、くしゃみをするのだそうだ。雨の日は頭をひざの間に挟み込んで一日を過ごすという……。

21世紀になっても、サルほどの大型哺乳類の新種が発見されるのだね。

実は、インドシナ半島のメコン川流域大メコン圏では、生物の新種がこのところ続々と発見されている。この辺りは、河川や湿地、山地、森林が不規則に広がっており、ミャンマー領ということもあって、これまでほとんど調査が入っていなかった。
それがこのところ調査の解禁が始まったおかげで、発見が相次いでいるのだ。2010年には、200余りの新種が確認された。このサルも、その一つ。 まさに、地球に残された最後の未知のホットスポットだ。

やはり、こうした話題にはワクワクする。

そもそも私は、学生時代にボルネオに初めて訪れたのは、未知であった野生オランウータン調査をすることを目的に掲げていた。まあ、口実でもあったが。

そして、パプアニューギニアのニューブリテン島を訪れたのも、この島にあるダカタウア湖に棲むという怪獣探しが目的だった。その名もルイ(間違えてミゴーという名が広がっていたが)であった。神秘の火山湖に、ネッシー並の巨大未知生物はいるのか?

ま、その顛末は、拙著『不思議の国のメラネシア』を呼んでいただきたい(^^;)。四半世紀も前の出版だけど。その後、テレビ局まで行ったな。

未知の動物を探すのは、探検の一ジャンルにもなっている。実際、探している人も少なくない。日本ならツチノコとかヤマピカリャーなんてのはポピュラーだ。海外なら、やはりネッシーに雪男などだろう。が、想像以上に未知動物は各地に報告されているので、その体験を記事にするのを生業とするノンフィクション作家もいる(^o^)。
ああ、私もできるなら、そちらの世界に行きたかった。小難しい森林や林業のことなんぞ書かずに……。

※追記・「ダカタウア湖」で検索すると、怪獣ミゴーについて、いろいろ載っている。ウィキペディアまで項目ができているとは! しかし、ミゴーとは、現地でトカゲのことであり、マッサライ(精霊)はルイだと何度も繰り返しているのに……。拙著を読んでいない証拠だ(-_-メ)。

2012/01/16

里山資本主義とは経済のブロック化か

里山資本主義という言葉が、登場している。

これは、たしかに藻谷浩介(『デフレの正体』の著者)が言い出したのではないかと思うが、ようするに田舎社会(里山)の資源を元にして産業を活用しよう、という地域活性の理念だ。

具体的には、木質バイオマスの利用である。地域社会で、もっとも外部に依存しているのはエネルギーであり、その購入に資金を流出させている。そこで木質バイオマスを利用することで、資金の流出をストップし地域内に滞留させようという発想である。

ここで、木質バイオマスの利用の難しさをあげつらって、せっかくの意見に水をさそうとは思わない。実は珍しくもないバイオマスエネルギーの利用促進案も、地域資金の流出止めという視点から説明してみせたのが斬新だ。

そして地域資源の利用を「里山資本主義」と名付けたのも、お見事。このネーミングで飛びつく人は少なくない。

そこで、改めて私流に里山資本主義を因数分解してみた。

里山には未利用資源がたくさんあるのは間違いない。これを資本とする発想は面白い。そしてエネルギー需要というもっとも外部へ資金が流れ出しやすい穴を防ぐのである。
エネルギーを自給すると、過当競争がなくなり価格変動が減る。また需給バランスをコントロールできるので、ロスが出にくい。仮に外部から購入する化石燃料や原子力エネルギーの方が安くても、無駄を出さず、安定供給が保証される特典で、差額は十分に補てんされるだろう。

これは、ある意味、経済のブロック化である。グローバル化に対抗して、地域内で経済を回すのだ。

もちろん経済そのものは、開かれている。田舎社会だって、収入を得るためには、外部に資源や労働、サービスを販売しなければならない。すべての物資を自給することもできない。

だがエネルギーは輸送・配給がネックとなり自由競争が似合わない産業だけに、ブロック化に向いている。

つまり、条約・協定や法律のような強制力のあるブロック化ではなく、極めて自然に資源と資本と顧客を囲い込むことができる

たとえて言えば、生協など会員制のスーパーマーケットみたいなものか(笑)。外部の人も売ったり買ったりできるんだけど、会員間にはポイントカードみたいな特典もあって、なかなか外に出て行かないし、よそ者が参入できない。ポイントカードを持っている同士の仲間意識なんかもできちゃうかもしれない。

ソフトな囲い込み。ソフトなブロック化。

そういえば、今年は国際協同組合年。里山資本主義は、協同組合資本主義でもあるのかな。

2012/01/15

日本は林業に向いているか

いや、ふと頭に浮かんだフレーズなんだけど……。

これでブログの記事1本書けるかな、と(~_~;)。

一般に日本は森林が豊かで林業に向いていると思われている。たしかに欧米に比べて温暖で、湿潤。植物の生育にはモッテコイの環境だ。また植物自体の種類も多く、実に多様な樹木・草本が育っている。

これは、林業にもってこいでしょう~。おかげで昔から生活に木製品が息づいてきた。人口も多いから木材需要も多い。細やかな加工をする職人もいる。この数十年だけは木材離れを起こして林業は不振になっているけど、潜在的には日本は林業に向いた国だ!!

と、言いたくなる。が、果たしてそうなのか。

生物多様性が高く、湿潤温暖で植物の生長がいいのは事実だが、それは少数の人間が利用しやすい樹木を育てる林業には向いているとは言えない。むしろ余計な植物の繁茂が目的とする植物を圧迫する確率が高まる。

実際、スギを育てたいと思って苗を山に植えても、勝手に草が繁り、雑木が生えてくる。おかげで下草刈りをしなくてはならないし、除伐として余計を木々を伐採もする手間が必要だ。それは育林コストをはね上げる。

多様な自然は、虫害・病害・獣害も発生させるし、地形の複雑さが育つ木々の生長にばらつきをもたらし、同規格の樹木の量を小規模にする。もちろん面積の少なさも、大規模林家が育ちにくく、経営を厳しくさせる。
加えて搬出の難儀さ、高コスト体質にくもつながる。

また経営上も、50年100年先の経済状況を予測するのは不可能であり、樹木の時間は産業に似合わない。価格下落、山火事、風水害などのリスクも、常に利益を帳消しにする。

山主は、常に支出を求められるから、林業を本業にはできない。必ず別の産業で稼いだ資金を山に投入することで維持してきた。たとえば酒、醤油、味噌などの醸造業や、運輸業から参入したり、鉱工業や通商で稼いだ企業が山に投資している。

ごくわずかな木材高騰の時期は利益を出して、山は金になると思い込みがちだが、それは幻想なのだ。常にほかの産業に支えてもらう生業なのである。

日本の林業は元から不利で、そのままでは成り立たないのだ。……このように考え、まともに経営したら儲からない、破綻するというところに立脚して、対策を練ってみるべきではないか。

これは,最近の経済のグローバル化とかを問題にしているのではない。鎖国していた頃から、林業は採算が合わない産業だった、という視点を持って考えようということである。

昔から、不利だったのだけど、島国で輸入の難しさによって救われ、役物など独特な価値観を育てることで、かろうじて生き延びてきた。が、その価値観が近年崩壊したことで林業は苦しんでいる。

ならば、以下にほかの産業から山に投資させるか、一攫千金の夢を見させて出資させるか、という策略を練る。その金を山村に行き渡らせ環境に還元させる仕組みを構築する。出資者に金銭では十分に還元できない(宝くじ的に、時には儲かる)が、何らかの満足感を与えることで損していない気持ちにさせるのが大切だ。

さしずめIT産業とか、知的サービス業界からの参入に期待したいなあ。

2012/01/14

林業ジャポニズム

先のアーボリカルチャーに出会った時の話である。
名前がアーボリ(樹木?)とカルチャー(文化)なのは、なぜかと感じていた。

ちょうど取材先には、イギリスのアーボリストが訪問していて、彼も日本でビジネスにできないかと模索中だったのだが、お互いが技術やビジネス事象など情報交換していた。

そしてイギリス人は「サムイ」という日本語を使った。寒い? いや、冗談が受けなかったときの状況である(笑)。それに対して、日本人はおでこから後頭部に手をかざして「スルー」と応じた。頭の上を通りすぎていく、というジョークが受けなかった状態のイギリスの表現らしい。

これもカルチャー交換であろうか(^^;)。イギリスで「サムイ」が流行らないかな。日本文化の拡散である。



ちょっとジャポニズムについて調べた。

いや、調べたというほどではないが、執筆している記事の周辺を探るために知識を入れておこうと思ったのだ。

ジャポニズムとは、簡単にいうと19世紀末から20世紀始めにかけて、ヨーロッパに日本の美術品が流れ込んだことによって引き起こした芸術の変革運動である。

ようするに鎖国を解いた幕末から日本の浮世絵や陶磁器といった工芸品などが流出して、それが西欧の美術傾向に多大な影響を与えたのである。
浮世絵なんて、日本では挿絵や広告イラストみたいなB級アートの面もあるのだが、それが西欧に渡ると、人物のしぐさや風景のアングル・シチュエーション、空間構成、そして色調や筆遣いに至るまで欧米には驚きを持って迎えられたのだ。

最初は珍奇なオリエンタリズムだったかもしれないが、あっという間に美術界を席巻して、アールヌーボーや印象派などに変化をもたらす。

もっとも、その時期の日本美術界は、西欧から流れ込んでくる絵画・工芸技法などに押されて浮世絵などは急速に力を失っていくのだから、皮肉というか裏返しの関係なのだろう。

ようは、カルチャーショックである。爛熟して行き詰まりを見せていた文化は、異境の文化・・・日本は西欧の、西欧は日本の文化を取り入れ、ショックを受けたのだ。

文化だけでなく、すべては異質なものと出会うことで、次の発展につなげていく。ただ西欧はジャポニズムを生み出したのに対して、明治の日本は西欧文明に飲み込まれて、独自の世界を構築できたかどうか心もとないが。

林業事情に関しては、まさに鎖国していた日本は、今やとうとうと流れ込む欧米の林業事情に接して飲み込まれようとしている。十分に咀嚼しないまま、機械化を受け入れてしまった。本当は、これを独自の変革運動につなげなくてはならないのだけど。

逆に、日本の林業も輸出すべきではないか。

実は近頃、日本がパラダイスのように思っていたドイツやフィンランドの林業も、すっかり行き詰まっていた…という報告を立て続けに聞いた。日本に紹介されているのは、理想的な状態の部分だけで、ヨーロッパの林業だって価格下落による産業構造の変化に対応仕切れていない(らしい)。だったら、アンチテーゼとして日本がつい最近まで展開してきた「役物」高品質素材路線を紹介してみてはどうだろう。

日本では行き詰まっていても、ヨーロッパに林業ジャポニズムを引き起こすかもしれない。そこに双方の解の公式が隠れているかもしれない。

現代は「ジャポニズム」というと、日本のアニメやオタク文化を指すらしいが、林業だって可能性はあるかも。なぜなら、情報化時代にもかかわらず、ほとんど海外では知られていないから。そして落差が大きいから。落差の大きさはカルチャーショックを引き起こす大きな要因だ。

木目の美しさによって、木材価格を10倍にすることが世界的な運動になれば素敵なのだが。

2012/01/13

肩上げ曳き出し

今年も、シイタケの原木を伐り出した。私が原木担当で、父が駒打ちをする。

今回選んだ場所は、かなりの急傾斜。上の方に太さなどがベストのコナラがあった。

久しぶりにチェンソーを持ち出すが、どのようにエンジンかけるかひときしり悩んで(^^;)、斜面をよじ登る。そして、さっさと2本伐り倒した。きれいに谷側に落ちてくれた。

さて、ここから車のある場所までいかに運ぶか。コナラの丸太は結構重い。そのまま引っ張ってもほとんど動かないし、枝などが広がっていて、運べない。かといって、あまり短く玉切りすると、往復しなければならない回数が増える。

そこで、まず枝を払って、だいたい3m程度に刻んだ。全部で5、6本になる。これは、まだ十分に重い。

結局、丸太の端を肩に担いで、もう片方は地面を曳きずるようにした。

これがいい。意外とすいすい運べる。もちろん下りだからであるが、あまり重さを感じないで済んだ。

そして、これは「肩上げ曳き出し」であることに気づいた。

吉野林業全書』に載っている木材運搬法だ。

この本には、明治時代に行われた林業に関わる作業が詳細に図入りで記されているが、なかでも木材運搬にはいくつもの種類が紹介されている。

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まずは、「肩上げ持ち出し」。肩上げとは、人の肩で担ぐことを意味するが、「持ち上げ」は、文字通り持ち上げて運ぶ。一人で、あるいは数人がかりで行うものだ。
一人当たりの作業量は、1回に20貫匁で60丁ほどを往復する。






  

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そして、次に紹介されているのが「肩上げ曳き出し」だ。

これは図のように、小径木数本をまとめるか、あるいは1本だけを曳く。「持ち出し」の約2倍の重量を一人で運べるという。

 
 



私が、行ったのは、後者である。地面を引きずるのだから、抵抗が大きいかと思えば、下りだとたいしたことはないと、体験でわかった。落ち葉や土が滑らせてくれるのである。ただ土壌は荒れるかもしれない。
また平坦なところになったら、いきなり動かなくなる。登りはかなり厳しい。

もっとも、運んだのは10~20m(^^;)だから、まったくたいしたことはない。それでも5、6回往復しただけで汗かいたけど。
私は、平坦なところで、玉切りを行って短く軽くして車に運び込んだ。

ちなみに『全書』には、ほかに「クワン引」や「釣り持ち出し」、「地車出し」、そして「木馬出し」などが紹介されている。木馬だと、坂道500~600貫匁、平坦なところでも300~400貫匁は運べるというから、肩上げの10倍20倍以上。非常に効率が高い。木馬は、当時の革新的な技術だったのである。

もちろん、別に「滑り板出し」(修羅)もあるし、川にたどり着いたら、「管流し」、そして筏流しの細かな作法についても解説されている。

偶然ながら、昔の運搬法のまねごとをしたおかげで、当時の感覚がつかめたよ。

2012/01/12

樹上の林業

アーボリカルチャーの取材に行ってきた。

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アーボリカルチャーとは、極めて簡単に言えば、「高木を扱う園芸的な技術」であるが、欧米で発達して近年日本に入ってきた。
ただ日本では多少意味がずれて「特殊伐採」、つまり高木を周辺に悪影響を与えないように上から伐採する技術かのように理解されがちだ。空師なんて表現も生まれている。


※写真は、伐採のための木登り。

ま、その当たりのことは記事に書くべきことだ。

ともあれ高木に登ることが求められる。はしごや脚立では無理な高所まで手を加えるためにはいかに登るか技術が必要になる。

日本の林業では、木登りと言えば主に枝打ちに必要だった。もっとも枝打ちが古くから行われていた林業地はごくわずかで、全国に広がるのは戦後だろうから底は浅い。あとは実生苗をつくる地域では、種子を取るために木登りすることがあった。これも、ごく一部の林業地だけである。

もっとも、たいていの枝打ち程度ならハシゴでも行えるので、本格的な木登り技術を身につけようとする人はそんなにいない。ときに枝から隣の木の枝へ飛び移る軽業師のような達人も現れるが、技術体系があったわけではなかろう。個人技である。
道具も、多少の爪のある地下足袋などがあったが、発達はしなかった。

むしろ木登り技術が発達したのは、園芸として木を扱う庭師や研究現場だろう。高木の剪定や、樹冠の研究を行うためには、木登りをしなければならなかった。
そこで彼らは、十分な安全と作業性を高めるうちに、ロッククライミングやケイビングのロープテクニックを応用することに気づく。いわゆるSRT(シングルロープテクニック)だ。もちろんシングルだけでないロープの使い方もあるのだが、林業とはちがうところから木登りが注目されている。

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一時期は、樹上にたどり着く手段として、クレーン車を使ったり、ツリータワーと樹上回廊やジャングルジムを建設したり。さらに飛行船の利用……と広がった。

誰でも登れることが重要だとされたのである。

※写真はボルネオの樹上回廊。

だが、最近は元のロープによるクライミングにもどりつつあるようだ。木登りに、大がかりで高コストな方法は似合わないのである。フレキシブルに、必要な際にすぐ行える木登りは、やはりロープなのだろう。

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今やツリークライミングというスポーツ的な要素が加わって、環境教育やレジャーとしても広がりを見せている。

※写真は日比谷公園のツリークライミング。

残念ながら林業分野では、あまり木登りは注目されていない。需要がないのかもしれないが、もっと各分野がクロスオーバーしてもよい気がする。

たとえば、高木の枝葉・花・実の採集を行い、それを生け花や料理のいろどり用に出荷する、なんて職業も生まれないかな、と思う。葉っぱからアロマオイル生産につなげるとか、稀少な樹上性のランを採取して盆栽用に売り出すとか。私の知り合いのツリークライマーは、オランウータンの巣調査を助けにインドネシアまで出かけていた。

林業では幹ばかりに目を向け、枝葉の茂る樹冠はあまり興味を持たないが、枝葉の資源化も考えられないだろうか。

2012/01/10

天皇陵

京都の某所に仕事で出かけた。

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こんなメタセコイヤの並木があるところである。





ここで何をしたかはどーでもよい(^o^)。

問題は、この地の隣に天皇陵があったことである。

「天皇陵に入ることはできないんでしょうかね」
何気なく、そんな質問をした。もちろん、塀に囲まれ、立入禁止の標識があることを知った上での質問である。決して、本気で入ろうとは思っていないのである。

「入れますよ。裏側は塀も途切れているから」
あっさり某所の所長に言われた。

さっそく案内してもらう。

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なるほど、ここは柵もない。いや、正確には柵の残骸はあるけど、壊れている。ここからなら、何の苦労もなく入れてしまうだろう。

「ここは、堀の跡です。完全に水がなくなっているのは珍しいけど、湿地になっています」

「水がなければ、簡単に入れますね」

「入っちゃダメですよ。宮内庁の管理地だから。常駐している人はいませんけど」

もちろん、塀がないからと言って、スタスタ入ることはしない。そんな不埒な。

「入ったら何かあるんでしょうか」

「中に石の塀があって石垣があるんだけど、右の方が高くなっています。そこを登るのは難しいな。入っちゃダメだけど」

「左の方は」

「左は低いですから、すぐに越えられますね。入っちゃダメだけど」

もちろん、入りませんよ。入りません。入らないってば。そんな不埒な。

なぜ、天皇陵にこだわるのか。入っちゃダメと言われるから……というわけではない。

ただ天皇陵は誰もが簡単に入ってはいけないということは、その地がずっと人為を受けずに残されていた可能性がある。
とすれば、そこには潜在自然植生(笑)が甦っているかもしれない。
土壌も、古代に積み上げた土砂のまま攪乱されていないかもしれない。
掘れば、古代の土木技術が解明されるヒントもあるだろう。

ちなみに天皇陵と言っても、指定されたのは明治に入ってから。古代の天皇陵がどこか決めるのはなかなかの難物で、かなり強引に決めたところもあるようだ。
とくに中世の動乱期には荒れ果てていたそうだ。おそらく盗掘もされただろうし、そもそも天皇の墳墓ではないかもしれない。それでも、明治以降は厳密に管理されていたとなると、百数十年間は手つかずだ。これは神社の鎮守の森より原生環境が残っているのではないか。

宮内庁、許可してくれないかなあ。勇気ある人なら、入れるよ。入ってはダメだけど。

2012/01/09

インドの植林事情

ネットで、こんな記事見つけた。

たった一日で植樹された世界一多い木の本数

インドのウッタル・プラデーシュ州(Uttar Pradesh)の70区域、9320箇所に植えられた苗木の数が、1026万6736本。1日に行われた植樹の数としては世界の記録となるようで、現在ギネスからの承認待ちだそう。

これ、7月31日とあるけど、何年かわからない。昨年かなあ。

これ自体はイベントのようだけど、インドも緑化を急いでいる。

現在インドでは、現状24%の樹冠率(森林率?)を国土の3分の1(33%ということか?)を森で覆う植林計画を立てているそうだ。

これまで植林面積では中国がずば抜けているとされてきたけど、インドも本気出したらすごいだろう。なにしろ熱帯だから生長も早い。また中国は人口増加を抑える政策を進めているが、インドはまだまだ激増中。

ほかに、こんなニュースも。

世界で一番古い木は樹齢9950年以上、でも予想外に貧相

この記事の最後に、追記としてスウェーデンで1万年以上たつトウヒが見つかったとある。

2012/01/08

カストリ雑誌とグレート・リセット

カストリ雑誌という言葉を知っているだろうか。

元はカストリ焼酎から来ている。カストリとは酒粕から取った焼酎の意味で、日本酒の搾りかすをもう一度発酵させて、蒸留したものだ。本来は立派な焼酎の種類の一つ。

が、戦争直後に安直な酒としてカストリ焼酎が持て囃された時代があり、そこでは酒粕どころか工業用アルコールを混ぜて作られた。ときにエチルアルコールと限らず毒性の高いメチルアルコールを混ぜて失明者を続出させるなど事件となる。いずれにしても、粗悪な酒の代名詞がカストリ焼酎である。そのため「三合でつぶれる」と言われた。

酒豪なら日本酒三合くらい飲んでも平気だが、カストリ焼酎では動けなくなったのである。

それをシャレに捉えて、3号出すとつぶれる雑誌が、カストリ雑誌である。こちらも粗悪な雑誌を意味して、創刊して3号くらいでつぶれる雑誌だ。元はカストリ焼酎と同じく、終戦直後の混乱期に次々出た雑誌を指した。内容も、主にエログロである。

ただ、今も創刊してすぐつぶれる雑誌をカストリ雑誌と呼ぶ。実は、私も以前関わっていたことがある。エログロではなく焼酎雑誌(^^;)だったが、年間契約で12冊出すことで購読料を先に支払ってもらったのに、途中でリニューアルした途端、つぶれてしまった。

なぜ3号でつぶれるのか。言い換えると、3号までは出るのか。

創刊号は、目新しさでそこそこ売れる。作る側も工夫する。しかし、企画も3号までで尽きてしまうのである。だから以降の号では勢いがなくなり売れなくなる。

実は、同じような意味で、出版業界にはリニューアルした雑誌は、直後につぶれやすい」というジンクスがある。

売れなくなったらりニューアルしようと考える。企画やデザインを練り直し、必死のてこ入れをする。にもかかわらず、リニューアルをきっかけに廃刊になることが多い。あのままの誌面だったら、まだしばらく続いたのに……。

リニューアルは難しい。誌面を変えたら固定読者が離れてしまう。にも関わらず新しい読者が増える保証はない。
同時に、リニューアルすることに残った力を出し尽くて、その後の持続力を失ってしまう面もある。改革とは、持続しないと逆効果なのだ。そのため相当の余力があり、改革誌面が根付くまで支える覚悟がいる。

……そんなことをつらつら書くのは、最近「グレート・リセット」という言葉が流行り出したからだ。とくに橋下徹氏が大阪市長に就任した際に、この言葉を口にしたことでも注目された。

本来は書名である。

「グレート・リセット 新しい経済と社会は大不況から始まる」(リチャード・フロリダ著

実は、私はこの本を全部読んでいない(^^;)。つらつら前書きなどの拾い読みしただけだ。
内容は(おそらく)サブタイトルどおり、不況混乱期にこそ、大改革が行えると古今の例も元に示している(らしい)。ただ、基本的にこのリセットは、政府などトップが主導するものではなく、ボトムの組織から動き出すものとしている(ようだ)。

本来、改革とは不断に続くものであり、沈滞から一気に行うのは破壊的で危険である。雑誌なら読者が、政策なら市民がついてこなくなる。結果、表向きの改革になり、形骸化するからだ。

それだけに、トップがグレート・リセットを唱えて、ボトムの動きを尊重せずに大改革を主導しようとしたら、改革疲れ、リニューアル疲れが出てしまいそうだ。現場が納得しないため、破綻するのである。そして副作用・反作用が発生して、リセットはリセットでも最悪のリセットになりかねない。

現在あちこちで叫ばれている改革の動きが、カストリ政策(3年でつぶれる)になりませんように。

風邪でお休み

いきなり風邪を引いたようです。

昨夜から喉が腫れ、熱はないけど受験生が家にいるため早めに治そうと、ずっと寝ています。

すると、不思議なほど眠れるもんですねえ。

というわけで、お休みです。

2012/01/06

修羅から考える移動経済学

昨日は、経済のグローバル化の根底にある「移動の経済学」を考えたいと記したが、これは難物である。

なにしろ、人の移動は徒歩から始まり、馬などの動物、舟の登場や車の発明によって加速し、やがて動力機関となっていく。現在でもっとも早い乗り物は、人工衛星だろうか。なにしろ地球上空(おそらく一周10万㎞以上)を、1時間ほどで回ることができるのだから。

一方で、情報伝達という移動もある。人が直接運ぶほか、音声から始まり、太鼓などの音、さらに狼煙も視覚を通しての情報伝達に使われただろう。それが一気に電波の利用で大きく拡大する。

それらの動きを経済学的に見るだけでなく、商品価格と移動の関連・条件を探ってみたい。

……ま、そうはいっても一朝一夕には行かない(^o^)。のんびり考えよう。

こんな写真を見て、考察する足しにしよう。

たまたま正月に見かけたのは、古代の修羅を復元したものである。修羅とは、重量物を運ぶ橇の一種。巨石や大木を運んだらしい。林業なら木材を運ぶ木馬に相当するものだ。

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これは昭和53年に大阪の道明寺の寺領内で発掘された修羅2艘を、復元したものである。
写真は、大きい方で長さ8,8m。

本物はアカガシの木で作られていたそうだが、今、アカガシでそんな大木はない。そこでオキナワウラジロガシを使ったそうだ。作ったのは、西岡常一と4人の宮大工。製造道具も古代のチョウナを使用したそうである。

こうした道具で重量物を運んでいた時代の経済を思い起こしてほしい。

2012/01/05

グローバル化と縄文時代の商人

いきなりナンだが、グローバリズムの本質を考えると、遠くからものを運ぶという行為抜きに成り立たないということに気づいた。
世界を均一化して、どこでも同じ基準で、同じものを手にできる……ということは、遠くで作った品を世界中に流通させることが前提だからだ。

これこそ、貿易・交易のスタートだったはずだ。これは、一般論で言えば、決して悪いことではない。新たな情報に接して、これまで地元になかった品を手にできることなのだから。つまりウィンウィンの関係である。

ところが、なぜ現在のグローバル化は、弱肉強食的に、地域ごとの特色を奪い、一部の者が権力も利益も独占する体制を築くことになってしまったのだろうか。

まず、いつから交易という行為が始まったのか。

近年の研究に寄ると、縄文人も交易をしていたらしい。それも、かなり広範囲である。たとえば、石器の中でも黒曜石は非常に重要な素材だが、この産地は限られている。そして、成分分析すると産地がわかるそうだ。

そうしたら長野県の黒曜石が関東一円に広がっていることがわかってきた。これは一人の縄文人が、たまたま移動したレベルではなく、交易で広く流通させたことを想像させる。

さらに三内丸山遺跡から出土した翡翠の産地は、新潟県の糸魚川周辺だったこともわかっている。長距離輸送を行ったのだ。そして、これは長い時間をかけて人の手を通じてリレーのように渡って行ったと考えるよりも、翡翠を扱う商人が遠路運んだと想定した方が無理がない。おそらく貨幣のように、価値ある品として代償物資と交換したのだろう。そこには交換レートみたいなものが必要だし、売り手市場・買い手市場が存在しただろう。

とすると、日本のグローバリズムは、縄文人が発祥ということになる(笑)。

重要なのは、ここで黒曜石や翡翠を運んだ者は、何らかの利益を得たと推測できることだ。言い換えると、運ぶことによって品物の価値を上げたのだ。長野県の交換レートは、ドングリ10キロだったものを関東まで運ぶと20キロになるとか。糸魚川では鮭3匹の翡翠を三内丸山まで持っていくと、クリの実100キロと奴隷が2人オマケでついてくるとか(^^;)。

これは、貿易の原則なのだ。江戸時代だって、ヨーロッパのものが日本に持ってくると数倍の価値になったから、南蛮人は貿易をしたがった。

ところが、現在のグローバリズムにおける物の移動は、なんと遠くから運んだ物の価値の方が地元産品より安くなる。だから地元産品を駆逐できるのだが、利益も低いから量で勝負せざるを得ない。

この移動の経済学については、改めて考察したいと思っているが、これがグローバル化の元凶ではないか。全体の利益は薄くなるから、儲かるのは、ごく一部の人に限られてしまうのだ。だが、動く金が少なければ、経済は縮小に向かうだろう。結果的に世界経済は行き詰まる。一時的に経済をバブル化させて儲かるように見せても、すぐ虚の利益は弾けて消える。

やはり縄文人の商人を見習って、遠くまで運んだものは高く売らねばならぬ。

さて、木材産業のことを考えると、輸送こそがネックである。

木材は重くて嵩張る。鉄や銅などの鉱石も重いが、粉砕して砂のように加工して輸送するから嵩張らないが、木材はそうはいかない。できる限り、太いまま、長いまま山から下ろして、次の工程に進まないければ価値を減ずる。それでいて素材(マテリアル)だから、価格はあまり高くできない。

そう考えたとき、木材ほどグローバル経済に似合わない商品はないのではないか、と気づいた。それなのに、外材を畏れるのは、どうもおかしくはないか。このおかしさを正すところに、ヒントがあるように思える。

この当たりをウィンウィンのグローバル化を考えるトバ口にしたい。

2012/01/04

「土倉庄三郎伝」執筆宣言

正月もすぎたことだし、2012年の抱負を記しておこう。

と言っても、明確なものがあるわけではない。ただ何か宣言しておかないと、また「その時の事情」に流されてしまう恐れがあるので、あえて世間向きに訴えておく。

それは、長年取り組んできた「土倉庄三郎」について、まとめるということだ。すでに荒書きは行っている。

数えてみると、土倉翁に興味を持ち資料収集を始めて、なんと今年で足かけ7年目なのである。

当初は集中的に集めた。実は、このブログでも呼びかけて、どこにあるかわからない資料を探し出してもらったこともあった。
取材もかなり行った。関係者に会って話を聞いたり、縁の地を訪ね歩いた。
そんな成果を、このブログで小出しすることもした。すると、読者から反響もあった。ときに、土倉翁の子孫に当たる方から連絡もいただいている。

にもかかわらずモタモタしているうちに、取材した人の中で鬼籍に入られた方も出てしまった。皆さんの協力を仰いだのに、いまだに終わらないのは申し訳なく思っている。

途中、幾度も中断した大きな理由は、本筋の執筆が増えたことがある。考えたら、『割り箸はもったいない?』に始まって、土倉翁と平行して執筆した本は数多い。やはり近々の森林・林業関係の執筆を優先してしまうので、土倉関係はその度に中断した。もちろん、まだ取材しなければいけない部分はたくさんあって、そのリストまである。こちらも必ず行おう。

そこで、今年こそ、完成させる。ここに宣言しておこう。

ご協力していただいた方、土倉翁に興味を持っていた方、まだ本ブログを目にしていたら、期待してください。その期待が私へのプレッシャーになります……。

……まあ、書き上げても出版の当てがないという致命的(^^;)な問題はあるのだが。

2012/01/03

触りたい…

初詣に出かけた。

実は、昨日も地元・宝山寺を初詣して、御神籤では「吉」を引き当てる。内容はよいのだが、今日もいくつか参って、御神籤を引くと「中吉」であった。少しレベルアップしたことになる。昨年は、3度引いて、「凶」「小吉」「大吉」と末上がりになったことを思い出す。

もう一回引けば、大吉を狙えるか…と、つい考えたが、中吉の上は大吉しかないが、下はいっぱい。今年は高望みせず、中吉で留めておくのが神の思し召しだろう。

これが「中庸の精神」である。常に「ほどほど」「そこそこ」をめざし、そこで止める勇気を持つ。さもないと、どこかにしわ寄せが来るという儒教的教えだ。御神籤にも遊び心が必要だろう。

さて、大阪の道明寺天満宮で見かけたもの。

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なんだか、みんなでペタペタ触りまくっている。







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前から見たら、ウシであった。

治したい部分を触るといい、とある。みんな頭を中心に触りたがるのは、やはり受験の季節だからか。

私は……オナカとセナカを触っておいたけどね(⌒ー⌒)。

天満宮(菅原道真を祀る神社)と言えば、ウシなのである。その由来は諸説あるが、とにかく、そのウシに触ると御利益があるという。

どうせ触られるのが前提なら、木製でつくったらいいのにな。

どうだろう。触りましょう、というただし書きをした「木の品」を、各地に設置したら。触ると御利益、という動機付けだけでなく、触ると血圧下がりますよ、血糖値も改善、α波が出ます……などの説明をしておき、何気にみんな触っていくようにする。公衆道徳のなさに怒りを感じた人、仕事を失敗して落ち込んでいる人、失恋で悲しんでいる人、寂しい人……みんな触っていく木製品を。街中に、いっぱい「触る木」を設置することで街の風景と行き交う人に癒しをもたらす運動は起こせないだろうか。

そういえば、こんな木製品があったな。

Photo




これは2年前の東京・「森林の市」に展示してあったものだが、宮崎県の「杉コレクション」の一品だったっけ? (海杉さん!)

木に抱きつく品だ。

街中に、何気に触り、何気にハグする木。

こんなところから人はハッピーになり、心を落ち着け、再び活力をとりもどし、やがて街の雰囲気も変えていくのではなかろうか。

行政の街づくりとしては、安上がりな手段だと思うけどなあ。

ただし、特効薬的な効果を求めるのではなく、ほどほどに。

2012/01/02

最先端を行く日本

年が明けた。

今年はよい年でありますように。。。そうした言葉が飛び交っている。
昨年、あるいはそれまでの数十年が沈滞していたことの証だろう。

たしかに経済動向一つを取っても、バブル景気に始まり、その崩壊、そして失われた10年と呼ばれる財政赤字を急増させた景気対策の失敗。小泉改革で持ち直したかと思いきや、その反作用のごとく疲弊してしまった国民生活。リーマンショックによる世界不況への突入により、とうとう失われた20年という言葉さえ使われるようになった。
そこに阪神淡路大震災に東日本大震災という大災害と、全国各地で数多くの大地震や噴火、台風風水害、津波……。そこにオウム真理教などの社会的事件が加わり、少子高齢化、地方疲弊、限界集落の進行。。。並べてみると、気が滅入る。

ただ、ふと海外に目を向けると、実は日本が歩んだ道と同じ事例が今の世界に展開されていることに気づく。

中国の景気はバブルに突入して先行きが怪しいのは間違いない。すでに弾けつつあるという意見もある。アメリカのサブプライム問題やアイスランドの財政破綻、そして今またギリシャで起きたことは、まさにバブル崩壊の現象がもたらしたことである。全世界的に進むグローバル化「改革」も、その実験を小泉総理時代に行った。少子化や高齢化の進行も、日本は世界に先駆けている。今後、中国なども猛烈な高齢化社会に突入するし、欧米も含めて逃れがたい傾向である。地域社会の破壊は世界中で進んでいる。
ついでに言えば、震災こそ幾度となく繰り返されたが、今回のような自然災害に原発事故が複合した例ははなく、空前の事例である。

そう考えると、日本は世界の最先端を走り続けてきたのだ、と言えなくもない。ニヒリスティックで皮肉に聞こえるかもしれないが、日本が失われた20年を歩んでしまったのは、最先端の歩みだから真似するモデルケースがなく、その事態からの脱出を試行錯誤したものの誤った政策を選んでしまったから……と解釈してはどうだろう。

そう、日本の歩みは、これまでの歴史にない世界に先駆けた事象であり、そのための苦闘は、世界に先駆けたモデル(ただし、反面教師)なのだ。

だから、世界は今後日本が歩んだ道とよく似たコースをたどる可能性がある。バブルが弾けた欧米は、財政赤字を膨らませるか、グローバル化によって脱出を計った結果、格差が拡大し歴史的に培った社会構造を変質させるかもしれない。

だから、日本の轍を踏まないよう、しっかりと日本の20年を世界に伝えるべきだ。
そして、今の苦境を脱出する方法は、どこかにモデルがあるのではなく、自ら築かねばならないことに気づくべきだ。

それはゼロから新たな思想・新たな理論、新たな政策を生み出せ、と過酷な要求をしているのではない。それこそ古今東西に散らばる事例を丁寧に掘り起こし、それを分析して積み上げ、さらにアンチテーゼを求め、止揚(アウフヘーベン)させる……ことで紡ぎだすものだ。

幸い日本社会は、まだ同質性を有し、勤勉さやストイックさもなんとか残している。十分に創造的な知的財産と頭脳集団も数多く育てている。そして環境問題やきめ細やかな商品とサービスなど成功させたモデルも持っている。

ここで林業的なことを付け加えれば、外国に完全モデルを求めるのは無理だろう。今は成功モデルとしている欧米林業の事例も、おそらくジリジリと落ち込むだろう。画一的な木製品は価格下落を招き、非木材マテリアルとの競合により内的に崩壊していくと見ている。

ただし、そこから脱出するアイデアも各地の林業は内包しているから、一つ一つ拾い上げて工夫を加え、さらに日本の事例も加えて適合するモデルをつくり上げるべきである。

ここでも、日本は最先端を走る条件を揃えている。

そのスタートを切る年になれるか、2012年は。

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森と林業と田舎