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2012/01/31

林業は、性善説か性悪説か…

現在、日本の林業が成り立たないのは、木材価格が安すぎるためと言われている。

一方、今の木材価格は国際標準で、高くなることを期待できないとも言われている。

どちらも事実なのだが、では、どうしたらよいのか。日本の物価水準だと、国際価格と同じ額では、林業家の生活は成り立たないし、山村経済は疲弊するし、再造林も進まず山も荒れる。無理に低コスト施業にしたら、より荒れる。

そこで、木材商品価格を上げることを考えねばならない、というのが私なりの結論であった。

素材としての価格は上がらないが、最終商品の価格は商品の出来次第で変わる。それが住宅にしろ家具にしろ小さなグッズにしろ、デザインがよくて機能も高ければ、それなりの価格を付けても売れる。また加工コストの中に木材生産コストを紛れ込ませることも可能だろう。

だが、ここで壁にぶつかるのだ。

もし山主と造林-伐採搬出の施業担当者、さらに製材から商品加工までの工程を、同じ業者がやっているのなら可能かもしれない。自分の山から木を出して、商品化して販売するまでのコストをトータルで計算し、利益はオーナーのさじ加減で各分野に分配すればよい。
それを「大林業」構想として提言した。

実際、その路線を取ったのは、根羽村のトータル林業や、西粟倉村の「森の学校」などだ。山の管理から伐採搬出、そして住宅建設までをつなげて見せたのだ。これは、小さくまとまりのある村だからできた面はある。同じことは、潜在的には住友林業のような山林を所有し、住宅など最終商品づくりもしている大企業も可能だろう。

が、ほとんどの山主、林業家は、そうした大林業化に到達できていない。小規模・個人では、森づくりから伐採搬出、建築木工までを網羅する人材が足りないのだ。ある程度の規模がないと、物理的に大林業化できない。

そこで、提携してネットワークをつくるという道がある。自身で全分野を仕切るのは無理だから、上流の森づくりから伐採までの担当者、下流の製材所、建築家などが提携して木材を扱う。

優秀なデザイナーが、高く売れる住宅や家具を設計し、そこで上げた利益を、山元に還元する……。

本当にそうなるだろうか? デザイナーなり販売業者は、商品を高く売るノウハウを持っているとして、その利益を提携した各業者にちゃんと分配するだろうか? 自分の利益を削って……。

それって、ものすごく性善説に立っているよね(~_~;)。

最終商品の売り先を握っている者が、素材や加工業者に高い金を払うインセンティブはない。木材も安く買いたたいて、加工も幾社も見積もりで天秤かけて、もっとも安くできる業者に発注すればよい。そうしたら、高く売って得た利益は、多くを自分の懐に入れられる

これは、性悪説だ(⌒ー⌒)。

もちろん、高く売れる理由に、産地や加工技術も加味されていたら、一定の抑制要因にはなるが、それだって抜け道はいっぱいある。やっぱり、私は性悪説かな。

山主、造林業者、素材生産業者、製材業者、建築業者……みんなを、絶対的に信じ合える関係にする方法はあるだろうか。仲がよいというだけではなく、ギブアンドテイクの関係を築いて、諸条件を契約に詰めて守らせるだけの強制力を持たせなければなるまい。

今は、それぞれが相手を出し抜くことばかり考えているように思える。

 

林業は、性善説と性悪説、どちらに立つ?

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林業・林産業」カテゴリの記事

コメント

役割と責任と利益の適性分配をするコーディネーター役が必要ですね。

木材が鉄鉱石や原油などの単なる原料ではなく材料としての価値があるとするならば、そうしていきたいとするならば、我々林業者の側もしっかりした売り方、材料として的確な生産をしていく必要があると思います。少しづつですが、自分の生産木材の商品としての価値とか買いに来てもらえるような林分の選択、それなりの造材をしたりする林家がで始めました。

市場も大切だけれど、お客様と対面して原木を販売する手法もありです。それには手間も、テクも、相手に合わせたり、話題を豊富にしたり、そんな商売上のノウハウも必要ですが、人によってはドンピシャはまって、楽しみながら接客(接客といっていいような状況ではありませんが)している林家もいます。
自らの山にお客様になるだろうという方が来始め、プレゼンをする。しかもそこは自分の山!
素晴らしいことだと、私は思いながら、たまにその現場にお付き合いをさせていただくことがあります、

忘れていました。このテーマ。性善説と性悪説。

私は、商売は騙しあい、スカしあい、だろうなあと考えています。木材に限らず。
でも、最初の段階から牽制していてはことは始まらないので、真摯な態度で望むべきだと思います。
甘いですかね。実際に私は職業柄はリスクを負う立場にないわけですから。

これまで関係して来なかった異業種同士のほうが、信頼関係を最初から築くことができたりする場合もあります。

例えば、お茶農家と木工屋さんとか。茶商と木工屋さんとか。

でも、スタートの原木からというテーマだと、なんとも言えません。

私の経験では、原木買いで最終製品生産まで一括でやっている木工屋さん堀◯ウッドクラフトさんが唯一市場値よりもそうとう高くかってくれています。それは、商品が非常に小さいために、1つ1つにすれば原木の原料価格が最終商品価格に反映されないほどの金額になる為です。会社としては大きいのでしょうが、商品単体単位の原価には影響しないことになっているというその方なりの解釈だそうです。田中さんがおっしゃっているように、1社だけの判断ならそうなってくるのでしょうねえ。
ただし、私達も高くかっていただいているだけでは申し訳ないので、それなりの広報とか宣伝とかを少しだけですが協力していたりするのです。

相互に出資しあっては?
利益を配当として還流する、それと出資者として事業計画(「適正な」利益計画も込み)の策定にコミット出来ます

結局、誰かが仕切らないと無理なのでしょう。それが山主なのか建築家なのか、コーディネーターなのか……。

そして、契約書だけでは納まらない気がする。各人が出資するなど、ステークホルダーになることが重要ですかね。情報提供というギブもありでしょう。
ただ、それをシステマティックにするのが難しい。

素人考えですが、どこかの林業家が現在のこのような状況を考えて,最終製品を製造する木工屋さんとかデザイナー+コーデイネーターと組んで、原木の原料価格が最終商品価格に反映されないほどの金額になるようなうまい仕組みを考えていくしかないのではないか、と思いますが。
誰がやるとかではないて、その意思があるかどうかなので、いくらかでも出資してグループですることが大切ですね。
既存のグループ同士で話し合い,より良いシステムを構築する努力をするしかないのではないでしょうか?
これからは、ある意味で今までの常識にとらわれないで何でもできる時代かもしれませんから。

勝手に提案する男より

静岡市の林業家の事例で、
somaプロジェクトというのがあります。
ホームページもありますよ。

たしか、林業家2名+製材所1軒+デザイナーでしたでしょうか。
現在のところスギヒノキの雑貨類が中心です。

場を仕切る木材コーディネーターを、年度末の各所への報告書で定義づけようと考えております。
今回の田中さんの記事は大変参考になります。
しっかり打ち出しますので、是非顧問になってください。
宜しくお願いいたします。

ううん、想定外(^^;)。いや、コメント欄で、顧問就任を依頼されるのは。

最近、肩書が欲しいと思っていたから、喜んで。大層なのがいいな。木材コーディネート資格審査協議会特別顧問とかなんとか。

それにしても、性善説・性悪説を深く考えると、林業界を越えるビジネスモデルが必要になりますね。
とにかく誰かが仕切らないと、本来めざしていた「山元への還元=森林育成」が吹っ飛んで、漁夫の利を占める人が現れるだけでしょう。
新自由主義だって、理想では健全な競争によって社会経済をよくしようと思っていたはずなのに、金融資本を肥大させ性悪化け物に育て、格差を広げたように。必ず本筋を曲げる者が暗躍するのです。

田中様
「林業は、性善説か性悪説か」と言うお題は、興味あります。私自身は、つまらない補助金が目先のニンジンになってしまうこともあるのでは、と考えます。
本来の目的を捻じ曲げて、補助金の仕組みに合わせてしまうこともあるのでは…と考えるのです。補助金が全て悪と言うことではないのですが、補助金なしでビジネスの仕組みを作らないと林業は、いつまで経っても身動きが取れないのでは・・・。

賢い消費者は、そのうち、見透かしてしまうのではと思っているのです。

お題とは離れますが、私は、ビジネスは、信頼関係からだと思っています。騙して儲けても、所詮、その程度のモノ、長く、本物を追求し、お互いが、メリットを傍受し合うことこそ、ビジネスです。

 補助金を見据えて、補助金に合わせて、あるいはある数値目標に合わせる形で計画を形成してしまうこともあります。
 そうしなければ、進んでいかないのだという思い、山を見ればもう少し違う計画になるという思い、自問自答をします。ここに、実施主体の現状と近い将来見込みを重ね合わせて、さらに山林所有者の思いやこれまでの経緯なども合わせちゃうと、さあ大変なことになってきます。
 補助金を含めて収支計算と将来予測をすることはとても大切なことで、それである程度目標林型が固まってくることを考えていくわけですから、ある程度補助金の制度も長期スパンで固まってほしいと思うときもあります。
 売れ筋や価格など山の成長に比べればはるかに速いスピードで変化をしてきますが、それに加えて制度などが急速に変化してくると対応が大変です。森林に公益的機能があるとはいえ、山林経営もビジネスですから、ステークホルダーの要望というのは真摯に対応しなければならないわけですが、山の成長や変化は非常にゆっくりなのです。
 この辺り、何とかならないものでしょうか。
 

補助金まで含めると話が別の方向に行くのですが、多数のステークホルダーが入り乱れると、建前の〔共生〕が、〔寄生〕になる。

原点の森林・地域のためににする前に、自分の利益が最優先になるのではないか。それも無意識のうちに。

いわば寄生を、いかに共生にするか、がポイントですね。

西粟倉森の学校は、家を一軒も売ることが出来ていません。
村のお金でモデルハウスを建て、指定管理料をもらいながら、営業して、3年で1件も売れず、、、モデルハウスは、村に返還されました。

 なるほど・・・。
 木の床タイルとか床板などはどうなのでしょう。
 ちなみに、私の知り合いに2人、この床タイルを使っている人を知っています。
 とは言っても、その2名とも林業関係の方ですけど。

 宅配便で即取り寄せられるのがこの製品(商品)のミソなのでしょう。
 全国展開できますから。

 西粟倉森の学校、頑張って欲しいです。

「大林業」では、リスクも連携しますからね……。

私も「森の学校」の住宅販売を取材して、気になった点があります。
一つは、消費者(建築希望者)から遠い村内にモデルハウスを建てたこと。せっかく斬新なデザインなどを提案しても、なかなか届きにくい。
第2に、建設は村から大工を派遣するとしたこと。遠くの施主にとっては、地元の大工に作ってもらった方が何かにつけ安心です。
これらが成約のハードルにならないか……と。

とはいえ、床板などは売れているようです。建材販売にシフトするなり、デザインだけを売るなどの戦略転換に期待したいです。

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