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2012年2月

2012/02/29

飛騨川の流路

美濃加茂から下呂、そして飛騨高山へ向かう高山本線は、木曽川を遡り、支流の飛騨川に沿って北上する。

乗っている最中、私は車窓の風景を楽しんでいた。飛騨川は渓谷美でも知られている。

で、ふと気づいた。この河川の流路は、なんか人工的じゃないか?

うまく、その場所の写真は撮れなかったが、両岸が岩々に覆われているわりには、流路が直線的な部分を見かけるのだ。

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ほとんど川の真ん中に岩が突き出た場所がない。

むしろ通りやすくなっている。

この地方は、飛騨や木曽など林業地だ。おそらく尾張藩の木材需要に応えたのだろう。
ということは、木材を伐りだして川を流したのではないか。下流は筏を組んだだろうが、上流部は管流し(一本ずつ流す方法)か。

いずれにしても、木材を搬出するために、川を改造した可能性がある。飛騨川の流路は、人が整備して出来上がったのではなかろうか。木材の産地の川では、珍しくない。川の真ん中に岩があったら、流している丸太が激突して台無しになってしまうからだ。それに、あまり屈曲していても、丸太は岸にぶつかってしまう。

江戸時代から明治の工事なら、爆薬を使った工事は難しいから、槌と鑿で岩を削ったのだろう。急流では、難工事である。

飛騨川に関しては何も裏を取っていないが、目にする風景の多くは人が作ったのかもしれない。

2012/02/28

飛越越え

高山から金沢を回る旅を終えて帰宅しました。

なかなか収穫多き旅でした。高山も金沢も伝統的な建築物の多い町だったが、古いだけでなく住んだら楽しそうな町であった。

ただ、飛騨高山から富山に抜ける高山本線は別の意味で楽しめた。

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高山までは、さして雪はなかったのだが、古川をすぎたところから一面雪となる。

これは、列車の窓ガラス越しだが、雪がここまで積もっている。




そして富山との国境の猪谷の駅で、JR東海から西日本に変わるせいか30分ほど乗り換え待ち。ここが、また雪国。
   

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こんな景色も楽しめた。





 

雪は、冷たいし交通不便になるし、雪下ろしなどに重労働で手間暇かかるし、厳しい面も多いが、一つよい点は白いことだな。おかげで景色をみんな美しく包んでしまう。

これが黒だったら、どんなに気が滅入るか(^^;)。もし赤だったら、気が狂いそうになるぞ。金色も目に毒。白がいいなあ。

2012/02/27

黒芯割り箸

黒芯割り箸

金沢にやって来た。

訪れたのは、中本製箸さん。工場を案内してもらったが、そこで見たのは…… 黒芯割り箸だった!

スギ材で割り箸を作ると、必ず黒芯部分が入ってくる。正確には赤黒いのだが、これまで黒芯は嫌われて安く買い叩かれるか、検品で外されてきた。

だが私は黒芯のほうがオシャレじぁないの? と言ってきた。黒い箸は重みがあってカッコいい。嫌うのは業者的な慣行だ。

そして今日、中本製箸で見かけたのが、黒芯割り箸なのだ!

希望者がいて、選り分けているのだそうだ。やっぱり人気あるじゃないか。生産量が多いから、より分ければかなりの量になり、出荷できるのだ。

黒芯割り箸に限らず、慣行に捉われず、新しいニーズを発掘すべきだよ。

2012/02/26

電気自動車

岐阜の飛騨高山を訪れている。

雪は積もっているが、そんなに寒く感じない。ここでのテーマは里山なのだが、その前に目にしたのは・・・電気自動車であった・・・。初めて肉眼で見た。

乗ってみると、意外と馬力あるし、なかなかいいね。。。

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2012/02/25

漫画で林業普及

こんなサイトがあった。

ハマのHPhttp://hamakun.web.fc2.com/index.html

基本は森林GISのようだが、ここに『マンガでわかる「提案型集約化施業」のすすめ」というコーナーがあった。

なぜ間伐が必要か、間伐する山の所有者を集約化するか、そのためのテクニック的な部分にも触れた漫画?イラスト?である。

なかなかの力作だ(笑)。イマドキの女子高生キャラだし。

もう一つ、『マンガでわかる なるほどなっとく「森林経営計画」の基礎』もあった。

なかなか勉強になる。私も森林経営計画に関してはチンプンカンプンだ。少しだけわかった気がした。もっとも、このマンガを読んでも、十分にはまだよくわからない(^^;)。

話は変わるが、かつて高知県の某森林組合を覗いたとき、そこに「間伐のススメ」というパンフレットがあって(おそらく県か林野庁当たりがつくったもの)、その内容があまりに初歩的なのでびっくりしたことがある。
少なくても、このパンフを読むのは森林所有者であるべきだが、そもそも間伐とは何か、山に植林するところから説明してあった。(もちろん、硬い文章である。)

そうか~、山主は、山のこと林業のことを何も知らないのね、と気づいた最初であった。で、森林組合は、こんなパンフレット配るより、自分たちで説明したら、と思ったわけだ。もっとも、森林組合の職員も間伐の必要性を理解していないのかもしれない。

それからン十年。いまだに間伐は進まないわけだが、一応森林林業再生プランなどでも「森林組合は間伐の提案を山主にしなさい」「小規模林地を集約化しなさい」ぐらいは言い出したわけだ。

しかし、進んでいないよなあ。

役所の作ったパンフは、面白くなく、理解できるかどうか以前に読む人が少ない。イマドキのDVDもダメだよ。いくら配っても、ほとんど誰も見ていない。見ても1度だけ。わざわざプレーヤーに入れて見るものではないもの。動画は意外と効果は少ない。

で、今回のような漫画化も一つの方法かもしれない。まあ、漫画にすれば誰でも理解して協力してくれるわけではないけれど、多少とも敷居は低くなる。
やはり読ませるストーリーが必要だ。ストーリー漫画とかドラマもいいが、金がかかる。いっそ漫才か落語、講談なんて分野がよいかもしれない。

ちなみに、いくら漫画化しても、言葉が難しいと理解しにくい。お役所言葉では、拒否反応示す人に伝える方法を考えないといけない。漫画だけでなく、様々な表現方法を駆使してほしい。またネットだけでも限界があるだろう。

なお、この漫画にあるように「提案型集約化施業」という言葉自体がまだろっこしい。何かよいキャッチフレーズはないか、募集している。漫画の前に言葉から始めないといけないね。

2012/02/24

春先のイノシシは……

久しぶりに、生駒山の国際森遊び研究所を訪れた。

わずかな山林地所のことである(^^;)。以前は、とくに冬の間はしょっちゅう通って焚火したり、新たな建設したりと楽しんでいたのだが、近頃さっぱりだ。ま、その理由はさておき、久しぶりの森に入ると、驚いた。

まず、ゴミが多い。建設業者が捨てたような、塗料の缶が転がっている(-_-)。

が、よりショックなのは、山林中がかき回されていることだ。

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あきらかに、イノシシだ。土壌を掘り返した様子だ。

いたるところに痕跡がある。狙いは……。



  

  

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わかるだろうか。タケノコを狙ったらしい。

この季節に? と思うが、すでに小さなタケノコが地中にできている。





昨年、タケノコが全滅で1本も収穫できなかった話を書いたが、それは4月下旬の話。例年数十本のタケノコが雑木林ながら採れるのに、イノシシに先にやられてゼロだった。

そこで今年は4月上旬に地中にあるものを先に見つけて掘ろうという目論見だったのだが、なんと2月の時点でイノシシに先をこされた……(-_-)。

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このとおり、足跡も残している。

かなり大きいと見た。







この辺りに、イノシシを捉える檻罠が仕掛けられていることも先日紹介したが、目撃例によると、あまりに大きすぎて檻に入らないだろうと言われている。かといって、はさみ罠にすると、足を挟んでも食いちぎって逃げるそうだ。手負いになると、その後が怖い。人家も多いから、どうするか考えていると聴いた。

しかも、夜出歩くと巨大イノシシに出会うという。車でも怖い。

いやはや、対イノシシとの戦いは、今年も厳しそうである。

2012/02/22

「木造校舎、燃やして実験」は成功なのか?

今日のニュースの時間で見ただろうか。

3億円かけて建てた3階建て木造校舎を燃やす実験が行われたことを。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120222/t10013206861000.html

http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4959369.html 

 http://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C93819595E0E0E2E2E38DE0E0E2E0E0E2E3E09790E0E2E2E2;at=DGXZZO0195579008122009000000

ようするに、公共建築物木材利用促進法の制定を受けて、学校の校舎も木造で建てる動きが強まっているが、現行の建築基準法では3階建ての木造校舎を建てるのは困難である。

今回の実験は、その規制の緩和につなげるために、木造建築物が火事にあった際にどのように燃えるかを調べ、耐火性などを検証するためのものなのである。

が、結果は……。

火を付けて、わずか2分後に爆発が起き、あっというまに3階まで延焼、2時間で全部焼け落ちた。

ニュースでは、これは林業信仰、いや林業振興(^^;)に結びついていることを説明しているが、一般の人にとってはどんな印象を起こしたか。

3億円、もったいない! 
こんなに早く燃えるんなら、木造校舎でなくていいや!

私も思う。この実験、「失敗じゃねえ?」

もちろん、実験だから燃え落ちるのはかまわない。燃えるデータはそれなりに取れたはずだ。3億円かかったのも、仕方ない。

が、爆発起こすような構造の木造模擬校舎を建てるな。こんなに早く燃えるんなら、とても耐火建築とは言えない。現在の木造建築技術なら、もっと延焼時間を延ばして、ゆうゆう避難する時間を確保できる校舎を建てることはできるはずだ。
まるで、わざと燃えやすく建築したみたいだ。これまで蓄積された木造耐火建築のためのノウハウを無視して建てたんじゃないだろうか。

実は、この実験用模擬校舎は、柱や梁を通常よりも太くして、接合金具も炎にさらされないよう工夫していたそうだ。そして「火事が起きて1時間は倒壊せずに避難時間を確保できる」という。しかし、映像を見る限り、1時間は崩れ落ちなかったというよりは、数分で3階まで火が周り、逃げる余裕も、逃げるルートも奪ったように感じる。

実験者は、コメントで平静を装っていたが、私にはショックを隠しているように見えたぜ。

実は、学校の校舎を木で建てるための研究と運動は、すでにいろいろと行われている。とくに東洋大学が主体となった「「木の学校づくりネットワーク」は、幅広く行い事例も重ねているのだ。

http://wass.toyo.ac.jp/content/index.html

今回の実験が、こうした活動の足を引っ張らないことを願う。

2012/02/21

「リトルフォレスト」評・田舎の意義を感じる

リトル・フォレスト1、2」(五十嵐大介・講談社ワイドKCアフタヌーン)を読んだ。

漫画である。実は、古本で買った。半額セールだったもので(笑)。

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タイトルに引かれたのが第一だが、内容も田舎暮らしのような感じ。ところが、読み始めてすぐわかったのだが、リトル・フォレストとは、舞台となっている山の集落が小森という地名だったところから付けられたようだ。場所は、「東北地方のとある山の中の小さな集落」と紹介されている。森は、あんまり関係ない(~_~;)。

が、奥の深い作品である。( ※またもや、ネタバレ注意である。

いち子という若い女性が主人公。素性はよくわからないが、一人で集落に住んでいる。ほとんど自給自足的な生活だ。一度は都会に出て男と暮らしていたらしい。少女時代に母親が失踪したことも第6話で触れられる。が、物語は、そちらの方向には進行しない。

ほぼ全話、食べ物の話なのである。それも、この集落ならではの食べ物。

目次を追うと、グミ、ウスターソース、ひっつみ、なっとうもち、あまざけ、ばっけ(ふきのとう)、つくし……時に岩魚が出たり、アイガモを潰して解体したりもする。実にていねいに描かれてあるから、真似て作ってみたくなる。ここまで手づくりできるのか、と思ってしまう。

その点は、アウトドア雑誌か田舎暮らし雑誌のハウツウ漫画と言ってもよいぐらいだ。事実、そうした要素もある。絵は図解だし、写真も入っている。

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だが、日常を描いているようでいて、主人公の過去や心に抱えた不安がチラリチラリとかいま見え、同時に田舎の暮らしがなぜ貴重なのか「意義」を考えさせる。


 
たとえば、同じくUターンした年下の男は、「自分自身の体でさ、実際にやった事と その中で自分が感じた事 自分の責任で話せる事って、それだけだろう?」「なんにもした事がないくせになんでも知っているつもりで 他人が作ったものを右から左に移してるだけの人間ほどいばってる」「薄っぺらな人間のカラッポな言葉をきかされるのにウンザリした

彼は人生に向き合うために田舎に帰って来たのだ。そして主人公は、そうした人生から逃げてきたことを悟る。。。

いち子は、また小森から出て行った。そして帰って来た。どうやら婿を連れて帰って来たらしい。そして集落の収穫祭を企画して開く。

そこで語るのは、「誰かの都合に振り回されるのはつまらないから もっと自分の力をつけよう」という。「たとえば補助金もらえなくなると困るから国のいいなりになるとか

だから、最低限の暮らしを自分でできるようにしたい。そう考えると、そのためのノウハウと先生が、この集落にはいっぱいいた……と語るのである。


  

う~ん。田舎が田舎として、存在する意義を考え出すときりがない。単に経済や効率だけを追えば、限界集落なんか消えてしまった方がよい。それは昨日の「限界集落の真実」でも書かれていたことだ。かといって、博物館的に強制的に残すものではない。住民がいるのなら、住民の意志によるのだから。

 

そういえば、生駒山にパーマカルチャーの始祖、デビット・ホルムグレンがやって来たとき、日本の里山・農村に注目している理由として、農耕の手づくりの技術を記録していることを挙げていた。もし石油が尽きたとき、化石燃料に依存した文明は崩壊する。そのときに生き残るためには、日本の農村に残る技術が大きなヒントになるだろう……てなこと言っていた。

実際の現場に行くと、果たして本当に生き残るノウハウを残しているかどうか、心もとない。
が、そうした機能に期待する向きがあることは事実だろう。そして巨大な都会で社会組織の一員として暮らしていては身につけようがないことを、田舎では身につけられるのかもしれない。

たしかに都会では焚火をしてはいけないと言われるが、それでは火を付ける訓練のしようがない。パンもケーキも売っているものを買う方が安上がりだが、田舎では材料から自作したりする。味噌や豆腐、漬け物、酒……趣味のような加工食品づくりが保存食にもなる。

思わず今日は、わざわざ山に薪を取りに行って、庭でダルマストーブ(時計ストーブ)の焚火をしてしまった。。。

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2012/02/20

「限界集落の真実」書評

限界集落の真実」(ちくま新書、山下祐介著)を読む。

サブタイトルは、「過疎の村は消えるか?」であり、帯文には「消滅しそうな集落など、いったいどこにあるのか?」と、刺激的。

世間一般には、過疎化の進行によって限界集落が増し、今にも田舎の集落が次々と姿を消そうとしている現状が語られているが、それに対して別の姿を描いているのだ。

※この当たりを説明するとネタバレになりかねないのだが、小説ではないので多少覚悟の上でお読みください。

第1章は、「つくられた限界集落問題」として、報道されているイメージとは違う現場を次々と紹介。「問題のないのが問題だ」とさえ言っている。実際、政府の統計でも定義上の「限界集落」は増えているが、その後20年経っても、消滅した集落は非常に少ないのだ。

住民の高齢化率は高まったが、まだまだ元気で生活に支障なく暮らしている。

そして2章以降、全国の過疎地を歩きレポートしつつ、分析する。そして導き出したのは、高齢化が進んだのは、寿命が延びたから。村を出て行った子供たちも、長男など一人は比較的近くの町に住んでおり、時折もどってきては農作業を手伝ったりしている。そして将来的(定年後?)Uターンしたい希望を持っている……ことを示す。

そして著者は、限界集落は安定に多少時間はかかっても、基本的に維持され再生が行われる、つまり消滅しないと予測している。

これは大胆な、仰天シナリオである。

私には、ちょっと納得できない点も多い。現時点で消滅しない、しぶとく残っている限界集落が多いと言っても、人口は確実に減り、年齢は上がっている。まだ消えていないかもしれないが、数年後に消えるかもしれない、消滅への道をたどっているのに違いはないだろう?

また子供たちにUターン意欲はあるかもしれないが、実際のUターン(それにIターンも)を実施する確率はどれくらいだろう。それによって存続維持される集落は、少数派ではないか。そもそも日本は人口減少社会を迎えているのである。

そしてUターンがあるなしにかかわらず、集落の文化や歴史を引き継ぐなんてことは可能か。人が入れ代われば、消えていく記憶は無数にあるだろう。

もちろん、そんな私の異議に該当する解答も本書の中にある(私は完全に納得していない)うえに、集落再生に向けての提言も描かれる。「成長モデル」「競争モデル」「減退モデル」の三つも示される。

しかし思索は、結局のところ、田舎社会は必要か、という点に行き着いてしまうのではないか。東日本大震災の経験も踏まえて、日本の社会構造を問い返しているといえよう。

ちなみに面白かったのは、日本の各地域が本当の意味で一体化できたのは、戦後田舎の集落から人が出て行き都会に入ったことによるとしている点だ。村から離れたように見えて、実は郵便・電話・インターネットなど通信網の発達した現代は、完全に切れることなく人をつなげている。山地と平地、村と町、といった断絶はすっかり弱まったとしている。

私も著書で、「過去、山村は過密だった」として、村から人が出て行くことは悪いことではないこと、人口減少が問題ではなく、年齢バランスが崩れることが問題……などと記してきた。
そして、限界集落に村おこしは必要ないと考えている。無理な活性策や、人口増政策は痛々しい。ただ今暮らしている人の利便を守るだけで十分ではないか。消えることを恐れず、消えてから新しい人で再興することに期待してはどうか、と思う。

サイドバーに、リンクを表示。

2012/02/19

某林業木材シンポジウムにて~木材業界と山主

シンポジウムは、パネルディスカッションに移った。

で、何が話し合われたか……何もない(*^.^*)。

まず国会議員や元大臣の話の内容のないこと。公共建築物木材利用促進法の案をつくった話が出たが、そもそも林業に関して、まったく素人である。そして業界出身者も、見事に林業のことを知らない。
だから、梶山氏の話を受けて、何か議論が深まるということはないのであった。

ただ、木材業界の現状の話は面白かった。公共建築物木材利用促進法が成立したのだから、ビジネスチャンス! として沸き立っているかと思いきや、まったく関心を示さないのだという。異業種では虎視眈々と狙っている会社が現れているが、肝心の木材業者は動かない。そもそも法律のことを知らないレベルらしい。
当然ながら、林業にも関心なし。それどころか木材のPRさえろくにしていない。こちらも異業種の方々が熱心に取り組んでくれている……と語る始末。

たしかに木材利用だ木づかいだと訴えている人の中に、木材関係者は極めて少ないよなあ。

そして木造住宅と木造建築は、実は似て非なる世界という話が出た。住宅は、特例で規制がゆるく、たとえば構造計算をしなくても建ててよい。ところが公共事業などで求められる建築物は、さまざまな規制がある。構造計算して、強度を示して耐震耐火にして……と厳しく、それらを鉄骨もRC構造も、みんなクリアしている。そこに参入しても、仕様書を書けるのか?というのだ。木造の中では、せいぜい合板・集成材が頑張る程度なのである。

これまで木造住宅は、そんな閉鎖的障壁に守られてきた商売をしているから、公共事業への参入は簡単ではないだろう。

そして、会場からの質疑応答に移ったが、これがまたドツボであった。

地元の某森林組合長が真っ先に手を挙げたのだが、がなりたてるだけで何が言いたいのかわからない。
ようするに梶山氏の森林組合がだらしない、補助金目当てばかりという話を受けて、「反論ではありませんよ」と言いつつ、不在地主が多くて集約化できないという話から、ずらずら自分たちの改革について触れるのだが、私に言わせれば、それは改革ではありません(笑)。補助金もらって、新規事業という名の採算考えない事業やってるだけ。そして「国などの支援がないとやっていけない」と訴えるのだから、やっぱり補助金ほしいのだろう(~_~;)。

全然梶山氏の話の内容がわかっていない。

さらに私の後ろで立ち上がった山主は、「ドイツの話はええんや」「梶山さんは現場を知りませんな」と言って、自分が相続した山に行こうにも道が消えてしまった話。そして町や森林組合に道を付けてくれ(自分は金を出さないけど)と言って断られた鬱憤をぶつける。

しかし、梶山氏に「森林組合の組合員になっていますか」と問われて「ならな、あきまへんのか」と応えるレベルだから、問題外(笑)。ドイツどころか日本の林業を知らない。もっとも現場を知らないのは自分であることに気づいていない。ようするに子供の頃に親に連れられて山に行ったまま、その後都会に出て、ほったらかしだったのだ。そして、自力で山をなんとかしようという気概はなさそう……。

いやはや、私は深く梶山氏に同情したのである(~_~;)。これでは、政策語れないよ。

少し気になる点。梶山氏自身は森林・林業再生プランについて、「まだ大枠が決まっただけ。細部はこれからだし、それを運用する現場がどれだけ動くかにかかっている」と幾度か繰り返した。

それはまったくそのとおりなのだが、国家戦略室を辞職した直後の今、そういう発言が出るのは、すでに成功を危ぶんでいるからではないのか? 高邁な理念は示したものの、現場に下りていく過程で、変質していることに気づいたからではないか? 林野庁内に不協和音があり、やる気ないことに勘づいたのではないか? 

……と邪推してます(笑)。邪推です。気にしないでください。

2012/02/18

某林業木材シンポジウムにて~梶山恵司氏の講演

大坂で開かれたシンポジウムを覗いてきた。

木材業界団体の主催で、講師は梶山恵司氏。タイトルは「50年ぶりのチャンスがやって来た  よみがえる日本木材、林業のルネッサンス 大坂からの発信!」と長~いの(笑)。

私は、彼の話を聞きたかったわけではない。おそらく話す内容は、私がすべて知っていることだろうから。
ただ、林業の再生(するかもしれない)という動きを受けて、木材業界がどのように考えているかを知りたかった。それにパネリストに政治家も出るので、国レベルの動きの裏も探れるかなあという心づもりだった。まあ、肝心の政治家は、みんな野党の自民党なので政治力に期待しても仕方ないのだが……。

で、梶山氏の講演だが、期待にそぐわず、想定した通りの内容だった(^o^)。

日本の森林状況はこれこれで、問題点はこれこれで、だから今取るべき道はこれこれである。そして森林・林業再生プランがつくられた……。その内容に私も異論はない。

ただ私に言わせると、森林・林業再生プランは、林業の中の伐採から搬出までの狭い工程だけの改革にすぎず、しかも安定供給するための一方法にすぎない。森づくり(植林・育林)もそうだが、高価格製品づくりや、出口に当たる需要拡大という主催団体につながる話は触れなかった。

まあ、木材需要分野は、業界人も参加するパネル・ディスカッションに期待しよう……。

その話は、明日にして(^^;)、一つだけ指摘したいなあ。

梶山氏の講演では、パワーポイントで映像がばんばん使われたのだが、森林の歴史として、昔の日本の山は荒れていた、と説明するのだが、そこに安藤広重の「東海道五十三次」の浮世絵が紹介されているのだよ。そこには、東海道の禿山だらけの絵がいっぱい描かれている。 

011 三河の二川宿

ああ、それ、私の講演でも、いつも使っているんだよお。 上の二川の絵なんか、柏餅売ってる茶屋についても説明しつつ、禿山について語っているんだよお。

それに明治時代の禿山だらけの風景写真も使っているんだよお。

みんな使われた……(泣)。

しょうがないなあ。私は、もう東海道の浮世絵は使わないでおこう。

私も、「東海道五十三次」に禿山が描かれていることは、太田猛彦・東京農大教授の講演録で知って、使いだしたんだけどね(~_~;)。

2012/02/17

瀬尻の段々茶園に思う

コメント欄で、静岡のお茶の話題が出たので思い出した。

先の天竜では、こんなところも見た。

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瀬尻の段々茶園という。


「瀬尻」という地区にある茶畑なのだが、この急峻さはなんなんだ、と言いたくなる。

、「静岡県棚田等十選」にも選ばれているが、その斜度は約65%にもなるそうだ。

築かれたのは、今から50年ほど前で、つくった人は今も存命中(80代)。ほぼ独力で5、6年かけて段々を築いたというから、意外と早いという気がした。

当時は、静岡も茶の栽培ブームだったのだろうが、とても不可能と思える急斜面の山肌にも石を積み上げ、茶を植える労力を厭わなかったのである。


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段々は、こんな感じ。ほんの1列だ。棚田よりもすごい。
人はどこを歩いて世話をし、また茶摘みをしたのかと思ってしまう。

ちなみに水力の索道が敷かれており、道具類や収穫物は、それで上げ下げしていたようである。

私が驚いたのは、単に壮大な段々茶畑だからではない。当時の景気を考えても、これほどの労力を費やして生産した茶は、労力に比すほどの収入をもたらさなかっただろう、ということだ。

段々の畑地の枚数は、40枚だそうだ。そして総面積が0.4ヘクタール、つまり茶の栽培面積も同じである。これを築いた労力だけでなく、その後ここで茶を栽培・収穫する手間も考えると、絶対に赤字だろう(^^;)。

それでも、築いたのだ。

働くことに意義があったのではないか。急だから生産できないと思わず、つくることに生きがいを感じていたのかもしれない。

現在の森林経営も、そんな心意気で守られている気がする。絶対にペイしないことを感じつつ、育林を続ける林家も多い。それは、もはや木材生産が目的ではない。

その思いには敬服したくなるが、日本の人工林が、いつか産業の記憶遺跡扱いされることがあるとしたら……それもなんだかなあ、と思ってしまう。

2012/02/16

「桜一本、首一つ」の呪縛

自治体の緑地や文化財関係者の間には、「桜一本、首一つ」という言葉?があるそうだ。

公園や城跡などで石垣沿いに植えた桜などの樹木を伐採すると、担当者の首が飛ぶというのだ。もちろん、理由は住民などの抗議によって。

本当に首が飛んだ例があるかどうかはともかく、公園や街路樹の伐採はなかなか骨が折れる。常に反対運動にさらされるのである。

ここに公務員?の覚悟が試される。

伐るには、理由がある。とくに石垣沿いに植えられた樹木は、生長するにつれて根が深く太く張ることで石垣を崩壊させかねない。
また池の岸辺近くの木も、枝は光がよく指す水面の方に伸びがちだが、すると樹木の重心が傾いて、池岸を崩壊させつつ倒れてしまう。

しかし、市民は樹木が生えていることが景観であって、伐採することに感情的になりがちだ。そして事実を認めたがらない。

私自身も、京都の某有名池の保存維持活動をしている人に池の周りを案内してもらったことがあるが、岸辺から池側に大きく張り出した木を、「池の岸を守るために伐採した方がよいのでは」と提案すると、血相変えて反対されたことがある。

また私は、生駒山で照葉樹林化しつつあるうえ密生して樹勢が衰えている公園の整備計画の委員をしているが、どんな施業をしてどんな森づくりをするべきかという技術的なことよりも、公園の木を伐ることの市民の反発をどのように回避するかの手法を考えた方がよいと思う。

きっと、周りを圧迫している大木を伐ろうとした途端に、公園内を散策していた人が集まってきて抗議の声を上げるに違いない(~_~;)。伐採して、バラバラに刻んだ木を目にしたら、抗議集会が開かれるだろう(⌒ー⌒)。
伐採跡地が落ち着いて、それなりに被圧されていた緑が育つには、半年から1年はかかる。それまでの間、荒々しい伐採跡をみんな目にするのだ。

とはいえ、首をとられたくないからと、伐採を放置して石垣も川岸や池岸が崩れるに任せるのも困る。

なかには樹木の伐採計画に市民グループを加える自治体もあるが、果たして素人の意見を取り入れて森づくりができるだろうか。
林業界でも、現場を知らない所有者が(伐り捨て)間伐する木が可哀相だとわずかしか切らない「涙間伐」という言葉があるが、それでは間伐効果は出ず、線香林と呼ぶ、ひょろひょろの木ばかりになる。

やっぱり、伐採そのものをイベント化して、環境教育の一環にでも取り入れた方がいい。伐採行為を楽しく教えるべきだ。あるいは伐採した木を利用して、役立つものができることを示したい。ただコースターや塗り箸なんかではつまんないけど。チェンソーアートで彫刻にするとか、板や角材にして、身の回りの家具になることを教えるとか。

そういえば、昨日貶した「記事広告の林業」では、小学生に「木材を使うことも大切」だと教えるシーンも記されていた。「木を伐ることは自然破壊」と思っていた子供たちに、「伐っても、使って、また植えればいい」と教えると、難しいテストの解答が浮かんだよう……とある。

これは小学生だけでなく、市民団体にも教えないといけませんね(笑)。ついでに伐ったら植えるという大原則を守ることを、林業関係者にも念を押さないとね。

2012/02/15

記事広告の林業

本日の朝日新聞に、かなりのページを割いて、「地球教室」という名の記事広告がある。

ようするに、企業の人たちが講師になって、環境教育を行うもの。

で、何ページ目かに、「モリノハナシ」というテーマで、三井物産の“授業”がある。

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なぜ、三井物産が林業かというと、実は三井物産は日本有数の山林を保有している。記事にもあるが、100年以上にわたって、70カ所約44000ヘクタールもの山を持つのだ。たしか、日本の民有林面積で3位ではなかったか。



この山林を保有する経緯には、土倉庄三郎が絡むのだが……それはまた別の機会として、問題はこの記事の内容だ。

森林の説明は、まあよしとして、林業の説明。

「最初は1ヘクタールほどの面積に、4000本近い苗木を植えることからスタートします」

4000本か。通常3000本というけどなあ。林野庁もそう指導しているし。三井物産は少し多めなんだろうか。が、それも別に異を唱えることじゃない。

「50~60年かけて最終的に商品として出荷できるのは、植えた数の10分の1程度」

え、50年後に400本・・・・・。通常、600本というが、それもまあいい。問題は、ここに「商品として出荷できるのは」という言葉があることだ。

これでは、間伐材は商品に入れてないことになる。伐り捨てならもちろん入らないが、搬出間伐はしないのだろうか。少なくても10分の1まで本数を減らすのだから間伐はしているわけだが、すべて伐り捨て? 間伐を「成長の悪い木を間引く作業」と規定しているのだ。

それは、あまりといえばあまりではないか。三井物産がどんな施業をしているのかしらないが、少なくても林業を教える立場としては、間伐材も立派な商品であることを強調すべきある。伐り捨ては、20年くらいまでで打ち止めにして、その後は太さに合わせて収穫するという林業の本質に気づいていない。
これでは、生徒に9割は捨てるんですね、と「もったいない!」の烙印押されるぞ。

最近は、林業家まで、「間伐は保育のため」と断言し、「生長の悪い木を除く」こととするが、なかには生長のよい木から伐る間伐もあるし、列状間伐のように選ばず伐る場合だってある。

需要に合わせて(間伐)木を伐り出し、残した木をさらによく育てる……この心がけがなければ、森づくりと林業は結びつかない。

(※ なんでも三井物産は森林を維持するだけで、伐採したり商品化して売るのは、別会社に分離したと聴いているが……。)

最後に。

「日本の林業は、安価な輸入材などの影響で衰退傾向にあるといいます」

これが世界を股にかけた総合商社のいうことか? 外材だって扱っているだろうが、その価格を知らないのか? 本当に安価なのか? 国産材を圧迫するほど安いのか?

この記事を書いたのは、新聞社の広報部の社員か外部のライターかもしれない。しかし、記事広告だから、三井物産の担当者もチェックしているはずだ。

ちょっと恥ずかしいと思うよ。

2012/02/14

「ロズウェルなんか知らない」書評

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篠田節子「ロズウェルなんか知らない」を読んだ。

以前から注目していたのに、読めずにいたのを、今回一気読み。









いやはや、これは地域おこしのバイブルになるんじゃないか(笑)。これ本気である。

ごく簡単に筋をなぞると、温泉も歴史も景勝地も何もない田舎で、民宿はそこそこあるが、昔スキー場で流行ったことがあるので、客あしらいは最悪。役場も県や国から補助金取ってくることしか考えていなくて、まったくいいとこなし……というところの村おこしの話だ。

切羽詰まって取り組んだのが、「日本の四次元地帯」づくりである。地域丸ごと、空飛ぶ円盤に、ストーンサークルの超古代史、奇怪な民俗、妖怪……などのテーマパークをめざしたのだ。

前半の旧態依然の田舎の状況などは、実にリアル。そして、「よそ者」の提案で窮鼠猫を噛む的に取り組んだ顛末は……そこで語られる言葉は、まるで地域おこしの箴言になるんじゃないか。

「客が見たいのは流星ショーであって、流星じゃない」

「客を呼べる歴史を作っちまえばいい」

「観光客が求めるのはファンタジー」

「恥さらしだというものが、都会の客には受ける」

その上で、仕掛けに乗ったマスコミと、その反響。揺れもどしなども、勉強になるだろう。村人の出方と変化も、ありそうである。

一応念を押すと、この本に書かれていることを真似て、空飛ぶ円盤で売り出せ、というのではない。そうした町はすでにある。福島県の飯野町とか……。超古代史だってある。巨石・磐座や座敷割らしなどオカルトではマニアは呼べるが、町全体を活気づけるのは困難だ。私に言わせれば、オカルトは信じるものではなく、利用するもの、楽しむもの。

そんな表面のノウハウを真似るバイブルではなく、人を呼ぶこと、地域を活気づけることのヒントが多く本書に描かれているというのだ。情報の出し方、よそ者の感性なども参考になるだろう。反対・妨害する役場との戦い方も書いてある(笑)。

なにより、補助金に頼らずに楽しんで取り組んだ方がうまく行くことも。

そして、これが肝なのだが、実はここに描かれていることは、田舎の観光事業の顛末ではないのだ。展開されるドタバタは、どんな産業や企業経営にも通じることなのである。とくに林業には(笑)。
古臭く、顧客のニーズに合わないことに力を割いても無駄。逆にニーズをすくえれば、数多くの欠点も隠され、逆に利点にもなる。勉強になりまっせ。

ちなみにタイトルの「ロズウェル」は、多少のオカルトファン・円盤マニアじゃないとわからないだろうなあ。

2012/02/13

獣害討伐隊

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写真は、生駒市内で見かけたイノシシ用の檻罠。

とくに生駒山麓ではあるが、山の中ではなく、道路沿いだ。近くに人家もあり、少ないが人も歩く。中に餌らしきものはなかったが、扉が上げられているところを見ると、現役だろう。

「生駒は、近く芦屋になる」とは、私が随分以前から言っていること。何も阪神間の芦屋市のようなお金持ちの住むハイソな街になるという意味ではない。ましてや市長の掲げる「関西一住みやすい街」でもない(^^;)。

イノシシが徘徊する街になるという意味だ。芦屋や神戸市は、夜になると街の中をイノシシが当たり前のように走り回るようになっている。住人も慣れてしまっているようだが、はっきり言って危険だし、喜ばしい事態ではない。農地や花壇、街路樹にも被害が出ている。ゴミ漁りもする。そのため毎晩コンビニ通いするイノシシがいるという噂だ(笑)。

そんな街に生駒市もなる可能性が高いのだ。すでにイノシシは生駒山から下りて、市街地のボーダーラインまで近づいているからだ。農地は芦屋市以上に多いから、被害も深刻だ。


山間部は、イノシシだけでなく、シカや、所によってはサル、クマなどの獣害が深刻な問題になっている。その対策に罠を仕掛けるほか、ハンターによる駆除も行われているが、残念ながら厳しいようだ。

イノシシやシカは、駆除して肉を流通に乗せれば一石二鳥……という声も出ていて、事実、そのための補助金や施設づくりも行われている。だが、限界があるだろう。
なぜならハンターの減少が深刻な上、副業的な狩猟では追いつかないからだ。また本業も農林業のような融通のきく仕事に就いた人ばかりではなく、最近は勤め人も多いから、駆除に出られる日数も限られる。また副業だと技術面でも不安がある。

いっそのこと、獣害討伐隊を結成して、狩猟を本業にするビジネスは不可能なのだろうか。

もちろん、収入を駆除した動物の肉や毛皮の販売だけに頼るのでは不安定だし、地域限定では通年の仕事にはできない。

そこで国家公務員扱いして、給料制を敷く。あるいは民間の株式会社とかNPOでもいいから、完全な狩猟プロによる獣害駆除作戦である。範囲も全国を舞台として転戦する。自治体が期間契約して、一定地域で駆除を依託する。原資は、過疎対策予算から融通すればよい。

いわば傭兵だ(笑)。いや七人の侍のイメージ。

自衛隊のレンジャー出身者とか希望者がいるのではないか。少人数でも、本業なら最大限の効果を上げる実力を身につけられるし、成果次第で収入も悪くないはずだ。

ときに、地元でハンター養成講座を開いてもいいし、希望者限定の解体ショーを見せる(^^;)。超ハード・アウトドアであり、サバイバル教室になるだろう。

エリアを全国にすれば、十分ビジネスになると思うのだが。

無理かなあ。

2012/02/12

樹齢110年の杉檜を伐る

なんだか、私は天竜に観光へ行ったように思われているかもしれない。

実は、木を伐りに行ったのだ。

「樹齢100年を越える木を自分で伐りませんか」という甘い言葉に引かれて……。

いそいそと出かけた私は、まず伐ってよいヒノキに案内された。

直径約40㎝。なかなか堂々としたヒノキだ。

が、よく見ると受け口がすでに伐られている。しかも斜面下方に。

素人に伐採体験をさせる時は、事前に用意しておいてくれるのだ。受け口は倒す方向を制御する重要な技術だ。追い口は、まっすぐ伐るだけでよい。まあ、ツルを残す必要はあるが。

受け口から伐りたかったなあ」とつぶやく。「それに山の上方に倒したかった……」「倒した木の元が、切り株の上に乗るようにしたかった

目茶苦茶、ぜいたく(^^;)\(-_-メ;)。

まあまあ、となぐさめられて(^^;)、久しぶりのチェンソーを握る。

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見よ、この勇士! というほどかっこよくない。


しかし、油断した。下向きだから楽勝だと思ったのに、ちょうど強風が吹いていて、梢が揺さぶられる。そのため、倒れる方向が15度くらいずれて、予定していた木の間ではなく、一つ別の樹間に倒れてしまった。

悔やむと、「風のせいだから仕方がないよ」となぐさめられるが、気に食わない。

なお、倒したヒノキの切り株の年輪を数えると、だいたい110本となった。樹齢110年前後である。非常に密で、しかも真円。本気で吉野材と間違えそうだ。

悔しがったおかげで、もう1本伐らせてもらえるようになった。次はスギだ。樹齢は同じ頃に植えたというから、100年以上あるのは間違いない。

今度は受け口から。そのためには倒す方向を決めねばならない。

しかし、斜面上方には作業道が延びているため倒せないことがわかった。すると右斜め上方か。たしかに少し空間が広がっている。が、そこには別の木がすでに倒されていた。狙ったとおりに倒せたとして、切り株と元玉に激突する。

「間伐だから仕方ないですよ。かまいません」と言われるのだが、う~ん、美学に反する(^^;)。倒した方、ぶつかった方、双方に傷がつくかもしれん。最悪折れる。結果的にぶつけたのなら仕方がないが、狙いをそちらに向けるのはイヤだ。

というわけで、ほぼ真横を狙うことにした。

慎重に受け口方向を決める。そしてチェンソーを食い込ませる。

が、その時点で失敗してしまった。斜面に立っていた私は、平面に切ったつもりが、切り口を斜めにしてしまったのである。これでは、伐倒方向がかなりずれる。

それで修正したり、また修正を手伝ってもらった。かなり大きな受け口になってしまった。やっぱり受け口は難しい。

で、芯をツッコミで抜く。追い口をド~ンと伐る。また、ワイヤーで牽引もかけてくれた。

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ちょっと、かしぐ。あああ、また方向が少しずれた……。。。。

狙った木にこするようになりながら、それでも、かろうじて予定の木の間に倒れ込んだ。

残念ながら飛び跳ねたので、受け口の上に乗せることはできなかった。

「受け口を経験した人は初めてですよ」となぐさめられる(^^;)。

やっぱり、甘くなかった。これまでの経験は、直径20㎝程度の、いわゆる間伐材レベルばかりだった。それなら、さして悩むことなく伐採できた。方向もさほど苦労しなかった。
しかしチェンソーのバーが、一度では届かないほどの大径木は初めて。全然感触がちがう。向こう側が見えないし、思い通りにバーが動かない。

こうした技術をは、数をこなさないと身につかないのだろう。

誰か、1日で30本くらい伐らせてくれないかなあ(^o^)。樹齢100年ものばかりとは言わないからさあ。そうしたら、少しはマシになるよ。

ちなみに伐った木の木口にサインする。

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この後、葉枯らし乾燥して、さらに貯木場、製材所でも天然乾燥するから、利用できるのは2年以上先である。それまでに、この木を使って家を建てたいと言えば、使ってくれるそうだ。木にはナンバー振ってあるから、わかるのだ。

2年後に家づくり……厳しい(^^ゞ。

今につながる天竜林業は、先に紹介した金原明善によって始まった。金原は、天竜川の治水を行うために山に木を植えることを決意。その範を吉野に求めた。片腕となる男を土倉庄三郎のところへ送り込んだのだ。明治18年(1885年)のことである。

明善も、吉野を訪れている。その後、庄三郎も天竜を訪問するなどして指導したから、天竜には吉野式の植林が行われることになった。

だから当時植えた木は、樹齢で100年~120年くらいだろう。ということは、今回私が伐った木も、土倉-金原時代に植えた木ということになる。

実際、訪れた山は、全体が100年前後のスギやヒノキが林立していた。その景観は、驚くほど吉野に似ている。山の傾斜まで似ている気がした。

そして伐った木の一部を記念に持ち帰ったのだが、その年輪を見てくれ。

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なかなかのモンでしょう?






最後に。この伐採体験をさせていただけた榊原商店の榊原さんに感謝する。

2012/02/11

1300年続く西浦田楽

樹齢1300年の杉に続けるわけではないが、浜松市天竜区水窪町西浦で、なんと1300年間続いているという田楽を見学した。

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この西浦田楽とは、「にしうれのでんがく」と読むらしいが、毎年旧暦1月18日に行われる。昼の行事に引き続き、夜になると巨大な焚火とともに、夜を徹して舞い続ける。だいたい午後9時ごろから朝の9時ぐらいまではあるらしい。演目は33番もある。これを小さな集落で守り伝えてきたのだから恐るべし。

もちろん、私は朝までつきあったわけではなく、開始後のほんのさわりの部分だけで席を立たせていただいた。

この田楽の起源は、行基上人(!)が観音像と仮面を奉納したことで開創した観音堂で行われた田楽だ。田楽は、猿楽とともに能・狂言の源流とされる舞の芸能のこと。

1300年というのは行基さんから数えたのだろうが、記録上は室町時代には存在していたらしいから、少なくても500年~600年は歴史を遡ることができるのだろう。

先に紹介した555年続く奈良県川上村や天川村の朝拝式といい、山村にはこうした伝統習俗が今に残されているのである。

西浦田楽は、重要無形民俗文化財の指定を受けているが、もとはといえば、小さな村のまつり。今や過疎が進む中で継承は大変だろう。
ただ、今年の田楽では、若者の姿も目立った。やはり受け継ぐ誇りなのだろう。

観客は数十人いたが、出入りは多かったから、みんな部分的に見に来るのかもしれない。たいていはカメラ小僧であった(^^;)。また外国人の姿もある。なんでも最後の締めの「しずめ」の儀式がもっともよいらしいが……。

歴史があるところはよい、価値ある伝統芸能のある地域が素晴らしい、(付け加えれば、美しい景観がある、稀少な自然がある、巨木がある……)と短絡的なことをいうつもりはないが、やはり過疎地の今後を考えるうえで、これらの要素の将来は大きな論点になるだろう。

2012/02/10

春埜杉

天竜から帰って来ました。

金原明善についてだけでなく、さまざまな収穫があったが、本日は簡単に。

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春埜杉。


天竜から、「樹齢1300年の杉があるので、見に行きますか」と誘われ、軽くOKしたら、それから車で約1時間(^o^)。天竜を飛び出して春野町であった。そこの、とてつもない山奥の尾根筋を走って、たどり着いたのが、大光寺という鳥居のあるお寺。

この寺は、行基さんが作ったお寺だとか。なんだ、生駒山の行基さんか、と気安く呼ぶのは、行基さんの墓が生駒山麓にあって馴染みのため。行基菩薩とも呼ばれるが、大仏勧進などもなし遂げた天平のスーパースターなのだ。

で、そこにあるのが、春埜杉。樹齢1300年ということになっていて、目通り14メートルの巨木である。

2012/02/09

金原明善像

金原明善像
今日は静岡県の天竜にきている。

で、まず詣でた?のが、金原明善像。天竜林業の父にして、治山治水の英雄だ。
で、金原に林業おしえたのが、土倉庄三郎。吉野と縁が深いのだ。

2012/02/08

国際森林年から地球サミット(リオ+20)へ

もう国際森林年は、遠くになった……と思っていたが、実はまだ終わっていなかったらしい。

こんなイベントがあった(笑)。まあ、これは森林年の林野庁なりのまとめらしいが。だから林野庁長官も出るのか。

で、気がついた。

2010年 国際生物多様性年

2011年 国際森林年

と続いて、今年2012年には、地球サミット(リオ+20)会議が開かれるのであった。(6月20日~22日、リオにて)

これは、1992年に開かれたリオで地球サミット(国連持続可能な開発会議)から20年なのだ。そしてこのサミットのリオ宣言と、行動計画である「アジェンダ21」から地球温暖化防止のための気候変動枠組条約と、生物多様性条約が生まれた。それを20年目に検証するらしい。

だから、2010年と2011年の国際年があったわけか。どちらも「持続可能な開発」がキーワードだ。今頃、知った。

しかし、昨年が国際森林年だったことさえ、早くも忘れ去られているからねえ……。6月になったら、少しは盛り上がるだろうか。首脳級が勢ぞろいするという会議だが、日本からは誰が行くのだろう。いや、行けるかな。

  • 2012/02/07

    ファイヤーフォレストリー

    この写真は、生駒山の森の中に隠されたような棚田の一こまである。

    先日、散歩……いや、ここまで行くとハイキングか……の途中に見かけて、ちょっと隠し撮り。

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    棚田の法面にある枯れ草に火をつけて焼いている。

    我々のような「よそ者」扱いされる者が、山で焚火をしたら怒鳴り込んでくるが、地元の人間は平気で火をつけているのだ。

    とはいえ、最近では野焼きの禁止が強くて、農地でもどんと焼きをしなくなりつつある。
    正確には、伝統行事や、個人の小さな焚火などは例外規定があるのだが、どうも一律に禁止と思われがちだ。

    山火事を恐れたことも理由だろう。森林が燃え上がると、なかなか消えないし、莫大な有機物を消してしまう。


    だが、もともと山の開発は野焼きから始まったはず。焼畑はもちろん、草原を焼いて、見通しをよくするとともに、枯れ草を除くと新芽が出やすい効果もあることを経験的に知っていたのだろう。山を焼くと、野生動物が増えるという調査結果もあるのだ。

    そして日本の林業は、ほとんどが焼畑から始まっている。山の木を伐採して、木材として利用するとともに伐採地で陸稲や野菜、芋類を栽培する。そして雑草の進入が増えてくると、木の苗を植えるか、自然に生えてきて、森へもどす。

    森も、火が入ることで土壌内に堆積した古い有機物を無機化し、アレロパシーにつながる余計な化学物質を消すのだ。それで土壌も一新する。消毒にもなるだろう。

    それなら、もっと火につながる林業<ファイヤーフォレストリー>というのはありえないだろうか。

    昔ながらの焼き畑の復興もいいが、現代流に山腹に火線を引いて自動燃焼と自動消化を行い、その後に山菜栽培を行う。

    バイオマス燃料を生産するのも一つだが、もっと大胆に、荒れた山の生態系の回復する技術として野焼きを活用したい。手遅れまで荒れた山を無理して手入れするよりも、一気に焼いてゼロからスタートさせた方がよい森づくりができる。間伐するくらいでは回復しそうにない山を焼き、跡地で植林から始めるのだ。その方が、すじのよい木が育てられるし、生長も早い。

    いっそのこと、森林を丸ごと蒸し焼きすることで、林立する木々をそのまま木炭にできないか。そうなれば、搬出も楽で、高価格の木炭を大量生産することが可能になるだろう。

    なんなら山火事発電……なんてことも考えてみる。

    馬鹿げたことを、と思わず、火を恐れず、もっと火を利用してもいいのではないか。

    2012/02/06

    川上村の骨組みは、自天王と杉檜

    今日の新聞で気がついた。

    昨日は、川上村で朝拝式が行われたのであった。しかも、昨日私は、土倉庄三郎と後南朝の自天王について書いていたのである。朝拝式は、自天王の墓前で行われる重大儀式であるのに、その日に儀式が行われていることを忘れていたなんて!

    なんと、間抜けな大ポカである。

    ちなみに、後南朝とは、南北朝時代が終わった後に、再び復活した南朝のことで、主な拠点が、吉野の川上村にあった。そして、南朝の皇胤である一ノ宮尊秀王(自天王)が討たれたことを嘆き、忘れぬように、王の鎧や兜を祀った儀式である。朝拝式そのものは天皇の正月の儀式だが、後南朝でも途切れず続けられてきたのである。

    そして、川上村というのは、「自天王と杉檜を骨組とせる一村なり」というほどのアイデンティティを、この儀式に置いている。

    林業の村と言っても、産業だけでは味気ない。そこに歴史・文化が絡まって、地域の太い根っこが育つ。

    それが今年は555回目。 ああ、行くべきだったなあ……。

    私は550回目に参列したが、それまではよそ者どころか村人でも「筋目」と呼ばれる血筋のものしか出席できない秘儀であった。

    ちなみに、隣村の天川村では、600回目を越える朝拝式が行われている。南朝の皇胤は、各地に隠れ住んでいたのである。こちらは、悲劇の記憶ではなく、正式の朝拝式であるが。

    山村文化の奥深さを感じるべきだったなあ。

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    写真は、5年前のもの。

    2012/02/05

    木製のスマホ・グッズ

    今日もお休みの日に堅苦しいことは書かない(^o^)。

    で、最近ようやく出てきたスマホ・グッズ。木製の保護ケースだ。

    http://www.value-press.com/pressrelease.php?article_id=91646

    http://www.remoera.com/products/wg_case_ip4.php

    いかにも無機質なスマホなどIT商品を、木の感触で一気に人肌に温めるグッズこそ、木に対する感性を磨くのではないかと思う。

    この商品は、何も国産材の需要を考えたわけではなくて、チークやマホガニー、ローズなどの外材銘木のものも多くある。国産材としては、屋久杉と吉野杉という、二大(天然木と人工木)ブランドを選んだようだ。

    国産材の方が値段があまりに高いという難点はあるが、あくまで消費者の指向に合わせたということだろう。その点がリアルな商品と感じる。

    いいものを作る、欲しくなるものを作る、のであって、国産材をなんとか使ってもらおうという勝手な思い込みがない。国産材の間伐材製です、と言うのでは売れないのだ。あくまで品質とブランド重視である。

    ちなみにナラとタケあるが、これは国産材かな。

    タケに関しては、イギリス製でこんなのも出たらしい。

    http://gadget.itmedia.co.jp/gg/articles/1202/03/news054.html

    私も、ここは一つ奮発して……と言いたいところだが、私のスマホは、Xperia arc  でもIPhoneでもないのだよ(-_-)。

    2012/02/04

    里山をなめるな2

    休みの日の話題は、やっぱり、これかな~。

    立春とはいうが、生駒は昨日より寒い気がする。

    その中、毎度の散歩に出たのだが、いつも生駒山に沿って歩いていると、山の中に吸い込まれてしまうので、今日はあえて生駒山から遠ざかる方向に進路をとる。街の中を東に進み、奈良方面へ。どこまで行けるか。まあ、帰りは近鉄に乗ればいいので、気は楽だ。

    が、そこに立ちはだかったのが矢田丘陵だった。

    生駒市と奈良市の間には、矢田丘陵という低い丘陵地が生駒山系と平行して走っている。だから生駒は谷になり、この丘陵を越えると奈良盆地に入る。丘陵は、標高100メートルもなく、生駒山とは違ってなだらかだ。

    ここを突破しなければならない。かといって、車がびゅんびゅん走る道を歩きたくない。そこで阪奈道路を越え、ゴルフ場とテニスクラブの奥に入る。きっと、どこかに抜け道があるさ……。

    なかった。

    抜け道はなく、あっさり雑木林の中に入ってしまった。

    ただ、落葉樹ばかりだから見通しはいい。しかもなだらか。いつもの急傾斜の山肌とは大違いだ。こちらは土地勘がないのだが、大雑把にどれくらいの距離で富雄川沿いに出るかは見当がつく。

    そこでフラフラ進む。意外なところに池があったり、せせらぎもあった。ゴミはない。生駒山中には、ゴミが多く、それが人の気配を感じさせるのだが、こちらはほとんどないなあ。ただ、境界線を調べた跡はたまに見かけて、まったく人がはいっていないわけでもなさそうだ。

    まあ、そのうち出るさ……。

     

    全然、出ない。どこにも出ない。森は続く。

    平坦な分だけ、見通しがきかず、しかも倒木が多い。灌木もあり、ブッシュになっている。

    土地勘がないだけに、不安もあるが、私の抜群の方向感覚からすれば、心配ないはずだ。彷徨することなく、一定方向〔東〕に進めば、必ず森から出られるはずだ。そして住宅街にぶつかると確信していた。

    徐々に地形は複雑になってきた。平坦だったはずなのに、急斜面があったり、なんと渓谷まで現れた。おいおい、こんな低くてなだからな丘陵地に、高さ5メートルを越えるような崖があるのか! 

    必死に登り、沢を渡り、その尾根超えたら……なんかやばいぜ。

    午後5時近くになって、日が暮れだした。暗がりの道なき森なんて、歩けないぞ。これが一番怖いなあ。

    里山をなめたらアカン。標高の低さは関係なく、細かな地形が進路を阻むのだ。

    必死に進み、ようやく見つけた境界線の杭に沿って、廃道のようなブッシュをかき分けかき分け進み、ついに建物が見えた。

    ホッとした。

    なんとか、森を抜けた。そこは新興住宅街のようなところだった。

    ここで、禁じ手を使う。スマホのマップで現在位置を確認したのだ。おお、見事。私の想定したとおりの場所に出ていた。

    やっぱり私の方向感覚はすごいな(^o^)。




      
    追伸。そこから町を抜けるのが大変。い集落にミニ開発とニュータウン建設が入り組んでいて、道は複雑怪奇。あみだくじか! と言いたくなるような野放図な道を抜けて、なんとか富雄駅にたどり着けた。

    町もなめたらアカン。

     

    2012/02/03

    木材内部から放射性セシウム?

    このところ流れているニュースで看過できないもの。

    東京農業大学の林隆久教授が、福島の木材を調べたところ、内部から放射性セシウムを数千ベクレル検出したというのだ。これを字句どおり捉えたら、福島産の木材は、樹皮を剥ごうが、製材で辺材部を切り落とそうが、使えないことになる。

    まずニュースを引用しよう。かなり短いから、全部になってしまう。詳しい発表資料を探したが、見つからなかった。

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    http://www.jiji.com/jc/zc?k=201202/2012020100933&g=soc

    東京電力福島第1原発事故で放出された放射性物質が、森林に与える影響を調査している東京農業大学の林隆久教授(木の遺伝子工学)は1日、福島県内3市町の森林の樹木を調べた結果、内部から放射性セシウムを検出したと発表した。最も数値が高かったのは南相馬市のスギで、1キロ当たり2300ベクレルだった。
     調査は昨年9月から12月、南相馬市と相馬市、新地町の計7カ所のスギなど30本前後を対象に実施。厚さ2ミリ程度に輪切りした木を、X線フィルムに密着させて感光するオートラジオグラフィー法で内部の放射性物質を確認した。
     年輪ごとに削り、セシウム濃度を計測したところ、最高で2300ベクレルを検出した。対象のうち7本前後は検出されなかったという。一方、表面の樹皮で最も高かったのは南相馬市のヒノキで、同9万5000ベクレルだった。
     林教授は「セシウムの気化や木材として使われることを考え、何らかの基準を作るべきだが、線引きは難しい」と話した。(2012/02/01-19:44)

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    これでは、どうも調査の実質がわからない。対象として樹木の太さも示されないし、試料の採取の仕方もわからない。木材内部とは、年輪のどこの部分なのか、またサンプルの数値のばらつきもわからない。30本中7本は未検出だそうだが、地域差があるのかないのか……。

    通常の考えでは、木質部は生命活動を終えているから、樹木の表面についた放射性物質が移動すると想定しづらい。だから樹皮や木材表面を削れば安全なはずなのだ。

    ただセシウムがまったく移動しないわけではない。過去の水爆実験時に、空気中のセシウムが木質部に満遍なく移行した調査例はある。それは木質部の中にある柔細胞のためだ。この細胞は、まだ木質化していず、そこに物質を貯蔵する。そこにカリウムとよく似たセシウムをため込むことが知られている。

    ただ、それで移行するには、長い時間がかかり、量的にも少ないはずだ。また樹木の木質部のうち柔細胞が何%くらい占めるか私は知らないが、そんなに多いものではない。

    だから、上記の測定結果が不思議なのだ。

    その数値が本当だとすると、どのようなメカニズムで数千ベクレルも内部にあったのか。

    もしかすると、サンプルの木片にたまたま柔細胞が多くて、それが数グラムなら1キログラム換算で多く出てしまった……という可能性も考えられる。

    あるいはサンプルの中に非樹木性の植物が混じっていたとか……(草本なら、内部にセシウムをため込むのは理解できなくもない)。

    またオートラジオグラフィー法の精度はどんなものだろう。

    もし、この測定結果が一人歩きすると、福島の林業は成り立たなくなる。ただでさえ、「木材は情報素材、情操素材だ」と言っているのに、人体への危険の有無に関わらず、購入意欲を減退させるだろう。

    とにかく、測定方法や結果を詳しく発表してもらいたい。また追試もお願いしたいものだ。

    2012/02/02

    森林経営信託契約と借地林業

    先日、岐阜県の御嵩町が、「森林経営信託契約」を締結して、町有林約236ヘクタールを可茂森林組合に預けたというニュースが流れた。

    この「森林経営信託」とは、森林の所有はこれまで通り維持したまま、経営を分離して信託するものだ。10年を一区切りとして契約する。これによって、森林組合が自らの裁量で森林資源を活用する経営を行えることになる。町は約780ヘクタールの森林を所有するが、順次契約を結んでいく予定だという。

    組合としては、長期的視点を持てることから、人材育成や収支バランスを考えて仕事量を調整できるし、木材市場への安定供給も保証できる。

    この契約締結は、公有林では全国でも島根県雲南市に次いで2番目だそうだ。

    ちょっとわかりにくいが、以前から言われている森林の所有権と利用権(経営)の分離を行うものだ。
    これまで森林経営のノウハウを持たない、あるいは意欲のない山主の場合、意欲的に林業を行う経営者に山を任せた方がいいと言われてきた。しかし、土地の所有権移転まで含む森林の売買は簡単ではなく、なかなか集積は進まない。

    そこで、土地と森林経営を分けて長期間森林の経営を依託うという考え方だ。今回の信託契約も、それに当たるだろう。10年間あれば、他人の山でも、自らの裁量で植えるか伐るか、どんな施業法を取るか考えることができるだろう。利益も努力に比例するようになれば、意識も変わるのではないか。


     
    私は、このニュースを読んで、なんだ、吉野の「借地林業」じゃないか、と思ってしまった。

    「借地林業」は、まさに所有権と利用権の分離だった。他人の土地を借りて、そこに造林したら、立木一代限りの権利が発生する。これが、立木権である。植えてから育てて収穫するまでの権利を維持できるのだ。それは契約終了まで80年~300年もの長きに渡る。

    実はこの権利も売買できる。植林から10年育てて転売し、次の10年も育林したらまた別の人に転売する……というようなことをやっていた。

    余談だが、この立木権を利用したのが、立木トラストである。ゴルフ場建設反対運動などで予定地の木の権利を細かく反対者に分配してしまい、事実上開発できないようにしてしまう戦術だ。

    今の吉野では、このやり方は廃れてしまったが、改めて権利関係の概念を整理し契約すれば、現代的に復活させることができるかもしれない。

    2012/02/01

    『林政意見』に現代を読む

    『林政意見』は、1899年に土倉庄三郎が中邨彌六林学博士・衆議院議員と連名で自費発行した論文である。簡単に言えば、当時の林政に対する批判と提案の書であろう。

    その3年後に、庄三郎は『再ビ林政ノ刷新ヲ論ズ』という論文を、大日本山林会報に掲載している。

    これらを読んでみると、いやはや、まるで現代の林政を語っているかのようである。

    そこで、少し紹介しよう。

    荒れた山林原野に植林せよ、とか、地の天然林資源の活用などの点は、森林事情の時代的相違を感じる。しかし、伐採跡地の再造林が遅れていることには通じるだろう。

    注目すべきは、国有林の解体論だ。

    国有林の多くを地方自治体に売却し、森林を基本財産として自治体の財政力を堅固すべきとした。これは山村地域の財政不足を林業振興によって補おうという。

    その裏には、政府には700万町歩の国有林を経営する能力はない、という見立てがあった。この点は、20世紀末に国有林野事業で3兆円もの赤字を拵えて破綻させた現在の林野庁を連想させる。

    だから、より身近な自治体に森林経営を任せるよう主張したのだ。林業は、地域の事情と森林の特性を知らねば経営できない。中央官庁の机上で行うものではないのだ。

    自治体には森林を経営する資力や人材がいないという中央官庁の言い分には、「貧しいなるがゆえに富ませることを要せずとは論理を失う」と反論する。そして、地方に森林経営のノウハウを誘導する方法があると断言した。

    山川省の設立というユニークな提案もしている。治山と河川の砂防を行う山川省を置き、全国の山林河川の業務を統一すべきというのだ。今なら林野庁と国土交通省の合体だろう。

    たしかに縦割りは現在でも酷い。国土交通省と農林水産省と林野庁が、それぞれ無駄だらけの事業を行っている。治山・砂防だけでなく、国道、農道、林道の違いは、所轄官庁の違い以上の意味はない。

    よく林野庁は、農水省に吸収されるとか、環境省と合併するといった案が出るが、狙うは国交省かもしれない。森づくりは国土づくりだ。そして林業振興部分は、経産省に任せるといいかもしれない。

    天然林施業は、無謀の極み

    今も天然更新の名目で、放置している伐採跡地が多いよな。

    専門教育を受けた林吏を増やすべき

    無学の林吏の多いことを嘆いているのだ。

    かつて技官の砦だった林野庁も、今や長官だけでなく部長クラスまで事務官が抑えている。マツとスギの区別もつかないような事務官が、林政を練っているかと思うとムカつくな。林学だけでなく、専門分野を学んだ職員を増やし、政策を担うべきだろう。それも2、3年で配置転換するのは、人材の浪費だ。10年20年単位でないと、政策は作れまい。

    木材も有用樹の生産に加えて販路も熟慮すべきで、あらかじめ需給の予想を立てて用途に応じて造材すべき。

    現在、林業を衰退させている大きな要因は、木材の需要と供給がミスマッチしていることだ。販路も考えず、使い道も知らないで木材生産しているから、価格が乱高下する。

    国産材の増強により、外材輸入を減らすだけでなく、木材輸出も行うべき

    今世紀になって始まった中国や韓国への国産材輸出は、まさに100年先を予言するかの言葉だ。言い換えると、100年早すぎた。

    日清戦争は、多くの人材を失い、財政的にも損失を抱えた。外に進出するより国内開発で解決すべき。

    そう、内需と国内生産こそが国家経済の基本だ。今の日本は、欲しいものをどんどん輸入し、産業界は海外に進出することばかり考えている。これこそ経済の歪みである。まず地元の資源を活用し、また国内で需要を開発すべきなのだ。

    各府県に森林行政機関を設けるべき。「国家巨億ノ富源ノ消長ニ関スル」ことを研究せずに、国は何を調査研究するのか。

    この点も、現代の研究機関に読み聞かせたい。趣味的な里山や森林セラピーの研究もよいけれど、林業の研究を忌避している状態は、おかしいだろう。


     

    土倉庄三郎が感じた政府の森林政策に対する苛立ちは、そのまま現代にも通じそうである。

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