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森と林業と田舎の本

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2012/02/16

「桜一本、首一つ」の呪縛

自治体の緑地や文化財関係者の間には、「桜一本、首一つ」という言葉?があるそうだ。

公園や城跡などで石垣沿いに植えた桜などの樹木を伐採すると、担当者の首が飛ぶというのだ。もちろん、理由は住民などの抗議によって。

本当に首が飛んだ例があるかどうかはともかく、公園や街路樹の伐採はなかなか骨が折れる。常に反対運動にさらされるのである。

ここに公務員?の覚悟が試される。

伐るには、理由がある。とくに石垣沿いに植えられた樹木は、生長するにつれて根が深く太く張ることで石垣を崩壊させかねない。
また池の岸辺近くの木も、枝は光がよく指す水面の方に伸びがちだが、すると樹木の重心が傾いて、池岸を崩壊させつつ倒れてしまう。

しかし、市民は樹木が生えていることが景観であって、伐採することに感情的になりがちだ。そして事実を認めたがらない。

私自身も、京都の某有名池の保存維持活動をしている人に池の周りを案内してもらったことがあるが、岸辺から池側に大きく張り出した木を、「池の岸を守るために伐採した方がよいのでは」と提案すると、血相変えて反対されたことがある。

また私は、生駒山で照葉樹林化しつつあるうえ密生して樹勢が衰えている公園の整備計画の委員をしているが、どんな施業をしてどんな森づくりをするべきかという技術的なことよりも、公園の木を伐ることの市民の反発をどのように回避するかの手法を考えた方がよいと思う。

きっと、周りを圧迫している大木を伐ろうとした途端に、公園内を散策していた人が集まってきて抗議の声を上げるに違いない(~_~;)。伐採して、バラバラに刻んだ木を目にしたら、抗議集会が開かれるだろう(⌒ー⌒)。
伐採跡地が落ち着いて、それなりに被圧されていた緑が育つには、半年から1年はかかる。それまでの間、荒々しい伐採跡をみんな目にするのだ。

とはいえ、首をとられたくないからと、伐採を放置して石垣も川岸や池岸が崩れるに任せるのも困る。

なかには樹木の伐採計画に市民グループを加える自治体もあるが、果たして素人の意見を取り入れて森づくりができるだろうか。
林業界でも、現場を知らない所有者が(伐り捨て)間伐する木が可哀相だとわずかしか切らない「涙間伐」という言葉があるが、それでは間伐効果は出ず、線香林と呼ぶ、ひょろひょろの木ばかりになる。

やっぱり、伐採そのものをイベント化して、環境教育の一環にでも取り入れた方がいい。伐採行為を楽しく教えるべきだ。あるいは伐採した木を利用して、役立つものができることを示したい。ただコースターや塗り箸なんかではつまんないけど。チェンソーアートで彫刻にするとか、板や角材にして、身の回りの家具になることを教えるとか。

そういえば、昨日貶した「記事広告の林業」では、小学生に「木材を使うことも大切」だと教えるシーンも記されていた。「木を伐ることは自然破壊」と思っていた子供たちに、「伐っても、使って、また植えればいい」と教えると、難しいテストの解答が浮かんだよう……とある。

これは小学生だけでなく、市民団体にも教えないといけませんね(笑)。ついでに伐ったら植えるという大原則を守ることを、林業関係者にも念を押さないとね。

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コメント

熊本城の立派な石垣に植えた楠も巨木になって石垣を壊しそうになっていました。伐るか伐らないか論争になったまでは知っていますが、その後どうなったのかな?

私は石垣を愛することにかけては日本でも上から83位に数えられますが、やっぱり楠よりは石垣が大切だと思います。

>桜一本、首一つ

 いや~この一例で、近年マスコミも食いついたのが、小田原城の
伐採問題ですね~(^^;)
(間接的に、意見を求められた事があり、林業や史跡保護の点で
意見を伝えたことがあります)
 江戸時代の「城内の樹木管理」や「戦国時代の城内」の事や、
国指定史跡の意味、文化庁の指摘の意味など、林業だけでなく、
そうした点からも、問題が山積しているので、観光面だけの「剪定」や
「伐採」ではないのは、情報公開された計画を見れば判るのですが、
とにかく、情緒的に「伐採反対」の方々には・・・

 ただ、小田原城は地元の「緑原理主義者」(仮名)と完全に対決と
なりましたが、浜松城や姫路城の「伐採計画」には、そこまでの反対
などは聞きません・・・

 ただ、新潟県の春日山城の件は、上杉謙信という人気武将の居城
だったので、緑分野の団体だけでなく、武将好きの方面からも非常に
「情緒的」な反対がありましたね~

 近年は史跡復元も「本格志向」で、「昭和の時代」のような、無茶な
「なんちゃって天守閣」などは、無理になりましたが、逆に、放置に
等しい管理で、石垣が危機的になっているのです・・・

 なので、姫路城や浜松城の伐採計画などが「すんなり」いけば、少しは
「まし」になるのでは?と個人的には思っています。

熊本城や小田原城、春日山城……と全国で問題化しているんですね。

樹木保存派は、石垣を崩して立つ木を見て、美しいと思うんだろうか。その時は、沢畑さんのような石垣派の人が抗議行動を取るとか。こりゃ、担当者の首が飛びわけだ(^^;)。

だいたい、城は本来戦闘に備えた要塞なのだから、樹木はあんまり植えていないはずです。つまり昔の姿を復元したいのなら、木の多くはなくす必要がある。

コメントの一番上のかたも熊本の方!!??

熊本市の白川河川敷も改修工事をしていて、
伐採風景を見た市民が抗議の投書をしていましたが、
そのすぐあと、紙面上で工事担当の方が返答していました。
無視できない投書だったんですね・・・・。

それに移動に耐えると判断された樹木は、
伝統的なやり方で移動させたみたいですし・・。

「桜一本、首一つ」、的を得た表現ですね。

突然の訪問と内容とは違うコメントをし、大変失礼致します。
土倉庄三郎の娘か孫娘で川本家に嫁いだ人はいますか?

みーふーさん、私は水俣市の山間部におりますが、少年時代は熊本城のすぐ隣の小学校中学校に通って毎日見上げておりました。

熊本城は加藤清正のデザインですが、木を植えたことは植えたけど、大木にしようという意図はなかったと思います。まして石垣を崩すなどとは、城の存在意義の否定に近いでしょう。

白川河川敷は、ちょっと別の問題になりますね。大甲橋(白川にかかっていて路面電車が走っている橋)から見る上流側はとても美しい景色でしたが、天井川だから洪水の危険性も大きいということで。

みーふーさんと、沢畑さんは、熊本の北と南で交流してくださいね。きっとお互いの感性は合うと思います(^o^)。そういや、みーふーさんは、焼畑にも思い入れがあるはず。

さて、いきなりの土倉絡みの質問。
これだけでは何のことかわかりませんが、三女の糸が医者の川本恂蔵と結婚しています。

確認遅くなり大変申しありませんでした。
いきなり土倉絡みの質問をした者ですが、本当の父の系譜が知りたく質問させていただきました。
三女の糸が私の祖母にあたることがようやく解りました。

ありがとうございます。

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