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2012/02/20

「限界集落の真実」書評

限界集落の真実」(ちくま新書、山下祐介著)を読む。

サブタイトルは、「過疎の村は消えるか?」であり、帯文には「消滅しそうな集落など、いったいどこにあるのか?」と、刺激的。

世間一般には、過疎化の進行によって限界集落が増し、今にも田舎の集落が次々と姿を消そうとしている現状が語られているが、それに対して別の姿を描いているのだ。

※この当たりを説明するとネタバレになりかねないのだが、小説ではないので多少覚悟の上でお読みください。

第1章は、「つくられた限界集落問題」として、報道されているイメージとは違う現場を次々と紹介。「問題のないのが問題だ」とさえ言っている。実際、政府の統計でも定義上の「限界集落」は増えているが、その後20年経っても、消滅した集落は非常に少ないのだ。

住民の高齢化率は高まったが、まだまだ元気で生活に支障なく暮らしている。

そして2章以降、全国の過疎地を歩きレポートしつつ、分析する。そして導き出したのは、高齢化が進んだのは、寿命が延びたから。村を出て行った子供たちも、長男など一人は比較的近くの町に住んでおり、時折もどってきては農作業を手伝ったりしている。そして将来的(定年後?)Uターンしたい希望を持っている……ことを示す。

そして著者は、限界集落は安定に多少時間はかかっても、基本的に維持され再生が行われる、つまり消滅しないと予測している。

これは大胆な、仰天シナリオである。

私には、ちょっと納得できない点も多い。現時点で消滅しない、しぶとく残っている限界集落が多いと言っても、人口は確実に減り、年齢は上がっている。まだ消えていないかもしれないが、数年後に消えるかもしれない、消滅への道をたどっているのに違いはないだろう?

また子供たちにUターン意欲はあるかもしれないが、実際のUターン(それにIターンも)を実施する確率はどれくらいだろう。それによって存続維持される集落は、少数派ではないか。そもそも日本は人口減少社会を迎えているのである。

そしてUターンがあるなしにかかわらず、集落の文化や歴史を引き継ぐなんてことは可能か。人が入れ代われば、消えていく記憶は無数にあるだろう。

もちろん、そんな私の異議に該当する解答も本書の中にある(私は完全に納得していない)うえに、集落再生に向けての提言も描かれる。「成長モデル」「競争モデル」「減退モデル」の三つも示される。

しかし思索は、結局のところ、田舎社会は必要か、という点に行き着いてしまうのではないか。東日本大震災の経験も踏まえて、日本の社会構造を問い返しているといえよう。

ちなみに面白かったのは、日本の各地域が本当の意味で一体化できたのは、戦後田舎の集落から人が出て行き都会に入ったことによるとしている点だ。村から離れたように見えて、実は郵便・電話・インターネットなど通信網の発達した現代は、完全に切れることなく人をつなげている。山地と平地、村と町、といった断絶はすっかり弱まったとしている。

私も著書で、「過去、山村は過密だった」として、村から人が出て行くことは悪いことではないこと、人口減少が問題ではなく、年齢バランスが崩れることが問題……などと記してきた。
そして、限界集落に村おこしは必要ないと考えている。無理な活性策や、人口増政策は痛々しい。ただ今暮らしている人の利便を守るだけで十分ではないか。消えることを恐れず、消えてから新しい人で再興することに期待してはどうか、と思う。

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書評・反響」カテゴリの記事

コメント

私も読みました。目から鱗の内容でした!
確かに限界集落は消滅するとの結論に飛びついたのは、行政の方で、実際はしたたかに生き延びていることが著者の調査結果からは言えそうです。
が、私も組長とおなじように感じております。
今の所は、なんとか存続していますがこの後5、10年後には消滅する可能性が高いのではと思います。

これは、例えは悪いですが絶滅危惧種と同じようにやはりきちんとした政策が講じられないと、絶滅するわけです。

きちんとした対策というのは、地域地域で違うのが当然です。生態系、つまり村落構造をしっかりと分かっている地域の行政マンが本当に知恵があればいいのですが。
それだけに期待するのも酷かもと思います。

村の外の人間の知恵を柔軟に取り込んで生き延びる地域と、自然消滅する村落と、これから5年後が分水嶺かも?

素人の浅はかな考えであることを祈ります。

田舎に時々帰りながら、都会に住み続ける団塊の世代より

しゃべり杉爺さんも、Uターン予備軍として田舎を支えているのですね!

田舎(町の一地区も)集落の今後は、存続を目的化しては本末転倒で、なぜ存続させたいのか、存続させられるポテンシャルがあるのか、を起点に考えなければならないのでしょう。

限界集落に村おこしは必要ないと考えている。・・・いわゆる、無理な都市との交流を目的のものは、そんなに必要ないと思います。・・・というよりも、そういうことに予算を割くよりも、高齢化しても住める地域づくりに焦点を絞って施策を行っていただきたいと思います。
結局、これは、集約的なところで、高齢化対策や福祉対策を行ないたい行政側のフィクションという部分が大きいですね。
それと、「新しい公共」というかたちの行政の仕事放棄の感が否めません。
もし、住民主体で、こういう従来の行政の役割を担わなければならないのなら、予算もそっくり住民側にわたして欲しいですね。
予算管理は行政、じっさいのしんどい仕事は住民というのは、いただけません。

うちも、いわゆる限界集落地域ですが、抗っていますよ。
でも、高齢化で大変なことは大変ですけれど、・・・。

私が必要ないとした「村おこし」は、無理に人を呼び込んだり、祭的な新規事業ですね。今住んでいる人の生活基盤を支える事業は必要不可欠です、というより、行政の義務。

本来、行政というものは、そうした下支えが基本ですね。そして意欲があるところを援助する。「意欲」まで行政が提供することは不可能です。

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