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2012/03/26

借地林業~よそ者と山林

久しぶりに土倉庄三郎について書きたくなった。

土倉家は吉野の林業家で、当然山林は吉野(とくに川上村)に持っていた。その面積は最盛期で9000ヘクタールに及んだという。が、それだけではない。実は全国各地に造林しているのだ。さらに息子が台湾に1万ヘクタールの借地をしている。

吉野には、借地林業と呼ぶ伝統がある。土地を借りて植林し、その後育てる間の管理権は植林者が握る。ただし立木一代限りで、木を伐採して収穫したら利益を所有者と折半して土地は返す……という方法である。このために、法律でも立木権が認められている。いわば所有権と利用権の分離であるが、この応用で全国に植林したのである。

庄三郎の吉野外造林の手始めが、群馬県の伊香保だ。庄三郎はその土地を見て十分地味が越えているのに木がない状況(おそらく過伐で禿山になっていたのだろう)を嘆き、群馬県知事に申し込んで造林することにした。そして1200ヘクタールを借り受ける。

その対象の村はOKした。が、周辺の村で反対運動が起きる。土地を貸して木を植えられたら、土地そのものも取られてしまうと感じたのだ。また造林されることで入会権がなくなると、草や薪などの採取が制限される心配もある。(この採取が禿山をつくったんだと思うけど。)

村長の息子が、反対運動を煽った。息子は当時大学生で東京住まいだったのだが、庄三郎の造林の話を聞いて帰郷して反対運動を展開した。

結果として、庄三郎は造林をあきらめ、代わりに官林200ヘクタールに造林した。

ここでは、吉野の山林王もよそ者扱いであり、いくら地元に利益がもたらせると説明されても納得せず、土地が取られると疑心暗鬼に陥ったのである。

……なんだか、今の「外資が日本の森を」と似ていると感じた(笑)。無価値に等しい森林に結構な値をつけて買ってくれるというのだ。オイシイ話ではないか。

しかし、よそ者が土地に手を付けるのを嫌がるのだ。別に同郷だってあくどい輩はいくらでもいるのに、それには目をつぶり、見知らぬよそ者を排斥する。昔は有名な山林王でもダメだった。同じ日本人だってダメ、外国人なら大変な騒動になっただろう。

さて、伊香保の後日談。

約20年後に川上村の土倉邸を訪ねた男がいる。衆議院議員であった。彼は庄三郎に面会を申し込むが留守だった。彼は、かつて伊香保の造林を反対した村長の息子だという。

今となっては官林200ヘクタールは緑濃い森が出来上がり、間伐材で収益を上げているのに、地元は禿山のまま。あの時の反対は間違いだった、と謝りに来たのであった。

ところで、借地林業、もしくは立木権をもう少し考えてほしい。これは逆手に取れるのだよ。

そこにある立木の権利を抑えたら、土地の所有者も手が出なくなる可能性があるのだ。

事実、ゴルフ場建設の反対運動で、吉野の借地林業にヒントを得た立木トラストが行われた。わずか数十本の木でも、立木権を設定されたら、開発業者は土地に手を付けられなくなり、撤退を余儀なくされたのである。

外資に森林が買われるのが怖ければ、水源の立木権を抑えたらどうかね。その木が枯れたら知らないけどね(^^;)。

いや、そもそも外資に売るのは立木権だけにしておけばいい。立木一代限りは、外資に森林が使われるが、木がなくなると、権利を喪失する。もし、よからぬことを外資が始めたら、こっそり薬をまいて木を枯らす(笑)。それで森林はもどってくるよ。

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土倉庄三郎」カテゴリの記事

コメント

>よからぬことを外資が始めたら、こっそり薬をまいて木を枯らす(笑)。

鹿や熊がやってくれるかもしれませんね。

そうか、やっぱりクマやシカは増やそう。って、そういう話ではなかったのだけど。

少し考えたら、仮に外資が森林を買っても、自由にさせない方法はいっぱいありますよ。現行の法制度でも。

沢畑さま。。そしたら剥いでもいいのですねっ。
ワクワク。

初投稿で御座います。

貴殿の記事を拝読しました。
立木権を利用し限界集落を100年前に戻せますでしょうか。
ご指導御願い申し上げます。

 
              邦国人  拝

意味わからん。何言いたいの?

多分、邦国人さんは、限界集落の住人で、今の状況をなんとかしたいと思っても、これまでずっとできなくて、田中さんのような方に救世主になって欲しいという願いを持っている人かと想像しました・・・ならば、ちゃんと実名でメールするなりしてはいかがかと思います>邦国人さま
田中さんの周りには、同じような課題と向き合っている方々がたくさんいますから、礼を持って参加されるのがよろしいかと・・・

少なくても立木権の話と、限界集落は何のつながりもないかと思います。

読売批判のエントリーを見た時にも思ったのですが、ある種の入会権的なモノの考え方がどこか住民の感覚の中にあって、それが閉鎖系のシステムの感覚を持たせるが故に、問題を引き起こしているのかもしれませんね。余所者が権利を持つことに高いハードルを課すのは、乱開発の防止を考慮すれば仕方が無いのかもしれませんが、林業を営むことにはマイナスに繋がりそうな気がしてなりません。

本題とはまったく異なりますが、「よそ者」意識は田舎に住まう方や
山林所有の方々には、特に強いのではないかと思います。
例の奈良出身の祖父母が、戦争中実家に疎開し終戦を迎えたとき、
このまま奈良の地で暮らそうかと考えたことがあったそうです。
その時、三男の祖父は相続を受けていませんでしたので、
何も持っていませんでした。
「おまえ、山をいくつ持っている?山の一つも持たない者は、
ここでは誰からも相手にされないよ」と忠告されたそうです。
勿論、善意の忠告だったのですが。
生れ育った人間でさえ、いったん外に出れば、よそもの。
長年の意識は、なかなか変えるのはたいへんそうですね。

日本人には、どこか所有権ではなく入会権的な「山・森はみんなのもの」という気持ちがあって、でも「みんな」の中にはよそ者は入っていない……という構造があるんでしょうね。

「山を一つも持たないと相手にされない」と言われたら、私も辛い(^^;)。
本当は山を買いたいんだけどな。水源に。いえ、転売したりしませんってば。

私も買いたい山があります。10億円程らしいです(笑)。買えません(涙)。

10億円て……富士山ほしいんですかあ。

最近の山林価格は、1ヘクタール10万円切ることもあるらしいですよ。

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