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2012/04/03

嵐は来なかった……。

今日は、日本全国が猛烈な「台風並の」低気圧に縦断されたようだ。

この時間、まだ関東は嵐のようだし、東北から北海道は未明から明日にかけてらしい。

さて、どうなるか、と思ったのだが、何のことはない、生駒には嵐は来なかったよ。いや、正確にはほんの10分20分くらいかな。午前中は晴れていたし、夕方は青空が広がっていた。

これこそ、霊山・生駒山のご加護による……というと、いつも(娘に)バカにされていたのだが、その娘も家を出て、静かなものです(家出じゃないです、大学入学して、下宿した)。

この1年、全国的には本当に災害が多かったのだが、生駒、とくに私の住んでいる地域に関しては、ほとんど影響がなかった。地震は感じないし、雨も風もたいしたことない。隣の奈良市や大阪では、結構揺れたり豪雨にみまわれているのだけど、生駒は何の被害もない。

だが、私もこの地に延べにして30年は住んでいるのだ。そんなに甘くないことを知っている。

そもそも昔は災害が多い街だった。土砂崩れや床下浸水くらいの水害はしょっちゅうだった。当時私が住んでいた山手の住宅街では、山を下りる道は1本しかなくて、そこが崩れて通行不能になったこともあった。私は、登山靴を履いて、崩れた土砂の中を通って駅前に出た記憶がある。それが1週間くらいは続いた。

山火事も発生して、何日も煙が上がり続けたこともある。道路の雪が凍りついて、ツルツルのアイスバーンとなり移動不可能になる日も、冬に幾度かはあるのが普通だった。

また竜田川もよく氾濫した。当時川沿いにあったジャスコが浸水したこともある。

考えてみれば、終戦後は大災害が続いた。一つには山が荒れていたからだろう。が、同時に災害(につながる風雨など)はあって当たり前だったのだ。

それが、都会では膨大な土木工事を通じて災害の少ない街づくりを進めてきたおかげで、今では少しの土砂崩れでも騒ぐようになった。また社会も、少しの交通の乱れでもぎくしゃくするほど余裕のないシステムを組み上げてしまった。

考えてみれば、人は常に安定、つまり変化しないことを求め、頑丈さを追求してきた。結果、朽ちたり燃えやすい木造を忌避するようになる。コンクリートや金属がもてはやされたのだ。

でも、被害の度合いにもよるが、多少の不自由さを許容する社会にならないと、木の文化は保てないと思うよ。

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コメント

う~む。生駒山には神様がいるのですね。
それで、ときどき神隠し(遭難)に。。。
納得。

そんなこと言っていると、(娘に)バッカじゃないの、と軽蔑されるのです(^^;)。

神隠しは、神が隠れているのですかね。

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