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2012/05/10

限界集落一歩手前

今年度の地元自治会役員になってしまった。

一度務めたから、もうお役御免のつもりだったのに、なり手がいずに大揉めした末に、私も手伝うことになったのだ。前回は副会長だったので、なんとか会計に格下げしてもらった(^^;)。

わが町の自治会役員は半年も前から懸案となっていた。ようするに次回は私の属している班から出さねばならないのだが、誰も引き受け手がない状態が続いていたのだ。
それで総会間際までゴタゴタもめ続けていて、私にも依頼がきたのだが、会長だけはご勘弁を~と逃げて、結局、会長はくじ引きで決めたというわけ。結果は、なんと小さな子供のいる家庭となり、結果的に奥さんが引き受けることに。

通常、この手の役員は定年退職などして悠々自適の人が引き受けるものだ。仕事を持っていたら平日昼間は動けないし、何かと無理が来る。しかし客観的には適任者であっても、断固拒否されたらどうにもならない。

だが、くじ引きにすること自体にも異論があり、ではどんな方法がと言っても誰も意見を言わず……と堂々巡り。まったく自治会を維持することがどんどん困難になってくる。

だいたい地域が衰退して限界集落にする最初の過程に、区長のなり手がいなくなることだという。地域のまとめ役がいなければ行事もできなくなり、バラバラになっていく。

……ということは、我が町も限界集落一歩手前か?

生駒市にはコミュニティーバスが走っているが、これも老人が増えて自家用車に乗れなくなると出歩けなくなったからだ。なにしろ坂道が多いから……ああ、これも限界集落っぽい(笑)。

特急が停まり、百貨店のある駅前から徒歩5分の我が家の「集落」が限界化?

そういや、近隣の町の自治会も、分裂して1丁目、2丁目ごとに分かれた。全体をまとめる人がいなくなり、意見対立が増しているようだ。
比較的人口のある町でさえ、こんな現象が広がっている。

そこで気がついたのは、高齢者が多いと、会議が長引き結論が出せなくなる(-.-)ということだ。
自分の意見に固執し、自らは動くのはイヤで、上から目線で話しがち。また話の持っていき方も下手なため相手を怒らせて、まとまるものもまとまらないようにしてしまう。

かつて、年寄りは長老として、私心なく組織のまとめ役になるものと時代劇の中からも決まっていたのだが……。今は、高齢者ほど目先の利益に振り回される。お互いの足を引っ張り合いかねない。

もしかして、東北の被災地の復興がなかなか進まないというのは、高齢化が進んだ地域が多いからかもしれない。

……こんなこと考えているうちに、ふと、日本全体が高齢化していることで、今後地域間のつながりが薄まっていくような気がした。あるいは分裂して小さくなり、行事も大幅に縮小され……。祭がなくなる文化が消える、なんて問題は実は小さい。もっと実務的な作業ができなくなるのではなかろうか。

自治会がなくなれば、行政への情報が上がりにくくなる。たとえば道路が傷んでもいても、誰も通報しなくなるかもしれない。民生委員の引き受け手もいなくなる。孤独死も児童虐待も、発見が遅れるだろう。

高齢化問題は、地方の田舎、とくに限界集落のような地域が深刻と思われがちだが、実は危険なのは大都会だ。小さな地域なら、なんとかやり繰りする。だが、大都会では、介護を必要とする高齢者が。毎年数万人ずつ増えていく。
後期高齢者が100万人単位で存在する都市を想像してほしい。仮に若者がそこそこいて、限界集落より平均年齢が低くて見えても、これだけの規模の要介護者をケアする組織や社会をつくれるだろうか。

自治会の運営が難行することも、限界集落の定義に加えてほしいね。

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コメント

会計係就任、おめでとうございます。またはご愁傷様でした。

限界集落の定義は、65歳以上が半数以上かつ集落の共同作業ができない場所。田中さんの自治会は、共同作業ができなくなりつつあるので準限界集落くらいでしょうか。話のわからん爺さん(好々爺の反対語は嫌々爺?)ばかりでお疲れ様でした。

我が上流社会では、何とか維持している共同作業と、かなり厳しくなっている共同作業と、混在しています。昼間から若者がたくさん村の中にいた時代の組織が現在の上流社会でうまく行くわけもないですね。その辺の作業の整理が必要ですが、前例を壊せない小心者(よく言えば調整型の人)がリーダーだったりするとどんどん組織が劣化していきますね。。。

役員さんご苦労様です。

私も十年あまり前えらい苦労しました。
10年区長をした人が引退表明し、その時私は運悪く班長の一人。
10人余りいる班長が区長の選考委員になるのですが、まず選考委員長が決まりません。何時間も押し付け合いがあったあと、とうとう最年少の私が選考委員長に…。
皆で話して選んだ人に頼みに行くのですが、まったく受け付けてくれません(出来るのに…)。
次から次へと断られ、ついには(私はその時区長を出さない順番の地区住人だったのですが)「選考委員長が責任を取って、区長をしろ」という声まで出始める始末!
さすがに、「それをさせられるくらいなら、わしはこがいな無責任な地区出ていく!」と突っぱねて、なにも決まらないまま正月2日の大字総会に突入。
総会は荒れました。朝の間に通常1時間余りで終わるのが、昼飯も食べずに夕方4時ころまでかかり、やっと無理なことがあるのをおして引き受けてくれる人が出てくれました。ただ、その人にその場で頼まれ、私が副区長になることに…。
二言目には「若いもんに」と言って逃げる割に、何かあったら文句だけはいっぱい言ってくれます。
その後もPTA会長やら区の会計やらいっぱい役員をしましたが、役員選びは大勢いる中からになればなるほど、人は無責任になり決まりにくいと実感しています。

腹が立ったのを思い出してつい、長いコメント書いてしまいました。
スミマセン。

追伸

役得がいっぱいありますように!

ワタシがいた地区では、5年間ぐらい子供会が消えました。
原因は、自治会のお年寄り達が子供会のお母さんがたを
行事のたびにこき使ったため。らしいです。(^^;

年は美しくとりたいものですなあ。。

自治会役員にこんなに反響があるとは……皆さん、苦労していますね(^^;)。

しかし、まなごさんの10数年前というと、えらい若い……しかも伝統ある地域ですが、そこでもそんな事態ですか。
リーダーが調整型はマズいのか。。。今回の役員は、みな仕事を持っている人ばかり。調整する時間も惜しいから、独断専行で行きますわ。
総会で予算案を可決させておきながら「このとおりには執行しません」と宣言する始末(^^;)。だってお金をどこで節約して赤字を消すか、これから考えるんだもの。

子供会も大変です。まあ、若いお母さん方とは会計としてつきあっていくことを楽しみに(役得か)しております。

この際、ぜひ田中独裁政権を築いて、思う存分腕をふるって下さい。コビトや谷山への偏愛も目をつぶりますから。

地域の横の繋がりを強めることは何でもアリ、文句を聞く耳は持たない、文句があればお前がやれ、というスタンスで、新しい自治会つくりに期待しております。森林ジャーナリストの他に、自治会ジャーナリストの評価が固まれば、PTAとか協同組合とか、役の担い手不足で困っている組織に重宝されるのではないでしょうか。

独裁政権の目標としては、子供会のお母さん方と仲良くなること……いや、相互連携を強めることでしょうか。

自治体の運営は、手を抜くことが最大の要諦でありましょうな。。。

鹿児島の平均年齢80歳の限界集落で暮らしておられるジェフリー・アイリッシュ氏(アメリカ人)は
「ここは限界集落ではない。なぜなら全ての人に集落共同体の中での役割があるからだ。ここには誰一人として、集落の維持に必要でない住民はいない。」
と言われておられましたね。

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