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2012年6月

2012/06/30

森から見た「スイス」序章

スイスの林業視察へ行ったのだから、スイス林業を紹介してほしいと思っているでしょう。・・・ほら(笑)。

ま、旅の間あえて記さなかったのは、途中経過で語りたくなかったからである。

では、今から! ・・・と期待しているでしょう(笑)。

実は、まだ消化しきっていない。とはいえ、「思いつき」ブログなんだから、ボチボチと断続的に語っていこうと思う。

ただし、そこでスイスではどこを訪ねて何を見た、誰に会った、何を聞き出した、その意味は何か、林業システムや技術はどんなものか……といったことは語らない。もちろんヨーロッパの林業を解説して、日本の林業にイチャモンつけることもしない。

そうした情報は有料である(⌒ー⌒)。タダで読めるブログに載せるもんか(笑)。どうしても聞きたければ、個別に要相談。

そもそも読んだり聞くだけで理解できるわけない。それに解説できるほど緻密な視察・取材をしていないし……テヘッ(^^;)\(-_-メ;)。

ここでは現場で感じたことを思い出しながら五月雨式に記す。考えながらになると思うので、整理されたものになるかはわからない。森林に関する情報そのものより、スイスという地域で育った思想を読み取りたいと思っている。そして、それが森林政策にどのように反映されたのかを思索する。ブログではあまり資料で裏取りしない方針なので、間違っていたらご容赦を。

せっかくだから、カテゴリーに『森から見た「スイス」 』を作って、スイスに関する記述は、これまでの分も合わせて全部ここに収録したし、今後もそうする予定だ。

もし、出色の出来になったら(笑)、出版を考える。改めて大幅に加筆して書き下ろすかもしれない。うちから出したいと思う版元は、ご連絡を。先着順です。オイ    もちろん音沙汰なければ(T-T)、そのままだけど。

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牛のことも、書くかもしれない……。

2012/06/29

帰国の感想

スイスより帰国しました。

よくぞ、現地滞在中もブログを更新したとお褒め?の言葉をいただきましたが、同時に「見事に林業の話題を外した」との指摘も(~_~;)。もちろん、意図的です(⌒ー⌒)。

ともあれ、28時間以上寝ていないことになり、きついので今日はこれだけ。

あえて帰国した感想をひと言だけ言えば、「これで濃い紅茶が飲める」。

スイスはエスプレッソに始まるコーヒーの国。そこに紅茶党の私があえて紅茶を注文すると、見るも無残な薄い紅茶(^^;)。お湯とティーパックが出るんだもの。。。

2012/06/28

スイスの山の見た目

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写真は、アイガー北壁の下を伸びているトレイルから見た山々。

これを見て、どう感じるかなあ。草原の広がる美しい景色? 牧場だと思えばハイジのようなのどかな世界を想像するかもしれない。

 

ところで、これを日本の景色だと言われたら?  

禿山! 山に木がないなんて、皆伐したな! とか。

まあ、そんなモンです(^^;)

 

ちなみに、明日帰途に着きます。帰りつくのは、明後日だけど。

でも、今スイスのグリンデルワルトは停電なんだよなあ。。。。

あ、点いた!

2012/06/27

牛と木彫り

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インターラーケンの町で見かけた牛。





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スイス人は、相当、牛が好きらしい。





実際、街中に牛のオブジェはたくさんあるし、グリンデルワルトには牛グッズのコレクションを扱う店まである。アフロヘアの牛とか、携帯電話で話している牛などのフィギアは出色もの(笑)。
いや、単純にうれしい(^^)。

でも私が本当に感心するのは、木彫り。フィギアにも木彫りが多いのだ。

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そして街中に、普通に木の彫刻がある。

日本でもチェンソーアートの作品を街中いっぱいに展示して、木彫りのまちづくりを夢想したことがあったな・・・・・。



インターラーケンの町を放浪して遭難しかけたとき、

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とうとう木彫り職人の店を発見してしまった。

しかも女性。

「何彫ってるの?」と聞くと、お面を指差して{あなたの顔よ」と。

薪になるような楢?の木を斧でばっさり割って、そこに顔を掘り込んであるのを見ると、円空か木喰上人の仏像を連想するな。

うーん。ほしかったけど、高すぎた。

しかし木彫りが身近ということは、日常的に木に触れられるということだ。これって、案外重要じゃないか。

でも牛の木彫り、飼おうかな、じゃない買おうかな。

2012/06/26

グリンデルワルトの街で売っていたもの

グリンデルワルトの街に来た。

目の前にアイガー北壁。岩と雪のアルプスの山々が連なる。

岩やる人にとっては聖地だろう。昨夜も岸壁にライトが見えた。誰かが岩に取り付いているのだろうか。やはりワクワクする。

ただし今日は雨!なので(スイスで初めての本降り)山は見えん(^^;)。

で、街は日本人に韓国人もあふれている観光地。

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代わって街の土産物屋で見かけたのは、なんと来年のカレンダーであった。

1年の半分以上過ぎた今の季節、今年のカレンダーは売れないが、アルプスの写真はほしい人がいる。そもそも写真が魅力だろう。

うまい需要、掘り起こしてる。

2012/06/25

チューリッヒの街角の切り株

チューリッヒの町の中心街を歩いていて、目にしたもの。

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店の前に、切り株・・・?
カエルもいる。なんて。




   
クッションでした。なかなかリアルだけど、商品化されているということは、それなりに好む人が見込めるんだなあ。

さすがに私は買って持ち帰る勇気がなかったけど。。ちょっと惜しい気分。

2012/06/24

カウベル

スイスで過ごして、常に耳にするのが、カウベルの音。

放牧中の牛につけられた鈴の音だ。まじにいつも聞こえる。

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遠くからも聞こえるのだが、身近に放牧地があるとも言えよう。



市街地だって、ほら。

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わずかな空間を利用して、放牧する。

写真は、ヒツジだけど。

2012/06/23

工場萌え

連日の工場や施設見学が続いている。

だんだんと配管やタンクや計器を見て萌えるようになってきた(^^;)

そしてスイス人の発想に感心したり意外感持ったり、だが、某所で見かけたもの。

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これはタービン室。



天井からかかっている標識のようなものに。ご注目。

「ナタリー」と書かれている。このタービンの名前だそうだ。

イタリアのメーカーが名づけたらしいが、機械に愛称つけるの、日本人だけじゃなかったのね。

2012/06/21

いちいち、オシャレ・・・

連日の深夜帰りや早朝出発、さらに通信環境もあるから、毎日のブログ更新にあまり期待しないでね。

というようなことはともかく、スイスに来て思うのは、町並みから住居、施設、そして風景まで「いちいちオシャレ」なこと。単に「オシャレ」なのではなく、「いちいちオシャレ」なのだ。
この言葉、同行者がつぶやいたのだが、マジに「ここまでオシャレにできるのか」と嫉妬が入る。

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写真は、山の中の、どちらかというと過疎地の一軒家。周りは牧場と森だけ。外部の人は滅多にこないだろう。

が、窓に花。そしてテーブルにイス。オープンカフェみたいだ。家族で楽しむのだろうか。



ほかにも誰に見せるでもなく、デザインにこだわっている箇所があふれている。風景が風景画のよう(^^;)。当たり前のように市民がデザインを意識している。

なんか、妙な敗北感があるなあ。

2012/06/19

ハイジごっこ

この旅で、もっとも『スイスに来た!」と感じた一瞬。

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山に登り、森がぱっと開けたを思ったら、広い草原。尾根筋にかけて牧場があったのだ。

そして牛の群れ。そりゃ、吸い寄せられますわな。ついつい近づいて、牛をなでようとしたが、警戒されるので、視線を低く・・・・・・。

とうとう寝転がってしまいました(^^;)。

すると牛さんが寄ってきて、足(靴)をペロペロ。囲まれてました。

おお、これぞスイス! ハイジの世界じゃ。ヤギでなく、牛だけど。

あ、私はペーターか。隣にハイジがおらん。

2012/06/18

老人ホームの裏山

こちらに来てから早起きになった。

早朝、宿舎となった老人ホームの裏山を散策してみた。実はちゃんと遊歩道がある。入居者の元気な人は散歩しているらしい。道はゆるやかに登り、歩きやすく設定してある。

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そして、ところどころに赤いベンチが。

これは森林浴・森林療法になるかも。

が、さらに道を進むと、林道にでた。こちらは重機も通った跡がある。いや。蹄鉄跡もあるから馬も通ったのか。

そして見事な混交林となり、伐採跡もあった。ちゃんと林業しているんだね。

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切り株は40センチを越え、かなり立派な木だったよう。

老人ホーム、そして村全体が林業とよくなじんでいる。景観にも健康にもエネルギー源としても身近な存在なようだ。

2012/06/17

スイス着

スイスに無事到着しとります。通信環境もやっと確保しました。

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これが、宿泊しているところです。

お城みたい?  でもホテルではありません。

何かというと・・・・老人ホーム(^^;)。なかなか快適です。宿泊機能があって、外部に開放してるんですね。

ここに1週間以上滞在しつつ、各地を視察する予定です。

2012/06/15

一路、スイスへ

地球の裏側・ヨーロッパは遠い。

窓の下には北極海。黒々とした海域が見える。機内は暗くされていて、静かだ。

みんな周りは寝ている。そんな中、私はパソコンをカタカタと打っている。意外と電波は良好で、ネットもできる……わけないでしょう。成層圏飛んでいるんだから。

これは、事前に打った文章を、時間指定でブログアップしているのです(⌒ー⌒)。だいたい私の席は通路側だし。飛行機に10時間以上座っているのは辛いだろうなあ。

これがアップされた時、私はどこを飛んでいるのもわからんぜよ。飛んでいるのかどうかも、ね。

2012/06/14

いよいよスイスへ出発

このところ、立て続けに建築関係者から連絡がある。

まったくの偶然なのだが、いずれも林業に興味を持って建築に取り組んでいるそうだ。

ただ立場は、伝統構法による家づくりを進める人もいれば、まったく新たな木構造を提案する人もいる。それぞれアプローチが違うのである。

そして、なぜか他者の活動をよく言わない(^^;)。

しかし、どんな構法による木の建築物であろうと、欠点もあれば長所もあるだろう。伝統構法がよいと言われても、万能ではないから在来構法やら新構法が提案されている。同じく新構法にだって問題点はあるはずだ。

結局、建築界も、なかなか他者を認め合って連携するのは苦手なのね。みんな同じく国産材を使って日本の森をなんとかしたい……といいつつ、足の引っ張り合い? 自分の方法こそが最高、というお山の大将なのだ。

林業界も、なかなかこれまでのやり方を変えるのは抵抗がある。いくら、こういうやり方もあると伝えても、取り入れようとしない。みんな自分の流儀を守りたがる。

一度まっさらの眼で林業も建築も見つめ直し、そこから地域事情や伝統を取り入れていくことを考えればいいのに、と思ってしまう。これもよそ者ゆえか。

さて、告知した通り、翌朝からスイス林業の視察団に参加する。お国が変われば、林業や木造建築も変わる。ヨーロッパ人の森林観が日本とどのように違ってくるか。そんな新たな視点と出会うことができるか。

できる限り、まっさらな気持ちで見てこよう。

で、今夜は東京泊まり。

翌朝、成田空港からスイス航空で飛び立ち、約12時間?の空の旅。そして現地滞在約2週間の予定だ。
現地はなんだか寒いらしい(チューリッヒで摂氏12度!)ので、どんな格好したらいいのかわからない。アルプスの山岳地に入れば、もっと気温は下がるかもしれない。おかげで持ち物に悩む。私のこれまでの海外旅行(たいていボルネオ)は、Tシャツ3枚だけで何週間か過ごしたのだが。

とはいえ、スイスと言えばチーズにワインにハイジでしょ\(^o^)/。アブサンも期待。チョコレートは……いいや。

一応、パソコンも持っていくが、十分にネットに接続できるかどうかもわからない。とりあえずメールチェックだけはするつもりである。が、ブログの更新ができるかどうか。あまり期待しないでください。。。

帰国予定は、6月29日である。

2012/06/13

林業とか、女子とか、カテゴライズ

週遅れになってしまったが、週刊朝日6月15日号

そのグラビアに「私たち林業女子です」という記事が載っている。高知県本山町で働く二人の「林業女子」を取り上げている。どちらも20代、林業歴2年だそう。

極めて好意的に取り上げているのだが、記事の中で?と感じる点もいくつか。いや、それをあげつらおうというのではない。

そういや、先日は東京で「林業女子会」の全国的な集いがあったそうだ。先駆けとなるレディースネットワーク21(林業職に就く女性公務員の集まり)の方々も参加して。。いや、こちらの方が主催か? 

いずれにしても、世間に目立つようになってきた。

林業女子の定義は人それぞれだが、大枠として言えば、林業に関わる・応援する女性なのだろう。森林ではなく、林業である。かつて森林は好きだけど、林業は嫌い・興味ないという人、とくに女性は多かった。その叛意的な意味合いを持っている。私自身は、もう少し狭く、現業としての林業にこだわるべきではないかと思うが……。

そういや、林業女子という言葉が広まりつつあった頃、彼女らを取材しているのに、わざわざ「里山ガール」と言い換えた新聞記事を読んだことがある。ほかにも、わざわざ林業女子の紹介に「森林ガール」と冠した記事タイトルもあった。

林業関係の記事でも、イマイチ産業としての捉え方より、環境問題、せいぜい山村地域の経済問題的な扱いが目立つように思う。

なんか、新聞社の整理部は、林業とか女子という言葉がお嫌いみたい(^^;)。林業では地味で、ガールの方が可愛いらしい……という一昔前的感覚なのだろうか。

こんな現実に触れると、話題性はあっても、世間の意識は、まだまだシフトしたとは言えないのかもしれない。

先日話を聞いたベテランの林業女子は、林業現場で働き始めた頃、何気なく男が手伝ってくれるのがイヤだった、と聞かされた。やはり最初は技術も力も足りないから、丸太を動かそうとしてもモタモタしている。すると男がさっと手伝ってくれる。面倒な仕事は、先にやってしくれる。また男同士では挨拶しない男も、彼女だけには挨拶してくれる。……そうした「女子扱い」されることにいらだったのだという。

話によると、とくに「女の子的」だったわけでなくバカにされたわけでもない。、私にはなかなかスマートで優しい心遣いだと思うのだが、そこが女心の難しさ? まったく無視したら、それはそれで孤独感を抱くだろうし。
今は、そんな反発心も克服して気にならなくなったそうだ。それだけの技術と経験を積んだからだろう。力持ちにもなったのかもしれない(^^;)。

そういえば、その場にいた学生の林業女子がチェンソーのエンジンをかけようとするも、なかなかかからないので、つい私が手にとってかけてしまった。後で、ああ、こうした行為が嫌がられるのか、と反省(^^;)。

実際、林業現場でバリバリ働く女性のなかには、「林業女子」というくくり方をされること自体がイヤという声もある。Iターンで林業に従事する男にも、「たまたま選んだ仕事が林業だっただけ」と林業職を特別扱いされることを嫌がる人がいた。

それで思い出した。大学時代、小笠原諸島調査隊を組織し1か月近い共同生活をしたのだが、10人近い参加者の中で女子は2人だった。たしか林野庁?の宿舎を借りて寝泊まりしたが、みんな1室にざこ寝である。トイレも風呂も共用だし、長期だから洗濯もする。洞窟入ったりジャングル入るから泥まみれになる。海にも飛び込むから着替えなくてはならん。

私は隊長として、彼女らをどう扱うか心配して、ある女性に相談したら「まったく特別扱いしないこと」と教わった。彼女たちは自分でやりようを考えるから、と。
で、その通りぞんざいに扱った(^^;)が、それが心地よかったと、卒業時に指摘された。ただ、実は男子メンバーがそれぞれ密やかに気をつかっていたようだ。そのことを感謝されたりもした。

こうした関係性と悩みは、最初から「最良の形」をめざすのではなく、時間によって解決させるものなのだろう。

とはいえ、林業だ、女子だというくくり方は、一過性のものである。またカテゴライズは、常に時間とともに拡散と普及、そして変質、解体を伴うのが世の習い(^^;)だから、どのように推移していくかは今後のお楽しみだ。

林業という職業、そこに女性が就くこと、などが注目されるうちが花なのかもしれないよ。

でも……今になると、そんなこと考えること自体が、めんどくせえ(^^;)。

2012/06/12

特殊伐採とアーボリカルチャーの違い

最近、林業界で注目されているが、特殊伐採の世界。

林業界と言っても、正確には林業従事者というべきかもしれないが、なかなか通常の仕事では利益が出ず、給料が上がらない、実入りが少ないと嘆く中、新たな仕事として注目されている、という意味だ。

特殊伐採とは無味乾燥な言葉だが、簡単に言えば、高木を倒さず伐採する技術。木の近くに建築物などがあって、根元からばっさり倒すと被害が出る可能性か高い場合、樹上に登って上から少しずつ枝、梢などと順番に伐り、それをロープを使ってゆっくり下ろしたり、クレーンで吊り上げて安全に地面に下ろす。高所作業車のカーゴに直接人が乗り込み、登るというより樹冠に外からたどり着く方法もある。

個人の住居の庭とか、神社寺院などにある大木が、老齢のためいつ倒れるかわからない、あるいは台風などで折れることを心配して、先に伐ってしまおうと思った場合の需要に応えている。

当然技術がいるし、危険も伴うので、作業量に比して料金は高いから、仕事としては魅力的だそうだ。ただ手がける人にとっては、利益だけでなく、樹に登る楽しさ、樹上作業の技術、ロープワークテクニック……などでも魅力的なのだろう。従来の泥臭い林業作業とは違った面白さもある。

だから、これを専門にする業者も増えている。

ところで、ネットで検索すると、これら特殊伐採を手がけることを「アーボリカルチャー」と説明していることが多い。こちらは欧米生まれの言葉で、アーボリは樹木、カルチャーは文化というだけでなく、耕す、栽培する意味だから、樹木業?的な意味合いだろうか。

こちらも高木の上に登って作業するので、日本の特殊伐採と同じように扱われている。事実、アーボリカルチャーには世界大会もあって、樹上の技を競うのだそうだ。

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枝を落とす作業。

これは特殊伐採でありつつ、アーボカルチャーでもある。

最近はレジャーと環境教育を合わせたような分野でツリークライミング(なんと商標登録されたとかで、ツリーイングなる言葉も使う)も発達したが、これはアーボリカルチャーから派生したものである。

私は、昔ケービング(洞窟もぐり)をやっていたこともあって、多少のロープワークは行えて、岩壁の上り下りくらいはできた(過去形)。その技術を応用したツリークライミングもほんの少しだけ経験している。だから、樹上の楽しさも、そこそこ理解している。もっとも私には向いていないと感じたが。

とはいえ、正確には特殊伐採とアーボリカルチャーは違うものだ。

なぜなら、アーボリは、あくまで樹木を扱う技術であり、人である。伐採だけではない。そこに必要なのは、高木になる樹木の知識であり、栽培・育樹である。伐採はその一分野にあるものの、それが本筋ではない。
種子から高木となる樹木の苗を育てたり、その後の生長を世話したり、時に剪定も行う。その際の技術として樹に登る必要もある。伐採することもある。そして見て美しい樹木をつくるという意識やデザイン感覚も必要となる。そこには、植えたり伐ってすぐではなく、施業後5年後10年後の樹木を描く必要がある。
その点では、林業というより造園・庭師の世界なのだろう。

ただ、日本には高木を扱う庭づくりはなかった。せいぜい脚立が届くところまで。その意味では、アーボリカルチャーは近年の舶来技術だ。

一方の林業家は、さすがにスギやヒノキに関してはそこそこ詳しいが、ほかの樹木に関しては、意外なほど知識を持っていないことが多い。山村に暮らしてきた高齢の林業家なら、身近な樹木や草本に関する広範囲な知識を持つ人も少なくないのだが、最近の林業従事者は必ずしもそうではないようだ。

そして伐ることに特化して「特殊伐採」の世界になってしまった。

これは、ちょっともったいないと思う。何も学問的な知識ではなくても、草木の性質や利用法などを身につけて、その上に伐ることができれば、初めて樹木の専門家と誇れるのではないか。そしてアーボリカルチャーを日本に広められるのではないか。

たとえば、この木が邪魔だから、倒れると困るからと、根元から伐るのではなく、危険な大枝だけを落とす剪定を行うことで、大木を生き延びさせる提案をしてもいい。また景観的な眼を鍛えれば、樹形を制御して、庭に似合う樹木に仕立てることもできる。

そうなれば、森のデザインにもつながるだろう。一つの山を美しい景観に仕立てる森づくりも可能になる。美しい森は、収穫多き森になりうる。

林業従事者の仕事の幅を広めるという点で、アーボリカルチャーの普及は歓迎すべきだ。収益にも技術にも、そしてモチベーションを高めるためにも有効ではないか。
だからこそ単なる特殊伐採に留まらないことを期待する。

2012/06/11

多自然型の庭づくり?

いつもは軽い話題にしておく土日を重~くしたので(笑)、今日は軽く。

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写真は、我が家の庭。アジサイがポツポツと咲きだした。が、よく見てほしい。白い花びらはアジサイだけでなく、ドクダミも混ざっている。さらにミョウガが伸びているのだよ。またホトトギスもあるし、低いところにはミツバ、さらにシソなども繁っている。クヌギも萌芽が伸びているし、塀際にはゴーヤなども蔓を延ばしている。今年は、その横にキュウリなどもあるし、もらったトマトの苗も植えてある。ササも発生するが、こちらは眼につき次第、刈るようにしている。

いわゆるガーデニングをするつもりはなくて、植物がどのように育つだろうか実験している感覚。ちょこっと手を入れるのも、「こうしたら、どう育つか、変化するか」と自然の動きを見ているのだな。

実は写っていない下の方で焚火もやっている(^o^)。近所に煙が流れることを気にしつつ、火遊びも楽しむ。炎で枝葉が焼けると、その木はどうなるかも“実験中”。

なかなかワイルドだろう~。これを多自然型の庭づくりと言ってくれ。

2年前、道路の拡幅で破壊された庭だが、生き残った種をそこそこ合わせていくと、結構な種数になった。ただ面積は狭くなったので、まぜこぜに育てている。植物同士、なんとか棲み分けているようだ。期せずして、植物の生態を観察できる。

収穫目当て、観察目当てのホームガーデンといったところだろうか。

2012/06/10

林業の魅力化構想~多様性対応システム

今日は自治会の草刈り。そこで役員の私は、それなりの役割をこなしたのだが、いつも挨拶程度の町内の人と言葉を交わせる機会が生まれる。そこで職業を聞かれるのだが、なかなか説明が難しい。ただ会社員でないことは伝えた。

自宅で仕事をしているとか、フリーランスというのは、なぜか感心される存在らしい。まあ、このご時世だから、会社の正社員でない就業の危うさも感じられるようでもあるが。

たしかに私は組織の一員ではないから「会社の歯車」といわれる状況ではない。が、社会の歯車ではあり、決して自由奔放に動けるわけでもない。

……そんなことを思っていると、チャップリンの『モダンタイムス』を思い出した。

当時、フォードが始めた流れ作業における機械組立作業は、大量生産を可能にして、アメリカ合衆国を巨大な工業国家に成長させた。だが、ベルトコンベアの前に立つ作業員は、機械に従属し、文字通り全体の中の1枚の歯車となってしまう。

そこにチャップリンは、非人間的労働を感じたのだろう。

なぜ、流れ作業は非人間的なのか。改めて考えてみると、まず自らの判断は求められず、選ぶこともできず、ベルトコンベアの速度も操られていることがある。

それだけでなく、目の前の一工程だけを与えられて、その以外の工程にはタッチできない。そして全工程もわからないことも苦痛になる。今自分が締めたボルトは、巨大な機械のうちのどこの部分で、何の役割があるのか把握できず、仕上げた達成感もほとんどない。

そんな仕事は面白くないだろう。

……と、ここで昨夜の「林業が面白くなくなった」につながるのである。

そうか、森づくり(植えて、育てて、収穫し、利用する)の全体像が見えないと面白くないのではないか。命じられるままに、草刈りをして、伐採をして、搬出をする。伐る木も自分で選べない……となったら面白くなくなる。伐る木は見つめるが、その隣の木に眼を向けない。草も雑木も意識しない。となると、いよいよ視界が狭くなる。そして伐った木を何に使うのかわかなければ、さらに達成感が弱まる。

森林林業再生プランも、理念はともかく、実際にやっていることは、「伐採-搬出」だけだから魅力的にならないのではないか。しかも、林業事業体では、伐採搬出施業の専門化が進んでいる

各工程を分解して、流れ作業にする労働は、近年見直されて、トヨタに代表されるような企業は「セル生産方式」を採用している。ある程度まとまった工程を一人に任せてやらせるのである。その方が、効率が高まることが証明されたのだ。また自主的な「改善」も進む。だから様々な状況に対応できる多品種少量生産にも向いている。
地域ごとに条件がすっかり変わる林業には、そんな多様性対応型の施業システムを組むべきだし、またやりがいにもつながるかもしれない。

林業を魅力的に……そのためには長期間と広範囲の展望を持ち、さまざまな仕事を手がけることの重要性と面白さに、気づくべきではないか。

チャップリンの映画も、最後は『街の灯』のように人との絆に結びつけて感動させるのだなあ。

とまあ日曜日の夜に、「林業魅力化」構想を、少しずつ発酵させているのである(^o^)。

2012/06/09

林業が面白くない……魅力はどこへ行った?

古い林業関係本を読んでいて、ふと思ったこと。

どうも最近の林業は面白くない……。昔の林業は読んでいて面白そうなのに、現代に視点を移すと、途端に魅力が減じるのだ。

こんなことを書けば、自己否定?自分で自分の足をすくっているようなものかもしれんが、私の肩書は森林ジャーナリストであって、林業ジャーナリストじゃないし、と反論・弁明しておこう。

ともあれ、面白くないという前に、以前は何が面白かったのか考えてみた。

折しも、「聞き書き甲子園」の案内が届いた。森の名手名人に高校生が仕事を聞き書きするという企画、もう11回目になるのだ。最近は森だけでは足りずに川や海関係者も対象に広げたようだが、

「時代を担う高校生に「名人」との出会いを通して、古く化から受け継がれてきた自然と生きる知恵や技、価値観に触れ、自然と人との“つながり”を見つめ直すきっかけとしてもらえる」

ことを狙っているらしい。

私も吉野の林業一筋に歩んだ辻谷達雄師(^o^)の話を聞き取り『山は学校だった』を執筆しているとおり、こうした行為の価値はよく理解している。おそらく参加した高校生は、きっと人生の先達の話に大きな影響を受けるだろう。

ただ、この「聞き書き甲子園」の対象となる名手名人とは、ほとんどが古い技、古い時代に生きて技を身につけた人ではないだろうか。継承していると言っても、後継者がいなかったり、今は需要が激減している分野が多い。
ごく稀にチェンソーアートなど最近の技も混ざるのだが、これだって名人に選ばれた人は、実は飛騨高山の合掌造りの職人だったという裏事情がある。さもないとドラマにならないだろう。だってチェンソーアートを初めて3、4年なんだから……。

では、現代の林業はドラマとなり、後世に残すべき技を持つ名手名人は生まれるだろうか。グラップルのつかみ方が神業とか、プロセッサでミリ単位の寸法に玉切りできるとか。一人で1日に30立米の木材を出しますぜ、とか。

もちろん、それらだってすごい技術なんだが、かつて林業に触れたときのわくわく感がない。これは私個人の感想であるから、わくわくする人だっているのだろうが……。

林業に魅力を感じるのは、そこに夢があったからだ。林業は産業であり、主に木材生産が目的ではあるが、木を伐ることで森をデザインする面があった。100年先の森の姿を描けたし、雑木雑草も含めて視野に入っていた。それが、現代林業に顔を突っ込めば突っ込むほど見えなくなる。。。

高性能林業機械に乗って、林地に一度も足を下ろさず作業を終えることだって可能になってきた。重機を操ることに喜びを感じる人はいいのだが、ちょっと違和感がある。

林業が目先の生産性や効率を追いかけ、補助金をいかに適応させるかを気にする仕事になってしまってはいないか。

森の名手名人に聞き書きした高校生が、それをきっかけに林業に興味を持って、現代の林業界で働こうと飛び込んだら、失望させることになるのではないか。

現在の林業現場が、林業の魅力を自信を持って示せなければ、本当の意味での将来はないだろう。そして、今は極めて瀬戸際にあるように感じてしまう。

……この件に関しては、まだ十分に発酵していないので、もう少し考えを深めてみたい。

2012/06/08

中林作業と産米林

古い林業書を読むと、いろいろ面白い言葉が出てくる。

たとえば「中林作業」を知っているだろうか。これは戦前でも「古い言葉」として登場するところを見ると、早くに廃れたのだろうが、ようは高木と低木を混ぜ、薪炭用の森づくりと、用材用の森づくりを兼ねたものらしい。

具体的な作業はわかりにくいのだが、どうやらスギ・ヒノキとコナラ・クヌギなどが混ざっており、高木は用材用で、ナラ類は中程度の樹高の木に育てるらしい。そして萌芽更新を行わせる。

この作業の理屈はドイツから持ちこれまたようだが、戦前の日本は、薪炭利用が少なからずあったことから、用材ばかりを育てる林業は好まれなかった事情があるのだろう。日々の薪炭利用が求められるうえに、用材だと収穫に時間がかかる。山が広くてすっきりと区別できればよいが、そうではないところでは、1カ所の山に両方の役割を担わせたのではないか。

そして、中林作業はフランス林業では中核だったそうだ。そういや、例の養蜂官やドングリ森などもフランスだから、もともとフランスの林業では、用材生産よりも森林の多様な生産物を求める傾向にあったのかもしれない。

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もちろん欠点も多くて、どっちつかずの生産物になるだろうが、小規模・自給用の森林利用ならよいのだろう。

写真は、クヌギの台木仕立。

主に炭焼き用に伐採しては萌芽更新をくり返して成立した樹形だ。

 

 

と、ここで思い出すのが、産米林である。これは、インドシナ半島の北部タイからラオスにかけての地域にある森林のことだ。もともと森林区分の土地なのに、現地にいったら水田になっていた……ということから日本の研究者(高谷浩一ら)が産米林と名付けたのだ。

もちろん、単に土地の行政区分だけではなく、現実に水田の中に木々が林立しており、森としての機能も果たしている。水田開発の際に残して保護した木もあれば、人が植栽した木もある。自然と入り込んだ種もあるそうだ。
ただ、多くが用材のほか果樹や葉などをを利用している。食用、薪炭、薬種など幅広い。木があれば日陰ができるなど農業的には不利な面もあるだろうが、落ち葉の肥料化など好影響もありえる。農作業の合間に日陰で休むこともできるし、ここに野生動物も集まってくる。(それを収穫するなどもしただろう。)

http://www1.gifu-u.ac.jp/~miya/tree&rice/treericeopen.htm

ある意味、見事なアグロフォレストリーだ。熱帯アジアでは、焼畑のような時間だけでなく、空間的にも棲み分ける形の農林混合形態が行われてきたのである。しかも陸稲ではなく水稲であることが、現実的だ。陸稲では、需要が少ないから。

ただ、よく考えると日本だって、昔の里山は結構農地の中に樹林が生えていた気がする。

Photo



この写真は、奈良の郊外。

たいてい、こうした木の元には塚があったり、石仏が祀っていたりする。宗教的にも守られた木々なのだろう。

 

産米林の場合は、シロアリの巣(塚)の上に木を生やしたり苗床をつくるなどしているらしいが……。水田と同じレベルでは水位が高すぎて育たないからだろうか。

ただ、近年は灌漑農業が広げて米づくりに専念して収穫量を増やすことを願ったり、自給自足の必要性が薄れて、樹林帯を残す産米林は消えつつある。

中林作業も、産米林も、時代の波に飲み込まれたわけだが、中小規模の林業地では用材生産だけでは成り立たないという世界的な傾向の中、改めて注目する必要はないだろうか。

日本でも、C材D材はバイオマスにするという流れが定着したら、用材生産林(つまり、通常の人工林)で、薪生産を復活させることも考えるべきかもしれない。
あるいは里山の中に、農業ほど手間のかからない薪生産を組み合わせると、棚田も守りやすくなるかもしれない。どうせ米も安値だし減反までしているのだから、収穫量が減ると心配する必要はないだろう。

温故知新。古木を訪ねて新し木を知る(°o °;)。

2012/06/07

スイス林業は世界一?

明治から戦前にかけての、日本の林政の変遷を調べている。なかでも注目なのは、欧米の林業を視察した記録である。

何冊もあるし、まだパラパラ読み出したばかりだが、すこぶる面白い。

そこで気がつくのは、決してドイツ一辺倒ではないことだ。たしかにドイツ林学は当時から先進的で、日本に林学を導入する際もドイツに学んでいるのだが、実は多くの国を視察してどこがよいか探っている。たとえばフランス林業に関してもかなり取り込んだ形跡がある。フランス文献を日本向きに翻訳しているのだ。また各国の助っ人外国人の林業技師も何人も招聘している。

国で言えば、ほかにフィンランド、ノルウェー、スウェーデン、デンマーク……ドイツだって北ドイツと南ドイツは区別している。(正確にいうと、プロシアも登場する。)さらにイタリア、イギリス、ベルギー、アメリカやロシアも……。

必死でモデルになる国を探したことが伝わってくる。

なかでも目を引くのは、スイス林業である。意外なことに、スイスの択伐林こそ最高の林業経営という主張が広がった時代?があったのだ。

なんたって視察者は、出発する前に大先輩より「スイスの林業さえ見れば他の国は見なくてもよい」とさえ言われている。スイスの林業は択伐で成り立っていて、それは林業の最高峰だという。当時、日本でも択伐施業が大はやりだったからだろう。

ところが勇んで訪れると、どこでも択伐を取り入れているわけではないうえ、細かな条件があることを知る。気候、地質、地形……そしてきめ細やかな技術。だから、一斉林を択伐林にするのは、100年以上かかることもあるし、そもそも無理な場合が多い、と聞かされる。

あげくに、外国人が視察に来ると、自身の手がけている特殊な施業を見せて良好な実績を示す人物がいたことで海外では有名になった、しかし彼が生存していた間で終わっている……と告げられるのだ。

またデンマークの営林署長に「日本人は時時、吾吾の林業を見に来る。しかし、1日か2日で帰ってしまう。それでは却って吾吾の林業が誤解されるおそれがある」といわれた人がいて、何か月も勉強するつもりがある人なら、経費その他一切を自分で引き受けてもいい、とさえ誘われたそうだ。

……しかし、そう勧められたからと、半年の予定だった視察を勝手に2年に延ばしてしまった人もすごい(笑)。今の官僚にそれができるだろうか。

それでも「外国に来て先進地を見る時、その個々の珍しい技術を鬼の首でも取ったように丸呑みしてそれを導入する」から危険であると記されている。

いやはや、今でも通用する言葉だなあ(笑)。

というわけで、実は私もスイス林業の視察に参加することになった

来週15日出発で2週間ほどだ。

しっかり見てきます。学んできます。仮に十分身につかなくても「鬼の首を取ったように丸呑み」はしません。

この視察者は、アルフレート・メーラーに会って、「森林と木に対する愛が生き生きとしているならば、林業の多くのことは習得される」といわれたそうだ。この言葉を信じて、「愛」を持って、時間が短いことを補おう(^o^)。

2012/06/06

奈良は鹿から猫の時代へ……?

現在、奈良市の奈良町では「にゃらまちねこ祭り」を開いている。

Photo

公式HPもあるでよ。

http://nyan.rk01.com/

今更説明するのも恥ずかしい?のだが、奈良と言えば東大寺や興福寺、春日大社など寺社が目立つが、最近のトレンドは奈良町(ならまち)にある。


実は奈良町という地名はなく、江戸時代の町家が残る一角をそう呼んでいるのだが、ここ10年ほど、ここが新たな観光スポットとして盛り上がっている。町家を改造した小さな店(飲食店からグッズまで様々)がオープンし、元気があるのだ。

そして、古い町家と路地の入り組んだこの地域には、猫が多い。野良猫やら地域猫、多少は飼い猫もいるのだろう。そのため好き者は「にゃらまち」と冗談で呼び出して、そのまま「にゃらまち」で売り出しちゃえ! とノリで始まったのが、このねこ祭り。昨年よりスタートした。






   

R0014058


こんな和菓子まで売られている。

猫カフェもあるし、猫グッズを扱う店もある。

猫メイクをしてくれる美容院まである。

詳しくはHPを見てほしい。



奈良なんだから、鹿で売り出さんのかい、と思う私は古いのでしょうか(^^;)。

まあ、現実問題として、鹿より猫の方がカワイイわな。鹿はドクダミをバリバリ食っておるわ、チラシまで食う。観光ポスターは鹿ばかりで、これはオシャレでカワイイのだけど……。(どこかで分けてくれないかな。) http://nara.keizai.biz/headline/photo/683/

すでに猫目当ての客もポツポツ増えてきたらしい。サブカルぽいノリで新たな町おこしというわけだ。

イマドキ、歴史や自然で売り出すより、アニメやアイドルなどオタクっぽいサブカルチャーで仕掛ける方が、一発狙いになるかな。

ところで、猫の町と言って思い出すのは、ボルネオ、正確にはマレーシア連邦サラワク州のクチン。州都だが、クチンとはマレー語で猫の意。ここを納めた白人王ブルックの嫁さん、つまり女王が猫好きだったからとか、嘘か誠かわからないが、そんな街の名から、猫博物館があったり街中に猫のフィギアがいっぱいある。

http://homepage3.nifty.com/buckybecky/kuching.htm

私は何度もいったが、古いコロニアル洋式の建築が美しく、華人街とサラワク川のウォーターフロントがマッチした美しい町だ。そんなに猫が多いとも思わないが、猫の町で売り出している。いっそのこと、奈良町と姉妹提携したらいいなあ。

もう一つ、水木しげるの「河童の三平」にも猫の町は登場するが、こちらは怖い。三平は、この町で死ぬのである。

2012/06/05

檜皮の需要と供給

奈良のローカルニュースをテレビでぼんやり聞いていたら、檜皮のことを取り上げていた。

春日大社の社殿の20年に1度修理する「式年造替」を行うはずが、傷んだ檜皮を葺き代えたいが、肝心の檜皮が足りないそうだ。もともとストックしていたものは、昨年の台風で傷んだ広島の厳島神社の修繕に回してしまったらしい。

それで、奈良公園内のヒノキから調達できないか調査を始めたという。奈良公園と言っても、そこには春日山原始林があるわけで、樹齢100年を越えるヒノキもある。(調査では約300本あったそうだ。)そこから檜皮を取ることを考えたのだ。文化財用だから、法律的には問題ないらしい。

考えてみれば、春日大社の屋根を葺くのだから地元の森から調達するのが本来の形だ。極めて健全だろう。

ただ、そのニュースでびっくりしたのは、全国の国宝・重要文化財の檜皮葺きに必要な量は、なんと11万トンだというのだ。檜皮11万トン!

120年もののヒノキから檜皮を剥ぐと、約6キロだというから何本分になるか。

単純計算だと1833万3333本のヒノキ(120年もの!)が必要だ。

何年に一回葺き代えるか。こうした神社のように20年に1度とまでは言わないが、檜皮の傷みを考えると、仮に40年にしておこう。

すると年間約45万8000本のヒノキから檜皮を収穫しなければならない。これを面積に置き換えると,ざっと1000ヘクタール以上になるだろうな。

檜皮を剥げる樹齢を60年~120年としても、多くの山では檜皮を収穫する伝統もないし、技術もない。檜皮は立ち木から剥いて、その木を枯らすわけではないが、嫌がる山主も多い。

ほとんど絶望的になる。

しかし、やりようによっては、よい産物になると思うがなあ。檜皮専業の林業なんてのは起こせないか。伝統的建造物だけでなく、間伐材など若木からも収穫して今風の商品を開発すれば、木材売るより高くなるような気がする。

2012/06/04

新コンセプトの木構造モデル住宅

以前、大震災被災地向きの復興住宅として、まったくコンセプトの違う集合住宅を提案している人がいることを紹介した。

http://ikoma.cocolog-nifty.com/moritoinaka/2011/04/post-105c.html

これは、個人のスペースを大事にしつつ、それらをつなぐ共用スペースを設け、しかも増設が非常に簡単な構造になっている。どんどんリノベーションを行えるのだ。当初は木造はあまり考えていなかったようだが、私の意見もあり、木造を取り入れることになった。

2

1年前、私もこの構想図を携えて被災地を回ったが、その後いろいろな経緯と活動があって、多くの協力者と本気で取り組む建設会社も現れて進展してきた。

採用に乗り気な被災地も登場しているようだ。







1




被災地に限らず、今後高齢化が進み、要介護者や独居者が増えてくると、新しいタイプの集合住宅が必要となるだろう。

「完成した住宅」ではなく、状況に合わせてアメーバのように増殖したり収縮できて、プライバシーとともに共同共生部分もある集合住宅。そんな需要に、こうした建築は対応できるかもしれない。











この設計をした人から連絡が来て、ついにモデル住宅を建てることになったという。もうすぐ確認申請が通って、7月から建築が始まるそうだ。完成してからでは、内部構造が見えないので、建築中に見学に行きたいと思っている。

ただ材料とするのは、今のところロシア材による集成材だ。強度などがちゃんと計算できないとモデルにしづらいし、手に入りやすいからである。だが、理論的には国産無垢材でも可能(国産集成材でもいい)なはずだ。

すでに国交省の中に注目して動いてくれる人がいるそうだ。
ここで、国産材の利用もプッシュしておかないと、せっかくの計画から国産材は外されてしまう恐れがある。今から、この構法に合致した木質部材を研究しておく必要があるのではないか。

木材研究者、木造建築関係者、そして林業系行政関係者は、ここで一歩踏み出さないと、将来に禍根を残すよ。

2012/06/03

新うさぎ小屋の時代

近所で、家の解体をやっている。

巨石を積み上げた敷地といい、かなりの豪邸なのだが、どういう事情か、家主は家を出て、遠くのニュータウンに転居するそうだ。跡地は3つに分譲して3軒の家が建つという。最近は、大きな家は流行らず、どんどん住居が小さくなる傾向がある。

その解体現場を覗いてみた。

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基本的には和風の家だ。その家の解体された部材を見ると、なかなか太い無垢の木も使っているが、全体に外材だろう。見た目ほど立派な造りではなく、いかにも昭和に建てられた付け刃の数寄屋造りも混ぜたような家だ。
グラスウールも目立つし、在来工法である。おそらく建築されて40年たったかどうか。

木材としてはもったいないと思う。強度的にはまだ使える構造材も、ゴミにしてイチから建て直すのだ。

ただ、今後は豪邸の時代ではないな、と感じる。お金持ちが大きな家を建てたがるのは勝手だが、核家族も進んで小人数世帯が増えていくことを考えると、大きな家をステータスにする時代ではないだろう。

減築」という言葉も生まれている。増築の反対に、既にある家の間取りを削って、小さくすることだ。住む人の人数が減ると、その方が日常的に扱いやすく、固定資産税や保険代なども減る。これも断捨離の一種だ。

かつてアメリカだったかヨーロッパだったか、「日本の住居はウサギ小屋」と書かれた報告書が見つかって日本人は憤慨したが、実は自慢すべきではなかったのか。むしろウサギ小屋スケールの方が、住み心地がよいのではないかと感じる。

以前、取材した70代の女性は、都会の家を売って、田舎に3室しかない家を新築していた。その方が住みやすいからと。

幕末の探検家であり、北海道の名付け親として知られる松浦武四郎は、晩年「一畳敷」の庵を作った。寝て一畳、起きて半畳、の世界を現したのだ。

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現在は、国際キリスト教大学のキャンパス内に残されているんだっけ。



じつは、私もこうした狭い部屋に憧れる気持ちがある。寝たまま、どこにでも手が届く世界って、楽しいじゃないか。とくに今なら、ノートパソコン1台あれば、何でも片づく。本当に一畳の書斎は可能だろう。

一畳敷の個人部屋を連ねて、一家の住宅を建てるのはどうか。これこそ現代のウサギ小屋だ。今後の日本社会を考えたら、新しいウサギ小屋住居を提案する構想はないだろうか。

2012/06/02

ニフティサーブの復活?同窓会?

ニフティサーブが限定復活したようだ。

来年5月までの同窓会的なものである。http://www.niftyserve.com/

ご存じだろうか? ニフティサーブ。

今のようなインターネットの前段階であるパソコン通信である。現在のプロバイダーである@niftyも、当初はニフティサーブであり、このパソコン通信の提供者であった。

サービスはいろいろあったのだが、もっとも特徴的なのが「フォーラム」で、多くの専門的なジャンルが開設され、その中で会議室がいくつか(最大20)設けられている。そこでは文字による一種の掲示板的な交流・議論が戦わされた。フォーラムは、たしか800くらいあったのではないか。
残念ながらインターネットの普及とパソコンの進化により、ソフトが追いつかなくなったり、参加者が減って消えて行った。最後は何年だったかな。

私も参加していた。というより、実はフォーラムの責任者であった。正確には、冒険&フィールドライフフォーラムサブシス(サブ・システムオペレーター)である。開設・総責任者がシスオペで、その補佐役がサブシス。各会議室の責任者がボードオペ。これらのメンバーが管理側で、議論を盛り上げつつ、感情的になって荒れないよう誘導する役割を担っていた。

このフォーラム(ADVENフォーラム、FADVENと呼称)は、その名の通り、探検と冒険がテーマである。かなり硬派の内容だが、そこにフィールドライフという軟らかいアウトドア的要素も銜えていた。

私は、最初は匿名(ハンドルネーム)の一般参加者だったが、シスオペが古い知り合いだったことで、新会議室のボードオペを任された。……なんだっけ(^^;)。たしか大学探検部の部屋だったように思う。

盛況になってくると、いろいろな議論の中で環境問題も飛び出した。とくに私は、その頃『「森を守れ」は森を殺す!』(洋泉社)を出版したことから、その論戦に参入。

そこで環境問題を専門に扱う会議室を新設することになり、そこのボードオペも引き受けた。これが『雑木林』会議室である。探検・冒険らしく『原生林』とかせずに、あえて雑木林を名称に選んだ。

ここでも、かなり広範囲なテーマ(それこそ、山の野グソは環境破壊か、というレベルから、ゴルフ場問題、ダム問題、そして原発問題まで。林業も多く取り扱った)を扱い、熱い議論が展開されたことを思い出している。たいてい私がテーマを投げかけ、それに対して多くの人が侃々諤々やりあったのだ。いわば、この場こそ、現在のブログのスタンスに通じている。

私としても、単に原稿をメールで送る道具として始めたパソコン通信(当初はワープロに通信機能を付与したワープロ通信だった)から、ネット界にどっぷり浸かる元になる。ボードオペ2つにサブシスとは、私も抱え込んだものである。

今思い返しても、かなりレベルの高い議論だった。参加者の中には研究者や当事者など専門家も多くてついていくのが大変、という声があったほど。多分、今でも情報の宝庫だろう。

そういえば、当時はニフティマネージャーというソフトで、これらフォーラムとメールのやり取りをしていたのだが、今のOSでは、動かせなくなっている。データは保存しているのに、開けないのだ。古いパソコン(windowMe)を使ってみると、ニフマネそのものは動かせたが、保存データと連動させられない。おかげでフォーラムはもちろん、当時のメールまで読めない。
誰か、古いソフトの扱い教えてくれないかなあ。当時を振り返りたいのだが……。

さて、それを復活させるという。今回はフェイスブックと連動させるらしい。参加するには申請して招待状がいる。さっそく申し込んだが、1~2週間かかる……というのは、イマドキ遅すぎるだろ.う。それに、中がどのように運営されるのかも全然わからない。

ともあれ、参加しても当時の関係者がいなければ同窓会にならない。この記事を読んで、もしニフティサーブを知っていたら、そしてFADVENを知る人は、ぜひご参加ください。

2012/06/01

北海道新聞の記事……余波

5月28日の北海道新聞夕刊に、私へのインタビュー記事が載った。

インタビューと言っても、ほとんど『日本人が知っておきたい森林の新常識』の紹介になっていて、有り難い。

この取材のために記者は、わざわざ生駒まで来て下さった(4月中旬)ので、奥座敷・ラッキーガーデンまでお連れした。すると、サクラが八分咲き。札幌ではまだ雪が残っていると言っていたから、よい花見となった。

ちなみに、記者も林学科の出身である。昨年、訪れた北大でたまたま出会った。

001_2




花を見上げる私の顔は、口も半開き? でみっともないので塗りつぶした(~_~;)テヘッ








実は、この記事が載った日に、北海道の友人から「載ってるよ」とメールが来た。

さらに、ブログ読者から、記事のpdfが送られてきた。まだ私は掲載紙を受け取っていないが、これで最初に目にしたわけである。

さらに、釧路の林業家からもメールをいただいた。国のやってる政策のドタバタ、ドイツのフォレスターのおかしさを現場から紹介してくれた。

この反響は、本の売れ行き以上のものがある(^^;)。こうした声が、 私にとって嬉しいとともに貴重な情報源でもある。

ところで、昨年の夏ごろも北海道新聞にインタビューが載ったから、なかなか相性がよい。

また、行きたいな、北海道。原発動いていないし。

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