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森と林業と田舎の本

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2012/07/03

エメンタールの択伐林2 

実は、エメンタールを訪ねて、最初に見せられたのは、自慢の森(天然林そっくり施業林)ではない。むしろ「失敗作」を見せよう、と案内されたのである。

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この写真だけではわからないだろうが……立ち並ぶ木々の直径はいずれも60センチを超える巨木が多い。ほとんどモミとトウヒだ。

全部、というのではなく、たしか1ヘクタールに40数本とか言っていた記憶がある。すみませんねえ、メモも取らないで……。

日本人的感覚としては、巨木の森づくりしているんだ、いいじゃん、と思うのだが、それをフォレスターは失敗だという。

なぜなら、巨木すなわち高齢木が多すぎるのは、森として健全ではないからだ。よい森は、若木から老木までバランスよく育ち、また配置されている森だという。

フォレスターが赴任した際に、巨木を伐りすぎているように感じて伐採量を減らしたが、それが悪影響になったとも言った。そしてグラフなどを見せてくれる。たしかに森の蓄積が高齢木に偏っていることを示している。

とはいえ、一般の日本人には、巨木の森を作ったことを失敗だというのを理解できないかもしれない。だが持続性を考えると、樹齢のばらつきも安定していなければならない。さもないと、木材生産量も安定させられない。また更新もうまく行かないだろう。

エメンタール(に限らないが)の施業方針は、ここに行き着く。安定であり持続性を要求する。彼らの森林経営の第一義的な指針は、ここにある。森林の存在の仕方も、木材の生産も、これを基本としているようだ。巨木林がいけないように、いきなり伐採跡地になったり弱齢林になってはいけない。常に同じような林相を維持すること。
それを低コストになし遂げるために取られているのが、天然林施業(択伐施業)である。植林や育林に手間やコストをかけないで行える。

ちなみに20万ヘクタールに年間6000本くらいの植樹をするという。つまり100ヘクタールに3本しか植えない計算になる。そして生産量は2万立米。9~12立米/ヘクタールである。

年間ヘクタール当たり20分の手入れ、4時間の伐採搬出だそうである。

この数字も、いい加減なメモなので正しいかわからん(^^;)。

ここで、私は質問したかった。なぜ、失敗作という巨木林を残しておくのか? 

フォレスターは、聞く前に自らいくつか理由を上げた。

失敗の見本だとかも口にしていたが、耳に残ったのは「市民は巨木が好きだから」。

なんだ、やっぱり(笑)。納得した。

市民が美しく思い、素敵に感じるのは、やはり巨木の林立している森なのだろう。私も、この森がエメンタールで一番見た目がよかった。

美しさと収穫を両立させることを厳密に問えば、微妙だろう。収穫を長いスパンで捉えたら、巨木ばかりだと不安定になる。

え? 美しさは不安定にあり、だって? 

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コメント

市民は巨木が好きだから、なんだ、やっぱり(笑) 納得した。
ではなくて、そこがこの国には浸透していない部分なんでしょうネ。市民が目を光らせば、林業の人たちも少しは、考えるし、襟を正していくんでしょうネ。林業という狭い世界を、市民側が、かる~く飛び越えているのでしょうネ。成熟した文化意識というモノなんだろう、ナ。

いえ、違います。
むしろ林業関係者の意識が高くて、市民が追いついていないのだと思います。

単に巨木が好き、というのは、幼稚なんですよ。日本人と同じく(笑)。

巨木が好きなのは感性、経済性や世代交代を考えながら伐採するのは理性、なのでは。
どちらが成熟/幼稚とかではなくて、神社仏閣の敷地に巨木があっていいし、持続的な木材利用を目的とした生産林もあるべきでしょうね。

ま、幼稚だというのは、ほめ言葉(^o^)。

私だって、エメンタールでもっとも美しいと思ったのは、この巨木の森だもの。
でも、スイス林業の根幹は、もっと凄味がありますぜ。

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