人工物の魅力
気がつくと、1か月以上スイス絡みのネタを書き続けてきたが、そろそろまとめようかと思う。
当然読者には、スイスの森林、もしくは林業について興味を持つ人が多いのだろうが、ここで少し観点を変える。
正確には、工場地帯であったところ、かな? つまり近年は工場が廃業になり、再開発が行われている地区だ。
見た通り、いかにも工場だった建物だが、その外観は保存されている。今は違っても工場街であったことを景観保全しているのだ。
何に使っているか? 実は大学なのだ。工科大学、それも建築系らしい。
一部に工場だった時の鉄骨やクレーンを残し、それを「オシャレ」と感じているらしい。
これなど、工場内部の設備を残したまま再利用したレストラン。(正確には客室は左手のガラス張りの中だが。)
無機質な工場そのものが鑑賞の対象になっている。
落書きというか、ペインティングはいたるところにされている。これは、意図的というよりゲリラ的に若者が描いてしまうらしいが、流行しているという。ときにトンデモないところに描かれているので仰天するし、また全部が巧い絵ではないのだが、日本と違って、おおらかにあまり消そうとしていないみたい。
まさに「工場萌え」の世界である。日本でも無機質な人工物に景観としての注目が集まっているが、世界的傾向だったのか?
一般的に緑だとかグリーンと呼ばれたら、環境派であり、誰もが喜ぶように思いがちだが、果してそうか。私は以前から疑問を持っていた。
緑の少ない地域、都市や乾燥地帯の国ならわからないでもないが、日常的に緑があふれている地域の人々にとって、緑はそんなに関心はなく、また好きでもないのではないか。ときに疎ましく思うのではないか……というのが私の仮説である。
スイスの森林率は3割と決して高くない。ただ牧場と農地がかなり行き渡っているので、緑化率は結構高いと感じる。見た目は日本以上だろう。
だから、本当にスイス国民はみんなが緑を大切に思っているのか疑問があった。だから、こんな工場地帯の緑を排除したような風景を作り出していることに「安心」した(笑)。
もちろん、緑が嫌いなわけではないだろう。だが、緑があふれてしまうと食傷気味になるのではないか。それは熱帯アジアなどでも感じることだ。緑に恐怖さえ感じる一面がある。
では、中間がよいのか。
たとえば都市公園のように。あるいは里山のように。
そうでもないような気がする。中途半端な緑の量になると、もっと、もっと! と原生林至上主義に走るかもしれない。あるいはより大都市指向になる。
きっと緑あふれる地区と、メカニカルな人工環境がモザイクに配置されて、人は移動することで時と場合によって両方の環境に触れられる方がよいのではないだろうか。
スイスでも、両方の指向があることを知ったことは収穫だった。
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