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森と林業と田舎の本

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2012/07/01

ブルーノ・マンサーの思い

スイスの森、そしてスイスの林業と言っても、すぐにその特徴を思い浮かべる人は極めて少ないだろう。

私もそうだ。スイスについては、ほとんど無知に等しい。そしてスイスと私をつなぐ糸も、極めて見つけにくい。

ただ一糸を除いては。それは、ブルーノ・マンサーである。

ブルーノは、ボルネオの少数民族プナン族を巡り、熱帯雨林の伐採反対運動で世界的に知られたスイス人である。

プナン族は、世界的にも稀少な遊動性の狩猟採集民族で、ボルネオ(マレーシア・サラワク州)北東部にいる。いや、いた、と過去形にしてもよいかもしれない。すでに遊動生活を行うプナン人は一握りだからだ。

1980年代のブルーノは、彼らに憧れ、彼らの世界に入って一緒に生活した。だが、伐採によって熱帯雨林がどんどん失われる過程で生活に困った彼らは、伐採業者に抗議して林道封鎖(プロッケード)を行う。ブルーノも、彼らと行動を共にした。そして警察に逮捕されてしまうのである。

トラックから飛び下りて逃げ出したブルーノは、この事態を世界に訴えるべくサラワクを密出国し、国連機関やNGO、マスコミに呼びかける。世界中で熱帯雨林伐採反対の声が高まったのは、彼の行動をきっかけとしている。
やがて集まった寄付でブルーノ・マンサー基金が設立され、彼の活動を支えるようになった。

実は、私もボルネオとは学生時代から通っていた土地であり、この事態に興奮したのだ。そして1990年代に再びボルネオに毎年通うようになった。

ブルーノとも、一度会っている。彼が日本を訪れプナン族の問題を訴えに来た際に大阪でお会いした。当時の私は、まだサラリーマンだったか、独立直後だったか……。

挨拶すると、ガシッと握手を求められた。意外と背が低く、小柄だった印象だ。

集会後、食事をするために京橋の居酒屋に行ったことを覚えている。料理に割り箸が出たら、複雑そうな表情を浮かべていた。当時、割り箸は熱帯木材から作られている、割り箸が熱帯雨林を破壊していると喧伝されていたのだ。

私は、そうではないと説明しようとしたが、うまく行かなかった。「これは熱帯木ではない」と言ったものの、割り箸の木の素性について、十分に自信がなかった。彼は、あきらめて割り箸を割って意外と器用に食べていた。

プナン族と一緒に過ごしたのは、「リサーチ(調査)のためか」と聞くと、彼は一瞬憤然とした顔になった。そして、しぶしぶ?うなずいた。だが、彼らと仲良くしたかったんだ、と後に言った。

ブルーノは、一般には環境保護運動家とされているが、およそそんな活動に似つかわしくない人柄だった。冒険家ではあったが、組織力や計画性よりは、感性を重視しているタイプだ。決して少数民族を民族学研究のため「リサーチ」しようとしたのではなく、最後の狩猟採集民族とともに自然の中で生きてみたかったのだろう。

その後、私は、ボルネオの熱帯雨林問題の中に日本の森林問題を見て、森林に関する執筆を増やしていく。およそブルーノとはアプローチの仕方は違うが、私をこの世界にいざなった一人である。

……そう考えると、私とスイス人との間には、満更でもない関係があることになるね(^o^)。

 

その後、ブルーノは地球サミットにも出かけ、やがて熱帯雨林の保全が世界的な課題となった。その意味で、彼の功績は大きいのだが、プナン族の窮状はなかなか改まらず、幾度も奇矯な行動でプナン族問題を訴えようとした彼に、マスコミも注目しなくなっていく。

そして、再びプナン族の元へ行こうとサラワクに潜入した彼は、姿を消した。暗殺されたとも言われるが、おそらくジャングル内の事故で亡くなったのだろう。

私も、幾度か通う中で、遊動生活を送るプナン族の兄妹に会って話を聞いたことがある。(そのことはブログに書いた気もするのだが……。)
また近年の定住生活を送るプナン族の変貌についても、書いたように記憶するのだが……。ヒマな人は探してください。

ちなみに、こんな文章も書いていた。これはHPである。
http://homepage2.nifty.com/tankenka/sub5-6.html

ともあれ、今回は『森から見た「スイス」の序章』としての思い出話を記したが、今思えば、ブルーノが憧れた狩猟採集生活=自然と一体となった暮らしは、スイス人の自然観や森林への思い、そして人生観などを推察する手がかりになるような気がしてきた。単に彼が特異な人物だったと片づけるのは、もったいない気がするのである。

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コメント

『自分』を決定づけることになる人との出会いは、不思議で、すてきですね。

会った当時は、そんなに感激したわけではないです(笑)。
ただ、後々も、彼の笑顔は頭の片隅に残っています。そして、じわじわと思いが伝わってくるようですね。

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