「スイス」という思想~危機管理は分散と多様性で
皆さん、海外に出る際の金銭はどのようにしているだろうか。
昔は、必ずドルに両替したものだ。個人のドル保有額に制限のあった時代もある。
最近は、たいていの国で円をそのまま両替できるようになった。その方が手数料も少なくて済むし、簡単だ。空港なり銀行なり、町の両替屋で現地通貨と交換すればいい。
が、私は円だけでなくドルの現金も持つし、ドルのトラベラーズチェックも用意する。さらにクレジットカードも持参するが、その場合はVISAとmasterの両方を持つ。そして、それらの所持する場所も各所に分散する。財布やカバンのほか身体に密着させる方法も取る。財布も強盗用財布と称して普段のものと違うものを用意する。
なぜ、こんな真似をするのか。準備も面倒だし、手数料はかかるし、かなり煩雑だ。もし所持品の一つを失ったら、そこで損害を負う。
が、これは私なりの危機管理だ。強盗にあって身ぐるみ剥がれても、とりあえず当座の金を残せるように考えている。
今どきチェックなど使う人は少ないのだが、チェックは盗まれてもすぐ再発行してくれるから、身一つで投げ出されても助かるのだ。現金は盗まれたらまずもどってこない。カードも使えない店がある。そして、使える店も、VISAカードだけでは対応しないこともある。
かつて旅した国の中には、そうした心配をしなくてはならないところもあったのだ。町を歩いて正面から向かってくる男がいたらカッパライかと身構える的な警戒をしていた。
つまり金銭の分散と多様な所持は、小さな損を被ってしまうが、全体としての大リスクを回避する手立てである。いわば保険だ。
ちなみにスイスは極めて治安のよい国で、盗難などを心配する必要はほとんどなかった。つい油断して部屋に財布を放置してシャワーを浴びてしまった(宿舎のベッドルームとシャワー室は別々)ほど。が、本来はパスポートと現金をシャワー室まで持ち込むのが私の流儀である。
しかし、スイスが取っている政治経済上の施策は、まさに分散と多様性のリスク・マネージメントが根底にあるように感じた。
それが林業政策となると、どうなるか。
まず同じ樹種ばかり植えない。同じ樹種ばかりでは、地形や土壌条件に合わないとか、その樹木を犯す病害虫が大発生する可能性も増える。すると森林が崩壊する。
同じく一斉造林も危険だ。同じ樹齢ばかりとなり、伐り時が重なるため、持続的生産-出荷が厳しくなる。それは収益も持続しないことを意味する。
一斉に伐採することで、林地を一時的に裸にしてしまい、土壌を流亡させるなどの弊害も考えねばならない。
さらに、木材にも流行があって、その種の材価が暴落したら利益が出なくなるだろう。
また同じ材質の木材ばかりでは、幅広い商品開発も難しくなる。
……このように考えれば、自ずから選ぶのは、多様な樹種が混ざり、樹齢も若木から老齢木まで混在した森づくりになる。そして伐採も、択伐手法が安全だ。
ここにスイスの多様性のある天然性林-択伐林施業が誕生したのではないか。
ただし、この場合の木材出荷量は多くを望めない。となると、利益が出ないことになる。
そこで低コスト施業が必要となってくる。しかし選んだのは、機械化ではない。究極の低コストは、天然更新である。次世代を勝手に生えてこさせるのだ。
もちろん、すでに紹介したとおり、スイス全域が戦前から択伐施業を続けているわけではない。むしろ一斉林もたくさんある。これは一時期、農地や牧場の開発が進んで森林を切り開き、森林率がなんと12%まで落ちたことがあるからだ。
そこで一斉造林を行ったのだ。おかげで30%内外まで回復したが、同一樹種(多くはモミとトウヒ)同一林齢の森が増えた。そして今も荒れた人工林が目立つ。
だが、今また天然更新・択伐施業への転換が計られている。択伐施業は簡単でないのはスイス人自身が知っているから、そんな簡単に全域に広がるとは思えないが、とにかく多様性ある森づくりに舵を切ったのである。そして、そのための人材養成も進めている。
……まあ、しばらくすると、また施策が変化する可能性もあるが、林業を大きく発展させることはできなくても、森が生き残るためには、分散と多様性の確保だと決めたのだろう。
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ローリスク ローリターンも積もれば山になるカモ。ですね。
投稿: | 2012/07/14 17:25
すごい防衛方法ですねー
私は無防備にもクレジットカードだけ^^;
現地紙幣は町のATMで24時間出せますし
つまりキャッシングです
これが一番レートが良いってのがビンボ人にとって魅力(爆)
投稿: DT | 2012/07/14 20:26
現在はハイリスクローリターンが多いですけどね(~_~;)。
ちなみに私は初の海外旅行でチェックを含む金をごっそり盗まれましたが、なんとか旅を続けられましたし、帰国後チェック分はもどってきた経験があります。
投稿: 田中淳夫 | 2012/07/15 01:01