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2012/08/08

論文「過去からの警告」GHQフォレスターの憂鬱

たまたま、日本森林学会誌に掲載されていた論文過去からの警告~1947年GHQフォレスターによる国有林やの未来予想~(太田伊久雄・愛媛大学農学部)を読んだ。

いや、これが面白い(^^;)。内容は、日本の官僚行政の問題点を鋭く突いている。

太平洋戦争後、アメリカを中心とする占領軍総司令部(GHQ)は、日本の各産業の細部を調査している。林業も例外ではない。そこに送り込まれた一人が、アメリカのフォレスターであるリチャード・ヴァーネイ海軍中尉である。

そこで彼が見てきたものを、後に論文としてまとめている(「日本における林務官の地位」1947年)のだが、一種のルポと言ってよい。それを取り上げて、日本の戦後林政を振り返るというのが、この論文の趣旨である。

ヴァーネイは、山林局(現在の林野庁)の熊本営林局を訪ねた様子から記している。その日、そこでは林務官の選考試験(口頭試問)が行われていた。出席者は、二人の副森林局長。一人は技術者上がり。林学について深い知識と経験がある。また多くの部下から慕われている。もう一人は財務・経理担当で、東京帝大法学部出身の高級官僚。林学が専門ではなく、ヨーロッパ留学経験者。

……というような陣容で試験が始まるのだが、そこは省略して、ようするに日本の官僚組織には、技官と事務官がいることを紹介しつつ、彼らの将来歩む道を解説する。

言いたいことは、技官には出世の壁があること。そして組織を牛耳るのは、林業を知らない事務官であることが語られる。

東京にある山林局本庁の長官は、帝国大学法学部出身で林学の教育もなく知識もほとんどない高級官僚である」。そして課長や営林局長クラスも大半が法学出身者で占められていると記す。

あの法学出身官僚達は、能力以上の地位に就いています。彼らはあんまり勉強はしていません。何故なら、政府内の出世競争でうまく立ち回る術を身につけるのに忙しいからです。それゆえ、彼らには技術的知識はほとんどゼロで、官僚答弁だけが上手なのです」なんて、告白まで載せられているぞ。
アメリカでは、フォレスター出身者以外が森林局長官になることはありえなかったから、よほど奇異に感じたのだろう。

そして、「高級官僚グループの存在は、日本の民主化進展を阻害する最大の要因であると占領当局者はみている

なんか、時代の差を感じない(笑)。これは昨年書かれた論文かな、なんて。ただ、実際に考えさせられるのは、ヴァーネイ論文引用後なのである。

ヴァーネイ論文の発表後、GHQの圧力なのか、山林局長官に技官出身者が選ばれ始めたのだ。そして、代々の林野庁長官は技官出身者が任命されるようになる。

実は、戦後の林野庁は、技官の牙城とされていた。つい最近まで技官出身者がトップに就くことが続いていたからだ。アメリカのフォレスターが望んだ状況になったのだ。

で、ここからは、本論文の執筆者太田氏の意見だが、「国有林野行政は、半世紀を経て、世界の先進諸国の中では例を見ないほどの失敗といわざるを得ない状況を招来してしまっている」。これは国有林が見るも無残に荒れてしまったことを指しているのだろう。

なぜ、森林事情や林務に長けた技官がトップ中枢を占めたのに、こんな事態になったのか。

それを、技官出身の中枢が、かつての高級官僚と同様に、特権的な階級を形成し「封建的な」システムを組織の中に再び構築してしまったからだ、とする。

一応、周辺事情を鑑みれば、戦後の木材不足の中で国有林の木を伐るよう政府マスコミ上げての圧力があったことと、国有林は独立採算制になり、木材バブル期には一般財源に貸し出すほど利益を上げていたことも堕落する理由になるだろう。一方で労働争議の多発や赤字対策に技官が対応せざるを得なく、本来の理想を掲げられなくなった。

ヴァーネイ氏は、「フォレスターが森林を管理する限りにおいて、国有林の荒廃が進むはずがない」と思っていたらしい。が、日本では違ったのである。

ちなみに、現在の林野庁では、いつのまにやら技官ではなく再び事務官がトップになるのが当たり前になった。最近では局長、部長クラスも……。もはや技官に任せておけなくなった、ということかもしれない。

林学に詳しい人がトップでも林政が失敗したというのは、日本という国の林学教育や森林政策に、どこか重大な欠陥があったから……と太田氏は記す。

私は、林学出身者か、法学出身者のどちらがいいという次元ではないと思う。結局は、どんな出身の人材でも重要なのは、目をどこに向けているか、なんだろうね。
本気で日本の国土を守る気概はあるのか。森を愛しているか、林業が好きか、山里の民をリスペクトしているか。出世と森林と、天秤にかけて、さあ、どちらを選ぶ……。

それらが欠けていたら、技官であろうと事務官であろうと、林学知識があろうと経験豊富であろうと、決してよい結果は生まないだろう。形ばかりの制度は、形骸化するだろう。

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コメント

森林を愛していたはずの技官もですか。なるほど…愛してはいても組織に取り込まれやすい国民性が災いしているのでしょうか。組織というものは大きくなるほど自己目的化しやすいですから、もう少し小さな単位でまとまった方がいいのかも。

個人の思い、あるいは科学的な結論より、組織の都合を優先する体質なんでしょうねえ。

以前、公務員に「なぜ、自分が正しいと思うどおりにしないのか」と聞いたら、「(組織の誰それに)迷惑かかるから」と答えられました。自分の主張を押しつぶしても他人に迷惑かけたくないなんて、奥ゆかしいこと(笑)。
私には絶対にできない。

やはり必要なケンカはどこかでしなければ…ですね。死ぬ間際になって「あの時ケンカしておけばよかった」って後悔しないようにしたいです。

主張をしようとする私、「やめて!」と止める上司。妥協するけど主張を意地でも盛り込む私。上司は胃が痛いかもしれません^p^

ああ、いい風景だなあ(笑)。

「やめて、やめて」も好きのうちです。……て、ホントか?

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