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2012/08/20

失敗続きの林業技術の移殖

昨日は、日本には各地にさまざまな林業技術がある、と書いたが、今度は反対のことも書きたくなった(~_~;)。

林業史に触れると、篤林家と言われる人が、一生懸命に各地の山を歩いて技術習得に挑んでいる。また時の政権も、優秀な林業技術を見つけ出し、それを全国的に採用しようと努力してきた。

で、ことごとく、というか、ほとんど失敗していることに気づいたのであった\(-.-)/。オテアゲ

そもそも日本は江戸時代初期から各種の農書が発行されてきている。その中には林業に関して触れている箇所も多く、日本人はハウツウ本というか技術書が好きなんだと感じさせられる。が、残念ながら、あまり普及していないのである。

私が驚いたのは、間伐という作業さえつい最近まで普及していない。終戦後の占領軍GHQの産業調査の中でも、日本では間伐をする林業地が少ないことを指摘しているほどだ。

もちろん間伐技術は、古くからあった。吉野しかり北山しかり。が、普及していないのである。しかも戦後は、林業の伝統のない地域にも造林が進んだため、まったく知識として間伐を知らないまま人工林を作った地域も少なくない。

「間伐」という見かけだけの技術を伝えても、なかなか採用されないし、採用しても効果が出ないから見捨てられたのだろう。

それだけではない。

江戸幕府は、九州の挿し木苗方式の植林方法を全国に伝えようと企てたことがあったが、これも失敗。

明治初期にも、ドイツ式の優良種子を選抜して各地に導入する試みも大失敗。

また一斉造林・皆伐式を導入したら、山が荒れ果ててしまった。

実は、吉野林業を全国に広める動きも民間レベルで広がった(土倉庄三郎が旗振り役だった)が、これも吉野の技術者、もしくは吉野に学んだ技術者が長く指導したところ以外、ほとんど失敗。吉野式も特殊すぎて、真似られる地域は少なかったのだ。

戦後は、林野庁による大造林政策・拡大造林政策が取られたが、大面積皆伐や画一的な造林地がどうなったかは、言うまでもない。

択伐施業しかり、天然更新しかり。そして、そして今、またもやどこぞから技術やシステムを導入して全国に押しつけ、失敗を積み重ねようとしている……。

結局、一つの成功例に目をつけて、それを全国に応用しようとすると失敗するのだ。その成功した理由をじっくり調査して、それを他の地域に適用できるかどうか、適用するにはどんな手法を取るべきか、そうした研究抜きに持ち込むから失敗するのだろう。技術の根底にある精神を読み取らずに真似ても無駄なわけだ。

それを担当するのが林学であるはずなのだが……まあ、現実はお察しのとおり。

一つ言えるのは、林業ほど中央集権的な画一政策が適合しない産業系はないということだろう。すべて土地の風土に合った独自の技術と理念を築かないといけない。

ならば、日本の林学が今すべきことは、海外から成功事例をつまみ食いすることではなく、各地の過去の古文書を読んで、その土地で試みられた技術を発掘し、その成功・失敗を検証することかもしれないなあ。

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コメント

林学の業界人からは何か発言がないのか、期待しているところです。

私が、林学界にケンカ売っていることに気づきましたか(^^;)。

その林学を体系的に勉強することなくつまみ食いしながら地域林業を担当している私。情けない。限られた時間の中でも(深刻な鳥獣害対策や総務的業務や異動の可能性)、工夫してやっていきます。
もう少し現場に足を運ぶ回数を増やして、今までやってきた結果としての現状と現在と将来予測を林家や森林組合と話をしていくようにしていきます。つまみ食い状態を積み重ねることによってでも、何か出来るのかもしれない。
開設後時間が経過した作業路の掘削断面や路肩の確認や明らかな間伐遅れである林分の施業数年後の林分状況(直径だけでも)や樹冠の観察、下層植生の変化などを複数の人間で認知確認検討、意見交換していくだけでも違ってくると思います。そんな程度ですが、やっていきたいと思います。
特に、若い現場スタッフとの現場確認は強化していくようにします。こっちがシロウトの方が議論が活発になるかもしれないし・・・・。自分で研究、勉強しなきゃならないと思ってくれるかもしれないし(甘いかな)。

最近の林学(という言葉も廃れて、今は森林科学らしいが)はよく知りませんが、林業学より森林生態学に傾斜しているようです。

林業学の場合は、理科系的な計測よりも過去の文献や古文書を精査する能力(というより、興味というべきか)を磨いた方がよさそうに思っています。私も、歴史趣味半分です(^o^)。
そして「現場百辺」ですね。鈴木さんは、その点からもっとも有利な立場にいるのではありませんか。

そうですね、完全に有利ですね。山の中にいるんですから。
若手作業員や熟練林家を合わせるとか、資料的なものを手渡ししながら自分の見解などを伝えるとか、そんな行動がとれます。

山に行くと、作業をしているおじいにあったりして、書籍には載っていないような当地ならではの情報をもらうことがあります。でも、それは多分話した人と聞いた人だけが知る情報。公にはなりません。

手法をどうするか、思い当たりませんが、FSCでもそれは求められていることですし、なんとか形にできるように考えます。

ただ、山の中で過去の話をしている時のおじいの目の輝きはちょっと違う。材価が安いと嘆いているだけではない人もいます(少ないですけど)。

追伸です。
電力会社とか製紙会社とかの社史に山関係のネタが満載されていたりします。しかも、史実に基づいてかなり整理されていたりします。これは、ありがたいです。施業技術とかではなく、歴史概論ですが。

ぜひ、現場を歩いて、話を聞けたら、記録してくださいね。それが、次の世代の財産になるかもしれませんよ。

鈴木さんは林学の業界人ではないので、そんなに恐縮しないで、聞き取りをいっぱいしていただければと思います。というか、私もそうすべき立場ですが、昨年は親しかった大正生まれの超人じいちゃんが一人遠くへ行ってしまいました。。。

聞き取りをして、そこから学ぶべきことを汲み取るのは、短期的に生産性のない(長期的には大いにあると思いますよ)大学教員や林業試験場の職員の仕事です。ブログの読者には一人くらいいないのかな?

片意地はらずに
できることから、やっていきます。
気をつけたいのは、ある情報を鵜呑みにしてしまって、中途半端に伝えたり、意図的に誘導してしまうことを、聞き取りの時にやっちゃうことでしょうか。
そういうことですから、書物なり、国や県から送られてくる文書(コレが膨大=特に補助金絡み、1つ1つは少ないにしても理解するにはちょっとキャパが・・・)を自分なりに理解をして、自分なりの解釈も付け加えて、伝えることもしていこうと思います。
それにしても、実は現場に行く機会はさほど多くなく、実際に林家と話をするのは農業系の会議の時や別の用事で役場にきたトキに「偶然」捕まえることが多いのです。そして、勤務時間中ですがタバコを吸いながら、話を聞いていく。

ブログの読者には、研究者も多いようですが……て、暗に要求しているか(~_~;)。
フィールドに出たい研究者も多い(というよりほとんど)でしょうが、コツコツ文献やデータを分析する仕事も研究者だからできる分野ですよね。

 仰るとおりですね。ここ中南紀の林業は、わけもわからず吉野・尾鷲林業を真似して密植したので、残念なことになっている山だらけです。元々炭焼きで生計を立てていた地域だったのが、プロパンガス普及で木炭が売れなくなり、ちょうどその頃、拡大造林が推進されていたので、“失業対策”としても仕方がなかったとは思うのですが。
 50年以上山仕事をしてきたオジイサンですら、「枝打ちはヨキ(オノ・ナタ)が鋸より良い。」という“形だけの情報”で、自分の山を枝打ちするのにヨキを使い、樹皮をズル剥け&樹幹を抉りまくりにしている状態ですから…

 地力のある一番山(雑木林を伐採後、植林した山)に、組合を通して取り寄せた山林用肥料を撒いている炭焼きのオジイサン…吉野や京都北山林業の“形だけの情報”を真似して一生懸命やっている。間伐手遅れの線香林の木を肥らそうとして…ああ、なんと哀しい。
 まあ、もう先も短いし、本人の“感情”がそれで満足するのでしょうから(組合も儲かるし)、真実を伝えるという残酷なことは出来ないわけです。

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