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2012/08/21

紀伊国屋文左衛門の森林破壊

大学の卒論は、森林動物をやりたくて大井川上流部の井川地区に通った。

本当はサルかカモシカなと大物動物をやりたかったのだが、とても1年で手を出せる代物ではないことを数度通って痛感。間に合わないのでノネズミになったのだが……。

最近は、シカが大繁殖して植生が破壊されるほどになっているらしい。今なら、シカを目撃するのは簡単で、卒論にできたかもしれない。

ところで『森林の江戸学』を読んでいたら、かの紀伊国屋文左衛門(通称・紀文)の行った井川地域の森林破壊について載っていた。

紀文と言えば、紀州からミカンを江戸に運び、さらに火事で焼けた江戸の町を再興するための木材販売で財を成した商人として有名だ。そして散財して破産したことも。。。もっとも破産したのは3代目で、当の本人は裕福なまま過ごしたとも聞く。

いずれにしても、木材商人だったわけだが、当然、紀州材を江戸に売っているのだと思っていた。ところが、御用材の調達では、紀州ばかりではなかったらしい。

とくに元禄5~9年と10~14年には、駿河と遠州の国境周辺の大井川上流部に目をつけた。
この時は伐採搬出に地元民を使わず、他から人をつれてきたため、利益は地元に還元されなかったという。しかも地域の森林事情を知らないよそ者が手を出せば、持続的利用なんて考えないのは今も同じ。手当たり次第に伐採してしまったのだそうだ。

おかげで井川山は荒れ放題……詳しい事情はわからないが、紀文は森林破壊者でもあったのだ。
当時から、請負の山仕事があったとか、林業労働者を他所からつれて来れたこととか、興味深い点はいろいろあるが、紀文の長者伝説の陰に、こんな逸話もあったのか。

江戸時代がエコロジカルとは、とても言えないね。

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コメント

大井川、ネタにしていただいてありがとうございます!
この間の静岡市の駿府城の何か(天守閣ではない)の復元にはわが町の篤林家が木材調達に協力しているとか、今度の工事(これも天守閣ではないと思いますが)でもその林家が協力しているらしいです。多分、140~150年生のスギヒノキだと思います。
そういう話を聞くと、町の林業担当者としては、いい「キブン」になっちゃいます。

鈴木さんのコメントから井川を思い出し、紀文を連想したのです(^o^)。

そういや江戸城や駿府城の復元が話題に上がっていますね。大径木の出番ですが、江戸初期にそんな木が山にあったのかなあ、とも思ってしまいます。

やはり、奥の天然木でしょうか。
燃料や個人住宅には伐り出せなくても、そういった用途には無理してでも、危険を承知で切り出すとか。
城だけでなく、寺院とか神社とか。幕府の施設とかもそういうたぐいかもしれません。私には、どうやって運んだのかも、あまり想像ができないのですが。

相当、奥山から伐りだしたのでしょうね。しかし、よく運び出したものだ。
しかも、山をよく知らないよそ者が担当するとは……。

当時の大井川は、現在と違って水量が多かったと想像しています。

植生が今と全く違うといってもいいと思いますし、生えている本数や大きさも違うと考えています(って当たり前ですが)。
大雨の時の川の増水の仕方もピーク流量もそれに到達する時間も。常態の時も違うかもしれません。
山の中を木馬だと思うのですが、そんなので運んだ、結構な太さの木、というのも聞いたことがあります。小河川を下流方向に持って行くより、山越えをした方が大井川に近いという話だったんですが、これはどうやら事実のようです。道幅などそれ用の道もあったみたいです。
まあ、今でも、林道を走っていて倒れている木やちょっとどかしておきたい木や岩があったりするのですが、次に行くまでになぜか片付けられていることも多いです。土木建設業者がやっておいてくれていたり、猟師がちょっと片付けてくれたり、山主がやってあったり、します。
山を歩きながら、他人の山でも歩道沿いのツル伐りをしたりする人もいます。
そんな地域の人々の行為がぼちぼちでも山を守っているのでしょう。
最近は大井川本流というよりは、小河川の方の倒木とか沢沿いの木とかの扱いについて話をしたりしています。1回ツッコんでしまった木を片づける作業は手間で誰もやらないですから。

天然林だから、スギ・ヒノキばかりではないでしょう。ダムもないから、水量は豊富だし。

なお木馬は明治になって登場しましたから、江戸時代にはなかったはずです。山越えとなると、修羅も使えないし、どうやって運んだのか……。

すいません。山越えの話は、江戸というわけではなく、いつごろのことかは不明でした。話を聞いた人は今60歳ぐらいですから、そのお父さんの話としても、100年程度前からの話ではないかと想像します。

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