現場の声を信用してはいけない
昨日は、ちょっと煮詰め切れないまま書いてしまった、現場論。
現場に通うことは大切だが、現場に通えばいいわけじゃない、という話を振ったつもりが、どうも迷いがあったようだ。問題は、現場に行って何を得たのか、何をしたのか、である。
いきなり脱線するが、菅直人首相(当時)が、震災時に現場に飛んで批判された。が、実は世界中の指導者は大災害があったら即現場に駆けつけることを誇りとしている。
私の記憶している限り、アメリカの歴代大統領はもちろん、ゴルバチョフもエリツィンもプーチンも皆そうである。胡錦濤とか台湾の李登輝とかも地震時には現地に駆けつけた記憶がある。まず現場を見て、陣頭指揮をとり、非常時に対応する、世間を勇気づける声明を発表する。そして人気を上げる(~_~;)というストーリー。
だから菅さんも駆けつけたまではよかったのだ。が、被災者や世界に向けての何の声明も発表せず、指揮はトンチンカンで現場介入……の有り様。リーダーになりきれない。それなら行かない方がよかった。政治家は、現場を見てきた、それを伝えた、だけで終わってはいけないのである。
閑話休題。
林業界に当てはめて言えば、現場を見ないで立案した政策はなっていない、と言われている。それは私もそう思う。
が、あえて言うが、現場の声をそのまま信用してはいけない。それは残念ながら偏った意見であることが多い。所詮は、その現場だけの意見だ。
「私は現場から声を上げている」と言う人がいるが、その人が見た現場は数少ない。一カ所か、せいぜい数カ所。それを多種多様な全国に当てはめて反対論をぶったり、「自分の方法こそが正しい」と叫ぶのは、結局現場を見ない立案とたいして変わらないのではないか。
かといって、現場を100カ所も1000カ所も見ることはできない。見ても、そこまで数多くなると、一つ一つの現場からすれば、上っ面を撫でただけに終わるだろう。
「私は、全国の林業現場を回りました」と自慢した人がいたが、肝心の政策の話はあまりに机上の空論であった。各地で、その方法じゃ無理だろうという点はあっただろうに、それを政策の中に取り込まない。いや、無理な部分は見ないことにしたのか、無理な理由を無理やり論破して満足してしまうのだろう。
同じ視察でも、目からウロコを落とすこともあれば、観光に終わることもある。アイデアを生み出すこともあれば、時間と金の無駄になることもある。
スイスのライン瀑布。巨大な滝を見に行ったのは、観光ではなく、視察なのである。これで滝の水の利用と、景観について勉強したのである。近自然工法についても考えたのである。
それは、まったくの事実である。
現場なんて一例にすぎない。かといって、現場を見ないのも困るし、逆に数をこなすことで薄めてしまっても意味がない。
なお執筆に関しては、多少のゆるさがある。政治・政策ほどに厳しい条件はつかず、描き方に選択の余地がある。
一つの現場に耽溺?して、その様子を微に入り細に入り描くノンフィクションがある。一方で、数多くの現場を連続して描くことで、何らかの共通項を導き出そうとする作品もある。前者は、微細に描く筆力がいるうえに、広がりが弱く普遍性を持たせるのに苦労する。後者は共通項の筋の通し方に細心の注意がいる。しかも個別の事例が薄くなるリスクがある。
私は、どちらかと言うと後者タイプだな。だが、中途半端(~_~;)。この論考も中途半端。
まあ、珍しく2日に渡って同じテーマについて考えながら書いたから、多少は次の糧にしよう。
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>>問題は、現場に行って何を得たのか、何をしたのか、である。
おっしゃるとおりですね。
そういえば、某映画で「事件は現場で起きてるんだ!」という名ゼリフがあり
ましたが、この言葉も上辺だけが一人歩きしてる印象です。
中途半端な現場至上主義は危ない。
投稿: 島崎三歩 | 2012/08/24 12:25
たしかに「事件は現場で起きている」んですが、その解決方法は千差万別で、どんな事件も青島刑事式にやったら大混乱です(笑)。
そういや、ドイツのフォレスターは、自分のやり方が一番でみんな真似するように、という態度だったが、スイスのフォレスターは説明後に必ず、「これは私の流儀であり、正しいかどうかわからない」と自信たっぷりに(~_~;)付け加えた。
ええ、この経験も数少ない私の見た現場だけの印象ですよ。これでドイツ式とスイス式を論じてはいけない。
投稿: 田中淳夫 | 2012/08/24 20:41