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森と林業の本

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2012/09/13

ものづくりと森づくり

このところ、ものづくりの危機が巷間騒がれている。

ようするに日本得意の家電が売れなくなり、シャープやソニーなど軒並み経営危機に陥っているからだが、もっと広く、日本伝統のものづくり全体の将来が心配されている。

いわゆる職人芸的な能力が地盤沈下しているのだ。一方で、日本の町工場や中小企業には、こんなスゴい技術を持っているんだぞ、という特集もよく行われているのだが……。

だが、よく考えると、現在のものづくりで足を引っ張っているのは、生産技術というよりは、売れる商品づくりのイメージやアイデアが枯渇しているためではあるまいか

どんなに高性能の車をつくろうが家電をつくろうが、売れなくては話にならない。いわゆる「ガラパゴス化」してしまって、従来の消費者だった国内向けに作っているだけでは、グローバル化の現在、海外勢に呑まれてしまう。

そして商品づくりとは、結局、消費者のニーズを拾えるか、消費者がどこにいるのか、を見つけることだ。それも消費者本人も気づかないような潜在的なニーズを発見して、うまく提供することができるか、ということに尽きる。ドラッガー的に言えば「顧客とは誰か?」

ニーズを探ろうとマーケティングはするが、それはアンケートや統計だったりして、作り手の皮膚感覚に欠ける。言い換えると、ものづくりはアイデアである。職人芸とは、指先の技術ではなく、発想なのだろう。

ここで、ものづくりと一字違い(^o^)の森づくり。

今、森づくりが危機だとすれば、植林や育林が足りない、伐採や搬出技術が遅れている……という次元ではないのではないか。そんな小手先の技術や労働態勢をいじっても、森づくりの根幹から離れているように思う。

ようは、どんな森をつくりたいのか、求められているのか、という顧客(国民)ニーズを掴めず、さらに将来を見据えたアイデアが欠けている。50年後、100年後にどんな森にしたいかというイメージがあれば、そのために今すべきことを導き出せる。

極端に言えば、50年後にどんな森をつくるか、どんな林業を行いたいか考える。
広葉樹材が売れる、売りたいと考えたのなら、今から広葉樹の苗を植えなくてはならないし、その育て方も工夫がいる。あるいは生物多様性を売り物にするのなら、様々な樹種を生やさねばなるまい。しかし、収入が落ちるから、50年後までの間に金になる薬草を林床に植えてみるか……と頭をひねる。

逆に漫然と林業振興のために今何をしようかと考えると、目先の荒れた森を間伐しよう、低コストにするため作業道つくるか。そして跡地にスギでも植えておくか……といった先を見ない行動になる。行政側からすると、不況で困っているのなら補助金ばらまくか、となるだろう。
その場はしのげるが、将来が見えない。

ものづくりの危機と森づくりの危機は、同根である。

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森林学・モノローグ」カテゴリの記事

コメント

ものづくりでは唯一トヨタががんばっていますが、なぜ家電のソニーやシャープがダメなのか…

聞くところによると、トヨタの社員は車が好きで好きでしょうがないという連中が集まっているらしく、顧客のニーズというよりは好きだから自信を持っていいものを作る。

ところがソニーやシャープに入社する連中は家電が好きというよりネームバリューのある会社が好きで入っている…その差だろうとどこかのサイトに書いてあったのを思い出しました。

森づくりも、国民のニーズとなると漠然としてちょっと捉えどころがないように感じるので、ここはもう、森が好きで好きでしょうがないという連中にまかせればきっといい森ができるんでしょうね。

まだバブルの頃、ソニーに取材に行って、すでに大企業病に犯されていることを感じました。あのソニーが、という気持ちがしたな。そして元から大企業病の(^^;)当時ナショナルは、案外転換してパナソニックで踏ん張ってる。
日産も、技術が売り物なのに、商品構成や管理部門に失敗して、ゴーン氏を招くことになったし、マネジメントによっては一寸先が闇。

森づくりを支える精神が、今の日本に残っているか?支える体力はあるか? そしてマネジメント能力はあるのか。。。根幹は誇りだろうな。

ああ、今、この朝っぱらに読ませていただいて、森づくりとものづくり両方に関わって仕事をする私は、ここに何か書きたいと思うところですが、うーん。これから高尾の山にいかねばならず。

帰ってきたら今思ってることは忘れちゃうだろうなあ。

 今日、FSCの管理責任者(グループ認証の事務局)として、サイトモニタリングに行ってきました。
 当認証グループは、自伐林家の集まりです。町有林の550haを除くと、面積としては最大の方が270ha、最小の人が5haなのですが、やはり「誇り」というものを感じました。
 山を作るという誇り。そして、やり過ぎてしまった部分の自戒と対処、対応。集落に一緒に住む人への配慮。経済的な部分を除くと、FSCの基準にまさに適合するような話なのですが、80年生の山の50年無間伐施業地があったり、近くの山はこまめな間伐を実行しているスギ人工林があったり、崩壊地の河川沿いを渓畔林に仕立てていこうとしていたり・・・・。
 旧来は田んぼだったところを林道の土捨て場にして畑にした後に、水田への引き水でアマゴを養殖していたり。。。。
 このあたりに、山に住んでいる林家の誇りを感じて、役場に帰ってきました。普段は、とぼけた会話しかしていないおじさんたちですが、山に入ると口調や話のネタがまるっきり変わる。しかも、他人の山のことまで論じる。まさに、誇り高き山人とそしてチョー山が好きな山人と今日一日過ごしました。

ものづくりも森づくりも、つくることが好きであることが肝心なんでしょうね……。

FSCのグループ参加者の意識が、そんなに高いのは希望のともしびですね。みんな知識ではなく感性で、どんな森をつくるべきか知っているのかもしれない。

FSC認証機関からは、グループメンバーのその感性というか感覚の部分を検証して文章化するよう求められています。どうやったらいいのか、めちゃくちゃ悩んでいるのです・・・・。これ、ちゃんとできたらすごいですよねえ。

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