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本の紹介

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2012年10月

2012/10/31

神田神保町にて

東京の仕事も、午前中に終わり、今日は早めに帰るか……と思って訪れたのが神田神保町。

そこで一件寄るところがあったのだが、それを済ませて街を見れば、なんと古本まつりを開催中であった。いやあ、その、多少は本屋も覗くつもりではあったが、「まつり」となると…(^○^)。

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いそいそと、見て回る。できれば仕事に使えそうな資料が手に入れば、との思い。。が、そんな時に限って、ほかの本に目が向くのよ。

余計な本を買い込むと、重くなって東京から奈良まで持ち帰るのが大変。だから控えめに控えめに……。しかし、古本というのは、その時しか手に入らない本も多いので困る。







結局、5冊で留めた。でも、出版社でもらった本もあるし、ずっしり重い。しかも、仕事にはつながりそうもない本ばかりだ(~_~;)。ああ、今回の仕事のギャラは、ほぼ消えたぞ。。。

あかん。古本まつりは危険だ。

それでも、最後に寄ったのが、三省堂書店。もちろん新刊書を扱う書店である。

そこで、ようやく見つけたのが、これ。

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ここでは、近現代史概論のコーナーにあった。

周りの本を見よ。幕末から明治の香りが匂い立つ本ばかりが並んでいるではないか。

正直、このコーナーに置かれたことは嬉しい。森林林業関係の書籍と並ぶのは、それなりに意味はあるが、基本的には明治に活躍した人物伝だからだ。そして、これまで私の本を目にすることがなかった人々に手にとってもらうチャンスでもある。

この一角を確認したことで、仕事した気になった\(^o^)/。

で、帰り着いたのは深夜なんだけど。。。

2012/10/30

ドングリ材の話


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東京の夜は、ワイスワイスのドングリ材家具の話。宮崎の諸塚村のクヌギやコナラの材を使っての家具づくりを行っている。
写真は、熱弁をふるうデザイナーの小泉誠さん。

ミズナラやタモ、ブナなどの広葉樹材が希少化するなか、山で太るコナラやコナラこそ、これからの木工材料になる
…。10年前ほどから主張してきたが、それが実現し始めたのだ。

まあ、現実には、そんな簡単じゃないことはわかった(笑)。

でも挑戦しないと、何も始まらないよ。

2012/10/29

森と水資源問題の書評

先日、某通信社から、某書の書評を依頼された。

その本は、森林問題を扱いつつ、「外資が日本の森を……」を連呼する本であった。

で、私は、このブログの以前書いた、同書の前に書かれた本に関するページを示した。あの、コテンパンに、3度に渡ってケチョンケチョンに書きまくった、アノ本の書評である。

内容次第では、厳しい意見を書くことを覚悟ください。」と添えて返信した。

すると、「本書が書評にするのにふさわしいか熟考してみることにしました。」ということでペンディング。その後、どうなったのか知らない。私以外の人に書評を依頼した可能性もあるが、取り上げることを止めたのだろうなあ。

ちょっと惜しいことをした。ギャラは悪くなかったからだ(~_~;)。

それからしばらくして、知り合いの編集者から「外資が森を……」関係のマトモな本は知らないか、という問い合わせがあった。このテーマで本をつくることを考えたのだろう。が、探しても私がケチョンケチョンに貶している(~_~;)のを読んで、マズいと思ったのだろう(^○^)。

ともあれ、またぞろ「外資が森を……」論は続いているようだ。
そりゃ、リスク・マネージメントの点からは、とりあえず外国人が日本の土地を購入することに対する取り決めはしておいた方がいい。だが、その処置は、日本人にだって適応される。ろくでもない土地の扱い方をする所有者に対する手は整備しておくべきだろう。外国人を危険視しながら日本人なら見逃す了見の狭い発想には違和感を持つ。

何より、怪しい危機を煽りつつ、実はナショナリズムの昂揚に結びつけようという輩の手先にはなりたくない。

そして、明日。私はまた東京に行く。今度は参議院関係の勉強会だが、そこでもテーマは「森林と水資源」。こりゃまた。

やはり冒頭で荒唐無稽な「水狙いの外資」論に釘を刺しておかねばならないなあ。

2012/10/28

近鉄吉野線と土倉庄三郎

昨日、近鉄吉野線の開業100年記念イベントが行われたそうだ。

近鉄吉野線というのは、近畿日本鉄道の路線で、橿原神宮前駅から吉野駅までを結ぶ全長25キロほどの単線。実際は南大阪線から乗り入れしているため、大阪阿倍野駅が始点のように感じるが。

これが開業したのが大正元年(1912年)10月25日だったという。だから100周年なのだ。

開業時は、吉野軽便鉄道で会社設立は、1910年だが、開業翌年に吉野鉄道と名称を変更した。だが、この鉄道会社の前に、別の吉野鉄道株式会社があった。それを設立したのが、土倉庄三郎である。

1899年にほか19人と鉄道会社を設立し、付設の許可も取り付けたのだ。残念ながら、経済不況と中国情勢の不安定さから資本金が充分に集まらす休眠会社になってしまったが、そこに軽便鉄道計画が出て来て、こちらに譲る形で実現したのだった。

その意味では、開業100年だが、吉野へ鉄道を導く構想は、計画されてから113年という計算になる。

土倉庄三郎は、交通網に非常な関心と熱意を示した。まずは水路。これは木材を筏で流すためだが、やがて道路付設に情熱を傾け、現在の国道169号線(熊野街道)など、大半が彼の主導で建設したものだ。さらに木材運搬のための木馬の木道づくりにも取り組む。

山里に住む者ゆえ、流通と交通の大切さを身に沁みているのだろう。

ただ、同時に限界も感じる。というのは、彼は鉄道会社を設立したが、それは資本金を出して呼びかけただけで、実際の経営を担おうとした形跡がない。同じく、吉野材木銀行の設立も行っているが、これも当初の設立に力を貸したが、その後積極的に経営陣に加わらなかった。

庄三郎自身は、自らを「林業家」と規定して、それ以上の展開を望まなかったようなのである。そして林業経営もあくまで家業であった。法人化するなど近代的な事業としようとは思わなかったようだ。経営は、あくまで土倉家の人間にこだわり、優秀な部下を育てたり実務を委譲することもしなかった。

それが、長男の暴走による土倉家の没落を招いたとも言える。明治初年時に同等の財産を持っていたとされる三井家が、早々に経営を法人化(三井合名会社)して、家業と分離したことと比べると、その差は歴然としている。

その点から庄三郎は、開明的な封建領主、あるいは古典的な資本家という立場で活動した。それでは激動する明治時代に追いつけなかったのかもしれない。

話を近鉄吉野線から、えらい脱線させてしまった(~_~;)。鉄道を脱線させてはいけませんなあ。

2012/10/27

古事記と神去

以前、告知も兼ねて紹介した10月21日「古事記完成1300年」記念イベントとしての川上村で行われた講演会。

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三浦佑之立正大学教授による古事記が語られた。

そこで主に神武天皇の大和征服談を解説されたのだが、やはり注目したいのは、川上村にある井氷鹿(井光)や、吉野の国樔の集落に有尾人がいた、という点。

私は、
常識的に考えれば、この集落の民が、何か尻に尾と見間違うものを付けていたのだろう。そこで想像を膨らませると、今でも古い林業家の中には、尻に鹿の毛皮を垂らしていることがある。マタギなどでも見られるが、そのまま土の上に座ってもクッションになるし、水が染みてこないのだ。これを尻尾に見誤った? つまり有尾人とは山の民、杣人を表しているのではないか。もしかして、吉野の民、杣人に関する日本最初の記述かも。。。

と記した。三浦先生は、なんと「鹿革の尻当てで、杣人を表すのではないかと言われる人もいますが……」と語られた(^^;)。もっとも、その説には否定的で、おそらく尻尾の生えた人というのは蔑称だろう、とのことである。

ところで、三浦先生と林業はまんざら関係ないとは言えないことを知った。というのは、三浦氏の出身地は、吉野からも近い三重県美杉村なのだそうだ。そして父は林業をしていたそうである。

さらに驚いたのは、三浦先生の娘が作家の三浦しをんさんだということ!

三浦しをんの作品と言えば『神去なあなあ日常』である。

ご存じ、林業を取り上げた希有な小説だ。最近は文庫化もして、また売れだしているらしい。小説の舞台の神去村とは美杉村をモデルにしたとは聞いていた。が、ここで古事記とつながるとは!  ……別につながっていないよ、と言われればそれまでだが(笑)。

そういや、神去村とは奇妙なネーミングだ。神も去ってしまっていない土地。これは神武天皇も通らなかった山のことで、神々の系譜を記した古事記を暗示しているかのようではないか。……暗示していないよ、と言われればその通りなのだが(笑)。

ともあれ、講演会では、古事記の成立までにはどんどん改変されており、そもそも熊野まで迂回したというのも怪しいらしい。書き換えられた可能性があるのだ。

これは私も疑問に思っていたのだが、なんで生駒山で撃退されたからと、紀伊半島の先まで南下しなくてはならんのか。少し下って大和川沿いに奈良盆地に入るか、せいぜい吉野川沿いに入ればいいはず。
三浦先生のいうには、「生駒山で負けたのは、太陽に向かって進んだから」と後の神武天皇が言って南下するのだけど、ならば夜攻めたらいいじゃないか、だって(笑)。まったくその通りだなあ。

かくして、本物の古事記の伝承は、吉野の山々を分け入って井氷鹿や国樔を通ったのかどうかさえ怪しい。後世の創作の可能性がある。もちろん古事記そのものが神話であり伝説なのであり史実とする必要はないが、決して物語は固定的ではなく、時代と共に変わっていくのだ。

ならば、『神去なあなあ日常』も、時代の変化に合わせて書き換えてもいいか……続編では主人公が巨大な高性能林業機械に乗って、大面積皆伐をするとか。「緑の雇用」もなくなったから、主人公が山村に移り住んだのは震災を機に、とか。そんな書き換えはダメだなあ。

終末……いや週末はアホな話題でした。

2012/10/26

ツキ板のデザイン可能性

前日触れた通り、全天連のシンポジウムに顔を出したのだが……内容はイマイチであった。

「木は健康にいい」「木は環境に優しい」ばかりを繰り返しても、現状は変わらないよ。。。

でも、ロビーの展示は面白かった。

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こんな風に木材を見せられると、何か新しい木材活用のアイデアが浮かびそうな気がする。

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いずれも、主催が主にツキ板の業界だからだが、木材を紙のごとく扱う発想は、まさに内装材・外装材の世界なのだ。

これ自体が、何かオブジェっぽい。









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こんなデザインもできるしね。

徳島からの出展かなあ。









で、いちばん面白く感じたのがこれ。

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ツキ板のような木材を薄くスライスするには幹に沿ったイメージがあるが、木口をスライスしてもいいわけだ。

これはしたから光を当てて透かしているが、照明などのインテリアにもなるはず。



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こんな風にもなる。

これを破けないように加工したら、ランチョンマットみたいな使い方もできるだろう。アイデア次第だ。

いっそ、ツキ板専門の商品のデザイン・コンペを開いたらどうだろう。一般の木材商品よりも発想が広がると思うが。

2012/10/25

木材とレンガの類似性

あんまり連日、『森と近代日本を動かした男』の話題ばかりでは飽きるだろうから……(笑)。

生駒の町を歩いていると、いかにもハウスメーカーぽい、ミニ開発地域に並ぶ住宅群。そこで見かけたのは、外装にレンガ素材を多用して統一した町並みをつくろうとした家々。

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住宅の間取りなどは違うのだが、だいたい、写真のようなレンガ外装をしており、似た感じを受ける家々が10数軒並んでいた。



 

各住宅を区切る塀にも、レンガを使っていた。


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わざと表面のくすみ具合が1枚ずつ違っていて、凸凹もあり、手づくり感を出している。結構、こだわったと見た。











が、目の肥えた読者ならわかるだろう。このレンガは本当のレンガではない。あくまで表面の外装としてのレンガだと思う。

本来のレンガは、土を焼いてつくった塊であり、構造材だ。レンガを積み上げることで家の壁や柱、あるいは塀そのものを作り上げる。
が、写真に使われているレンガは、薄くて構造材の表面に張り付けて外見をつくるだけのものだ。おそらく荷重はかかっていないだろう。中はコンクリートか合板張りか……。

ようするに、構造材であった素材が、見た目を補う材料として使われているのだ。

それも、それぞれ違った汚れを描いて、いかにも焼きむらがある自然素材のように……。

偽物だ! と糾弾したいのではない(笑)。

レンガに求められるものが変わったということだ。古代のピラミッドにも使われたレンガ、今でも南アジアや中近東では泥を乾燥して固めただけの日干しレンガもあるが、いずれも建築物の構造材として使われてきたのに、日本ではレンガの見た目を求められている。

これって、木材の今後を暗示していないか?

木材も、本来は構造材である。柱、梁、土台……ログハウスのように壁材と兼ねる場合だって珍しくないが、まず構造を支えて、それが内装・外装にもなっていたものだ。

しかし、今後の木材は、構造材としての役割をコンクリートや鉄骨、樹脂、あるいは合板やボードなども加えてよいかと思うが、構造部分は多くが別の素材に取って代わられていくだろう。

だが、木材の質感や感触も捨てがたい人も少なくないはずだ。

となると、表面だけ木材で覆う建築物が増えていくのではないか。荷重は支えないが、見た目の木材、触るだけの木材。それはレンガと同じ道筋だ。

外装・内装にこそ、木材は生き残る道がある。残念ながら、その道を本腰入れて進もうと考える業者が少ないのだが……。

とくに期待されるのはツキ板のはず。そう思って、昨日はツキ板の業界団体(全国天然木化化粧単板工業協同組合連合会)のシンポジウムを覗いたのだが……。それはまた別の話。

2012/10/24

書店の『森と近代日本を動かした男 』

所用で大阪に出た。そして帰り間近に、やっぱり書店による。

もっとも大きなジュンク堂書店なんば店である。

そして、当然のように探す。

新刊書を並べる店頭のコーナー。……ない。

ノンフィクションのコーナー。……ない。

そこで森林のコーナー。……あった!

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書店での初お目見えである。

時節柄? 速水亨さんの本と一緒に平積み。





しかし、新刊書の置き場に置けるほど配本部数がなくて、ノンフィクションとも認められなかったか。評伝であるのは一目でわかると思うのだが、森林関係書に分類されてしまうのね。

森林・林業関係者はもちろんだが、より広く明治という時代と、知られざる人物伝に興味を持つ人の目に止まることを願っている。

ちなみに、上記の写真だと、何か隣の大型本の陰になっているように感じるよね。右手から近づくと見えにくい。

こういうときは、どうするか知ってる?  もちろん、わかるよね……。

アフター写真と撮らなかったけどね。。。。

2012/10/23

『森と近代日本を動かした男  山林王・土倉庄三郎の生涯』発売!

本日より、Amazonで『森と近代日本を動かした男 山林王・土倉庄三郎の生涯』(洋泉社・2500円プラス税)の販売が開始された。予約していただいた皆様、ありがとうこざいます。
今しばらくお待ちくださいm(__)m。順次発送されるでしょう。

なにしろ、発売前より、新刊ノンフィクション部門で最高7位にランキングされていたから、少なからぬ予約が入ったのだろう。感謝感激である。

ちなみに、本日発売というのは、正確にはネット書店での販売であって、リアル書店に納品されて販売が始まるのは明日24日だと聞いている。

10月24日と言えば、谷山浩子の久々のシングル『同じ月を見ているも発売日である……ということはさておき(^^;)、取り急ぎ、本ブログのサイドバーにもリンクを追加アップした。

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なお、本書奥付けの発行日は11月7日である。


本書の発行部数は決して多くない。実は、私の名で出版した本の中で最低部数だ。30年近く前に出した初の出版物より少ない。それは、昨今の出版事情の厳しさを示すとともに、知られざる人物を取り上げること自体が出版界では売れない分野と思われているのだろう。7年がかりで執筆したにもかかわらず、そんなものである。。。。

だから発売当初に売れ行きに力がなければ、すぐ書棚から消える(;_;)。いや、それを吹き飛ばすことを願っている。私も気合いれていきたい。ご協力を。

2012/10/22

「“森から変える日本”委員会」って?

林業関係の情報をチェックしている人なら、今度民主党に「森から変える日本」委員会が結成されたことを聞き及んでいるかもしれない。すでに、ごく一部で(笑)、話題になっている。

これは民主党が、森林・林業調査会を作って、その外部委員会として作られたもの。この調査会に関しては、私もすでに紹介している。今回は、民主党議員との合同の会合である。

http://ikoma.cocolog-nifty.com/moritoinaka/2012/03/post-b9db.html

http://ikoma.cocolog-nifty.com/moritoinaka/2012/03/post-eb2e.html

で、なぜか私に「森から変える日本」委員会の委員にならないかというお誘いがあって、気軽にいいですよ、と返事したままになっていたのだが、先日招集があり、私は行きたくないとごねたのだが、女王様の命令で行ってきたというわけだ(~_~;)。

具体的に、この委員会が何をするのかは、別途調べてほしい。一応、委員長は養老孟司氏で、目的は、「日本の森林全体についてのグランドデザイン」。

そして需要サイドから見た国産材の安定供給・流通体制のあり方や、国有林の能力を最大限活用した山村活性化への貢献のあり方について、調査と提言をする……ということになっている。単に意見をいうだけでなく、ワーキンググループが全国を調査することになっている。私は、どうせなら調査側に入りたかったのだが……。

メンバーは、藤森隆郎氏(元森林総研)のような専門家もいれば、作家の池澤夏樹氏のような素人もいる。私は、……中間かな。

第一回目だから、全員が自己紹介程度の発言をしてきた。

相変わらず、「私は日本唯一の森林ジャーナリストだ」と宣言? したうえに、著作には『森林からのニッポン再生』という本があり、今回の委員会の名前に似ているが、私の方が先だ、と宣伝しておいた(^-^)。

ついでに、森林林業再生プランによって、日本の山はよくなるどころか材価が暴落して、禿山が増えていることを指摘、現場では怨嗟の声が上がっている……と発言した。すると、議員側からはうなづく顔が多かった。議員だってわかってるのね。

ともあれ、問題は、森林・林業再生プランによって日本の森をどうしたいのかグランドデザインがないことだ。そのため目先の利益を得るテクニックに走ってしまっている。
だから、日本の国土にとっての森林と林業がどうあるべきかというグランドデザインをつくることで、プランの軌道修正することに多少ともお手伝いできれば幸いだ。

ただ……委員会は、来年6月までに提言書をまとめる予定だが、その前に総選挙があるだろうなあ。そして選挙が終われば民主党は与党でいられる確率は低いよなあ……。

2012/10/21

川上村詣で……奈良では本は売れぬ?

奈良の川上村を訪れた。

以前、紹介した古事記の講演会があったからだが、もう一つの目的は、やはり『森と近代日本を動かした男 山林王・土倉庄三郎の生涯』(洋泉社)の出版でお世話になった人に挨拶することである。

なにしろ、執筆に関しては、多くの村の人の世話になった。資料や情報を提供してもらった人は数多い。全員にはとても渡せないのだが、幾人かに会って、見本を贈呈してきた。また村そのものにも1冊贈呈。これは村長に渡してくる。

そして、土倉庄三郎の墓に詣でて挨拶。

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これが、庄三郎の墓。意外なほど小さい。文字も風化が進んでいて読みにくくなっている。それでも手を合わせて御礼を申し上げてきた。

急に思いついてだったので、何の用意もしていなかったけど、お花くらい持参すべきだったな……。

ただ土倉家の墓域は、随分整備されてきれいになっている。


やはり、庄三郎の地元の人々に読んでもらいたいものね。地元で売れないようでは先行き暗い。また少部数の出版だけに、すぐになくなるかもしれない。後々、地元の情報として必要となっても、手に入らない可能性がある。

ただ、版元に言わせると、「奈良は、本の売れないところだよ」と。。。

奈良に関する本(ガイドブックではなく、郷土史的なもの)を出版しても、肝心の奈良では非常に売れ行きが悪いのだそうだ。奈良人は、あんまり自分たちの故郷に関心ないかしら。書店も少ないというネックもあるが。
たしかに遠慮深いのか、他地方の人には、古都奈良の魅力を熱烈に語る人がいるのに、奈良の人は卑下ばかりする。いや卑下ではなく、そもそも興味を持たないのだったら。。。

ぜひ、奈良人よ、自らの土地と人に眼を向け、奮起してほしい。奈良といえば飛鳥時代と平城京のような古代史だけでなく、その後も奈良は日本の中心だったのだよ。その証の文献としても、『森と近代日本を動かした男 山林王・土倉庄三郎の生涯』を読みましょう。

2012/10/20

『森と近代日本を動かした男』の参考文献

森と近代日本を動かした男 山林王・土倉庄三郎の生涯』……あまりに長すぎるので、今後は『山林王』と省略する……この本の参考文献が凄い。

何が凄いって、自分で凄いと書いてしまうことなのだが(~_~;)、本書に載せたのは、書籍・雑誌合わせて約80ほど。しかし、これは絞り込んだものなのだ。

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実は、土倉庄三郎について調べだしたころ、そのリストづくりをエクセルで行っていた。見つける度にアップしていったのだ。覚書のつもりである。

その一覧はまだ完成していない。初校、再校の過程で次々と追加されている。再校直前に連絡を受けて読んだ文献に基づき、あわてて挿入した逸話もある。
今日も書き忘れていた分を加えたところだ。すると、全部で160を越えた。しかも、ここにはインターネットのサイトは入れていないし、録音テープや写真に撮った文(たとえば記念碑の碑文とか、複写した書類とか)は入っていない。これらを収集することに費やした金額もバカにできない。

あまりに多くて、全部載せるとページ数が増えてしまうので、重要なものを絞り込んだのが本書に載せたものなのだ。

直接、土倉庄三郎について触れたもののほか、登場した人物に関するもの、林業や吉野、さらに明治という時代を探るもの……などに分かれるが、古書店で漁ったものもあるし、図書館で見つけ出したものも少なくない。事実、実物を手に入れるのは不可能な文献も多かったので、コピーがかなりある。そして、非常に多いのは、「非売品」の書籍だ。

個人録や自費出版ものが多いのだ。現代のものもあるが、実は庄三郎の時代にも多い。たとえば、『吉野林業全書』や『林政意見』など、庄三郎が直接関わった出版物も、印刷費は庄三郎持ちで、今で言えば自費出版なのである。ほかにも数多く、昔は本や冊子を自費で出すのが珍しくなかったらしい。

これらを活かして、もう1冊書きたくなる(~_~;)。

2012/10/19

東京駅、大阪駅

今日は、東京日帰り。3日前に東京へ行ったばかりなのに、また、である。

しかも、このところ連日仕事・雑務が立て込んでいて余裕がない。一応、今日の午後は空いていたが、東京に行くとなると片道4時間費やすから往復8時間となり、ほぼ1日つぶれる。明日も朝から用事があるので、ゆっくりできない。一体、原稿いつ書くんだ、という状態になっている。

だから、私は断るつもりだったのだが、先日の東京で二人の女王様から「行きなさい」命令を受けて、泣く泣く(;_;)。

といいつつ、実は新装なった東京駅見学も少ししてきた(^o^)。

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空襲で焼けた東京駅を復元した近代洋風建築の傑作である。

行ってみると、東京駅目当て?の人がたくさんいて、カメラの放列がスゴい。通りがかりの人のケータイでの撮影も多く、駅自体が名所になってしまってる。まあ、私も写真撮っていたのだから文句は言えないが……(^-^)。

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こちらが有名な丸天井(丸の内南口)だね。干支のレリーフもしっかり見てきたよ。










そういや、大阪駅も最近になって新装されたことは、全国の人はどれだけ知っているだろうか。せいぜい関西圏の話題かなあ。

まず駅ホームの上部に巨大な屋根と通路ができ、それに付随した商業ビルも誕生した。実はまだ周辺の再開発は続いていて、全部完成するまでまだまだかかるのだが、とにかく斬新なデザインとなった。

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これは夜の大阪駅構内。巨大な鉄骨の屋根がある。


ホームの上にかかったコンコースにはカフェもあるそうだ。


今や駅そのものが名所となる時代なのかもしれないが、レトロな建築の復元と、近未来的な建築技術の粋を集めたようなデザインと、東西で分かれてしまった。

で、どちらが評価されるかと思えば……好き嫌いもあることを承知で……やはり東京駅だろう。過去のデザインを復元した方が、ゼロから生み出したデザインより魅力的に感じる。おそらく100年後も残したい建築物とされるのではないか。大阪駅にそれだけの長期の寿命があるかと想像すると??だ。

別に古いものがいいというつもりはない。が、時代を超えて求められた強みもあるし、無機質な素材と違う温かみを感じる。

こうした感性や美学について、もっと考えて建築を考えてほしい。

2012/10/18

柿の葉の紅葉,効用……

本日は、土砂降りの中、奈良県の五條市の山の中へ。(最近、晴れ男を自認していたのに、ここまで降るとは……。)

五條市周辺、とくにかつて西吉野村は、柿の産地である。奈良は、日本有数の柿の生産量を誇る。私も柿を期待していたのだが、この雨では……。

で、柿博物館へ。

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柿畑の広がる山の中に、こんな巨大柿が。名付けてカッキードーム(笑)。



ただ、私が狙っていた柿の葉の紅葉は見られなかった。今年は残暑のためか、えらく色づきが遅れている。

それでも、うまく管理して紅葉させた木があった。

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見事に美しい紅葉。

これだけの葉だと、ツマモノとしての価値がある。

紅葉の効用である……ヾ(- -;)。

ツマモノと言えば、徳島県上勝町が有名だが、実は出荷量としてもっとも多かった(東京築地市場)は、福島県だという。だが、昨年の原発事故以来、出荷量は激減したという。こうした見た目と季節を感じさせるものは、放射能に関する風評被害の打撃をもっとも受ける商品なのである。食べるわけではないのだが……。

仕方ないので、吉野名産・柿の葉寿司を買って食べました。……ただ、この葉っぱは、塩漬けした中国産なんだよねえ。

2012/10/17

『森と近代日本を動かした男』見本届く!

東京に行く途中で、携帯に着信。

『森と近代日本を動かした男 山林王・土倉庄三郎の生涯』の版元からであった。「見本ができた」とのこと。見本とは、文字通り、見る本だよ(^o^)。

取次ぎや書店に流れるのは、まだ数日先だが、とりあえず印刷所から刷り上がった本が届いたのだ。で、私は東京に着いて、見本を受け取った。

実は、地球環境フォーラムの講師控室でも、さっそく宣伝ヾ(- -;)。

そして家に帰ると、もう少し届いていた。

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見よ。これまで紹介してきた表紙カバーだけの写真ではなくて、ちゃんと厚みがあるだろう。

色合いも、少し違う気がする。


帰宅する新幹線の中で読んでしまったぜ。

うん。いい本だ\(^o^)/。

実は、本書の刷り部数はかなり少ない。だから価格も高くなった(2625円)が、多分早く書店の棚からは消えるだろう。早い者勝ちだよ(⌒ー⌒)。

2012/10/16

みんな、話が巧い!

わざわざ東京まで、朝日地球環境フォーラムに行ってきた。

分科会「豊かで生き延びるための森づくり」である。

演者は、登山家の田部井淳子氏、スイス近自然学研究所の山脇正俊氏、そして安田林業の中島彩さんである。私の目的は……であるが。。。

まず、感じたのは、みんな話すのが巧い! 山脇氏は、パワーポイントをうまく使って森づくりというより、社会のパラダイム・シフトについて。田部井氏は、登山家としての生い立ちとエベレスト初登頂、そして山歩きの精神的効用を迫力ある話し方で語る。

この二人は、ある意味話すのは慣れているしプロとも言えるのだが、中島さんの番は、私も緊張した(笑)。が、なんのなんの、巧いじゃないか。実に落ち着いて、なぜダンサーから林業へ転進したか、林業の価値・面白さまで、わかりやすく伝える。

ああ、私も見習わないといけない、と思った(~_~;)。いや、ホント。ゆっくりと、無理なく流れる話振りは私にはないよ。。。

しかも作業着姿と違って、ワンレングスの髪の横顔が、一瞬、仲間由紀恵に見えたヾ(- -;)。

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話題は、森林というより林業に傾斜しがちだったが、どうしても現在進行する森林林業再生プランに触れると、豊かな森づくりとは逆行していることが指摘される。結構シビアな話題にも踏み込んでいる。日本のフォレスターの問題まで出るのだから……。

ま、私としては、聞いているだけだから気楽であった。一瞬、司会者と目が会って、ヤバイ! と思ったが、幸い別に手を挙げる人がいたおかげで、ホッとした。

で、最後は人材育成の大切さと女子力の凄さで締めくくられたのである。閉会後、私も女子力に圧倒されることになるのだが……それはまた別の話(~_~;)。

2012/10/15

『森と近代日本を動かした男 』あとがき

まだ出版前の本だが、『森と近代日本を動かした男 山林王・土倉庄三郎の生涯』のあとがきを一部紹介したい。

これは、本ブログの読者とも関係しているからである。

「……本格的に調べようと決心したのは、七年前である。だが資料は少なく、しかも直接庄三郎に接した記録はほとんどない。彼の実像を知るという点からは隔靴掻痒だった。
 吉野の歴史や林業の文献を漁るが、手書きや謄写版刷の資料、そして難読の古文書や文語体の文面も多かった。存在を知っても、保管場所がわからない雑誌や機関誌、冊子類もある。
 そこでネットを通して呼びかけた。すると応えてくれる人がいたのである。手に入りにくい資料を探してもらったり、専門家から教示を受けもした。そんな多くの人々の協力を得て、断片的な情報をつなぎ合わせる作業が続いた。
 一方で庄三郎について雑誌やブログに記すと反響が少なからずあり、彼の生涯に興味を持つ人が確実にいることを感じた。驚いたのは、複数の庄三郎の子孫の方から連絡があったことだ。おかげで思わぬ人との出会いがあり、新たな情報を得たことできた。

実際、ほぼ7年前から、本ブログの前身ブログ(現・裏ブログ)に折に触れて土倉庄三郎に関して触れてきた。途中経過の報告というよりは、調査・執筆活動の現在進行形みたいなものである。

そして、上記に記したように、私が「(資料が)見つからない」「意味がわからない」と嘆くと教えてくれたり、資料探しを手伝ってくれる人が現れたのである。

皆さんとの共同作業で生まれたんだなあ、と再確認する。その時の読者が今も読んでおられるかどうかわからないが、改めてここで感謝申し上げます<(_ _)>。

2012/10/14

生駒ハチミツ

先に、「銀座ハチミツ」を紹介したから、「生駒ハチミツ」も紹介しておこう。

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正確には、右の「山桜」のハチミツが、生駒山産。
左の「みかん」は、和歌山産になる。

生駒産は、ほかにアカシアやソヨゴなどがある。レンゲなども採れるが、害虫のせいで減ったとか。

今年の生駒山は、春先が寒くて蜜が少なかったそうだ。ただ、北海道などで残暑が厳しくて、その分蜜がよく採れたという。今月いっぱいで採蜜はオシマイ。その後はポリネーション(農作物の交配)に移る。

生駒山には、プロの養蜂家が二人いる。大阪側と奈良側にエリアを分けて行っている。養蜂は家畜農家扱いで、ちゃんと届け出が必要だし、誰でもできるわけではない。

奈良側を行っているのは、生駒市の吉岡養蜂。生駒山のほか、夏の間は北海道にも渡る。また吉野の大台ヶ原、和歌山にも行く。

私は、ここで山桜のハチミツを食べて、その“桜の香り”にやられて夢中になった。そして取材を進めた経験がある。養蜂の世界は奥深い。単に蜜を採るだけでなく、交配なども自然界のバロメーターになる。熱帯雨林を太古から維持してきたのはミツバチかもしれないし、世界でもっとも古い酒は蜂蜜酒(ミード)だ。また商品としてもロイヤルゼリーやプロポリスもある。一方で国産は微々たるもので、輸入品を巡る業界の闇の部分もあるのだ。
私は、北海道まで養蜂の現場を訪ね歩こうかと思ったくらいだが、断念。

養蜂の世界を本にまとめたいと思っていたのだが、結局、雑誌の記事止まり。その頃、出版社でも企画として話したが、色好い返事をもらえなかった。

が、今になって、編集者は「ミツバチの本を書かないか」と言い出した。

それ、田中淳夫違いでしょ(笑)。

でも、そのうち銀座さんと対談して、ミツバチから見た自然を語り合うのもいいね。

2012/10/13

『森と近代日本を動かした男 』発行10日前

森と近代日本を動かした男  山林王・土倉庄三郎の生涯』の発行日は10月23日。つまり10日後だ。

その前に、いろいろ紹介していこうと思っていたのだが、なにかしら雑務…というと問題だが、ようするにやらねばならぬ用事や仕事がいろいろあって、気がつくと目の前になっていた。

なんと、Amazonでは一時期、新着ノンフィクション部門で9位にランクイン。まだ出版していないのに、ランクインしたのは、皆さんの予約のおかげだろう。ま、ノンフィクションの新刊が少ないのかもしれないが……(笑)。

ただAmazonには、写真はまだ登場していないから、ここに掲げておく。

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これが、表紙カバー。


写真は、吉野の人工林を一望したもの。



帯付き。









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こちらは、裏表紙カバー。

写真は、林齢 350年と言われるスギの人工林。
これだけ高樹齢の人がつくった森は、ここにしかあるまい。

帯文は、本文などを編集者がまとめたもの。








目次は、こちらのサイトを見てほしい。(版元・洋泉社)

http://www.yosensha.co.jp/book/b104040.html

とにかく、今回は異色の作品。でも、明治時代の林業の息吹を感じられるだろう。

2012/10/12

内装材が普及しない理由

木材価格の下落が続いている。

日本不動産研究所の調査結果では、今年3月末のヒノキの山元立木価格(全国平均、利用材積1立米当たり)は6856円で、前年比でマイナス18,6%。過去最大の下落率である。
スギは2600円でマイナス8,4%、マツは1464円でマイナス7,2%とのこと。

理由は、ひとえに搬出はするが需要が伸びないことにある。だからだぶついている。だふづけば、出荷を調整すればいいのに、それも止まらない。

……それで思い出した。

以前から、私は木材需要の潜在的伸びは、内装・外装材にある、と言い続けている。無理に構造材に木材を使う必要はない。見た目や五感(感性)に触れるところに木材の価値はあるのだから。

しかし、なかなか伸びないんだなあ。理由は、内装材はわずかな反りや縮みも許されないからである。壁材に小さな隙間ができるだけで、クレームの対象になる。住宅メーカー・ビルダーは、それが怖いから使いたがらない。

かつてマンションの内装に国産材を使う技術を開発したという人を取材した。その人は、主にヒノキ材だったが、狂わないように木材を内装に使っていたのだ。(『だれが日本の「森」を殺すのか』収録)

つまり、技術的にはクリアできたという。そして価格もそんなに高くならない。実際に施工したマンションは非常に評判がよい。となると、どんどん普及するか?

しなかったのである。

その理由を、最近ひょんなことからある人から聞いた。

どうやら偽物が出回ったらしい。狂わないためには、当然乾燥をしっかりしないといけないし、いろいろ工夫がいるわけだが、そうしたノウハウを無視して、勝手に真似して半端物を売り出す業者が後をたたなかったとか。

結果として、彼のところまでクレームが来て、一生懸命普及した努力が無駄になって、彼もやる気を失った……ということであった。

まあ、それだけが理由ではないだろうが、この業界、なかなかまとまって改善しようとしないのだなあ。それどころか足を引っ張り合う。いかに他者を出し抜くかがテーマであって、業界を変えることにはつながらない。

林業界・木材業界・工務店もうまく連携しないし、業界内でも分野が違うと協力しない。出荷調整して材価を上げる努力するより、補助金で稼ぐことを優先したり、山主を食い物にするケースもある。

また、私のやり方が一番正しい、と断言する人も多い(^^;)。森づくりにしろ、伐採搬出にしろ、あるいは工法なども、他者のやり方をこき下ろす。私が同じように頑張っているほかの業者や、技術・工法のことを質問すると、途端に悪口を言い出す例が少なくない。

きっと、木材価格の下落も、これで儲けられるんじゃないか、と考えている人がいるから止まらないのだよ。

2012/10/11

映画『人生、いろどり』

突然、映画『人生、いろどり』を朝から見に行く。

なぜなら、上映が明日までと知ったからである。しかも、上映は朝の1回だけ。無理しても、朝から出かけたのだ。

では、この映画を見たいと思っていたのか?

ノーである(笑)。とくに興味はなかった。が、昨日、突如見に行くことにしたのだ。

そもそも、この映画の内容はご存じだろうか?

徳島県上勝町で展開された葉っぱビジネス、「いろどり」を描いたものだ。いわゆるツマモノと呼ぶ、料理に添える季節の葉や花などを扱う事業である。これは、当時農協職員だった横石氏(現在、株式会社いろどり社長)が悪戦苦闘の末に、中山間地にツマモノ産業を根付かせた実話を元にしている。私も、以前取材に訪れたことがある。

と言っても、懐かしいからとかいう理由で鑑賞しようと思ったわけではない。今、書くのに悩んでいる記事のヒントを得られないかという魂胆であった。葉っぱビジネスという、新たな事業を展開する際の苦闘を描いていれば、なんか参考になるかもしれない。

最初、シネコンの、この映画を上映する7番ホールに入ったときは、私一人だった。予想通りである(^o^)。こりゃ、脚を前の座席にかけて、携帯も電源切らずに見られるぞ、と思った(発想が貧困か)。

が、始まる直前にぞろぞろ入ってきて、結局20人くらいはいたかな。しょうがないので行儀よく見ました。

映画としては、老いた女3人の友情物語として描いており、ほのぼのしているが、全体としては過疎の山村の辛さが染みてくる。いくら最後は成功すると言っても、私には暗く感じた。
肝心のツマモノ事業も、単にひらめいて、努力して大きくしました、という程度にしか描かれていない。

現実とは違うが、かといってハジけたエンターテイメントでもない。どうも作り手の視線が、山村の外から眺めているような気がする。

ただ、主人公の夫は、金を作るためにアルバイトで林業をしているシーンがあった。そうか、林業とは日銭稼ぎの仕事として山村にあるのか。……こんなところに感心している私の視点は、あきらかにいびつだ(微笑)。

記事の参考になったかと言われると……いや、これから考えますわ。

2012/10/10

製紙会社ビルの屋上

先日銀座のビルの屋上で行われている養蜂を紹介した(vs田中淳夫)が、実は銀座の屋上は、ほかにもいろいろ利用されている。

その一つが、製紙会社(中越パルプ工業)ビルの屋上。

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これが何かわかるかな?

栽培しているのは、コウゾとミツマタである。

つまり、和紙の原料。



もちろん、現在の製紙は洋紙であり、樹木の繊維による紙を作っているが、日本の紙の原点はコウゾやミツマタ、それにガンピなどの低木の繊維(主に皮)でつくる和紙である。

そこで、象徴的にそれらの植物を栽培しているのだろう。

かつて和紙の材料は、多くが林床で栽培されていた。スギやヒノキなど用材を得るための人工林の下に、コウゾやミツマタなどが栽培されたのだ。それは林床の有効利用であるだけでなく、森林経営にも重要な役割を果たした。

用材を育てて得るためには何十年もかかるが、これらの低木は数年で育つから、林家の収入源になりやすかったのである。毎年は、こうした林床で栽培する植物を収穫・出荷して収入を得て、何年に一度、太い木を伐採して大きな収入を得る……という構造だ。
これは、間伐材の出荷とも関係している。

……とまあ、案内してくれた製紙会社の人に、そんなうんちくを垂れようかと思っていたら、そこに現れたのが社長(^^;)。

そして社長に「森林ジャーナリストです」と挨拶すると、「私の実家も山を持っていてね……」と話し出して、その山ではスギの林床でコウゾやミツマタを栽培していたと語りだしたのである!

いや、参りました。釈迦に説法になるところでした。実は、この林床栽培の話で記事を一本書こうと思っていたのだが、止めます(^^;)。

しかし和紙だけでなく、現在の製紙だって林業には大きく関わっている。そのことを林業関係者も製紙関係者も忘れがちだ。

紙を見て森をイメージし、森を見て紙を連想するような関わりを持ってほしい。


2012/10/09

有名人とゆかりの地

高知から帰ると(高知でも、だけど)、山中伸弥氏のノーベル賞受賞で沸いていた。

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マスコミには当の本人はもちろん、ゆかりのある人が続々と登場する。在籍する京都大学のほか、卒業した小学校、中高校大学の恩師に友人、単なる学生。単なる町の人・・・・(^^;)。

京都や大阪が注目されがちだが、山中氏は奈良も縁が深い。そもそも奈良市の小学校に通い、学園前に住んでいた。そして我が生駒市にある奈良先端科学技術大学院大学の助教授だったのである!

・・・・・・というように、有名人、とくに大きな業績を上げた人と同じ地域にいるということは、何かと話題になる。同じ町に住む。同じ小学校の出身。同じ県。同じ日本人。どこかで会っただけでも。そうしたことが、連帯感につながるのだ。他人の話ではなく、多少とも自分とつながりがあることで親近感も湧くし、話のネタにもある。だから盛り上がる。私だって「彼が助教授としていた頃に、あの大学訪ねたよ」とか「父親が経営していた町工場(の付近)でオレも生まれ育った」とか言える(笑)。

もちろん町おこしにも利用することもできる。あの人物の……した町、というだけで、興味を持つ人がいるからだ。実は、高知の町も、そこかしこに幕末の動乱で蠢いた人々の関係地がいっぱいあった(^^;)。

そこで思い出してほしい。

林業界の巨人といえば、土倉庄三郎でっしょ!! 近代奈良の偉人だしょ。明治時代に、もっとも有名な奈良人だったかもしれない。

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彼は、吉野から明治という新社会を作るのに大きな貢献をしたのだ。

当時、林業は日本の基幹産業だったことを示し、国づくりに役立てたのだ。


そして、当時の奈良(大和)は、日本の中でも重きを置かれていたことを振り返るべきだ。一時期は「府」だったし、「自由民権運動の台所」と呼ばれ、国づくりを支えたのは吉野の林業家なのだ。

森と近代日本を動かした男 山林王・土倉庄三郎の生涯』をよろしく(^o^)。

2012/10/08

高知道中

今日は高知。

車で約6時間(休憩込み)である。取材して帰ることもできたが、往復12時間運転はきついので泊まる。

途中、明石大橋と鳴門橋を渡る。

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こちらが明石で・・・

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こちらが鳴門・・・

区別がつかん(^^;)。




ま、以前は飛行機で飛んで、そこからレンタカー(たいてい山の中だから)だったが、橋のおかげで自由が利くようになった。
でも、疲労は増えたような気がする。。。。

ちなみに道中面白かったのは、サービスエリアの「さぬきうどんバーガー」と「さぬきうどんだしドレッシング」。

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朝から行列でした。





あほらしいけど、人気だし、笑える。それに旨いらしい。



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私は、正統派のさぬきうどんを朝ごはんにしたけど。

2012/10/07

浅草の街……の模型

東京では、銀座だけを訪ねたのではない。浅草も訪れた。

で、こんな浅草寺とスカイツリーを眺めて喜んでいたのだが。。。

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さすが、名所になる景観。

前回訪ねたときは、スカイツリーは、まだ半分くらいの高さだったんだけど。



が、もっと興味を持ったのは、実は雷門の真ん前にある案内所。

そこには、こんな街の模型があった。

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この建物を表しているのは、みんな木片なんだよね。

簡易化したと言えばそうなのだが、なかなかの風情。

なんだかアートっぽい。。。

2012/10/06

田中淳夫vs田中淳夫第2弾

せっかく同姓同名の人と出会ったのだから、こんな比較はどうだろう?

まず、銀座の田中淳夫氏の行っている「銀座ミツバチプロジェクト」の現場。

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紙パルプ会館の屋上で行っている養蜂だ。

意外と少なく、10箱ほどだったのだが、これでも年間880㎏のハチミツを収穫できるというから、たいしたもの。

セイヨウミツバチだけでなく、ニホンミツバチの巣箱もある。


 

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そのハチミツをお土産にいただきました。

今や貴重品。今年9月1日に採取したものだ。







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そして、本のサイン(^o^)。


さて、このサインは、次のどちらの本にされたものでしょう。



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どちらも、同じ名前の書籍である(⌒ー⌒)。




と、さりげなく、新刊を紹介する。(~_~;)。

ただし、この本は、まだ表紙だけ。見本刷りである。

2012/10/04

田中淳夫vs田中淳夫

今日は銀座で遭難・・・ではなく、寄り道。

寄ったところが、紙パルプ会館の田中淳夫さんのところである。

そう、銀座みつばちプロジェクトの。。。。

これが初対面。「田中淳夫」とサインされた『銀座ミツバチ物語」の本もいただいた。

今度、対談しようとお約束。

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2012/10/03

林業界悩みの相談室~空中戦のススメ

本日は、林業界悩み相談室のお時間でした(^o^)。

いや、単に林業・木材業界に籍を置いて、行政も肝入りの新規事業にとりかかったのに、まった業界は動かず、本当にこの事業は必要なの? と悩んでいる林業乙女の話を聞いただけなんだけど。

わざわざ遠路生駒まで訪ねて来られたのだからと、奥座敷・ラッキーガーデンに案内したところ、そのまま5時間も粘り(!)、しかも食事をするわけではなく、カフェメニューだけ。あんまりと言えばあんまりだと、お店の人は思ったのか、紅茶をサービスに出してくれるという特別待遇(^o^)。

と、ともかく、彼女が今いる世界(一部、過去にいた業界含む)の実情を聞かせていただいた。まあ、なんだな。山主と素材生産業と製材業界が対立したり工務店が絡んでゴタゴタしているぐらいならわかるが、実は林業界製材業界も、地域ごとに作業内容が違うものだから足の引っ張り合いをしているわけで、まったく処置なし。

そこでわかったのは、いわゆる「現場の声を聞け」「地域密着」が必ずしもうまく行く条件にならないこと。いやならないと言うと語弊はあるが、その方法でみんなの意見を尊重しつつ全員の納得を得て事業を進める……というのは10年20年とかかるということ。(それだけかけてもうまく行くとは限らないし、そもそも現代のスピード社会では、数年で事情は変わり、問題点も変化する。)

そこでオススメしたのが、空中戦。本来なら戒めることなのだが、地元の声が届かないレベルからピンポイント爆撃することだ。

もっとも、政治家使ってトップダウンとか、有名人によるキャンペーンなんてことではない。それは根っこで反発を呼ぶ。

むしろ各界のしがらみを振り払って、一部の賛同者と急降下でゲリラ攻撃し、ヒットエンドランで逃げる(~_~;)。クレームが来たら、ひたすら頭を下げて、翌日、またもやピンポイント爆撃。
クレームなんて、雲の上のよそ者には聞こえないのよ。

さらに、マスコミを利用した怒濤の褒め殺し。こんなスゴい新規事業を始めたのだ! とマスコミが持ち上げたら文句は出にくい。そして成功事例が出ると、反対者も、いつのまにやら付いて来る。まるで自分が企画したような顔をして。

肝心なのは、周りのクレームは聞こえないふりすること。この乙女は、地元民ではないから、事業を成功させたら去る覚悟でよいのだ。去る覚悟だから、期間内に目標を設定して、さっさと仕上げてしまおう……なんてこと、オススメしておいた。

もちろん、この戦略のモデルは、ラッキーガーデンである。

今やラッキーガーデンの周りには、飲食店だらけ。棚田の中の一軒家レストランが千客万来となり、気がついたら周りに類似のお店が次々オープンしている。

空中戦からゲリラ攻撃で、地域制圧もできるのだよ。

『山林王・土倉庄三郎の生涯』

もう少し、発売日などの目安が立ってから告知するつもりだったのたが、なんとAmazonで予約が始まっていた。

http://www.amazon.co.jp/%E6%A3%AE%E3%81%A8%E8%BF%91%E4%BB%A3%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%92%E5%8B%95%E3%81%8B%E3%81%97%E3%81%9F%E7%94%B7-~%E5%B1%B1%E6%9E%97%E7%8E%8B%E3%83%BB%E5%9C%9F%E5%80%89%E5%BA%84%E4%B8%89%E9%83%8E%E3%81%AE%E7%94%9F%E6%B6%AF-%E7%94%B0%E4%B8%AD-%E6%B7%B3%E5%A4%AB/dp/4800300436/ref=sr_1_12?s=books&ie=UTF8&qid=1349233794&sr=1-12

そこでフライング気味だが、告知させていただく。

森と近代日本を動かした男 山林王・土倉庄三郎の生涯』

洋泉社 2625円

出版します。

このブログ(旧ブログも含めて)では、折に触れて書き込んでいたが、私は吉野の山林王だっ

た土倉庄三郎について調べてきた。調べてみると、2005年の9月に資料集めを開始しているから、もはや7年を越えた。

この手の調査はいわば底無しで、一時は庄三郎に関わった人物、また子孫の生涯まで手を延ばしていたが、それではきりがないので、とりあえず庄三郎個人に絞って今回はまとめることにした。

そのうえで執筆したら、(400字詰め原稿用紙換算で)700枚を超えて、まだ終わらなかった(~_~;)。これではいよいよ出版の可能性がなくなるので、涙を飲んで半分に削り落とし、出版にこぎ着けたのが本書である。

現時点では、土倉庄三郎に関してもっとも詳しい書物となるだろう……て、ほかに何冊もないのであるが。

ただ、人物伝としてだけでなく、私は明治という時代を土倉庄三郎を通して描くことを心がけたし、また庄三郎の事蹟は林業と密接に絡んでいるので、明治林業史的な目で呼んでいただいてもよいのではないかと思う。

2012/10/02

今年の「朝日地球環境フォーラム」

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まずは、9月26日の朝日新聞記事を。

我らが(オイオイ)ナカシマアヤさんが、記事になっているではないか。

そして、彼女が今年の朝日地球環境フォーラム(今月15,16日)に出演すると記されているではないか。


昨年は国際森林年であり、また大震災と原発事故があったので、森林関係のセクションが多かった。で、今年は「未来を開く~持続可能なくらしと社会」がテーマだそうで、そこに「豊かで生き延びるための森づくり」セクションがある。そこに彼女は登場するのである。

ちなみに、ほかの出演者は、登山家の田部井淳子氏、スイス近自然学研究所の山脇正俊氏

……実は、このセクションについては事前に私にも相談が来ていた。と言っても、昨年出た私に出番はない。そして、そこで山脇さんの出演について聞いていた。

実は、6月に私がスイスに行った際、現地で通訳兼ガイドを務めてくださったのが山脇さんである。

そこへ、はるばるスイスに、ナカシマさんからのメールが届く。「……こんな出演依頼が来ているのですが、どんなもんでしょうか」と。

私は速攻で山脇さんにナカシマアヤさんのことを伝え、よろしく頼む。そしてナカシマさんに「はい、もう話通しておいたから大丈夫だよ」と、強引に? 出演するように押した。

というわけで、今年は出演しないが、私もフォーラムに参加するのだ(⌒ー⌒)。ほとんど、二人のオッカケかもしれんが。会場で、二人に手を振ってこよう。

2012/10/01

巨大キノコ……

昨日、長くかかっていた原稿のゲラ再校を終わらせた。

事実上、私の手を離れて、あとは刊行を待つだけの身である。近く発表するから、待ってね(^○^)。

そして今朝は、こちらも引っかかっていた原稿の切り口をようやく見つけて、目途をつける。あとは一気に書き上げよう。

というわけで、久しぶりに惚けようと、山歩き。とはいえ、昨日が台風の嵐だったので、あまり無茶はできない。舗装された道路と広い遊歩道だけにしよう。

実際、さすがの生駒山もかなり荒れていた。何本も木が倒れ、枝葉が散乱している。地道は泥の海だし、どこから湧きだしたのか、水筋がそこかしこにできている。

しかし、そんな嵐の後を歩くのも楽しい。

水たまりをよけて、すいすいと。

倒れた木をホイホイとまたいで先を行く。

垂れ下がった枝葉に顔を撫でられるが、雫で濡れるのも自然の息吹だ。

落ちている葉っぱも植物界の芸術だな。

鼻唄まじりに進めば、なんだか森の中に道が。これは近道……?

入っちゃいけないよ。草木は水を含んでいて濡れるから。泥だらけになるよ。

……入ってしまった。

濡れないよう、泥がつかないよう、細心の注意を払いつつ、しっかり足元を確認して進む。

このまま行けば、スカイラインに出るはず。ふん、すぐだ。

(あ、道が途切れた。)

こちらの木の下を行けば、ブッシュがないし、歩きやすいぞ。

なんだか暗がりだなあ。やっぱり密生した雑木林は健全じゃないなあ。

急斜面になったぞ。おいおい、こんなところを進んじゃ汚れるじゃないか。人が歩くルートじゃないよ。なんで、こんなところに入ったのだ(-_-メ;)。

……(中略)……

やった! 見事、道路に出たではないか。。。ぜいぜい。。やっぱり私は、(生駒)山歩きの達人だ。地図がなくても、目をつぶっても、思い通りのところに到達できるぜ。

その道路の側溝には、巨大なキノコが傘を広げていた。よし、今日はこれくらいにしといたろ。

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