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2013年2月

2013/02/28

上から目線で壁を越える

木材コーディネーター女子の一人は、講座受講中に「にぶつかっている」発言をして、話題を呼んだ。私も、初めて彼女に会ったときに「」の話を聞かされたのだが、その時のと今回のは違うらしい。次々と「」は現れるのである(^^;)。

おかげで、私にまで「彼女のはどうなりましたか」と聞いてくる人がいる。もちろん、私には答えようがありません(笑)。

その彼女、また「」にぶつかった。それも最大級の……。聞けば確かにとんでもない事態で、ひどい話である。いきなりのちゃぶ台返しも酷いが、我が身可愛さに逃げる輩もみっともない。

そりゃ、どんな世界もすべて順調に行くわけはなく、自分の中の壁にぶつかったり、時代に流されたり、横槍入れられたり、足を引っ張られたり、裏切られたり、梯子を外されたり、ようするに人生ありあり浩子あり(謎)なのだ。
が、結局どうするかは自分で決断し自分で乗り換えなくてははならない。立ちすくんでいても仕方がないのは自明の理。

実は、私もこのところ「」を感じている(^^;)。昨年、さまざまなことが一挙に押し寄せたのだが、それが私にとって「終わり」を意味するのか、「始まり」の印なのか、はたまた「終わりの始まり」だったのか、自分にも判断に困る。そして今年は、それぞれが「」になってきた。結構、ボディブローのように効いてくる。

ともあれ止まったままでは埒があかないので、もがくしかない。

で、思いついた。

とりあえず自分を空から見ることだな。自身を上から目線で見下ろす。他人事に見る。そして自分を大事にしない(笑)。かつて書いたり発言したことも、自分から疑う。否定する。ひっくり返す。ついでに笑う。

上から見たら、はないも同然(^o^)。

自らを縛りつけている既成の枠組み〔パラダイム〕は、上から目線で破壊するのだ。

「上から目線」という言葉は、今や糾弾すべき態度かのように語られるが、本当は大切なものなのだよ。いつも同じ高さから見ているだけでは見えないもの、気がつかないもの、乗り越えられないものが、ちょっと立体に見ると軽々とクリアできる。

……と、を笑い飛ばしたものの、まだ超えられないなあ。。。。

2013/02/27

グリーンパワー『森と近代日本を動かした男』書評

グリーンパワー3月号に『森と近代日本を動かした男 山林王・土倉庄三郎の生涯』の書評が掲載された。

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さすが森林文化協会発行のグリーンパワーだけあって、土倉翁の評伝としてだけでなく、明治という時代に、林業が果たした役割について言及している。

そうなのだよ、私は単純に偉人伝を書こうとしたわけでなく、林業と山村が日本の国を動かす力のあった時代を描きたかったのだよ。……もっとも、それが一般読者にとってとっつきが悪く、まわりくどい?説明になったかもしれないが。。。。

山主自ら国土の緑化に邁進し、国づくりを意識して政治をも動かした。また養蚕を普及させるなど、山村振興にも尽くした。……現在の林業事情を多少とも知ると、土倉翁の時代は現実感を失うほど夢のような世界だったのだね。

ちなみに、今をときめく?新島八重が土倉翁の交友人脈に関わっていることにも触れている(^o^)。

※この号には、環境企業レポートに「協和木材」が取り上げられている。最大級の国産材製材工場を持つ福島の企業であり、新生産システム(ようするに国の補助金ね)を導入した大手製材の中で、唯一?勝ち組のような会社。
その佐川社長は行う「今は、山主の犠牲の上に国産材製品が成り立っている」という指摘が、土倉翁の時代の裏返しのように感じて、私も心が痛んだ。

2013/02/26

土倉翁を求めて?

今日は、ちょっと不思議な人との出会い。

そもそもは先週の電話であった。

「田中、淳夫さんのお宅ですか」
「はい、そうてすが」
「あの、森林ジャーナリストの?」
「はい、そう名乗らせていただいています」

というスタート。話を聞くと、何年も前の新幹線の中に置かれてある雑誌「ひととき 」で、土倉庄三郎について読んだ、最近その記事を見つけて、改めてもっと知りたいと思って、執筆者を探したら、「生駒市在住」とある。そこでNTTの番号案内で、田中淳夫で探してもらったら、二人いて……。

そう、実は私と同姓同名の人が、生駒市内にもう一人いるのである。そちらに電話したが、どうも違うようだ、そしてもう一方に電話したのです、ということだった。

この人は、生駒山の大阪側である東大阪市に在住で、私が小学生時代に住んでいた近くだった。ただ、私のことは何も知らず、当然『森と近代日本を動かした男 山林王・土倉庄三郎の生涯』を昨年出版したことも知らない。

そこで拙著のご案内をさせていただき、本日手渡しすることになったのである。

有り難くお買い上げいただき、しばし喫茶店で話す。

なんと80歳であった。今も現役の会社社長。

座右に置いている本が、本多静六の「財産告白」で、先の「ひととき」の記事に、土倉翁は本多静六も援助したとあることで引っかかったようだ。

出身は兵庫県西部で、親の代は山に木を植えたという。まんざら林業に縁のないわけでもなかったが、そろそろ故郷に帰って、山の整備をしたい。これからご奉公する……という。

こんなつながりで拙著を買ってもらえるとは思わなかった。また土倉翁に興味を持ってもらえるとはね。

「ひととき」 の記事は、HPに掲載中。クリックしてください。

もっとも、盛り上がったのは、ご子息が私より3つほど年下で、どうやら同じ小学校に在籍していたことがわかったことか(^o^)。

2013/02/25

「なにわの海の時空館」~菱垣廻船の木材~

なにわの海の時空館」に行ってきた。大阪市立海洋博物館のことである。

なったって、南港の海岸にある入り口から海底トンネルを抜けて、海上に建てられた4階建ての博物館にたどり着くという凝った構造。

そしてど真ん中に鎮座するのは、江戸時代の輸送船「菱垣廻船」。いわゆる千石船だ。もちろん復元したもの。言い換えると、この復元船を展示するための建物みたいなもの。

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4階、3階から見下ろせて、2階から船に乗れる。トンネルから昇る階段・エスカレーターから船底が見上げられる。

でも、全体を見渡す場所がないよ(;_;)。無理に建物の中に閉じ込めずに、ドームだったらよかったのに。

ここが、にわかに注目されたのは、3月10日で閉館するから。「文化が大嫌い」な橋下大阪市長によって、決まったのである。

ちなみに私は、以前より興味あったのだが、場所が場所で行きづらくてこれまで訪問したことはない。が、閉館するとなれば行かねばなりませんね。

というわけで、無理やり時間をつくって訪問したのだが、感想はというと「……閉館やむなしかなあ」。

だって、見るべきものは千石船しかない。そして、見せ方も、イマイチ。船は、意外に中は狭く、十分に見るべきものはない。ほかの展示は貧弱。その割には、莫大な経費のかかりそうな構造。観客もちらほら……。船オタクぽい人もいたが(~_~;)。

と、博物館の評価を記したいのではなくて、やっぱり木のことを語ろう。

この船、木造なのである。当たり前か。でも、何の木を使うだろうか。説明によると、やはりスギ、ヒノキ、マツ、そしてケヤキにカシであった

ただし、復元では中国マツを使ったという。これはコウヨウザンかもしれない。中国杉とも呼ぶが、材はマツに近いからだ。

またスギも弁甲杉と呼ぶものがある。これは宮崎のオビスギが代表だが、非常に早く生長させて年輪幅が広い。また軽い。そして安い。

カシは、舵。ヒノキは化粧用。

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こんな感じ。一般のスギ材と弁甲スギ材と。

年輪幅の差が凄い。おかげで軽くて加工しやすい、乾きやすいなど船材用に向いていたのだろう。

こんな展示もあった。

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帆柱の断面。このように集成していたのね。

接着剤は使わず、鉄のタガを締めつけていたようだが。

なかなか江戸時代の木材加工技術の勉強になったのであった。

2013/02/24

土倉雛

今日は朝早くから、吉野の山村へ。

雪が積もっている世界で、結構寒かったなあ……。

が、そこでの取材内容はおいといて、今日はたまたま出会った雛人形の話。

明日香村の隣に当たる高取町は、3月に「町家の雛巡り 」という行事を行う。古い町並みの残る街道筋で、各家庭が雛人形を表に出して陳列し、一般の人々も見学できるのだ。毎年100軒以上が参加するという。また作品展なども催され、街は雛人形で盛り上がる。

そんな高取町にある「森山人形店」。ここには、土倉家の雛人形があるというのだ。土倉家が逼塞したときに流出したものが、この店に保存されているらしい。

これは見なければ。

さっそく帰り道に寄ってみた。

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ありました。

なるほど、立派だ。箪笥や長持ちなどのミニチュアの家具類の金具は銀で、金による蒔絵が施されている。箪笥の扉の裏にまで蒔絵があるのだ。
なにより緻密な木工に職人技が伺える。

ただ、着物や髪飾りなどは傷んでいる。江戸末期から明治の作と言われるから、100年~150年も昔のものなのだ。

お店の人の話によると、写真集にある皇室に納められた雛と同じ顔だちだから、同じ作家のものらしいという。今では値段も付けられないが、それなりの高価なものであることは間違いない。

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これは、囲碁道具のミニチュア。盤は、一辺が数センチにすぎないが、碁石も含めてみな木で作られている。

その横の箱などは、欄間ぽい彫刻まで施されていた。もちろん、蓋を外すこともできる。

このセットがあるのは、囲碁好きな庄三郎の意向を組んだのだろうか。

なんでも、30年くらい前に、川上村の人から引き取ってくれと言われたそうだ。人形店なら、と思って依頼したのだろう。詳しい経緯はわからないが、おそらく土倉家逼塞の時期に、手持ちの財産が流出したのだろう。

想像だが、土倉五郎が土倉家に残っていた備品を村民に売りつけたそうだ。その際に雛人形も誰かが引き取ったのかもしれない。が、戦後になって自宅に置いておけなくなり、かといって処分に困って森山人形店に持ち込んだのではないか。

傷んだ部分を修理してほしいところだが、それだけで何十万円かかるらしい……。

こうした土倉家の逸品は、各地に分散して今もあるんだろうなあ。

これは噂だが、金で作られた土倉家の仏壇があって、某寺に納められている。それは国宝だと。。。そりゃ、ないだろう(笑)。

2013/02/23

鹿森協会設立……(夢)

大阪・梅田で開かれたシカと森と人の葛藤というシンポジウムに顔を出した。サブタイトルが、~いかに森を育み、シカを管理するか~である。主催は、近畿中国森林管理局。

結構しぶいテーマに思えたのだが、会場は満員御礼。立ち見も出るほどだった。200人は越えていただろう。

内容は、はっきり言って、増えすぎて森を荒らすまでになったシカをどうするか、である。5人の演者は、みんな第一線でシカの生態を研究していたり森の防護に活躍している人々であり、なかなか聞き応えがあった。発表レベルは高い。

が、ここでは内容より参加者に目を配りたい。

都心で開いたこのシンポに参加した人は、どんな背景があるのだろうか。もちろん、行政関係、農林業関係者も多いようだ。が、それだけではない。研究者、あるいは動物保護の団体も来ていた模様。ハンターもいた。

あの、熊森協会のメンバーもいたそうだよ。シカが増えすぎているのは認めるのかね? 駆除もいいのかね? もっとも冒頭挨拶の中に「クマも増えている」発言があり、どよめいたようだが(~_~;)。

そして演者側も、微妙に農林業側と環境側(研究畑や動植物、生態系重視派)に分かれる面もあったかのようだ。

シカが増えた理由はよくわかっていない。が、林野庁の拡大造林に求めるなんて、時代遅れじゃねえ? 40年前に増やした造林地が、近年のシカ激増につながっているとは思えない。あえて言えば、昔からシカと人は対立していた。今はそれが先鋭的になっただけだ。

そこで、つい夢想した。

一つ、鹿森協会を設立しないか。シカは神の使いぞよ、シシ神を殺すと森も滅びるのだと訴えて寄付を集める。シカが好きなヒノキの苗を植える。ドングリもばらまく。……もののけ姫が出てきそうだ(笑)。

そこでアシタカとモロみたいに会話してみる。

「人とシカが争わずにすむ道はないのか」

「いかにも人間らしい手前勝手な考えだな。シカは森と生き、森が死ぬ時は共に滅びる」

「山人を解き放て。彼らは森で食っているんだぞ」

「黙れ、小僧。お前に林業家の不幸がいやせるのか? 猟師の悲しみがわかるのか?」

「分からぬ…。だが共に生きることはできる!」

こんな会話をしてみる(笑)。

真面目で、白熱したシンポの中で、こんなこと思いついていたとは、ボクの悪い癖。。。

2013/02/22

木工に興味あるのは女性?

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写真は、某スーパーマーケットの特設売り場。

見た通り、木のカトラリーを並べている。

カトラリーとは、スプーンやフォーク、ナイフなどの食具のこと。一般には金属製やプラスチック製が多いが、最近は木製が流行りつつある。

写真にあるのは、価格から見てもわかるとおり、中国など海外製であるが、木のカトラリーを手づくりするブームも少しずつ広がっているようだ。

手づくりする木のカトラリー 』という本も出ている。これは友人の出版だが、聞いたところ読者は女性が多いそうだ。購入だけでなく、実際の「木のカトラリーづくり教室」に通うのも、圧倒的に女性とか。

日常的な木製品はカトラリー(割り箸を含む)などが多いだろうし、そこに興味を示すのは女性なのである。カトラリーだけでなく、最近は木工教室に通う女性が増えているそうだし、木でなくても陶器など食具に示す関心は、やはり女性が中心だろう。

たしかに、男性の場合、木工というと家具や住宅リフォームなど日曜大工レベルになってしまう。さらに木を論じ続けると、木材になり、住宅になり、林業になり、森林になる。目の前の木の商品から離れていく。森林を考える際も、地球環境問題から天下国家を論じたがる。

昨日、テレビ局の取材を受けた。テーマは割り箸であるが、『割り箸はもったいない?』を出版後の6年間の動きを解説した。本当は、ここの部分を本にしたいのだ。

実は、『割り箸はもったいない?』続編出版計画は、水面下?で進めていた。

が、編集者に言われたのは、「割り箸に興味を示すのは誰か」という点である。すると、女性なのである。割り箸から木材、林業、森林問題へと興味を広げてくれる。
ところが男どもは、今やランチに入った店が割り箸出そうがプラ箸出そうが気にしない(-.-)。

前回の『割り箸はもったいない?』を出版した際は、日経新聞が「中国から割り箸が輸入できなくなる」と煽り記事を買いたから、ビジネス上の問題になったことが火付け役となった。割り箸批判とかマイ箸ブームは、実は女性主導であった。
今も、国産割り箸に関心を持つ女性は多い。

ただ新書は、読者が男どもが多いのだよ。ならば、割り箸の本もビジネスがらみにするか。それとも、国産割り箸の普及に邁進する女性たちを描く『林野庁長官に突撃! 割り箸奮戦記』なんていう切り口の方がいいかなあ。

……ああ、途中から「男性」が「男ども」に代わっていた(^^;)。

と、ともかく、木に対する嗜好の男女差を意識するべきかもしれないなあ。

2013/02/21

万沢の今!

先に、「幻の万沢林業」について記したが、結構反響? があった。で、ツイッターでも反応があったのだが、それによるとゴルフ場になっているという。

で、私も調べてみた。Googleで山梨県の南部町万沢の地域を検索表示すると……。

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おお、見事にゴルフ場だ。

しかも2コース。

とくに富士ロイヤルカントリークラブは、なんと36ホールもある巨大コースだぜ。

これが、かつての林業地だった山を切り開いたのかどうかまで確認できないが、かつて1500ヘクタールもの人工林を持っていたのだから、この辺りも含まれるのは間違いないだろう。

見たところ、あまり急峻でもないし、ゴルフ場開発に向いていたかもしれない。場所も、東海道筋に近いから、首都圏の客を見込める。

かつて混農林業・アグロフォレストリーの先進地として有名だった万沢林業の現在の姿がゴルフ場とは、まるで絵に描いたような変遷だ。
考えてみれば、以前は農林複合がもっとも理想的な土地利用だったのが、木材バブル時代に林業専業となり、それが崩れる過程でゴルフ場という観光レジャー産業に移るのは、ある意味時代の先取りをして来た土地柄なのかもしれない。

ここに至る経緯を知りたいなあ。まだ林業地(人工林)も残されているだろうから、そこがどんな経営をしているかもわかるといいのだが。

ただ、今やゴルフ場も斜陽産業。とくに巨大ホールは維持が大変なはず。どのような経営をしているかも面白いし、時代の先取りという点からは、次の展開も出てこないか。

……最近は、倒産ゴルフ場を買い取って、メガソーラー発電施設にする計画も各地で進んでいるよ。これが先取りになるのかどうか。

2013/02/20

モデルハウスに泊まってみたい!

今日訪れたところの前に、住宅展示場があり、モデルハウスが建ち並んでいた。もちろん、大手ハウスメーカーの出展である。

それで思い出した。

随分前になるが、新聞に「あなたの夢かなえます」みたいなコーナーがあって、そこに「素敵なモデルハウスに泊まってみたい」という読者の要望が寄せられていたのだ。

実際のモデルハウスは、水回りができていないから水道も出ず、トイレも使えないため、その要望は新聞社の力で別の場所で実現させたのだが、ここで驚いたのは「モデルハウスに泊まりたい」という気持ちの存在だ。

もちろん、モデルハウスたって、ふつーの家だ。ハリウッドの大邸宅でもなければヨーロッパ中世の城砦でも、天守閣のあるお城でもない。そこに泊まりたい(というより、非日常を感じたい、という要望だろうか)というのは、普段どんな生活しているんだ(^o^)。

おそらくその読者が、めでたくモデルハウスと同じ外観、間取り、インテリアの家を購入できたとして、毎日がハッピーだろうか。多分、数日で飽きると思うし、そもそも「素敵さ」を維持できないだろう。散らかり、汚れが染みついて「生活感」がついてくる。

でも、展示されている家は、夢を売ってくれるのだ

短期間で建て替えて新しくすることも重要なんだろう。手垢のついていないことも、非日常の要素だ。その点、中小はモデルハウスを建てることも大変で、建てても何年も使うため徐々にくすんでくる。すると夢を売れなくなるのかなあ。

しかし、中小ビルダー、とくに国産材の木の家を売り物にしているところも、大手メーカーのモデルハウスの見せ方は真似ないといけないだろうね。また真似るノウハウは、いっぱい詰まっていると思う。

どこが「素敵」「泊まりたい」と思わせるか、じっくり偵察してみてもいいんじゃない?

2013/02/18

あった! in奈良の書店

ある雑誌を探しに、書店を梯子した。

別に珍しい雑誌ではなく、ほぼ毎月購入していた月刊誌である。いつもは、私と相性の悪い生駒駅前の書店でも買えたし、たいていの書店で手に入ったのだ。

にもかかわらず、この数カ月、手に入りにくくなった。結構大きめの書店でも見かけなくなったのだ。発行したことは、実はツイッターで版元自ら書き込んでいたのだから、出たのは間違いない。それなのに見つからん。一軒二軒と回っているうちに意地になってきた。近所の本屋にないから、車でアチコチ回る。残念ながら、奈良の最大書店は奈良ビブレが閉店したことで姿を消したが……。

もしかして経営危機(というより、この雑誌の赤字が危険水域に)が噂される出版元だけに、発行部数を減らしたのかもしれない。そのため奈良には回って来なくなった?

ということで、もう最後のつもりで訪れたのが、イトーヨーカドー奈良店の中にあるくまざわ書店(奈良店)。

……が、雑誌はなかった。。。やっぱ、奈良には配本しなくなったんだよ(-_-)。

ところが、予期していない本が見つかった。

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……わかるかな。

そう、『森と近代日本を動かした男 山林王・土倉庄三郎の生涯』があったのだ。

なんと、奈良の書店で見かけたのは、初めてだよ。

しかも、発刊後3か月をすぎてからだよ。前回(おそらく1か月くらい前)にはなかったのに。ほかに,『いま里山が必要な理由』もあった。こちらも、前回はなかったと思う。






でも環境コーナーなんだよな。

もちろん、写真とってから目立つところに移動させました\(^o^)/。

しかし、目的の雑誌のこと、忘れちまったよ。。。

2013/02/17

山武林業があった

昨日、幻の「万沢林業」は、農林複合(アグロフォレストリー)で混交林を作っていたと記したが、そこで思い出したのが千葉の山武林業。ここにもあったじゃないか。

山武地方は、今も林業地だし、山武スギもよく知られている。この地域は、スギの一斉林のように見える。が、今の山武は本来の山武林業ではない。

山武では、最初に畑作が行われた。小麦や芋類が栽培されたという。2年後にマツの苗を植える。が、その合間で畑作は続く。そして2~3年後、マツがかなり育ったのを見届けて作物の栽培は止める。マツが大きく育つと、その下にスギの苗を植え、マツも間伐して林内に光を入れる。

マツは大木になったら伐っていき、スギを育て、スギが大きくなると間伐しながら、その下にヒノキを植える……。

このように農作物からマツ、スギ、ヒノキと移り変わる林業だった。最後は皆伐してまた一から始めるらしい。一巡するまで何年、何百年かかかりそうな混農林業である。

こうしたことをするのは、土質がやせていて、寒害も多い気象条件で木を育てる工夫だったらしいが、まさに農林複合で土地と時間を利用した多種類生産だ。光と土壌を充分に管理しながら行う精緻な技術があったのだろう。

それが、戦後は急速に消えてしまう。

それは「目先の利益を求めて、早くマツの大木を伐ってしまい、時間差を考えずにマツとスギを一緒に植えたり、スギの一斉造林に切り換えたからだ」と書かれている。それではスギはマツに被圧されて育たない。
また間伐を嫌がる傾向も指摘されている。細い木も高く売れる時代ゆえに、一本も切り捨てたくないからだ。しかし、そのため人工林全体が育たなくなっているという。

なんだか、江戸時代より引き継ぎ明治期に確立された技術を、戦後の木材バブル時代にあっさり捨てたことになる。

おそらく日本全国各地に根付いた農林複合技術があり、土地にやさしい農業と林業を両立していたのだろう。それが、あっと言う間に破棄され忘れ去られたと振り返ると、虚しい……。

今ならではの技術とシステムを作れないものか。もっとも、確立するまで100年単位で必要だろうから、経済も林政もころころ変わる社会では無理かもなあ。

2013/02/16

幻の「万沢林業」

古い林業雑誌(1960年)をパラパラ見ていると、「万沢林業」が紹介されていた。

非常に有名で、詳しく調べられていて、広く紹介されている、とある。が、寡聞にして私は、まったく知らなかった。おそらく現在は、少なくても地域的な特色ある林業地としては消えたのではないか。有名林業地が、わずか50年でどうして幻になったのか?

今回は、メモ程度に。誰か詳しい人いるかな。教えてほしい。

場所は、山梨県最南端にある富士川沿いの小集落だそうだ。1800ヘクタールの林地の83%が人工林地造林地なのだが、ここで行われているのが、混農林業である。

スギやヒノキの伐採跡地を焼き、オカボやソバを作付けし、その後スギ、ヒノキの苗を混ぜて植えつつ、大豆、サツマイモを育てる。さらにミツマタとヤマハンノキを植える。これらは収穫しつつ、12,3年後ちはみな伐採してスギやヒノキの生長を阻害しないようにする……。

もともと切替畑(焼畑)の跡地にクヌギやヤマハンノキを植え、ミツマタの栽培も行う文化があたからだろうが、典型的な焼畑発祥林業だ。さらに農林複合で、多種類栽培-収穫で、針広混交林づくり

別名が、肥料木混交林業。落葉広葉樹のヤマハンノキを植えると、落ち葉をためるだけでなく、窒素固定も行うから、土壌を豊かにするから肥料効果があるという経験則なのだそうだ。

まさに、伝統的な近自然林業かも。

しかも、こうした混農林業は、さまざまな形で、日本全国にあることが記事には触れられている。

でも、こうした伝統的な技法は、多分木材生産的には効率が悪いと切り捨てられたんだろうなあ。一斉皆伐、一斉造林に切り換えたのではなかろうか。そして技術も消えてしまった、わずか数十年の間に。

でも、将来的には、見直しされてもよい気がする。ミツマタ生産はむずかしくても、農林複合はこれからのトレンドだ。

一体いまは万沢の山林がどうなっているのか、気になる……。

2013/02/15

スイッチング・コストは「めんどくさい」

かつて「森林・林業再生プラン」という政策があった(笑)。

そこでは、とにかく木材自給率50%越えを狙った。

そのためには、国産材を大量に安定供給させねばならないと考える。

しかし木材需要は伸びていないから、外材需要が国産材に置き換わることでシェアを上げねばならない。

そこで国産材の価格を外材並か外材以下にしたら、国産材は売れるだろうと考えた。

そして、価格を下げても利益が出るように、低コスト林業を目指した。

低コストは機械化で達成する。(ただし、高価な林業機械は補助金で購入してね。故障はしないでね。)

……結果として、大量生産には成功しつつあるのが、コストは充分に下がらないし、全然外材と置き換わらない。かろうじて合板用だけ伸びたが、もともと価格は安すぎて利益は出ない。国産材はだぶつき、価格は暴落。さらに林業を圧迫している。

 
 

 

ま、図式的に描いてみると、これが近年の林業改革の顛末か。

こうなったのには、いろいろな要因があるのだが、ここでは「なぜ国産材は外材と置き換わらなかったか」を考えてみる。

それまで国産材が売れなかったのは、安定供給できず、発注側に応えられなかったから、とされてきた。それを解消したのに……という恨み節は、政策立案者の間には多いだろう。

でも一般のビジネスマンから見たら、当たり前かもしれない。だって、国産材側はまともな営業努力していないんだもの。

ただ、それだけで片づけるわけにはいくまい。

やはり、これまで外材を使ってきた側にとって、国産材に切り換えるコストが解消されなかったからだろう。いわゆるスイッチング・コストだ。

木材価格だけなら、外材と国産材の開きはなくなってきた、いや国産材の方が安いくらいだ。しかし品質が違えば製材機械の調製も必要だし、流通ルートの整備や事務手続の改革が必要になる。それを行うには、やはり手間がかかり、目先のコストも増える。人も新しいやり方を覚えないといけない。それに慣れた外材のような信頼感はまだない。どんなクレームが来るか。。またユーザーへの新しい素材に変えることに説明義務も生じる。なにより、外材じゃ、何がいけないの?

ああ、めんどくさい

これだよなあ。この「めんどくさい」を解消する、あるいは乗り換えるほどの利得が国産材にはない。とくに、現在の林業および木材業界は、めんどくさいの嫌いだよな。。いままでどおりが楽でいいよな。。。

どうして、乗り越える? 誰か考えてみて。

2013/02/14

割り箸論文を再読する

昨日は難かったので、今夜は柔らかめに……。

そして、久々の割り箸の話題。

といっても、先日、割り箸セットの販売再開を告知したばかりだった。

割り箸セットとは、株式会社磐城高箸の「3県復興 希望のかけ箸」と、絶賛!会社案内、そして拙著『割り箸はもったいない?』および改定増補版付きのことである。

それとは関係ないが、ちょうど某東海テレビ局から取材の申込があった。今年になって「森は生きている」という企画を週一で放映しており、林業も取り上げる中で、割り箸も扱ったそうである。そして第2弾を作りたいので……ということであった。果たして私を取材して、どんな番組になるんだ? と思わぬでもないが。

そんなこともあって、某論文 『日本文化としての箸・割り箸―中国の箸文化と比較して-を読み返したくなった。それは、某女子大生が、文化論として割り箸を描きたいということで、中国の箸文化と比較しつつ論じたものである。『割り箸はもったいない?』も読んで、吉野の取材とともに生駒にやって来て会っている。
そして、完成した卒論をデータで送ってきたのである。

それを引っ張りだして再び目を通した。

いやあ、よい出来だ。実によく調べている。中国の箸などの食具についても詳しく調べ、比較することで割り箸が引き立っている。指導教官のほころんだ顔が浮かぶようだ。
この論文を基本資料にして、私も割り箸の本をもう一度書きたくなった。

こりゃ、再び割り箸の現状について調べてみようかという気持ちになってきた。割り箸の故郷の吉野を周り、現割り箸業界の混沌を覗いてまわるか。春ならついでに花見もできるな。。。。割り箸大会の開催だ(^o^)。

その前に、割り箸論文書いた元女子大生さん、もしこれを読んだらご連絡ください。卒業後は勤めたものの、辞めて中国に留学したことまでは知っている。その後帰国したはずだけど……。

2013/02/13

「通訳」の情報操作にご用心

今日は、難い話題にしよっかな(‥;)。

というのは、この前、某編集者に聞いた衝撃の話。

彼女は、政府がらみの視察ツアーに参加してドイツに行ったそうだ。何の視察か忘れてしまった(~_~;)が、バイオマス関係だったか、福祉関係だったか。いろいろ話をしたもんで。。。

現地の施設の案内をしてもらい、政策がらみの話題も出たらしい。通訳したのは、政府の観光関係部署の人が日本から同行したそう。が、聞いているとおかしいのである。

なぜなら,彼女はドイツ語を話せるからだ。あちらの人が話す内容と、通訳の日本語の内容がずれていることに気づいた。ニュアンスが違うというところか、まったく正反対の結論を口にしている

そこで「そんなこと、言ってませんよね」と突っ込むと、通訳の顔色が変わったそうだ。現地の人にも内容を確認する。

一行の中にドイツ語ができる人がいるとは思っていなかったのだろう。その後は、あまり変な訳はなくなったそうだが、明らかに政府の立場に誘導しようとしていたという。

同じことは、彼女の知り合いの参加したデンマークのプレス・ツアーでもあったたという。その場合はたまたま現地の人が英語も話したので、英語のしゃべれる記者が確認したら、通訳の説明と全然内容が違っていた……。そこで通訳をつるし上げたという。

単に通訳がいいかげんだとかニュアンスの相違という次元ではない。あきらかに主催者(この場合は、政府だろう)の意向に沿って、内容をねじ曲げているのだ。情報操作というべきだろう。

そういや、昨年のスイス視察で驚いたのは、バイオマス関連の施設である。どの施設も熱利用が中心で、案内人も発電のことなど言わない。言っても、発電が付け足しであることがわかる内容だった。

しかし、日本から多くの視察が来て見て、日本で報告するのはバイオマス発電ばかりである。熱利用に目をつぶっているのだ。現地ではバイオマスは発電に向いていないと言っているのに、無視している。しかもバイオマス・ボイラーの性能が全然違う。断然、向こうのものの方が使いやすい。

なぜ視察団はそのことに気づかないのか。

これまで、私は視察メンバーの思い込みやレベルの低さが原因かと思っていたが、もしかして通訳が手を回していたのかも? と思ってしまった。バイオマス・エネルギーは発電であらねばならない意図を通訳が受けていたのではないか? 政府の意向に反した内容を訳せないかもね……。

ともあれ、通訳を野放図に信じてはいけない。言葉なんてものは、通訳者の立ち位置によって、内容のニュアンスを変え都合のよい事実に誘導できるのだ。

そういや、日本にもドイツの林業関係者が毎年来ているが、さあてドイツ人は本音で意見を言っているのかな。。そして通訳はどうかな。雇い主はたいてい政府だよな。。。ある情報によると、ご一行には一人当たり1000万円単位の金を払っているというからね……。

ちなみに私のスイス行の際の通訳は非常に優秀で(~_~;)、スイス人が話した時間より長い日本語になっていたよ\(^o^)/。

2013/02/12

デザインのアイデアを盗め

いつまで木材コーディネーター女子ネタを続けるか。。たまにはドーデモ・ネタも。

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これがラッキーガーデンのランチメニュー・ワランダである。ようはスリランカのスープカレー

実は、北海道からおこしの女子からお土産に北海道名物のスープカレーの素をいただいた。

味は違うのだろうが、見た目はそっくり。近く作ってみるつもりだ。


  
 

で、もう一つ。こちらはラッキーガーデンのギャラリーで売っていたもの。

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これはフォトフレームだが、木を使っていながらデザインが斬新。

国産ではない。どこの国か見忘れたが、シナモンの木の木口切りを使うとこうなる。

木のフレームというと、すぐに板にして横にして、と考えてしまうが、わずかな発想の転換だ。

そういや、すでにアップしたが、昨年のスイスでも、こんなデザインの椅子を見かけた。

Dscf1290

イスやテーブルだって、木を縦に使わねばならないわけではない。あえて曲がった木を横に積み上げてもいいわけだ。

いきなりオシャレになる。

そこで思い出したのが、木材コーディネーター養成講座の薪割りで見かけた薪の積み方。

薪は、割るばかりが能ではなく、積み方も大切。が。。。



2_2

ここから薪のイスを連想できないか。

ちょっとドリルで穴を開けて、鉄筋通して固定すれば……。天板を乗せたら座り心地は悪くないはず。

上記のイスと似た感じになりそう。

飽きたら、解体して薪にして燃やす(^o^)。



薪からの連想だが。

Photo


木ローソクとか切り株コンロなどと呼ぶ丸太をそのまま燃やすものも、最近広がってきたが、実は欧米から入ってきたもの。

日本の林業現場では、なぜか発明されなかった。







こうしたデザインも、作家の作品を丸ごと真似たら危険だが、発想のアイデアだけいただくのはアリだろう。アレンジはいくらでもできる。

真似て、そこから創造してほしい。

2013/02/11

本当に国産材、使いたい?

昨日に続き、木材コーディネーター女子ネタ。彩ネタの次は、というわけではないが。。(^^;)

スリランカ料理を食べながら、ああだこうだとが続いたが、そこで思わず出た言葉。

私たち、今の仕事してなかったら、国産材の品使うかなあ

よ、よーするに、この場にいた5人は、みんな日本の森林とか木材に関わる仕事に就いているから、国産材を売ろうと思っているし、木材コーディネーターなんて資格取るために6カ月間も通い続けたけど、本当に国産材がいいと思ってる? ……という本音を口にしたということになるね。。。

そりゃ、一般人よりは素材としての木は好きでしょ。森に関心あるでしょ。でも、木の品がよいだけなら、外材でもいいわけだし。森だって海外にも美しいところはあるし。

国産材にこだわる理由は、あまり見当たらないという究極の本音(~_~;)。

私も、本棚ではうだうだ迷っている。せっかくだから、外材の本棚と国産材の本棚のキットを両方使ってみて、それぞれの出来を見てやろうかと思っているが、絶対すべて国産材で作ろうと力むつもりはない。

一般人目線になると、木製を本当によいと感じているか疑問だし、一応ほかのマテリアル(金属とか合成樹脂とか)よりは好感度よくても、そこに価格や機能、調達の手間などを加味したら、それでも(高くても、使い勝手が悪くても、購入するのに手間と時間がかかっても)木材商品を買います! というほどのものか。
加えて、国産材にこだわる必要性が思いつかない。だいたい外材と区別つかないよ。

まあ、その程度のもんなのだ。

逆に考えれば、仕事で関わっているから、国産材に愛着がある。日本の森を、林業の現場を知っているから、国産材を使うことで多少とも貢献したい。自分たちの手元に届くまでのドラマを感じるから木がいとおしい。そして日本の木ならではの機能や特徴を見聞きしたから不具合があってもクレームにならない。

このことを自覚しないと、国産材振興なんてやってられないよ。

2013/02/10

鬼工房に学ぶ?木材コーディネーター課外授業

本日は、先の木材コーディネーター養成講座を卒業した女性4人が、生駒来訪。昨日で卒業だから、成り立てほやほやの木材コーディネーターである。

で、私の応接間・ラッキーガーデンに案内する。もっとも、本日は私が客扱いなのだが。

スリランカのスープカレー・ワランダを賞味してヒツジと戯れ、ギャラリーでお買い物。かつての繁華街・暗峠まで登って、往時の賑わいを想像し、さらに生駒の棚田地帯を巡る。

う~ん。生駒山案内の黄金コースだ。

が、今回はもう一つ、とっておきのお店へ。

それが鬼工房。森の中に作られた陶芸工房である。森の中へ急な石畳を登っていくが、その道筋に縄文土器?埴輪?を思わせる作品が並び、気分はサスペンス劇場か水木しげるの世界。このまま異世界に迷い込むかのよう。もっとも、着いたらヤギがお出迎え。

現工房主と私は、20年来のおつきあいで、紆余曲折ある人生を見てきたが(^^;)、春になれば堀りたてのタケノコを届ける仲である。

この工房の名物作品は、土鍋である。ご飯も炊けるし、炒めもの、煮物、なんでもできる耐火陶器が自慢。

なんでも、プロも嫌うほど扱いがむずかしく値段も10倍はする粘土を使っており、しかも焼成温度も高いそうだ。もちろん、商品価格もそれなりにする。

私としては、連れて行った4人も見るだけになるかな~と思っていたのだが、いやあ、この手の商品には飛びつきますね(笑)。

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自宅兼ギャラリーには、所狭しと作品が並ぶ。

女性たちは、器が好きですなあ。

目の色変えて、さまざまな陶器を鑑賞する。そして、いくつかお買い上げになりました。

どんな作品か詳しく知りたい人は、鬼工房のサイトに飛んでおくれ。上記にリンク張っておいたから。一応の写真がこれ。

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10年使っても割れないし、使い込んだら風情が増す。

もし、おかしなところが出たら、なぜか私がクレームを受け付けることになった(‥;)オイ!




そこで、工房のポリシーを聞く。

もともと、大きく儲けようと思っていないし、大量に注文が来てもこなせない。小規模ゆえに、いろいろ試行錯誤して新製品を開発する。自ら使い心地を試す。そして価格勝負にならないよう、一点一点、ていねいに売る。

そのためには、とにかく詳しく説明すること。ある時、黙って見てもらい気に入ったのがあったら買ってよ……ということではダメだと気づいたそうだ。商品の特徴、作り方、使い方、細かな工夫を凝らした箇所まで。そして陶器ゆえの欠点もみんな伝える。しつこく話す。語り続ける。

そしてライバル商品をけなさないこと。土鍋で炊いたご飯がいかに美味しくても、電気炊飯器はそれなりにいいよね、と言っておくこと(^o^)。100円ショップの土鍋も使えるよね、と言っておく(^o^)(^o^)。

と、そんな内幕まで話してくれた。この話す意欲が重要かも。

……これって、国産材の売り方に通じない?

量と価格で勝負したら、外材にかなわない。張り合っても、利益が出なくなるだけだ。

それよりも、商品(造材含む)に工夫を重ね、ていねいな説明を手がけること。それが不都合なクレームを防ぐし、またクレーム対応で差が出る。商品の来歴、作り手の思いを聞くことで、愛着も増す。

これこそ国産材が生き残る道ではないか。

どうです?  木材コーディネーター資格取得したての4人さん。さっそくの課外授業になったかな。

2013/02/09

ブッシュに帰れ! ~ソロモン化する日本

ソロモン諸島の地震・津波のニュースが流れている。ようやく現地の映像が届いたからだろう。荒い画像ながら、津波の押し寄せる様子と、破壊された集落、流された一帯が映っていた。今や、どこでも映像は撮られるものである。

視察したソロモンの首相も映った。リロ首相という。……そういや、二度目のソロモンを訪問した時に、リロという名の国会議員と知り合ったな。彼の案内で、シンボ島の火山地帯を見学したのだ……と思い出す。彼は、教育大臣をやりたいと言っていた。
ところが我々(静岡大学探検部)を案内したことで、地主から訴えるといわれて焦っていた。我々は、わずかにお金を包んだのだった。これって、献金?

彼と首相が同一人物かどうかは定かではない。ファミリーネームが少し違うようだし……。

それはともかく、ソロモン人には、「ブッシュに帰れ」思想があるそうだ。ブッシュとは、ジャングル転じて田舎、故郷を指す。タウン、シティに対する反語である。

ソロモン人も、田舎の島や集落を出て、町で働き結構いい暮らしを送る人もいる。
ところが何年かすると、彼らは町の生活を捨ててブッシュに帰りたがるそうである。職はなくても、畑と海があれば、食うには困らないのだろう。

当時は、日本の大洋漁業が進出していて、子会社のソロモンタイヨーには多くのソロモン人が働いていた。しっかり働き、結構稼ぎ、技術も身につけ、日本へ研修まで行った人も少なからずいた。

が、帰国したら辞めてしまうのである。「日本に行けたから、もう働かなくてもいい」と考えるそうだ。そこに上昇思考はあまりない。近代的生活にあまり未練がないらしい。

彼らには、「ブッシュ」回帰意識が根強いのである。先に紹介した「カーゴカルト」の裏返しのような心理である。「豊か」になるために、自ら働く意識は弱く、「カーゴ」が持ち込まれるのを待つ。一方で、豊かな近代文明よりもブッシュ、つまり故郷を求める。

社会学的には、発展途上国に多い「低レベルにおける欲望の充足」現象らしい。

が、日本でも田舎暮らし指向が強まっているし、高齢者だけでなく、若者まで「小さな幸せ」を求め、「現状に満足」し、「刺激的な世間(海外)に出たがらない」「持ち家、持ち車を求めない」層が増えてきたという。

ということは、案外日本でも「ブッシュに帰れ」指向が強まる「ソロモン化」が進んでいるのかも? カーゴカルトも広まっているし。

これからは、バック・ツー・ザ・ブッシュ!  かもね。。。

2013/02/08

林業は、「繁華街」で行われた?

生駒市と南隣りに平群町がある。

生駒市と同じく生駒山の斜面にへばりつくような地形だが、そこに多くある谷の一つは、車がやっと通れるような狭いうねうね道が続き、最奥部に千光寺という修験系のお寺がある。道はさらに奥へと延びて鳴滝峠を越え、大阪側へと下っていく。
その街道沿いには、茅葺きも残る古い民家が立ち並び、100年前かと思うような風景だ。

生駒山をまたぐ街道には、こうした景色が多く残されている。街道と言っても、今は地元の人しか通らないだろう。

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これは暗峠の旧道。

奈良側に下る。

新道は国道308号線だが、酷道の名をいただいている……。

生駒のもっとも辺鄙なところ……そんなイメージも湧くが、実は間違い。

この街道筋には農家より商家が多く、かつてはもっとも賑わっていた地域なのだ。行き交う人の気配が尽きることのない、いわば繁華街である。

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暗峠。石畳は戦後の復元だが、難波の宮と奈良の都を結ぶ路線であり、松尾芭蕉も通った古くからの峠道。

ここには、旅籠や本陣、そして茶店など商店も並んでいた。神社やお寺も多く、参拝にも通う人々が多い。

現在の生駒の中心部は、近鉄生駒駅周辺だが、これは生駒トンネルが掘られて鉄道が通いだしてから。それまでは辺境地だった。

こちらに人と物流が移り、かつての繁華街はのどかな田舎風景に変わったのだ。

と、長々と記してきたが、今は辺鄙な土地も、時流にのっていた時代は、賑やかだったこともある。

今日、昔に録画した宮崎県椎葉村で行われている焼畑の番組を改めて見た。椎葉クニコさんが主人公である。私も、20年以上前に訪ねたっけ。


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椎葉クニコさん。

もう80歳を超えていると思うんだけど、画面の中では元気そう。

この写真は、20年前のものだけど。

そこで感じたのは、山の奥の奥に見える焼畑は、かつては人々が通いやすい住居に近い土地だったということ。決して奥地で焼畑を行ったわけではなく、近くで便利のよい土地で焼畑を行ったのだ。稜線部は見晴らしがよいから、人々の通う道が延び、住居も集まっていた。木を伐っても下へ転がすため出しやすかった。

当然、跡地に焼畑が行われる。焼畑をやっていたということは、そこから林業も生まれただろう。日本の林業の発祥は、ほとんど焼畑である。

つまり、林業はかつての「繁華街」で行われたのだ。何も好き好んで、山奥で行っていたわけではない。歩いて通える範囲で行うのが、日々の仕事であった。

今の事情で、現地を判断してはいけない。辺鄙なのは、どちらなのか。時代の条件を見極めないと、本当の意味はつかめない。

2013/02/07

朝拝式にオルタナティブな文化を感じる

一昨日の2月5日は、川上村で朝拝式が執り行われた。

川上村の朝拝式は、本来の天皇の元旦行事の意を超えて、後南朝の歴史を伝える重要な祭礼になっている。詳しいことは、『森と近代日本を動かした男』を読んでいただきたい(^o^)が、ようは南朝の皇胤である自天王(尊秀王)と忠義王の二人が討たれた556年前から、自天王の兜や鎧、長刀などを祭って忍ぶ行事である。

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ほんの最近まで、筋目と呼ばれる村民しか参拝できなかった。解禁になったのは、ほんの6年前である。

今では、一般人も見学だけでなく、儀式を終えた後に参拝することも認められるようになった。で、私も行ってきたわけだが(^o^)。

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朝拝殿で行われた朗読の儀。後南朝に関する歴史が読み上げられる。最後は自天王が討ち取られ首を取られてしまうが、川上の民は、必死に追いかけて敵を討ち、首を取り返す。

読みながら感極まって泣く人もいるという。今年は、そうしたことはなかったが……。

この祭祀にまつわる歴史の襞については省略するが、川上村は「杉と檜と自天王を骨組みにできている」とさえ言われるほど、南朝の皇胤を守ってきたことが村の精神的バックボーンである。

実は、吉野とは常に時の政権に反旗を翻す者に隠れ家を提供してきた。古くは壬申の乱の大海皇子(天武天皇)に始まり、義経にしろ南北朝にしろ、幕末の天誅組まで常に吉野が舞台になってきた。

都と遠くもなく近くもない、そして水運があり、古都奈良が近く、宗教勢力が根強く……と要因はいろいろあるが、肝心なのは山岳地帯に反乱者を養う経済力があったことだ。その理由は、やはり森林資源に恵まれていたからではないか、と推測する。

きっと誇り高かったのだろう。

そこにはオルタナティブな論理とオルタナティブな文化を持つ、オルタナティブな人々が暮らしてきた。

そして平地の政権とは別のベクトルを持つ歴史が展開されてきた。現在の歴史は、低地に勢力を伸ばした権力者によって描かれているが、山の民の視点から見たら、日本史もまた別の姿に浮かび上がるだろう。森とともに暮らしてきた文化が誇り高く語られ、林業が根付いた日々の生活が描かれるかもしれないなあ。

思えば、山と森の文化は縄文時代から連なっており、実は日本人の大半に染みついている。決して少数派ではないはずだ。森を忘れたかのような現代人も、まだ無意識に潜ませているかもしれない。

だが、そうした森の記憶を本当に失うと、精神の彷徨を引き起こす。それは何もソロモン人だけではないのだよ。今再び、心に森を宿すことも大切ではないかね。

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自天王の陵墓脇にある石塔の一部は、鎌倉時代のもの。

後南朝の時代よりはるか前から、ここには人が祀られていた。

2013/02/06

ソロモンの民がカーゴカルトに陥ったわけ

本日午前、ソロモン諸島でマグニチュード8クラスの大地震が起きた。

日本への津波の襲来が心配されてテレビニュースを賑わせたが、私の心配はもちろんソロモンの民である。現在のソロモン諸島では、住民の多くが海際に住んでいる。街・集落もたいてい海に面してある。
すでにいくつかの集落が津波に流され、死者も出ているようだ。

私が初めてソロモン諸島を訪ねたのは、もう30年も前になる。島から島へと放浪し、ときに病に倒れ、嵐の海を運ばれて死にかけたり、火山に登ったり、巨大洞窟に潜ったり、幻の怪獣を探したり。そして残留日本兵を求めてジャングルでキャンプしたり。

というようなことはドーデモよく、すでに当時からソロモンの民(民族としては80以上あったように記憶する)は、ほとんど海岸べたに住んでいた。元からの海洋民族もいるにはいたが、実は大半がそうでもない。

一応説明しておくと、ソロモン諸島の島々は、ボリネシアやミクロネシアに多い珊瑚礁の島ではなく、ほとんど火山島で結構険しい山がある。面積もそこそこあって森も深い。

そしてソロモンの住民も、本来は山の民だったのである。漁労よりも焼畑を営む農耕民だった。

それが住まいを海近くに下ろしたのは、植民地にしたイギリスの政策(というより命令か)だったらしい。彼らの多くは首狩り族?で、部族戦争が多かったから争いをさせないためと言われる。しかし、本音は、山の中では管理しにくいからだろう。

結果的に、舟で海に出て漁をするようになり、交易(というより、植民地政府の命令による商品作物の栽培と文明の利器の交換)に勤しむようになる。
結果的に自給自足経済は崩れ、今やカーゴカルトと呼ばれる「神様がカーゴ(文明の利器)を持って来てくれる」という援助付けの信仰に陥った。その底流には、自己努力で文明社会に追いつくのは無理だし大変だから、あっさり援助に頼っちゃう精神の荒廃がある。

だが、彼らの証言によると、山の上、森の中の方が暮らしやすかったという。そもそも焼畑なとの農地は山の中にあったし、斜面は風があって涼しかった。それが湿気を飛ばして病気にならずにすんだ。食い物にも困らなかった。さらに今回のような津波の心配も、山に住む理由だったのかもしれない。

そういや、日本でも縄文弥生時代の集落跡は、高台に多いそうだ。東日本大震災の被災地移転問題でも、高台に遺跡があることが指摘されている。また山村のお年寄りの中には、山の斜面の方が生活しやすいという声もある。

海端に強制移住させられた住民は、畑は遠いし、暑さにやられたり、平地はマラリアが猖獗を極めていることもあり、バタバタ人か死んだそうだ。

現在のソロモンは、国のインフラや機関を海辺につくってしまい、海の交通網も重要で、海端から離れられないのだろうが、カーゴ(先進国の国際援助)を求めやすいことも理由かもしれない。

かつては当たり前だった山の上、森の中の生活を平地・水辺に移したことが、民族の文化や精神までも変えたのかもしれないなあ。それは、日本も同じ。そう、カーゴカルトもね。

2013/02/05

造材女子?~最後の彩ネタ

昨夜は、ブログのネタを考える暇がなかったと書いたが、実は毎日そうである(笑)。

何か自然に思いつくことなど滅多になく、何らかの方法で絞り出している。
ニュースがあればよいが、なければ使える写真を探したり……一時苦しいときは、娘ネタでしのいだもんだ(^o^)。

でもその娘も、家を出て遊んでくれなくなったので、いよいよ困る。

このところ頼っていたのが、彩ネタ(^o^)。ナカシマアヤさんを引っ張りだしている。
なんたって3週間ほど断続的に会っていたので、そのときの会話や行動を思い出すと、何か使えるものが。。。ああ、でも彼女も、もう広島に帰ってしまったよ。

というわけで、最後の彩ネタを。

彼女のブログによると、後輩の方がチェンソーの扱いが上手いそうだ。そして、それを悔しく思わない自分がいる、と。まあ、詳しい内容は思い出せないのだが、ようするにその手の技術を競い合う感覚がないらしい。(違うか?)

まあ、いわんとすることはわかる。私も、自分で撮った写真に不満が出ても聞き流すか、「そんなら、プロのカメラマンに頼めや」と開き直る。だが文章にケチをつけられたら頭に血が上り、一晩眠れないほど悔しい思いをすることもある。

そこで尋ねた。「自分より上手い人が現れて悔しく感じるのは、何?」

すると即答。「造材」。

丸太を3メートルに伐るか4メートルに伐るか。どこで伐るか。また注文材に応えるには、どこの山のどの木を伐採して、それをどのように造材すると、もっとも喜ばれるか。同時に無駄なく木材を利用でき利益を高められるか。

だから、木材市に通い、一目で木材の質を見極め、一瞬で曲がりや傷を読み取り……そんな技術を身につけようとしているらしい。

Dscf1172

どおりで、吉野の山の木を眺める彼女の目つきが尋常ではなかった(笑)。

これは、岡橋山での一こま。

 

 

 

 

 

 

実際、造材は木の価値を最大限に高める仕事である。林業の経営的な要だろう。ここに挑戦するか!

そして、実はこの過程こそ、現在の日本の林業でもっとも欠けている視点じゃないの? と私は思っていた。だって、今や多くの林業現場で造材に悩む姿は少なくて、機械的に機械で(^^;)バサバサと玉切りしているだけに見えるからだ。どこで伐るのかによって、材の価値は大きく変わるのに。当然売り上げにも響いてくる。

イマドキの人は材価が落ちたことを嘆くわりには、高く売る造材を意識してやってないんじゃないの? と某林業家から聞いたことがある。実際、その人の出す材は市場で1割以上高く売れるそうだ。彩嬢は、ここに目をつけるとは……。

本当は、その先に木取りもある。丸太の価値を最大限に上げて、無駄なく使う技だ。

これからは、林業女子より造材女子、木取り女子かもね。

……本当に最後の彩ネタかなあ。。。。

2013/02/04

緊急事態

今日になって、先月締め切りだった原稿を思い出した。

……というより、催促のメールが来た(>_<)。

ああ、そう言えば。(^o^)マッサオ。。。
いや、実はもう一本締め切りをすぎている原稿があるのだが、こちらは先方の担当者が配属換えしたにも関わらず連絡して来ない(次の担当者が誰かわからない)から、放置しているもの。

ちょっといらついて、むかついて、放置しているのであり、ある意味向こうの責任なのだが、今回の催促あったものは、まったく勘違いしていた。

焦って、夜になってから書き出す。ふえええ。

明日は朝早くから出かける予定なので、余裕がない。

……なんとか、ケリをつけたぜ。燃え尽きたけど。。。。

というわけで、ブログネタも惚けて思いつかないのであった。

追伸・  磐城高箸より、会社案内をどっさり送ってきてくださいました。

そこで、『割り箸はもったいない?』注文の方には、全員に会社案内を同封することをお約束します。すでに注文を下さり、会社案内入っていなかった人はごめんなさい。必要なら送ります。

2013/02/03

山を買わされた?県会議長

訪れた山形では、懇親会が開かれた。

そこで挨拶にたった県議会議長。いきなり、2町歩の山を買わされた話をした。

ある地域で、どうしても山を売らなくてはならない破目になった人が出たそうだ。が、買い手は簡単に見つからない。

そこで集落で会議が開かれたが、買い手は出てこない。とうとう(どんな縁かは知らないが)、議長のところに話が来た。しかし、下手に買うと収賄の疑惑なんぞも出てしまうからと、やんわり断るも、納得しない。すったもんだの挙げ句、とうとう買わされたというのである。

まあ、その価格がいかほどで、それが妥当な金額なのか、今後その山をどうするつもりか、など細かいことは語らなかったし、宴会の席の挨拶なんで、突っ込むこともあるまい。
が、今や山の売買はババを引かされたかのように語る時代なんだなあ、と苦笑いをして聞いていたのである。

ちょうど、その前の丹波に滞在中でも、見知らぬ人からのメールがあった。

そこには父がだまされて購入した北海道の山(ようするに原野商法ですな)を引き継いでいる(固定資産税を渋々払っている)が、いきなり森林組合から森林委託契約の依頼が来た。ところが契約書の文面には「費用は土地の持ち主の負担である。」と書いてある。

これって、ぼったくり? というお尋ねの内容だった(苦笑)。

これから返信の内容を吟味しようと思っているが、こちらでも山はお荷物と化しているのだ。

金にはならなくても、山を持っていると想像すると、私なんかはうらやましく感じるが、これは時代遅れなのかもしれん。出費の心配ばかりで、山で遊ぶ楽しみとか、山を持つ誇りとか自慢的要素はなくなってしまったか。

たしかにぼったくりを虎視眈々と狙う森林組合もあるだろうが、真摯に委託契約を結んで手入れしようと思っているところだってあるだろうし。見分け方はなんだ? 県会議長も、山をもらっても贈賄扱いされずに維持するにはどうするか。

私の場合は、もし生駒山の山林に出物があったら買っちゃうかもなあ。

2013/02/02

本棚自作の件

本棚を自作しようかと思っている。

できる限り収納量を増やしたいから、壁の高さまで目一杯、幅も可能な限り伸ばしたい、一方で本の横寸に合わせて無駄な奥行きを短縮すれば、部屋空間に占める体積は減る……。しかし、市販の本棚では思い通りの形のものは手に入らない。そもそも木製は少なく、合板?いやボードや紙製かもしれない代物だ。あきらかに安っぽい。

ならば、自作すればよいか、と思いついたのだ。素材はホームセンターで簡単に手に入る。高級感はなくても、木製ゆえの目に入る穏やかさはある。それに寸法のバラエティは細かくて、プレカットもされていて、板を差し込みネジ(ネジ穴まで空けてある)を締めればよいだけだ。部材の寸法は様々なものが揃っているので、希望の寸法にかなり近いものが短時間で作れるだろう。実は、以前に似たものを一つ作っている。

と、ぼんやり考えていて、それをこの前の丹波に行ったときに、何気なく中島彩さんに口にしたら、あっさり攻撃された。

だって、ホームセンターで売っている素材は、ラジアータパイン製だと口走ったからだ。外材なのである。しかも集成材だ。フィンガージョイントもされている。

「ブログに書いて告発しますよ」と威す(;_;)。森林ジャーナリストたるもの、国産材を使わねばならない、からだそうだ。

それなら、と先に自分で書いてやったぜ(⌒ー⌒)。

しかし、ここで改めて考えてみた。

ラジアータパイン材の集成モノでは、何がいけないか。板はホワイトウッド製もあって、こちらはモルダーかけもしっかりされていて、木目も細やかで見た目も美しい。

いや、私だって職業柄、国産材は使おうと心がけていますよ。多少高くたって、我慢我慢。日本の林業に貢献できれば……。(言い訳モード

しかし、どこで手に入る? 遠くの製材所にスギかヒノキで挽いてもらい、希望の寸法の材を特注するか。棚の高さを調製てきるようにプレカットはできるだろうか。
そして発送してもらうか。重くてかさばる部材の送料は馬鹿になるまい。原価だって安くない。いったい手に入るのにいくらかかるだろう? 届くまでの日数は? 

国産材にこだわらなければ、身近にホームセンターが3つ4つあり、板なら1枚千数百円ですぐ手に入る。自らの車で持ち帰り、その日のうちに組み立ては終わるだろう。

価格だって、1割高程度なら許容範囲でも、2割3割、いや2倍とかになっても平気か。あるいは注文してから届くまで1カ月近くかかったらどうする? それでも国産材だからというだけで購入できるほど、こちとら心が広くねえや(開き直りモード)。

さらに、品質だってどちらがいいかわからんぞ。乾燥が悪ければ、時間とともに接合部に隙間が生じるとか、反るとかねじれるとかするかもしれん。
見た目もスギの赤身ばかりの集成材ならいいが、白(辺材)だと強度が心配。本をどっさりのせるとグニャリとたわむかもしれないや。それとも赤白のだんだら模様の板かよ。ええ、そんな気色悪い見た目の本棚作って満足しろってえのかよ(逆ギレモード)。

そもそも発注された方も、困るんでないの。大量に作るのならともかく、柱用の角材が4~6本、板が5、6枚なんて、仕事にならないでしょ。利益も出ないでしょ。手間でしょ。そうでしょ(わかってよ哀願モード)。

国産材の木づかい運動なんていったって、こうした問題点をクリアしないと実効性はないのだよ。わかったかね、中島彩クン。(-_-メ)

さあて。どうする? 国産材VS外材。まるで社会の縮図だ(笑)。

2013/02/01

雪見酒

山形から帰宅。さすがに疲れました。今回は行きも帰りも新幹線にしたこともあり、片道6時間以上です。

面白い人々にも多く会ったし、林業や建築に関しても考えることは多くありましたが、とりあえず疲れをとりたいと思います。その間に何か行く思いつくかもしれません。

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写真は、蔵王の蕎麦屋「三百坊」にて。古民家で雪見酒です。

ええ。雪見酒をするのも疲れるんです……。しかも日が高いうちに。。。

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森と林業と田舎