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本の紹介

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2013年3月

2013/03/31

書評『明治神宮「伝統」をつくった大プロジェクト』

先に東京に行った際、明治神宮を訪れたことを記したが、実は真面目に参拝したのは、今回が初めてであった。そして森だけでなく、社や鳥居、宝物館、ついでに結婚式も見たし、休憩所にレストラン、土産物売り場まで訪れた。その際のタネ本?事前勉強本が、これ。

明治神宮 「伝統」をつくった大プロジェクト 今泉宣子著 新調選書

明治神宮の本はたくさん出ているが、これは創建に関わる全体像を描いた書である。それも内苑だけでなく、外苑も含めた都市計画全体を取り上げている。
考えたら、全体で100ヘクタールを超す施設なのだから、実に巨大なプロジェクトである。街づくりに、近い。近代におけるこれだけ大規模なプロジェクトを知るのにもってこいの好著だ。

構成は、計画立案から運動、森づくり、建築、そして見落としがちな外苑部分の建設までを記している。ただ特徴的なのは、主に関わった人物を通して描いていることだ。造営に関わった12人の人生を通して、明治神宮を浮き上がらる手法を取っている。

内苑の森の造営に関して言えば、よく知られる本多静六のほか、本郷高徳、上原敬二も詳しく描いている。とくに、これまであまり表に登場していなかった本郷の功績に注目しているように読める。

本多らは、「神宮林は針葉樹でなければならぬ」という外圧に抗して、照葉樹の森を造営したことで知られる。
ところが印象的なのは、実は本多も「照葉樹では、荘厳さが出ない」と認めていたという点だ。それでも気候風土からは照葉樹でなくては自立した森にならないと押し進めるのだが、今の森をみたらとう思うだろう。照葉樹が鬱蒼と繁る森は、十分に荘厳である。

もっとも上原は、仁徳天皇陵を見学して、その照葉樹の天然林に荘厳さを感じていた。だから確信的に突き進めたのだろうか。

この3人は、みな林学を学んでいる。それもドイツ林学だ。彼らの足跡を追うことで、やがて林学から造園学の確立へと進んだ過程も見えて来る。当時のヨーロッパの学問の潮流が、そのまま明治神宮にも溶け込んでいるかのように感じた。そして明治神宮から離れて、日本に林学や造園学が根付く時代を描こうとしたのかもしれない。

気がつくと、明治神宮創建に関わった人々を通して、明治、大正から昭和にかけての時代の空気を感じてしまうのである。

サイドバーにも載せておくね。

2013/03/30

『森林飽和』著者インタビュー 

日経ビジネスオンラインに、『森林飽和』の著者、太田猛彦氏のインタビューが載っていた。

「日本には木が多すぎる」

この本に関しては、本ブログでも紹介した(サイドバー参照)し、出版されて日が経っている。が、各所で書評や評判などを聞くので、結構売れているのだろう。

内容的には、かつて日本は禿山だらけの状態だったのが、今やどこの山も緑がいっぱいで、もはや飽和状態である、ということ。だたインタビュアーは、現在の飽和状態よりも、過去の日本には緑が少なく山は荒れていたことの方に注目しているように読める。

気になるのは、この内容は私も自著で繰り返し書いてきたし、ほかにも触れている本はたくさん出ていることだ。にもかかわらず、それらの本よりはるかに今回の太田氏の著書は話題になっているように思う。以下、羨望と愚痴も含めて、その理由を考えた(笑)。

まず、タイトルに意外感があったのかもしれない。一般の人は、どんどん緑が減っていると感じているようだから。私の本のタイトルも「煽情的」と言われるが、負けたか。 (愚痴)

次に、明治時代の禿山写真が結構多く掲載され、かなり衝撃的であること。このように写真を使えたのは、研究者として手に入れられたおかげだろう。拙著にも載せたかったのだが、個人の力では古写真は手に入らないのだよ……。 (愚痴)

図版も多くて理解を助けているし、タイミング的には震災、水害が相次いだ後の出版だけに、それらのメカニズムを伝えて、読者の納得感を与えた点もプラスに左右しただろう。拙著にそうした要素はなかったなあ。 (愚痴)

出版社(NHKブックス)の売り出し方も力が入っていたか。やはり版元のプッシュがないとなあ。 (羨望) 

でも東大名誉教授という肩書も強いよなあ。(愚痴)

が、何より読みやすく、理路整然と読者を引っ張っていく力がある本である。

これはインタビュー内容になるが、林業の問題を捉えて、地下資源を利用する工業とは効率があまりに違う点(さらに農業よりも圧倒的にスパンが長い)を指摘しつつ、

林業の中にも問題はあります。江戸時代から300年間、日本は木が足りなかったので、木を植えて、大きくしさえすればいくらでも売れた時代が続きました。今も、生産者が消費者のニーズに合うものを生産していないという面があると思います。ただ、たとえ生産者が努力しても越えられない、もっと大きな問題もあるだろうと私は思います。」と語っている。

森林が少ないことから林業は常に売り手市場となり、それが今日の不振の根源にあるという指摘は、なかなか厳しい。しかし、残念ながら否定できないのだ。林業問題を論じる時も、目先の経済ばかりではなく、歴史的な目も必要だね。(教訓)

2013/03/29

神宮の杜の未来

ワイス・ワイスのシンポジウムが行われたのは、青学の講堂。そこから遠くないところにあるのが、明治神宮。そこで、合間を見て昨年に続いて訪問した。

明治神宮の杜(森)は、100年後に完成する森として人工的に造成され、もうすぐその100年がやってくること、また人がつくった自然の森として注目されている。また「潜在自然植生」が好きな人が、この森をモデルとしていることも話題だろうか。

たしかに100年近くたった現在の森は、想定通りの照葉樹林主体の森になっている。それも大木が林立し、荘厳な雰囲気も漂わせてきた。

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広い参道も薄暗くなるほど枝葉が光を求めて広がっている。

ほぼ樹冠・林冠が鬱閉した状態だ。

この様子、生態学の教科書になりそうである。

が、理屈の上では、この照葉樹の上層木の下には、同じ照葉樹の稚樹が生えて、林相を変えずに保たれるはずである。いわゆる極相の理論。

しかし、その稚樹が目立たない。林内立入禁止とあるが、見つからない。アオキなど別の照葉樹は生えているが、それがクスやシイ、カシに取って代わることはないだろう。しかも大木がやたら近い間隔で林立していたりして、この森の将来はどうなるのか、と考えてみた。

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こんなギャップもあった。大木が倒れて、ここには空を隠す樹冠はなくなり、光が林床にまで射し込んでいる。

おそらく、落葉樹など先駆種が生えてくるんじゃないかな?

いわゆるギャップ・ダイナミクス理論か。極相林と言えどもギャップによって遷移が行われるという考え方を、ここたで体現しているのかもしれない。

となると、神宮の杜は、今後も照葉樹林であり続けるかどうかはわからない。あっさり林相変えるかもしれないぞ。「照葉樹林こそ本物の森」と言っている人は困ったことになるかも(^^;)。

2013/03/28

「日本の希望」シンポ参加

ワイスワイス
ワイス・ワイスのシンポ参加。
なんやかやで、二次会までいて、少々つかれましただ。

驚いたのは、昨日の告知を読んで、少なくても二人の参加者が増えたこと(笑)。
いや、よく来てくださいました。

家具屋のシンポの割には、ものづくりの話より観念的な幸福論、希望論が語られた会となったが、会場は盛り上がったようだ、私は居眠りしてしまったか…。これは朝早かった私の都合である。

でも、「希望」の正体を解き明かす考察には、なった。今、執筆を進めているテーマにも使えそう。

2013/03/27

ワイスワイスのシンポジウム

突然ながら、明日は東京。

渋谷の青山学院大学講堂で開かれるワイス・ワイス主催のシンポジウムに参加するためだ。あくまで観客である、出演でもないのに遠出をするなんて、滅多にない(^^;)。

ワイス・ワイスは高級家具の会社だが、数年前から取り組んでいた家具の素材はフェアウッド100%、国産材使用率50%を達成したことを記念するもの。岩手のクリや宮崎(諸塚村)のコナラ、そのほか宮城(栗駒)のスギの家具もあるとか。
単に木材が合法だとか、国産材というだけでなく、そのデザインに注目してほしい。コナラがミズナラなどに負けない家具材になることを証明し、スギをこんなに細くしても使えるのと驚く。国産材使ってるんだから……という妥協なしのデザインだ。

もっとも、いつのまにやら?「国連 国際森林デー制定記念シンポジウム」に進化?成長?してしまい、会場もたまたま借りられた青山学院大学の講堂は1700人収容の規模。

予定していた400人がすっぽり入って、まだ1300ほど席に余裕があるという大盤振る舞い(爆笑)なのだそうだ。

そんな訳で、ふるってご参加を! という呼びかけに応えました。。。平日だけど、時間のやり繰りができる方は

ざっと内容を紹介すると、

日時 : 2013年3月28日(木)
     16:00~19:30 受付開始15:00

プログラム :
第1部 : 基調講演 「日本人と希望」 内山節

第2部 : パネルディスカッション 「日本の希望」
       内山節、佐藤卓、小泉誠、佐々木豊志、佐藤岳利

会場 : 青山学院講堂(青山学院大学青山キャンパス内)   

お申し込み方法 : このメールアドレスにご返信下さい。

参加費 : 無料            

より詳しくは、以下のサイトを見てくだされ。

http://www.mori-zukuri.jp/file/news/20130312024729-5.pdf
http://www.mori-zukuri.jp/news/index.php?cmd=view&newsid=188

2013/03/26

砂防ダムの景観

町の中を散歩しているつもりだったのだが……気がつくと、森の中だった。

いや、山の奥には入っていない。むしろニュータウンだったはずだ。それなのに、周りは鬱蒼としたブッシュとなり、小川が流れていた。ちょっと湿地帯のようでもある。

おそらく、直線距離にして数十メートル向こうには、瀟洒な家の建ち並ぶ住宅街があるのだろう。それなのに、ここは……。

そこに、砂防ダムを見かけた。

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意外な美しさだ。

上流側は土砂でほとんど埋もれている。下流側もたいして段差はなさそうだ。川というより、上下の連なった沼のようでもある。

砂そして、防ダムと言っても、石垣のようにブロックを積んだ造りのようである。そのブロックは、コケむしていた。

通常、砂防ダムと聞くと、いかにも人工的な肌合いのするコンクリートむき出しのもので、美観がよいとはお世辞にも言えない。砂防ダム建設の反対運動だってある。ところが、ここでは自然に溶け込んだかのような姿だ。

明らかに造形としては人工物なのに、違和感なく自然を感じるのは、どの要素によるものなのか。コケが生えたらよいというものではないだろう。

この人間の感覚を明確にできたら、景観問題の大半が解決するかもなあ。

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これまた、ニュータウンの一角に建っていた、小屋。

実は農具を入れるぼろぼろの小屋なのだが、なんか風情がある。周りは、新しい家ばかりなのにね。

2013/03/25

花粉症報道で感じる林業誤解

まだ世間は、花粉症続いているんですね……(^o^)。

いや、新聞や雑誌、テレビでも花粉症の話題が今も登場するからですが。
無花粉スギ苗の実用化に遺伝子組み換えによる無花粉化。さらに花粉をつける雄花穂だけを枯らすカビ剤が開発されたというニュースまである。

でも、それらの記事を見ていると、林業に関して偏見というか誤解があるように感じる。それは花粉症が増えた理由の説明。

花粉症が増えたのは、「戦後の大造林で増えたスギ林が生長して、ちょうど花粉を生産する時期になった」からというのが基本で、それは間違いないと思う。が、その後に説明されるのは、「林業の不振によって、間伐や枝打ちがされないため、花粉をつける枝が多い」うんぬん。言外に、林業が盛んになり手入れをちゃんとすれば、花粉症も防げると言いたがっているようだ。

しかし、これ少しおかしいだろう。

そもそもスギは枝打ちしないのが普通だ。密く植されたスギは、自然に下から枯れた枝が落ちることが多い。一時期スギの枝打ちが流行ったのは、ヒノキを見習って高級材に仕立てるためだろう。でもスギを柱にする使い方は少ないし、今ではほとんどやっていないんじゃないかなあ。

また間伐も、伝統的林業地以外では、ほとんどしないものだった。戦前は無間伐施業が普通である。むしろ疎植(1ヘクタール1500本程度?)だったから、間伐はしなくても樹冠が広がっていた。おかげで花粉をつける枝が多かった?とは考えないのだろうか。

つまり、間伐遅れや枝打ちの有無を花粉症増加に結びつけるのは無理があると思う。やはり単純にスギの本数が増えただけのことではないか。

林業不振で手入れしないから花粉症増加 ⇒ 補助金出して手入れしろ と主張しているみたい。林業関係者には有り難い誤解かもしれない。

そりゃ、林業が活性化したらスギ林をどんどん伐採するから花粉症が減る……という考え方もあるが、活況なら伐採跡地にすぐ次のスギの苗を植えるかもよ(笑)。

2013/03/24

大滝ダムに思う

結構大きく報道されているように思うが、奈良県吉野郡川上村の大滝ダムが、昨日より稼働した。すでに水は溜められていたのだから、稼働、という言葉はおかしいが、正式に完工、オープンしたということである。

計画から50年をかけての完成である。さまざまな思いを持つ人がいるだろう。

ここでは、ダムの是非や反対運動と建設に関することをなぞろうとは思わない。ただ、計画が登場した頃の村の人口は8000人ほどだったが、いまや1500人まで減少している。その減少の多くの要素にダムは関係しているだろう。

私にとっても思い出深い。

そもそも私が初めて川上村を訪れたのは、たしか1988年。大滝ダム着工に際して建てられた村営ホテル杉の湯のプレオープンである。私は、マスコミ向きのレビューに招待されたのである。(ちなみにオーブン時のホテル支配人は、現在の川上村村長・栗山氏。)ついでに言えば、この当時の人口は4000人程度だったと記憶する。

私は、仕事として川上村を訪れ、そのときに初めて川上村が吉野林業の中心地であることに気づいたのだ。同時に、土倉翁の造林記念磨崖碑を見、土倉翁の銅像を目にしたのである。

もっとも、そのとき、どれほど意識したといえるかどうか……。

ともあれ、この出会いがきっかけで、私は林業を勉強し直そう(大学時代の勉強はまったくレベルが低かったから、これが事実上始めての勉強意欲か?)と思った時に、川上村に通うようになったのである。そして毎月、大阪から通って、林業体験をさせてもらった。朝6時集合はきつかったなあ……。家を出るのは午前4時だよ。。。

もちろん観光地としての取材も幾度となくしたし、また洞窟探検目的もあった(川上村は洞窟がいっぱい!)し、単なる観光もあったかな。何かと川上村に通い続けた。そして大滝ダムの工事進捗状況を20年以上も見続けたわけである。

そのあげく?に書き上げたのが『「森を守れ」は森を殺す!』で、今に至る……。

その意味でも、大滝ダムは私にとってエポックな存在である。このダムがなけれは、私のライター人生、どうなってたんだろうなあ。

2013/03/23

大西洋上にあったスギ林

先日、台湾にあるスギ林、吉野杉について触れたが、もっと大規模なスギ林があった。

それも、日本から見て地球の裏側とも言える大西洋上の、アゾレス諸島である。

アゾレス諸島を知っているだろうか。ポルトガル西方約1700キロの大西洋のど真ん中の島々だ。ここに、スギ林があるという。それも1万7000ヘクタール! とくに首都のあるサン・ミゲル島には1万2500ヘクタールと森林面積の約半分を占めるという。

しかも、今もスギの植林は進んでいて苗木生産までやっているという。ざっと年間200万本も苗木を作っているというから、植林面積も年間数百ヘクタールあるということになる。

単にスギ林があるだけではない。ちゃんと伐期が設けられていて収穫と製材加工もやっている。主に板の内装材や梁材用途らしい。

つまり、スギによる林業がちゃんと成立しているのだ。

ちょっと凄くない? 

スギは日本固有の樹種であり、当然ながら植えられて林業を行っているのは日本だけと思っていた。わずかな例外が台湾であり、あと韓国・朝鮮にも植えたはずである。

しかし、まさか遥か彼方の離島にこれだけのスギ林があり、木材生産までしているとは……。

なぜアゾレス諸島にスギなのだろうか。

記録によると、ここの島々は、大西洋を渡る際の重要な補給基地として栄えたが、そのために19世紀には森林が荒れ果てていたそうだ。そこで、全世界から島に適した樹種を探したことがあったらしい。

一方、日本側にも明治14年にポルトガル政府の要請で、日本のさまざまな樹の種子を送付した記録があるそうだ。

結局、スギがもっとも適しているとして、大造林を行ったらしい。いまや島の製材所はスギで盛っているし、建物もスギ材ばかり。また島の文化伝統までスギが入り込んでいるという。

ヨーロッパにもスギ材は受け入れられたのだ。

日本では、どちらかと言えば、植えすぎたとか花粉症などでイマイチ人気が高くないが、アゾレスのスギ産業と文化に学ばなくてはならないかもねえ。

ああ、行きてえ。アゾレスかあ。遠いけどなあ……。ポルトガルは興味あるのだよ。ファドも好きだし、そもそも東チモール問題に取り組んだ時から、かつて東チモールを植民地にしていたポルトガルについて調べたのだ。

ちなみに、海外でスギが植林されているところを調べると、インドやネパールにもあるそうだ。意外や、スギは世界的にも優良品種として伝播しているのか? ちゃんと調べたら面白いかもなあ。

2013/03/22

人口減社会の林業の進む道

新日銀総裁も就任して、アベノミクスが本格的に始動した、そうだ。

行うのは、リフレーション政策。つまり脱デフレーションであり経済活性化だ。通貨を膨張させて2%のインフレを実現し、景気回復を狙うという。

この政策の詳細および是非を、ここで論じるつもりはない。ただ、今の日本経済が陥っているデフレ状態の原因が気になる。

ベストセラーになった「デフレの正体」(藻谷 浩介著)では、人口減少こそが、デフレの最大の要因だとした。批判もあるが、私は概ね賛成である。人口が減ったら消費が減るのは、基本的な事実だからだ。また高齢化によって消費動向も変わるが、これまた概ね縮小傾向に向かうのも経験則的にも認めざるを得ないからだ。

ここではリフレ政策などは抜きにして、人口減社会では木材需要も縮むということを改めて考えておきたい。

すでに住宅着工件数は大きく落ち込み、建てても小規模な家が増えている。またリフォームも減築という部屋数を減らす方向に向かっている。さらにマンションなど集合住宅の増加も、木材の消費を減らすだろう。

……この手の話をすると、よくある反論が「外材を国産材に置き換えることで、需要を確保する」同じく「コンクリート建築物も木製にできる」である。また、景気の回復で、住宅建設も増えるとか、木材需要が膨らむという。
そりゃ、国産材業界の頑張りで伸びる部分もあるでしょ。木製ビルも可能でしょ。コンクリート並の強度を誇るエンジニアウッドも研究されている。(でも、税金で建てる公共建設物に無理やり国産材を使わせる、というみみっちい手を考えないでね。)

が、人口減の趨勢を覆らせることにはなるまい。

人が減っているのに、住宅が増えたり大きくなったりしない。木材需要は、長期的に縮んでいく。これを前提に「林業100年の計」を立てるべきではないのか。

すると、現在さかんに叫ばれている「木づかいのススメ」は非常に怪しくなる。とくに量ばかりを追求した木づかいは、無駄な、いや危険な努力になりかねない。

どんどん木材(国産材)を使うことで、荒れた人工林の整備を進めようというのは、基本的な消費が減っている中で、木材商品をだぶつかせるだけかもしれない。また無理な「整備」という名の間伐で、逆に森が荒れる結果も各地に出ている。

必要なのは、量ではなく質、ブツではなく心の木づかい。コンクリートの代わりではなく、かけがえのない森を感じる木づかいだろう。

一方、伐った跡地の整備は遅れぱなしだ。再造林も進んでいないし、植えても育林作業がおざなりなため、良質の木材に育たない。それでは収穫期を迎えてもロクな木材商品にならず、またもや低価格になってしまう。それこそ「燃やすだけ」のバイオマスだ。

今は人口増大期に大量に植えた木が育ってきたのだから、これを供給するのは否応もない。

が、伐採跡地に展開すべき今後の森づくりは、量ではなく質に転換するチャンスではないか。

全部、これまでと同じスギやヒノキのような樹種を植える必要はない。いや、需要が縮むのだから再び同じような人工林ばかりにすべきではない。

ならば、どんな森づくりをするか。。。。

……というような思考実験をしていたが、そろそろ疲れた。

また改めて。

ただ、林業は産業であるなら経済社会を見据えなくてはならない。ならば、デフレ、リフレの先にある未来の社会の木材需要に目を向けて、林業の根幹である森づくりも考えるべきじゃないかなあ。

2013/03/21

複層林施業って……

複層林施業のパンフレットが出てきた。

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なんと価格200円となっている。たった8ページなのに。誰も買わないよ。どうせ配布用だろう。

書いていることは、極めて基礎的な内容で、素人の森林所有者に教えるために作ったものではないかと思う。




そういえば、先日歩いた吉野町の森林セラピー基地のセラピーロードにも、複層林があった。

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周りは、林齢 30~40年くらいで、そこを画伐(群状間伐?)された数アールの土地に稚樹が植えられている。

稚樹は、当然密植されているが、ざっと林齢 5年くらいか。

上層木もこの程度の太さでは、利用するには厳しい素材だが、複層林化することに意義があったのか。

パンフのタイトルの下に「古くて新しい森づくりのすすめ」とある。たしかに技術としては、各地にあるんだよなあ。その点からは、日本の林業の普遍的な技術だ。

パンフには、いろいろ利点が並べられている。

労働力の平準化や省力化、
随時収入を得られる、
価値の高い木(生長を抑制して年輪が詰まっている)の生産
同一林地でさまざまな木を生産
裸地にならないので、風致や災害防止、水源涵養など公益的機能を発揮
などなど。。。。

なんだか、いいことづくめ(^^;)。

が、なぜかしっくり来ない。私は、昔から複層林に違和感を持つのである。

その理由は、自分でも判然としないのだが、中途半端?な感覚がするのだ。

複層林とは、森林を多様化するための手段だが、樹種より樹齢の多様化を重視したものと言ってよいだろう。もちろん、スギの下にヒノキ、あるいはマツの下にスギ、という例もあるが、生物多様性の点からは、イマイチである。単一樹種が2種3種になる程度ではないか。樹齢も一斉林から2段林3段林になる程度。

近自然森づくり、天然更新といったパラダイムの転換というほどではなく、効率的な森林経営を求めるのか、 自然環境重視なのか、つかみどころがなくて落ち着かない。

もちろん、完全な多様性を求めたら天然林になり、林業経営上の問題は大きい。だから、間をとって……という理屈もわかるのだが……う~ん。

経営上の欠点だってある。

思いつくまま並べると、複層林に仕立てるには、下層の生長度が違うため、常に観察が必要で手間がかかる。条件によって変化が大きくマニュアル的な施業ではむずかしい。伐採もむずかしく、下層木を傷つけやすい。小規模生産になり、生産量は落ちるし低コスト化も図りにくい……などだろう。

見方を変えると、移行期の形態なのかもしれない。また小規模山主の副業的林業・趣味の林業には向いているかもしれない。

さて、複層林に対する林業家の評価はどうなのかね。

2013/03/20

ゴルフ場の薪ビジネス

以前、ゴルフ場経営誌に、「ゴルフ場でも林業やったらどうだ」と提案したことがある。

ま、提案というより戯れ言と取られたかもしれない。私もそんなに本気ではなかったが、ゴルフ場は敷地の半分以上を森林が占めているのだから、理屈の上では可能だし多角経営になるではないか、と問題提起したのである。実際、敷地の一部に人工林があって、材の搬出をやっている例を知っている。

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岐阜の某ゴルフ場。コースの目の前で出材である。

が、たまたま届いたゴルフ雑誌に目を通していたら、もっと本気の林業をやっているコースがあった。それも原木生産ではない。販売するのは、薪だ。敷地内の広葉樹から薪を生産して、それを販売しているのだ。

考えてみれば、実に合理的だ。ゴルフ場内の残置森林の多くは広葉樹林である。とくに育林をしないから、おそらく材として出荷するのは無理だろう。が、薪なら十分だ。

残置森林といえども風致上の間伐や剪定はやるから、否応なく伐採される木は出る。だから材料に困ることはない。そしてグリーン整備のための人員は雇用しているため、彼らが薪づくりを担当しても無理はないし技術的にも慣れている。乾燥させるために数か月~1年寝かせるスペースも、場内でそんなに困らないだろう。

一方でゴルファーの客層と薪ストーブ・ユーザーの層は重なるところが多い気がする。つまり潜在的な消費者が向こうの方から来訪してくれるのである。彼らをターゲットに薪を販売していることを宣伝すれば、非常に効率がよい。通常街で購入している薪より安くすることも十分可能だろう。

またゴルファーは、たいてい自動車で来るだろうから、薪を持ち帰るのに苦労はしない。販売側からすれば配達の必要がなくなる。これまた非常に有利だ。

そして、通常は伐採や剪定で出た材は使い道がなく、金を払って処分しているケースもある。それが逆に売り物になれば、一石何鳥だろうか。

個人で薪を生産販売している業者の話だと、配達する前提で、年間300万円以上の売上があるそうだ。ただ要する時間は、ならすと1日数時間の働きで、自給3000円だと笑っていた。つまり利益率はかなりよいのだ。

いっそ、クラブハウスに薪ストーブを設置して暖房にも活かせば光熱費が浮くうえに、薪ストーブの販売にもつなげることもできる。副業としては、かなり期待できる。

これって、強力な薪販売システムだ\(^o^)/。

ゴルフ場が薪ビジネスに算入したら、下手をすると零細薪販売業者を吹き飛ばすほどの力を持っているかもしれない。

いや、地域の薪業者と協業で行うのが理想だけどね。

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2013/03/19

「緑のオーナー」制度ふたたび

昨日は、資料のリストラから再発見した論考を紹介したが、ほかにも「発見」はいくつもある。

たとえば「緑のオーナー」制度のごあんないというパンフレットも出てきた。

ようするに国有林の分収造林である。オーナーという名の管理費を提供して、20~30年後に収穫した際に利益を分配する。当時は、銀行に預けるより利回りがいいと言われた。

ところが、現実にはほとんど元本割れになってしまい、いまや林野庁の詐欺行為とまで言われてしまっているから、思い出したくもない人もいるかもしれない。しかし、この手のパンフは、資料というよりはコレクターズ・アイテムとして保存したくなる(⌒ー⌒)。

もっとも、オーナー制度は、棚田やらリンゴの木やら、たくさんあって、大きな問題になるケースばかりてはない。和牛は完全に詐欺だったが……。

つまり、やり方さえ間違わなければ、悪くない制度にできるんじゃないか。オーナーといっても、単に名前だけで、本当の所有権は得られなかったし、林地丸ごとの契約して利回りなど示すから、元本割れしてクレームが殺到したのであって、もっと夢を売るべきだろう。

たとえば、森林関係なら立木オーナー制度がある。これはゴルフ場開発などで森林伐採を阻止するため、1本1本の木にオーナー(反対派)を設けて、権利を分散することで、契約を困難にした。オーナーになる人は、木を売って利益を得るつもりはなく、木のオーナーになることで満足したのである。
実は、この制度の元は吉野に生まれた立木権である。木1本ごとに所有者を設定できたのだ。土地より立木に価値があったからだ。

そこで、「緑の立木オーナー制度」を提案する。

林地の中で、太くて立派な木を、各1本ずつオーナーを募集する。価格は、買い手がつける。希望者が多ければ、オークションのように競り上がってもよい。そして、完全に木の所有権を移転する(契約を交える)。

たとえば、樹齢100年の大杉を1本100万円で購入してもらってもよい。これは立木価格である。伐りたければ伐って搬出するが、その費用は別。製材するのも別。あるいは持っていることだけで満足してもらってもよい。また管理料を徴収することも考えられる。

これから家を建てる人に買ってもらってもよいし、大木を自分のものになったことを喜んでもよい。樹齢20年の細木を1万円で購入して、その後の成長を楽しみにしてもよい。さまざまな売り方があるはずだ。

これは国有林には向いていないね。むしろ民有林でやりませんか。

2013/03/18

13年前の「新しい森林政策を問い直す」

ただ今、我が家の書庫のリストラ中。

膨れ上がった「資料」という名の紙の束を洗い直し、必要不要を判定して削っている。ようするにスペースが限られている中、圧縮しなければならなくなったからだ。
結構思い切りよく捨てているつもり(;_;)。ダンボール箱に何箱か処分した。が、全然片づかない。ようやく空いたスペースに、床に積み上げていた分を入れたら、あらキッチリ納まるのね……というわけで、結局は空きがなくなる(泣)。

その過程で、懐かしい?忘れていた?資料も見つけて目を通す。つい読みふける。今回は、その一つを紹介しよう。

題して「新しい森林政策を問い直す」。2000年6月に「農林経済」という冊子に上中下と3回にわたって記された論考。書き手は、当時の「林野庁国有林野総合利用推進室長」。今もこの部署があるかどうか知らないが、故あって名前は伏せておこう。

ただ長文だけに、内容をキッチリと正確に紹介する余裕がない。短くまとめるのも大変。

そこで、文章の見出し・小見出しを並べよう。これだけで、言わんとすることの多くが読み取れるはずだ。なお、全部載せるわけではなく、捨拾選択する。

上  「再造林放棄」が想起するもの

近代林業に引導を渡す
「再造林放棄」全国アンケート調査
「再造林放棄」はなぜ重大問題か?
   放棄地は優良造林地  公益的機能の低下  増え続ける再造林放棄地
産業振興と地域振興 (……環境ブームは不幸な追い風)

中   検証 間伐問題と相続税対策

間伐は本当に必要か? 
  温室育ちの後始末  間伐が不要な施業体系へ
集約型林業の終焉
  1代限りの経過措置 負け組の将来戦略  
山林相続税の是正は林業問題の要石か?
  山林相続税の現状 相続税は『100㌶超』林家の問題  山林面積と相続税額の相関   山林相続税は本当に問題か?

下  検証 ゾーニング区分と世界標準施業

ゾーニングを考える
  国有林のゾーニング  新しい民有林のゾーニング 現実的なゾーニングの考え方
新しいスーパー施業団地と伐採権制度
  長期伐採権  旧型施業に引導を渡す
新しい担い手探し
  森林資産管理代行サービス業  新しい頭脳と労働力 
国際化時代の新しい森林政策
  コングロマリットの出現  日本型林業の未来


 

結びとしての主張は、今後求められる林業とは

・自然を活かした「粗放的だが、よく伐り、よく育てる若々しい林業」である。
・日本型の手のかからない粗放的かつ合理的な施業が求められることになるだろう。

 
  

なかなかのものだろう? 今でも通じる点がいっぱいある。私の主張とかぶるところも大だ。当時、私も再造林放棄地問題を憂え、長期伐採権制度や粗放型林業を唱えた(今も基本は同じだけど)。

果たして、この10数年の間に何がどのように変わったか。振り返ってみると面白い。もはや「新しい森林政策」と呼べないが。 

これほど切れ味のいい論考書いていたのになあ。なぜ、その後この人は、うさん臭い森林セラピー基地づくりに踊り、今は「外資が日本の森を奪う!」と金きり声を上げているんだろうなあ。。。。

2013/03/17

奈良県でバイオマスエネルギー?

以前、このブログでバイオマス発電に関してボロクソけなした中で、「奈良県もバイオマス発電の可能性の調査をしたが、結果から無理だと判断して手を出さなかった」旨の記事を書いた。そして、通常は改革の動きが遅く、新しい理念に飛びつかない奈良県(の、とくに林業界)を苦々しく思っていたが、これは久々に正しい判断だとした。

ところが、このところ奈良県がまたもやバイオマスエネルギーの活用事業案を練り始めたという。正確に言えば、再生可能エネルギーの中の一つだが、太陽光や小水力、風力などと比べてダントツにバイオマスに頼ろうとしている。

http://www.pref.nara.jp/item/81936.htm

そして今秋からバイオマス実証実験を始める。コストや燃焼効率を調べるのだそうだ。この場合のバイオマスとは、林地残材を指しているようだが、単に燃やすのではなく、固形燃料づくりを行うという。これって、木質ペレット?

もちろん、現段階では「実験」だし、「採算が合えば」という条件付きで推進するとあるのだが、なんか危険な香り(笑)。

おそらくFIT(固定買取制度)によってバイオマスでも成り立つのではないかという希望と、国の推進する政策に乗っかりたいお気持ちが重なっているのだろう。
実験は、新たにできた「奈良の木ブランド推進課」の担当のようだが、新しい部署だから新しいことに取り組みたいのかもなあ。

しかし、問題はコストだけでなく、そもそも奈良に燃やすほど余った木はないことだ。奈良の木材産業は、生産額はそこそこあるが、生産量は低い、林業県とは思えないほど少ない現実がある。しかもブランドとして推進したくなるほどの品質の木を、もっとも安易で低価格の燃料に? 

そして、主眼は発電のようだが、本丸の熱利用を忘れては困る。

安定供給がむずかしい林地残材による(熱ではなく)発電

長い年月と手間をかけて育てた木材をもっとも低価格にする利用法。

製造エネルギーとコストが高い木質ペレット

私が批判しているバイオマスエネルギーに関する3点を見事に網羅している……。

どうせやるなら、世間(他の自治体)と反対を目指してほしい。

たとえば、徹底して熱利用に重点を置く。

熱源としてのブランド化

木を細かな粉にしてまた固めるようなお馬鹿なペレットではなく、できる限り丸太のまま活用して木育にもつなげる……。

量より質。発電量より販売高。奈良の木の薪は、ほかの山の薪より一桁高いんだぜ。だって、燃やすと1300年の歴史がパチパチはぜて浮かび上がるんだ、と自慢するようなバイオマスエネルギーを確立してほしい。

2013/03/16

食膳の小物木工品

今日は法事。

で、終了後は、ちとお高い店で会食となった。

なかなか美味しい。見栄えがいい。ちなみにお箸は、割り箸の最高級のらんちゅう。が、ちょっと目が荒い。らんちゅうの最高級とは言えませんな(^o^)。

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これは、小鉢が並ぶ膳。

その手前に簀の子のような台がある。

そこに八寸のような料理群。

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そのアップがこれ。

小さな木工品である。

が、細かな需要があるもんだ。





 
 

こんな眼で料理まで鑑賞してしまうなんて、ボクの悪い癖(^o^)。

2013/03/15

「山林」に台湾の吉野杉の話

大日本山林会発行の「山林」に内山節氏の「山里紀行」が連載されている。

3月号には、台湾の阿里山を再訪した記事が。目的は、台湾檜を見ることらしい。そして森林公園を訪ねるのだが、その一節に、

台湾檜の森といっても、この森林保護区に一番多いのは杉で、杉林の中に転々と(点々と、の誤記か?)台湾檜が残っているというような景観になる」とあった。

気になるのは、その後。荻野敏雄氏によると、「この杉は日本の吉野杉で、戦前に日本が植えた」とあるのだ。現地には「台湾杉」という看板が立っているらしいが。

さて、戦前に吉野杉を植林……と聞けば、どきりとする。

これは土倉龍治郎(龍次郎)の植えたものではないか?

龍次郎は、台湾に1万ヘクタールの土地を咀嚼して、吉野杉を植えたと伝えられているからだ。ただし、明治末に土倉本家のために売却して三井家の所有となっているから、継いだ三井家が植えた可能性も残るが。

戦後の土倉祥子の記事によると、台湾の吉野杉は順調に育っていることを台湾当局に確認したとあるし、また台湾から日本に吉野杉(の間伐材)が輸出された記録もある。

もしまだ吉野杉が残されているのなら、ぜひ見てみたいものだ。樹齢は100年を超すだろう。

内山氏は、台湾からすると吉野杉は外来種と指摘しているが、生態系を乱すまではしていないようだ。そして台湾檜も興味深いが、土倉龍次郎の事績も知りたくなった。

2013/03/14

テレビ出演

以前、割り箸のことでテレビが取材に来たことに触れた。

東海テレビの放映なので中京地区でしか見られなかったと思うが、その番組のDVDが送られてきた。

3月5日放送のスーパーニュース内の特集「森は生きている・割り箸を使おう」である。

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内容は、樹恩割り箸などを紹介しつつ、国産割り箸を使う動きが紹介され、そこに私がコメントを付ける、という構成。

基本、割り箸は環境破壊ではないし、付加価値の高い木材の有効活用であり、林業の象徴的な商品」という言葉を伝えてくれた。

またマイ割り箸も登場している。

 


 
 


で、一目見て思ったこと。

……髪がボサボサ!

なんだよ、注意してくれよ。直すのに(泣)。

以上。……ああ、喝舌も悪かったな……。

2013/03/13

ど根性杉2

朝から宝山寺に参拝に行ったら、見知らぬ小道を発見。

こんなに何度も通っているのに知らない道?があったのだなあ、と思いつつ、当然進む。

で、山の奥へ。徐々に道は消え……それでもたどり着いたところに壁。

そこで見つけたのが、またもや、ど根性杉でした。

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こちは、随分大きく育っている。

そのうち、壁面を壊すだろうから、その前に伐られてしまうだろうか。

ど根性杉

近所の道の切り通しで見かけたスギ。

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なかなかたくましいぞ。

よくぞ、伸びたもんだなあ。

ど根性スギと名付けたら、マスコミが取材にこないかな。

しかも拡大してみると……



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しっかり花粉も付けているじゃないか。

ケナゲだろ~。

2013/03/12

割り箸より護摩木!

昨夜は、突発的? な飲み会、もとい打ち合わせがあったので京都へ。

その集まりは、ある意味異業種交流で、フォトグラファーやデザイナーのほか、歴史学者や僧もいた。

会議の場所として入った居酒屋(^o^)では、またもや樹脂箸。通常なら店に「割り箸もってこい!」と言うところであるが、団体なので遠慮して(^^;)、私だけマイ割り箸を取り出す。

当然、ここで割り箸うんちく\(^o^)/。

その時、隣の席だった僧籍を持つ人が、「うちに納入される護摩木を作っているのは、もともと割り箸作っていた人らしいですよ」。

なんでも、吉野の製箸所に注文しているらしいが、その業者さんは、「もう割り箸止めて、護摩木一本でいきますわ」と宣言したらしい。ようするに、割り箸より儲かるからだ。

なるほど。割り箸を作る機械や技術があれば、護摩木を作るのは簡単だろう。護摩木は表面のかんながけ(文字を書けるほどツルツルにする)は必要だが、とくに難しい形状をしていないし、何工程もある割り箸に比べれば製造も簡単。端材を使うにしても、ギリギリまで取れるから、歩留りもいいはずだ。
しかも、乾燥もさほどいらない。何たって燃やすものだから(^o^)。そこでは胡麻油をかけるから、燃えやすさもそんなに考えないでよいそうだ。

それに、価格も割り箸より高いんじゃないかなあ。

購入している護摩木の材質は、どうやらヒノキらしいが、スギもOK。

調べてみると、日本の護摩木は、本来ヌルデを使うらしいが、現実にはヌルデの木がそんなに大量に手に入るわけではなく、スギヒノキのほか、マツ、そして外材のスプルースなども使われているらしい。文字を書くことを考えると、白っぽく木目も墨が滲まないようなものが向いている。とすると、やはり国産材ならモミのほかヒノキか?

護摩木の需要は、全体としてはそんなに多くないだろうが、専門メーカーも少ないだろうし、安定需要が見込める。むしろ営業次第で、国産護摩木を売り込めるのではないか。

胡麻焚きするのは、基本的には密教系宗派だが、実は以外と幅広い。先の僧のお寺は浄土系なのに胡麻焚きをする。奈良や京都はもちろん、お寺の多い町では、それなりの需要が見込めるはずだ。

吉野も、考えればお膝元が修験道のメッカであった。もっと積極的に売り出せば、全国の護摩木を席巻できるかも。。。

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写真は、磐船神社の祈祷。燃やしているのは、護摩木かどうか、定かではないが……。

2013/03/10

ゴルフ場は風景産業、林業は?

最近、なぜかゴルフ場絡みのお仕事の依頼が相次ぐ。

そしてゴルフ雑誌がいっぱい届いたから、我が家にゴルフファンがいるみたい。実はゴルフをする人は誰もいないのだけどね。

ともあれ『ゴルフ場は自然がいっぱい』を出版して、もう4年近くたつが、いまだに多くはないが途切れず「ゴルフ場の自然」に関する記事は求められる。その点、割り箸と同じく息の長いテーマなのかもしれない。

私自身はゴルフに関心がないのだが、雑誌の写真を眺めていると、ゴルフ場の風景に目が慣れてくる。

そこで感じたのだが、ゴルフ場の売り物は、風景なんだということ。

ゴルフ場は、何よりもゴルフのプレーを行うために造成されるから、芝生のコース(ティグラウンド、フェアウェイ、グリーン、ラフ……)をいかに整備してゴルファーに喜んでもらうかが大切だと思い込んでいたが、それ自体は当たり前すぎて客を呼ぶ要素としては弱い。

実は、ゴルフ場の経営には、芝生だけに注意を払っているようではダメだ。コース全体の風景がよくなくては客が来なくなる。芝生だけでなく、樹林帯や池、小川、背景の森林までの風致が客の満足度に影響を与えるのだ。誰だって、美しい風景の中でプレーしたいのだから。

つまり風景から利益を得る事業、つまり風景産業といえなくもない。考えたら、そんな仕事は意外と少ない。風景は、金になりにくいのだ。

公園も風致は気にするが、そこに利益は絡んでいない。いわば公共福祉であり、作るのも、たいてい税金だ。もう一つ景観が重要な庭園だって、基本的に所有者の趣味だろう。事業として造営するものではあるまい。
有料公園や庭園もあるにはあるが、入場料収入だけで運営できているケースは極めて少ないはず。

その中で、ゴルフ場はあきらかに風景が客数に影響を与える。そもそもゴルフを行うコースそのものの美しさが重要なランク要素になる。

そこでゴルフ場経営を、「風景産業」として眺めてみると、なかなか巧妙なシステムである。ゴルファーは風景に対して対価を払っている気持ちは少ないと思うが、プレーゾーンの整備は、そのまま風致につながるのだから。

単にプレーするだけなら、フェアウェイだけで、その周辺に木々も一切ないコースもあり得るし、プレー料金も安くできるだろう。が、ネットに囲まれた練習場をつないだようなコースになってしまい、とても客の人気を呼ぶまい。


 

ここで森林に目を移すと、森づくりだって風景づくりなのだが、そこに対価を発生させるシステムがない。木材生産だけで収入を得ようというのは、フェアウェイだけのコースみたいなものである。風景とセットで木を販売する方法はないか。

「林業は風景産業」と言えるようなシステムを生みだせればいいのだが。

2013/03/09

花粉症陰謀論

昨日会っていた女性は、しきりにクシャミをしていた。周りがスギばかり(吉野だもの ^^;)だてから、花粉症だろう。

が、不思議なことをいう。数年前に検査で花粉症と診断されたが、その後症状は出たことがない、それなのに……と。

花粉症って、年によって発症したりしなかったりするものなのか。

それはともかく、今年は花粉の飛散量が多いとマスコミも騒いでいる。そして富山で無花粉のスギの苗が実用化されて植え始められたというニュースも大きく扱われた。

悪いとは言わんが、今から無花粉スギを植えて、何十年かけたら飛散量を減るのだろう。そして、次は無花粉ヒノキの研究をするのかね……。もっとも、研究者にとっては魅力的なテーマなんだろう。

すでに花粉症関連事業は、莫大になっている。研究はもちろん、医薬品の世界では花粉症対策薬は何百億円規模の需要を生み出しているだろうし、医療診断や治療機材もある。さらに空気清浄機やら抗花粉グッズやら、花粉のつきにくいまで。やがて花粉症対策間伐事業とか、花粉症予測や報道、出版物。マスコミも、恰好のネタにしている。
ついでに花粉症対策会議の費用とか手間まで換算したら、らくに1000億円を越える巨大産業なんじゃないか。

もし、花粉症がなくなったら、日本は不景気になったりして(^^;)。

もしや、花粉症を完全に治す薬が開発されることを阻止する秘密組織があるのかもしれん。
ある科学者が画期的な発明をしたら、影に陽に開発を妨害する。上部機関に圧力をかけて断念させる。また世論を惑わせるためにディーゼル排気物原因論を持ち出したり、黄砂と混ざるとより悪化するとあおったり。陰謀に気づいた人は、抹殺される。

そして、次なる花粉症が発生するように仕向ける。あ、PM2,5というのは……?

と、陰謀論をたくましく構築する(^^;)。うん。これで本を書いて売れたら、私も花粉症産業に算入できるか?

2013/03/08

コナラの円柱

生駒市内のニュータウンを歩いていた時、住宅地の中に残された、昔ながらの家の庭にミョーな木を見かけた。

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樹種は、コナラのようだが、なんかヘンな印象を受けた。

まるで円柱のような形になっている。コナラによくある、枝分かれがほとんどない。樹形が自然じゃないのだ。

どうやら、幹の伐採はせずに、ひたすら横に伸びた枝を刈り続けたのではないか。
おかげで幹は太く育ったものの、枝が貧弱になり、しかも最後は梢も落としたらしく、寸詰まり。樹齢はかなり経つのではないか。

コナラを薪にするでなく、ホダキにするでなく、なぜ枝だけを落とし続けたのか。剪定だったのかもしれない。でも、このまっすぐで太い幹は、そのまま丸太にしたら用途が生れるような気がした。

コナラやクヌギで家具を作っている会社の話によると、いくら太い幹の木があっても、すぐ使えるわけでなく、やはり用材になるよう育林していないと、歩留りが悪すぎるそうだ。

こんなふうに育てればいいのか?

2013/03/07

職人って……

ただ今、実家の玄関をリフォーム中。

まあ、そんなに大袈裟なものではなくて、門から昇る階段部分を昇りやすく段を増やしたり、段差を調節している。

私は、最初にその計画を聞いたときは、それなりの理想の姿を考えて、業者を探して、相談して、デザインや日数、価格も含めて交渉し、落ち着くところに落ちてから工事開始! のイメージを持っていた。古くさい和風の門構えを一新したい気持ちもあった。

が、それより早く、父は隣家に来ていた庭師をつかまえて頼んでしまったのである。と言っても、どこの何という業者かも確認していない。

それが昨年末(^^;)。年を越して忘れかけていたが、その業者(と言っても、一人造園家)が今週に突然姿を見せて、工事を開始した。

どのように直すかは、父との立ち話だけ。やりながら決める部分もある。価格も、だいたい。また工事中にあまり覗くと嫌がるらしい。

朝は8時前からやってきて、黙々と工事を開始する。昼は、お茶を差し入れて、弁当を黙々と食べてすぐ仕事。一人だけだが、よく動く。結構石を動かしたりもしている。……いかにも、古いタイプの職人庭師という感じだ。

そして、正直あまり私の望んでいるデザインにはなりそうにない。でも、父が満足しているのだから、私の口をはさむ隙間もない。そして、父は職人の名前も住所もいまだに知らない。向こうも、こちらのこと知らないんじゃないか。

どうだろ? こういう流儀は。

かつての家づくりは、大工も左官も庭師も皆こんな感じで仕事していたのだろうか。そして依頼主は、職人の腕と感性にゆだねたのだろうか。そして出来上がったものが、想像とかけ離れていても、満足?したのか。

もちろん、今風の業者に依頼すれば、複数のプランに見積もりも出して来て、「お客様」の要望をしっかり実現しますよ~的な仕事をしてくれるに違いない。が、価格は上がるだろうし、大量生産的な資材しか使えず、大きな業者なら流れ作業的に作業員を派遣してくるケースもあるかもしれない。

どちらの方式が、満足感が大きいのか、理に適っているのか、わからない。

が、古いタイプの職人が減っていくのは、理解できるような気がする。郷愁的に職人芸を語るのはよいが、いざ自分の家も含めて利害が絡んだときに、どちらを求めるのか。

直接ユーザーに接する職人ではなく、さらに奥まったところで仕事をする現場(機械工場なり、農業なり、林業などが典型だろう)の職人が古いタイプだった場合は、よほど扱いの慣れた管理者がいなければ、仕事が回らなくなるだろう。

……そんなことをボンヤリ考える今日この頃(^o^)。

2013/03/06

「日本で最も美しい村」連合のムーブメント

昨日の吉野町。実は森林セラピー基地だけでなく、昨年に「日本で最も美しい村」に認定されていた。そして「日本で最も美しい村」連合の一員となっていたのである。

この連合に関しては、以前もブログで紹介したことがあったと思うが、優れた景観や伝統文化、そして環境を保っている村(集落)が対象。「最も美しい村」が連合組むほどたくさんあっていいのか、というツッコミはおいといて、この運動が始まって8年で、49にもなった。吉野町の加盟は47番目とか。
なんか森林セラピー基地と同じくらい加盟している。長野県が多いところも似ているか。

こちらもNPO法人「日本で最も美しい村」連合を作っているが、森林セラピーソサエティほど強欲ではなさそうだ(^^;)。

でも、条件はそこそこ厳しい。人口がおおむね1万人以下で、①生活の営みによりつくられた景観と、②豊かな自然や自然を活かした村の環境、③昔ながらの郷土文化、建築群……の2つ以上あることが必要だという。農山漁村が対象だが、行政的な「村」ではなく、合併後は地域でもOKのようだ。ちゃんと調査員が訪問してチェックする。詳しくは、ホームページをチェックしてほしい。




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吉野町は、吉野山のサクラと、修験道のメッカとしての宗教施設、そして紙漉きなどの伝統文化を残している(和紙の天日干しの景観)などが対象になったよう。

またスギ、ヒノキなどの「吉野美林」も取り上げている。

※蔵王堂仁王門のある通りの風景

もともとはフランスに広かった「フランスの最も美しい村」活動をお手本に始めたらしい。今ではベルギー、イタリア、カナダにも広がっている。日本で最初に手を挙げたのは、北海道の美瑛町のはず。

その理念からすると、農林地帯の里山的な景観と自然・文化を基本にしていることになる。具体的にどんな事業をして、資格を設けて、というのではなく、景観と文化を守っていこうという外向けの決意表明と思えばいいだろう。

景観を自慢するのは、なかなかむずかしい。が、訪問者を増やす効果は、森林セラピーよりありそうだ(^o^)。この村々を回るガイドブックの発刊とかツアーを組んだら……ああ、こんなことを考える私は、やっぱりビジネスに毒されているな。。。

2013/03/05

癒されるのは、どっち?

吉野町が、森林セラピー基地の認定を受け、この春から始動する。

奈良では初めて、近畿でも3つ目。そこで今日1日かけて2ルートを歩いてきた。

吉野のセラピーロードの特徴は、蔵王堂などの神社仏閣が多く建ち並び、源平合戦に南北朝など宗教的・歴史的景観があること。スギ、ヒノキの人工林が中心であること。水が多いこと。人里も歩くこと……などだろう。ただし、コースは意外とサクラの名所はほとんど通らないほか、メジャーな観光地も避けている。

歩きながら目に入るのは、人工林、棚田、建築物……。そこでふと考えたのは、人為的なものを見ることは「癒し」になるのか、という点である。

森林セラピーの根幹は、「自然の中で癒される」ことだ。言い換えると、森林を初めとした自然物は人の心を穏やかにする。もちろん景色だけでなく五感全体の刺激なのだが、言い換えると、人工物はストレスになるということになる。

同じ五感の刺激でも、自動車を目にしたり音を聞いたら、明らかにストレスを感じる。コンクリートの建物も好きでない。が、同じ人間が作った田畑や石垣、あるいは木の小屋はどうなんだ?

この差は、どゃから生まれるのか。また癒される人工物とは何か。

ここで吉野の景色を例に考えると何かと差し支えがあるので、スイスのアイガートレイルの風景で比べてみる。

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森林限界を超えたお花畑の中を延びるトレイル。標高は3000メートルを越えていただろうか。

遠くまで広がるアルプス。写っていないが、右手は岩の断崖絶壁だ。絵に描いたような大自然(笑)。

一方、こちらはトレイルの終点で見かけた小屋。

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薪の山と、洗濯物。

私は、干されたタオルが好きだ(^^;)。これで癒される。

人工物を見て、ホッとする心理もあるんだな。反対に峻厳な自然に触れてストレス感じることもあるだろう。

そういや、山で道に迷い遭難中に、ゴミ(たとえば菓子の包み紙とかジュース缶など)を見つけると安心するなあ。ここに、以前も人が来たということは、そんなに迷っていないんだ、と確認するみたいで……ああ、これは違うか(^^;)。

2013/03/04

<山林都市>と、タウトの生駒山

先に大阪のジュンク堂書店を訪れた時のこと。

実は、『謎の独立国家ソマリランド』以外にも購入した本があった。
それが、『<山林都市>黒谷了太郎の思想とその展開』(堀田典裕著・彰国社)である。

高い本(2800円+税)なのに、即買いしてしまった。

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だって、「山林都市」だよ。

A4版という大判で、並製本だから、ムックのようでもある。

これは黒谷了太郎によって大正時代に発表された都市計画の論文だ。一種のユートピア計画と言ってもいいかもしれない。

山林の中に新しい、理想的な都市を作る……。

すでに「田園都市」構想がイギリスだったかに登場していたし、その後も林間都市とか、山岳都市などさまざまな名前で、ニュータウン計画が発表されている。

そういや、国有林を開発して、「森林都市」を作る構想も発表されたことがあったっけ。なんだか高度経済成長時代のゼネコン・ディペロッパーみたいだったが……。

が、いずれの理想的都市も、山と森が関わっているところが興味深い。本書も、そうした都市計画の歴史・思想を解説している。

もっとも、ここでは山林都市の内容を紹介するつもりはない。だって、まだ読んでいないんだもん(^o^)。

私が注目したのは、この本の一部に、ブルーノ・タウトの「生駒山嶺小都市計画」が触れられていることだ。

タウトは、ドイツ人の世界的建築家にして都市計画家。だが、ナチスに追われて日本へ方瞑する。1933年のことだ。そこで桂離宮などの建築物に触れて「日本美の再発見」を行うなど、いろいろ活動するのだが……。

そんな彼に大阪軌道(現・近鉄)の依頼を受けて、生駒山の山上部分に新たな都市を作る計画に着手するのだ。もし実現していたら、現在の遊園地辺りに瀟洒な高原都市が誕生していたかもしれない。

この計画については拙著『生駒山』(共著)にも記したが、今回改めて詳しく書かれていたのである。

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タウトの描いたスケッチ付き。

ヨーロッパ的な中心に広場のあり、ホテルや公園を付随した街を構想していたようだ。

この生駒山都市計画にこだわらなくてもよいが、せっかくだから本書を通して森と人の居住スペースの関係、そして人が森に求めるものは何か、少し妄想に浸ってみたい。

人口減の時代を迎えて、こうしたゼロから開発する街づくりは今後むずかしいだろうが、山村のリノベーションとしての都市計画は必要になってくるのないか。現在のニュータウンが、まったく魅力のない、金太郎飴のような相似の街ばかりになっていることを考えれば、こうした過去の大胆な計画も、新たな参考になるのではないか。

ちなみに、この計画は実行に移されなかったが、戦後になると山上部分に別荘村が築かれた。しかし、現在はことごとく廃墟である。

2013/03/03

里山の人工林研究

森林総研の評議会で、ナラ枯れ竹林放棄問題など里山研究の話を聞いていた時のことである。

そこで、ふと頭に浮かんだのが里山の人工林。里山の、とくに山の森林部分と言えば、一般には雑木林(広葉樹林)と拡大する竹林が目につくだろう。

が、きっと人工林面積も多いはず。

なにより人里に近いだけに、植林するのも楽であり、真っ先に植えるからだ。とくに薪炭林の役割が失われ雑木林の価値が減じたなら、そこをマツやスギやヒノキの人工林に変える選択肢は、決して珍しくない。また田畑を放棄したり、住宅も引き払って街に出る場合、その跡地や庭などに植樹するケースは、昭和の時代ならよく行われたはずだ。
里山に占める人工林の割合などの推定は出ていないだろうか。

この分野の研究は行われていないものだろうか。

思わずそんな発言をしてしまった。してしまってから、結構面白いテーマにならないかと思いついた。

里山の生態系とどのようにリンクしているか。林床植生は、昆虫は、そして植樹した樹種の生長度は。雑木林の種の侵入はあるか。

里山は人里に近く、比較的道も入っているし、なだらかな地形だから作業しやすい。伐採や搬出は楽ではなかろうか。
もっとも小規模で、土地所有が入り組んでいる恐れがあり、人家が近いゆえに伐採するのが大変になるかもしれない。また地目が農地のままのケースも多いから、これらの整理も行政的な問題となる。

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生駒山中のスギ人工林。

結構、立派に育っている。育林も、そこそこ行われたようで、荒れた雰囲気はない。

でも、周りはニュータウンだから、搬出は不可能に近いだろう。ヘリを使うほどの材ではなし。



  

  
  
もちろん、小規模だから今風の大規模林業には適合しないが、それゆえ1本1本利用を考える副業的林業とか風致施業を取り入れるのに向いているかもしれない。

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これは、奈良の旧都祁村の田園風景。

棚田の水田の周りにあるのは、みなスギの人工林。

これは里山の風景として成り立っているのではないか。


所有形態や所有者の意識、育林履歴……など考え出したら研究テーマとして面白い点がいっぱいあるような気がしてきた。

里山研究の、次のステージとして期待したい\(^o^)/。

2013/03/02

高野秀行トーク&サイン会に思う

ジュンク堂大阪本店で、「高野秀行トーク&サイン会」が開かれたので、行ってきた。

これは『謎の独立国家ソマリランド』の出版記念なのだが、もともとこの本に興味があったから、買うならサインも♪ というノリ。また彼に会ってみたかったことも大いにある。

高野さんは、早稲田大学探検部出身で、アフリカのコンゴにムベンベという未知の怪獣探しに行っている。私も探検部出身だし、この探検隊に、私の知り合いである社会人の高林さんが参加していたこともあって、注目していた。

トークショーでは、これまで未知の動物を探してきたのに、今度はヘンな国にテーマを移したことに関して、「未確認生物(UMA)はなかなか見つからないけど、未確認国家ならなんか関われるだろう」と思ったと動機を語る。

これ、私にも通じる(~_~;)。

私も、処女作が『不思議の国のメラネシア』とあるように、未知の南海の大洞窟とダカタウア湖の怪獣探しがテーマだったが、次の作品は『チモール知られざる虐殺の島』で、当時は未確認国家(独立前)の東チモールを対象にした。常に「未知」であること「知られていない」ことを探したかったのである。

つまり、私の方が先というわけだ(笑)。

もっとも、私の場合は、ダカタウアで病に倒れたし、東チモールにほとんど入れず(飛び地のオクシだけ)、軍に拘束されて追い返されたのだから、内容・レベルが全然違う。ここで差がついたわけか(~_~;)。

そして気がつくと、私は森林にテーマを移していたのである。

そういや、当時は私に探検ライター、秘境ライターという肩書もついていた。森林本を書き出して、森林ジャーナリストとなったが、長く私の名刺はライターのままだったのは、まだ探検分野のライティングに未練があったから。まあ、数年前にあきらめて? 森林ジャーナリストに統一したが。

もっとも、高野さんも私のことを覚えていた。以前、わずかにメール交換したことがあり、私のHPにある「知られざる探検家列伝」を記憶していたのである。

これを期に、また列伝を再開するか。結構ネタはため込んでいるのだが、書くパッションが下がっていて。でも、こちらをテーマに執筆して出版できたら、また探検ライターにもどれるか?

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ちなみに、このトークショーは40人限定だけど、確実に40冊売れるわけで、それを何回か繰り返すと、結構な部数がはける。買い手の顔も見えるし、話もできる。
こういう売り方を私もしてみたいなあ。

その前に、私もサインに添える印鑑つくろうかな(^_^)。

2013/03/01

祠の彫刻

久々の生駒散歩。

今は住宅街になってしまったところにも、合間を縫うように棚田や藪、雑木林が残されていて、昔の里道が曲線を描いているところがある。そんなとき、大地の記憶が影のように立ち上がるものだ。

で、行き止まりだった里道を進むと、藪の中に祠があった。

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なんの変哲もない、小さなお堂である。

何を祭っているのかもわからなかった。

多分、昔からの地の神様だろうが、いつごろ建てられたのだろうか。

しかし、よく見るとお堂には精緻な彫刻が施されていた。

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なかなか見事である。

こういった彫刻は、彫刻家ではなく、大工が自ら彫るものだそうだ。なかには名を残す名工もいるが、ほとんど知られないままの宮大工が大半だろう。

知り合いのフォトグラファー若林純さんは、この社寺彫刻を追いかけていたが、このところ、どんどん発表している。

寺社の装飾彫刻 」という本は、いまやシリーズ化して出されているようだ。うらやましい(~_~;)。

この祠の彫刻は、この本に紹介されているほどのクオリティはないが、それでも見ほれてしまう。量産したにしても、簡単ではないだろうし、お安くもないだろう。それを、地元の人しか参らないような小さな祠に施すなんて、かつては信仰を集めていたのか、お大尽がいたのか。

探すと、身の回りにも木彫の魅力を感じるモノは結構あるよ。

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