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2013年4月

2013/04/30

林野庁を「国有林部」に……だって

捨てようとした新聞の古い切り抜きの中にこんな記事を見つけた。

1997年8月22日金曜日 朝日新聞。

タイトルは、

    林野庁を「国有林部」に
           農水省方針 森林保全に転換

とある。何か提言が出たのかとおもいきや、既定事実として報道されていた。

リード部分は、「農林水産省は21日、巨額の累積債務を抱える国有林野事業について、林野庁を「国有林部」に改組し、現在、国有林面積の54%を占める木材生産林の割合を21%まで縮小し、これまでの伐採中心の政策を、森林保全に切り換える方針を決めた。造林の拡大も原則停止する

債務は5000億円だけ新会計に引き継ぐ。また改組内容は、営林局は森林管理局に。営林署は流域森林センターにする、とある。さらに政府の行革会議では、林野庁の一部を「環境安全省」に統合し、農水省を「国土安全省」に改編することを決めている、と断定的に記す。

結果的に、これは誤報になったのは間違いないが、ここまで断定的に記事を書いている、しかも具体的な組織改編内容や数字入りであることを考えると、このような計画案があったのは間違いない。

おそらく、これは意図的にリークされ記者はその意を受けて記事にしたのだろうが、その後猛烈な巻き返し? が行われて、農水省、林野庁とも生き残ったのだ。果たして、どんなロビー活動が行われたのか……。

その結果としての世紀末の行革では、林野事業の3兆8000億円あった債務のうち2兆8000億円を国に肩代わりさせ、1兆円だけ自力で返すことになった。しかし、その1兆円も返す前に今年の春を迎えたのである。

今春、国有林野特別会計がなくなった。実質的に債務は全部国にお任せになったわけだ。特別会計がなくなったということは、もはや国有林の独自経営はできなくなったことを意味するが、そうなってでも組織の生き残りを優先したのだろう。そのうち林野庁内に「国有林部」が設けられるかもしれない。

16年前の素案に近づいたのか、遠のいたのか。ま、どっちでもいいが……。

2013/04/29

遭難散歩

世間が連休中こそ、我が仕事の時間!

とは言うものの、その気がなくなると(^^;)、裏山に散歩に出た。

私が散歩に出たら、すぐに「遭難」を期待する向きが最近広がっているが、裏山は歩き慣れているから、どこをどのように進んだらどこに出るか、何があるか、ほぼ頭に入っている。

こんな状況では、遭難しようがないのである。

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とくに今日は、考え事があったので、興味本位に道をそれることはない。ただ、さまざまな緑を目にして、心癒されることが重要なのである……。


が、あんまりすんなり進むと面白くなくなった。あと何分歩くと、どこに出て、そこには休暇を楽しむ人びとがわんさかいるだろう……と想像すると、途端につまらなくなる。

そこで、あえて道をそれることにした。道のない、谷間に分け入ることを選ぶ。積極的な「遭難」をしてみようと考えたのだ。案の定、ブッシュをかき分けて進むことになる。

これぞ、「遭難散歩」だ。新たな散策の分野にできないか。遭難は、心を研ぎ澄ませ、洞察力や判断力を鍛える。一歩間違えると危険なのだ、という状況こそが、鈍くなった感性を磨くのである。同時に未知との出会いが、心ときめかす。自分の選んだ道や判断が当たると、誇りを感じる。失敗したら、やり直す忍耐力。これらのリフレッシュ効果と、心身を強くする可能性は、大切だ……。

いかに道をそれるか、そのルールと精神性を決めておけば、それは森の中であろうと街の中であろうと応用は効く。道があってもなくても、あるいは見知らぬ店に迷い込む。何か施設に潜入する。いろいろな可能性があるぞ。

森の中を遭難散歩する。古い住宅街の路地を遭難散歩する。商店街を遭難散歩する。廃墟や遺跡を遭難散歩する。谷と山を遭難浩子する……。

森林セラピーはもう古い、これからは遭難散歩だ!

なんてことを考えて興奮していたら、すぐ目の前から車の音がした。いかん。遭難したつもりだったが、早くも自動車道に出てしまいそうだ。前方に道路があるのは頭の中の地図にあったが、近すぎる。これでは遭難にならない。

ということで、また道を(道はないけど)それて、別のブッシュに向かう。ああ、でもまた道に出てしまった。すぐに外れねば。

脇にそれた。草に埋もれた階段があった。そこを下ると、立入禁止の立て札が……。もちろん、乗り越える(^o^)。ああ、そこには驚愕の秘密基地が。。。(その後は、また別の話)

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2013/04/28

境界線越え

世の中は、GW、つまりゴキブリウワー……いや、ゴールデンウィークに突入したらしい。

休日とほとんど関係のない生活を送っている私が行ったのは、山林の境界線の確認。

タナカ一族は生駒山に小さな山林を持っているのだが、実は明確な境界線を知らないままだった。そこで、今のうちに確認しておこうというもの。これまで地元で管理を請け負ってきた人も、もはや83歳。彼以外に知っている人もいないのだ。そして所有名義の叔父は92歳と来ている。急がないとね……。というわけて、私と従兄弟連中で現地を歩いた。

幸い83歳のじいちゃんと言っても、元気そのもので道のない急斜面でもスタスタ歩き、「ここからこっち。この下は○○さん」という調子で説明してくれる。

何カ所か不明確なところはあったが、隣の所有者と連絡がつかないこともあって、そこは改めて、ということになった。いずれにしても数坪のズレがあるかないか程度だ。

今回も、一応スコップは手にしていて、もし途中でタケノコを見つけたら掘ろうと思っていた。が、案の定というか、前回と変わりなくイノシシの餌食になったまま。

それで、ちょっと地所から出て、近くの池回りを歩いていると、その小道沿いにタケノコがわんさか出ているではないか。ああ、ここは人目が届く場所だからイノシシも来ないのかな……と思っていたら、じいちゃんがさっさと掘り出した。

あれ、ここはうちの地所ではないのだけど、じいちゃんは地の人だからいいのか。

と思って、我々も手伝いだした。あっというまに4本5本。

が、甘かった。すぐに地元の人が怒鳴り込んできたのである。グダグダと文句を言われる。ここの道のタケノコを掘りたければ、自治会の許諾を取れ、だと。応対した従兄弟は、最初こそ、だって……と反応したが、すぐに平身低頭謝って、許してもらった。

その間、じいちゃんは知らん顔である(^^;)。

地元同士なんだから、顔で黙認されるか許してもらえるかと思ったのだが、全然効果がない。むしろ険悪。

実は、じいちゃんの住む地所と、タケノコを掘った場所の地所は違うところ。と言っても隣同士なのだが、字の境界線を越えていたのである。そして、二つの字は、昔から仲が悪かったそうである。というのも、棚田の上と下に当たり、江戸時代から水争いをしてきたからだ。今では水争いどころか耕作放棄地が増えている有り様だが、歴史的な感情は払拭されていないのだろう。

地元とか田舎と表現しても、全部一緒くたにはできない。隣の集落まで、今なら自動車などで1分の距離も、かつて山道を歩けば30分くらいかかったかもしれない。細かな字、大字に分かれているように、集落の歴史が違う。さらに人間関係も複雑だ。
今も字ごとに厳然たる「境界線」があるのか。。。

「この田舎は……」とか「この地域の特性は……」「ここの地元の人は」と大雑把に語れないものなんだなあ。

私は、ある意味よそ者でよかったかもしれない。(でも、地主なんだよお。)

ちなみに、堀り取ったタケノコは、やはり山分けして持ち帰る。そして購入したのではない、初物のタケノコを食したのであった。

2013/04/27

椎葉の焼畑写真

ふと見つけたパノラマ写真。正確には、何枚ものプリントをつなぎ合わせた代物だが、これはとこの、何を撮ったものか。

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実は、これでパノラマの半分くらい。



焼畑である。その背景からは日本だし、古さから言っても、これは宮崎県の椎葉村で行われたものだろう。訪れたのは、四半世紀前?

当時、私は焼畑に凝っていて、まずは焼畑で有名な椎葉を訪れねば、と勇んで旅立ったが、途中の道が崩れて通れないなどいろいろあって、たどり着けた時は火入れが済んだ直後だった。

焼畑を行っているのは、椎葉秀行さんとクニコさん夫妻。研究者も集まっていた。今は秀行さんは亡くなり、息子さんが後を継いでいるが、クニコさんは今も現役で、マスコミに引っ張りだこだから知る人は多いだろう。

私が会ったときのクニコさんの印象は、非常に利発で、都会に暮らしたとしたら、いっぱしの商売人かキャリアウーマンになるようなタイプ。どこか私の祖母に似ていた。

実はクニコさんが影の主役で、秀行さんは渋々やっていると言われていた(^o^)。当時も研究者やマスコミが彼らを取り巻いていて、焼畑のやり方も、彼らの都合に合わせるなど、わりと柔軟だった。

最近、クニコさんに関して、一般に言われているのとは違う評判を聞いた。それが正しいのかどうかは四半世紀前に一度会っただけではわからないし、その間に彼女を取り巻く環境が変われば、人は変化する。焼畑そのものも変質するだろう。

ちなみに私は、焼畑の伝統や民俗的な作法にはあまり興味なく、アグロフォレストリーとしての農林複合、育成林業の出発点としての焼畑林業を知るための見学であった。

当時、先進国で焼畑を残しているのは日本だけとされて、椎葉村以外にも各地に焼畑がまだ残っていた。しかし、それから20年以上経った今も残るところはさすがに少ない。焼畑に関する本を執筆しようと思っていたのに、途中で投げ出してもったいないことをした。

そういや、来月は椎葉村の隣りの諸塚村を訪ねるのだった。諸塚にも焼畑の取材に行ったが、もうやっていないだろうな……。

2013/04/26

ディアライン

ディアラインとは、シカによって作られる植生上の線である。

シカは植物ならたいていのものは食べるが、当然ながら口が届くところに限られる。そのため、シカに森の樹木の枝葉を食べられたりすると、シカの背丈に沿って、食べられたところ(葉っぱがなくなったり、皮を剥かれたりしている)があらわになる。

さて、以下は三重県大台町で見かけたディアライン。

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これは山崩れ跡に治山工事を施した斜面なのだが、法面にネットを張って草を生やしたものの、見事に食べられたよう。

その食べた跡が、ディアラインになっていますねえ。

考えて見れば、この手の法面に吹きつけられるのは牧草の種子が多いのだが、おそらく草食動物には美味しいのではないか。

まったく、シカの食欲は恐れ入る。ガツガツ食べる、肉食系草食動物だ(笑)。

2013/04/25

筍堀りセラピー、棚田カウンセリング……

なぜか、今日は朝から急遽、タケノコ堀りに行くことに。

前回のリベンジなるか? そろそろタケノコに飽きたイノシシの残り物を……。

お連れとなったセラピストの彼女と二人で森の中を彷徨しつつ探すも、見つかるのはイノシシが食い荒らした跡ばかり。

その後、手打ちうどんを食べて、棚田の中で草餅を食べる(^o^)。

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そこで、話は人生相談から、いつしか経営コンサルティングへ。

ついでにフェイスブックの使い方について。

そこで思いついた。タケノコ堀りをセラピーにできないか。鬱の人に筍堀りに連れて行って症状緩和をめざす。ただし、掘れなかったら症状悪化するな。。。。

が、里山の中を歩いたり、春の棚田の中でカウンセリングすると効果的かも。

そもそも森林療法には、森林カウンセリングもある。森林の中を歩きながらカウンセリングすると、意外な効果があるそうだ。それならば、田園の中だって効果はあるだろう。

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むしろ森林より視界が広くて開放的な気分になれる。

水音と鳥の声。カエルの鳴き声。

草と土の香り。

風が素肌をマッサージし、

光のまたたきが眼を刺激する。

菜の花とレンゲ。水車。畑を耕作する人びと。

この舞台で話を聞けば、どんな凶悪犯も自供……じゃない、心の軛をほぐして、悩み事を吐露できるんじゃないか。

しかも野外だから、施設もいらないし。経費はかからんなあ。

問題は、お金を取れないことだ(^^ゞ。だって、こちらも心がほぐれて、他人の悩みなんかドーデモよくなってしまうから。

2013/04/24

木の○壺

三重県大台町に行ってきた。旧宮川村と大杉谷辺りである。

紀伊半島の秘境扱いされている大台ヶ原の三重県側と行った方がわかりいいか。

そこで、いただいてきたのが、これ。

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丸太をくり抜いてつくった容器である。深さもそれくらい。

大きさは、直径がcm。

木の樹齢なら、50年生くらいのスギかなあ。


とくに意匠をこらした木工品ではない。


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中は、こんな具合。芯は抜いて、そこに栓をしてあるが、これはその気になれば、すぐ抜ける。

蓋はあってもなくてもよい。

製品としては、この地域でつくったものではないが、結構な値段がする。
これをつくるのは難しいのかね。旋盤で削るだけのようだが、乾燥で割れなくする工夫はいるのだろうか。

さて、これは何に使う容器でしょう。

お櫃? たしかに、使える。炊きたてのご飯を移すと木の香りがするだろう。

漬け物壺? 可能だが、木の香りや殺菌作用がどのように影響するかな。

ごみ箱にもなるが、ちょっともったいない。

が、本当の目的は、骨壺。お骨を納めるものである。ただし、お骨だけでなく、土と木の苗を入れる。つまり植木鉢だ。お骨を肥料に……という意味ではなく、そのまま山の中に埋める。

すると数年で木は朽ちて土にもどる。お骨を抱いた木の苗も育っていく……というものだ。

つまり、樹木葬的な扱いをするための骨壺なのである。

さて、これを使って何をするのかは、そのうち改めて紹介する日も来るかと思うが、とりあえず今夜は新しい発想の木工品として見てほしい。

お骨を入れるまでは、オヒツとして使うか(笑)。

2013/04/23

ドイツの小規模製材所は生き残ったのか

私がかねがね口にしている「量の林業と質の林業」。

林業を軌道に載せるには、木材需要に対して安定供給する量の林業は必要だが、同時に木材への愛着を高める高い品質の木材を供給する質の林業もなければ、代替素材のいっぱいある業界だけに林業は衰退する……という意味だ。ただ林業とはいうが、現実に量や質を左右するのは、製材加工の分野である。

そこで、よく例に上がるヨーロッパ、とくにドイツの製材業界。巨大な製材工場が多く量を供給しているが、実は小規模な製材所も数多くあって、そこが地元密着でニーズに応えたきめ細やかな質の高い製材を行っているという。ちゃんと、量と質の製材工場が棲み分けている……。

なぜ、ドイツは小規模製材所が生き残れて、日本ではバタバタ潰れているのか? どんな条件が違うのか?

そんな疑問を研究者にぶつけると、意外な答が返ってきた。

「ドイツに残っている小規模製材所の数は、日本よりずっと少ない」

あれ? ドイツの素材生産量は日本の3倍あるというのに、製材所の数は少ない? これが量の分野なら大型製材所があるからと言われて納得するが。質の分野は1工場当たりの生産量は小さいはずだから、数がないといかんだろう。結局、高品質材はわずかしかニーズがないのか。

質重視の小さな製材所は、日本は潰れてヨーロッパは生き残っているという決めつけ自体が間違っていたか。逆に言えば、ドイツは潰れるところは潰れて、今生き残っているのは工夫を凝らして頑張っているところだけということ? いや、もともと小規模製材所の数が少なかったから、狭いニーズの加工分野で生き残れたと考えるべきかもしれない。

日本は、経営能力の低いところが今潰れている最中。。。ということ? これから弱肉強食、もとい競争原理によって実力のある小規模製材所が残るのかなあ。ならば、製材所の倒産・廃業はあってしかるべき状況ということになる。

そもそも日本の製材所は、役物加工という特殊な技術で経営していた面があるから、役物が売れなくなったら、いきなり苦しくなった。その独特の木取り知識や製材技術を今風にアレンジして発展させればいいのだけど、以前のまま変化を好まない業者は生き残れんわなあ。

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スイスの製材所で見た、自動製材仕分け機

これがある製材所は、実は規模としては小さな方だった。

2013/04/22

奈良女子大のセミナー、なのに……。

先週かに告知した、奈良女子大学のキャリアセミナー。行って参りました。

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いきなり、セミナーのポスターが張ってあった。

その後もいたるところに見かけて、会場まで導いてくれる。

10分前くらいに会場の教室に着いた。まだスタッフ以外はほとんどいなかったが、時間とともに、入ってくる。

あれ? 男だ。次も男だ。ああ、次も……。

なぜか会場は男が席を埋めていくのであった。それも、全体に高齢の方々。たしかに一般OKのセミナーなのだが、仮にもここは女子大だぞ。

女性もたまに混じるが、一般の方が多い。肝心の女子大生は、一人、二人……と数えるほど。あれえ、大学院生向けの職業教育ではなかったのか?

今回は、一般社会に出る女性ポスドクが相手だから、学問的なことより「ものの見方」として、環境問題(とくに森林の視点から)を扱い、私としては研究現場と実際の社会との乖離なり、「常識」を疑う目を養ってもらおうと考えていた。しかし、社会人の男性が多いのでは……。

ターゲットをどこに絞ろうか迷いが生じたが、幸い遅れて女子大生もポツポツと増えてきて、結局は半分くらいにはなっただろうか。おかげで? 無事講演を終えた。

奈良女子大学は、こじんまりしているが、私はそのキャンパスが気に入っている。ときに鹿も歩いているし(~_~;)、若草山と大仏殿の屋根らしきものも見える。学内には、重要文化財の木造洋館の記念館とか登録文化財に指定された木造家屋もある。もちろん学生は女子大生ばかりだし……。

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なぜか、中庭にある八角形の蔀屋。



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こんなところでゴロゴロする大学生活送ってみたかったな。

いや、女子大でなくてもね。

2013/04/21

ゴルフ場の生物調査結果から

拙著『ゴルフ場は自然がいっぱい』を出版したのは、今から4年前になる。

その原稿アップ間際に、ゴルフ緑化促進会が実施した全国のゴルフ場における動植物調査の結果が入ってきたので、大慌てで一部記述を差し替えつつ、あらたな情報を取り込んだことを覚えている。

ところが、昨年にも第2回生きもの調査が行われたようだ。その結果がこのほど発表になった。

それによると、全国2336ゴルフ場にアンケートを行い、526箇所から回答が寄せられたようだ。(ゴルフ場総数が前回より100ぐらい減っている……。が、回答数は100以上増えた。)

結果は、動物も植物も、確認された種類は増えている。だが注目すべきは、絶滅危惧種だ。前回の調査では、植物16、動物26であった。

それが今回は、植物が24種、動物は42種にも増えているのである!

何も急にゴルフ場の環境が変わって生息が増えたのではなく、観察者の目が鋭くなって確認数が増えたのだろう。それにしても、である。

ゴルフ場内にこれほど絶滅を危惧されている生物がたくさん見つかったということは、もっと注目されてもいい。細かなデータが出たら、もう少し詳しく分析してみたいが、いまや絶滅危惧種のゆりかごになっているかもしれない。

そもそも全国のゴルフ場総面積は、約27万ヘクタールだが、うち非プレーエリアは12万6000ヘクタール(46・6%)。そのほとんどは残置森林など樹林帯だろう。
私は、ほかにラフのエリアの一部バッファーゾーンにも草地生態系が機能していると感じているから、動植物の生息環境を維持できる面積は、もう少し多く見積もってもよいのでは、と思っている。

いずれにしても、これだけの面積は、隔離された里山環境?みたいなものであり、独特の生態系が形作られている可能性がある。

約13万ヘクタールとすれば、日本の自然林面積の0・86%くらいにはなる。里山エリアを約800万ヘクタールと見込めば、1・6%か。これは、決して少ないとは言えないだろう。

しかも、それらの多くは戦後に作られたわけだから、日本の植生の変化にゴルフ場が関わった意味を再び考察してみる価値はあるかも。

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2013/04/20

ウェアーハウザー社の社有林

赤井龍男先生に見せていただいた写真第2弾。

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これは、アメリカのウェアーハウザー社の社有林。ウェアーハウザーとは、アメリカ最大の林業コンプレックスだ。森林所有と林業だけでなく、製材、そして建材、家具、製紙に至るまで木材に関する事業をなんでも手がける業者である。

それはともかく、アメリカの林業と聞くと、大陸だから大雑把?とか、今も豊富な天然林の巨木(オールドグロス)を伐採しているから、あまり育成林業に熱心ではないのでは?とか、いろいろ連想が働く。事実、アメリカでは植林こそするが、その後下刈りとか枝打ちなどはしないそうだ。

が、この写真の人工林は、ちゃんと間伐や枝打ちをしている

なぜか。ここの木は日本向けに育てているからだそうだ。日本人は節のある木材を嫌がる。そこでしっかり手入れしているのである。

ちゃんと森づくりの段階から、その木の行く末を見ているのだ。そして、顧客の求める品質に近づける努力をしているらしい。

そういや、北欧の製材所も日本向きには別仕様の製材やってるって聞いたなあ。みんな自分たちの商品は、どこの誰が使うか゛何を求めているか調べて努力しているのではないか。

日本の林家は、誰がどんな品質の木を欲しがっているか、なんて情報はほとんど持っていない。知ろうともしない。当然、目標が定まらなければ品質も決められない。

それどころか、伐期さえちゃんと定めた経営戦略を持つ林家は極めて少ないだろう。使い道も合板用何%、建材用何%……と目標を定めた森づくりをしていると聞いたことはない。

目標林形という言葉があるが、日本の森のグランドデザインを考える前に、まず所有者が自分の森林をどうしたいのか目標や理念を掲げないと、なあ。

これは、アメリカに適わない。もう一度、戦争をやったら負けるな(~_~;)。

2013/04/19

時間をかけろ!

林学者の赤井龍男先生を訪ねてきた。

そのカクシャクぶりはお年を感じさせなかったが、そこで受けた教え……いや研究成果は圧巻であった。

主に施業技術の変遷や、欧米の林学事情。そして木曾で50年にもおよぶ天然更新の実験である。加えて全国各地、さらに世界各国の林業地を視察した内容が詰まっている。

ここで、それらを紹介する余裕はないが、すべてを通して感じたことがある。

それは……森には、時間をかけろ! ということだ。

森には森の時間がある。そこに人間が介入するのが林業だとしても、おのずから節度が必要であり、何よりも森の時間、樹木の時間に寄り添わなくてはならない。

天然更新では、伐採跡地に稚樹の芽が出てきても、2年目3年目に枯れることもある。それをもって、「日本では天然更新はムリ」と決めつけたり、あるいは逆に数年間育ったのを見て、「もう放置して大丈夫」と考えると間違う。

実は4年目に確実に育つ芽があり、数年で草の丈を越える生長をみせることもある。

せっかく稚樹が育っても、再び繁茂してきた笹が被圧することもあるから、そこは除草剤などの助けを借りることも重要だ。

そうした判断をするには、やはり時間をかけねばならない。

そうした森の時間に寄り添った人材がいなければならない。

2年や3年で転勤してしまうのでは、とても森を見る目は養えないし、そんな短期間で「成果」を求めると、ろくな結果を生まない。

森づくりは時間をかけて、初めて善し悪しがわかる。

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これは、兵庫県宍粟市の天然林。

なかなか見事な針広混交林である。秋だから、紅葉もう美しい。

 

当然、人の手を入れずに成立している。


   

そして、こちらは同じ宍粟市の森。

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なんだ、よく似た混交林ではないか。

でも、決定的に違うのは、こちらはスギの造林地であること。

ただし、放棄地。いわゆる「不成績造林地」である。重要なのは、スギも育っていること。広葉樹に混ざって、それなりの本数が育ち、収穫に耐える。

もしかしたら放棄地でも美しい森づくりができるかもしれない。

ついでに、もう一つ。
この山も、美しい混交林である。

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ただし、広葉樹の多くがケヤキだという。

つまりスギとケヤキの混交林。

これって、うまくすれば材価もかなり見込めるんじゃない?

とはいえ、こうした森づくりをするには、もっとも重要なことがある。それは、また改めて。(~_~;)


※ちなみに、写真は皆、赤井先生からお借りしたもの。

2013/04/18

春日大社の杜に見る金網との攻防

昨日に続いて、春日大社の杜で見かけたもの。

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わかるかな?

木は、シイの類と思うのだが、この幹にある文様はなんだ?

何か、金網ぽく感じるが。

ほかにも幹に金網を巻いた木は見かける。

それは鹿が樹肌をかじらないようにするためなんだろう。だが……。

アップしてみると、

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うわっ、見なきゃよかった。

なんか、背中が、ゾクゾクする。

金網は外したものの、食い込んだ跡は残ってしまったか。

この杜の樹木は、鹿と戦うだけではダメなんだね……。

2013/04/17

春日大社の杜に見るシカとの攻防

所用で訪れた春日大社。

その鎮守の森(杜)は、なかなか特徴的だった。

こんな一角がある。

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春日大社は、説明するまでもなく世界遺産に指定された古社で、広大な杜を持つ。そもそも春日山全体が春日大社の神域なのだ。

そんな林内でも、参道近くの各所に、金網で囲ったところがある。

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近づけば、金網内は照葉樹の稚樹がこんもりと育っている。

しかし、外側はすっきりした林床。

おそらく、鹿対策なのか、実験をしているのだろうか。

なんたって奈良公園。鹿を排除することはできない。神の鹿だもの。

でも、食べ過ぎ。林床に何もなくなってしまう。

こんな木々もある。

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大木だが、こんなに枝が広がったのは、やはり鹿に食べられたからだろうなあ。

かなりの大木が多いが、逆に稚樹は少ない。つまり少子高齢化の進んだ森なのだ。

実は、春日大社の杜は、危機的である。本来のシイ、カシなどの照葉樹は軒並み鹿に食べられて大木しか残っていない。ドングリも食べられるから、新たに芽吹くこともない。

そして鹿が好まないアセビとナギが目立つ。ナギの純林?なんて珍しい。だが、これも生態系を破壊していると言えるだろうな。

2013/04/16

草食系林業家の「そこそこの思想」

全林協の本を読んでいたら、大分県の後藤國利氏が登場していた。大分県の県議や臼杵市の市長を務めた林業家である。

実は、来月出席するシンポジウムで一緒に講演する予定で゛お会いすることができそうだ。

この人の発言で気に入っているのは、「草食系持続的森林経営」という言葉を使っていること。対語として「肉食系」「雑食系」の林業もある。

ようするに肉食系はダイナミックに高生産効率な林業。いわゆる機械化林業などのことだ。利益は大きいが、餌を食べ尽くす心配がある。一方で「草食性」は効率は低くても、細く長く持続する林業を指す。「雑食系」は、その折衷型かな。

実は、私も著作で「草食系林業家」という言葉を使ったことがある。もちろんシャレだが、機械化でダイナミックな施業より、昔ながらの山仕事を好む林業従事者のこと。主にIターンの人に目立つ。

多少意味の違いはあるが、イメージしている姿は近いのではないかと思う。

ただ草食系がおとなしいというのではない。むしろ長期的視点が求められるし、当面の仕事は低効率できつくて儲からないから、覚悟がいる。それでも、この方法を選ぶのは、一種のライフスタイルであり、「稼ぎ」を「生業」に近づけようという試みの一つかもしれない。

「林業という山仕事」を暮らしの中に溶け込ませるには、どこかに自制心が必要だ。かっこよく漢語を使えば「中庸の精神」だろうか。

もともとは論語の一節だとされるが、『中庸』の書は漢学四書の一つにもなっている。が、アリストテレスの倫理学の訳語としても登場するし、仏教の「中道」にも近いように思える。だから、林業で採用するのは、人徳と教養を求められるのだよ(⌒ー⌒)。

ついでに言えば、ドラッカーの求める「真摯さのあるマネジメント」にも通じる気がする。いよいよ難しくしたか。

もっとも、私は「そこそこの思想」と呼んでいる。

そこそこ頑張って、そこそこ利益を上げて、そこそこ楽しもうよ。それが楽だよ~。これなら、簡単でしょ。

2013/04/15

八重の桜見

今夜は、大坂城公園で゛花見の宴。

と言っても、ソメイヨシノはほぼ散って、わずかにしだれ桜やヤエザクラが残るだけ。おかげで、いつもは花見の宴で賑やかな園内をほぼ独占状態であった。

ともあれ、八重の桜の花見は例年の恒例行事なのだ。

とくに今年は、バイオリニストとギターによるフォルクローレおよびサンバ、タンゴなどのラテンミュージックの演奏付き。いやあ、10人ほどの観客に、生演奏なのだから贅沢な会であった。

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結構、泣けるんだよ。

超絶技巧のギターとバイオリンだから。





もちろん、八重の桜と土倉庄三郎の由来を私も語ったけどね。

2013/04/14

生業と稼ぎ

以前、内山節氏の著作で、山村には暮らしの仕事~生業~と、稼ぎの仕事~収益を上げる経済活動~がある、というようなことを書いていたことを記憶している。(正確にはどうだったか……。)

日々の集落の生活を送るための仕事は、利益よりも必要性で、地域の草刈りだったり水路掃除だったり。一方で稼ぎは自給できないものを購入する資金を得るためだ。

この両立の難しさは、彼の当時の本にも書いてあったが、最近の内山氏の言動を見聞きしていると、なにやら絶望を感じていらっしゃるように感じた。グローパリズムを持ち出すまでもなく、「稼ぎ」経済の肥大化と、「生業」の縮小化が進んでいるのだ。それが山村の疲弊につながる。厭世的にもなるだろう。

そんな大命題まで切り込むつもりはないが、山の現場からの目で「生業」と「稼ぎ」を見つつ、自問自答してみたい。

昨今、日本の林業の危機が訴えられ、それが日本の森林の危機にまで高められた感がある。だからこそ、森林・林業再生プランと名打った政策も登場したわけだ。

その中身を見ると、日本の林業は生産性が低く経営になっていないことを指摘する一方で、人工林は間伐が遅れて荒れ放題だと嘆く。だから、間伐などを推進するとともに、その材を出して量を確保し安定供給を実現する。経営が成り立つよう生産性を高め低コストを追求する……という方向性が生まれた。これによって、林業は盛んになり、森林も健全に再生するというわけだ。

ふと気づいたのは、この政策に「林業」と」森林」の文字はあるが、「山村」という文字はないことである。

なるほど、木材の安定供給を実現すれば、製材業界や建築業界はビジネスとして国産材を扱える。素材生産業も、大量に伐採する仕事は発生し、雇用を維持できる。
(本当は高価な林業機械を導入したら確実にコスト割れで採算は合わないのだが、そこは補助金で賄う。搬出費も補助金で賄う……おかげで赤字にはならない。もっとも燃料費・メンテナンス費も莫大だから、これが隠れた問題だろう。また赤字にならないから、市場でだぶついても伐採搬出が続く。そして材価を下げる。)

そして、間伐が進めば、森林も健全になるはず。
(間伐の仕方次第では山は荒れるだろうし、機械化も土壌を破壊する問題を抱える。ただ原則的には、人の手が入らなかった人工林の整備を進めたことになり、二酸化炭素削減など地球環境問題にまで貢献したと言える。)

つまり、この政策は「林業」を活性化し、「森林」の健全化を推進したことになる。

だが、「山村」はどこに行った?

材価の下落で山主の手に金がほとんど残らない。再造林意欲も落ちる。肝心の搬出した木材も、地元の製材所ではなく大規模製材工場や合板工場に回るから、山村経済には貢献せず疲弊する……。

結局、環境にちょこっと貢献し、業界の「稼ぎ」も生まれたが、山村の「生業」はなくなっていく方向がかいまみえる。

森林を健全にすることばかりを強調しすぎたのかもしれない。その方が、世間一般、国民受けはいい。あるいは林業の再生を取り上げすぎたのかもしれない。業界で働く人向けへのメッセージになる。が、山村地域に暮らしている人々の生活への関心は弱かったのではないか?

森林・林業の再生を地域の生業を維持することにはつなげられなかった。森林環境問題、あるいは産業振興問題として取り組んだため、山村社会を置き去りにしたのか?

それが「林業栄えて、山村滅ぶ」事態を進行させたのだろうか……。

(まだまだ自問自答中)

2013/04/13

毎日新聞「土倉本」記事

迷ったが、やはり紹介しておこう。

昨日12日の毎日新聞朝刊に、拙著『森と近代日本を動かした男 山林王・土倉庄三郎の生涯』の著者として紹介された。

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よく書けていますm(._.)m。



顔写真も、目伏せしたり、大仏とか、熊とか、鹿のカブリモノをしないで載せてしまう。

 

考えてみれば、毎日新聞の前身の一つは「大阪日報」である。

そして大阪日報の前身は、日本立憲政党新聞。この新聞は、土倉庄三郎が資金を支援して作られた新聞なのだ。4分の1くらいの資金を出しているから、いわば筆頭株主である。
またほかの吉野の山主も出資している。この時代の言論をリードしていたのは、林業界かもしれない。

 

もっとも、この新聞も元は大阪日報という。なかなかややこしい関係なのだが、発行が行き詰まっていた日報を自由党が買収し機関紙としたのである。

ただし、日報も名前だけ残しておいた。

なぜなら政府から発行停止を食らう可能性があったからだ。

結果的に、立憲政党新聞も、すぐに発行停止となる。そこで日報を出して、またもや発行が止められ……当時の言論弾圧と、それに抗した言論人の心意気を感じる。

それはともかく、この大阪日報が後に大阪毎日新聞となり、東京日々新聞と合併して現在の毎日新聞へとなるわけだ。

ちなみに大阪日報から分裂して大阪新報なども生まれている。そして新報から独立した津田貞が朝日新聞を創業している。この時代は、自由民権運動とともに新聞発行の揺籃期だったわけだ。

ちょっと脱線したが、庄三郎の心意気の里帰り(^o^)かな。

2013/04/12

木装の砂防ダム

近頃、家から散歩に出ると、同じようなルートばかりになって変化がなくなったので、車で少し出てから歩くことにしている。とくに大阪側に入ると、未知のルートがいっぱい(^o^)。

生駒山は、各地の自治体がいろいろな「自然ふれあい施設」を作っているから、その中でも人気のなさそうな(^^;)ものを選ぶ。基本、賑やかなところを散歩するのは苦手なのだ。

今回も、最初は人気がなかった。が、やはり季節なのか、池で釣りする人やハイカーが出没しだした。

私は、前方に人影を見ると、可能な限り脇道にそれる。道がなくても藪に分け入ってしまう。ただ奈良側ほど地形に詳しくないから、下手にそれたら危険だ。

今回も、わりとしっかりした道を選んでそれた。

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池の端に道が伸びていた。これなら池を一周するだけだ。前にいたハイカーと交わらない。

が、一周したところ、また人の気配が。

つい、別の道にそれる。

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なんか、やっかいな道になってきた。急斜面をトラバースしていかねばならん。もう踏み分け跡だよ。

でも、この程度であきらめるほど、ヤワじゃない。

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おいおい、倒木かよ。これをくぐって進む。すると、また倒木……。

なんて道だ。いや、もう道なのだろうか。。。

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完全に笹に覆われてしまった。

でも、まだ進めるよ。これくらいでは「遭難」なんて言わない。

こうなりゃ、意地。進む。撤退の文字はないのだ。遭難でもない。





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おっ、前方に不思議な砂防ダムが。

なんか、怪しい。川筋を進んで近づく。

これって、木造じゃないか。小径木ログに覆われている。




木造ダムは開発されたが、やはり木材だと長持ちしないので滅多に見かけない。こんなところにあるとは。

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近づくと、木造ではなく、コンクリート製ながら、表面にログを張り付けた木装仕立てであることがわかった。

なるほど、これなら何年ごとかに造り直す必要はないだろうし、景観上はかなり自然に溶け込める。折衷型である。

こんな工法も生まれていたのか。

そうか、今回の道をそれたのは、このダムに出会うためだったのだな。決して遭難ではないことを証明している。

……が、ここで道は途絶えた。だが、近くに道路があるらしく車の走る音。

ならば、とブッシュの斜面をかき分け登ることにした。
なに、これくらい。慣れたもんだ。ほんの一息……。

やっと、道路端にたどり着いたぜ。

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な、なんで、柵があるんだよ……。

2013/04/11

酒席で考えた

先日会った、元林野庁の職員だったという人。

「なぜ、辞めたんですか」と聞くと、こんな答。

私、優秀だったんですよ~」。

もちろん、お酒入ってます(笑)。で、優秀で、案件をバリバリこなして、業者もみんなかしずくようになって……。

それで、人に頭下げなくなったから」。

わかったような、わからない理由だ(^^;)。

ただ、私も他人に以前勤めていた会社を辞めた理由を聞かれると、同じようなことを口にしていた。

私は優秀でねえ、将来の編集長候補だったんだ

(^^;)(^^;)(^^;)。

部下はいたりいなかったりだが、フリーのライターやらカメラマン、イラストレーターを数十人動かして、週に何十本もの原稿を入れて紙面づくりを行い……。たしかにバリバリやってはいただろうな。会社には朝7時前に行って、帰りは午前様だったりしていたし。会社に、よく泊まっていた。

だから、私が会社を辞めたから日本経済のバブルがハジケタと豪語していた(20年前)。

まあ、酒の席の話ではあるが、バリバリやっていた最中に、ふと糸を切りたくなる時があるものだ。(切れるんじゃなく、自分で切りたくなるのだよ。)

それが正解かどうかはわからない。たいてい失敗だったりする。

まあ、頭を下げなくなった自分が正常だと思ってそのまま勤めて出世コースに乗る人生より、すっぱり第2の人生切り開く覚悟を持つ方がマトモかもしれない。

それに「現在の成功の中に将来の失敗の種がある」というからね。今までの成功体験に溺れていると、時代の流れを見誤る。それは林業界全体、いやアベノミクスに踊る日本経済そのものも同じかもしれない。昔の木材バブルを夢見たり、高度成長よもう一度とこれまで通りの内容を拡大した量の経済を目指したり。

未知の領域への質的転換は怖い。とりあえず安定した今の地位を捨て去る覚悟もいる。

 


で、こんなこと書くのは、今夜もお酒飲んでるから(^^;)。

同席したのは、某林業家。

彼の言うには、今年も材価は下がる一方。来年以降は消費税がアップして住宅も建たなくなるし、目端の利く業者は必要な木材はもう手当て済。需要が伸びる要素はない。だから素材生産は休止すると。次のステージを今から準備しなければ未来はない。

商売換えしよっかな、ということだった。

まあ、今に安住しては「私は優秀だった」と吠えるのと同じだし、「将来の失敗の種」を育てるだけかもしれない。私も、昔の自慢話はするかもしれないけれど(^^;)、それは酒の上で興が乗ったときだけにして、失敗しそうな火中の栗を拾って、あえて邁進するのだ。

……これも酔いが覚めたら、忘れているかなあ。。。。

2013/04/10

奈良女子大のキャリアセミナー

恥ずかしながら、告知。

再来週22日に、奈良女子大で講師を務めることに。女子大ですぞ、女子大、と色めき立った……わけではないが、一般OKということなので。

テーマ :人と森を巡る「常識の嘘」を検証する

日時  :平成25年4月22日(月)14:40~16:10

場所  :E218-1(E棟2階)

ただし、基本は「博士課程の大学院生(ポストドクター)を対象に、社会で活躍するための実践的講義などのプログラムによって付加価値を高め、企業や団体へのインターンシップを通して、研究活動で培った問題解決能力などを多様な業務で活かせる職業人に養成する」のが目的へのキャリアセミナーである。

いよいよ、わからないか(笑)。実は私も、何を話すべきか考え込んでおる。ネタはいくらでもあるのだが、どう整理したらポスドクの皆さんに役立つことを伝えられるか。

まあ、研究対象とは違う一般教養を身につけようというのが目的だから、奇をてらわず、森林を中心とした環境問題の奥深さを感じてもらいたい。ついでに奈良の歴史と林業などの産業にも目を配り、また地球環境問題に思いを馳せ、ワールドワイドでグローバルな意識を醸成し……ああ、またわけのわからんことになりそうだ(泣)。

なんとか来週中には、形をつくろう。詳しいことは、以下のサイトへ。

http://cdpd.nara-wu.ac.jp/?p=512

考えたら、奈良女子大は、奈良で開かれるシンポジウムやセミナーの会場になることが多く、私も何かと訪ねている。そこで語れるんだから、光栄なことだね。

2013/04/09

木に竹を接ぐ

木に竹を接ぐ

こういえば、本来別々のものを無理やり合わせた、調和していない様を示すことわざである。まあ、あんまり良い意味に使わないだろう。

が、これを見てくれ。

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最初は???だった。

ヘンな木である。樹種はわからないが、落葉広葉樹のよう。

が、青く繁っているのば、どう見ても竹。

それも5本はある。結構太い。

樹木と竹が重なって見えているのではない。木の周囲を回っても、竹は地面から伸びていない。あきらかに樹木の木の又から棹を伸ばしている。

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これって?

ヤドリギのように、種子が樹木に着いて樹皮に根付いた……ということは起こるまい。

樹にウロが空いていて、外から竹の地下茎が延びてきて、ちょうどウロの中にタケノコが育って伸びたのか。そして木の又を突き破って出てきたとか。

残念ながら外側からは、ウロは見当たらなかった。

しかも周辺に竹林も見当たらず、地下茎はどこから伸びてきたのかわからない。

文字通り「木に竹を接」いだ状態。自然界は面白い(笑)。

もっとも、不可能を可能にしたようなたくましさも感じる。

いっそのこと、鳥居でも立てて、神秘の木として宣伝したら、今の時代、突破力が人気呼ぶかもなあ。

2013/04/08

林業って、ベンチャーキャピタルかもね

「林業には可能性があふれている。アイデア次第で、大きく弾けるビジネスモデルが生れるだろう」という意見がある。つまり林業はベンチャービジネスになる、というのだ。

いや、私も唱えてきたんだけどね(^o^)。不振、不振、助けてという叫びばかり響く業界だから、思わず元気づけたくて。

しかし、最近はちょっと変わってきた。代わりに、

林業は、ベンチャーキャピタルかもしれない」と思い出した。

ベンチャーキャピタルとは、ベンチャービジネスを始めようとする人々に資金を融通したり、人脈を紹介したり、ときに経営指導まで行う機関だ。そしてビジネスが成功した暁には、その利益を何らかの形で受け取る。

何も、林業界が生き馬の目を抜くITベンチャーやってる人を指導できると言いたいのではない。そりゃ、もしかしたらヒントを与えることができるかもしれないが、今回は別の話。

ベンチャービジネスの可能性は、なくもない。ただし、それは多くは木材加工とか利用面だろう。たとえば木材から抽出するリグニンの利用とか、画期的な合板、集成材、ボードなどの発明はそうかもしれない。素晴らしいデザインで売れる木工品を作ることもあり得る。あるいは林床で高値の薬草栽培をするとか、肩こりに効く森林マッサージを生み出して評判になるとか、森林瞑想を行う宗教を旗揚げするとか。。。

だが、樹木を育てる仕事としての林業は、そう簡単に変われない。新しい取組も採用するのに限界がある。結果が出るまでに時間がかかるためだ。よほど大面積の山主なら、各所で多様な技術や取組を試すことが可能になるが。。。

一方、ベンチャーキャピタルとは、新しいヒジネスの芽を見つけては投資することだろう。
だがベンチャーだけあってリスクも大きく、必ずしも報われない。たまたま聞いた話なので正確かどうか知らないが、10のベンチャービジネスに投資しても、ほとんど赤字で投資した資金は大半が返って来ないそうだ。トントンで投資額が返ってくるのも2つか3つ。しかし1つのベンチャーが大成功してくれると、巨大な利益を生み出す。当然、配当として利益の多くを受け取れる。10のビジネスに出資して負った損を取り返してあまりある収益となるのだ。

ベンチャーキャピタルは、リスクを背負って一発当たるビジネスを待つ。

林業界も、時間をかけて木を育て森を成立させ、いつか充分な見返りを得るチャンスを待っているのではないか。木や森というキャピタル(資本)を膨らませ、それをうまく使う機会を温め、いつか花咲くチャンスを待つビジネスなのさ(笑)。

だから、森を立派に育てながら、それらをどこに投資するか目利きしなければならない。何十年もかけて育てた「キャピタル」を安値のチップにして紙にするか燃やす業者に手渡したら、投資額はもどってこない。逆によいメーカーと組めば、高値の家や家具になる。配当も大きい。この当たるベンチャー的な投資先を探すのが、今の林業界の課題だ。

もっとも、現在の林業家は、リスクを背負うのを嫌がるし、時間をかける覚悟も弱いし、かかといって大面積山主はごくわずかだし。。。石橋たたきのフツーのキャピタルになって安全パイの国債ばかり購入している金融機関みたい(^^;)。
でも、国債が暴落することもあるのだよ。アベノミクスが失敗したら大暴落するだろうね。

2013/04/07

今年もタケノコは…

毎年、この季節になると気になるのはタケノコである。

生駒山のうちの持ち山に侵入しているモウソウチク。このままでは雑木林が竹林になってしまう…と憎きタケノコ退治を続けているが、そろそろ出具合を偵察に(例年だと、4月下旬が最盛期)。

が、案の定であった。

久々の山は、こんな状態。

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穴だらけなのだ。

これは、イノシシがタケノコを掘った跡である。

そう、イノシシは地上に出ていないタケノコを臭いで見つけ、掘り返して食べてしまうのである。

2年前、震災の年も、これでタケノコは全滅した。

今年もやられたか…。

今年も美味しいタケノコを食べられないのか。

悔しい。

え? 憎きタケノコではなかったのかって?

いや、まあ、その、そうした要素もありましたね。(^^ゞ

イノシシがタケノコを食べてしまったら、竹が生えなくなって、雑木林を守れるって?

ああ、そうとも考えられますね(棒読み)。

2013/04/06

木材利用ポイント事業って……

木材ポイント事業が始まった。

実は、あんまりこの事業に関しては、興味が湧かない。

いや、別に国産材に限っていないとか、どうやって合法かどうかトレーサビリティを保つのかとか、国交省や外務省が足を引っ張っているとか、そんなことはどうでもよい。

それぞれ国産材だけにしたらWTOの自由貿易違反になる、トレーサビリティとは性善説で成り立っている(^^;)、外材によるツーバイフォー構法のハウスメーカーの立場……など、いろいろ事情があるのだろう。

私が興味を感じないのは、結局はポイントという形の値引きだからだ。ようは安くするから木材(できれば国産材)を使ってくれということになる。なんだかなあ、という気分になるのだ。

木造だからよいものができるとか、木を好きになってもらおうとか、そういう発展性を感じないんだなあ。

そしてポイント事業が終了したら、元の木阿弥。そもそもポイント目当てに買う人は、もともと木造の家や家具を買うつもりだった人で、その先食いなのかもしれない。

すでにエコポイント事業でも、家電の先食いになって、事業終了後にガクンと消費が落ち込んだことを思い出す。

安くなるのはいい。でも、税金使って安くなってもね。。。業者の自主努力で価格を下げてくれよ。。。

2013/04/05

枝打ち? 剪定?

生駒の街の巨大マンション群の真ん中にあった公園で見かけた木。

1


???  最初見たときは、よくわからなかった。

枯れているのか。

ようするに、すべての枝を落としているのだが、これが強度の枝打ち……のわけはなく、庭園の木の剪定……のわけでもないだろ。

このまま放置したら、枯れるだろうねえ。

しかし、切り倒したいのなら、そのまま根元から伐ればいいはず。周りに危険なものはなく、充分な空間がある。

そもそも、どうやって梢まで落としたのか。クレーン車でも使ったのかねえ。

ちなみに樹肌を見ると、どうもヒノキっぽいんだよなあ。

時にわけのわからない公園管理の仕方がある。

2013/04/04

昔の投稿記事

今は、発表舞台がなければ自分でネットに配信するという手がある。このブログなんて最たるものだろう。

たまに、「なぜ無料のブログであんなに書くんですか」という質問があるが、答えは簡単。発表舞台がほかにないからである(⌒~⌒ι)とほほ...。
現在は、森林や林業のことを書かせてくれる媒体が極端に少なくなっている。環境問題の論議は盛んだが、実は環境関連の記事は売れないのだよ。だから環境雑誌は、すぐつぶれる。だから総合誌など別のテーマが主体の雑誌の一部に載るのが関の山。

ましてや森林とか林業なんて、もっと狭い分野だ。論文誌や業界誌をのぞけば、発表舞台は極めて少ないのだよ。

……というような愚痴を書きたいのではなく、たまたま整理して廃棄処分にしかけた雑誌に、私の書いた記事を発見したのである。18年前の「科学朝日だ。

日本の科学雑誌の草分けであり、たしか100年近い歴史のある「科学朝日」だが、その後「サイアス」に誌名を変えて頑張ったものの廃刊となった。私は、「サイアス」時代は常連執筆者の一人だったが、「科学朝日」時代は書いていないはず。

そう。この記事は投稿したのだった。

Dsc_0436


コラム欄に載ったのであった。

この頃から、シカ問題は深刻だったのだなあ。

たしか、別の取材で大台ヶ原を歩いた時の経験を元にしたはずだ。取材の記事はしっかり書いたが、そこに収まりきれない話題をどこかに記したくなった。

書きたくても書かせてくれる媒体がないというのは、結構深刻なジレンマなのだが、それを投稿という非常手段?で発表したわけである。

なかなか読ませる名文ではないか(^^;)\(-_-メ;)。

せっかくだから、この記事だけ切り取って保管しておくことにしたよ。

2013/04/03

ホームセンターのFSC製品

ホームセンターで見かけた木工商品。

1


「けんこう台」というのだそうだ。

ようは、この台に登ったり降りたり、という運動を繰り返すことで健康になろうという小道具、もといアイデア商品である。

ちなみに高さは3種類ほどあるようだ。

価格は、2990円。う~ん。ギリギリの線だな。ちと高いが、買えないことはない。ようは、これを使って健康になろうと思うかどうか。

ところで、よく見てほしい。この台の上にある焼き印ロゴマークは……。

2


そう、FSCである。森林管理協議会の森林認証だ。

合法的で、環境に配慮して生産・流通させていることの証明となる。

この材は、FSC認証を受けた森林から出たものらしい。

当然、メーカーもCoC認証(FSC製品の流通を証明するもの)を取っていることになる。

では、どこの材だ? まさかFSCと言っても外材じゃないだろうな……。世間のFSC商品は、多くが外材製。この材は、どうやらスギっぽいが……。

3


シールのアップ。

この下の製造メーカーを見てほしい。

なんと、福島県本宮市の光大産業であった。

ということは、材も福島のFSC森林からか???
シールの上の方のロゴマークに、FSC材100%と書かれてあるが……。

調べてみると、福島県内で森林認証を取っている森は、磐城造林だけであった。

正確には「国産材」と書いているから、全部磐城造林の木を使っているとは限らないが、しっかり頑張っているではないか。

2013/04/02

ビジネス森林セラピー?

日経ビジネスオンライン(最近、ネタ元になりつつあるな。。。)に、河野透・NPO法人森林セラピーソサエティ事務局長のインタビューを載せている。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20130327/245705/?mlp

私も肩書に惹かれて読んでみたが、前編は前職のソニーの時代の話ばかり。カリスマ的な経営者、大賀典雄氏に仕えてストレスいっぱいだった話題である(笑)。

で、今回の後編で、ようやく森林セラピーの話が出てきた。

紹介している山梨県のケースでは、結構あけすけに余剰施設の活用を謳っているが、自慢が無線LAN(笑)。

ようするに、森の中でも情報は得られるようにしたから仕事しようね、ということ\(^o^)/。

そして、情報と切り離されることがストレスなんだと。だから提案するのも「ビジネス森林セラピー」なのである。と言っても内容は、たいしたことない。

セラピー基地で一定時間は仕事もする。が、終わると周りの森林環境でリラックスするというメニューだ。ようするに1日の中に仕事の時間と森の中の時間を混ぜるわけである。

これって、リラックスする(森の中の時間)のは短くてよい、仕事を忘れて何日も療養する必要がないということ? セラピーというより仕事場環境の提供である。

もはや森林療法どころか森林セラピーの精神からも離れているのが面白い。しかも河野さんは、森に行くよりニューヨークの雑踏が好きだというのである。

こういう人は、基本的に仕事でストレスを感じない人なのだろう。むしろ仕事が好き。休むと疲れる(^^;)。だから森林セラピーソサエティの事務局長も、仕事の一環なのだろう。実際に森林療法が必要な人の存在が見えないか、あるいは事業から遮断している。鬱症状な人を、こんなセラピーに受け入れることはできないだろう。

おそらく、これはセラピーではなく、森林オフィスの発想だ。

山村に、完全なIT網を作って、都会の中と変わらない状況で仕事をこなす発想は、これまでもよく出た。実際に導入した会社もある。私も取材した。

まあ、本当は職場に限らず、衣食住まで含めた生活環境が必要となってしまうのだが、1週間程度の出張サテライトオフィスの感覚なら、よいかもしれない。

2013/04/01

「林業は儲からない」が基本

「林業の振興」が唱えられるとき、その背景には、「かつての林業は儲かった」という意味を言外に含んでいるように感じる。たしかに現在の林家の経済的苦労とは真反対で、かつては「山主」と聞けば、「財産家」「お金持ち」のイメージが強かった。

本当に国を左右するほどの大金持ちもいた。土倉庄三郎はその代表格だが、ほかにも山林で得た莫大な財産を元に、地域の振興や文化・教育事業に取り組んだ大山主は数多くいる。
また戦後は、「吉野ダラー」と呼ばれた山林から得た資金を証券市場に投じて株価を左右する仕手戦を展開する山主がいたのも事実だ。

しかし、本当に林業は、そして山主は、適切な経営をすれば儲かるものだろうか。

むしろ、ほとんどの時代、林業は儲からなかったと考える方が理解しやすいのではないか。

そもそも大半の山主の所有する山林面積は、非常に狭い。今でも林家の9割近くが5ヘクタール以下しか山林を持たない。いくつもの山を持つ大山主はごくわずかなのである。そんな山主が、木を売って儲けた時期があったかどうか怪しい。現金収入を木材から得る割合は低かったはずだ。
山の木は日常的な商品ではなかった。山は、日々の燃料として薪を採取したり、山菜などを収穫したり、農地に入れる堆肥用の落ち葉や枝葉を得る場だった。木の利用は、せいぜい自分たちの家を建てたり木の道具を作る程度だった。

また非常時に備える意味もあった。災害や特別な出費を強いられる際に、山の木を伐ったのである。木材で金を得るのは、非日常のことだったと言えるだろう。その意味で、日本のほとんどの山村に、林業は成立していなかった。安定的な産業としての林業も幻かもしれない。

ただ木材は、時折高騰する商品でもある。だから資金に余裕のある時に山林を購入しておき、価格が上がるのを待てば、大きな利益が得られる。しかも、伐らなければ放置しても太り続ける。勝手に資産が増えるのだ。

……この時期だけを見て、今と比べるから「再び林業で豊かになろう」という夢を描いてしまうのである。

そういえば、過疎の認定には、1960年の人口と現在の人口を比べて、何%減ったかという基準がある。しかし1960年前後は、戦後もっとも山村人口が膨らんだ時期である。戦中の疎開者がいて、林業が好景気で、むしろ山村は過密だったのだ。その時と比べたら、どんな山村でも人口減になる。

これと同じ過ちを、林業自体でもやっていないか。

林業は儲からない。これをテーゼとして考えるべきではないか。

ただし、何十年か一度の木材バブル(木材需要の肥大時期)に備えることで、これまでの損を取り返すほど儲かることもある。その時まで技術と人材を温存すれば……。

つまり、山林は長く所有し続け、林業も長く経営し続けないと、総収支は黒字にならないのかもしれない。

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