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2013/04/01

「林業は儲からない」が基本

「林業の振興」が唱えられるとき、その背景には、「かつての林業は儲かった」という意味を言外に含んでいるように感じる。たしかに現在の林家の経済的苦労とは真反対で、かつては「山主」と聞けば、「財産家」「お金持ち」のイメージが強かった。

本当に国を左右するほどの大金持ちもいた。土倉庄三郎はその代表格だが、ほかにも山林で得た莫大な財産を元に、地域の振興や文化・教育事業に取り組んだ大山主は数多くいる。
また戦後は、「吉野ダラー」と呼ばれた山林から得た資金を証券市場に投じて株価を左右する仕手戦を展開する山主がいたのも事実だ。

しかし、本当に林業は、そして山主は、適切な経営をすれば儲かるものだろうか。

むしろ、ほとんどの時代、林業は儲からなかったと考える方が理解しやすいのではないか。

そもそも大半の山主の所有する山林面積は、非常に狭い。今でも林家の9割近くが5ヘクタール以下しか山林を持たない。いくつもの山を持つ大山主はごくわずかなのである。そんな山主が、木を売って儲けた時期があったかどうか怪しい。現金収入を木材から得る割合は低かったはずだ。
山の木は日常的な商品ではなかった。山は、日々の燃料として薪を採取したり、山菜などを収穫したり、農地に入れる堆肥用の落ち葉や枝葉を得る場だった。木の利用は、せいぜい自分たちの家を建てたり木の道具を作る程度だった。

また非常時に備える意味もあった。災害や特別な出費を強いられる際に、山の木を伐ったのである。木材で金を得るのは、非日常のことだったと言えるだろう。その意味で、日本のほとんどの山村に、林業は成立していなかった。安定的な産業としての林業も幻かもしれない。

ただ木材は、時折高騰する商品でもある。だから資金に余裕のある時に山林を購入しておき、価格が上がるのを待てば、大きな利益が得られる。しかも、伐らなければ放置しても太り続ける。勝手に資産が増えるのだ。

……この時期だけを見て、今と比べるから「再び林業で豊かになろう」という夢を描いてしまうのである。

そういえば、過疎の認定には、1960年の人口と現在の人口を比べて、何%減ったかという基準がある。しかし1960年前後は、戦後もっとも山村人口が膨らんだ時期である。戦中の疎開者がいて、林業が好景気で、むしろ山村は過密だったのだ。その時と比べたら、どんな山村でも人口減になる。

これと同じ過ちを、林業自体でもやっていないか。

林業は儲からない。これをテーゼとして考えるべきではないか。

ただし、何十年か一度の木材バブル(木材需要の肥大時期)に備えることで、これまでの損を取り返すほど儲かることもある。その時まで技術と人材を温存すれば……。

つまり、山林は長く所有し続け、林業も長く経営し続けないと、総収支は黒字にならないのかもしれない。

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林業・林産業」カテゴリの記事

コメント

エネルギー自給の必要が無くなってきて居住地に近い林野も建材生産用針葉樹人工林に造林されるスピードもあがったということでしょうか。いずれにしても、山から何らかの収益(エネルギー自給、金銭、あと楽しみも含まれますが)がなければ山への関心は、そりゃ無くなっちゃいます。無くなっちゃっています。たとえ、臨時的な収益でも、もう全面的なエネルギー自給基地とはならないですから、特に経済的な価値を多少なりとも戻さないと。・・・・・・・。
建築材料生産というだけの視点ではなく、様々な価値を山に見出して、所有者もそれを自覚できるように持って行きたいと思っています。
でも、どうすりゃいいんだか、やれることからやっていくしかない状況です。

現在は経済的価値を失ってきたのが最大の難点ですが、もしかして数十年後にはデカい経済的価値が生まれるかもしれませんよ。
その日が来るまで山の維持(放置ではなく)をしてもらえるかどうかがポイントです。

そのためには、小さな臨時収入的価値を扶余するか、あるいは誇りを持たせる……たとえば手間隙かけている山主を褒めちぎるとか(^^;)。

田中様 まさに、市町村の林務職員に求められている事務の範疇だと思います。林業普及指導員や県の林務担当者の方は別の業務に忙殺されている状況だと思われますので・・・・。
でも、山主と話をしていると、激論になっちゃうんですよね。実際のところ。自分の代で終わりと、すでに決めてしまっている人も多いです。「では、どうするの。やるならいつか?今でしょ。」とトレンドネタを交えてお話をするのですが、なかなかうまく行かないです。
数十年先の期待感を以て山は造成されてきたわけですが、今時点の限界感が数十年先の期待感を保持できない状況。
そんな中でも、将来に期待を持って施業を進めている林家(自伐、委託を問わず)、それを請けている森林組合が数十年先を見据えて適正に施業をする、実行する現場を作ることが自分の仕事だと思っています。
それにしても、適正に整備されている山は(林分ですけど)、美しいですね。

森ジャーナリスト
田中 様
初の書き込みをさせていただきます。
本日の日本の森グランドデザインは・・・を拝読しまして感想を述べさせていただきます。エネルギー革命、木材輸入により日本の林業は採算悪化で山は荒れ放題が現状、緑税で間伐するが林道設置による開発等問題が多面的に出ています。その中で森再建のため、植樹、草刈、雪お越しなど私の時代では叶なわぬ夢ですが、動物の棲める森を目標に取り組んでいます。ボランティアの力には限界が有ります。行政、国を動かせる大きな力となって頂けるよう、期待しています。
頑張ってください。

「グランドデザイン」の話は、ヤフーニュースの記事ですね。
まあブログと内容は交差しているというか、同じです(笑)。たまにアチラに転載します。(今回は書き下ろし)

森づくりに悲壮感は似合いませんから、楽しくボランティアしてください。

小さい面積の山主を林業家に含める事は最初からおかしいです。1960代に林野庁が将来住宅が沢山必要に成るからと、小さな山主にまで人工林を植えさせた事が悲劇的な現在の山林をに成ってしまった主因です。安い外材が輸入されると、それら小さな山主は所有する山林に全く関わら無く成ってしまいました。それは、プレハブ住宅(アメリカナイズ)が進んだことと同義です。プレハブ住宅のパネルには太い木を使いませんし、細い木を組み合わせたパネルを工場生産で作り、工務店は現地で組み立てる仕事をメインにしました。即ち、ほとんどの工務店はプレハブ住宅メーカーの代理店化してしまい、本来の大工仕事のノウハウもも失っています。
しかし、真の林業家や純粋な日本建築をする工務店が全く無くなった訳では有りません。純日本建築の家は200年くらい持つのはざらです。建ててから100年後に強度が一番上がります。それと日本建築の良さは、柱や梁をばらして別の所で組み直すこともできます。また、建て増しが出来ます。元々の家に別の部屋の部分を付け足す事が可能です。
プレハブ住宅の場合、建てた時が一番強度が有り、35年もすれば寿命が来てぼろぼろに成るものが多いです。だから、プレハブ住宅のローンは30年、長くて35年くらいに成っています。また、建て増しをすると家全体の強度が落ちるか壊れてしまいます。
真の林業家は、間伐を適宜やる事と、大径木を作る様にしています。その方が建築材として使える石高が大きく成るからです。60年経っても、間伐をします。100年経っても、その土地の木の寿命を見て間伐をします。もし、径が40cmの丸太から10cm角の柱を製材しようとしても、木の曲がり具合に寄っては取れません。大体、50cm径の丸太から10cm角の柱が1本取れる位に成ります。製材して残ったものは端材にしかなりません。丸太の半分以上が無駄に成るのです。この様な丸太を真の林業家は育てる事はやりません。径が、1m、2m、4m・・・を目標にします。こうする事で無駄な端材の発生を極力抑え、建築用の柱や梁材を沢山取ります。もちろん、間伐をした大径木の隙間には新しい苗木を植え、また大径木を育てて行きます。
今の林業家は作業道を作り、そこを林業機械を走らせ効率アップを計っています。

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