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2013/04/14

生業と稼ぎ

以前、内山節氏の著作で、山村には暮らしの仕事~生業~と、稼ぎの仕事~収益を上げる経済活動~がある、というようなことを書いていたことを記憶している。(正確にはどうだったか……。)

日々の集落の生活を送るための仕事は、利益よりも必要性で、地域の草刈りだったり水路掃除だったり。一方で稼ぎは自給できないものを購入する資金を得るためだ。

この両立の難しさは、彼の当時の本にも書いてあったが、最近の内山氏の言動を見聞きしていると、なにやら絶望を感じていらっしゃるように感じた。グローパリズムを持ち出すまでもなく、「稼ぎ」経済の肥大化と、「生業」の縮小化が進んでいるのだ。それが山村の疲弊につながる。厭世的にもなるだろう。

そんな大命題まで切り込むつもりはないが、山の現場からの目で「生業」と「稼ぎ」を見つつ、自問自答してみたい。

昨今、日本の林業の危機が訴えられ、それが日本の森林の危機にまで高められた感がある。だからこそ、森林・林業再生プランと名打った政策も登場したわけだ。

その中身を見ると、日本の林業は生産性が低く経営になっていないことを指摘する一方で、人工林は間伐が遅れて荒れ放題だと嘆く。だから、間伐などを推進するとともに、その材を出して量を確保し安定供給を実現する。経営が成り立つよう生産性を高め低コストを追求する……という方向性が生まれた。これによって、林業は盛んになり、森林も健全に再生するというわけだ。

ふと気づいたのは、この政策に「林業」と」森林」の文字はあるが、「山村」という文字はないことである。

なるほど、木材の安定供給を実現すれば、製材業界や建築業界はビジネスとして国産材を扱える。素材生産業も、大量に伐採する仕事は発生し、雇用を維持できる。
(本当は高価な林業機械を導入したら確実にコスト割れで採算は合わないのだが、そこは補助金で賄う。搬出費も補助金で賄う……おかげで赤字にはならない。もっとも燃料費・メンテナンス費も莫大だから、これが隠れた問題だろう。また赤字にならないから、市場でだぶついても伐採搬出が続く。そして材価を下げる。)

そして、間伐が進めば、森林も健全になるはず。
(間伐の仕方次第では山は荒れるだろうし、機械化も土壌を破壊する問題を抱える。ただ原則的には、人の手が入らなかった人工林の整備を進めたことになり、二酸化炭素削減など地球環境問題にまで貢献したと言える。)

つまり、この政策は「林業」を活性化し、「森林」の健全化を推進したことになる。

だが、「山村」はどこに行った?

材価の下落で山主の手に金がほとんど残らない。再造林意欲も落ちる。肝心の搬出した木材も、地元の製材所ではなく大規模製材工場や合板工場に回るから、山村経済には貢献せず疲弊する……。

結局、環境にちょこっと貢献し、業界の「稼ぎ」も生まれたが、山村の「生業」はなくなっていく方向がかいまみえる。

森林を健全にすることばかりを強調しすぎたのかもしれない。その方が、世間一般、国民受けはいい。あるいは林業の再生を取り上げすぎたのかもしれない。業界で働く人向けへのメッセージになる。が、山村地域に暮らしている人々の生活への関心は弱かったのではないか?

森林・林業の再生を地域の生業を維持することにはつなげられなかった。森林環境問題、あるいは産業振興問題として取り組んだため、山村社会を置き去りにしたのか?

それが「林業栄えて、山村滅ぶ」事態を進行させたのだろうか……。

(まだまだ自問自答中)

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コメント

引用■(まだまだ自問自答中)■と云うことですので(敢えて)専門家ではない私からの『一言』を。
・・・山主も山村地区の農家も『資源』を換金できないでいると。

都会から『遊び人・・・時間を持て余している、位の意味です』がやって来て『他人のフィールドで楽しんでいる』・・・山主や農家の方は、何かと云って都会人と一緒に『活動』して(させられて)、これまた楽しんでいる(ふりをしている)。

山主さん、農家さんに言いたい→変に気取らないで対価を要求したら良いと思うのです。間伐するというのなら『引き取ってよっ!!』とか、『田畑を借りるのなら借り賃を頂戴よっ!!』とか、・・・


私の自問自答中です。
でも、うちの町に金が残る手段はあるはず。
とりあえず、薪(少ないながらも広葉樹、それからヒノキ)に手を出そうかなあと思っています。
あとは、なにかなあ。
自伐林家が近所の山をやっていくようにしていくこととか。
地域内製材品の雑貨や家具も多少展開していますが、地元製材の作業量拡大には到底届かないし。。。。若干は、地元工務店の仕事が出来てきていますが。
林業と兼業でやっている農業の所得を上げていくとか・・・・(って、農業の方が主なんですけど)。

山村民は、奥ゆかしいからなあ……。
基本は、専業ではなく副業・兼業でしょうね。小さな事業で「生業」と「稼ぎ」を両立させて、積み重ねる。

カラオケでたまに北島三郎さんの北の漁場を歌うのですが、
漁場と山がなんとなくシンクロして、いつも菓子をかみしめてしまいます。
特に、3番。

私の生家は、田圃と里山を少し所有する田舎の集落の中の1軒でした。山は薪を取るためのものでした。生活のための自給自足がやっと出来るレベルのものでした。

農家というのは、いわゆる大地主で小作人を多く抱え、米作りをさせ、米といくらかの賃金を払い、自らは働いていない家柄でした。戦後、アメリカの統治下に成った所為での農地改革で小作人にも農地が分配されました。一方、林業家は江戸時代から広大な山林を持ち、人を雇い大きな木を先祖代々育て収入を得続けている家柄でした。

1955年頃から、薪は灯油やガスに代わり、米の生産者米価が下り、勤めに出て生活費を稼ぐ、兼業農家(兼業山主)に成って行きました。だから、今、小さな田圃を持った人を農家と言うのはおかしいですし、また、小さい山主を林業家と言うのもおかしいです。親父は家から近くに勤め、若者が田舎から町に出てしまうのが当たり前の時代に成ったと言うことです。

日本の食料の自給率は40%と言われています。先進国で食料の自給が出来ていないのは日本だけです。イギリスやドイツ等も100%です。これは国防の上からも重要だとの認識からだと聞きました。日本も農業、林業も集約し合理化し、いわゆる6次産業化し付加価値を上げ、グリーン雇用を増やす政策が重要に成ると思います。

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