東大寺大仏への木材寄進者数
なぜか神戸で奈良の東大寺の大仏建立に関する木簡が見つかったそうだ。
天平19年(西暦747年)、大仏の鋳造が始まった年に、庶民が2文とか10文とかを「智識」したことを記されてあるそうだ。「智識」(知識)とは、仏教上の寄付のことである。知識がある、というのは、仏教に寄付するもの(情報?)があるということ?
大仏建立が庶民レベルの寄付を仰いでいたことを示す資料である。
ちなみに東大寺には、寺の歴史に関する過去帳があり、そこには「木材智識5万1590人」という記載があるらしい。寄付は金や労働だけでなく、木材の寄付もあったわけだ。
しかし5万人とは……。どんな木材だろうか。建材なのか、鋳造に必要な燃料なのか。大仏殿の巨大な建材は、近江の田上山から切り出されたことはよく知られているが、そんな遠くから運ばれた木材とは違い、もっと庶民の寄付があったのかもしれない。
少し脱線するが、大仏のモデルとなった仏像は、現在の大阪府柏原市にあった「智識寺」にあったと聞く。ここに、巨大な盧遮那仏があったのである。(おそらく高さ3~5メートルくらいと想定されている) 現在は、石神社となっていて、当時の寺の礎石だけが残されている。
寺の名前から、これも寄進で建てられたのだろうか。
この丸い部分に治まる大木を柱としたのだろうか。
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