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2013/09/04

書評「里山資本主義」総論賛成、各論は……

今や10万部のベストセラー!(羨ましい……)とかいう、
里山資本主義~日本経済は「安心の原理」で動く」(角川oneテーマ21発行)。

執筆は藻谷浩介+NHK広島取材班である。

里山資本主義に関しては、随分前に本ブログでも取り上げたが、改めて読んでみた。

内容を大雑把に説明すると、金融が牛耳るマネー資本主義の現代の中に、安全弁としてのサブシステムをつくろうじゃないか、という提案である。マネーを拒否するのではなく、エネルギーや食料の(ごく)一部を自給することで暮らしにゆとりが生まれ、貨幣価値でない生活価値が高まる……たとえば物々交換だったり、多業兼職することでマネー(グローバル経済)に呑み込まれない安全弁が生まれる。
それが行き詰まった先進国のバックアップシステムになるだろう……。その一つとして里山を象徴とする田舎社会の知恵を取り上げている。

これらの提言に関して、私は否定しない。賛同する。そもそも「多様化」「分散化」は、私自身の主張でもある。バックアップというよりはリスクマネージメントとして、仕事も生活も幅広く多種分散させるべきだ。

その上でだが、本書を読んで少し感じたことを。

結論から言えば、藻谷氏の書いたパートはなかなか説得力がある。「デフレの正体」と同じような語り口?で、ビシバシ攻めてくる。

だが、NHK記者の部分には、ちょっと甘い言説が目立つ。

具体的には、最初に取り上げるバイオマスエネルギー。それが薪ストーブでありエコストーブ(ロケットストーブ)であるうちはいいのだが、銘建工業を例にバイオマス発電や木質ペレットに移ると「これは、里山か? サブシステムか?」と疑問符が噴出するのである。

銘建工業の木屑による発電は私も取材しているのだが、基本燃やすのは外材でつくる集成材の削り屑である。だいたい原木の1割をかんな屑にするのが集成材だが、そのほか製造過程で出るさまざまな木質ゴミを燃料としている。
これは集成材が全国で売れるから出る「副産物」である。その点では、企業努力として捨てていたものを利用して収益改善したものだ。廃棄物を有価物に換えるのはメーカーの王道ではないか。「21世紀の革命」というほどのことか? 

同じことは木質ペレットにも言える。これを韓国にも輸出していることを誇らしげに記すが、輸送に費やすエネルギーを考えると本末転倒ではないか。加えて木質ペレットを地元、いや国内でも消費しきれないから輸出するのであって、望ましい展開ではない。これも里山的発想ではなく、グローバルな経営と言うべきである。

そして、オーストリアまで取材に行ってCLTも紹介している。クロス・ラミネイティッド・ティンバーで木造ビルを、というのだ。
別にCLTがダメと言うのではないが、日本で生産する場合の素材となる木材価格を調査してほしい。安く買いたたくのが常だ。それで森林が維持できるのかね。また生産は装置産業であり、物量がものをいう世界だ。国産CLTの製造が増えたら、未利用材で生産するレベルをはるかに越える。材料確保に血眼になり、山は荒れてしまうのではないか。外材を使うのなら、サブというよりメインシステムに属するだろう。

……何も、銘建工業に恨みがあるわけでもなんでもなく、たまたま本書に大々的に紹介されているからこっちもツッコムだけだが、書き方がいちいち「革命的だ」などと煽り、薪で煮炊きする生活を理想的な暮らしのように描く「甘さ」が鼻につく。

田舎社会の数ある問題点も目をつぶっている。濃密な人間関係は、コミュニティの前に辛さが先立つ。限界集落でも、いがみ合いはあるのだ。それに近頃は田舎でも、気軽に焚火したら怒鳴り込まれるし、自家菜園は虫や野生動物に食われる。

本書に登場させている元気な人は、田舎でも例外ではないか。だいたい「田舎の高齢者は元気」って(笑)。そりゃ元気な人もいるけど、そうでない人もいる。そして元気と言っても80歳90歳になったら限界が出るよ。
しかも、土地や技術を持たない都会人を簡単に受け入れられるわけでもない。

……そうした部分への目配りが足りないから、総論賛成でも、各論に引っかかってしまう

ただサブタイトルにある「安心の原理」には惹かれる。

今、日本は「不安の原理」の中にいる。大災害が相次ぎ、非正規雇用が増え、セーフティガードが次々と壊れ、経済社会の変化のスピードが一般人が身につける速度を越えている。だから目先に追われる。50年後の森より明日食うために樹齢100年の木を切り倒す。刹那的に生きる。

この不安を払拭しないことには、経済だけでなく日本の社会そのものを持続させるのは厳しいのではないか。恒産なくして恒心なし、である。

だから里山資本主義は保険であり、リスクマネージメントなのだ。通常は必要なく、むしろ掛け金に相当する「面倒」で「割高」で「不便」な面を覚悟しなければならない。(それらを「楽しみ」に変えられたらいいのだが、感性的な分野だけに可能かどうかは、人それぞれだろう。) 刹那的に生きている人は、保険を掛けようと思うだろうか……?

ちなみにフリーランスで、このところ連載が次々と終了し、次の出版計画も遅々として進まず、身体的衰えを実感している私は、「不安の真っ只中」だよん。ま、慣れっこけどね。ケケケ(⌒ー⌒)

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コメント

まだ読んでいないのですが、早いところ読んでみますね。逆手塾(過疎を逆手に取る会)の和田さんのことも出て来るのでしょうか。

以前、長野県の中間的農村出身の友人とMLで議論をしたことがありました。
私「山の中が嫌だ嫌だと言うならなぜ引っ越さない?」
友人「いろいろ面倒だけど、安心を感じられるから引っ越さない」
といった風で、安心感がキーワードでありました。無名の我々のやりとりも、15年経ってメジャーになったなあ。。。

やはり、遭難ジャーナリストとか谷山ジャーナリストとか、考えなければいかんですなあ。。
しかし、身体的衰えが来てるとなると、遭難・・・は危険かも。

やっぱり現在の流行から考えれば、不安ジャーナリストの方が売れるのではないでしょうか。谷山ジャーナリストだと、マーケットが小さすぎるような。。。

逆手塾の和田さんですね。登場していますよ。かなり主役。

考えてみれば、沢畑さんも里山資本主義の旗手ですね。ここに書いているエッセンスはみんな実行しているんじゃないですか。

ノマド的な私は、定着する里山は無理かなあ。そうだ「ノマド資本主義」という本を書いて一発当てる。これを元手にギャンブルで一山当てて安全弁に……(全然、精神がわかってない)。

マネーから逃げて、逃げられ、遭難しますぜ。指だけでなく口先、足先も使って多種分散仕事しますか。

谷山様のマーケットが小さい……私の本より広いと想うよ(~_~;)。

現代の不安を売るのは、宗教から、破滅もの本まで大海ですな。。。

小さいマーケットでも、コアな不安が、
もとい、ファンがいますよ。
きっと!

ファンが不安……座布団1枚! て、喜べるかい。。

ファンにも、FUNとFANがありますし・・・・

引用■バイオマス発電や木質ペレットに移ると「これは、里山か? サブシステムか?」と疑問符が噴出するのである。■・・・・御意。

『バイオマス資源を使うという視点』だけでの論理は危険です。発電もペレットも『工業(製品)利用』です。利用面だけでの論点で処理してしまうと→日本の森林資源は何百億人分の『エネルギーの奴隷視』ということにもなりかねません。バイオマスは資源としてのみの存在ではないです。酸素供給とかCO2固定とか防災とか・・・・・(人類の)かけがえのない『共存者』です。奴隷ではない!!更に、
里山は『人と動植物とのプレイゾーン』であり、双方の生活を確認しながら、持続可能の視点で日々を過ごす・・・そういう存在だと思います。人が減ったので里山が維持できないなら人が来れば良い。人が来て、里山で暮らせるような仕組みを作る事こそが問題課題解決の第一歩だと思いますが。。。発電とかペレットとか、それだけだと『ますます人的関与』を奪うものでしょう。(余計なコストが掛ります)
出来るだけ人の力で何とかしたいから『来てよっ!!』・・・って、ね。

FANなFUN……ふん、熱狂的な面白いことか。でもFUNとFANが合体するとFUAN、不安だな。

今やバイオマスも熱狂的(FAN)かもね。
なんでもいいわけじゃない。

田中様

提案です!
逆手に取って、「里山共産主義」を出したらいかがですか?
里山で濃密な関係を結べば、安心で安全な関係を築けますよ!
と、いままで田中様が主張してきた中から再構成してみたらいかがでしょうか?
効率と経済性を優先する資本主義は20世紀の社会制度で、これからは非効率で繋がりを優先する田舎暮らしこそ21世紀の社会制度ですよと主張しませんか?
私は、今までの日本は資本主義といいながら中味は社会主義で、現在は弱肉強食の本物の資本主義になってきていると思います。
リーマンショックや東日本大震災の後、今の日本は安全で安心な社会を求めているように思えますが、いかがですか?
妄想かもしれませんが(笑)

共産主義ですか(笑)。でも、里山が象徴する田舎社会は、基本的にゲマインシャフト(共同体)ではないだろうか……。つまり共産主義的社会。

とすると、資本主義がゲゼルシャフト(機能体)か?

ならば里山共産主義より、ノマド共産主義の方がインパクトあるかな。

競争が進化させたとするダーウィン社会論に対して、今西錦司的な棲み分け社会論を提唱するのもいいなあ……センセイ、共同執筆しません?

読みました。確かに、メイケン工業さんが外材の端材を燃やしていることにナゼ触れないんだろうか?と、単純に違和感を覚えました。

知らなかった? いや、知っていて外材も里山に生えていると思った(笑)。

私は里山資本主義で重要なのは以下の点だと思う。

1.マネー資本主義の売上至上主義や効率至上主義で終わりのない目標を求め続ける結果、
”今”が継続的に犠牲となり喜びの無い人生に陥らないように注意する。

2.効率至上主義で無駄、ゴミとみなされたものには価値がないのではなく別の利用価値や
存在意義がある。

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