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2013年11月

2013/11/30

おもしろビデオ「ふるさとの山を次世代に……」

土曜日の夜は、おもしろビデオを見よう!

……というわけではないが、私の元に届いたDVDを紹介しよう。

ふるさとの山を次世代につなぐためのお願い

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2010年10月発行。製作は、中濃地域林建協働森づくり協議会

対象は、関市・美濃市の山をお持ちの皆様へ、となっている。

内容は、森林所有者啓発用プロモーションビデオである。つまり、森林は所有しているはずだけど、相続もしていない、境界線も確定させていないし、そもそもどこにあるのかわからん、という人に、ちゃんとしましょうよ、と呼びかけるもの。





後半は一種のドラマ仕立てなのだが、おじいさんは、森林を所有していることは知っているが、腰が悪くて山にはいけない。お父さんは森林なんか興味ない、お母さんも、そんな山売って、海外旅行行きましょうよ、孫はスマホ欲しい! 株を買おう! でも場所がわからないのだから、売ることもできまへん、というわけ。さもないと、外国資本にも売れませんよ……とまでは言っていないが。

まあ、素人役者の寸劇は、見ていて微笑ましい。なにより、日本初の啓発ビデオ(製作者による)だそうで。

と言っても、このビデオを持っていないと見られない?

探してみました。

ここにあります。美濃市のHPです。ほかにも関市や美濃建設業協会などのサイトにもあるようです。

http://www.city.mino.gifu.jp/pages/9298

感想は、コメント欄へ(~_~;)。

2013/11/29

森林総研シンポ「里山管理を始めよう」

昨夜遅く帰り着き、さすがに今日はお疲れモード。1日コタツに潜り込んでおこうかしらん、と思っていたら、昼になって「ああ、今日は森林総研関西支所の公開講演会だった」と気づいた。

で、重い腰を上げて(^^;)、駅まで自転車で下り、京都に向かう。

遅れて到着したところ、会場に入ってびっくり。だって、満席なんだもの。 

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じぇじぇじぇ! を使いたくなった。例年なら、参加者はどちらかと言えば内輪、研究者が学生ぐらいで会場も空席が目立ったのだが……。

さすがに想定外で、資料集が足りずに、あわてて増刷したそうだ。

なぜだろうか。やはりタイトル「里山管理を始めよう」がよかったのかもしれない。ものすごくベタなタイトルだが、「里山」だけの講演会やシンポなら、いくらでもある。が、里山管理を始めよう、と実践的な呼びかけが、市井の森林ボランティアに関心のある人、行っている人を呼び集めた可能性がある。

よし、このところ行き詰まり感のあるわが執筆活動も、この路線で行こうか。ベタだけど、参加意識を持てるタイトルに……なんて考えたことはドーデモよい。

 
 

たしかに今回は、実践的な内容だった。3人の演者が、マツ枯れにナラ枯れと続き、いかに里山が危機であるかを訴え、次に里山管理の技術的側面を語り、最後に薪ビジネスの社会実験の成果……と揃っている。さらに実験を行った京都府長岡京市の担当者が事業展開の紹介もした。

その中で、私の琴線に触れたのは、「皆伐」であった。小面積でも皆伐しなくちゃダメ、とはっきり打ち出したことである。

人工針葉樹林では、間伐が推進されているが、この場合、間伐すると残した樹は太ってよい材が採れる。だが、広葉樹の場合は、間伐・択伐では広がった空間に残存木が枝を伸ばして樹冠を閉鎖してしまう。そのため林内は明るくならないのだ。

そこで小面積皆伐の必要性を打ち出した。これほどはっきりした「皆伐」推進の言葉は、ステキだった(笑)。なんか、間伐はいいけど、皆伐はダメ、という風潮があるからなあ。

ちなみに私は、大面積皆伐は激しく否定するが、小面積皆伐はむしろ昔から提唱し続けている。ただ人工林の場合の小面積とは、私の感覚では1ヘクタールくらいだが、今回の広葉樹の里山林では0,1ヘクタールである。

こうした講演を聞いていて、感じたことが二つ。

一つは、同じことを昨年まで生駒山でやろうとしていたんだけどなあ……という感慨。暗くなった里山林を(太い木から)伐採し、その材で薪を生産して販売する計画を進めていたのだ。長く委員会で話し合い続けて決定し、大阪府立公園でスタートし始めた途端、ぽしゃった。その経緯は省くが、橋下め~、という気分である(-.-)。

第2は、実は昨日の東京のシンポジウムである。

ゴルフ場を舞台にしていたが、私が話したのは、ゴルフ場こそ里山と酷似した環境を持っていて、しかも今のところ比較的うまく維持できている。そこを拠点に現在危機に陥っている里山を守ろう、という提案であった。
薪ビジネスも、提案したのだよ。薪ストーブを持っているゴルファーは多いから、ゴルフ場で残置森林から伐りだした木で薪を販売したら売れるし、逆に薪目当ての客をゴルフに誘引することもできるぞと訴えたのであった。

講演で使った里山とゴルフ場の比較写真。

PhotoPhoto_2

 


     



   

私が生駒に持つ里山林でも、小面積皆伐やろうかなあ。0,1ヘクタールないかもしれないけど(^^;)。でも、大木になったコナラを伐れずに困っているのだよ。誰か、挑戦したい人、います? 薪(の元)をプレゼントします。

2013/11/28

ゴルフ場で環境保全を!

ゴルフ場で環境保全を!
今日は東京でシンポジウム。雑草問題をゴルフ場を舞台に取り上げる。

内容は(私以外は)学会の論文発表レベルなのであった。そこで語られたのは、ゴルフ場こそ環境共生のモデルになりうる、というテーゼなのだ。

ま、私は漫談だったけどね(  ̄▽ ̄)。

帰り着くのは、午前様かなあ。

2013/11/27

ツリーシェルター

古い写真が出てきた。

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そう、ツリーシェルターだ。

商品名はヘキサチューブ。

随分前に取材したときのものだ。これは、たまたま海岸に植えた苗の保護のために使われているが、本来は山の植林用。

プリントだったので、スキャンして取り込みました。

ツリーシェルターは、一般には獣害防止用である。苗木にこれをかぶせたら、さすがのシカやカモシカも食べられない。葉を折り畳むように筒の中に入れるから生長が悪いんではないかと思えるが、実は反対であった。

なんと生長が早くなるのだ。その理由は、筒内部が温室のようになるからではないかとか、筒内のCO2濃度が上がるとか、いろいろ推測されたが、まだ確定的な原因はわかっていないはず。

ほかにも下刈りをしなくても雑草に圧迫されずに育つとか、いろいろな利点を説明された。

どちらにしても、苗を保護して生長をよくして獣害や寒風害からも守られるのだから、こんないいことはないはず。とくにシカ害が激増している今、もっと使われてもいいはずなのに、意外とそうでもない。

なぜなんですか。

最近の現場にうとい私に、誰か教えてください。

もちろん、欠点はあるはず。何よりコストも高いし、設置に手間がかかる。シェルターからはみ出て生長すると、すぐ食べられるとも聞く。頭のよいシカは、ペンチとヤットコを持っていて、シェルターを外してしまうとも聞いた(ホンマか?)。

しかし、欠点をフィードバックして改良することでより良い機材にし上がるのであり、今問題の獣害対策にもっと活用されるべきなんだけどなあ。

コストだって、下刈りコストを圧縮できるし、獣害対策用に何キロもの柵を山の中に設置することを考えれば、絶対に安くつくはずなんだけど。柵の設置には出してもシェルターには出さない補助金制度の問題なんだろうか。

ツリーシェルターについて、改めて勉強したい。獣害が今ほど問題になっている時期はないのだから。

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これは根元の部分。

2013/11/26

『里山資本主義』批判じゃないんだよ(泣)

ヤフーニュース個人に『「里山資本主義」は可能? バイオマス発電の虚実』を執筆しました。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/tanakaatsuo/20131126-00030091/

あの、誤解を呼びそうなので、ここでしっかり書いておきますが、この記事は、書籍の『里山資本主義』を批判したわけではありません。この本が売れているのは何故だ!と僻んだのでもありません。

もともと怪しげなバイオマス発電の現実について書こうと思い立ち、少し調べて執筆したのですが、その際に読み手を引きつけるために、冒頭に『里山資本主義』を取り上げたわけであります。この話題を導入部にして、バイオマス発電の問題を展開しようと思ったわけであります。第2弾も考えていますが、そこでは『里山資本主義』に触れないつもりであります。

……でも、最初読んだら、みんな「誤解」するだろうなあ。。。(⌒ー⌒)

2013/11/25

風船?

実は、昨日の散歩、もとい探検行では、こんなものを森の中で発見していた。

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わかるだろうか。

上部の黄色いものが何か不気味だったのだが、なんのことはない、縮んだ風船であった。

ということは、下の紙切れは、この風船につけられていたものだろう。ちなみに裏にも絵が書いてある。

書かれている幼稚園の住所は、生駒山の大阪側。そんなに離れていない。おそらく、秋の運動会か何かのイベントで風船にお手紙つけて飛ばしたのではなかろうか。

日付は書いていないが、風船がまだ溶けていないことや紙もさほど傷んでいないから、今年、それも最近だろう。風船が何百キロも遠くまで飛んでお手紙を運んでくれたら楽しいんだけどね。

でも「みやたゆうこ」ちゃん。森の中でしっかり発見しましたよ。

2013/11/24

いい年した大人の……

今日は、本格的に歩くことにした。

とはいっても、いい年して「探検」だの「未踏峰」だのを求める気はない。そんな青臭いことを言う年ではないのだよ。

で、いい年した私は、王道のハイキング道を進むことにした。生駒山の縦走路である。やはり整備されている道は気持ちよい。歩きやすいし、標識もあり、どこに向かうかわかる。急なところには階段が作られている。その階段の下がえぐれて深みになっているのだが、それも大人の歩幅なら越えられる。きついところは横にそれて階段以外の道も踏み跡のように作られている。素晴らしい。

たまに人と出会うが、皆派手な色使いのウェアに身を包み、いかにもハイキングという山姿であり、リュックなども背負っている。なかには杖も持つ高齢の方もいる。私は、あまりハイキングの姿はしていないが、なに、気は心だ。短く挨拶して通りすぎる。

これだよ、これ。いい年した大人は、気持ちよく山を散策するのだ。

ルートは尾根筋に出た後は下りにとった。途中、山から出て田園風景の中になり、また土建関係の設備、さらに産廃の解体?場の並ぶところを通るが、これくらいで気分を壊してはいけない。いい大人として、ああ日本の産業を支えている皆さん、ご苦労さま、と声をかけたいくらいだ。

阪奈道路を越えて北へ。北へ。ここでも道に迷うことはない。ちゃんと地図が表示されているからだ。やはりハイキング道は素晴らしい。しかも、人気がすっかりなくなった。誰ともすれ違わないで歩けるなんて、素晴らしい。

いくつか分かれ道もあったが、当然広い方を選ぶ。そうすると、次の園地に早く着くはずだ……とわかっているのだが、足は細い道に向けてしまった。

やっぱり細い道の方が山を歩いている雰囲気が出ていい大人には楽しいじゃないかなあ、と思うのだよ。あれ、この道、えらく険しいな。でも、これが山道の醍醐味というものだ。

どうやらこの道、尾根筋を測量するために分け入った人がつくったものらしい。だから、こんな通りづらい……もとい、健脚コースになっているのだな。まあ、測量者が歩いたのだから、たいしたことない、これは探検じゃないし、未踏でもないさ。

あれ、道が消えたよ。いや、これは草が繁っただけだな。この道を歩く者に試練を与えようという有り難い配慮なのだ。いい年した私が、これくらいで焦るわけない。ほれ、ちゃんと進めるじゃないか。ちょっと草木をかき分けるだけだよ。クモの巣を避けるのはお手の物さ。

……ほら、広い道に出た。続いて川に沿って下るか。

あれ、ここでも太い道と細い道が。もちろん、細い道を選ぶ。こちらの方が渓流沿いで景色もいいだろうし。私にはこちらの方が楽なんだよ。

でも、また草をかき分けるのか。ああ、道が見えない。ええいズボンに草の実がいっぱい着いてしまったじゃないか(T-T)。よし、大股で一気に……。

げ、足が泥に埋まった。ここはなんだ。沼か湿地か。おい、足が。足が。そ、底無し沼じゃないんだから。ええい、高いところに一気に行くぞ。

ほれ、5歩で高台に登った……ぎゃ、ここは砂防ダムの堰堤だった。一見、石積みに見せた「自然景観に配慮した」ダムなのだ。ここから切り立った崖で5メートルは落ちている。なんてこった。もどるか。。。あり得ない。

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脇の崖に蔓がぶら下がっている。これを掴んで一気に下りよう。

ぎゃっ、蔓が切れた。えい、咄嗟に別の蔓を掴む。反動で遠くに揺れる。おお、これはターザンみたいだね。カッコいい。探検だ冒険だ。

あ、蔓が……ずるずる伸びて崖を滑り落ちた。急斜面の木の根元に身体を打ちつけて……もとい、足場にして止まる。

ほっ、助かった。 満身どろどろ。えらい目、もとい、すごい冒険談になりそうだ。

なんとか下に下りた。また沼だ。底無し沼からの脱出。カッコいいだろう。


 

……一面の紅葉の現場に出た。

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これだ、これを「発見」するために、私は苦労したのだよ。。。。

いい年した大人が、目的なしに歩き回ったりするもんかね。

これで、「目的」は達した。

2013/11/23

木レンガの内装

土曜日の夜は、木の壁を眺めてごゆっくり。

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八戸の中心街にある施設・「八戸ポータルミュージアムはっち」。

再開発地にごった煮的な機関が入って展示も出店しているが、内装に木をよく使っている。

八戸の産物?の展示コーナーは、木のレンガ壁。

木のレンガというのは、昔から考えられているが、イマイチ広まらない。そもそも木のような収縮する素材は、きっちり動かない部分に使うのは難しいだろう。が、構造とか床などにするから難しいのであって、ゆるゆるの壁ならいいんではないか。

レンガの間に隙間ができても、浮き上がっても、それがデザインであり味になるし(^o^)。

そういや、4階は「こどもはっち」と名付けた幼児の遊び施設であったが、そのコンセプトを手がけたのは、東京のおもちゃ美術館(の館長?)だそうだ。

だから、木だらけ(笑)。

2013/11/22

位置エネルギー利用

電動アシスト自転車を購入した。

引っ越した先が,生駒山の中腹で、そこそこ駅から離れている。車では駅前で駐車する場所に困るので、バイクを買おうと思っていたが、土壇場で自転車に変更した。多少は運動になることを期待して……。ま、ほかにも理由はあるが。

ただし、急坂続きだけにとても通常の自転車ではこげない。そこで電動アシストにしたわけだ。

乗ってみると、やはり自転車だった(^^;)。アシスト付きと言うのは、自分がこがないとアシストしてくれない(^^;)\(-_-メ;)。登りはアシストがあっても、力を入れてこがないと進まない。生駒の急坂は、甘くなかった……。

ただ、機種はそれなりに考えてチャージ機能付きにした。つまり下りやブレーキをかけた際に充電することができるのだ。駅まで急坂を下る際に充電すれば、帰りの上り坂に苦労する分、なんか元を多少とも取れるような気がする。

そこで、ふと思いついた。これって位置エネルギーの利用である。高低差をエネルギーに変えるのは、もっとも原始的な方法であり、もっとも再生可能でもっとも環境に優しいエネルギーではないだろうか。

現代は、その位置エネルギーを無視する方向に進んでいる。大規模な位置エネルキー利用だった水力発電は縮小する一方だし、下り坂でも動力エンジン使って進行する。

そして林業の現場はほとんどが山の中で、斜面。つまり位置エネルギーが利用しやすい場所である。かつての林業なら、修羅や木馬、川の筏流し……みんな位置エネルギーの利用だった。それが消えていく。トラックは、下り坂でもエンジンをふかす。

かろうじて残っているのは、索道くらいか。これも動力は使うが、上から下に下ろすときは、あまりエンジンをふかさないだろう。

たとえば作業道を敷く際は、必ず登り(下り)一辺倒のルートを取るとか。すると、ギアをニュートラルに入れて土場まで下れるとか。めちゃ危険だけど(^^;)。
馬搬の場合なら、搬出するコースを下り一辺倒にすれば非常に有利だ。馬も楽になる。いっそ、修羅を現代風に復活することも考えてみる。位置エネルギー・アシスト搬出である。

せっかく標高の高い山中で仕事するのだから、位置エネルギーをもう少し利用する手はないかね。

2013/11/21

母親に未来世代の一票を!

昨日からハンガリーのオルバン首相が来日している。23日まで滞在予定だ。

ハンガリーは、日本よりも過激な金融超緩和策を打ち出しており、いわばアベノミクスの見本。当然、安倍首相とも会談して意気投合? したのかどうか。

が、オルバン首相の政策で私が注目しているのは、金融政策ではない。

実は、オルバン首相が党首を務める与党フィデス・ハンガリー市民連盟は、昨年3月に、斬新な憲法改正案を発案している。

その中に議員選挙において「子育て中の母親には、2票を与える」という項目があるのだ。

人間は生まれながらに基本的人権が保証されるという立場から、0歳児であっても選挙権を有するという考え方からだ。ただ、さすがに投票は母親が代行する。正確には、現在選挙権を持たない18歳未満の子どもの代わりに、母親が投票するのを認めようというものだ。(ただし子どもが何人いても1票とするらしい。)

この憲法改正案は、国会での激しい反発に会った。そこで全有権者にアンケートで可否を問うた。結果は4分の3が反対であった。そのためオルバン首相は断念したのである。

この現実離れした構想は、いわば理想主義の賜物だ。が、同時に高齢化の進む社会で、成人だけに選挙権を与えたら、政策が高齢者視点になり目先ばかりを追ってしまって未来を見ないという問題点を突いている。
子供を抱いた母親が2倍の選挙権を行使できれば、子供の未来を考えた政策(を訴える候補者)に投じる確率が高くなるだろう。国の将来を考えれば、次世代の視点を政治に反映させる仕組みが必要なのだ。

 

なんと過激なのだろう。が、なんと清々しいのだろう(笑)。

壮大な発想を、とにもかくにも国政の場に持ち出し、国民アンケート実施まで引っ張ったオルバン首相に拍手したい。

 

それを少し矮小化するが、日本の森林政策にも未来の世代を見据えた施策が取れるような仕組みが必要ではないか。何より森づくりは人づくりよりも長い時間をかかる。未来を見つめて行動しなければならないのだ。

たとえば、森づくり補助金を創設して、50年後の森に対して支払う。森づくりに目標を立ててその未来の姿を目指して施業し、達成率に応じて補助金を支払う。見事、完璧に達成できたら倍返し\(^o^)/、じゃなくて倍支給してもよい。逆に50年以前に皆伐したら懲役刑だ(^^;)。
もちろん前払い制度も作って、計画を審査して支払う。ただし、貸付扱いにする。達成率が低くて前払い額より低くなると、借金になる。ただし、予測不可能な風害・病虫獣害などには免除係数も必要だろう。
達成前に世代交代したら、改めて意志確認も必要かもしれない。しかし、後継者育成も森づくり計画には含めるべきだろうね。そのうえで相続税の対応も含める。
いっそ長伐期森づくり助成金制度もつくって、300年単位の補助事業を考えたっていい。300年生の大木は国が価格保証をして買い取ることを前提に森づくりをするとか。
……考えていると、夢がわく。
目先の利益を得ることに汲々としている(あるいは現状に追われて未来の森林を想像しなくなった)林業家や素材生産業、木材産業界に未来を見てもらいたい。見ることのできる施策を考えてもらいたい。
ちなみにオルバン首相は、首相返り咲き組。安倍首相とよく似た立場である。だったら日本国憲法の改正案も、復古調ではなく、未来に向けた「母親に2票!」項目を入れて欲しいもんだ。
 

2013/11/20

一斉林を多種多様な森にする

ちょっと思考メモ。

多種多様な樹種の森の重要性が指摘されている。もちろん、私も主張している。そもそも森林とは、地球上でもっとも複雑な生態系を備えた世界であり、多様性の象徴の面もある。

しかし樹種が少ない森では、昆虫や鳥獣などが生息しづらく、生物多様性全体が低くなる。さらに樹齢も同じだと林冠が鬱閉しやすく林床が裸地になりやすい。そして一斉林は災害に弱い。病虫害、気象害、そのほか酸性雨やら土壌保持力、保水力……など環境面に弱い。また経営的にも、モノカルチャーになって材価の上下などのリスクを強める。

・・・このように多様な森づくりが大切とされるのだが、それは裏返すと、あまりに日本ではスギやヒノキ、カラマツなどの一斉林が作られすぎたことを意味するのだろう。

そこで複層林施業や広葉樹施業、天然林施業、近自然林業……などが提案されるようになった。それ自体は私も大いに押したいところだが、ちょっと問題も感じる。というのも、多様な森づくりには、今の一斉林自体が間違いと考えがちになるからだ。
つまり、現在の一斉林を皆伐して、その後に多種多様な森づくりを行うか、択伐しつつ植林もして樹種樹齢をばらつかせるなど、一斉でなくするしかないと思ってしまう。

そして、「そんなの、いまさら無理だろ!」という気になってしまう。

でも、そんなに一斉林が駄目だろうか。

素人がこういってはなんだが、森林とはもっと柔軟性を持っているように思うのだが。そして一斉林を残して多様な森にすることも考えられるだろう。

たとえば速水林業のヒノキ林では、植物が213種発見され、同じ地域の天然林185種より多かったという報告がある。つまり天然林より人工林の方が多様性があったことを示すのだが、この場合も、人工林とはヒノキの一斉林なのではないのか。
ただ林間に多くの植物(ようするに雑木、雑草)が生えていたから多くの植物種が生育できたのだと思う。

同じことは吉野の林齢200年、300年の森を訪れても思う。多くの動植物が生息し、水源涵養や土壌流出防止機能は高い。

これらの森は、やはり一斉林だろう。300年前に一斉にスギの苗木を植えて育てたのだから。だが、その巨木の間にさまざまな広葉樹が育ち、草が林床を覆っているから、きっと生物多様性は高いはずだ。調査した記録はないが。(やろうよ、と言っているのに。。。)

つまり、一斉林でも林床にうまく光を入れたら、多様な森になる。そして上層木であるスギやヒノキと共存している。これって、林業的な経済林と生態学的な環境林の両立が可能であることを意味すると言えないだろうか。

さらに言えば、多様な森づくりは現在の一斉林を残したまま創出できるのではないか。それも時間をかけずに生み出すことが可能なように感じる。それが技術的に難しいのか意外と簡単なのか判断できないけれど。

2013/11/19

陸奥の海岸林

ちょっと寄り道したが、またもや八戸のお話。

視察した森の中には、海岸林もある。種差海岸と言って、このほど三陸復興国立公園入り。もともとあった陸中海岸国立公園を延長した形になる。

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そして、ここも津波被害を受けている。が、マツの海岸林が被害を最小限に抑えた地域でもある。

津波に破壊された漁協?の建物が今も残る。

岩手から宮城にかけてマツの海岸林が津波を防いでくれたか議論になっているが、ここは見事海岸林の役割を果たしたところとして林野庁も注目しているところだ。

陸前高田の海岸林が1本を残して全部流された、しかも流された木が被害を大きくした、と報じられたことからマツを無能視する人がいる。だが、相当おかしい。

そもそも、どんな樹種だって、津波に規模が大きければ流れて当たり前だ。それを、マツは流されたからダメで、たまたま生き残ったタブノキを取り上げて照葉樹は強い、本物の植生だから、とのたまうアホがいるんだから恐ろしい。

同じことは、台風で倒木が相次いだら、人工林だから倒れた、スギだから倒れた、という学者もいる。天然林だって、広葉樹だって、本当に強い風を受けたら倒れるよ。また生育具合にもよる。地形や地質にもよる。健康に育っていたのか、生命力が衰えていたのか。

そうした条件を精査せずに、短絡的な結論を求めるから自然は常に人々の朝令暮改の営みに左右されてしまう。

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これは、流された海岸林の再生現場。飛砂を防ぐための木柵で方形の区画をつくり、その中にクロマツの苗を植えている。

その中の前にある藁の簾のようなものは、水分を溜めて苗に供給する役割があるそうだ。

このような技術も長い歴史の中で蓄積したものだろう。その結果としてマツが海岸に適しているとされたのだ。

何より青森県南部地方は、今もマツ林が十分に残る。、気候に適しているのだろう。

この様子が何キロも続くのは壮観。今も工事が続いていたが、完全に海岸林が復活するのは何年先になるのだろう。

ちなみに、これは震災直後の仙台市南方の津波の跡。

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かろうじて残ったマツの海岸林が見える。

2013/11/18

Y!ニュースでゴルフ場と林業の相似を考える

Yahoo!ニュースに「 ゴルフ場のハイブリッド経営に学ぶ空間利用」を書きました。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/tanakaatsuo/20131118-00029890/

そこでは、ゴルフ場がプレー料金だけに甘んじず、太陽光発電に農場経営、クラブハウスにて産直品や薪、堆肥に至るまでの物販、さらに結婚式や乗馬まで、さまざまな展開を見せていることを紹介した。

で、これを林業経営に重ねてみると、意外や多くが重なるように思える。

太陽光発電も可能だが、風力発電もありだし、林地を活かした農業と産直販売……いずれもできるではないか。森の中の結婚式だって希望者はいるだろうし、ホーストレッキングなんてピッタリ。

逆に林業側の例と上げたアジサイ園のような花木で見物客を呼ぶことは、ゴルフ場でも十分可能だ。プレー時間と重なる面は、周遊ルートの取り方次代だろう。

案外、ゴルフ場と林業は相性いいかもよ。いっそ林業地を改造して林間ゴルフ場なんてのはどうかね。チョー難易度高そうだけどv(^0^)

2013/11/17

未踏峰巡り

この1、2ヶ月、公私に渡りドタバタしており、思索にふける(ダラダラするともいう)こともままならずストレスも溜まった。

幸い、ここ数日落ち着き(仕事がなくなったともいう)、久しぶりに森を歩くかと家を出た。

最初は、新居の裏山をゆっくりハイキングコースでもたどって生駒山上まで行こうと思ったのだが、いざ住宅街からそれた途端、気が変わった。やっぱり、未知のところを進まないと面白くないではないか。探検(遭難ともいう)だよ、探検。探検こそ、もっともストレス解消になるのだ。

そこで目指したのは、生駒山の未踏峰である。生駒山には、非常に狭い谷と尾根が織りなしているが、尾根筋にも高低があり、飛び出した峰が結構ある。それらは、きっと未踏峰だ。だって、道のない、ブッシュに覆われた地域の峰に好き好んで行く者がいるとは思えないからだ。それを目指して進むのだ。

そこでたどったのは獣道だ。獣道をバカにしては行けない。おそらくイノシシやタヌキの通り道だろう。途中で途切れるように見えて、それは人の目から途切れるだけで、彼らの視点ではちゃんと続いている。

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これなどわかりやすいが、斜面を細い獣の踏み分け跡があり、倒木をくぐっている。人は、倒木をくぐれずに諦めるから道がなくなったように思うのだよ。

ほかにもブッシュや木立でも、消えたようでいて、獣にとってはスイスイ進んだ跡がある。

実際は尾根筋に、獣道が多く通る。

そこには、小さな峰がある。

それが未踏峰だ(^o^)。

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ほれ、これもその一つ。木が生えてわかりにくいが、周りより高い。だから峰だろう。

生駒山が禿山だった頃はどうかわからないが、少なくてもここ数十年は誰も来たことがないに違いない。

こんな「ここ数十年の未踏峰」を次々と制覇。おそらく二度と行けないだろう。

これで私も生駒3大探検家の一人である。あと二人は誰か空欄にしておくが。

しかし、意外なところに平坦な土地があったり、草木の生えていない窪地に出たり、となかなか興味深くくて探検気分満喫。ツバキに囲まれた秘密基地を築きたくなるような素敵な場所もあった。

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生駒山ではほとんと消えた松林にも出くわす。これだけ太いマツが林立しているところは、なかなか珍しい。

思わずマツタケを探してしまった……。

だんだん方向もわからなくなり、私は誰、ここはどこ?と心配になった頃、大きな溜池のほとりに出た。この池はよく知っている。かくして探検は終了したのである。

2013/11/16

『八重の桜』に土倉家が!

『八重の桜』を見た……と言っても先週放映分(10日)だが。

相変わらず、まだ新島襄は死んでいないし、話題はメロドラマ風になってきたし、という感想はさておき、この大河ドラマでは最後に歴史紀行的な紹介がある。ドラマはドラマとして、描かれなかった本当の歴史を語る面があるが、そこでは同志社大学が。

そして、映し出されたのが、

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わかる?

同志社(当時は同志社学院、同志社予備学校、同志社普通学校などと名称を変えていた)を大学にするために集めた寄付の名簿である。

よく見てほしい。 右から2列目である。

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あった。土倉庄三郎の名が記されている。

金額は5000円なり。これは、他者の寄付額と比べてもずば抜けている。

1列目の北垣国道とは、当時の京都府知事だが、彼が300円。

そのほかは一人だけ1000円出した人がいるが、100円、50円程度が多い。

そもそも大学昇格を狙って寄付を集める発想は、庄三郎の入れ知恵とされる。いきなり5000円を寄付すると言って、同じ額の寄付を20人から集めたら10万円になって、大学にでけるやろ(と訛ったかどうかはしらんが)と言い出したのである。

その言葉に焚きつけられて、新島襄は走り始めるわけだ。ま、途中で死んでしまったが。大学になったのは、ずっと後の1920年。庄三郎も既に没していたが、どうやら寄付は先にしていたようだ。

また、今回の『八重の桜』では、同志社女学校が宣教師らの引き上げで廃校の危機になり、財界から寄付を集めて維持したことを描いていたが、おそらく、こちらにも庄三郎は寄付をしていると思う。(証拠はない。)

ただその傍証として、映し出された写真を上げておきたい。

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八重(前列右2人目)を囲んで、女学校生徒らが写っている。

この中に政子(庄三郎の次女)がいるのだ。(後列左)

この件に関しては、以前も記した。

http://ikoma.cocolog-nifty.com/moritoinaka/2012/11/post-049b.html

そして同時期に長女富子も在籍していたはずだし、さらに3女4女(糸、小糸)、それに親戚の子供も入学していたはず。

ちょうど宣教師たちと女生徒、それに八重などが衝突して揉めだした頃に、娘たちが何らかの事件を起こして、庄三郎のところに新島襄の手紙が送られている。

ついでに言えば、次男三男四男五男らも、同志社に在学中。庄三郎も出資していておかしくないだろう。

ま、ようやく『八重の桜』に土倉庄三郎がかするようにでも登場したので、満足しておくか。

2013/11/15

広葉樹林施業の見本市

八戸森林組合のの施業地を案内していただいた。

広葉樹林施業をしているというから多少の期待と、多少の不安と……。

というのも、私は最近機会があれば広葉樹林施業を知りたいと思っていた。今後、重要になるのではないか、と思えたからだ。なぜなら、人口減少時代を迎えた日本では、いつまでも1000万ヘクタールもの針葉樹人工林を維持するのが難しくなるとともに、必要なくなると思っているからだ。

となると、伐採跡地にこれまでとおりのスギ・ヒノキなどを植えることも見直す時期が来る。大量伐採を続けている現在は、ある意味、林種転換のチャンスかもしれない。

しかし、「広葉樹林施業をしている」とか「広葉樹を植林している」と聞いて現地を訪れると、落胆することが多い……(^^;)。それは、造林結果が不成績だからではなく、そもそもやっているというレベルではないからだ。ほとんど、申し訳程度に植えただけとか、植えた後に放置しているとか。。。

広葉樹林施業が難しいということは、昔から聞かされているから、必ずしも成功するところばかりではないことは理解しているが、そもそもやる気が本気ではないのでは……。

が,、八戸で見せていただいたのは、実に多種多様な広葉樹林施業地だった。

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これは、ケヤキの造林地。

いわばケヤキの一斉林づくり。25年経っていると聞いたかな。

細いが、まずまず育っている方でしょうか。曲がっているものもあるが、2メートル直材が取れれば、木工用には使えるのではないか。ただし、何年後か……。

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アカマツ林の下に広葉樹。傘伐みたいにも見えるが、複層林化を目指している。

もともとマツ林は、光が入りやすいから、林間に広葉樹が育ちやすいそうだ。


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こちら、皆伐した跡に広葉樹の苗木を植林。

まだ年月が経っていないから、今後どのように育つか楽しみ(不安)だ。

植えたのはなんだったか、ナラ類かもしれない。


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アカマツ林を卓抜しながら、広葉樹が入ってきた森。

これは、美しい天然林へと誘導されている。広葉樹林施業というより、混交化、天然林施業というべきかもしれない。

ほかにも幾種類もの施業地を見学させていただいた。なかには不思議な種類別列状植林地とか(^o^)。

これほど多様な広葉樹林施業をやっているところは珍しいのではないか。しかも古いところで25年以上経っていて、近年もしているのだから、非常に幅がある。

もちろん、すべてがうまく育っているわけではないし、そもそも広葉樹を育てて収穫できるのか、なんて根本的疑問もあるわけだが、そうした問題も含めて、試行するのはいいことだ。技術面や、理論面、利用面……いずれにしても、試さないことにはわからない。

また実験林としての価値もあるのではないか。どこかの研究機関が現地を追跡してほしいものだ。

北の国で、こんなバラエティのある造林施業をしていることに驚き。途中で止めてしまわないで、ぜひ挑戦を続けてほしい。

2013/11/14

薪割りライン

まず写真。

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これが何かわかるか?

木材がベルトコンベア上を流れて投入される。

ただし、ここで流れるのはコナラやサクラなど広葉樹材である。

その木はここで回転して、樹皮を剥かれる。そのうえで押し出されて次の工程へ。

Photo

ここで、グイっと押されてこの12枚の羽根を通り抜けると、12分割。

そう、薪割りをしているところである。薪割りと言っても、薪になる木が一押しで分割されてしまう機械なのだ。

もはやトコロテン方式と呼んでもいいだろうが、ほぼ全自動。この過程で小さく破片になったものも、火付け用の小薪になる。

あまり太さも選別でこだわらずに済む。

そして最後に、梱包される。この工程も自動らしい。

その後の輸送(ユーザー宅への配達)も、この形で行うとか。薪棚作るような趣はないが、実用的かもしれない。ちなみに乾燥はさせていない。

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薪の梱包は、網のようなもので包み込むのだが、これで約1立米分になるそうだ。

この状態のまま配達される。

これだけあれば、薪ストーブもひと冬持つかな?

オーストリア(いや、ドイツかフィンランドかスウェーデンか)も、こんな機械を開発するほど薪の需要があるわけだ。

 

 

 

八戸を訪れて、まず感じたのは、この地域では薪が十分な商品になっていることである。

そして聞いたのが、曽我産業という土建を中心に幅広く手がける会社が、オーストリア(あれ、フィンランドだったかな。いやドイツか。。ああ、覚えていないなんて。)から「薪割りライン」を導入したということであった。2000万円したとのこと。

私は、最初薪割り機と聞いて、さして興味を持たなかったのだが、実はラインになっており、自動で行うというから、そこで、さっそく見せてもらう。

構造的にはそんなに難しいものではないのだが、こりゃ凄い。

通常の薪割り機の5、6倍、いやそれ以上の効率で薪を生産できるだろう。そして、売れる。だから補助金など使わず導入しても、ちゃんと採算が合うのだ。

薪ビジネス、ここまで進むと産業という気がしてくるなあ。

2013/11/13

漆の森

八戸市は青森でも岩手県境にあり、隣接するのが二戸市。

そして二戸市と合併したのが浄法寺町。この町の名を聞いて何かを思い出す人は、なかなかの通だ。浄法寺とは寺の名前ではないのだが、漆の産地として知られている。国産漆の6割以上を生産するのだ。と言っても、残りは小さな産地が分散するものだから、事実上の国産漆の独占生産地と言えるだろう。

そして漆(樹液)を取る樹が、ウルシノキ。ほとんど自生しないため植林して育てるのだが、浄法寺町には14万本あるという。そんな「漆の森」は、日本でここだけだ。

私は、林業を木材生産だけと捉えていないので、この漆の森に興味を持って訪問した。

……実は、「森のめぐみ展」でも展示があって、そこで担当者と話して強引に押しかけたと言ってもいいのであるが(~_~;)。

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ここは、ふるさと文化財の森として文化庁の指定を受けたところ。元牧場だった約4ヘクタールにウルシノキを植えて「漆の森」として認定されている。

ちなみに漆は、樹齢15年当たりの木から採取する。そして夏から秋にかけて傷を付け続けて樹液を絞り、最後には伐採するのが基本。これを「殺し掻き」という。

だから、そんなに大木にはならない。

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でも、この程度の太さの木は残っていた。


ただ、ここでは今年採取した木を伐らずに残して、来年の分と一緒に伐採するそうだ。だからこの季節に訪れたのに、採取跡のついたウルシノキを見学できた。

やっぱり感激する。私がこれまで見てきたのは、丹波漆、京都府福知山市の漆畑だが、そこには数本、多くても20本くらいしか植えられないない。見渡す限りのウルシノキなんてイメージが湧かなかった。

なお、国産漆は、全需要の2%くらいしか占めていない。残りのほとんどは中国産。品質的にはいま一つ、どころかイマニ、イマサンである。国産漆はさわやかな香りがするのに対して、中国漆は腐敗していて臭い。そのうえ、仲買業者などが混ぜ物をしているケースが多く、今や馴染みの言葉になった「擬装」のオンパレード。

だから国産漆をいかに量産するかが課題……かと思っていた。浄法寺でも掻き職人の高齢化が進んでいるし、かぶれるし、決して楽ではない仕事なので後継者難なんだよなあ……。

が、違った。なんと、生産調整をしているというのだ。なぜなら、売れ残るからだ。

価格は中国漆の数倍から10倍もするため売れないのだ。

なんか、クラクラした。

高いといっても、漆器の価格からすれば微々たるものだ。茶碗一つに使う漆の量はどれほどか。商品としては数万円するものがざらなのに。結局、漆塗り職人が、漆の質にこだわらないという現実がある。

……この話、国産材が高いと言われつつ、実は木造住宅にかかる木材価格が微々たることに共通する。そして建築家が国産材にこだわらないこと、林業地に建築現場の情報が伝わっていないこと、営業しないこと、擬装が日常茶飯であること……。

実は浄法寺町の漆は風前の灯火なのだ。

かすかな光は、浄法寺でも、各地でも、自らウルシノキを育てて漆を掻いて、自ら塗って作品づくりをする職人というより作家が少しずつ出てきたこと。分業するから情報を遮断され、インチキが出回り、外国産に追われてしまうからだ。

林業界でも、自ら建築しろとまでは言わないが、エンドユーザーとつながった生産-販売体制を作らないとじり貧間違いなしだ。

2013/11/12

林業の量と質を決めるのは何か

八戸遠征(~_~;)を終えて、帰宅した。結構、強行軍でした。

八戸の「森のめぐみ展」では、アースガールズだけでなく、地域材セミナーとして私が2部構成の講演を行い、そこに遠野馬搬振興会の岩間氏もプレゼンを行うという、なかなか盛り沢山。

さて、私は木材と森の質と量の話をした。林業は、量と質の両輪が必要なのに、現状では量ばかりが追求されているためにバランスを崩してしまった現状から、質の森と木材を紹介したのだが、長~い帰途中に、何か舌足らずであった気がして反芻した。そこで、この場を借りて、足りなかった言葉と説明について、少し触れたい。

何より、「質の木材、質の林業」とは何を意味するか、という点が説明したりなかったと思うのだ。「質の森」なら、生産量・収穫量とか生物多様性とか生態系なんたらを持ち出せばわかりやすいが、木材の場合は何か。

なぜなら、質のよい木材というと、すぐに思い浮かべるのは役物・銘木になってしまう。それを否定しても、「ちゃんと育林して、ていねいな施業で出す木材」という言い方をしてしまうと、結局は同じ。節が少なく、年輪が密に揃っていて、真円に近くて、元口と末口の太さがあまり変わらなくて……と、なんだ、それって銘木?と思ってしまう。

そもそも「ちゃんと育林」というのは、今から始めるとその木を収穫するのは数十年後になる。それって、今そこにある木は使えない、それは諦めて「量の林業」で出してね、というしかなくなる。そして数十年、臥薪嘗胆しつつ待てというのか。
ていねいな施業」というのは、「乱暴に扱って傷を付けたりしない」ぐらいならいいが、「いい木を選別して出す」というのなら、傷があったり曲がりのある木はどうするんだ、と言い返されそうに感じる。

そうではない。私の言いたい「質の木材、質の林業」とは、今育った木材を良質な使い方をするということ。良質な使い方とは、顧客の満足度の高い使い方、さらに言えば利益率の高い売り方である。正確に表現すると、質の木材産業だ。

つまり育林に何十年もかけて得るものではない。

永年かけて育てて今そこにある木を、いかに加工し販売するかを考えるべきだ。そのためには顧客のニーズとのマッチングや造材、木取り、製材技術が重要となる。もちろん販売戦略も磨かないといけない。マーケティングから流通サービス、信頼醸成……。
それはそれで難しいことだが、そうした人材育成や経営術を磨くのは、樹木の時間ほどには年月をかけずにできる。今、屑扱いしているような木々を宝の山に変えることができる。これこそが、森のめぐみである。

たとえば曲がった木があったとして、曲がりを活かした設計もあるだろう。よい木目の部分を選んで伐りだすことで曲がりを見えなくして、その木目を引き立たせて高級材に変身させられる。もちろん長さのあった使い道を見つけ出す。
いっそのこと、材質より顧客の故郷の産地……とか感覚的な価値を付ける手もあるだろう。

そうした木材のコーディネート的な扱いによって「質の木材、質の林業」を達成させよう、というのだ。それはていねいに、少量しかできないが、きっと森林の価値も上げられる。

また森づくりは、多様なニーズに対応できるよう多様な木々(だけでなく草も昆虫も)を育てることが望まれる。それがリスクヘッジにもなるし、結果的に景観的にも「美しい森」になるだろう……と私は考えるのだ。

以上、八戸のセミナーの追加でありました。

2013/11/11

八戸雪景色

八戸雪景色
今日は朝から朝市に始まり、漆畑に広葉樹施業地、海岸林、そしてツリーハウスの森と、多くの森を視察。

でも、空は快晴からいきなり雪景色でした。関西では紅葉もまだ見ていないのに ひと飛びで冬なのであった。
帰って、紅葉見よ。。。

ちなみに写真は、皆伐地に広葉樹を植えたところ。

2013/11/10

アースガールズ

アースガールズ
青森県八戸市に来ている。

ここには、なんとご当地アイドル・アースガールズがいるのだ。自然の大切さを訴えて、日々活動中。

今日は「森のめぐみ展」に出演している。私の講演が食われないよう、頑張らなくちゃ。(張り合うなって)

2013/11/09

シイタケ

庭で取れたシイタケ。

手のひらからはみ出る大きさ。長径18センチくらいかなあ。

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指先しか見えない。なお軸は、ネジ曲がって傘の方に飛び出して見える。

ホダ木の裏側に付いていて、発見が遅くなったからだろうが、育ちすぎ。

もちろん食べましたが、肉厚ながら水っぽくてイマイチ。乾燥させてから料理すればよかったかね。ま、全部食べたけど。

2013/11/08

Y!ニュースに「擬装は木材にもあり」あるいは贋作は罪?

Y!ニュースに「擬装は木材にもあり」書きました。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/tanakaatsuo/20131107-00029591/

ま、これまで何度も指摘してきたことだけど。タイムリーかと思って(~_~;)。たまには便乗もいいでしょ。

しかし、この事件で気づいたのは、食品の擬装は曲がりなりにも販売(景品表示法だったっけ。)とか、いくつかに該当するが、木材の場合はほとんど違法意識がないことだ。仮に「総檜造りの家を建てたぞ」と思っている人が、違う樹種の木材が混ざっていることを知ったら、訴えることができるのだろうか。

美術品の世界では、贋作を掴まされても、それは買った方が悪いという不文律?原則?がある。買い手の目利き能力が問われるからだろう。木材もその域に達しているのかな。

2013/11/07

節だらけの仏像

仏像の写真を眺めている。(正確には雑誌「芸術新潮」。)

そんな趣味もあったのかって? あったのです(笑)。まあ、仏像というより木製品(!)ですかね。日本の仏像の多くが木製なので。

古代には大仏を持ち出すまでもなく、金属製の仏像が尊くて、そこに石仏、乾漆像など様々な素材によって作られた(奈良時代には木彫の仏像はなかったという)が、なぜか平安以降は木製が主流になる。一見、技術的には逆流してしまったかのようだが、日本的には木製の仏像が感性に合ったのだろう。そこに一刀彫だ、寄木だと、細かく分かれるが……。

脱線したが、仏像も丹精な顔だちのものばかりではなく、異形のものも数多い。なかには目のない仏像、ぽっこりオナカの仏像、身体が曲がった仏像……などがある。また生きた立木に彫った仏像もあったそうだ。

なかでも私が気になったのは、節のある木を使った仏像である。結構存在するそうだ。写真にあったのは、体中に節があり、中でもお尻に大きなとぐろを巻いたような年輪断面が……。(島根県万福寺の観音像) なかなか味がある。

通常、節のある木は、削りにくいし刃こぼれも起こしやすい。彫刻の素材には向いていないはずだ。どうしても避けられないときは、節をくり抜いて別の材料をはめ込むなどする。それなのに、もっとも重要な彫刻品である仏像に節のある木を使ったのはどうしてか。単に素性のよい木が手に入らなかったと考えてもいいが、肝心の仏像はそんなに大きくない。素材も寄木も可能だから大木でなくても間に合う。どうしても手に入らなかったとは考えにくい。

そこで想像されるのは、霊木を使って作ることになったため、無駄にできない、節もくり抜かないで作ろうと努力した、ということである。寺の大木が枯れたとか大風で折れた太い枝とかを使ったのではないか……。節は枝の生長を意味するから、生命力の象徴にもなる。

それが当たっているのかどうかはなんとも言えないが、節を残す、さらに意匠にするという発想があってもいい。そういや、チェンソーアートも、上手い人の作品は、材の色や節を利用して作品づくりをしている。チェンソーだから、節を削るのも比較的楽だろう。

もっと節を大切にした木材の使い方を研究すべきかもしれない。節がある方が強度を強くなる使い方もある。板にして、現れた節をうまくデザインに活かすことも研究すべきだ。集成の際に節を除かずに、うまく張り合わせると紋様にならないか。
そうしたら、枝が出すぎた間伐材も宝の山になるかもね。

2013/11/06

吉野林業は量か質か

吉野林業と言えば、その材質の良さが有名だ。太くて完満の差が少なく、密で整った年輪。そして材の色合い。吉野杉は銘木と言われ、また低迷する今でも、森づくりなら日本一と自他ともに認めている。(今低迷しているのは売り方が下手なだけだ?)

が、私は以前からそれが疑問だった。本当に吉野の材は質を売り物にしていたのか? それが日本一の林業地と言われる根源なのか。

というのは、戦前の吉野林業の解説に、質を重視していた記述が見当たらないからである。むしろ計画的な森づくりと安定した出荷、そして商品開発と合致した材の提供……が評価されていたように思える。

つまり、古くからの森づくり(植林と育林)をしてきたおかげで、(明治時代は、全国的に山は荒れて木材不足が続く中で)蓄積が十分にあること、吉野は確実に材を出せることが、強みだった。

いわば、量の林業を展開していたように思えるのだ。

宮本常一 林道行政論集』という本がある。副題が~民族学の巨人 林道への遺産~とあり、出版元は日本林道協会だ。宮本常一の膨大な著作物の中から林道に関するものを集めたものである。

そこに、川上村(吉野)では、土倉庄三郎が道を開いた記述が載っている。そして基幹林道が完成すると、そこから木馬道が敷かれていき、筏流しからトラック輸送へと代わって行ったことを描いている。
どうやら明治後半から大正にかけて、林道をしっかり整備した林業地は、吉野が最初らしい林道先進地こそが吉野林業の特徴なのだ。

ただ戦争でトラックが減少したために、また戦後すぐは流送や馬車にもどってしまった。そのため吉野は木材を川で流しているというイメージが強くなってしまった。さらに木材価格の上昇で、少しでも林地を減らしたくない山主が林道を入れるのに抵抗した。

そして今や、吉野は林道があまり入っていない林業地として知られている。

ここで、見た目は量から質へと転換したのではないか。本当は、大量に安定して木材を供給する「量の林業」を指向していたのに、吉野材は質がいいから高く売れる「質の林業」を売り物にするようになったのではないか。。。。

今更、吉野に「再び量を指向せよ」というつもりはない。しかし、時代の流れと変遷をしっかり読まないと、昔から質を追求していたかのように唱えることになる。

ちなみに、大量安定供給体制をつくるために、計画的で理論的な森づくりを行わせ、結果として質のよい材を生産したのは間違いない。

それにしても、土倉庄三郎は木材搬出の重要性を昔から認識し、河川整備だけでなく林道を築き、木馬を導入し、五社峠にトンネルまで掘ろうとしたというから、やっぱり先見の明がある。いまだに認識していない林業家が多いのだから……。

2013/11/05

消費税アップを追い風にする方法

来年度から消費税アップが決まり、現在は駆け込み需要の真っ只中らしい。

とくに住宅など金額が大きいものは、3%アップもきついだろう。このままでは、来年度には、一気に消費が落ち込むに違いない。食品など消耗する必需品ならそれでも買わざるを得ないが、買い控えるものも多い。とくに木材関係はそうなる確率は高い。なんとか消費税分を抑える方法はないか。

新築は、木材利用ポイントでも適用して取り返すとして(^^;)、リフォームとか家具とかDIYとか、木材価格にかかる消費税アップ分は何か手はないか。

そこで気づいたのは、個人間の取引は消費税の対象にならない(というとマズいか。なりにくいというべき?)こと。個人取引と言っても、その範疇は微妙だし税務署の目も難しいが。

となると、副業的販売ならバレにくい(かかりにくい)?

そこで林業家が、副業で個人に木材を売るというのは難しいだろうか。

私の仕事は森づくりです。その過程で出たいらない木材を希望者におすそ分けするだけです、みたいな(笑)。

売り先の確保は、ブログやHPで告知したらいい。インターネットのオークションも利用可能だし、フリーマーケット的な売買もあり得る。物々交換だって対象にならない。

もちろん製材の問題はあるが、製材所と組んで小ロットな取引も考えられる。現金ならバレない、いや地域通貨を使って、あとで換金するとか。パチンコ店みたいだな(^^;)。

「板20枚、柱材10本、お分けします」と告知したら、案外目ざとく見つける個人や大工がいるかも(^^;)。そこにマンツーマンで売る。ならば消費税の網からこぼれるのではないか……。

う~ん、危険か(笑)。

しかし、小規模林家ならではの抜け道だ。消費税率が高くなるほど、出品する商品の割安感は増すうえ、利益率は高い。本業の落ち込みを埋める収益にはなるかも。むしろ消費税アップは追い風になるよ。

……そんなこと、夢想しました。

2013/11/04

代表的林業地のかつての姿

本を読んでいて、この記述を見つけたときは、ある人にメールで送ろうかな、と思った。

が、ある意味世間に知ってもらうのも悪くないと思いなおした。事実なんだから。

本とは、『緑のコンビナート』(村尾行一著 清文社刊)   1981年発行

私は、村尾氏の本のほとんどを読んでいるが、この本は古いもので絶版になっている。内容はその後 改訂して『山村のルネサンス』になったと聞いているので、こちらを読んだからいいか、と思っていた。

が、古本市で見つけて購入。目を通すと、なかなか斬新だ。今から30年以上前に書かれたのに、現代に通じるところが多々ある。とくにバイオマスエネルギーの項目なんぞは、そのまま現在発表しても通じるだろう。

そして、肝心の項目だが、これが日本の林業の現実、わりと伝統もあり、優秀とされてきた林業地でも、こうだったという話。当事者からすればイタいというか、世間に知られたくないと思うかもしれないが……。

なお、これは筆者が執筆時よりもずっと前に調査したことを紹介しているのであるから、現代からすれば、おそらく40年以上前の事情である。もちろん、現代はかなり変わった(はずだが)。

Img001

まあ、お読みください。

2行目に、どこのことか書いてある。

また次ページ以降には、ここではスギとヒノキを区別せず、節の有無や木目も関係なく出荷していたことも記されている。

そして、それらの原木が吉野杉や尾鷲檜に化けていたそうだ。

Img002

また、これは事例であって、全国どこでもこんな状態だったという。

 

もっとも気になるのは、本文に出てくる改革を行う人物の名字である……(笑)。

2013/11/03

黒田勘兵衛に思う歴史の視点

八重の桜』では、まだ新島襄が死なない……。

いえ、新島襄を殺したいわけではなく、彼は八重の人生の中では比較的早くに死去してしまっているので、彼が死なないということは、最終回まで2カ月を切った今となっては、八重の後半生はほとんど駆け足で終わってしまうな、ということを言いたいわけで(;^_^A。

新島八重の生涯は、私はわりと後半も好きなのだが、あまりドラマでは触れられないようだ。

という点はともかく、今日書店を覗くと、黒田官兵衛の書籍やらムックやらが、どっさり並んでいた。もちろんこれは、来年のNHK大河ドラマが『軍師 黒田官兵衛』だからだろう。

実は、私も戦国武将の中で、黒田官兵衛は好きな一人。

ただし、理由はドラマでテーマにされるような「軍師」だからではない。あえて言えば、自ら天下を取ろう使途しゃにむにならず、軍師と呼ばれる脇役人生を選んだことが一つ。

そして大きな理由が、関が原の合戦時に息子を東軍に送り込みながら、自らは九州平定を目指して動いたことだ。
しかも手持ちの軍勢はほとんど息子の黒田長政が率いて連れて行ったから、傭兵を急遽募集して、その寄せ集めで薩摩を除く九州勢のほとんどを平定してしまっている。

この行動は、戦国時代最後の最後で、自ら天下取りに動いたと解釈されている。つまり関が原で東軍西軍が膠着状態に陥った際に、第3局になろうとした……と言われるのだ。

まあ、実際の心の奥の真偽はさておき、隠居していた晩年に、とてつもない実力を見せつけたところが、なんか私の波長に合う(^o^)。

信長や秀吉のように、自ら時代を切り開く人物もいれば、実力はあっても主役にはならない(なろうとしない)歩みもある。でも、ところどころでキラリと切れる刃を見せる……。

『八重の桜』では敗者の視点から歴史が語られたが、次は脇役の視点から社会や歴史を見ることも大切ではないかと思う。そしてその脇役は、自分が脇役とは思うことなく自らの視点こそが主役と信じているのである。

脇役の歴史、常民の歴史、生活の歴史……。

突き詰めれば、人だけの歴史ではなく、自然界から見た歴史も、地球史もある。

私は、森から見た歴史、書きたいなあ。。。。

2013/11/02

さらばWindows Me!

引っ越しに際して、パソコンを1台処分した。

そのOSは、Windows Me機である。なんでもマイクロソフト社のラインナップでは、“なかったこと”にされているという……(笑)。

いわくつきの機種だが、私にとってはお気に入りだった。世間に言われるようなフリーズはほとんどしなかったし、軽くて軽快に動いたからだ。しかし10年以上前の機種をなぜ今まで保存していたかというと、理由がある。

実は、私にとってのこの機種は、フロッピーディスクドライブが内蔵している最後のパソコンであった。その後のWindowsXPは、外付けだ。vista、7に至っては、フロッピー自体を受け付けない。

実は、私はワープロ時代からのフロッピーを全部保管している。というか、2005年頃までの私が書いた全文書はフロッピーに入れていた。そしてワープロ時代はフロッピーをそのワープロに合わせて初期設定しているのだ。パソコンのワープロソフトになっても、Meまではそうだった。XP以降は、それがなくなる。そしてワープロ用に設定されたフロッピーは開けなくなる。

だから古いフロッピーに入った昔の原稿を取り出したくなっても、Me機がないと開けないのである。それがMe機を保存していたわけ。

それだけではない。かつてNIFTYのパソコン通信時代に「フォーラム」に参加していた頃、その記録はニフティマネージャーというソフトによって管理していた。膨大なログがそこに取り込まれている。フォーラムは、冒険・探検関係のほか環境、林業など多くの分野があった。
またメールもニフマネで管理していた。

ところがニフティマネージャーは、XPでは動かないのである。

つまりフォーラムで多くの人と交わしたかなり深い議論も、初期のメールも、XP以降は読めなくなったのだ。

それらの記録を活かすためMe機を残しておいたのだが、今回の引っ越しでついに処分を決定。しかし、被害を最小限にするため、仕事絡みの原稿はできるかぎり移設することにした。と言っても、文書を1点ずつ、(Me機で)テキストファイルに変換してから、現在のウィンドウズ7に取り込むという作業を行ったのである。

気の遠くなる作業であったが、結果的に残していたフロッピーの半分ほどは取り込むことに成功。しかしニフマネの分は手の打ちようがない。かくしてMe機を失うことで私のワープロ・パソコンを使って記した文章の10年間分くらいは消滅したことになる。

まあ、本当にそれらの記録が必要かと言われれば自身も疑問はあるが、それでも私が長年書いてきた証(^o^)。辛いものである。

しかし、今後も同じようなことがおきる可能性はあるわけだ。どんどんOSが進化?変化して、現在使っているメールソフトが対応しきれなくなる可能性もあるし、記憶媒体としてのUSBやハードディスクが移転できずに使えなくなったら……。

もちろん事故でデータが消えることも多々あるが、それとは違って機種・ソフトの変化によって対応できなくなるというのは、なんか釈然としない。

意外と脆弱な情報の保存状況なのである。

今回の引っ越しは、物の断捨離もかなり大規模に行っているが、情報もその一環と思うしかないなあ。

2013/11/01

Y!ニュースに「木造建築は本当に「木」を使うべきか?

Y!ニュースに、木造建築は本当に「木」を使うべきか?  を執筆しました。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/tanakaatsuo/20131101-00029413/

なかでも苦労したのは、「木を使おうと気をつかう」というシャレをベタな感じではなく、さらりと読みとばすように挿入することでありました(⌒ー⌒)。

タイトルも矛盾を含ませながら、逆説的に問題提起しているんだよ、と気がついてもらうことを期待しております。

まあ、私の書籍や講演のタイトルは、この手の逆説的な雰囲気を採用することが多いんだけど、よく勘違い?なのか、あるいは逆説が嫌いなのか、否定されることが多いんですね。

たとえば某講演では、地域材を取り上げてほしいというから「地域材は、本当に優れているのか」的なタイトルを提案したんですが、お役所的にはノーだった(笑)。

もちろん地域材なんてつまらない、という話をするわけではなく、地域材なら無条件によいと思う前に、なぜ地域材がよいと思うのか自問自答しようよ、という意味を込めたんだけど、認められないのね。いやはや。

もうちょっと、シャレがわかるようになってくれ。

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森と林業と田舎