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2013/11/16

『八重の桜』に土倉家が!

『八重の桜』を見た……と言っても先週放映分(10日)だが。

相変わらず、まだ新島襄は死んでいないし、話題はメロドラマ風になってきたし、という感想はさておき、この大河ドラマでは最後に歴史紀行的な紹介がある。ドラマはドラマとして、描かれなかった本当の歴史を語る面があるが、そこでは同志社大学が。

そして、映し出されたのが、

3


わかる?

同志社(当時は同志社学院、同志社予備学校、同志社普通学校などと名称を変えていた)を大学にするために集めた寄付の名簿である。

よく見てほしい。 右から2列目である。

2

あった。土倉庄三郎の名が記されている。

金額は5000円なり。これは、他者の寄付額と比べてもずば抜けている。

1列目の北垣国道とは、当時の京都府知事だが、彼が300円。

そのほかは一人だけ1000円出した人がいるが、100円、50円程度が多い。

そもそも大学昇格を狙って寄付を集める発想は、庄三郎の入れ知恵とされる。いきなり5000円を寄付すると言って、同じ額の寄付を20人から集めたら10万円になって、大学にでけるやろ(と訛ったかどうかはしらんが)と言い出したのである。

その言葉に焚きつけられて、新島襄は走り始めるわけだ。ま、途中で死んでしまったが。大学になったのは、ずっと後の1920年。庄三郎も既に没していたが、どうやら寄付は先にしていたようだ。

また、今回の『八重の桜』では、同志社女学校が宣教師らの引き上げで廃校の危機になり、財界から寄付を集めて維持したことを描いていたが、おそらく、こちらにも庄三郎は寄付をしていると思う。(証拠はない。)

ただその傍証として、映し出された写真を上げておきたい。

1

八重(前列右2人目)を囲んで、女学校生徒らが写っている。

この中に政子(庄三郎の次女)がいるのだ。(後列左)

この件に関しては、以前も記した。

http://ikoma.cocolog-nifty.com/moritoinaka/2012/11/post-049b.html

そして同時期に長女富子も在籍していたはずだし、さらに3女4女(糸、小糸)、それに親戚の子供も入学していたはず。

ちょうど宣教師たちと女生徒、それに八重などが衝突して揉めだした頃に、娘たちが何らかの事件を起こして、庄三郎のところに新島襄の手紙が送られている。

ついでに言えば、次男三男四男五男らも、同志社に在学中。庄三郎も出資していておかしくないだろう。

ま、ようやく『八重の桜』に土倉庄三郎がかするようにでも登場したので、満足しておくか。

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