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2013/12/15

木製のお墓は可能?

このところ、山に入るのは控えて、おとなしく町の中を散歩している。散歩とは、そういうものだ。決して、道なき道をかき分けて進むものではない。

で、ある墓地の脇を通ったら、無縁仏の一角があり、その横に見えたのがこれ。

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墓石の山積みである。

とくに奥には石垣のように積んであるが、これも墓石の基壇だろう。「○○家の墓」と見える部分は隠してあるが、無縁仏になってしまうとお墓も処置に困る。

墓石を積んで慰霊塔に仕立てたところもあるが、無造作に転がしていることも少なくない。

実は昨今、身の回りで亡くなる人が相次いだので、葬式や墓について興味を持ち、少し調べたりもしている。そこでわかったのは、「永代供養」という名称のインチキである。素人が永代と聞けば、ずっと後々まで(半永久的に)供養してもらえるように思えるが、そんなことはない。ちゃんと期限があるのだ。

たいていは30年程度。永代供養料という名の御布施も、この期限を念頭にしており、それを超すと追加で支払われないと供養は打ち切りだ。墓も撤去の憂き目を見るらしい。その際に、永代供養塔でも立てて、そこに納める場合はまだしも、そのまま打ち捨てられることもある。いや、お骨は供養塔に納めても石墓は処分される。

しかし、石塔は使い回しもできないし、砕いて砂利にして再利用……も難しいだろう。

今後、高齢者の大量永眠時代を迎えて、お墓の問題は大きくなるのではないか。

だから樹木葬も注目されている。生前から樹木(に代表される自然)と一体になりたいという希望もあるだろうが、墓地の継承者がいなくなることを念頭に行ったり、墓地の不足も理由になるのではないか。

もともと墓は、卒塔婆を立てるものだった。卒塔婆は仏舎利(骨)を納めるストゥーパのことで、インドや東南アジアの仏教国では石塔だが、日本では板卒塔婆として木製になった。
そして早く朽ちることを求められてモミの木製がいいと言われている。

ならば、いっそ墓塔そのものも木製にするのはどうだろう。間伐材を組み合わせて作ると環境に貢献と吹聴もできる。

さすがに1年2年で朽ちては困るが、防腐処理もできるし、塊なら数十年は持つ。墓参りごとにニスを塗る(^^;)。磨くと風情が出るのは木製ならでは。あるいは組み木細工のようにして、表面だけ交換もできるようにするとか工夫もできそうだ。
無縁仏化しても、石垣に積まれるより分解して焼却された方が心地よく感じる。

ちょうど墓参りをする人がいなくなった頃に、土に還る墓塔なんて、それなりに世情に合致してオシャレでもあるように思えるが。

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木製品・木造建築」カテゴリの記事

コメント

吉野町にある母方の祖父の墓は木製でした。
いつからか、石になってますが、他にもあったはずです。
困ったことは、朽ち果てたために墓の場所が曖昧で、お墓参りがうろ覚えの記憶だよりということです。

え、すでに木製墓塔があったんですか。そりこ、感激だなあ。
しかも吉野で。当然、吉野杉製(^o^)かな。見たいな。

木製墓の発想は、朽ちてなくなることですから、墓の場所がわからなくなってもいいんですよ。

実は、墓地を管理しているある団体(指定管理者)から木製の墓塔を頼まれたことがあります。

お、本当にあるんだな……。やはり、後腐れないように?(笑)

これからアピール次第では、本格的に商売になるんじゃないだろうか。

 父の故郷、吉野山でも、母の故郷、大和高田でも、小さい頃の頃見た記憶がありますよ。
 ただしそれは「貧乏で石墓を建てるお金のない人が、石墓を建てるお金が貯まるまでの仮の物」という、「負」の概念が付き纏うものだった記憶があります
 ゆえに、ある年齢以上の人は嫌がる可能性がありますね。(「墓」というよりも、ただの柱に墨書したものとか、せいぜいオベリスクみたいな形状にしてあるだけのものだった記憶があります。)

 上記の事は、子供の頃大人たちに質問して帰ってきた答えなので、実際本当かどうかはわかりません。ただ、両家の大人から、そういう答えが返ってきたということです。

もしかしたら、それは卒塔婆の延長上の仮の墓標かもしれませんね。

もっと立派な木製墓塔にすればいいんです。正方形の角材を組み合わせて、石塔より大きくする。高級なものは、さまざまな樹種の材を使うとか。そして墓を維持しなくなる前に分解して親族に遺産分けならぬ墓分けとか(^o^)。
それとも、レゴブロックみたいにして、気に入った形に組み換えてもいいようにしたら……。合体ロボみたいなのはダメか?

蛇足ですが
 吉野、大和高田のどちらの家でも、茶粥を普通に食べていたわけですが、それを(気の置けない近所の人は別にして)お客に出すことは絶対にしませんでした。なぜなら、茶粥(というか粥)は「米があまり食えない貧乏人の食べ物」という概念があったからです(ヨーロッパも同じようですね。「粥を食べている=パンが買えない」という固定概念が農村部を中心にあるようです)
 べつに両家とも貧乏と言うわけではなく、母方の方は裕福な家だったんですけどね。
 
 それと、私が和歌山で猟を始めたとき、吉野の祖母は嫌がりました。どうも祖母には「猟は殺生であるが、それ以上に(被差別部落扱いされていた)宇陀の者がすることである。」という感覚があったようで。
 婿養子みたいな形で林業を継いだ祖父は東北人なので、全く「部落差別」の感覚がなく、宇陀の人たちを差別することなくよく雇用していたらしく、祖父の葬式のときには、宇陀からわざわざ多くの人がお参りしてくれました。

 よくもわるくも、年代、年齢層、あるいは地域が違うと、同じものがまったく違う概念で捉えられてしまうので、「木の墓」は初めのアピールが、肝心でしょうね。

宇陀、とくに菟田野町は毛皮産業の集積地として有名ですけどねえ。
一見、田舎町の店に入ると数百万円の毛皮のコートをずらりと並べて売っていたりする(笑)。

木の墓を売るのは、断然都会です。墓を守るという発想が弱く、また跡継ぎが途切れそうな家庭が「朽ちてなくなる墓」として買うのです。もちろんデザインも凝って。ガンダム型とかもあり(笑)。

墓は大抵『郊外』にある。(地方・田舎も、あり得る)・・・墓参りそのものが『都市山村交流』になるかも。

お墓の近くのゴルフ会員になれば、(大手を振って)『ゴルフ』に行ける!?・・・ゴルフの後は『墓参り』!!
ある種の『グリーン(ゴルフ用語も含みます)ツーリズムだっ!!』・・・(なーんてね)

皆さんの意見を伺って、やっぱり木製墓塔より、生きた樹木を植える方が後腐れがない墓標としては手っとり早いかな、と(^-^)。

樹木葬ですな。樹木葬で里山再生・都市山村交流を生み出す。

ちなみに、閉鎖ゴルフ場をメモリアルパーク(ようするに墓地)にする計画もあるそうですよ。

私の(里山)活動フィールト゛の千葉は『ゴルフ銀座』です。

千葉のゴルフ場に『樹木葬』を提案しましよう!!(田中さんや読者と一緒に)
・・・・船頭役を引き受けますっ!!

いいですねえ。そうなると、私は「樹木葬コンサルタント」の名刺を作って掛け参じます(^-^)。

山を持っているお寺も狙い目かな(-_^)。

昔、祖祖母の葬式の時に、墓地にお社が立ってました

大きさは、棺桶より一回り大きいぐらい、高さもそんな感じでした、親戚の話によると土葬だったようです

平成に成るか成らないかの時期で、茨城県です

あのお社の名前が未だに判りません

ちなみに最近見に行くと、お社は更地となり奥に白木の墓標が立っていました

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