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2014/01/28

水口細工が幻になったわけ

滋賀県甲賀市水口(みなくち)にある水口細工。

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以前も少し紹介したことがあるが、もともと葛の蔓の繊維を取り出して編まれた精巧な細工物だ。

伊勢神宮の遷宮行事にも使われ、かつては高級品として東海道の土産物として人気を博した。

明治以降は、海外への輸出が盛んで、パリの百貨店でも売られたとか、ウィーン万博に出品されたと伝わる。毎月何万点も出荷されたそうである。

ところが、あまりに手間がかかるため、戦後はヒノキ細工、さらに経木細工と変化していく。そして、ある時にパタリと姿を消した。そして職人がいなくなるだけでなく、製法も忘れ去り、なんと原材料とその加工法さえわからなくなってしまう。葛と言ってもいろいろあるし、その繊維の取り出し方もノウハウがあるのだが、全部消え去ったのだ。

かくして幻の水口細工となった。

今、その製法を復興するための動きが市民の間で起きているが、私も少々その歴史を探索。

すると意外なことがわかってきた。

通常、この手の伝統工芸品が消えるには、代用品(とくにプラスチックとか金属など)が登場して、安値で売られて、本物の需要がなくなり……と消えていくものだ。

しかし、水口細工は少し事情が違うようだ。当時(昭和30年~40年代)の新聞にも、海外からどんどん注文が入って、製造が間に合わない様子が記事になっている。なにしろ、毎月1万点……という注文がアメリカ、イギリス、オーストラリア……から舞い込むのだ。

にもかかわらず、消えた。幻になった。

どうやら、製造に手間がかかりすぎるうえ、単価が安かったらしい。そこに高度経済成長が始まって、地元に工場がどんどん建って工人が募集される。給料がいいから、細工職人たちがどんどん転職する……という状況が起きたらしい。

かくして供給が途絶えて、需要に応えられなくなったことが原因だと見た。

一般に需要が途絶えて廃れるのと違い、供給が原因とは珍しい。。。

あれ? そうでもないぞ。典型例が林業にあったではないか。

戦後の経済成長期に木材は飛ぶように売れ、国産材も高値をつけた。しかし、資源枯渇と経済成長により農林業が縮小して工業化になだれ込む過程で、国産材の供給は縮小してしまうのだ。

そして、気がつくと代替のはずの外材がシェアを抑え、国産材は市場を失った。さすがに「幻の……」とはならなかったが、脆弱な産業になってしまった。

このままだと林業職人も消え、技術は失われ、国産材は生産したくてもできない時代が来るかもしれない。

その時は、日本の林業復興研究会ができて、木の植え方、育て方、伐採や搬出の仕方を試行錯誤しながら研究しなくてはならなくなるかもしれない。

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大正時代に知るされた水口の産業を紹介する冊子の絵。

葛を編んでいる職人の姿も活写されている。

当時、職人だけでも千人単位でいたらしい。そして、あまりに当たり前の産業だから、記録にとることもせず、まったく伝承されないまま消えていく憂き目に合う。

ゼロから復興するのが、いかに大変な作業になることか。。。

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コメント

現在は、誰かが水口細工を復元する会でも出来ているんでしょうか?
写真の水口細工は、箱なのか椅子なのか?
あまりにも当たり前に作られていたものは記録もないということですね。

現在、復興研究会があり、製法の解明と再現に取り組んでいます。

写真は、研究会が苦心惨憺、再現した小箱。戦前のものは芸術的でもあります。

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