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森と林業の本

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2014/02/02

顔のない木喰仏

萩では、維新の史跡巡りをしていただけではない。

とある、訪れたお寺。ここにある仏像を拝んできた。

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不動明王(左)と、地蔵菩薩(右)である。

高さは50センチくらいだろうか。

問題は、この仏像の作者だ。

なんと木喰(もくじき)上人なのである。

木喰は、江戸時代中期の遊行僧だが、特定の宗派に属することなく、全国を歩いておびただしい仏像を刻んでいる。その足跡は蝦夷地まで広がり、日本を一周したらしい。そして90歳を超えても創作意欲は衰えなかったらしい。

私は円空とともに興味を持っている僧、および仏像の彫り師だが、その仏像のある法宗寺を訪れて見学させていただいた。

ただ、よく見てほしい。全体に何か削られた痕があるが、とくに地蔵菩薩の顔がなくなっている。

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なんだかタリバーンに破壊されたアフガニスタンの石仏かのように連想するが、何も異教徒が仏像を傷つけようとしたのではないらしい。

むしろ信仰により、仏の顔を削って、薬のように木屑を煎じたのではないかというのだ。なんでも、東北の仏像に多いとか。

表情がわからなくなったのは残念だ。しかし、仏像を薬とする信仰というのは興味がある。たしか石仏で同じような意味で、削る風習はどこかで聞いた気がする。

こうした民間信仰については詳しくないのだが(誰か知っていますか)、木喰上人にとっては本望かもしれないなあ。

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木製品・木造建築」カテゴリの記事

コメント

木像ではありませんが、墓石を削ると言うのを聞いたことがあります。
飲むのかお守りにするのか忘れましたが・・・。

有名人の墓石を削って、お守りにするというのも聞きますね。
意外と一般的な習俗なのかしら。

メッカのカァバ神殿の石(隕石と思われる、イスラム以前から信仰されていたもの)すら、削って持ち帰ろうとする不届き者が昔から絶えなかったらしいですから、ましてアニミズム炸裂世界の日本で、やらないわけないでしょう(笑)
 昔(といっても昭和30年代ぐらいまで)、本願寺の坊さんが北陸に行って風呂に入ると、近所の人が「薬として飲む」ために、風呂の残り湯を貰いに来たとのことですし、九州の山奥では、火葬後の親族やエライ人の骨を食べる習慣が残っていたそうですから、「病気に効きそうなありがたそうなものを飲む」という習慣は、そこらでよくあったんでしょうね。

 今だって、「AKB48が巡業中に入った旅館の風呂の湯」を売り出したら、高値で買うアホは大勢いると思います。
 
 また「ふつうの人」の半分以上は、「科学と呪術の区別がつかない人」ですから(断言ー「病院に行って(内容すらわからない)クスリ貰うか手術(みたいなこと)すれば病気は治る」と思ってる人だらけですし。)、プラセボ効果って思われている以上に強力ですから、誰かがたまたまある行為で”治った”ら
-単なる時間の前後関係で、因果関係どころか相関関係が無くてもーワラワラ「ふつうの人」が寄って来て、同じ行為をするでしょうね。

そう、京都でも僧の入った風呂の湯は高く販売されていたのですよ。土倉庄三郎はそれを怒っていました(^^;)。
しかし、求めるものがいるから売るわけで。ま、AKBでなくても変態嗜好の人はいますから。

しかし仏像の顔がなくなっては、ありがたみも消えてしまいますぜ。

予想通りの解説者(腰痛おだいじに!)
出て来てくれましたね!


それから、
AKBも、のっぺらだと…。

やっぱり

ありがたくなさそうな気がします。

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