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本の紹介

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2014年4月

2014/04/30

近鉄奈良線100周年の陰に

本日、近鉄の基幹路線である奈良線が、開業100周年を迎えたそうである。おかげで、いろいろ行事があったらしい。また、開業当時の車両デポ1形(後の近鉄200形)に模したペイントをした車両も走っているらしい。(私は、まったく興味ないけどね。)

ま、そんなことを言っても喜ぶのは鉄ちゃん、鉄オタ(鉄道マニア)だけだろうが、沿線に住むものとしてちょいと紹介。そして、私の仕事と満更関係ないわけではない……(~_~;)。

近鉄は私鉄最長の営業路線を持つが、その原点は奈良と大阪を結ぶ奈良線だ。設立は1910年だが、1914年に生駒トンネルを完成させて大阪(上本町)と奈良を結ぶルートを開業した。当時の名は奈良軌道⇒大阪電気軌道だった。

この時代に、生駒山をぶち抜くトンネル(全長3,388メートル)を掘るのは大変な難工事だった。着工は明治44年だが、複雑な地質と湧水に悩まされ、工事費用が足りなくなった。

そのため当時の社長が私財をはたいたという。それどころか、完成後もしばらく社員の給料支払いや切符の印刷費もなくなるほど経営危機に陥った。そのため生駒山の古刹・宝山寺の賽銭を借りに行った逸話が残る。宝山寺は私にとってもなじみ深い寺なのだが、金を企業に貸すとはたいしたもんだ。

なかでも大問題になったのは、大正2年に発生したトンネル工事中に発生した落盤事故だ。152名が生き埋めとなり、20名(19名ともいう)の犠牲者が出た。この工事には朝鮮半島からの出稼ぎ労働者も多く、この事故で犠牲となった者たちを祀る寺が、生駒駅近くに作られている。

これだけの事故と経営危機に陥れば、当然、大阪軌道の株価も暴落する。が、それを止めようと、大軌の株を買い支えた男がいた。

誰あろう、土倉庄三郎である。

大正2年と言えば、最晩年。すでに山林王としての財産の大半は失われていた。それでも庄三郎存命時は、まだ吉野の素封家の体面を保てる程度の金は動かせたらしい。おそらく旧知の関西財界人にも声をかけたのだろう。

かくして大阪軌道は守られたのである。さもなければ、現在の近鉄はなかったかもしれない。

庄三郎が亡くなるのは大正6年だが、当時から胃病に悩まされていたという。それでも森から近代日本を支えようとしていたのだなあ。

どうだ、『森と近代日本を動かした男』を記した私とは、関係あるだろう(笑)。

ついでに、こんな写真も披露しておく。

Photo   

 

 

 

 

 
栄えあるデポ1形車両である。ペイントだけではなく、本物だ。

木造で、鹿のマークがポイントだ。

超レアもの。現在残っているのは2台だけだが、知られているのは近鉄の五位堂車庫に保存されているものだけ。この記事にも、ここ1台だけとあるが……。

http://c5557.kiteki.jp/html/daiki-debo1.htm
   

しかし、まさか野外にひっそりと残されているところがあるとは思うまい。それを私は発見したのだよ。

どこかは言わないけどね……。

ま、鉄道にはまったく興味のない私には、どうでもよいことなんだけどね。

2014/04/29

世界遺産から日本の植生を考える

群馬県の「富岡製糸場と絹産業遺産群」が、世界文化遺産に暫定登録され指定間違いなしになり、盛り上がっている。たしかにこれらの施設が、日本の生糸生産の出発点であるのは事実だ。
せっかくだから、世界遺産登録記念に「製糸業と日本の森の関係」のウンチクを。

日本の生糸は、世界恐慌直前の最盛期だった1929年の生糸生産量は、40万トンに達して世界の生産量の約8割を占めていた。驚異的シェアだろう。それを支えたのが、日本の養蚕農家は221万戸(これは全国の農家の4割が養蚕を手がけていたことを意味する)、製糸工場も1万2640箇所、従事者53万人である。

富岡製糸場は1872年に建設されたが、当時の国家予算の約1%をつぎ込み、国運を担った。製糸場で働く若い女性たちは、女工哀史として語られがちだが、最近の研究では富岡で働く女性は元武家の子女を中心に選ばれた、いわばエリートだったらしい。待遇も、当時の農家の暮らしと比べたら、ずっとよかったという。だから女工時代を懐かしむ声も記録に残されている。ブラック企業ではなかったのだ。

そして生糸の生産は養蚕から始まるが、それが日本の植生に与えた影響にも眼を向けてほしい。

養蚕にはクワの木が欠かせない。カイコはクワの葉しか食べないからだ。そのため桑畑が全国に広がっていく。水はけのよい土地がクワの栽培に向いていたから、河川岸や急傾斜地の開発が進んだ。焼き畑の跡地も桑畑へどんどん切り換えられた。

その面積は、昭和初期に71万ヘクタール! 全国の畑地面積の25%を占めていた。それは森林面積の3%程度に達した計算になる。日本の農山村の景観および生態系に大きな影響を与えたと言えるのではないか。

桑畑だけではない。

養蚕は非常に多くの燃料を必要とした。カイコの飼育には、一定の温度を維持しなければならなかったから、山間部では蚕室の暖房が欠かせなかった。薪では温度調節が難しいため木炭が使われたという。そのために必要な森林は、一回の飼育につき500ヘクタール以上に達したという推計もある。

さらに製糸工場でも薪と水を消費した。なぜならカイコの繭を煮沸するための燃料がいるからだ。糸繰りも最初は人力や水力だったが、やがて蒸気機関を使用するようになった。その燃料は薪。燃料が足りなくなって、生産が拡大できない事態になった記録もある。

蒸気機関の燃料が石炭へ置き換わったのは明治末頃から。ようやく森林の収奪は一息つく。それでも養蚕が森林に与えた影響は少なくないだろう。

どうだろ? 富岡製糸場を語る際には、こんなウンチクも語ってほしいなあ。

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こちらは遺産になった富岡ではなく、現在も操業中の碓氷製糸工場。機械化された製糸工場としては現役唯一の存在のはずだ。

2014/04/28

林業小説『樹縛』を読む

映画『WOOD JOB!』がもうすぐ公開される。

この映画に関しては、林野庁は異常?なほど肩入れして宣伝しているし、試写会も林業関係者を多く読んで盛り上がっているようだ。

となると、原作の『神去なあなあの日常』も注目されるだろう。当然、大半の人にとっては文学作品として読まれるのだろうが、このブログを読むような林業ゲットー(^^;)のメンバーにとっては、「林業小説」というカテゴリーで捉えている人も多いのではないか。

私も何年か前に読んだ。でも、このブログに何も書かなかったら、わざわざ問い合わせてくる人までいた。こうなりゃ、意地でも触れてやらない(笑)。

小説としてつまらなかったのではない。が、「林業を描いた小説」というようには読まなかったから触れなかっただけだ。

で、あえて紹介したくなったのが、樹縛(永井するみ著)である。

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これは、たまたま古本屋で新潮文庫版を見つけ、108円だったから買った本。が、これがなかなかの「林業小説」なのである。

この本は2001年出版だが、原作は1998年に発行されている。ほかの出版社からも出されているようだ。

つまり小説としては10数年も前に書かれたものだ。今まで私が知らなかっただけで、業界、もしかして秋田県では話題になったのかな?



出だしは、秋田杉の森から発見された男女の白骨死体。そして不動産会社にかかってきたマンション入居者からのクレーム電話。

クレームの内容は、花粉症だった。それも室内で発症する花粉症だ。マンション名はシーダーハイツで天然素材を売り物にしているのに、こともあろうに8月に「室内で」スギ花粉症にかかる住人が続出したのだ。

その部屋は、秋田杉材のフローリングを自慢している。が、スギ板からスギ花粉が? そんな馬鹿な。しかし、室内空気から花粉症を引き起こすのと同じポリペプチドが検出されるのだ。

……そう、これは上質のミステリーだ。同時に淡い恋愛が絡みつつ、ときにSF的な科学知識を散りばめながら展開する。そして、舞台は林業界。および木材産業界。とくに秋田杉業界なのである。

その点から言えば、『神去』よりずっと先駆的“林業小説”になる。

ちょっと古いから現在の業界と多少は違うが、不自然さはない。いかにもありそうな、木材問屋の商売。林業会社の森林管理の実態。木材業界団体のどろどろした関係。そして住宅不動産の有り様……。木材の研究現場の様子もこんな様子なのだろうな、と思わせる。
そして室内花粉症のメカニズムなどは、実際にあり得るのではないかと思わせるほどだ。もし現実に発生したら、スギの林業地は壊滅的な打撃を被るだろう。

作者の永井するみの経歴を見ると、東京芸大で音楽科から北海道大学農学部に転進した変わり種だった。農学部出身だけに、農業絡みの小説もあるらしく、林業界を描くのも自然な流れだったのだろうか。

興味を持って、彼女のほかの小説も読みたくなって調べたら、なんと2010年9月3日に死去していた。49才である。残念。が、かなり多くの作品が残っているから、今後じっくり読み進めることはできるだろう。ただし、新刊書店の棚には残っている可能性は低い。

最後に、少しだけネタバレに近いが突っ込んでおく。ミステリーとしては、木材の産地擬装・樹種擬装が重要なテーマになっている。が、現実には産地や樹種のごまかしも、外材も含めて珍しくもないし、謎でもない。たいしたインパクトもないのではないか。事実は小説よりも汚し、かもしれない。。。

2014/04/27

奈良にシカ

※タイトルは、「奈良のシカ」の間違いでなく、「奈良にシカ」です。

本日は、お客さん(林業関係者)を奈良観光に連れて行く。

奈良を観光で来たのは小学生時代の遠足程度、というので、奈良の定番観光地を案内して、まずは奈良の魅力に気づかせ、奈良ファンにし、さらに奈良通にする・・・という遠大な計画である。

ただ時間があまりないので、選んだのは若草山!

車で登れるし、今日は青空。野外が気持ちいい。
山焼きで有名だが、ここからは東大寺の大仏殿も興福寺の五重塔も見えるし、何より眺めが良い。生駒山をバックに、奈良盆地から春日山原始林まで一望だ。実は新日本3大夜景の一つに選ばれたこともある。

狙い通り、客人は大いに喜んでいただけた。

ところで、若草山は毎年焼いているから草原だ。今の季節はワラビが萌え出ていて、それを取る人々もいるが、それより多くのシカがいる。

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ちょうど毛の生えかわり時期なのか、ちょいと見すぼらしい。

が、真剣に芝生をついばむ食欲は結構怖い。


  

そのシカの姿を見て、いうのだ。


「憎きシカ!」

いや、奈良ではシカは神の使いだから。

「それなら、全国のシカを奈良に閉じ込めたらいい」

おいおい。いくら林業現場では苦しめられているとはいえ・・・。奈良にシカを追い込んだら、奈良の緑はどうなる。世界遺産の春日山原始林まで草原にしてどうする。いや、すでに原始林の林床は危機的なんだけど。

暴言じゃ(泣)。

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若草山山頂から、東大寺方面の景色を無視して、春日山原始林の中に生えているスギを探す「お客さん」。

「お客さん」の要望で、本人の姿は塗りつぶさせていただきました。

 

2014/04/26

生駒の牛搬林業

今日は、自治会の総会。役員である私は、抜けるわけにはいかず、出席(というか主催側)。なんだか被告席に座るみたいだ……。

が、今年の出席者にはいつも会議を引っかき回すクレーム婆さんがいなかった。おかげで淡々と、驚異的スピードで議事は進む。予定より1時間以上も早く終了した。

よし、これで私はお役御免だ! ……実は、この総会を開いた自治会に私は住んでいない。昨年11月に引っ越して住居がないのに、役員任期を務めたのである。まあ、同じ生駒市内で通える距離であることと、あと半年だけの代行を立てるのも大変だったから。

ともあれ、私はこの町内から完全に離れることになった。

……たまたま、この自治会組織を作り上げたのは、私の前の大家さん。かれこれ40年くらい前らしい。思わず、思い出話に花が咲いた。

すると、なかなか面白い話題が噴き出る。かつて、この土地は山裾だったのだが、そこをぼつぼつ切り開いて家が立ち始めた頃は、道が舗装もされず、急傾斜の山道のまま。

もっとも上に住んでいたのは、修験道の行者さん(@_@)。

そこから麓までの道は、冬になって泥道が(凍って?)固まると、牛が材木引っ張って出していた……。

おお、この町の奥では林業をしていて、ここは作業道だったのだ。しかも牛だよ牛。そして牛搬林業をしていた。馬搬より古い(笑)。ちゃんと牛を買っている家があったそうで、牛に荷車を引かせて、木材を山から下ろしていたのだ。
たしかに裏山には人工林が結構あるし、林業地だというのは間違いではあるまい。生駒も林業地だったのだよ。

現在の自治会館の建った経緯も面白いのだが、それは省く。ただ、その土地は棚田だったという。よく見ると、今も段々がある。そこが宅地になっているから、住宅まで段々になっている。

なお、ここから生駒駅まで徒歩4分。そこには百貨店もあるし、今度複合施設ベルテラス生駒もオープンした。なかなか都会的な風景になった。(それがあんまり好きになれないけれど。)そんな駅前に棚田があり、牛搬林業が行われ、さらに滝行を行う場がいくつもある修験道場が点在していたとは……。

どうだ、まいったか、この生駒山の奥深さ(笑)。

この町から去ったことがちょっと悔やまれる。今住んでいるのは、見るからにニュータウンだからね。 。。

ちなみに、自治会総会が早く終わったおかげで、参加できないかな、と思っていたアーボマスターのオープンセミナーにも悠々間に合ったよ\(^o^)/。

2014/04/25

アーボマスター講習会の肝

 

アーボマスター講習会5日目、つまり最終日。また覗きに行った。

今日は、受講生みんながノビノビと登る登る、木に登る。

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なんたって、今日は完璧な青空。新緑が萌える木々に登るのだよ。

ああ、私も登りたかったよ(;_;)。

5日間の間にメンバーは打ち解け、実技にはまっている感じ。初日は座学とデモンストレーション見学ばかりで自ら動けなかったが、今日は思う存分身体を動かす。

実は、受講生のレベルは千差万別。チェンソーもツリークライミングもほぼ素人から、すでにプロとして仕事でやっている人まで。しかし、受講生同士も教え合ったり、情報交換、技術交換しつつ行っている。なんたって受講生の一人にジョン・ギャスライトがいるんだよ。え、講師じゃなくて??

私自身も、いろいろな人と話ができて面白かった。それぞれ立場や目的は違うのだが、思うところあって講習会に参加したのである。

で、おそらく日本で開かれたこの手の講習会では最高級のメンバーと内容だったと思うのだが、ここで何が教えられたのだろうか。

この点は、主催者であるアーボジャパン代表の小林仁さんの言葉にあった。

セーフティ、セーフティ、セーフティ。

安全に、木に登り、チェンソーを扱う。不安や疑問を感じたら必ず立ち止まる。絶対安全を確保して行う。

これに尽きるだろう。単純にチェンソー技術や木登り技術を身につけることだけを考えると、今回は基本コースであり、また5日間という期間は短すぎる。技術も人によって違うだろうし、道具も次々と新しいものが現れる。しかし、安全思想を身につけることで、どんな場面にも対応できる……。

私は、自分が講習を受けたわけでもないのに、そう気づいた。同時に、この発想は人材育成全般に通じることではないか、ということも。

ちなみに残念だったのは、私が木に登れなかったこと。
有り難かったのは、同席したハスクバーナの開発担当者に、「近頃、私のチェンソーの調子が悪いですよ~」と相談したら、直接(たまたま車にチェンソーを積んでいたのだ)調節していただけたことであった(^o^)。

よし、またタナカ山林で、元気よく、安全に、伐採しよう!

2014/04/24

伐採木を薪にする風景

生駒山にある大阪府立公園「むろいけ園地」。

こんな告知が張ってあった。

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この園地では、カシノナガキクイムシ対策もあって、主にコナラの伐採を進めている。

生駒山は基本コナラ林だから、これは強度間伐であり、また小面積皆伐に近い。これによって落葉樹林主体の里山を再生しようという計画だ。

ただ伐採するだけではない。伐った木を薪にして販売する。多少とも利益を上げることで、運営資金の足しにしようという心づもりだ。

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実は、この計画には、私も関わっていた。

府立公園の指定管理者になっていた大阪みどり公社の委員会に入って、公園の今後の姿を決める審議を行っていたのだ。

そして、コナラの大規模な伐採を含めて、その経費の一部を稼ぎだすための薪販売などの立案に参加していた。 その第1弾として、むろいけ園地で実行されたのである。

伐採は森林組合が請け負ったはずだが、薪にするのは日本森林ボランティア協会などのメンバーが協力したとか。

その会議の席上では、公園内で大々的に伐採したら、苦情というか「自然破壊!」という声が出かねないよ、しっかり告知してその意義を伝えねば……という意見を出していたのだが、ちゃんとやっていたのだねえ。 そのおかげかどうか、苦情も来ていないようだし。 

この園地の森を散策する人は多いが、意外と理解があるというか、伐採する意義を知っているらしい。

いやあ、感慨深い……と喜んでばかりはいられないのは、この第1弾の後が続かないからである。ほかにも園地はいくつもあるし、どこでも大きく育ったコナラがカシナガ被害が出ている。だから順次実施する予定だったのだが、肝心の予算が付かなくなったのである。大阪府の予算削減の煽りを食ったのだ。結果的に、むろいけ園地が唯一無二の実行例となったのである。

ああ、何年も会議を開いて話し合ったのになあ。。。

しかし、タナカ山林で進めている小面積皆伐の先駆けと言えなくもない。私のところにも、伐採木を薪として欲しいという要望は何件か来ている。また丸太をイスにしたいから欲しい、とも言われた。

皆伐も、その木の利用も、理解を得て進めることは可能だという例になれば幸いだ。

2014/04/23

石垣に森が

昨夜からタケノコを食いすぎた。ちょっと口の中がイガイガしている感触。

たまたまスーパーマーケットに行くと、小ぶりの真鰯が安く売っていた。テカテカ光って新鮮そう。そこで今日は、こちらでオイルサーディンづくりに挑戦。

頭と内蔵を除いて、塩水に浸して1時間半、それから水気を取ると、ニンニクやローレル、粒胡椒、トウガラシ……とハーブ類を投入。そこにサラダ油とオリーブオイルをひたひたと浸かるほど注ぎ、超弱火でクツクツと……。

さあて、手づくりオイルサーディンの出来上がり♪

……という話はさておき(^^;)、例の「タナカ山林」(今、命名(^^;)における里山再生計画。

私が個人で進めている小面積皆伐による里山再生実験であるが、ちょっと意外な展開があった。

相変わらず皆伐跡地の地拵えをしているのだが、気になるのが林地ならぬ隣地だ。実は、皆伐地の一方の境界は、石垣である。その上には、プレハブの小屋と畑を作られている。

私は伐採を進めるに当たって、その境界線(石垣)に近い部分の木は残した。ばっさりと木がなくなると丸見えになって苦情が来るかもしれないと思ったからだ。 なぜなら、今は木々の陰になっている土地が見通せるようになるからだ。
それに石垣から生えている木は、正確にはアチラに所有権がある。もし伐採して問題になっては面倒だ。

ところが、その日は石垣の上に人影があった。畑を耕作し始めたようだ。とはいえ、何も交わることなく、私が撤収しようとしたら声をかけてきた。

お互い自己紹介をし合ったのだが、その際に言われたのが、なんと「もっと木を伐ってくれ」だった。 木が大きくなると、畑に光が差し込まなくなり、芋が作れなくなったそうである。

こちらの伐採の目的と意図を説明したが、石垣から生えている木も伐ってほしいという。 そんなら、伐りましょう、と返事をした。

伐採に関してクレームが来るかと思ったら、意外や伐採を望む人が多いのね。ほかにも、「道が明るくなってよかった」という人多数。そうか、イメージでなく実際に森を目にしている人は、繁りすぎた森は不健康で禍々しいということを感じているのだね。やはり理屈こねるより体験だ。

そこで後日、実情を調査してみた。

なんとなんと。想像以上だわ。

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これが正面から見た境界線となる石垣。

手前の木をばっさり伐ったので、随分明るくなったはずだ。

石垣から多少、木が生えているが……。

だが、石垣づたいに回り込んで境界部分をよく調べると。。。





     

 

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おや、こんな木が生えていたか。

結構太い。10センチを越えているだろう。

石垣がよく崩れなかったなあ。いや、このまま太り続けると、石垣は崩れるかもしれない。

それは、私にとっても困った事態。

根から伐るのは無理でも、上の部分は切り落とせば枯れるか……といろいろ算段する。




   
    

が、そんなに甘くなかった。

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ぎゃ! これはなんだ。もはや大木と言ってもよい木が育っている、石垣から……。。。

奥の木は直径30センチ級のクスノキだ。

見上げると、高さも10メートルを越えているだろう。





  
 

もはや、石垣に森ができていると言っても過言ではないなあ。地面からより太い木が生えるなんて。

これを伐採するのは、ちょっと大変。少なくても下からでは無理なので、石垣の上(つまり隣接の土地)に上がらないといけない。伐採後の片づけも半端でなくなる。(畑を潰してしまうかもしれない。) 所有者と相談しなくてはなるまい。

そもそも、私だけで伐採するのは不可能だ。道具もないし、危険すぎ。
また伐採応援を頼むかもしれない(^o^)。

2014/04/22

イノシシに負けずにタケノコ発見!

なんと、タケノコがあった!

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と言っても、何のことやらわからない人もいるだろう。

場所は、私の持ち山である。ただし、最近皆伐を進めている場所とは道を挟んだ反対側。

ここも雑木林だが、その隣が竹林のため、竹の進出、いや侵略が激しい。放置すると、雑木林が竹林化するのは避けられないだろう。

そこで、春は侵略してきた竹の子……タケノコを駆除するのが毎年の恒例行事であった。

当然、タケノコが収穫される。いつも40~50本は掘っていたのではないか。ありがたやありがたや……いや、これは戦利品である。

が、ここ数年、タケノコが採れなくなった。伸びてこないのではない。私よりも先に掘るものがいたのである。さてはハイカーのおばちゃん説もあっのだが……どうやらイノシシであった。イノシシにとってタケノコは好物の食料なのである。

なにしろ匂いで土の中にあるうちに嗅ぎつけ、牙で掘る。人間はたしょうとも穂先が出ないと気がつかないから太刀打ちできないのである。

そのため、毎年空振り。むなしく引き上げる……いや、私の代わりに侵略者・竹(の子)を駆除してくれているのだ、と感謝すべきかもしれないが。。。。

実は、今日も、タケノコは期待せず、すでに根付いたかのような竹を伐ってやろうと林内に入ったのである。そうしたら発見!

今年はイノシシが出ないのか?

いや、そうではなかった。イノシシもタケノコを食っている様子がありあり。

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このように、その場で食い散らかす。

地面に穴があり、その周辺にタケノコの皮が散らかり、かじった歯形まで残っている。

これが結構各所にあるから、かなりタケノコを食ったのは間違いない。ところが、その隣に、上記のタケノコが穂先を出していた。

どうやらイノシシが去った後に伸びたようだ。

今年はタケノコの成り年らしい。かなり多く出ている。とくに昨日は雨だったから「雨後の筍」のように今朝は伸びたのだろう。

そして、まだイノシシは姿を見せていない様子。ついにイノシシに先んじてタケノコが掘れる!

あちこちでタケノコが大豊作だから、おそらくイノシシも焦って食べなくてもよいのだろう。言い換えると、イノシシのおこぼれを見つけた?

ともあれ、掘らねば。。。と周りを見回すと、あるある。アチコチに頭を出している。スコップがないのが辛かったが代用品で掘った。ざっと15本以上。

こんなに掘っても食べきれないよ……(贅沢)。

まずは大きなものを5本ほど、近所のスリランカ料理店ラッキーガーデンに奉納。年貢みたいなものである。だから、ここ数日は、ラッキーガーデンで食事すると、タケノコカレーが出るだろう(⌒ー⌒)。終末まで残っているかな?

そして近所にも配り、残りを自宅で料理。ワカメとタケノコ煮。おいしゅうございました。

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ラッキーガーデンに納めたタケノコ。

 

2014/04/21

アーバンフォレストリーとアーボリカルチャー

日より、アーボジャパン主催の「アーボマスター講習会」。私も覗かせてもらった。009

会場は、生駒山中の大阪府立公園むろいけ園地。その中のアイアイランドの研修室。


アーボリカルチャーの世界でアメリカの第一人者を呼んで開催する講習会だ。

非常に密度が濃い内容であったが、今日から5日間、朝から晩までみっちり行うものなので、初日を覗いただけの私がここで勝手に報告することは差し控える。

ただ印象深かったことを一つ。

まず午前中は座学だったのだが、そこでアーバンフォレストリーという言葉が登場した。一方で、アーボリカルチャーが近年登場したことを紹介している。

そこで会場から質問。アーバンフォレストリーとアーボリカルチャーの違いは何か?

アーバンフォレストリーとは、意訳すれば伝統的な都市部の樹木管理……という意味合いである。昔から、都市部にある樹木(街路樹もあれば、庭木、公園……)を伐ったり剪定したり、という作業はあった。それなりに担当する人もいた。しかし、それは日常的な技術を取り入れたものだった。個々人の技と経験で行っていた。

そして、その中から生み出されたのがアーボリカルチャーなのである。高木に登り、必要な作業を無駄なく安全に行う。こちらはロープワークにしろ伐採方法伐採道具にしろ、科学的で新しいテクニックを取り入れた世界。先進的な要素で成り立っているのだ。

だからアーバンフォレストリーの中にアーボリも含むが、アーボリは時代の先端部分で専門を特化させている。だから、講義には物理学的な要素も登場し、内容が理論的だ。


 

……このような説明がされた。それを聞いて私が感じたこと。

ああ、日本の林業は伝統的なアーバンフォレストリーのレベル分のまま止まっている……。
アーバンではなくルーラルかもしれないけれど、科学や理論を十分に取り入れていない。経験則を重んじ、系統だったシステムもない。それは作業のことではなく、教え方や学び方の分野にも顕著だ。伐採一つとっても、受け口・追い口・ツルの関係……を理論的に新人に教えているろうか。身のこなしやチェンソーの持ち方だけでなく、心理面も含めて安全も理論的に教えているだろうか。そして造材は、木取りは。労働形態は。
何よりも、常に新しいものを学び取り入れようという心構えは身についているか。現場に重機を導入するだけが先進林業なのではないだろう。

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座学だけで4時間。

ちょっとショッキングな映像が続いた。

2014/04/20

椿と桜と躑躅~山は花盛り

ダイエットに勤しんでいるわけですよ。

地拵えだけでなく、山歩きもしているわけですよ。

あまり人の通らない山道を選んでは歩いているわけですよ。

すると、人知れず?美しい景色を目にすることもあるわけ。

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これはツバキ林を通り抜けたときに見つけた。

ツバキの花が林床一面を埋めている箇所があった。

それがずっと続く。それだけでも壮観だったけど、ある箇所には、ツバキの花に負けずにサクラの花びらが埋めつくしている。

見上げると、ツバキの枝葉と花の間から、ヤマザクラが見えた。ツバキよりずっと背が高いから全景は見えないが、林冠の高みで花を咲かせ、それが散り時を迎えたのだろう。

サクラの木や花は見えないけれど、花びらだけが地上を埋めつくすとは風流な。西行なみに世の無情を感じたりはしなかったけれど。

ツバキは3月の花。サクラは4月の花。そして、1枚の写真には納められなかったけど、そのすぐ横にはツツジが咲いていたのだよ。ツツジは5月だろう。

 

2014/04/19

Y!ニュース「韓国に先んじられた……」の記事の裏側

ヤフー!ニュースに「韓国に先んじられた?新たな森林利用」を書きました。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/tanakaatsuo/20140419-00034647/

ときどきこのブログでも触れる樹木葬と森林療法。

どちらもそれなりに新しい動きはあるのだが、意外や私の情報網(^^;)に引っかかってくるのが、韓国の動きなのだ。それも、日本より進んでる。

まあ、張り合う必要はないが、内ばかり見ていては世界の潮流を見逃す。たとえば樹木葬を「岩手県一関市の知勝院が発祥の地で……」と国内だけで考えていたら、世界各国で広がりつつある自然の中に埋葬する動きを見逃す。実は、世界各国で同時発生的に登場しているのだ。まさにグローバル化とは、文化や人々のライフスタイルのレベルから進行しているのである。

同様のことは、ほかの業界でも起きているだろう。

おそらく林業界も・・・。

2014/04/18

「林業は人手不足」のからくり

先にメールで質問された。「林業界は人手不足、若手不足というこれど、一体何人いたらいいんですか」と。

そんな難しい質問、私にしない方がいいよ(ーー;)。。。

私の返事は、「そもそも本当に人手不足なのか」云々。。

あらためてこの問題を考えてみた。

いつの頃から林業は人手不足と言われるようになったのだろう。一方で、林業は構造不況で儲からない、食えない、とも言っているではないか。儲からない業種が人手不足というのは矛盾している。今いる人が食えないのに、もっと多くの人を雇えば仕事の取り合いになって、いよいよ食えなくなるだろう。
いや、緑の雇用などで新規就業者を募る際は、補助金つきだから、いわば失業対策だろうか。そのために無理に仕事を作っているケースもある。山村の失業者を雇用するだけでなく、都会の失業者を山村に送り込む効果も見込んでいるのか。

実は林業が「人手不足」と言われ始めたのは、「間伐遅れ」の指摘と軌を一にしている。

つまり、戦後の大造林で育った人工林が間伐の時期を迎えているのに、十分に間伐するだけの人数がいない……これを「人手不足」と呼んだのだ。しかし、林業が好景気なら、黙っていても人が集まり間伐もするだろう。間伐遅れは林業では儲からないから起きた現象だから、人手不足とは別次元である。

だいたい林野庁が間伐遅れを指摘するのはなぜだ? 人工林が荒れると環境的に劣化することを心配しているのだろうか。しかし、そこに産業としての林業振興の意図を含んでいるように思えない。そんなに森林環境を心配しているのか? あるいは地球温暖化防止にひっかけての間伐推進(二酸化炭素削減)だとすると、地球環境を心配しているのか?

そのあげくに切り捨て間伐という産業的には無駄な施策を推進し、さらに列状間伐という情けない技術を生み出した……。これが森林環境を改善しているとは思えない。むしろ森林を劣化させているのだが。

このように「林業は人手不足」という言葉には、大きな矛盾を感じる。現在は、補助金制度が変わって、事実上切り捨て間伐にストップをかけた。が、その現政策下でも、さらに「人手不足」を強調されている。

今度は利用間伐を推進しているから、木材生産する人手の不足を指すのか。事実、国の森林計画では今後さらに木材生産の増強を謳っている。

が、日本の木材需要は年々縮んでいるのである。将来的にも減少していくと見て間違いない。それなのに生産増強するのは……需要がないのに生産したら、木材価格が暴落する。それでも山村の「人手不足」解消が大切だと考えた? 

ここでも論理は同じ。「伐期を迎えた人工林が増えているから」。

最初に決めた伐期どおり伐らなくてはいけないと考えたのかもしれない(実は、すでに40年から60年、さらに80年と延長している)。しかし経済情勢を無視して伐採する必要性はどこにある。そもそも民有林の伐期をなぜ国が規定する?

いやいや、もっと深読みすると、マクロな林業経済はどうでもよくて、過疎が進む山村の雇用を拡大して消滅を防ごうというのか。それとも林業技術を受け継ぐ後継者づくりを目的としている?……そんな深慮遠謀によるものなのかもしれない。それにしては、伝える技術のレベルが低すぎる。むしろ新規就業者の技術の低さが森を荒らしている。また事故を引き起こしかねない。質より量を重視しているようにしか思えない。

しかし、日本の人口は全体が減っている。都会でも減少傾向だ。となると、どこから山の雇用者を引っ張って来るのか。都会の人口をより減らして山村に移すという政策なのか? 都会はもう限界、山村で生き残るのだ、という裏の意図があるのか?

ならば、大いに賛成だ\(^o^)/。

……こんなに、いろいろ考えさせてくれたのは、Yさんの質問のおかげ。ありがとう。

2014/04/17

皆伐地その後

生駒山で展開している里山再生実験(このように書くと、結構おおごとなプロジェクトみたい)だが、その後もせっせと地拵えを行っている。

地拵えと言っても、伐採跡に何か植えるわけではない。ただ、そのままでは倒木が折り重なったままで地面を覆っているから、芽生えも悪いし見映えも悪い……。

そんなわけで、幹を刻み、枝葉を払っては体積を減らして積み上げている。幸か不幸か、あまり傾斜のない土地なもので、下に投げ下ろすこともできず、自力で運ばないといけない。枝葉やぶつ切りした幹を転がすのは体力使う。これが結構な運動になる。

これは誰も応援を頼めないから一人孤独な作業だ(^o^)。が、なかなかよろしい。地味だが工夫がいるし、もくもくとやっていると考え事をするのに向いている。

それとは別の理由もある。実は娘から先日「太った!」と罵倒されて、減量を厳命された。たしかに、この半年、急に太った。これは引っ越して親と同居が始まったからだろう。何かとお菓子を口にすることが増えた。

そこで食事もだが、やはり運動。いつものように森林を遭難、もとい散策してもよいのだが、地拵えを運動としているのだよ。

少しずつ、地面が露出してきた。そこに日光が当たるのを見るのは気持ちよい。

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よく見ると、そこかしこに緑が萌えだしていることに気づく。

これはソヨゴか。切株から、新たな萌芽が伸びたのだろうか。まさに萌え~だ。



                         


   

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切り倒した木の枝葉を払って、積み上げたところを再び移動して見ると、下から芽生えが。

健気ではないか。。。。

これらは、もし伐採しなかったら、仮に芽生えても、暗い林内だったからさして生長しないまま枯れていたかもしれない。
しかし明るくなったので、大きく生長する可能性がある。

と、そこで気づいた。萌芽はこれまで生えていた木の切株から生える。……すると、また照葉樹の森になってしまうじゃないか。。。

 

2014/04/16

吉野山のカスミザクラ

吉野山を舞台にした物語を見た。

吉野山にある旅館の4姉妹を巡る物語なのだが、その中でちょっとひっかかった点がある。

それは「吉野山のサクラは、今はヤマザクラばかりだけど、昔はカスミザクラだった」というセリフ。

たしかに現在の吉野山のサクラは、大半がシロヤマザクラとされている。こぞって植えられたのである。ちょうど今が満開の季節。
ヤマザクラ系の野生種には、シロヤマザクラのほかオオヤマザクラ、そしてカスミザクラがある。オオヤマザクラは北方系種で、本来は吉野にはない。多少あるのは、誤ってか持ちこまれたものだ。

だが、昔はカスミザクラが多かったというのは……。私は初耳だ。本当だろうか。


 
カスミザクラは、ヤマザクラの中でも開花が遅い。4月下旬から5月に咲く。当時に葉も出るので、新緑と花が一緒になる。シロヤマザクラと比べると、ちょっと地味かもしれない。それが理由で植樹が少なく、吉野山ではシロヤマザクラに押されることになったのだろうか。

そういや、吉野山のサクラが弱っていることが問題になっている。どんどん枯死するだけでなく、ヤドリギがついたり天狗巣病に罹患しているのだ。
調査によると、その理由は、やはり同じ種を植えすぎで、しかも適地でないところに植えたり、密植したり、本来吉野にはない品種の持ち込み、そして管理不足……など総合的なものとされている。

ならば、シロヤマザクラよりカスミザクラに植え替える、少なくても枯れた跡にはカスミザクラにするという選択肢もあるかもしれない。

しかも、カスミザクラはシロヤマザクラが散った頃に咲き始めるから、吉野山の花期を延ばす効果も出る。4月だけでなく、5月も花を楽しめますよ、と売り出せる。またカスミザクラの葉は、紅葉が美しいというから、秋に観光客を呼び込むネタにもなるだろう。

もっとも、全山が桜色に染まることを名物とすると、カスミザクラは花の色が白いし、モザイク状になってまずいのかな。

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春の吉野山。

遠方に、金峰山寺蔵王堂が見える。

 

  
  



   
ちなみに舞台では、西行が詠んだ「願はくは花の下にて春死なん、そのきさらぎの望月のころ」を紹介して、願ったとおり、桜の季節に亡くなった……と吉野山の西行庵に触れていた。
それに、ちょっと疑問を持って調べると、たしかに西行は如月(旧暦の2月)、現在の3~4月に亡くなっているから、サクラの花の時期に亡くなったのは事実だが、その場所は吉野ではなく、河内(大阪府)の弘川寺だった。これは蛇足。 

2014/04/15

伊勢神宮の巨木

伊勢神宮には、広大な宮域林が隣接している。

残念ながら一般人は中に入れないのだけど、参道には巨木が立ち並び、森の奥深さを想像させる。

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直径1メートルを優に超える巨木が、まさに林立している様は、なかなか壮観。それも目の前だ。

だいたいスギだが、これらを伐採して遷宮に使うという発想はいけないのだろうか?

宮域林は、5000ヘクタール以上。それが全部こんな森だったらすごいのだが。

残念ながら、これらの巨木は参道沿いと、境内だけだろう。実は、宮域林は、80年前まで荒れていた。過伐に悩まされていたのだ。木材を取るというよりは、薪にされていたらしい。伊勢は昔から参拝客を迎えるために宿が多く、燃料が大量に必要だったわけだ。

そのため五十鈴川も氾濫したらしい。そこで明治になって森の再生に取り組むことになった。

林学博士の本多静六も参加して計画を練り、植林を進めたわけだ。不伐の森のほか、景観林、そして木材生産林などに分けられたが、基本はヒノキを中心にした多様な森。80年たった昨年、初めてヒノキが間伐されて、その材が遷宮にも使われたことは話題になった。

それはともかく、神社の総本山……とは言わないか、ようするに頂点に立つ伊勢神宮の鎮守の森さえ伐採されていたのだから、全国の神社でも鎮守の森がどんな扱いを受けていたか想像がつくというものだ。

決して、鎮守の森は人の手が入らずに潜在自然植生が保たれていた、とは言えないのである。

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こんな大木もあった。

幹まわり3~4メートルもある代物。参道の中に生えている。

樹肌がツルツルだったが、人が触りまくったのだろう。

が、根元を見ると、なんかおかしい。




               

 
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ん? 

扉があるのか……?

思わず、樹の中に続く秘密の通路を想像してしまった。

まさか。扉ではなく、檜皮を張っているらしい。

隙間から覗くと、幹には大きなウロがあった。それを治療したのか、見映えを気にしたのか、塞ぐために張ってあるよう。

 

2014/04/14

伊勢神宮の戦略

実は、昨日は伊勢神宮に行ってきた。

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内宮の本殿前。これでも人が少ない瞬間を選んで撮影。

この奥は、撮影禁止。「石段より下で撮影してください」とあるから、鳥居の石段の下で撮ろうとしたら、注意された。

むかつく。

まあ、混んでいること。とくに大祭でもないのに、なんでこんなにごった返しているんだ? 地元のタクシーも驚いていた。おそらく、団体がいくつか入ったのだろう……と。

私は、伊勢は20年に一度、遷宮バブルがあるから、と軽口をたたくと、どうも前回はそうでもなかったよう。今回初めて「遷宮」の広報宣伝をして、それがヒットしてドドドッと人が押し寄せたのだそうだ。

考えてみたら、一般の人は「20年に一度建て替える」とか「木曽檜を運ぶ」なんて知らないだろう。

また、神宮(伊勢神宮というのは通称)は外宮と内宮があり、本当は二見浦、外宮を参ってから内宮を参拝することも宣伝したおかげで、これまで閑散としていた外宮にも人が殺到したそうな。見事な観光戦略だ。

そういえば、江戸時代の旅は、「おかげ参り」だった。実は当時の日本は世界に冠たる旅行大国だった。中期の人口は3000万人くらいとされるが、400万人以上が旅をしたという。百姓も町人も、意外や旅によく出たのだ。その多くは「お参り」名目。

もっとも、明治になり、天皇家と神宮が結びついたため、庶民のおかげ参りは急速に冷めてしまう。参拝客も激減する。ある意味、忘れられたのだ。今回の宣伝は、それを払拭しようとする意図があったのかもしれない。

そして伊勢市の人口の何倍もの参拝・観光客が来たのだから、日本でも冠たる観光都市になったといえる。

やるなあ。神社など宗教も、今やマーケティングと広報戦略の時代なのだよ。

さて、本殿は撮影禁止だし、中には入れない……と思っていたら、入っている人がいるではないか。ちゃんと、御祓いを申し込めば中に入れるのね。もちろん、お金を納めないといけないけれど……。ここにもグレードの差をつけて、賽銭を誘導する戦略がある(⌒ー⌒)。

ちなみに巫女さんバイトの経験のある娘によると、京都にある有名神社の御祓いの額は、一人3万円だそうで……。家族で入ればいくらかかるか。しかし、行列ができるほど希望者がいるのである。

憎まれ口をたたくばかりでは情けないから、一応、見てきた木造建築も。

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御稲御倉。本殿は撮影禁止だが、こちらは通り道にあるから目の前で眺められる。

間近で見ると、見事なヒノキの白木。構法も、由緒正しいものだ。
基礎もなく、柱も砂利?の上に立つ。

 
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本当に塗料を塗らないのかね。それでは、すぐに表面の色はくすむだろう。

これほど白い木肌を見られるのは、昨年遷宮したばかりだからと思うと、なんか有り難い(~_~;)。

2014/04/13

原六郎と富子

昨日に続いて、土倉家発掘写真。

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これも古色蒼然としているが、写っているのは結構大物。

男は、原六郎。

女は、妻の富子。

子供はわからない。原夫妻に子供はいないはずだったが、実はいたのかもしれない(夭折したのか?)。あるいは養子の邦造の可能性もある。

原六郎は、明治維新の志士だ。もとの名は進藤俊三郎長政。

坂本龍馬と親しく、高杉晋作の下で戦い、五稜郭までの戊辰戦争の第一線を率いる一方で、明治になるとイギリスとアメリカに留学。帰国後は実業家として成功し、多くの会社を創業した。そして巨額の財産を築く。

アメリカ留学中は新島襄と知り合い、同志社の後援を続ける。そこで土倉庄三郎とも交流を深め、その長女・富子を後添えに迎えた。

二人は親子ほども歳の差があるのだけど、富子さんも六郎をキリスト教に改宗させたというから、なかなかの影響力。もともと同志社で英語を学び賢さでは妹の政子に負けなかったらしい。結構、怖い人だったと伝わる(~_~;)。

あらためて、土倉家の一族は、明治の社会のそこかしこに関わっていることを思う。

2014/04/12

西太后と政子

先日、訪問した泉州の旧家で拝見した写真の一部を公開。

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さて、誰でしょう?

中国人ぽい、というか、完全に中国人の服装だが、現代のものではないのはわかるだろう。

そう、清国の時代のものである。それも、清国の貴族の装いだ。
 


着ているのは、内田政子。もちろん日本人。正確には、当時の清国大使館に勤務した内田康哉公使の夫人である。

そして、土倉庄三郎の次女。当時、アメリカに長く留学して完璧な英語に加えてフランス語、ドイツ語もマスター。帰国後、内田に見初められて結婚するが、清国に赴任するや、北京語まで覚えてしまった。

そして、外交官夫人として各国の外交官の社交界に参加するが、そこで彼女を気に入ったのが、西太后だ。多少とも近代中国史をかじった人なら知っているだろうが、清王朝の末期に皇帝の后にして、母として皇帝を支配して、実質的に政権を掌握した。
その残虐さは映画にもなって描かれたが、同時に崩れ行く王朝の命運を左右した。洋務運動など改革指向もあるが、義和団事変に乗っかるなど国を滅ぼすきっかけをつくる。

政子夫人は、西太后の寝室まで入れるほど親しくしていた。これは、ほかの外交官の誰一人できないことだった。

そして日露戦争が勃発。苦戦した日本軍は、奉天会戦で乃木大将がロシア軍の後ろに回り込む大迂回作戦を展開する。が、その時のルートは、清国の中立地帯だった。

そこを通ってロシア軍の裏をかくことができたのは、政子夫人の西太后への口添えがあったからだ。おかげで清国は日本の国際法違反を黙認したのである。

(そのとき、内田公使は何をしていたのか? )

ともあれ日露戦争で日本は勝利し、内田は帰国後外務大臣にもなるが、あまりその後は評判よくない。ただ政子夫人の賢さばかりが目立った。

この写真は、そんな頃の政子夫人の姿。帰国時は、西太后から莫大なお土産をいただいたと伝わる。チャウチャウもいたという……。

 

2014/04/11

Y!ニュース「ソメイヨシノの一斉開花」記事の裏側

Yahoo!ニュースに「ソメイヨシノの一斉開花はなぜ起きる?」を執筆しました。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/tanakaatsuo/20140411-00034417/

お分かりのとおり、これは昨日の『なぜソメイヨシノを守ろう」なのか』をブラッシュアップした記事。昨日は、「思いつき」で書いたのだけど、これはYahoo!向きかな、と考えて、本日はしっかり調べて考えて書きました。だから「思いつき」ではありません(笑)。

本当は、この手の記事に時間をかけてはいかんのだが、午前中を潰してしまった。効率悪い……というか、そもそもYahoo!は仕事じゃないし。

 

むしろ、ここで衝撃の記事の裏側を激白しよう。。。

写真にどれを使おうか考えて、今更付近のサクラ並木の写真じゃありきたりだし、昨日も載せたから、ちょっと違いのあるものを……と探して、夜桜の写真を見つけた。

それで、載せてから気づいた。これ、ソメイヨシノじゃないや。。。。

はっきりした樹種はわからないが、大阪城公園の西の丸庭園前のもの。4月中旬に花見をした時のものだから、遅咲きの八重桜だったと思う。タイトルとずれてしまっている(笑)。

もう直す気力はありません(⌒ー⌒)。

そういや、来週14日に、今年の花見に誘われている。ちょっと行けないかも。。

2014/04/10

なぜ「ソメイヨシノを守ろう」なのか

散歩で少し山手に歩きに行くと、サクラが満開だった。

周囲では、サクラは散り始めていたのに、ほんの少し場所が変わると、その一角に植えられたサクラは満開なのである。

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単に標高ではなく、ちょっとした微気候の差なのだろう。

樹は違っても同じ場所なら一斉に咲くのがソメイヨシノの特徴である。

平日だが、花見客もいて、桜樹の死体、じゃない下で宴を催していた。
日本人は、なぜサクラが好きなのだろうか。。。

と、それで思い出した。先日、某編集部から電話でサクラに関する質問を受けた。別に私は植物担当ではないのだが(~_~;)、知っていることは答えた。

その際に、紹介されたのが、以下のサイトである。

サクラを未来に! 〜ソメイヨシノを守ろう〜

http://goo.gl/kGG4gJ

change.org というキャンペーンサイトでオバマ米大統領が選挙で使ったことで有名になったそうだが、ある主張を訴えて、それに賛同する人は署名するらしい。そして数が集まれば、圧力になる……という発想だろう。

で、ここで主張しているのは、ソメイヨシノを守れ、なのである。

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日本人が大好きなサクラがいま、危機にさらされていることを皆様はご存知でしょうか。

東京オリンピックの前後に全国各地で植樹されたソメイヨシノは樹齢が40から60年を超え、「寿命を迎えている」といわれています。寿命とは、つまり立ち枯れの危機を迎えていることです。 

この理由を元に、全国で多くのサクラが伐採されようとしています

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しかし、いくら読んでもさっぱりわからん。どこそこのサクラが、どういう理由で伐られようとしているから守りたい、という運動ではないのである。なんでもかんでもサクラ、それもソメイヨシノは伐るな、と言っているのだ。

上記に引用したように、寿命を迎えたから伐る場合まで守れ、ということらしい。ちゃんと世話したら守れると言いたいらしい。その根拠はなあに?

アメリカのポトマック川の桜は100年以上生きているとあるが、そりゃ勘違い(笑)。あそこのサクラはソメイヨシノだけではないし、幾度も苗を送って植え替えている。とくに戦後が数多いはず。そもそもソメイヨシノはクローンだし。生長が早いから寿命が短いのはいたしかたないし。

きわめて感情的なサクラを守れ運動と言わざるを得ないだろう。なぜ、ソメイヨシノだから守らないといけないの? 美しいから? 花を咲かさない木々だったら伐ってもいいの? だったらスギやヒノキも寿命がきていないのに伐採するのは反対する?草はいいの? 農作物は? リンゴの木から果実をもぐのは残酷なの? (このように問い詰めて、いぢめてみたい気分になる。)

もちろん、サクラの名所で景観にも寄与しているというなら、一応の理由になるが、今回の署名は、どこでもあり、らしい。

なんか、熊森●会に通じるものがある。いや欧米の捕鯨反対運動にも近いかな。

実は、植物に詳しい人にはソメイヨシノを嫌う人は多い。ソメイヨシノは園芸品種で、自家不和合性のため種子もつけないことから違和感を持つようだ。そもそも江戸末期に誕生して、明治になってから植えられ始めた品種で、とくに全国に広がったのは戦後である。そんなに馴染んだ花木ではない。

サクラと言ったら、やっぱりヤマザクラだよね! とまでは言わないが、ほかにもエドヒガンやヒカンザクラ……など見どころの花を咲かせる種類は数多い。

そういや、サクラの名所・大阪造幣局の「通り抜け」は明日から解禁ではなかったかな。百数十類のサクラの品種が見られるが、花はこれからが盛りだ。

2014/04/09

鹿革の陣羽織

本日は、大阪泉州のさる旧家へ。

ここは吉野の土倉家と縁深い家系で、いろいろ面白い話を聞いた。また貴重な写真も拝見し、記録用に複写させてもらった。いやはや、新発見と言える写真の数々……。これまで知られなかった土倉家の人々の顔も見ることができた。。

ちなみに、この旧家のアルバムには、孫文やら鈴木貫太郎やら、歴史上の大物の写真が幾人も登場する。

それらは少し整理してから紹介できるものならしたいが、今日は別件の紹介。

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これは何? 

実は、この地域は、大阪ながら江戸時代は千葉の関宿藩の飛び地だった。下総と遠く離れた泉州に飛び地を持つことに驚く。

そして今から160年ほど前に、この家(基本、農家だが庄屋)の当主が、お殿様の参勤交代に同行したことがあるそうで、その際にしつらえた陣羽織。

これだけならふ~ん、というだけだが、なんとこれ、鹿革なのだ。

鹿革はバッグなどになるが、こうした利用法があるとは知らなかった。

しかも裏地に紋様が。

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ろうけつ染めか何かよくわからないが、見えない裏地にあるところが、イキだねえ。

現在、獣害、とくにシカが問題になっており、その駆除にシカ肉の活用が上げられているが、実際にはなかなか難しい。オイシイ部位は少なく採算が合わないのだ。

私は、皮の活用も考えられないかと思っていたが、このような鹿革をファッション系素材として流行らせるといいね。

 

2014/04/08

長野県が「森のようちえん」認定制度をつくる?

森林セラピー基地の実態を書いたばかりだが、おそらく認定制度というのは行政にとってオイシイ面があるのだろう。基地を認定し、指導者?としての森林セラピスト(と森林セラピーガイド)を養成し……。

何と言っても、認定制度は、行政にとって自らの権限を増やせる。さらに、うまくやればビジネスになる。

ほかにも木育とか産地認証とか、いろいろ登場している。

私は、次の認定制度は「森のようちえん」に向けられるのではないか、と一部で語っていた。どんどん増えているし、中身はバラツキがあるし、これはツケコム隙があるぞ、と(笑)。

そうしたら、こんなニュースが。

「森のようちえん」県応援 来年度に認定制度構築

 自然環境をフィールドに活動し、子どもの成長を促す「森のようちえん」と呼ばれる体験型自然保育(幼児教育)を、“信州の子育て資源”として県が応援とアピールに乗り出す。県内は全国最多の17団体が活動するが、地域でも認知度が低いのが実情。教育の質を保証し認知度を高めるため、来年度、県独自の認定制度を構築し、併せて、「森のようちえん」の要素を詰め込んだ体験型自然保育プログラムも組み立て、既存保育園・幼稚園で活用できるようにする。

(略)

来年度は、幼児教育の専門家や関係者で検討組織を立ち上げ、10月までに認定制度を構築。年内に8カ所程度認定する。認定基準は、スタッフの資格要件や、安全確保、子どもの主体性を尊重し知的好奇心を育む教育プログラムの有無などソフト面で設定する考えで、基準を満たした団体は「信州型自然保育団体(仮称)」として県の“お墨付き”を与える。

長野日報 http://www.nagano-np.co.jp/modules/news/article.php?storyid=30508

ううむ。来たな、という感じ(笑)。

これは、従来の幼稚園・保育園および幼稚園教師や保育士の資格にかぶせるのだろうか。それとも別に設けるのだろうか。

未就学児に自然体験を教えるには、それなりのノウハウと知識が必要になるのは間違いない。また「森のようちえん」の手法や理念も知っておいてもらいたい。
が、それをオカミが制定して「制度」にしてしまうと……。

このところ幾度か記してきた、「制度を作るのか、人材を育成するのか」という論議にも通じるのだけど、仏つくって魂入れず、の状態にならないことを期待する。

まだ自治体がやるうちは、そこそこ自由度があるのだけど、きっとそのうち、国が乗り出してくるよ。全国統一的な基準をつくって、「森のようちえん」認定制度が生まれ、審査認証を担当する外郭団体ができて、森のようちえんマイスターみたいな資格も設けて……。

でも、数年経つと、ようやく認定を取った「ようちえん」も、活用を止めて休眠するし、資格を取った人は使うための「ようちえん」がないから首長に陳情して新たに作らせて……あれ? なんか似た話をどこかで聞いたような(自分が書いたんだけど)。

2014/04/07

2013年の木材輸入実績

林野庁が、2013年の木材輸入実績を発表している。

http://www.rinya.maff.go.jp/j/press/boutai/140331.html

要旨をそのまま引用しよう。

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1.木材輸入額【12,160億円(前年比127%)】

木材輸入額は前年より27%増加して12,160億円となりました。

2.丸太【輸入量456万m3(前年比101%)、輸入額1,074億円(前年比150%)】

主な輸入先は米国及びカナダで、両国で総輸入量の75%(米国48%、カナダ27%)を占めました。

3.製材【輸入量750万m3(前年比114%)、輸入額3,022億円(前年比150%)】

主な輸入先は欧州及びカナダで、両国・地域で総輸入量の75%(欧州43%、カナダ32%)を占めました。

4.合板【輸入量303万m3(前年比102%)、輸入額1,738億円(122%)】

主な輸入先はマレーシア及びインドネシアで、両国で総輸入量の84%(マレーシア52%、インドネシア32%)を占めました。

5.木材チップ【輸入量1,102万トン(前年比99%)、輸入額2,180億円(108%)】

主な輸入先はオーストラリア及びチリで、両国で総輸入量の41%(オーストラリア21%、チリ20%)を占めました。

6.集成材【輸入量88万m3(前年比111%)、輸入額504億円(139%)】

主な輸入先はオーストリア及びフィンランドで、両国で総輸入量の47%(オーストリア24%、フィンランド23%)を占めました。また、輸入量の8割以上が構造用集成材でした。

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なんと! すべての項目が前年と比べて増えている。(わずかに木材チップの輸入量は1%減だが、さして意味はないと思う。)

金額ベースで増えたのは、円安の進行が原因の一つだと推察するが、円安により価格が高まった商品なのに輸入量が軒並み増えているのはなぜだろう。
項目別に見ると、丸太や合板、チップはほとんど前年と変わらず、大きく伸びたのは製材と集成材。これは住宅需要だろうか。

ようは木材需要全般が膨らんだ。それは、景気の回復なのか、アベノミクスによる公共事業の拡大に起因するのか。

昨年後半の国産材の高騰の理由を見誤るところだったかもしれない。何も輸入材が減って国産材にシフトしたからではなかったのだ。輸入材も、国産材も、需要が増えたのである。

……国産材が引っ張りだこになったのは、国産材が求められたというよりは、輸入材で足りない部分を補うために国産材が使われ、そのため在庫が底を突いただけだった?

もし、この推論が正しければ、今年の業界は需要に見合うように木材輸入を増やすかもしれない。とすれば、国産材は用なしだな。。。

2014/04/06

Y!ニュース「どこまで森林セラピー基地を増やすのか」書いた裏側

Yahoo!ニュースに「どこまで森林セラピー基地を増やすのか」を書きました。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/tanakaatsuo/20140406-00034290/

どんどん、増えます。これで57か所。森林セラピーソサエティは、100までつくると言っていますが、100で止まるという.確証はありません。だって、自分たちの食い扶持だもの。認定して、審査料稼ぐのが目的だもの。

せっかくだから、審査したけど、不合格になる森が出てきてほしい。だったら、少し価値も上がる。もっとも、金返せと、訴えられるかもしれないけれど(~_~;)。

2014/04/05

研究者という名の「人材」

STAP細胞「騒動」も、佳境?を迎え、いよいよ小保方女史も記者会見するそうだ。

私としても今回の研究は期待していただけにかなり落胆したが、もはや興味はSTAP細胞が存在するのか、幻なのかの一点に絞られている。

ただ「騒動」を通して、これほど(理系)研究者というものが、やりがいから責任論、倫理感や職場環境も含めて注目されたことは少ないだろう。私は、それに加えて「研究者」という立場とか存在そのものの意味も考えてしまう。

というのは、先日たまたま見つけた論文が気になって、その当人に連絡を取ってみたのだ。と言ってもメールである。

その返事が返ってきた。その内容は「残念ながら私はもう研究から離れており研究活動は行っていません。」であった。ああ、たった1年前に発表された論文だったのに。

実は、以前にも同じことがあった。取材を申し込んだら、もうその研究施設にはいなかったのだ。別の職場に移ったことはわかったが、研究職でない人に取材を申し込むのもためらわれた。

なぜ研究から離れたかはわからないが、たとえば就職とか転任とか、あるいは見切りをつけることも考えられる。自ら別の分野へ進む(才能的に諦めるケースも含む)のはともかく、断念させられるのは辛いだろう。

しかし、振り返れば日本の場合、かなり多いのではないか。だいたい企業でも公共機関でも研究所に配属されるのも自分の意志でない場合がある。一般職のつもりで就職したら、研究部門だったり、逆に研究職で長く勤めてきたのに急に行政職やら総務職、ときに営業なんぞに配置転換されたり。

つくづく日本は、人材を育てる気がないのだな、と思ってしまう。

もちろん、ある職に必要な各部門を歴任するケースならわかる。たとえばフォレスターに育てるため、生態学から木材流通までの部門を経験させることは有意義だろう。
しかし、ほとんどの場合は、単に広く浅く経験させるのに過ぎない。同じ部署にいたら「癒着」が生じる?とかの理由で点々と動かすことがシステムと化してしまっている。森林のような長期的視野の必要な部門まで機械的にシステム通りに動かす。専門家を育てない(育ててはいけない?)ことが目的のシステムなのかもしれない。

ちなみに私も、幅広い分野を手がけてきたけどね。昔は、株式市場の記事も書けば、グルメ記事も書いた。転職体験談などは数百本も聞き書きしたかな。教育問題も扱えば、歴史も武道も。旅のガイドブックやハウツウ書も記したっけ。そして問題集もつくった。そうそう、詩の本、短歌の本も編集したこともあるのだよ。

しかし記者稼業からは離れなかったから、それらの経験が今も生きている。と、思ってる。

※写真の論文はイメージです。

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2014/04/04

里山の皆伐ビフォーアフター

今年になってコツコツ進めてきた生駒山の里山再生実験。

小規模皆伐も、とりあえず終了。その様子を報告しよう。

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これが、伐採前。 びっしり繁って、林内は暗いが、実は林床はあまり草が生えていないという、あんまりよくない状況。

最初は、私一人で小径木の伐採を始めたが、大径木やら道路沿いなど、私の手に負えない木々もたくさんあるので、このブログを通じて皆さんに応援を頼んだのは、ご存じのとおり。

おかげで、のべ8人の方が来てくださった。その多くがプロの林業家およびセミプロの森林ボランティア。チェンソーだけでなく、チルホールなどの道具も携えて手弁当で来てくださった。

とりあえず日差し気温とも上がる4月までに暗がりをなくす、という目標で、大径木と常緑樹を先んじて切り倒すスケジュールで進める。

その結果は……。

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こんな感じ。

お見事。難しい場所の木も、さすがにプロだ。うまく倒す。

残すと決めていたのは、太くて立派なアベマキ2本だけ。あとは奥の石垣にある境界線に近いところにある木々を数本と、気まぐれ?に残す気になったヒノキの稚樹など。

ただし道路沿いのコナラやカシ、ヒノキの巨木は時間切れで残っている。また細い落葉樹もとりあえず残ったものもある。

なかなかすっきりした。

問題は、倒れた木々の処理だ。枝払いや玉伐りは簡単ではない。太いものは、直径40~50センチある。こちらは今も、コツコツとやっている。地面を見えるよう地拵えをしなければ……早くしないと、せっかくの芽生えが抑えられてしまうからなあ。これが結構、大変(泣)。。。

ちなみに伐採していると、必ずといっていいほど、地元の人が覗きに来る。イヌの散歩などに託つけて覗き、「どうするつもりなのか」さぐりを入れる。

私は、最初のうち警戒していた。伐採に文句をつけられる恐れもある。地主だってよそ者扱いされる。何かと面倒なのだ。

が、とくに何かを建築するつもりてはなくて、「美しい森をつくる」とか「森を明るくする」などと言っていると、「伐ってくれてよかった」という反応が出てくるようになった。

地元にとっては、伐ってほしい対象だったのだ。道の両側の森が繁ると暗くなり、冬は凍結することもある。森でなくなることを期待していたのか。

まあ、森でなくなっても困るのだが。私の意図は、あくまで明るく美しい森にすることだよ。森を若返らせて、里山再生だ。

そこで、こんな看板をそっと置いてみた。

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まだ遠慮がち(^^;)。

そのうち大きな看板を掲げて、「by 森づくり総研」とでもしておこうか。あるいは森林そう研(もちろん、森林遭難研究所の略である)推奨とか、●×大学▲▽教授指導……なんてでっちあげておくとかv(^0^)。

 

2014/04/03

書評『スイス式「森のひと」の育て方』

一部で話題の? 本を読んだ。

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スイス式「森のひと」の育て方』    浜田久美子著 亜紀書房刊

サブタイトルは、~生態系を守るプロになる職業教育システム

 



  
 
目次は、以下の通り。

1章 フォレスターという仕事
2章 「森のひと」になるための教育システム
3章 スイスという国の底力を知る
4章 すべての土台に教育がある―職業教育の充実がもたらすもの
5章 教えられた経験がない―だから教えられない
6章 ロルフの教室
7章 フォレスターの卵に学ぶ
8章 「森のひと」が育つ環境とは?

※本ブログのサイドバーにリンクあり。詳しくは、そちらから。
 

大雑把に内容を紹介すると、スイスのフォレスター(および森林作業員)に例をとって、人材育成システムやら職業教育思想を紹介、そして実践現場をルポした本だ。もっとも半分は日本が舞台である。

手にとって、ちょっと迷いがあった。というのは、ターゲット、つまり読者層をどこに置いているのか? という点が見えなかったからだ。主軸は「森のひと」にあるのか、「育て方」にあるのか。もう少し言えば、林業人の教育を問うているのか、それとも林業を例にとってスイスの教育システムを取り上げているのか。

林業で働く人の養成方法に絞り込めば、読者は限定的になる。教育本としては、林業という狭量?な分野では事例になりにくい。

同業者として言えば、執筆の際にもっとも心がけなければならないことは読者層である。それを最初に掴まないと、出版に結びづらい。まあ、余計なお世話かもしれないが……。

その点については、序章に次のように書いてあった。

全体を通して林業の現場教育が主旋律となっているものの、一方で低奏音として根本的で普遍的なテーマが流れている。それは、何のために私たちは教育を受けるのか? 何のために働くのか?  

そうなのだ。林業人の育成方法だけが特殊なわけはなく、すべての仕事の職業教育につながっているのである。林業を特殊な業界として扱う人が多い(外部だけでなく、内部にも)が、そこに勘違いがあると言えるだろう。
ただし林業という職業は、当然ながら自然を相手にしており、仕事がそのまま自然界に影響を与える。その重みを覚悟しなければならない。永い年月をかけて成立した生態系を活かすも殺すも林業の役割は大きい。(日本の業界には、覚悟どころか気にもかけない人が多すぎる。)

……実は、著者の取材のいくつかの現場に私も立ち会っていた。

それだけにスイスの林業教育の凄味は、私も知っている。新人に伐採を教えるにしても、一人が最初の一本を倒すまでに何時間もかける。確認ポイントだけでも全部で幾十もある。それを復唱させつつ、懇切ていねいな指導が行われる。それでいて、新人に対する細やかなコミュニケーション。決して怒らない。むしろ褒める。モチベーションを高めつつ、確実にステップアップさせるノウハウを有している。
それらを目にすると、日本的な「見て覚えろ」なんてのは、下の下の手法であることを思い知るだろう。

ただ、そんな教え方のノウハウを日本の林業界も取り入れるべきか、と問われたら、躊躇する。林地は千差万別で、さらに人間と社会情勢の条件も一つとして同じではない。マニュアルや制度に落としこんだら不適合が起きる。

必要なのは、その場所に関わる条件が何か読み取り、それに最適な方法を見つける知恵と行動力だろう。つまり、そんな人材を育てることだ。

日本は制度をつくり、スイス(など)は人材をつくる……。どちらがより良いかは本書から考えてほしい。
なお、人材に眼を向ければ、どんな業界の社員教育にも応用が効くはずだ。

もっとも私は、まず本書を読むべきなのは、日本型フォレスターとやらの資格を有している人たちだと思う。いや、日本型フォレスターという制度をつくった方々であるべきだ。

それらの人々の中に、自分はスイスのフォレスター、いや森林作業員に負けないと自負できる人はいるか? 自らの技量、それを他者に伝えるコミュニケーション能力。担当する森林地域の植生や地質などを含む森林生態学や、地域林業の歴史的経緯、そして木材流通の知識と知恵。そして企画力とステークホルダーを納得させて動かす政治力を持っているか。百歩譲って、持とうとしているか? 

制度的に日本型には欧米のフォレスターのように幅広い責任と権限を有しない。だから動けない面はあるだろう。が、能力を磨き、実行する意志を持つか持たないかは個々人のものだ。
その点を自問自答してほしい。さもないと、日本型フォレスターなんてカスだ。

……まあ、それは私の思いなので、本書にそんな過激なことは書いていないよ(^o^)。


大きな制度や仕組みが変わらなければ「何もできない」のではなく、自分から何事かを始めること。それが、やがて大きな制度や組織を変えることになるー

こちらは、本書の序章の最後の言葉である。

2014/04/02

違法木材締め出し効果シミュレーション

木材は国際商品である。そして自由貿易を標榜する日本は、外材の輸入規制を行うことはできない。しかし国産材は、常に外材と対峙しつつ価格や生産量が左右される。

どうすれば国際的な納得を得ながら国産材の利用振興と価格下支えができるだろうか。

この問題に、私は以前から「違法木材を厳密に締め出すことで達成できる」と主張してきた。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/tanakaatsuo/20131217-00030731/

ただ、これを数量的に証明することはできなかった。

ところが、そのシミュレーションが出た。

国際環境NGO FoE Japan地球・人間環境フォーラム熱帯林行動ネットワーク(JATAN)の3者が、法政大学の島本美保子教授に依頼して、

「違法伐採木材(または違法性が強く疑われる木材)が日本市場から排除された場合、国産合板価格と合板用丸太需要にどのように影響するか」を、導き出したのだ。

具体的には「日本と日本に合板を輸出している主要な3カ国(マレーシア、インドネシア、中国)を対象とした構造方程式モデルで、日本が違法材規制を行った場合、合板市場や合板用丸太市場にどのような影響が現れるのか、1990~2010年のデータを用いて」行ったのである。

https://www.fairwood.jp/news/pr_ev/2013/140317_pr_plywood.html

https://www.fairwood.jp/news/pr_ev/2013/1403somamichi0307p26-33.pdf

詳しくは、上記のサイトを見てほしいが、

2010年の国産合板出荷量の実績をもとに推計すると、マレーシアの合板が20%減少した時、国産合板の需要量は出荷量の9.3%にあたる307,487.5m3増加し、合板価格は4,766円(2010年の国産合板価格の8.06%)上昇する。この時、国産の合板用丸太需要は332,086.5m3(13.3%)増加する。さらにマレーシア産の合板用丸太も違法材規制で20%減少し、その分が国産材に置き変わったとすると、さらに合板用国産丸太需要量が2.62%増え、合計で15.92%合板用国産丸太需要量が増加する、という結果が得られた。

これは、合板用木材だけだが、ざっと16%も国産材需要が増えるという計算になった。価格も上がる。
ここに集成材や製材も含めたら、もう少し伸びるかもしれない。集成材や製材は欧米の木材が多いが、それなりに合法証明があるから劇的な影響はないだろうが、決してゼロではないだろう。

やっぱり効果抜群ではないか\(^o^)/。

ただし。これを素直に喜べないのは、違法木材の可能性を理由に輸入を禁止したら、そのロジックは国産材にも向けられることだ。国産材も合法を証明しなければならない。

国産材はほぼ人工林から出材されているし、合法証明も付いている……と安穏とはできない。なぜなら日本の「合法証明」は国際的に合法と言えないからだ。何より業界団体が自ら証明したのでは第三者が認証するというルールに反している。
それに100ヘクタール規模の皆伐をしている現場を見られて「合法だから環境に配慮している」と胸を張れるか?

輸出を締め出される国々は、当然日本の材にも同じ要求をしてくるだろう。それを林業界は受けて立つ覚悟があるか? 

加えて、16%の増産を安定的に行えるか? ここ1、2年の国産材価格の乱高下を見ていると、国産材の生産量は市場の動向にまったく寄り添えないことを証明してしまった。多分、上記のシミュレーションどおりに動かず、合板価格が乱高下して悲鳴が上がる。無理に増産しようと大面積皆伐をしたり、A材を合板用に回したり……。

ああ、想像しただけで気が滅入る。

2014/04/01

デジタル農業情報誌「Agrio」の創刊

2014年度、新年度がスタートした。

世間も何かと動きがあるようだ。とくに公務員の世界は異動ラッシュのよう。

林野庁の林政部長も交代した。末松広行氏が関東農政局長に異動し、後任は牧元幸司氏。法学部出身の事務官である。牧元氏の前肩書は大臣官房文書課長だが、昨年まで宮崎県の副知事を務めていた。林政課長の経験もあるようだが、基本は農政だろう…。どうやら林野庁も農政系の人が強まっているようだ。

ま、そんなことはドーデモよい。

今日は、新媒体の紹介。

時事通信社からデジタル農業情報誌「Agrio」が発行されている。数少ない?農業の専門誌だが、デジタルとあるようにネットマガジンだ。会員制でメールによって送られてくる。雑誌と言っても、ヴィヴィットでディープな業界情報を扱う、ニュースレターと思った方がいいだろう。(だから価格も高い。週刊で月4000円だ。)

農業情報誌と呼ぶように、基本は農政関係の記事が主体だが、林業、水産業も扱っていくと聞いている。

創刊は3月で、4月1日号は第5号に当たる。ここに私も執筆した。

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全23ページ。各所の深い農業情報を扱うと同時に論考が掲載される。ほか、政・業界の最新ニュースや、マニアックな情報、人物がたくさん登場する。

一方で「自民党本部」情報ページもあり、各議員j政策を紹介。農政の動きをウォッチする。全党ではなく、与党の公明党も含まず、自民党だけ、というのがポイントかも(^o^)。

順次紹介していくのか、それとも実際の農業政策は、ほぼそこで動いていくことを示しているのか…。

もちろん中央官庁の動きも載るが、今号は農林水産省j地方団体だけで、しかも農業・水産業はあるんだが、林野系は載っていないね。。。官界と同じく、農政系が強いのか。

だから、林業の記事を書くのは、今のところ私が最初で、執筆者も私だけ(なのかなあ)。

裏事情を記すと、かつて時事通信社は、「農林経済」というニュースレターを発行していたが、リーマンショック後に廃刊になった。主に農協や官庁・自治体などの農林水産部署が講読する雑誌だったのだが、急速に部数が落ちたのである。

が、これはこれで重要な情報発信源だっただけに(しかも代わる媒体がない)惜しまれて、同じ役割を果たす新たな媒体発行計画が練られた。結果、ネットマガジンなら可能ではないか、ということで「Agrio」として復刊したわけだ。

私にとっても、「農林経済」がなくなることで、ディープな森林・林業情報・論考の発信舞台を失っていたのだが、今回お呼びがかかったのである。

もっとも、基本は農業に絞った内容になっているので、私が、今後どんなペースで執筆するかわからない。もし、皆さんが「林業記事をもっと!」と声を上げてくれれば私の出番も増えるかもしれない(^o^)。

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編集後記と奥付を示しておく。

講読申込みと紙面への注文は、ここ(笑)。



 

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誌面内容に関するお問い合わせ(編集部) agrio@grp.jiji.co.jp

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森と林業と田舎