無料ブログはココログ

本の紹介

« 里山の皆伐ビフォーアフター | トップページ | Y!ニュース「どこまで森林セラピー基地を増やすのか」書いた裏側 »

2014/04/05

研究者という名の「人材」

STAP細胞「騒動」も、佳境?を迎え、いよいよ小保方女史も記者会見するそうだ。

私としても今回の研究は期待していただけにかなり落胆したが、もはや興味はSTAP細胞が存在するのか、幻なのかの一点に絞られている。

ただ「騒動」を通して、これほど(理系)研究者というものが、やりがいから責任論、倫理感や職場環境も含めて注目されたことは少ないだろう。私は、それに加えて「研究者」という立場とか存在そのものの意味も考えてしまう。

というのは、先日たまたま見つけた論文が気になって、その当人に連絡を取ってみたのだ。と言ってもメールである。

その返事が返ってきた。その内容は「残念ながら私はもう研究から離れており研究活動は行っていません。」であった。ああ、たった1年前に発表された論文だったのに。

実は、以前にも同じことがあった。取材を申し込んだら、もうその研究施設にはいなかったのだ。別の職場に移ったことはわかったが、研究職でない人に取材を申し込むのもためらわれた。

なぜ研究から離れたかはわからないが、たとえば就職とか転任とか、あるいは見切りをつけることも考えられる。自ら別の分野へ進む(才能的に諦めるケースも含む)のはともかく、断念させられるのは辛いだろう。

しかし、振り返れば日本の場合、かなり多いのではないか。だいたい企業でも公共機関でも研究所に配属されるのも自分の意志でない場合がある。一般職のつもりで就職したら、研究部門だったり、逆に研究職で長く勤めてきたのに急に行政職やら総務職、ときに営業なんぞに配置転換されたり。

つくづく日本は、人材を育てる気がないのだな、と思ってしまう。

もちろん、ある職に必要な各部門を歴任するケースならわかる。たとえばフォレスターに育てるため、生態学から木材流通までの部門を経験させることは有意義だろう。
しかし、ほとんどの場合は、単に広く浅く経験させるのに過ぎない。同じ部署にいたら「癒着」が生じる?とかの理由で点々と動かすことがシステムと化してしまっている。森林のような長期的視野の必要な部門まで機械的にシステム通りに動かす。専門家を育てない(育ててはいけない?)ことが目的のシステムなのかもしれない。

ちなみに私も、幅広い分野を手がけてきたけどね。昔は、株式市場の記事も書けば、グルメ記事も書いた。転職体験談などは数百本も聞き書きしたかな。教育問題も扱えば、歴史も武道も。旅のガイドブックやハウツウ書も記したっけ。そして問題集もつくった。そうそう、詩の本、短歌の本も編集したこともあるのだよ。

しかし記者稼業からは離れなかったから、それらの経験が今も生きている。と、思ってる。

※写真の論文はイメージです。

003006005

« 里山の皆伐ビフォーアフター | トップページ | Y!ニュース「どこまで森林セラピー基地を増やすのか」書いた裏側 »

森林学・モノローグ」カテゴリの記事

コメント

はい、私本人も、周辺関係者も、常に悩んでおります

悩んで、強くなってください(^o^)。

ちょうど論文誌から原稿依頼がありました。と言っても、私が論文書くわけではなく、その雑誌の林業特集に現状レポートを掲載するのですが。通常、原稿料はないところ、無理にひねり出してくれたみたいで……(~_~;)。

「同じ部署にいたら「癒着」が生じる」こんな理由でころころと人材配置を換えられるのは本当に困ります。特に国の機関と付き合いがある場合。
(国に右にならえ村役場までそうですからね)
引き継ぎもまったく充分でないので、苦労して築いた信頼関係もそのたびに一からやり直し。
こんなんで海外のプロフェッショナルなテクノクラートと渡り合えるとはとうてい思えないのですが。

「癒着」は、別の取り締まり方をすればよいわけで……。
公務員の場合、転々と部署は変えるけど、絶対に首にしないというのが根本でしょうか。長く同部署にいても、へますると首になるというパラダイムもあると思うのですが。

博士号持ってないのに専門家を名乗ると、海外では笑われて専門家の相手にされませんよね
とはいえ、現在のシステムを根本から変えられない
現実には、完全に経済破綻するか敗戦でゼロから作り直す以外にないでしょうね、残念ですが

ところで、ヨーロッパで鉄道に乗る場合、切符自販機はありますが改札は無く(大都市を除く)、キセルしようと思えば出来ます
でも大多数はしません
なぜなら車内に検札係が巡回していて、切符持ってないとものすごく高い罰金を払わされるからです
もちろん検札に見つからなければキセル可能ですが、リスクが高いので、切符買うというのが合理的判断です

日本では、懲罰の段数が多すぎて、不正に対して甘いと思います
時々チェックして、不正発覚、即解雇+損害賠償請求が合理的と思います
日本では、罪を憎んで人を憎まず、がまだ根強いんでしょうか
時代劇は絶滅したし、あと10年ぐらいしたら、即解雇に出来ないかな?
あと、発覚前に自主的に退職して退職金をもらえば逃げ切れるので、退職金の支給は退職1年後にするのはすぐに出来そう

不正が発覚すると「性善説でやってます」って言う割には、すごく細かい基準を作って申請書類を山のように書かせるのは性悪説じゃないんですかね

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/36391/59417040

この記事へのトラックバック一覧です: 研究者という名の「人材」:

« 里山の皆伐ビフォーアフター | トップページ | Y!ニュース「どこまで森林セラピー基地を増やすのか」書いた裏側 »

2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

森と林業と田舎