林業小説『樹縛』を読む
映画『WOOD JOB!』がもうすぐ公開される。
この映画に関しては、林野庁は異常?なほど肩入れして宣伝しているし、試写会も林業関係者を多く読んで盛り上がっているようだ。
となると、原作の『神去なあなあの日常』も注目されるだろう。当然、大半の人にとっては文学作品として読まれるのだろうが、このブログを読むような林業ゲットー(^^;)のメンバーにとっては、「林業小説」というカテゴリーで捉えている人も多いのではないか。
私も何年か前に読んだ。でも、このブログに何も書かなかったら、わざわざ問い合わせてくる人までいた。こうなりゃ、意地でも触れてやらない(笑)。
小説としてつまらなかったのではない。が、「林業を描いた小説」というようには読まなかったから触れなかっただけだ。
で、あえて紹介したくなったのが、『樹縛』(永井するみ著)である。
これは、たまたま古本屋で新潮文庫版を見つけ、108円だったから買った本。が、これがなかなかの「林業小説」なのである。
この本は2001年出版だが、原作は1998年に発行されている。ほかの出版社からも出されているようだ。
つまり小説としては10数年も前に書かれたものだ。今まで私が知らなかっただけで、業界、もしかして秋田県では話題になったのかな?
出だしは、秋田杉の森から発見された男女の白骨死体。そして不動産会社にかかってきたマンション入居者からのクレーム電話。
クレームの内容は、花粉症だった。それも室内で発症する花粉症だ。マンション名はシーダーハイツで天然素材を売り物にしているのに、こともあろうに8月に「室内で」スギ花粉症にかかる住人が続出したのだ。
その部屋は、秋田杉材のフローリングを自慢している。が、スギ板からスギ花粉が? そんな馬鹿な。しかし、室内空気から花粉症を引き起こすのと同じポリペプチドが検出されるのだ。
……そう、これは上質のミステリーだ。同時に淡い恋愛が絡みつつ、ときにSF的な科学知識を散りばめながら展開する。そして、舞台は林業界。および木材産業界。とくに秋田杉業界なのである。
その点から言えば、『神去』よりずっと先駆的“林業小説”になる。
ちょっと古いから現在の業界と多少は違うが、不自然さはない。いかにもありそうな、木材問屋の商売。林業会社の森林管理の実態。木材業界団体のどろどろした関係。そして住宅不動産の有り様……。木材の研究現場の様子もこんな様子なのだろうな、と思わせる。
そして室内花粉症のメカニズムなどは、実際にあり得るのではないかと思わせるほどだ。もし現実に発生したら、スギの林業地は壊滅的な打撃を被るだろう。
作者の永井するみの経歴を見ると、東京芸大で音楽科から北海道大学農学部に転進した変わり種だった。農学部出身だけに、農業絡みの小説もあるらしく、林業界を描くのも自然な流れだったのだろうか。
興味を持って、彼女のほかの小説も読みたくなって調べたら、なんと2010年9月3日に死去していた。49才である。残念。が、かなり多くの作品が残っているから、今後じっくり読み進めることはできるだろう。ただし、新刊書店の棚には残っている可能性は低い。
最後に、少しだけネタバレに近いが突っ込んでおく。ミステリーとしては、木材の産地擬装・樹種擬装が重要なテーマになっている。が、現実には産地や樹種のごまかしも、外材も含めて珍しくもないし、謎でもない。たいしたインパクトもないのではないか。事実は小説よりも汚し、かもしれない。。。
« 奈良にシカ | トップページ | 世界遺産から日本の植生を考える »
「書評・番組評・反響」カテゴリの記事
- 盗伐問題の記事に思う(2025.02.03)
- 『敵』と『モリのいる場所』から描く晩年(2025.01.25)
- 「関口宏のこの先どうなる?」で林業特集(2025.01.19)
- ブックファースト新宿の「名著百選」(2024.11.12)
- 朝ドラで気づく土倉家の物語(2024.10.23)
おや、永井するみさんという人は、林業ミステリーも書いておられたんですか。何冊か読みましたが、微妙な人間模様の機微を捉えた「善人など居ない」など好きでした。お亡くなりとは・・・探して読んでみたいです。
投稿: とり | 2014/04/28 23:11
永井するみさんの作品を、すでに読んでいましたか。
初期の頃は、米にまつわる農業ミステリーも書いていて、農林ミステリー作家だったそうです(笑)。残る漁業は書かなかったのかなあ。
私も、ほかの永井作品を探しています。ちょっと篠田節子に似たような作風ですね。
投稿: 田中淳夫 | 2014/04/28 23:42
ちょっと訂正です
「善人などいない」→「天使などいない」でした
投稿: とり | 2014/04/29 11:11
あ、「天使などいない」は、古本屋で見つけて購入しました(^o^)。
これからゆっくり読みます。
東京芸大(音楽)から農学部への転進……という作者の経歴で、そういや同じ大阪芸大(ダンス)から林業に転進した女性がいたなあ、と思い出した次第(笑)。
先日、若草山を案内したお客さんだけど。芸術と一次産業には親和性がある?
投稿: 田中淳夫 | 2014/04/29 11:30
芸大出身者は答のない課題に向かう事に慣れているため、応用のきく人材として様々な業界で注目されているそうですよ。一次産業も正に何かを作り出す仕事です。
僕を含め、木登り仕事の仲間内でも7人の大芸出身者を確認しています。出身校別ではどうやら最大勢力です。
投稿: だん | 2014/04/29 23:33
おお、芸大と木登りの親和性か……(^o^)。そういやマダガスカルのジャングルを木から木へと渡った入江君もそうだ。
答のない課題は、答のない人生につながっているのです(-_^)。
投稿: 田中淳夫 | 2014/04/29 23:42