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森と林業の本

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2014/04/29

世界遺産から日本の植生を考える

群馬県の「富岡製糸場と絹産業遺産群」が、世界文化遺産に暫定登録され指定間違いなしになり、盛り上がっている。たしかにこれらの施設が、日本の生糸生産の出発点であるのは事実だ。
せっかくだから、世界遺産登録記念に「製糸業と日本の森の関係」のウンチクを。

日本の生糸は、世界恐慌直前の最盛期だった1929年の生糸生産量は、40万トンに達して世界の生産量の約8割を占めていた。驚異的シェアだろう。それを支えたのが、日本の養蚕農家は221万戸(これは全国の農家の4割が養蚕を手がけていたことを意味する)、製糸工場も1万2640箇所、従事者53万人である。

富岡製糸場は1872年に建設されたが、当時の国家予算の約1%をつぎ込み、国運を担った。製糸場で働く若い女性たちは、女工哀史として語られがちだが、最近の研究では富岡で働く女性は元武家の子女を中心に選ばれた、いわばエリートだったらしい。待遇も、当時の農家の暮らしと比べたら、ずっとよかったという。だから女工時代を懐かしむ声も記録に残されている。ブラック企業ではなかったのだ。

そして生糸の生産は養蚕から始まるが、それが日本の植生に与えた影響にも眼を向けてほしい。

養蚕にはクワの木が欠かせない。カイコはクワの葉しか食べないからだ。そのため桑畑が全国に広がっていく。水はけのよい土地がクワの栽培に向いていたから、河川岸や急傾斜地の開発が進んだ。焼き畑の跡地も桑畑へどんどん切り換えられた。

その面積は、昭和初期に71万ヘクタール! 全国の畑地面積の25%を占めていた。それは森林面積の3%程度に達した計算になる。日本の農山村の景観および生態系に大きな影響を与えたと言えるのではないか。

桑畑だけではない。

養蚕は非常に多くの燃料を必要とした。カイコの飼育には、一定の温度を維持しなければならなかったから、山間部では蚕室の暖房が欠かせなかった。薪では温度調節が難しいため木炭が使われたという。そのために必要な森林は、一回の飼育につき500ヘクタール以上に達したという推計もある。

さらに製糸工場でも薪と水を消費した。なぜならカイコの繭を煮沸するための燃料がいるからだ。糸繰りも最初は人力や水力だったが、やがて蒸気機関を使用するようになった。その燃料は薪。燃料が足りなくなって、生産が拡大できない事態になった記録もある。

蒸気機関の燃料が石炭へ置き換わったのは明治末頃から。ようやく森林の収奪は一息つく。それでも養蚕が森林に与えた影響は少なくないだろう。

どうだろ? 富岡製糸場を語る際には、こんなウンチクも語ってほしいなあ。

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こちらは遺産になった富岡ではなく、現在も操業中の碓氷製糸工場。機械化された製糸工場としては現役唯一の存在のはずだ。

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コメント

「碓井製糸」ではなく「碓氷製糸」ですね。

またやっちゃいましたね(~_~;)。

さっそく直しました。

勉強になります。
養蚕の話は50代の人からたまに話を聞く位ですからね。

参考まで、国内で営業中の製糸の工場は4ヶ所あります。
・松岡製糸(山形県)
・碓氷製糸(群馬県)
・松沢製糸(長野県)
・宮坂製糸(長野県)

うち、旧富岡製糸場と同様の輸出仕様の生糸を生産する工場は、
松岡、碓氷で、これを「機械製糸」といいます。
松沢、宮坂は国内仕様の糸を作っていた「国用製糸」という
タイプの工場でした。
いずれも自動化された機械を持っておりますが、宮坂製糸さんは
あえて古い機械を使うことを売りにされている工場です。

宮坂製糸さんは、昨年末工場を閉鎖し、市内に新しくできる
博物館内に移転中です。Yahoo!ニュースに掲載している
古い工場の風景はもう見ることができなくなったのが残念です。

ごていねいにありがとうございます。

松岡製糸も機械化した工場でしたか。
それにしても宮崎製糸が閉鎖とは! 知らなかったなあ……昔の製糸所風景を彷彿させる味のある工場だったのに。Yahoo!の方の写真キャプションを変えなくてはいけない。

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