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2014/04/13

原六郎と富子

昨日に続いて、土倉家発掘写真。

Photo




これも古色蒼然としているが、写っているのは結構大物。

男は、原六郎。

女は、妻の富子。

子供はわからない。原夫妻に子供はいないはずだったが、実はいたのかもしれない(夭折したのか?)。あるいは養子の邦造の可能性もある。

原六郎は、明治維新の志士だ。もとの名は進藤俊三郎長政。

坂本龍馬と親しく、高杉晋作の下で戦い、五稜郭までの戊辰戦争の第一線を率いる一方で、明治になるとイギリスとアメリカに留学。帰国後は実業家として成功し、多くの会社を創業した。そして巨額の財産を築く。

アメリカ留学中は新島襄と知り合い、同志社の後援を続ける。そこで土倉庄三郎とも交流を深め、その長女・富子を後添えに迎えた。

二人は親子ほども歳の差があるのだけど、富子さんも六郎をキリスト教に改宗させたというから、なかなかの影響力。もともと同志社で英語を学び賢さでは妹の政子に負けなかったらしい。結構、怖い人だったと伝わる(~_~;)。

あらためて、土倉家の一族は、明治の社会のそこかしこに関わっていることを思う。

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コメント

原邦造氏は原六郎氏の娘婿(原多喜の夫)です。その私邸は品川にあり、原美術館として公開されています。
 六郎氏の養子と記述されてある文献が多く見られますが、そのことをもってこどもはいないはず、養子の邦造の可能性とは早計ではないでしょうか。家督相続のため娘婿の養子縁組です。

原邦造氏は昭和恐慌の際、加島銀行 大同生命 加島信託の整理に生命保険業界の世話役(愛国生命社長である)としての役目を果たしている。≪小川 功著 昭和恐慌と生保経営≫
 群馬 伊香保山林には邦造氏の号に因んだホテル&レストラン省耕荘がありました。

原一族が広岡家の事業に関わっているというのは面白いですね。
間接的に土倉家-広岡家の結びつきがわかる。(もともと土倉家と広岡家は家族ぐるみのつきあいをしていたようです。)

伊香保は、土倉庄三郎が植林した土地です。それを原六郎が引き継いだのでしょう。

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