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2014/04/03

書評『スイス式「森のひと」の育て方』

一部で話題の? 本を読んだ。

Photo

 
スイス式「森のひと」の育て方』    浜田久美子著 亜紀書房刊

サブタイトルは、~生態系を守るプロになる職業教育システム

 



  
 
目次は、以下の通り。

1章 フォレスターという仕事
2章 「森のひと」になるための教育システム
3章 スイスという国の底力を知る
4章 すべての土台に教育がある―職業教育の充実がもたらすもの
5章 教えられた経験がない―だから教えられない
6章 ロルフの教室
7章 フォレスターの卵に学ぶ
8章 「森のひと」が育つ環境とは?

※本ブログのサイドバーにリンクあり。詳しくは、そちらから。
 

大雑把に内容を紹介すると、スイスのフォレスター(および森林作業員)に例をとって、人材育成システムやら職業教育思想を紹介、そして実践現場をルポした本だ。もっとも半分は日本が舞台である。

手にとって、ちょっと迷いがあった。というのは、ターゲット、つまり読者層をどこに置いているのか? という点が見えなかったからだ。主軸は「森のひと」にあるのか、「育て方」にあるのか。もう少し言えば、林業人の教育を問うているのか、それとも林業を例にとってスイスの教育システムを取り上げているのか。

林業で働く人の養成方法に絞り込めば、読者は限定的になる。教育本としては、林業という狭量?な分野では事例になりにくい。

同業者として言えば、執筆の際にもっとも心がけなければならないことは読者層である。それを最初に掴まないと、出版に結びづらい。まあ、余計なお世話かもしれないが……。

その点については、序章に次のように書いてあった。

全体を通して林業の現場教育が主旋律となっているものの、一方で低奏音として根本的で普遍的なテーマが流れている。それは、何のために私たちは教育を受けるのか? 何のために働くのか?  

そうなのだ。林業人の育成方法だけが特殊なわけはなく、すべての仕事の職業教育につながっているのである。林業を特殊な業界として扱う人が多い(外部だけでなく、内部にも)が、そこに勘違いがあると言えるだろう。
ただし林業という職業は、当然ながら自然を相手にしており、仕事がそのまま自然界に影響を与える。その重みを覚悟しなければならない。永い年月をかけて成立した生態系を活かすも殺すも林業の役割は大きい。(日本の業界には、覚悟どころか気にもかけない人が多すぎる。)

……実は、著者の取材のいくつかの現場に私も立ち会っていた。

それだけにスイスの林業教育の凄味は、私も知っている。新人に伐採を教えるにしても、一人が最初の一本を倒すまでに何時間もかける。確認ポイントだけでも全部で幾十もある。それを復唱させつつ、懇切ていねいな指導が行われる。それでいて、新人に対する細やかなコミュニケーション。決して怒らない。むしろ褒める。モチベーションを高めつつ、確実にステップアップさせるノウハウを有している。
それらを目にすると、日本的な「見て覚えろ」なんてのは、下の下の手法であることを思い知るだろう。

ただ、そんな教え方のノウハウを日本の林業界も取り入れるべきか、と問われたら、躊躇する。林地は千差万別で、さらに人間と社会情勢の条件も一つとして同じではない。マニュアルや制度に落としこんだら不適合が起きる。

必要なのは、その場所に関わる条件が何か読み取り、それに最適な方法を見つける知恵と行動力だろう。つまり、そんな人材を育てることだ。

日本は制度をつくり、スイス(など)は人材をつくる……。どちらがより良いかは本書から考えてほしい。
なお、人材に眼を向ければ、どんな業界の社員教育にも応用が効くはずだ。

もっとも私は、まず本書を読むべきなのは、日本型フォレスターとやらの資格を有している人たちだと思う。いや、日本型フォレスターという制度をつくった方々であるべきだ。

それらの人々の中に、自分はスイスのフォレスター、いや森林作業員に負けないと自負できる人はいるか? 自らの技量、それを他者に伝えるコミュニケーション能力。担当する森林地域の植生や地質などを含む森林生態学や、地域林業の歴史的経緯、そして木材流通の知識と知恵。そして企画力とステークホルダーを納得させて動かす政治力を持っているか。百歩譲って、持とうとしているか? 

制度的に日本型には欧米のフォレスターのように幅広い責任と権限を有しない。だから動けない面はあるだろう。が、能力を磨き、実行する意志を持つか持たないかは個々人のものだ。
その点を自問自答してほしい。さもないと、日本型フォレスターなんてカスだ。

……まあ、それは私の思いなので、本書にそんな過激なことは書いていないよ(^o^)。


大きな制度や仕組みが変わらなければ「何もできない」のではなく、自分から何事かを始めること。それが、やがて大きな制度や組織を変えることになるー

こちらは、本書の序章の最後の言葉である。

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