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2014年5月

2014/05/31

外資系投資銀行と森林組合。またはムーミンライフ

上記のタイトルを見て、どのような想像をしただろうか?

 
ははん、外資が日本の森を買おうとして、それをなんとか止めようと抵抗しようとしている森林組合の苦闘か。。。
いや、外資が日本の森を買おうとして、それに乗じて山林売り飛ばし儲けようとしている森林組合がある! とか。。。
 
どちらも間違い。焦点は後半のムーミンライフにあるのでした(笑)。
 
実はフィンランドから女子大生のメールが来た。最初は8カ月前だが、今度は帰国したとのこと。
 
東京の大学からフィンランドの大学に留学して、ムーミンライフを送って楽しかったよ……ということも書いてあるが、本筋は帰国後の就職活動で、外資系投資銀行か森林組合を対象にしようと思ってる、という相談なのでした。
 
 
就職口としてのこの組み合わせ、一部ではウケルだろうなあ、と思って読んだ(^^;)。
そんてもって、東京まで出かけて「悩みの就職相談室」を開いてきたのでした。
 
なに、女子大生相手なら腰も軽くなるのさv(^0^)。
 
聞けば、不思議な経歴の持ち主で、物心ついたときから暮らしていたのが中国・上海。大学進学で日本に帰って来たのだから、実は日本では数年しか過ごしていない。しかもフィンランドに1年間行ってきたし。その代わり、日本語に中国語、英語、フィンランド語……などが話せる国際派。
 
もともと上海のマンションのベランダにあったグリーンから閃いて、植物に興味を持ち生物系に進む気になったものの、なぜか大学は史学系に進学、女子大生ライフを楽しんでいた。さらにフィンランドではビジネス・マネージメントを学ぶというトンだ経歴の持ち主であった。
 
フィンランドは楽しかったらしい。まさに森林王国。さぞや現地の林業をよく観察してきたのだろう……と思いきや、とくにそんなこともなく、「日本の林業改革をするんだ!」と念じて森林組合か林野庁に勤められないかと考えた。あるいは給料のよい投資ファンドで稼いで森林を購入・投資する……。
 
この吹っ切れた選択肢が、私の琴線に触れたわけ(笑)。やはり大陸的発想なのかねえ。いや女子大生ならではか?
 
私は、一応、日本の林業状況と森林組合の実際、そして林野庁の実際……を語りました。そしておススメしないと(~_~;)。 
 
やはり外資系投資ファンドで頑張って、大きな金を動かせる立場になったら日本の森を買ってください、それがイチバンの日本の林業改革になるから……あああ、こんな話をしたら、私は某筋から「売国奴!」と罵られるかもしれん。
 
しかし、日本人がマトモに経営できない森林なら、外資の力を借りるのも手だろう。経営不振の会社を外資が購入して、再建を果たしてから再び売却するケースはいっぱいある。
同じように森林も外部の力(外資とは限らないけど)を借りることも考えた方がよい。ようは真面目に的確に森林経営する意欲があればよいのだ。日本の森林を破壊しているのは、ほとんど日本人なのだから。
 
もちろん、直接森林に関わらなくても、国産材を外国に輸出する仕事もあるし、住宅会社で国産材の家づくりを推進する仕事も日本の林業を助けることになる話もしましたよ。
大志を持ちつつ、いろいろな可能性を狭めるな! というのが私の就職アドバイス。遠回りのように見えても、一見まったく違った業界に見えても、自らの足元から大志へとつながる道は延びているのだ。。。(かっこよかっただろうか。) 
 
 
ま、同じことを娘にも言っているのだけどね。
そういや、彼女のお父さんと私は同じ年だった。う~む。
 
ちなみに、もっとも面白かったのは、彼女の恋バナ。とくにムーミン……じゃないフィンランドのオハナシ(笑)。自称・肉食系女子の彼女の突撃話はいいなあ。思わず手に汗握り応援(⌒ー⌒)。
 
 
 
ちょっと我に返って真面目になると、自分とはまったく別世界の人と話すことは大切である。そもそも森林や林業でも、業界関係者の集まりに参加すると、視線が内向きになってしまいかねない。もっと外側からの視線が必要だろう。
世の中の大多数の人は、森林や林業なんぞ意識になく、知識もない。森林に興味があるといいつつもトンチンカンな理解や、まったく理解していないことも多い。
 
そのことを常に意識しておきたい。そして素朴な疑問や真正面の思いをぶつけてくる。意外や、それが盲点を突くことも少なくない。
 
幸か不幸か、私の仕事は、意外と業界内からはあまり来ない。つきあいも多くない。
それは東京に住んでいない、(女子大生に呼ばれないと)めったに行かないことがわりと影響していると思う。東京は大都会ではあるが、逆に業界人も集まりやすいため、内輪の会議やセミナー、シンポが多い。それらに参加していると、「みんな森林に理解がある」と勘違いしがちだ。机上の論理も増える。
 
 
だから、女子大生と話をするのはよいことなんだよ\(^o^)/。女子トークも恋バナも聞かせてもらうとなかなか楽しい。そして投資銀行と森林組合を横一列に並べて考える感覚も大切なんだよ。
 
これから、じっくり就活してくれ(-_^)
 
 
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いただいたフィンランド土産。
フレーバーティかな。
 
やっぱり、ムーミンの国だ!
 
 
 
 
実は、ブログ用に彼女と並んで撮影した写真もあるのだけど、ここで公開するのは止めておく。
秘蔵写真だ(笑)。

2014/05/30

古書ハンターの林業書

私の友人に、古書ハンターがいる。かれこれ25年以上のつきあいになるだろうか。

 
と言っても、私は四半世紀の知り合いと言いながら、彼の連絡先をちゃんと知らないのである。ただ彼が週に1度程度寄る事務所、というか資料室が起点になるだけ。そもそも彼と会うのは、各地の古書市などぐらい。それも偶然だ。約束することもない。
 
古書ハンターと言ってもピンと来ないかもしれない。
 
しかし、この世にはそうした職業が存在するのだ。各地の古書店、古書市を渡り歩きながら、広大な古書の海からいくつか定めたテーマの本を探し出し、ときにオークションで競り落とす。ブックオフなど関西圏をすべて足を運んだという。
 
彼は、「食」に関する書を集めてくれと依頼を受けて、これまで数万冊の本を蒐集して見せた。費やした金額は、おそらく億の単位に達するだろう。
研究書を集めるのではない。巷のグルメガイドも雑誌も年度別に。さらにレシピ本もあれば断食の本もある。ノンフィクションだけではなく小説や写真集まで何でもあり。中でもクジラ文献は、日本一だと思われる。いやクジラから派生してイルカ本まで集めている。
 
先日は、自前の蔵書を整理して逆に古書店に売ったら200万円になったというから、いやはや。貴重書が埋もれているのだ。
にもかかわらず、一体どうして暮らしているのだろう、と不思議になるほどの清貧生活。すべてを本に捧げたような人生だ。
 
まあ、あまり彼のことを詳しく書くのは、彼自身の本意ではないだろうからこれぐらいにしておくが、彼から「林業書をもらってくれないか」と頼まれた。
 
最近は、どこの古書店も在庫を処分する方向にあり、まとめ売りをするそうだ。中に欲しい本が1冊でもあれば、一括して何十冊もまとめて売るのだ。逆に全部引き取らないと売らないという……。
 
そうすると、蒐集目的には当てはまらない本も含まれている。食品関係の本を買うために、なぜか林業書が混じっていたのだそうだ。
捨てるのも忍びないから……というわけで、私に白羽の矢が立った(^o^)。
 
もちろん、ありがたくいただくことに。戦前の本ばかりだというが……。
 
 
それが届いた。
 
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タイトルが読めるだろうか。だいたい昭和初期の専門書だが、なかには明治の本も混じっていた。
森林組合関係が多いが、「森林保護学」「森林肥料論」「森林経理学」「造林学」「森林施業計画」……いずれも過去の林学で欠かせなかった文献だろう。
 
開くと、戦前の林学界の香りがする(^^;)。時代の息吹が漂っている。
 
その頃の学会の研究の流行りや一世風靡した学説が浮かび上がってくる。堂々と森林美学や恒続林の項目が並んでいるのを見ると嬉しくなるなあ。現在の林学書にはまず出てこないだろうに。
 
これらの本をいただいて、私が何か参考になるか、これをネタに何か書けるかと言えばノーだ。書けるのは本ブログぐらい(笑)。
が、処分されるぐらいなら私の書庫の肥やしにしてもよいだろう。

2014/05/28

藻谷氏の「里山資本主義」講演会

奈良でも開かれた藻谷公介氏の「里山資本主義」の講演会に行ってきた。

 
本の内容と同じだったらつまんないな、と思っていたのだが、それなりに話を大きく膨らませつつ、新たな事例も入れつつ、脱線しつつ政権批判をしつつ、面白く聞かせていただいた。私の講演にも活かせるかもしれん(^^;)。
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場所は、奈良県の桜井市にある大規模集成材によるホール。(前方後円墳の形をしている。)
 
わざとこのホールを使ったのは、主催者側の意図だろう。
 
「これ、銘建工業の集成材じゃないか」と言っていたが、私はちょっと違うように思えたけどなあ。そもそも奈良県にも大規模集成材メーカーはある。わざわざ他県の会社にしたら、嫌われるだろう。
 
また、この木が国産材かどうかは、よくわからなかったが、ちょっと疑問がある。
 
 
 
さて、講演の大雑把な感想を言えば、やはり「総論賛成、各論疑問」だろうか。
 
全体としては理解できるし、私も貪欲な歯止めの壊れたマネー資本主義から地域に根付いた、ほどほどの資本主義を望む。
 
ただ、言うはやすし行うは難し、である。どうして目先の利益を確保するか、コンクリートの3倍の建設費を出して木造にするか、という問題点をクリアするヒントがほしかった。
 
それにアベノミクスで円安になってから貿易赤字が広がった事実をグラフで示しながら「数字を見ろ」と言ったけど、木材価格に関しては、「安い外材に圧されて……」という言葉も出てくる。
 
木材輸入が解禁になった時代は外材の方が高かったし、その後の円高で安くなった外材
も、90年代には丸太・製品価格とも外材の方が高くなっている。ここ数年だけの統計で見ると国産材が廃れた理由を見失う。
 
バイオマスエネルギーとバイオマス発電の違いをあえて混同させて話しているようにも聴こえた。前者は熱利用が中心で、発電とは微妙に違うし、ドイツ、オーストリアで行われているものも、ちゃんと区別している。それなのに、その点に触れない。バイオマスエネルギー利用を推進するのはいいけれど、バイオマス発電の推進は危険だよ。
 
さて、私も来月は里山の講演会を金沢で行う。ここでは、「私流の里山資本主義」を話そうかな。もしかして、里山共産主義、いや里山快楽主義になるかもしれないけれど(⌒ー⌒)。

2014/05/27

龍谷ミュージアムの「チベットの仏教世界」に行く

ずっと気になっていた龍谷大学龍谷ミュージアムに足を延ばした。

 
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チベットの仏教世界~もうひとつの大谷探検隊」展を見たかったのだ。
 
チベット仏教には結構興味を持っていた。仏教というより、その世界観を作り出した風土に興味があったと言えるだろうか。そして大谷光瑞の探検隊にも大いに興味を持っている。
 
 
この展覧会では、青木文教と多田等観の二人が入ったチベットに焦点を当てている。主に1910年代だから、ちょうど100年前の世界ということになる。
……この展覧会で私が気づいたこと。
 
青木文教と多田等観は、なんとなく大谷探検隊の一員かと思っていたが、そうではなかった(笑)。
 
三次に渡る大谷探検隊はウルムチや敦煌、カシュガルなどシルクロードを探検したのだが、私はてっきり青木や多田もその一環として派遣されたと思い込んでいたが、実はまったく別ルート・別目的であった。チベットのダライ・ラマ13世との交換留学生のような形でラサに滞在して仏教の勉強をしていたのであった(^^;)。
 
しかし、交換留学というのも凄い。
 
ともあれ、青木の撮ったあの時代のチベットの写真は、やはり圧巻だ。
個人的には、チベット仏教の仏像よりも、彼らの見てきたこと行ったこと持って帰った品が気になった。できれば、当時のチベットを巡る政治情勢や宗教界の事情も説明してほしかった。なぜ、チベットに世界が、そして西本願寺が注目したのか。
 
たとえば、彼らが入る前に河口や成田や寺本という日本人も仏教研究に入っている。そして青木や多田がラサが滞在中に、河口彗海も2度目のラサ入りをしていたし、さらに冒険家・矢島保治郎もいたのだ。
この矢島も興味ある男である。なんの後ろ楯もなく、宗教的情熱もなく、単に世界を無銭放浪する目的でチベットに潜入したのだから。それも2度も。こういう男は好きである(^o^)。そしてチベット軍の顧問としてダライ・ラマの警護隊長を勤めているのだ。
 
少し脱線するが、大谷探検隊には、土倉家も関わっている。
シルクロードに探検隊を派遣するために莫大な金を使った大谷光瑞はそのためもあって失脚するのだが、三次隊を派遣する頃には財源が底をついていたらしい。金に困って頼ったのが、土倉庄三郎だったのである。
 
三次隊の吉川小一郎は、幾度も土倉家に無心に行ったそうだ。その度にいくらでも出してくれた……らしい。時期的には、金を気前よく出したのは、庄三郎ではなく長男鶴松ではないかと私は睨んでいるが……。
まあ、そんなこともあって、土倉家は破産した(@_@)。笑えない話ではあるが、身代を傾けるほど流出した金の一部は、そんな文化事業にも使われたのだと思えば、多少はなぐさめにもなるのではなかろうか。
 
 
なお、展示とは別に上映されていた、龍谷大学が取り組んだベゼクリク石窟寺院の仏教壁画の復元や、西本願寺の障壁画の復元・修復の話も面白かった。
ここも、もっと詳しく知りたいなあ。
 

2014/05/26

Yahoo!「巨木のチェンソーアートが……」を書いた裏側

久々? 裏側シリーズ。

Yahoo!ニュースに「巨木のチェンソーアートが山間部を盛り上げる!」を書きました。
いよいよ完成間近らしい。実際に行って見られないのは残念だが、ブログやフェイスブックに上げられる写真を見るだけで、大作であることが伝わってくる。
 
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写真を借りる許可はもらったのだが、ちょっと困ったのは、どれも縦型であること(^^;)。それも、かなり縦に長い。おそらくケータイで撮影したからだろうね。
 
全部縦ばかりだと画面に入れにくいし、単調になるので、一部はトリミングして横にしました。
 
それにしても、凄い作品だわ。材の赤と白の色が竜の身体や顔に引き立っている。
 
 
東栄町にとってチェンソーアートを取り入れて15年目。チェンソーアートのメッカとしての名声はあるとはいえ、すでにチェンソーアートを行っている地域は全国各地に登場している。東栄町より盛んな町も出てきた。うかうかしていられない。
 
この巨大作品の製作は、そんな思いから発注されたのだろう。
 

2014/05/25

『山林』の「木の文化」は持続可能か?論文

『山林』5月号に、

木の文化は持続可能か? 伝統文化継承における森林・林業の役割
という論考が寄稿されている。
 
筆者は、峰尾恵人・京都大学大学院の学生である。
 
実は、私は筆者と会ったことがあり、その際に本記事の内容についても紹介を受けている。そこで改めて読み返しつつ、ちょっと感じた感想や、異論を提起したい。これがディスカッションのきっかけになれば面白い。
Img002

内容をここでつぶさに紹介する余裕はないが、大径・長大材資源の問題がテーマだ。
それは寺社仏閣など歴史的建造物に使われている木材の調査から浮かび上がった日本の森林資源の変遷と、将来への危機感である。
 
 
長大材の変遷をたどると、古代よりヒノキ材が多く、江戸時代に入るとケヤキ材が増える。明治以降はタイワンヒノキが使われだしたのの、戦後はRC造に変わる。しかし再び木造回帰する中で、ベイヒバ、それにアフリカ材も求められるようになった……という流れだ。
 
 
そこから浮かび上がるのは、一つの長大材資源が枯渇する度に別の樹種に移り、それも遠隔地の材を求めてきた事実だ。
 
同時に、いまや「木づかい」の時代だと吹聴され、日本は「木余り」状態のように喧伝されるなか、実は長大材は枯渇している点を突いている。
 
今後さらに木造の大建築物の需要が増す可能性があるという。
 
とくに問題は、天守閣の復元ラッシュが起きかねないのだとか。主に戦後のRC造の復元城郭が、そろそろ耐用年限が近づくなか、再び復元するとしたら、もはやRC造は認められなず、木造に向かうとされる。
たしかに本丸御殿を復元した名古屋城は次に天守閣の木造化をめざしているし、駿府城、江戸城の復元構想まである。ほかにも金沢城の御門の修復や何かと復元ブームなのである。
 
一方で、神社仏閣の復元も進んでいる。東本願寺、西本願寺の修復に加えて、奈良の興福寺も金堂の建設が進められている。これらには大径木で長大な木材が使われるのだ。
 
この調子だと、国内どころか世界的に少なくなった長大材を、日本が根こそぎ持っていきかねない……。
この点については、まったく同意見だ。木づかいと浮かれている場合ではない。
 
ただし筆者の前提というか立ち位置は、いかに長大材を育てるか、に向かっている。
「合わせ柱や集成材の使用は最善策ではない」
「集成材(エンジニアウッド)は木ノ癖を殺してしまい、木の文化とは正反対」
という考え方だ。
 
さて、ここが疑問だ。
無垢の木、長大材を使うことが、本当に最善の木の文化か?
集成材とは、木の癖を殺さないとできないのか?
 
大径木を使う建築とは、大雑把に言って、木の重みで構造を支える仕組みである。強度も木の太さで稼ぐ。正直言って、高度な構造技術と思いにくい。加工技術としても高くない。
 
たとえば大口径の柱1本立てるより、その柱材を2本3本、いや6本8本に割って組み合わせた方が構造としては強くなるのではないか。
また歴史的建造物も、時代ごとに新たな技術を取り入れて修復してきたのではないか。
 
今の法隆寺には古代にはなかった貫が入っているし、東大寺の大仏殿は小屋組構造が変えられイギリス製の鉄骨を入れたのも、修復時点での最新技術による改造を目指したのだろう。平城宮の復元大極殿だって、ゴム製の免震基盤を備え、裏には合板による壁構造を設えている。
 
何も寺社建築を鉄骨にしろとは言わないが、技術の粋を集めて細い木を利用した素晴らしい建築をめざすことも「木の文化」を発達させることにはならないだろうか。
 
そして今の集成材は、接着剤を使うため長期間の持続が心配されているが(それでも100年くらいは保証されているらしい)、新たな接着技術の投入だって考えてもよい。たとえばリグニンによる木質接着剤なんて可能性もあるだろう。
そこには「木の癖を生かした集成材」もあり得るのではないか。
 
……と、まあ、そんなことを考えたのである。
 
どうだろう、『山林』編集部さん、紙上で「木の文化の持続」に関する論争やりませんか(笑)。
 
 

2014/05/24

幹から、樹下から芽生え

皆伐後の忘我更新、じゃない萌芽更新を期待しているのだが。

 
北海道で見てきた樹木。
 
1

円山公園の一角、北海道神宮の前ぐらいのところに生えている……というか、ニョキニョキ立っている大木。
 
 
 
その幹から一斉に萌芽更新(笑)。
ちょっと不気味になるほど。
 
そういや、樹種は何か確認しなかったが、カツラではないかな。
 
傷ついてもいないのに、こんなに幹から萌芽が出るのはなぜだろう?
これほどの萌芽が、全部伸長したら、えらいことになると思うのだが。
 
 
 
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でも、アップにすると、小さな芽がむしろ可愛い。
 
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もっとアップ。
 
 
 
 
 
 
     
もう一点。萌芽でなくても芽生えはある。
 
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こちらは、ミズナラかな? 
 
樹下に実生が一斉に芽吹く。
 
 
こんなに芽を出しても、ほとんど生き残れないだろうが、一所懸命に伸びておる……。
 
こんな植物のたくましさが、自然再生を導くのだ。

2014/05/23

不法投棄!

今日は別のネタを用意していたのだが……昨日ご報告したタナカ山林の続報。

 
 
ササ刈りでもするか、とナタを研いで向かうと……。
 
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道端というか、車止めの脇が、こんな状態に……。
 
こちらは皆伐地ではなく、その隣地である。こちらは当分ブッシュのまま残すつもりなのだが……。
 
 
 
  
 
捨てられているのは、白いずた袋が10袋ばかり。全部剪定ゴミだ。中を開けると、どうもイブキのような生け垣の剪定木ではないか。あきらかに植木屋のしわざだろう。
 
ゴミ問題は気にしていた。これまでもあった。ハイカーの弁当ゴミや空き缶、ペットボトルも多いが、建設ゴミもある。しかし、皆伐も含めて所有者が頻繁に通っていることを見せつけたら、投棄しづらくなることも想定していた。が、見事にやられました。
 
生駒のこの界隈には、植木屋・造園業者が多い。なんとなく、犯人の目星がつく。
剪定枝は産業廃棄物には当たらなかったと思うが、袋に入れてあると目立つし、腐朽もしづらい。仕方ないから、まず袋から出して、林床にばらまくようにした。
 
これは警察に届け出た方がいいかな……。そう考えていると、目の前をバイクに乗った警官が通り掛かったのである(^o^)。
 
さっそく呼び止めて、事情を話す。一応、調書を取ってくれた。……私が取り調べを受けたみたいだが。写真も撮って、本部に報告を上げておくとのこと。今後も、パトロールの際に気にかけておくと言ってくれた。
 
 
また袋を割って、中身をぶちまける。残念ながら、どこの植木屋か証拠になるものは残していない。
 
と、そこに軽のバン。やり過ごすつもりだったが、乗っていたのが知り合いの某カフェのマスターだった。宝山寺界隈では不思議な店で知られている。お互い名前も知らないのだが、なぜか顔なじみだ。
 
停まってくれたので、立ち話。彼は生駒の棚田の耕作に参加していて、その帰りだそうだ。
不法投棄のことを話すと、彼も各所で見かけているそうだ。テレビなど家電ゴミを見つけると、拾って市役所に運ぶという。
 
おお! やっているな。市役所も引き取ってくれるか。
 
 
不法投棄は悔しいが、放置するとどんどん拡大・伝播する。初っぱなで食い止めねば。
 
今後、「不法投棄禁止」「警察に通報済み」の看板をつくって立てようかと思う。警官によると、自分の土地なら何を立ててもいいですよ、とのこと。
 
 
小規模皆伐の森林再生実験から、妙な方向に動きそうだなあ。

2014/05/22

皆伐後2カ月

生駒山中のタナカ山林の皆伐後の様子を報告しよう。

 
1
地拵えは、ほぼ終了。何もきれいになったという意味ではなく、これ以上はやってもあまり意味がない程度になったという状態。

 
今はコツコツ倒した丸太を短く刻んで、人力で動かせるようにする程度だ。あとは少しずつ並べ直して、見映えをよくできるかどうか。
 
ときどき、誰かが転がしてある木々を持っていく様子がある。薪にするのだろうか。
 
 
 

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で、こちらの写真にあるのは、伐採して光が差し込むようになった元林床。
 
草が芽生えだしている。
 
それ自体は狙っていたとおりなのだが……。
 
 
 
わかるだろうか。生えているのはササが多いのだ。
もともとの林地にもササが侵入していたのだが、明るくなると、普通の草よりササの方が生命力があるというか、いち早く伸びだしている。
 
これも、想定していたとおりではあるが、このまま笹原になったら、樹木の回復が遅くなるなあ。ササを駆除しなくてはなるまい。
 
たいした面積ではないから、せっせと刈り取るのが順当だが、私も確実に行えるわけではないし、間に合わなくて繁茂してしまったら、躊躇なく除草剤を使う予定である(⌒ー⌒)。
 
その点、無駄なこだわりはない。無農薬信者でもないし。
 
最初の時点でササを除けば、あとは草木が生えてくるだろう。とりあえず明るい雑木林を回復するまではいろいろ試そう。

2014/05/21

巨木チェンソーアート

近頃、話題的には遠ざかっていたチェンソーアートだが、こんなニュース。
 

愛知県東栄町で、巨木のチェンソーアートが始まっている。直径1メートル超、長さ5メートルのスギの大木を、日本の城所啓二、アメリカのルース・ブライアン両氏がカービングするという。

 

さすがにここまでの大木で彫刻するとなると、只事ではない。

http://blog.goo.ne.jp/eikokidokoro (5月17日、20日)
 
 
来週頭には完成するらしい。そして月末31日からのチェンソーアート競技会で披露されるとか。
 
どんな造形に化けるか、まったくわからないが、単に彫るだけでなく、これだけの素材を活かす題材を考えて、全体のバランスも考えるとなると世界が違うような気がする。
 
 
見に来ないかと声をかけられたのだが、来週は私も締め切りを抱えるうえ、出かけることも多く、ちょっと行けそうにない。
 
 
それはともかく、最近チェンソーアートも変わってきたと感じる。
 
まず、以前は「チェンソーだけで削り、木肌そのままを大切にする」という意識が高かったが、最近は仕上げに電動工具も使うそうだし、ペインティングも当たり前になった。
 
言い換えると、一般の彫刻作品に近くなった。そもそも彫刻だって大物は、最初の段階ではチェンソーに類した工具で粗削りすることが普通になっているから、そんなに差を見つけ出すのが難しくなっているのだろう。
 
一方で作品の質も、職人と作家、工芸作品と芸術作品のような二極分化も起きているような気がする。
 
その境界線は、カービングの技術だけでなく、創作の感性が問われることではないだろうか。
 
絵を描くのが好きな人が、必死に練習して描いたら「上手い絵」になるが、作家はそこに独自の感性という「才能」を添付して芸術作品にする……うまく言えないが、そんな違いがある。
 
さあて、どんな作品が出来上がるだろうか。 

2014/05/20

緑茶ジャーナリスト

古書店で見かけた

 
おいしい<日本茶>がのみたい」(波多野公介著・PHP新書)
を衝動買いした。
 
なぜなら、私も「美味しい日本茶が飲みたい」と常々思っていたからだ。実は、最近は日本茶を飲んで美味しいと思うことは非常に少ない。
 
その理由はさておき、この本に目を通して驚いたのは、著者の肩書が「緑茶ジャーナリスト」になっていたことだ。
おお、そんな肩書の持ち主がいたのか、森林ジャーナリストよりもニッチな世界だぞ。
 
もっとも略歴を読むと、元朝日新聞記者で「週刊朝日」の副編集長とか「アサヒグラフ」編集長などを歴任している。ただ若いころに静岡支社に赴任し、その後も日本茶のことに興味を持って追いかけていたらしい。そして退職後は、「緑茶ジャーナリスト」を名のるようになった……というのが真相である。
 
ともあれ、彼も美味しい日本茶がなかなか見つからないと嘆いているのである。そして、その理由に全国的に「ヤブキタの深蒸し」ばかりになったことがケシカラン、という。
 
ヤブキタという品種は私も知っているが、全国を席巻しているうえ、ブレンドもされていること、そして長時間(と言っても1分半ぐらい)も蒸す大量生産方式が、これまた席巻しているそうなのだ。長く蒸すと、香りは飛び、渋み苦みが消える。そして色はよく出る。これが日本茶を不味くしている……そうだ。
 
まあ、私はその是非を判断するほど日本茶には詳しくないが、たしかに最近は、茶の命ともいうべき香りがあまりしないことには気づいていた。 
そして実家にあった宇治茶は、アミノ酸などを添加していたし……。抹茶を混ぜたりするのも、その流れか?
 
私も紅茶に傾倒するのは、そのせいもある。紅茶だって香りの飛んだものは多いが、こちらはタンニンの渋みが効かせられるし、ミルクティにすることで別の香りや味を楽しめる。
 
 
もっとも、本書を読み進めると、ヤブキタが悪いわけではなく、栽培法が大きく影響を与えることや、各地にわずかに残る在来品種の発掘も行われているらしい。そして深蒸しも、技術によって変わるそうなのだ。そもそもチャノキの栽培地は、昼夜の寒暖差のある山間がいいらしい。平地ではよいお茶が育たないと断じている。
 
私も、改めて美味しい日本茶探しをしようかと思う。とはいえ、近所のスーパーを探しても、選ぶほどのバラエティはない。ほしい産地、ほしい品質の銘柄を求めるのには、大きな茶の店か、せめて百貨店に行くしかないのかなあ。
 
 
 
ところで、この緑茶ジャーナリスト、なんと2001年11月に亡くなっていた。そして本書の出版は2002年1月なのである。原稿を書き上げた直後に倒れられたのだろうか。それから10年以上建った今、日本茶の世界はどう変化したのだろうか。新たな緑茶ジャーナリストは登場していないのだろうか。
 
 
そして私の、ニッチな肩書のジャーナリストの会をつくろう、という夢は消えてしまった。。。

2014/05/19

著作権を奪う

本日は、ちょっと愚痴&怒り。

 
先日、メールで仕事の依頼が来た。Webメディアにおける執筆である。
そしてコンセプトとターゲットを示してきた。
 
たとえば地球環境やエネルギー問題などの課題解決に向けたイノベーションを世の中に発信する……。
読み手は、最先端な情報に興味があり、新しいものが好きなチームリーダーや経営者的な存在……。
 
まあ、それはいい。私のブログやYahoo!ニュースなどを読んで声をかけてきたのだろう。
そして条件が並んでいる。原稿料を問い合わせると、あまりの安さは、Webだなあ、と思ったのだが、それでも無料でブログ記事を毎日書いている要領で執筆して、お小遣い(~_~;)もらえるなら、それもよいかと思った。 
 
 
が、気になる点がある。
 
• 著作権は弊社に属す
 
の項目があったのだ。
 
これは解せない。著作権は、執筆者が持つもので、他者(他社)に譲るものではない。とくに私のようなフリーランスの人間にとって、著作権は生命線である。自らが書いたものの権利(と義務)は、本人が持たねばならない。それを譲ったら、フリーではなくなるし、勝手に転載されたり、内容を改変されても文句を言えない。そして私の名前で発表されたら面倒なことになる。(私の名前を付与しなければ、それはそれで問題だが。)
 
その点を問い合わせると、著作権は譲ってもらうのが条件と、譲らない。
 
 
ちなみにこの会社を興したのは、広告系の人間(電通出身ときやらのプロフィールもあったが)らしい。広告業界は、著作権を創作者から奪って当たり前としているのか
 
やり取りの中で、ようするに先方は転載する気まんまんなのがわかった。
最初に定めた媒体に発表するだけでなく、複数の執筆者に書かせた記事を、似合った媒体が登場するたびにどんどん転載するつもりだから著作権をよこせ、というのだろう。しかし、他人の記事を二次利用して金もうけし、その執筆者に使用料を払わないという魂胆とは何事か。
 
 
もちろん、その時点で決裂である。
 
断った途端に、なしのつぶてだ。挨拶もない。
 
 
実は著作権とはそんなに単純ではなく、仮に譲る契約をしても主張できる面もあるのだが、裁判起こしてそんなやり取りするほどの原稿料でもない。
 
また著作権を奪おうという輩にも腹が立つが、著作権をあっさり他社に譲る人間が多くいるらしいことにも呆れる。
なかには、どうせ一過性の内容だから、二次利用できまいと考える筆者がいるかもしれないが、自らの文章をそんなに粗末に扱うことも許せない。
 
ちなみに、私は相手によっては超低料金で受けたり、無料で書くことさえあるが、著作権だけは手放す気はない。
 
 
折しもこの季節は、多くの出版社から書類が届く。いずれも小中高校生向きの問題集をつくっている会社だ。国語の入試問題に私の著作の文章が採用されたことから、その問題を収録するためには問題文の著作権者である私の許諾がないといけないからだ。
おかげで連日、私は書類にサインをしてハンコを押し、ときには何か書き添えて返送している。(本日は2通なり。)
それが年間を通すと数十通になるのである。
 
もちろん、些少ながら印税が出る。文章量がわずか(数十ページの問題集の中の1ページか半ページくらい)だから、金額はわずかだが、出版刷り数によってはそこそこになるし、それが何点にもなれば、結構な「お小遣い」になる\(^o^)/。
 
また書類とはいえ、担当者の文章によっては心が通う部分もある。
 
著作権をなめんなよ。
 

2014/05/18

「日本の」サカキとマツ

生駒駅前の花屋の店頭。
 
ここは古い店で、値段は高いが、品質のよい供花などを置いている。
ま、私も、たまに奮発する気持ちの時に購入する。
 
そこで見かけたサカキとマツ。
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見た通り、「伊勢のサカキ」「日本のサカキ」とか「日本のマツ」と表記。
 
これを見て変、と思った人はいるだろうか。
 
「伊勢の」ぐらいはわかるが「日本の」と表記することの意味を。
 
サカキは、漢字で「榊」と書く。その名のとおり、神前に備える神の木だ。神社で御祓いするときにも使われるし、神棚にも備えるだろう。
いかにも日本固有で、日本の精神性の高い木であり枝葉なのだが……。
 
 
だが、現在日本で商品として出回っているサカキは、一説によると1割ぐらいしか国産はないという。ほとんどが中国からの輸入だとか。
 
そのことを知っていないと、「日本のサカキ」などと店頭に表記する意味はわからないだろう。
ついでに言えば、仏の供花シキミも、中国産が大半。 
日本の神様を祀るのも、中国頼みというのはちょっと悲しい。
 
かつてサカキやシキミの出荷は、山村の収入源だったのだけどね。

2014/05/17

「このは」という雑誌と、その書評欄

たまたま自然関連のフェアをやっていた書店で手にとった雑誌。

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このは」という。雑誌と言っても、年に4回発行の季刊誌らしい。
 
“生きもの好きの自然ガイド”とある。写真たっぷりで特集主義だからムックに近いかもしれない。それとも書籍のシリーズものか。
 
版元は、文一総合出版。
 
定価1200円+税 (つまり、1296円)
 
7号の特集がコケということで、その美しい写真に惹かれて、衝動買いした。
 
これまで知らなかったことが残念に感じたステキな雑誌である。
 
結構専門的なことも書かれているが、全体としてアマチュア向きに平易に記されている。また取り上げ方も一般人に興味を持てるように仕上げている。
 
昔の月刊誌「アニマ」(平凡社)を思い出す。
 
この号は、3月発行の分で、次号は6月とあるから、もうすぐ出るはず。
せっかくだから、サイドバーにリンクを張っておく。1~6号も面白そうだ。
 
 
わりと夢中になって読んでいたが、ふと次のページを繰ると、ブックレビュー欄だった。しかも、里山の本を紹介している。
 
何気なく取り上げている本を見ると……。
 
 
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いま里山が必要な理由』ではないか!
 
私が数年前に出版した本である。
 
おお、今頃、いや、取り上げいただきありがとうございます(^o^)。
 
ちなみに、この本、もう絶版なんだよね。。。。
 
 
私の本は、一気に売れる性質のものではないから、コツコツ売れていき、気がつくと底をついているケースが多い。しかし、こういう売れ方をする本は、出版社にとってはありがたくないらしく(在庫期間が長くなり、コスト高)、なかなか再版されない。売り切れたら、それで打ち止め。かくして絶版扱いになるのである……。
 
実は、雑誌の書評欄に載るまでには、数カ月かかることが普通だが、その頃には書店の棚からは消えていることが多い。そのためチャンスロスとなり、本来の売れるチャンスを逃してしまう。
ネット書店はその穴を埋めてくれるはずだが、今回のように、「ふらりと寄った書店で、たまたま見かけて手にとる」というような偶然の出会いはない。
 
まだまだリアルな書評と店頭が強いのである。
 
ともあれ、拙著の書評に感謝。

2014/05/16

日本の森林美学はどこに行く

先日取材した中で、思わず出たのが森林美学の話題。

 
ごく簡単に紹介すると、19世紀後半にプロシア貴族のザーリッシュが森林経営する中で提唱した森づくりの経営論というか技術論だ。それは森の美しさは収益と比例するというもの。
そして森林美学を発展させた一人であるメーラーは、20世紀初頭に「もっとも美しき森は、またもっとも収益の上がる森である」という名言を残している。そして恒続林という概念もつくった。
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ザーリッシュ。
 

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メーラー。
 
 
 
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新島・村田の『森林美学』
 
 
 
 
 
この考え方は、ヨーロッパ林学で一世風靡して広がった。
ここで重要な点は、森林美学が対象としたのは人工林(原著も「人工林の美」というタイトル)であり、林業上の概念であること。つまり林業的に行う森づくりの指針として、「美しさ」を取り入れることを考えたのだ。何も天然林などの風景美を論じたのではない。
 
当時ヨーロッパに林学を学びに行った日本の留学生も、当然、この森林美学に触れている。そして日本に持ち込んだ。川瀬善太郎は、東京帝国大学で森林美学を初めて講義して、本多静六が彼の後を継いだ。「森林美学」という訳語は、本多の発明である。その後も本郷高徳らが講じている。
 
そして北海道大学(当時は、東北帝国大学農科大学)でも、林学を教えていた新島善直は、ドイツ留学時代にザーリッシュの薫陶を受けて、森林美学を講座に取り入れた。そして教え子である村田醸造とともに、1918年に『森林美学』を刊行した。そして北大は、今も世界で唯一「森林美学」の講座が残っている大学なのである。
 
 
もっとも、ここでややこしくなるのは、日本で出版された『森林美学』は、ザーリッシュの翻訳版ではなく、かなり日本向けに解釈し直した森林美学だった。同じ言葉を使っていても、別の本なのである。
 
 
ここで興味深いことを教わった。
日本の森林美学は、その後造園学に向かい、風致林などに応用され、国立公園の管理へと持ち込まれた……というのだ。そこでは林業は行われない。原始林や天然林の美になってしまったのだそうだ。
 
この話を聞いてうなってしまった。なんと、国立公園の森林に森林美学は紛れ込んで生き残ったのか。しかし、日本は森林美学を正確に継承せず、とくに林業現場に応用されなかったことに変わりはない。 
 
 
そういえば、川瀬、本多、本郷の3人は、後にいずれも「明治神宮」の森づくりに参画しているのは面白い。言い換えると、明治神宮の森こそ、日本的な恒続林なのかもしれない。ここで林業はやっていないけど……。
 
なぜこんなことにこだわっているのか。
私は、今こそ森林美学を現代林業に取り込むべきだと思っている。
 
なぜなら現在の日本の林業は、質より量、多様な美観より画一的で大規模な生産を目指しているからだ。
しかし、その結果として何が起きたか。材価は下がるし、景観は醜くなるし、生態系は破壊される。そして何より山主のやる気を削ぎ、市民の林業への嫌悪感を増す……という悪循環に陥っていると感じている。
 
だからこそ、今、人工林に美を持ち込むことの価値を改めて提唱してもらいたいのだ。
そのために森林美学を研究することは大切だと思う。何も古い滅びつつある学問を引っ張りだせというのではない。
 
ザーリッシュも含めて、森林美学で唱えられていることは、一種の経験則で明確な理論や定量的な事実を証明していない。
 
だが、私も経験的に感じるのは、美しい森は生態系も豊かで、そこから収穫する木材も質がよくて高く売れるということだ。また森の美しさは所有者や市民に誇りをもたらし、森を守る気概を生み出す。つまり、ザーリッシュやメーラーの唱えたことは正しいだろうと直感で思う。
 
……それを定量的に証明する研究を新たな森林美学で行ってもらえないだろうか。
材価や生態的な豊かさ・多様性は数値化できる。一方、美しさとかやる気、好き嫌いなど心の部分を定量化するのは難しいだろうが、ある種のアンケートと統計的な手法で描けるはずだ。
 
そして、それらが人工林の美と正の相関関係にあることが証明されたら、森林美学的な施業法と森づくりの理念に未来の森を託せるかもしれない。
 
 
だが、最後の砦?のはずの北大の森林美学講座は風前の灯火とか。来年あたりに消えるという噂も聞いた。それでは残念である。森林美学が求められるのは、今でしょ! と訴えたいのである。

2014/05/15

札幌の都市林・円山に登る

せっかく札幌に滞在するのだから、と訪れたところがある。

 
円山公園だ。
 
地元の人なら知っているだろうが、公園と言っても、そこには円山という山があり、国の天然記念物に指定された円山原始林がある。標高は225メートルと低いが、その一角だけ森林地帯なのだ。(公園内には隣接して北海道神宮や球場などもあるが。)
 
大都市内の原始林ということで気になっていたのである。(本当に手つかずだとは思えないけど。)
 
最初は、麓を歩いて森の様子を伺えばよいかな、と思っていたのだが、気がついたら登っていた(~_~;)。
 
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こんなカツラやハリギリなどの大木が並んでいる。
 
山麓から、大木ぞろいで、深山の雰囲気を漂わせるのは心地よい。
 
なかなかの迫力だ。とくにカツラは私の好きな木だし、新緑が心地よい。もっともよい季節かもしれない。
 
 
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リスも多くて、よく見かけた。
写真は、エゾシマリスだろう。ほか、エゾリスも見た。
 
人を見ても、あまり逃げない。なれているのだろうか。
 
それでも野生動物が見られると、ああ、いかにも原始林だ、という気にさせる。



 
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頂上に着いた。
 
なかなか見事に、新緑の真際まで都会が押し寄せてきている様子が見て取れる。
 
汗はかいたが、登山というには楽な道だから、市民も気軽に登っているようだ。
 
実は、幼稚園の遠足にぶつかった……。
 
それ以上に勘弁してもらいたかったのは、隣接球場で試合をやっているらしく、鳴り物入りの応援合戦の様子が丸聞こえだったことだ。
森の中を歩いている、それも原始林……という条件なのに、そこに響く太鼓と謳うような応援エールは気分を害するなあ。。。いかにも都市の中の森という気持ちには、なれるけれど。
 
 
それはともかく、私は、最近「都市林」について興味を持っている。ただ、都市林の定義も含めてなかなか難しい。
 
というのは、私が考える「都市林」とは、良好な森林環境を保有していて近隣の都市住民が散策などで林内に入りリラクゼーション的価値があると同時に、人の営みもある森林である。具体的には林業を行っていることが望ましい。
 
ヨーロッパでは、都市林で林業するのは珍しくないそうだが、それに似たものが日本にはないかと探しているのだ。
 
残念ながら林業を行う都市近郊の森というのは日本ではほとんど見られない。
 
ただ近年まで行っていたものとして、奈良の春日山原始林はそれに近いと思う。
円山と同じく原始林と呼んでいるが、明治時代から奈良公園の一角として、林業が行われてきた。そして利益を上げて公園の維持資金にもなってきたのである。(その仕組みを作ったのは土倉庄三郎なのだが。)
 
今は見る影もないが、春日山の裏手には、まだ人工林地帯も残っていたはずだ。
 
円山は明確な林業を行っていないから、私の都市林の定義から少し離れるが、大都会に隣接している点で興味があった。
 
それに奈良市の人口は30万人程度なのに比べて、札幌市は190万人である。
 
この森が、札幌市民にとってどんな位置づけなのか興味のあるところである。森と人の関係を考えるなら、都市と隣接した森が、住民とどんな関係を築いているか見るのは、直接的でわかりやすいのではないだろうか。
 
本当は、管理上伐採して景観づくりをしつつ、そうした木を定期的に出して利益を得ることで、林業の存在を市民にアピールしてほしいのだが……。
 
その方が、よほど環境教育などの木育に加えて、林業の価値を世間に伝えられると思うけどね。
 

2014/05/14

北海道名産と言えば…

札幌を訪れたのだ。

 
やっぱ、サッポロビール飲まなきゃ。
 
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サッポロ・ファクトリーに行って、日本最初に誕生したビール醸造所跡を見学して、試飲でしょ!
 
飲んだのは、札幌開拓史麦酒醸造所のアルト麦酒。
 
グイッと飲んでしまってから写真を撮ったので、実は麦酒はほとんど写っていない(~_~;)。
 
 
もっとも、見学するというよりは、ここ今はショッピングセンターになっているんだねえ。

 
 
 
となると、次の名産は……チーズだ!!!
 
北海道で作っているチーズを探す。
 
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意外と北海道産チーズをまとめて扱っている店を探すのは手間取ったが、やはりあるじゃないか。
 
こんなのもあるしなあ。バジルオイル漬け。
 
 
いろいろ見て、悩んで選ぶ。カマンベールチーズは人気なので、様々な種類が出ているが、そればかり買ってはつまらない。
 
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それでも、買い込んでしまった…。
 
 
チーズは、やはり高いから、結構な散財。昨夜の飲み歩きも含めて、完全に赤字じゃ(泣)。。。。
 
 
 
 
 
あと、札幌と言えば、ラーメン!!  忘れちゃいけません!
 
 
……。
 
えっ? 何しに札幌まで泊まり掛けで行ったんだって? 
 
 
それは………………。
 
 
 
もちろん……。
 
 
 
…………(無言)。
 
 
 
それはさておき(^^;)\(-_-メ;)。
 
 
さすがの北海道も咲き終わったというサクラだが、探せばありましたよ。八重桜は、まだ盛りでした。
 
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札幌は、まだ花見ができますv(^0^)。

2014/05/13

札幌着

札幌着


 
今日は関西国際空港から札幌に飛ぶはずが、大騒動。飛行機に乗り込んだのに、保安検査のやり直しを通知されて降ろされる。

検査機器の不具合?かと思ったが、警官もうろうろしていて、緊急措置とか。

説明がないまま、そおっと検査官から聞き出すと、危険物が発見されたらしい。
爆薬か銃器か…。

とはいえ、40分遅れぐらいで検査やり直しの末、出発できた。

今夜は札幌の街で飲み歩きでした(笑)。

2014/05/12

「BE-PAL」6月号

 
Img002
 BE-PAL』  と言えば、アウトドア雑誌の老舗。私の学生時代から発行され続けている(しかも、結構な部数を抱えている)希有な雑誌だ。
 
 
あまり記憶している人は少ないと思うが、私は、かつてこの雑誌の常連執筆者だった。ほぼ毎号、どこかに記事を書いていたのだ。
 
もっとも、なみいる連載陣のような重鎮だったわけではなく、ちまちまと出入りしていた一介のフリーライターだったが……。が、当時は景気もよく?  私の出す珍妙な企画もそこそこやらせてもらえたし、経費を心配せずに取材できたことが嬉しかった。
 
実は、ビーパルで取材したことを後の書籍に活かした面は大きいのだ。だから、私の企画には森林や林業がよく登場した(笑)。 それらが採用されなかったら、取材経費を捻出できずに私は本を執筆できなかったかもしれない。
 
しかし、いつしか縁遠くなってしまい、今は忘れられた存在となったのであるが……。
 
 
その6月号に、私は久しぶりに登場している。
 
と言っても、執筆ではない。上記のとおり、特集が ちょっと深い「森の楽しみ方」。その中に、「ほんとうに気持ちいいニッポンの森ベストBEST10」という企画があって、好きな森を推薦する一人として登場している。
 
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私の推した森の一つが、これ。
 
京都の北山・片波川源流域の巨木の森
 
……本当は、片波川ではなく、尾根一つずれた部分にすごい木があるのだが、そちらは一個人の森(林業家)なので、触れなかったという曰く付き(笑)。
 
 
ほかにも、高知の千本山も紹介した。また別人の紹介となっているが、私も推した沖縄・国頭村の森も入っている。
 
ほかにも、いろいろあるのだが、あくまでビーパル向きということで、マニアックな森は外している。また生駒山も考えたが、個人的思いが強いので、涙を飲んでパス(~_~;)。
 
 
思えば、ビーパルに私が関わっている頃は、私の間口は広かった。アウトドアというよりネイチャー系の記事が多かったが、トラベルや田舎暮らしやマニアックな趣味、グルメの記事だって書いていたのだよ。今では、間口は狭まるばかり。
 
ある意味、懐かしく、羨ましくもある。今だって、もっと広く、なんでも手にかけるライターでありたい。企画だって、当時より興味の範疇は広がっているんだけどな。おそらく含蓄も深まっていると思うよ。でも書かせてもらえない(涙)。
 
ビーパルさん。ぜひ、また書かせてください。なんでもやります。使い走りでも(笑)。

2014/05/11

「林業遺産」に10件

100周年を迎える日本森林学会が、昨年より「林業遺産」の選定を始めたことは、このブログでも紹介した。

 
で、いつになったら第1弾を決定するのだろうと時々HPを覗いていたのだが、なかなか発表にならない。
 
いつしか忘れた頃(~_~;)、発表があった。
 
http://www.forestry.jp/introduction/forestrylegacy%20/
 
「太山の佐知」をはじめとした興野家文書(興野喜宣・大田原市黒羽芭蕉の館)
旧木曾山林学校にかかわる林業教育資料ならびに演習林(長野県木曽青峰高等学校・長野県林務部)
全国緑化行事発祥の地(関東森林管理局・茨城森林管理署)
木曾森林鉄道・遺産群(上松町、大桑村、木曽森林管理署)
四国森林管理局保存の大正~昭和初期の林業関係写真(四国森林管理局)
飯能の西川材関係用具(飯能市郷土館)
いの町の森林軌道跡(いの町、いの町雇用創造協議会)
東京大学樹芸研究所岩樟園クスノキ林(東京大学樹芸研究所)
大学演習林発祥の地:浅間山・千葉県鴨川市(東京大学千葉演習林)
猪名川上流域の里山・台場クヌギ林(能勢電鉄株式会社)
 
……感想を率直に言えば……地味だ(笑)。
 
なかには木曽の森林鉄道や台場クヌギ林など有名どころもあるが、イマイチ光景が目に浮かばない。第1回目は、誰もが思い浮かべるようなものを並べるかと思ったのだが。
吉野や京都の北山杉の景観も入っていないし、木曽だって伊勢神宮の遷宮に使う材を伐る三つ紐伐りの切株(代々、神聖なものとして保存されている)は上げなかったのだね。
 
せめて発表する際には、それぞれの選定理由や写真を詳しく添付するとか、もう少し広報サービスがあってもいいんじゃないの? これでは、仲間うちで選んでオシマイという印象が強くて広がりが感じられない。そのせいか長野県の新聞以外は取り上げていない(長野県は2件も入ったことが自慢?)みたいだし。

なんでも、選定委員と地区推薦委員がいて、学会員の推薦応募されたものから選ぶということなのだが……応募は19件だったらしい。そのうち約半分が選ばれたという。
 
応募が19件というのも寂しいが……。最初は一気に100くらい選んだら、と思ってしまう。
 
これからコツコツ増やしていくのかなあ。
 

2014/05/10

土倉龍次郎と鈴木商店

昨夜、よみうりテレビで、ドラマ「お家さん」が放映されていた。

 
玉岡かおるの小説「お家さん」を原作にしたものだが、描かれたのは明治から大正にかけて燦然と日本のビジネス界に存在した鈴木商店を舞台にしている。
 
鈴木商店」と聞くと、小さな町のお店のイメージだが、かつて三井三菱住友を凌駕した世界一の総合商社である。その勃興と消滅はいくら紙数があっても描ききれまい。ただ、神戸製鋼所や石川島播磨重工業、帝人、そして日商岩井(現・双日)……などを生み出した母体といった方がピンとするだろう。
 
神戸の小さな砂糖商からここまで成長したきっかけとして上げられるのは、クスノキから作り出す樟脳である。当時、樟脳はセルロイドの原料であり、非常に貴重な産物だった。
その生産のために台湾に進出したことで、大きく成長したのである……。
 
ここのところは小説やドラマの受け売りだが、進出したのが日清戦争直後、台湾を日本が領有したばかりの頃だというのがミソだ。まだ民間人は渡台できない時期に軍属にまぎれて渡ったという。
 
実は私が鈴木商店に興味を持ったのも、そこなのである。
 
……なぜならまったく同じ時期、台湾に渡ったのが土倉龍次郎だからだ。山林王・土倉庄三郎の次男である龍次郎は、自らの生きる道を台湾に求めて、軍属の資格で台湾に上陸した。そして、この島を探検縦断して新たな事業のネタを見つけたのだ。

 
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台湾時代の土倉龍次郎。当時としては大男だったそうである。
 
 
新島襄に憧れ、世界雄飛を夢見て、25才で台湾に渡った頃ではないか。
 
 

取り組んだのはやはり林業だが、ほかに目をつけたのが樟脳だった。
 
1904年に「台湾採脳拓殖合資会社」を継承して、社名を「台湾製脳合名会社」に変更、大規模な生産に着手する。
やがて窯は450基にもなり、従業員数2000人を超えたという。
 
となると、鈴木商店と関わっていないはずがない。樟脳を求めて台湾に進出した鈴木商店と、樟脳を生産する龍次郎は、どこかで交わっているはずだ、と思って調べた。
 
……残念ながら、鈴木商店側の資料からは、龍次郎の事業は見つけられなかった。が、関係していないはずがない、仮にライバル関係であっても、ビジネス上は無視できないはずだと思う。
 
 
もっとも、龍次郎は着々と1万ヘクタールにもおよぶ借地に造林を進め、台湾初の発電会社「台北電気株式会社」も設立するなど次々と事業を展開した。樟脳事業は、徐々に縮小したようである。もっとも、その点は鈴木商店も同じなのだが。
 
そして土倉本家の破綻を契機に、龍次郎はすべての台湾事業を三井に売却して、帰国した。そして取り組んだのがカーネーションの栽培である。
 
龍次郎は「カーネーションの研究」を出版している。龍次郎は「カーネーションの父」と呼ばれているが 、「カーネーションの母」と呼ばれる犬塚宅一と記した共著だ。
今に至るまで、カーネーション栽培のバイブルになっている本である。
 
 
龍次郎がいなかったら、日本のカーネーション栽培はずっと遅れただろう。
 
 
さて、明日は「母の日」。街角にはカーネーションがあふれている。

2014/05/09

Y!ニュース「里山資本主義の実践には…」の裏側

ヤフー!ニュースに「里山資本主義の実践には、高いコストを覚悟すべし」を書きました。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/tanakaatsuo/20140509-00035159/

何度も記しているが、私は「総論賛成、各論反対?」を唱えていたが、どんどん「里山資本主義」が流行りだすと、総論さえ怪しい捉え方をする人も出ている。バイオマス発電推進の根拠にしかねない様子もある。

そこで、総論もしっかり確認しておこう、と思ったのである。

ま、野放図な里山礼賛に釘を刺しておかないとね。本が売れていることへのひがみが入っている…なんてことは一切ないのだよ、一切。。。

2014/05/08

ヘアリーベッチの蜂蜜

気がつけば新緑が美しい。

 
そこで定点観測?している生駒山の棚田地帯に。
 
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今年も耕作が行われ出した。まだ田植えは始まっていなかったが、水が徐々に入りだしたようだ。
 
 

ここは万葉集にも登場する竜田川から、松尾芭蕉が歩いた暗峠まで標高差300メートル以上を棚田が結んでおり、しかもその棚田は尾根を走るスカイラインを越えて大阪側へと下っている。つまり尾根越えの棚田。

しかも、峠近くの棚田近くに「本陣」もあった。江戸時代は大名も泊まったのだろう。
 
日本棚田100選に選ばれてもおかしくない由緒ある、貴重な棚田なのだが、いかんせん放棄が進んで草ぼうぼう、森に変わってしまった棚田まであるので、見映えが悪いのが難だ。さもなければ「日本のマチュピチュ」とか「日本のイフガオ」なんて好きなように名付けてやるのに。。。
 
 
皮肉なことに、放棄された棚田の雑草対策に注目されているが、ヘアリーベッチだ。マメ科の植物だが、秋に種をまくと、春に花が咲き、夏までに背の低い草が生い茂って枯れてしまう。そのため、ほかの雑草が生えられない。
 
しかも、ヘアリーベッチの花には蜜があり、養蜂の採蜜に向いているのだ。
 
生駒山には、外来のアルファルファタコゾウムシが侵入したため、レンゲの花が食われてしまうため、レンゲ栽培ができなくなった。そのためレンゲの蜜は集められないのだが、代わりにヘアリーベッチを使えないかと目されているのだ。
同じマメ科だから窒素固定作用もある。花もレンゲほどではないが、可憐だ。
 
 
今日は、生駒の吉岡養蜂店を訪ねて、今年取れた蜂蜜を購入した。本当は、生駒山のヤマザクラの蜂蜜を買いたかったのだが、ヤマザクラの蜜はまだボトル詰めをしていないとかで、ヘアリーベッチを選んだのである。
 
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吉岡養蜂は、完全自家製。間違っても外国産の蜂蜜を混入させていない。しかも純正だ。花ごとに採蜜している。
 
さっそく味見。
蜜は、意外なほどあっさり。新物だからか、粘度も低く、上品な香りがした。
 
これは、新名物にならないかな?
 

 

2014/05/07

「外資の森林買収」再び(笑)。

林野庁のページに平成25年度の「外国資本による森林買収に関する調査の結果について」が公表されている。

 
 
おお、やってるやってる、という程度の感慨しかないが(笑)、一応チェックしておこう。
 
合計は14件で、全森林面積は194ヘクタールと出た。数字的には、一時より減っている。これは法律に基づいて市町村に届け出があるケースだけということなんだろうが。。。
 
地域は、北海道が大半で、買い取った国は、香港(中国)のほかシンガポールに英領ヴァージン諸島だけである。個人より法人が若干多いくらい。
 
しかし、目立つのは北海道ニセコ町の香港の法人による163ヘクタールだけ。これも、目的は「開発または転売」とあるし、国土法に届出というのだから一般の林地ではないのだろう。森林なら森林法だからだ。遠からず所有者は変わるのではないか。
 
あとは森林? と呼べないほどの面積ばかりだ。だいたいヘクタールコンマ以下の取引は世間的には森林売買と言えないんじゃないかなあ。しかも目的を住宅建築とはっきりさせているなら(居住にしろ分譲にしろ)、やがて森林ではなくなり宅地になるはずだ。場所的にもニセコだ箱根だ軽井沢だと別荘地が多いし。
 
 
ちょっと例年と違うのは、国内の外資系企業と思われる者による森林の取得事例
として、5件455ヘクタールの届け出があること。
 
外国法人と外資系企業とはどう違うの? と思ったら注意書きがあった。
外資系とは、所在地が国内にあっても、国外居住者又は外国法人による出資比率又は国外居住者の役員の比率が過半数を占める法人、だそうだ。こうした企業も「監視すべき外資」扱いしてしまうと、日本のかなりの企業が該当するだろう。
 
こういう項目も入れておかないと、面積少なすぎてカッコつかないからかと想像してしまった。そのうち多国籍企業はみんな危険扱いするかもしれない。
 
 
ところで、外資に対する警戒感は、こんなところにも飛び火している。
 
日本農業新聞にこんな記事(4月29日)
土地取得 怖い乱開発 外資の太陽光発電参入に困惑
 
 
リードを引用すると
 
中国などに拠点を置く外資系企業が、日本国内の雑種地や山林を買収して太陽光発電に参入するケースが相次いでいる。パネル設置に地元自治体との協議は義務付けられていないため、知らぬ間に発電事業計画が進み、住民とのトラブルに発展した事例もある。固定価格買取制度の期間が終わった後に「パネルが産業廃棄物になるのではないか」といった不安や、生態系への影響を懸念する声も出始めた。
 
 
しかし記事は、何が問題なのか混乱している。太陽光発電を行うために土地を取得してパネルを設置することを問題としているのか。住民と協議しないことがケシカランというのか。設置によって景観や自然環境が壊されるというのか。
 
いずれも全国各地で「日本企業が」太陽光だけでなく、再生可能エネルギーの看板の元に引き起こしている事態だろう。
 
……となると、記者がこうした事実にニュースバリューを感じたのは、「外資が参入した」ことだけだ。それを珍しい話とか、太陽光発電参入の新たな一面として論じるのではなく、外資だから怖いとして報道しているのは……ふ~ん、農業新聞のこの記者は、そーゆー感性と主義の持ち主なんだ。(私は、こういうレベルの発想には反吐が出る。)
 
固定価格買取制度が終了する20年後にパネルが産業廃棄物となる心配をしているが、今現在、山林に捨てられている有害産廃の心配をする方が先だろう。
おそらく、(日本の企業が行う)太陽光発電(ほかに風力発電もバイオマス発電所も同じ)なども死屍累々の廃墟になるとと思う。
このような問題は、外資・国内関係なく、追求してもらいたい。一方で再生可能エネルギーを持ち上げながら、一方で非論理的に「怖い」とするのでは、見識が疑われる。
 

2014/05/06

閉鎖ゴルフ場ビジネス

連休の最終日も散歩。なんだか、これが仕事みたいになってきた。。。

 
が、いつも山登り・森歩きばかりでは能がない。そうだ、町を歩こう。もともと私は町生まれの町育ち。シティボーイだし(^o^)。町には町の楽しみ方がある! …はず。
 
そこで、いつも向かう生駒山方面とは反対の奈良方面へ向かう。
 
……が、平坦ばかりではないのが奈良なのであった。矢田丘陵を越えなくてはならないし、結構アップダウンが多い。そして途中にゴルフ場がある。
 
ゴルフ場を横切ると言っても、フェアウェイを歩くわけではなく、それなりの道があるのだが、覗き見るゴルフコースの景色はなかなか絵になる。
 
そして気づいたのは、ゴルフ場は芝生のイメージが強いが、よく見ると木が多いことだ。それも大木だ。それはゴルフ場の重要な風景の一部になっていると言ってもよいだろう。
 
やはりゴルフ場は「景観産業」なのだと再確認する。
 

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ゴルフ場は、当然ながらゴルフをするためにあるが、実はゴルファーだけでなく、この風景を好む人は少なくないのではないか。
 
 
……ところが、近年、ゴルフ場は経営が苦しい。現在2440のコースがある。これでも少し減ったのだが、ゴルフ人口が縮小する中で、まだまだ過剰なのだそうだ。
 
私が『ゴルフ場は自然がいっぱい』を執筆取材した際には、「500くらい過剰」と言われたのだが、近年はさらに過剰になってきたそうだ。業界関係者の声によると「1000は減らさないと、各コースの経営は落ち着かない」そうである。そんな声が、業界関係者から出ているというのは、ある意味断末魔だ。
 
しかし、意外と潰れないというのも、私の実感。赤字のはずなのに、どこかで踏ん張っている。おそらく閉鎖したら地域の雇用や経済、そして土地利用の面で影響が大きすぎて潰せないのではないか、と睨んでいる。
 
 
私も、今潰れては困ると思う。経済だけでなく、そこに作られた自然が崩壊するからだ。
一つのゴルフコースは100ヘクタールあるとすれば、よくも悪くも、そこに現在の生態系が生まれている。閉鎖して放棄となれば森も芝生も荒れ果てる。クラブハウスは廃墟だ。もしかしたら産廃場になるかもしれない。
 
逆に言えば、閉鎖する積極的な理由と事後処理法、新たな利用法を示したら、雪崩をうってゴルフ場は閉鎖されていくのではないかなあ。
 
生駒山周辺、私の家から車で20分圏内に、ゴルフコースは10以上ある。もし私がゴルフを愛好する人間なら泣いて喜ぶほどの好環境なのだが、冷静に考えれば多すぎるわな。
 
 
ここは、新たな閉鎖ゴルフ場の利用コンサルタントを旗揚げすれば、一儲けできるんではないかと思った次第\(^o^)/。
 
 
とまあ、そんなこと考えながらゴルフ場を抜けたのであった。
 
今日は14キロ歩いた。しかし、町の中はあんまり面白くなかった。建物ばかりで、しかもニュータウンの風景は飽きる。
そのうえ、足の裏が痛い。山登りよりアスファルトの方が応えるのだろうか。ゴルフ場を有料ウォーキング場所として開放してくれないかな……。(おっ、これをビジネスに……)
 

2014/05/05

週刊朝日のおバカ記事

週刊朝日の5月9~16日号で見つけたおバカ記事。

20140509
 
 
ゴールデンウィークに合わせた合併号だ。 

 
 
この中に「希望の国ニッポンがやってくる」~識者9人の提言という特集記事があるのだけと、この企画自体が安直だ。
 
ほかに掲載されているのが「安倍内閣は原発に武器輸出を考えている」だとか、有名私大の合格高校一覧だとか、病気だボケだ、などとうんざりするような暗い記事ばかり並べているから、少しは楽しく希望の持てる記事も載せようや、どうせなら日本はすごい可能性あるんだぜ、という内容にしよう……と考えたのだろう。
 
まあ、それはいい。そんな記事も読みたくなることもある。が、そのためにチョイスしたのが、こんなテーマか。
「田舎に住んで日本を変えよう」「宇宙観光ビジネス」「ロボットが変える未来の姿」……いろいろあるけど、やっぱり私が引っかかったのは、エネルギーだ。
 
タイトルは、『豊富な間伐材で「純国産エネルギー」実現』。
 
ここでイチオシされているのは、木質バイオマス発電。これだけでもツッコミたくなるのだが、内容たるや……。
 
初っぱなから、いかに日本は樹木が生長しやすいか……というのだが、間違いだらけなのである。そもそもバイオマスの説明からしておかしい。
 
「日本の森林の4割を占めるスギ」だと?  一体どこからそんな数字を持ってきた。森林の4割を占めるのは人工林であり、スギはその半分以下である。
 
“海外の安価な木材が大量に輸入されるようになって林業が衰退”というのはどこの国の話? 外材は国産材より安価ではないし、林業の衰退はいつから、どんな経済状況の中で起きたのかもちゃんと調べてほしい。
 
間伐材の定義だってわかっているのか? 現在間伐材と呼んでいるのは、多くが直径20センチ以上あって立派な建材になっている。なかには樹齢80年を越える「間伐材」もあるのだ。
 
あげくは、花粉症の対策にもなるって……。
 
 
4
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突っ込みどころ満載(笑)。
 


 
 
 
 
 
あんまり大人げなく批判したくないけど、そもそも筆者は本気でバイオマスエネルギーに期待しているのか。単に編集部から依頼を受けて、あらかじめ期待していた内容を取材に来た記者にしゃべっただけではないのか。
その意味では、取材した記者の能力も問題だが、それをまとめた編集者も含めて、あまりと言えばあまりの無知さと低い取材力にげっそりする。
 
 
さらに言えば、この人(識者)は本当にバイオマスエネルギーについて詳しいのか疑問だ。進行中のバイオマス発電関係の実情だって知っているのか怪しい。もちろん林業に関してもそうだ。
 
 
間伐材って豊富なの? 余っているの? 山からどうして集めるの? 
バイオマスは純国産なの? 現在の計画されているバイオマス発電所の多くは海外からの輸入バイオマスを当てにしているよ。本気で国産バイオマスだけで発電し始めたら、あっという間に山は丸裸になるだろう。
 
ここで展開する話は、いま全国各地でバイオマス発電所を建設しようと地方を煽って回っているコンサルの論法そのものだ。
 
 
 
仮にバイオマスエネルギーを取り上げて「希望の国」を描きたければ、それなりに勉強してもう少し理論的に詰めるべきだ。バイオマスエネルギーで期待されているのは、あくまで熱利用であり、発電ではない。
これでは希望は抱けない。逆に脱力する。
 
こんな内容の記事でゴーサインを出した編集部のやる気や見識自体を疑ってしまう。

2014/05/04

生駒山中の巨木

生駒山に登ろうと思った。

 
今更? まあ、運動不足だから(笑)。
 
ただし、なるべく道をたどらないで。登山道も、自動車道も、いろいろある間道も使わず登る。これが命題だ。山頂まで一直線……かどうか、既存の道を横断することはあっても、そのまま歩かないように進むのが目標だ。
 
距離にして、おそらく5キロ以下だが、生駒山は結構急斜面だ。道がなくても登れるか? 
 
 
家を出て、すぐに裏山に入る。まずたどるのは獣道。常々思っているのだが、獣道とは獣にとって通りやすい道なのであって、何もないところを進むのなら獣道は、人にも通りやすいだろうと。幸い獣道は、たくさんある。 
 
かなりの急斜面も登るのだが、面白いのは、そんな急斜面の上には意外や平坦な空間が広がっていることだ。こんなところに秘密基地作ったら、楽しいだろうなあ……と思ってしまう。
 
道のないところを進むと言っても、幸い生駒山は登りやすい。というのは、自然林なのだが、すでに遷移が進みすぎて密生している。すると、林床は光量が少なく、草や低木はあまり生えていないのである。生えていても細くてかき分けやすい。
 

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こんな状態。道がなくても、こんな林床なら歩ける。
 
むしろ辛いのは、ササ藪だ。ここに突入すると、かき分けるのも難しくなる。ササの生えるような開けた空間も、突然あるから不思議だ。
 
そんな植生のことを考える機会にもなる。道に頼らず、自分の知識と推論を総動員して進むと、山に対する勘が養える気がする。いや、この勘を養うために道なき山を歩くのはよい訓練だ。
 
そして、そんな林内に、たまにこんな木が見つかる。
 
2

 
1



太さがわかるように手を置いてみた。


蔓も太い。
 


さらに、それを越える大木も発見。
 
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幹に添えたのは、ボールペン。ざっと直径80~90センチ。
幹周囲は、3メートル近いだろう。
 
巨木探しというと、せいぜい神社仏閣の境内か、公園・庭木を調べることが多いが、まだ知られぬ山中に眠っている巨木を探すのも楽しい。
 
この後、電波塔に出くわして、その後すぐに生駒山の尾根に出た。そこには道が走っている。
山上遊園地は、行楽客で満員だが、さすがにこんなところに人影はない(笑)。
 
こんな連休の過ごし方もありだな。
 
 

2014/05/03

椿井城跡に登る

世の中、ゴールデンウィークなんだねえ。。。。

前半の休みは、それが連休入りだと気づかず、単なる土日終末、いや週末だと思っていた私だが、さすがに後半は気づいた(^^;)。
 
まあ、世間が休んでいる時ぐらいは仕事しないと、いつ働いているのかわからないと思われている(というより、本人も心配している)有り様だ。

 
そこでブログで小難しいことを書くのもナンだから、小ネタ、軽ネタ、日常雑記にしておこう。
世間の休日ぐらいは働く、としつつ、せっせと取り組んでいるのが、散歩。運動しなくては、という気持ちが半分だが、実は散歩こそが思索の時間でもある。だから、これも仕事(⌒ー⌒)。
そこで訪れたのが、隣町平群町の椿井城跡。れっきとした山城だ。
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下から見上げたところ。
 
幟が幾本か立っているところが、頂上で城跡、とされている。
北と南の2つに廓があったようだ。ただ城としては、どんな建物があったのかわからない。おそらく砦みたいな簡素なものだろうが……。
 
  
実際に登ってみると、なかなか眺めがよろしい。
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山頂近くの南の廓跡、と思われる。
 
とくに何もない(笑)。
 
ただ、石垣の一部や堀切などの遺構が見つかっている。
また平坦な地形や周辺の形状が、いかにも人工的。
写真のように、いつも幟を立てている。
 
急ごしらえの道で傾斜もきついから、登るのはよい運動になる。北の廓は、道が崩れてきたので修復中とかで入れなかった。
 
ほとんど知る人はいないと思うが、戦国時代この地の領主だったのが、嶋家だった。そして有名なのが、嶋清興。世間には、嶋左近の名の方が知られているだろう。
 
石田三成に過ぎたるものとされた佐和山城と嶋左近、なのである。一説には、光成は自分の録の半分を与えたという……。事実、各所で軍師的働きをしつつ家康を狙撃するなど活躍するが、最後は関が原で大奮戦の後に討ち取られている。彼の故郷は、大和の国平群の椿井であった。
 
 
そこに侵入してきたのが、松永弾正久秀。戦国3大梟雄の一人とされる人物だ。一時は大和を制圧し、足利将軍を暗殺し、主君三好家3兄弟を撃ち、大仏殿を焼き払ってしまうなど大活躍? した。さらに織田信長にさえ反旗を翻したのだが……。
 
嶋左近は、長い戦いのうちに嶋家はこの地を追われて筒井家に身を寄せ、そこも去って浪人中に石田三成に士官を乞われるのたが、それはさておき大和の国を松永久秀から守るために戦った拠点が、椿井城であった。
  
……と言っても、そんなこと最近まで地元の人も知らなかった(笑)。
  
それを発掘して、城跡を整備したのは、地元のNPO法人うぶすな企画の面々だ。嶋左近で地域を盛り上げようとラジオドラマやアニメまで作ったのだが、次に取り組んだのが、この城跡だ。ほとんど道も自分たちで整備したらしい。
  
おかげで私のように登る人が増えて、道が崩れてきたというのだから、兵庫県朝来市の「天空の城・竹田城」と同じような状態だ。
 
地元の歴史資源をクローズアップすることも大切だねえ。
 

ちなみに私は、松永久秀が好き。だって、私の母方の先祖だもの。

2014/05/02

木登り史を振り返る

先週1週間は、アーボリカルチャーの講習会と講演会を追いかけてきた。

その点は幾度か記したが、木登りは少なからず人を夢中にさせるものだ。もちろん講習に参加した人の大半は、仕事に必要とか、今後使うためという目的を持っていたのだろうが、同時に、会場となった園地を訪れたハイカーなどが木に登っている受講生を見上げて、驚いたような感心したような羨ましいような表情を浮かべていた。みんな憧れはあるのだろう。

実は、私もかつて木登りに憧れた一人である。そこで、ちょっと振り返る。

子供のときに木に登ってターザンごっこをした……といった思い出は少し置くとして、最初に木の上に登りたいと思ったのは、大学生の時に手にとった「ワイルドライフ」という雑誌だった。そこにコスタリカの熱帯雨林に登る研究者が紹介されていた。ドナルド・ペリーである。

彼は、熱帯雨林の樹冠・林冠部の研究のため、ロープワークによる木登りを身につけ、木から木へと渡ったり、木の上にしつらえた小屋で寝起きして、樹冠生態系を研究している、といった記事だった。

それに憧れたのだ。木の上には、まったく知らない道の世界が広がっていることを知り、そこに到達する手段として……。

その思いが蘇ったのは、ボルネオ熱帯雨林の樹冠研究が始まって、ツリータワーを建てたり樹冠歩道を設けたという記事を新聞か雑誌で読んだことだった。行うのは、京都大学の井上民二教授を中心とした日本人研究者たち。

ここでは、ロープワークによる樹冠到達は、個人技に頼るため、誰でもいつでも簡単に登れるようにする、というのがコンセプトだった。その結果、タワーや樹間にかけた吊橋のような歩道である。

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そこで、取材にボルネオに飛んだ。いやあ、ロープワークを使わずに簡単に木の上に登れるこの方法はよかった。初めて樹冠に登れたのだから。

ランビル国立公園に作られた、最初の頃の研究用キャノピー・ウォークウェイ。

ほとんど防護網が張っていずに、カラビナで安全確保する。

その後も紆余曲折を経つつ、各地のツリータワーや樹上回廊を歩いた。世界的にも増えてきたように思う。観光施設にさえなった。

大阪の万博記念公園内の森に設けられた「ソラード」も、その一つだろう。

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こちらはムル国立公園内に作られたもの。

どちらかというと、観光客があるくもの。しっかり安全防護網が張ってある。

いくつもつながっていて、長さは数キロに達する。

そのほか、飛行船で上から近づくとか、クレーンに人が乗れる籠を付けて近づくという手法も開発されている。いずれも、ロープワークが上手くなくても樹冠を除けるところがミソだ。

ところが、研究現場では、今やロープワークに後戻りしているそうだ。樹上K決まった場所やコースしか見られないタワーや歩道ではなく、飛行船など大がかりでもなく、研究者が興味を持った木に自由自在・気軽に近づく技術として。結局、そちらなんだなあ。

そして関西大学の探検部が、マダガスカル島のジャングルの樹上を木から木へと1キロ移動するというプロジェクトを立てて実行した。それも取材したが、単に登るだけでなく、樹上にテントを張って生活し、隣の木にロープを伸ばして移動するとは不思議だが魅力的な試みだった。実際、1ヶ月近く樹上で生活したら、サル類が遊びに来るようになったという……。

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これが、樹上テント。

折りたたみ式で、木から木へ渡る。

 

その頃から、趣味というか遊びというか、ツリークライミングが流行りだした。ただ、この頃には私は、自ら手を出そうとは思わなくなった。

私は、「地に足を付けた活動」をしたくなったのだよ(⌒ー⌒)。登るのは怖いからね。また体力にも自信がなくなってきたからね。
こう見えても、学生時代はケービングをやっていて、多少はロッククライミングもかじっていたのだが、自分に向いていないと痛感していたのである。

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やっぱり自力で登るべき?

左は先日の生駒山のアーボリカルチャー講演会時。

右は、ボルネオ・ランビル国立公園。幹に梯子が掛けられている。

2014/05/01

復興事業事例集に「磐城高箸」

福島県いわき市で、割り箸づくりを行っている㈱磐城高箸が、復興庁の作成した「被災地での55の挑戦 -企業による復興事業事例集 Vol.2-」に掲載された。

まずは、ご本人のブログ。

http://ozizo-kun.iwaki-takahashi.biz/?eid=301#sequel

ここには、遠慮深く? 表紙しか掲載していないので、私は載せてしまおう。

http://www.reconstruction.go.jp/topics/20140422_hisaichi55vol2_shinshohin.pdf

該当部分を切り取ると、表紙、目次に続くトップ記事である。

PhotoPhoto_2




これまでの高橋社長の歩みを簡潔にまとめているが、注目すべきは、最後の(4)エッセンスだ。

ここには、割り箸を原料調達から製造、商品企画、販売までを一貫して行っている会社は他にない、とある。事実、私も知らない。とくにデザイン担当者を雇用しているところはないだろう。



   

   






吉野では、華やかな時代に分業が発達しすぎて、逆に今では各過程がバラバラで自由な活動ができなくなっている。

しかも、これは高橋社長からの情報だが、高級割り箸九寸杉利久箸の生産者h、東日本でただ一軒。肝心の吉野でも廃業が相次ぎ、たった1軒しか残っていないという。どうやら全国で2軒しかないのである。

これは、由々しき事態である。気がつけば、割り箸文化は消えていた……なんてことになりかねない。天削もいいが、これだけでは高級品分野は弱い。また中国産の元禄割り箸だけでは、文化に昇華し切れないだろう。。。

ともあれ、頑張ってほしい。とくに福島県は、実は奈良県や和歌山県、北海道など古参の産地とは違って、近年割り箸業者が多い地域となっているのだ。一方で、かつて皇室で使う箸も、福島県相馬産の木(ミズキ)を使っていたという由緒ある歴史も持つ。

ならば、磐城高箸が、高級割り箸の代名詞になる可能性だって??

 
 

それにしても。。。。『割り箸はもったいない?』、復刊しないかなあ。。。





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